月の影は明るく砂地を照らし、砂は月明かりを受けて仄明るく地平をかたどる。
ひたひたと押し寄せる宵の夢に、レオナルド・エディアールは暫し微睡む。
いつ機械が現れても戦えるように(夜は機械も眠っているが、用心に越したことはない)樹の根元にうずくまった姿勢を保ち、
次第に重くなるまぶたの裏で、機械に連れ去られた神は今どうしているだろうかと思案する。
機械が連れ去ったことからして、犯人が防人や黒い血の人間でないことは確かだが、
どこへ連れ去られたのか迄はまだわからない。
きちんと食事は与えられているだろうか。理不尽な傷など負わされていないだろうか。
何よりも不安なのが、神が女性であることだ。
狭い穴蔵の中で生活する村の中では村人同士の交流も盛んで(生活空間が限られているだけに、
そうならざるをえないのだが)滅多には起こり得ないが、女性を力ずくでどうにかしようと言う衝動が
全く存在しないとは言えない。
シオから聞いた話では、神はどういう訳か人に憎まれ、殺されかけたとも言う。
防人なら平常心を保てるようだが、もし仮に彼女のいる場所に防人ではない、黒い血の人間が居たら。
殺す前に陵辱の限りをつくし、絶望の淵へ追いやることも充分に考えられる。
膝に腕を乗せ、その上に額を重ねて砂を睨んだ。
まぶたを閉じれば神の姿が鮮やかに蘇る。癖のない長髪と、砂漠の太陽の下に惜しみなくさらけ出された、華奢な脚。
レオの手のひらひとつですっぽり隠れそうな容には優しい笑みを湛え、時には凛とした表情を浮かべる。
小さな果実のような唇から紡がれる声に名前を呼ばれたのは、両手で余る程度の回数。
それでも、神の声は人を虜にする。
今はレオの記憶の中で微笑む神の姿が、不安という形で崩れていく。
機械の根や屈強な男達に押さえつけられ、彼女は抵抗しながらも衣服をむしり取られていく。
さながら狐に捕まった小鳥のように、布の切れ端を飛び散らせ、もがきながら。
身を守る物を剥ぎ取られ、露わになっていく神の素肌。日焼けの跡もない陶器の肌に翠の髪が水の如く流れ落ちる。
身体を震わせ、怯えた瞳をしながらも両腕で体を隠そうと努める。気丈にも「やめてください」と言い放つ神の手首が
いとも容易く押さえ込まれ、男達は下卑た笑いで彼女を見下ろす。怖れから神は涙すら浮かべてかたかたと震え、
それでもなお拒絶の言葉を口にする。
だが憎悪に狂った男達に、制止の言葉など吐きかけたところで、正気や良心と言った存在の片鱗すら疑わしい。
素肌を覆っていた腕がもぎはなされ、淡い乳房がさらけ出される。鴇色の先端を粗暴な指が捻り上げ、神は痛みに悲鳴を上げる。
きつく閉じられた膝も易々と割り広げられて、色の薄い、神の秘められた場所までもが視線にねぶられてしまう。
白皙の頬が羞恥に染まり、とうとう目尻には涙の粒が煌めく。
「いやっ、助けてシオ君……レオさん!」
一度も彼女の口から聞いたことのない「助けて」という言葉が飛び出して、レオはたまらず彼女を呼ぼうと大きく息を吸った。
「か……!!」
神、と叫ぼうとした喉が、砂漠の夜風に晒された機械の肌そのままに凍り付く。
「どうしたす、レオ?」
突如として顔を上げた(それも必死の形相で)レオに驚いたのか、シオは半歩ほど尻で後じさって、おそるおそる訊ねてきた。
「……何でもねぇよ」
舌打ちして刀をひっ掴み、立ち上がると、シオの声が追いかけてくる。「どこ行くすか?」
「小便。ついてくるんじゃねーぞ」
「うい。いってらっしゃい」
シオ達のいる場所からずっと風下、機械の死体に隠れるようにして、そのメタリックな外殻に額をぶつける。
鈍い音が、外壁の下にある空洞に反響した。
「糞ッ……治まれよ、この……」
どうしてあんな夢を見てしまったのだろう。神が心配なのは当然だ。彼女には返しきれない恩もある。
しかし同時に、陵辱される彼女の姿に興奮を覚えたのも、動かしがたい現実としてそこに屹立していた。
「神……悪ぃ」
砂の上に跪き、機械の死体に肘を突いて手を組み、懺悔するように頭を垂れた。
知らず、蜘蛛の糸へ向けて。