帯を締め、クシャスラの背で風を感じるカーフ――いや、もう防人という称号もカーフとかカッペとか三百ほど以下略の名前なども関係無い。
今、彼は一人の、ただまっすぐにエロスを求める男になっていた。 その求道者のような背中は、古代に存在したという侍のようでもあり、
肉感的に強調される背筋そのものである。
「とりあえず一回りするとしようぜクシャスラ。この感覚がわかる奴にすぐ会えるとは思っちゃいないが、まず誰かに見せないことにはな」
筋肉がうずく。表現として間違っているかもしれない、だが、これ以上の言葉があるのなら教えて欲しい。
予行練習として筋肉がピクピクと動く、そういう時の感情をなんと言えばいいのか。
風圧に袖や裾がめくれ、肌が見える。ふっと笑い、カーフは余裕たっぷりにその乱れを直した。
まだ、出番は早いと心で呟きながら。
カーフが露出する相手に考えたのは、まず第一に黒き血の賢者ヨキだった。高度なエロスを理解するに十分な品と知性を兼ね備え、なおかつ
美貌の人である。
やはり、どうせ見せるなら……なによりこちらは初めてだ。彼女なら優しくリードし、自分の初めての人になってくれるだろう。
次に、同じ防人仲間である。機械と戦う日々ゆえに、彼らも立派な筋肉を所持していると思って間違い無い。
そういう人物からの筋肉番付けなら信頼が置けるし、なにより仲間、あるいはその道の師を見つけれる可能性もある。
ゆくゆくは最強の称号を得るため彼らを叩き潰すつもりだが、今から目星をつけておいても悪くは無い。
村人達はいささかスレ住人的なところもあって、露出したとたん「ぬるぽ」「ガッ」をも上回るコンビネーションでフクロにされそうだし、
機械に見せても仕方ない。
「ふっ、楽しくなってきたな」
クシャスラはカーフのその台詞に手遅れだといわんばかりに沈黙した。
しばらく飛ぶとオアシスが見えてきた。最近防人になったという人物が、そこを拠点にしているのである。
なるほど一人、水面に立って水と戯れている。
低空飛行で確認すると、その人物は可憐な少女のように見えた。だが。
ナチュラルな太腿露出、ぴったりした胸襟のライン、見逃してしまいそうなノースリーブから伸びる上腕2頭筋。
細身ながらその筋肉レベル、最初の相手として不満などない。
「おいお前!」
上空から声を掛けると、その人物は今気づいたように顔を上げる。
「な、何? あなたも……防人だよね。ここのオアシスを遣うの?」
「水などどうでもいい。俺が用があるのはお前だ。わかるな」
相手は戸惑ったように顔を赤らめる。
「ぼ、僕は男なんだけど……」
「違う!」
目一杯否定した。
「ち、違うの? 違うの? 僕よくそういう人から声かけられるから」
カーフは舌打ちした。数字板でやってくれとか棲み分けとかそういう話では全くない。相手が男だろうと女だろうと、共通しているのはなんだ、という話だ。
それは筋肉だ。
「俺の身体を見ろ!」
カーフは上半身をはだけた。その瞬間涼しい風が肌にあたり、彼はスッキリしたような、悦い気分になった。
そして一歩、変質者に近づいた。
「なっ……」
少女のような防人は、絶句したように目を見開いてこちらを凝視している。もろ肌脱いで見せれる全てを見せたカーフは、もはやこだわるものなど無い。
鋼のように鍛えぬいたこの体こそが、飾らない、そしてたった一人の、カーフという漢が魅せる生き様なのだ。
男の魅力というにも可愛い。
ダンディズムにも通じている。
「どうだ」
男があこがれる強さ――それを単純化し最もよく具現化した筋肉。筋繊維が織り成す隆々とした肉体には、砂漠の真っ白な光が降り注いできては、余すところなく晒している。風呂に入って磨きぬいた身体は、面の部分では光を弾いていた。
どうだと聞かれてもポカンとするしかない。
クシャスラはこれで懲りてくれれば、と思いながら見守っていた。
しかし、類は友というか、弟のこともあって健康な身体についてこだわりがあるのか、はたまた素質があるのか、ガクガクと震えながら――水の防人は見惚れていた。
「っ……ぼ、僕は認めない、そんな美しい筋肉なんて認めないぞ! そんな、そんなんで!」
涙をはらはらと流しながら彼はオアシスの向こうまで水面を走っていく。
後姿を見送りながら、カーフは勝ち残った者としての空気、変態の残り香のような空気を漂わせながら悠然と呟いた。
「一応とはいえ同じ仲間を蹴散らすとはな……罪深い」
筋肉が、とまで言わなかったところが唯一の救いだった。誰も聞いていなかったが救いだった。
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>>目に焼き付けるがいい!
>>クシャスラどっか行っちゃった…
その後については、語るまい。