【シオ神】
手を伸ばす。
「――神様をみつけました」
手を伸ばす。
「人の子よ、握手を」
手を伸ばす。
「私の中にためられた願い、受け入れてみろ」
手を伸ばす。
「このたび防人になったシオす。よろぽこ」
手を伸ばす。
また手を伸ばす。
ずっとそうしていたような、そんな気がしますた。
ふと数えてみれば、案外その数は少ない。
手に入れたいのか、触って感触を知りたいのか、ただの気まぐれじゃないのはわかるんすが。
レオの姿が見える。
フランの声が聞こえる。
お腹が熱い。
熱い。
神様。
=
「心を開いて接すれば、たいていの方とは仲良くなれますわ」
神様は両手を合わせて、穏やかな声で優しく微笑みました。プラはよく鳴いて可愛い、そう時間をかけずに友達になれて、おかしいくらい自分の顔が笑っているのが分かりますた。
やっぱり神様は願いを叶えるお方。
「人の子よ、握手を」
手を伸ばしますた。
初めて握った機械の手はツルツルしていて、最初は冷たく、少しずつもれの手の温度が移っていくのがわかりますた。なんだかアールマティに似てる気がします。
ずっと握っていると、チーと鳴いて胸に飛び込んできますた。可愛い。砂の上に倒れながら、神様がびっくりしているのが見えます。それから。
笑顔。
「……例えば小物のモチーフに使われる握手の意味は『友情と愛情』だそうです」
神様は太陽を遮ってしゃがみ、もれのほうに手を伸ばしてくださりました。どうしていいかわからなくなります。あまりに恐れ多い。尻込みしていると、そっと手を取られ、神様はそのまま倒れた体をおこしてくださいますた。
「これも握手に入るでしょうか」
とっさに答えられず、神様を見ます。
「そしたら私もシオ君と友達です」
理由なくかすれてしまいそうで、一秒、声を出すのをこらえました。笑うことで、出しかけた言葉を閉じ込めます。その時の気持ちが何て名前だったのか、胸の中が絞られるように苦しくて、よくわかりませんですた。
もれはいつか、神様に失礼なことをするかもしれません。
具体的ではないけれど、それでも確かにある不安。もしもそうなったら、どうなるだろう。どうするだろう。このかけがえのない方からの拒絶を、もれはしっかり受け入れることが出来るでしょうか。
父ちゃんの時の、別れのように。
村から村まで歩く間、時間の流れはとてもゆっくりですた。
砂を踏む音も、ふと見上げた神様の目も、遠い空と乾ききった地面が挟んでしまいます。時折、それに潰されるように、神様のかぶったフードが不自然に揺れますた。
ついに耐えられなくなって足を踏み出しかけて、そのままハッと気づいて固まってしまいますた。
「シオ君、どうかしましたか?」
その間にニ歩分、神様は先を行っています。
「……いえ、荷物の中に村人と交換した服があったのを思いだすて。合うかどうか……神様はおいくつだろうかと」
「年でしたら十五になりました。でも気になさらないで、シオ君。それにここでは……着替える場所が無いようです」
最後のほう、いささか赤くなったほっぺたを誤魔化すように横を向き、小さくお答えくださいます。
声は下り目線は上、背丈は肩にも届かずお倒れになられても、支えるはずの自分の腕は細く頼りない。
「もれと三つ違い、なんすね」
自分の声が、なんだか他人のようですた。
三年は大きすぎる。
三年。
例えばレオのように背が伸びるにも体つきが父ちゃんのようになるにも、何回も日が昇って落ちるのを見つづけなければならない。
血を流した神様は、その赤い舌で白い指を舐め、木陰に入ってからは他の指で傷口を押さえています。レオは腕で顔を隠しながらただ、横たわっている。二人を置いて村にも入れませんが、でもなんと声をかければ言いのかも分からない。酷く複雑。
「お前」
レオが言いました。
「お前があいつと居るのは、何時からだ」
「いつ……神様とは、ええと二日ぐらい前から一緒にいるすよ」
「それじゃぁ――いつもああなのか、あいつは」
もれは七の村で、襲ってきた村人のうち、倒れて踏まれた子供を思い出しますた。
いつでも差し伸べられる、手。
「神様はいつだって神様す」
起きあがったレオが視線を木陰に向けますた。心配なさっていたのか、神様もプラと一緒にこちらを向いています。二つが合ったのは本当に、一秒、それだけだったのに、ひどい眩暈がした。
とうに神様は膝上のプラに顔を向けていらっしゃいます。
それなのに。
どうしてレオは、もう一度振り向くのを待つように、まだ見つづけているのだろう。