「キーーーーーークーーーーーーゥゥゥゥゥ!!」
馬鹿でかい足音と地響きが猛スピードで移動し、その後の砂漠に巨大な砂煙が立ち上る。
「どこだーーーー!!キクーーーー!!出てこーーーーーーい!!!!!」
「おい、ドレ者……じゃなかった、ドレクセル!」
逆立った黄色の髪の少年が、その巨大高速移動物体に声をかけた。
するとドシーン!と一段と大きな地響きを立て止まった。
「なんだ、レオ者よ」
「ネタを普通に返すなよ……まぁ良い、何故キクを探し「おお!そうだレオナルド君!!キクを見なかったか!?」
頭上から火山噴火のような声を叩きつけられ、レオナルドは思わず耳を塞いだ。
「相変わらず人の話を聞く気がない奴だな……」
ドレクセルに聞こえないよう、小声で呟く。
見かけによらず言いたいことははっきり言う、知人の元防人ならわざわざ小声にしなかったであろうが。
「見たか!?見たよな!?知ってるよな!?な!?」
「勝手に決め付けるな!俺が知るわけないだろう。数ヶ月前に1度会ったきりだ。
あいつの行動範囲はWaqwaq全体だからな。皆目検討がつかん」
「そうか……」
ドレクセルは舌打ちをした。
「ところで、何故キクを探しているんだ?」
レオナルドはようやく最初の質問をすることができた。
普段から自信満々、俺様天国といった感じのドレクセルが、珍しく口をモゴモゴさせながら呟いた。
「小さくなりたい」
「……ハァ?」
「だから、小さくなりたい」
「……それは、普通の人間のサイズになりたいということか?」
「ああ!!」
ドレクセルの目はいつになく真剣だった。むしろ必死ささえ感じられた。
「キクの技術力なら、黒き血の人間を小さくすることができるに違いない!」
レオナルドは腕を組み考えた。
(ドレクセルの自信がどこから湧くのかはわからんが……。それは置いといたとして、
一見不可能なことだが、元参賢者の一人たるキクなら可能かもしれんな)
『元参賢者』と思い立ったところで、レオはあることに気づいた。
「ヨ……いや、ヨキ先生ならどうなんだ?頼んでみたらどうだ」
わざわざ「先生」をつけたのは、以前呼び捨てでドレクセルの前で呼んだところ、
「先生をつけろ先生をォォォォォ!!!」と拳を食らわされた経験があるからだ。
ドレクセルがヨキ先生にベタ惚れ(本人は『惚れているんじゃない!!崇拝だ!!』
と言って憚らないが)であることは、件の戦いの関係者なら全員知っていた。
(シオは「みんななかなかよしよしす!いいことす!」と勘違いしているようだが)
また、レオは七の村に比較的近いところに住んでいたため、
『ドレクセルはちょくちょくヨキの診療所を訪ねており、ヨキも満更ではない様子』
という噂も耳にしていた。ちなみにレオにそれを教えたのがフランで、「これぞ忍法地獄耳!」
と自慢げに言っていたのでレオにとってかなり胡散臭い話ではあったが。
「よ、ヨキ先生には頼めん!!恐れ多い!!おおお多すぎる!!!!」
一層大きな声を上げると、王冠が落ちそうなほど首を横に振った。
顔は茹蛸のように真っ赤である。
「ヨキ先生」という単語を聞いたことによりドレクセルは何かを思い出したのか、
「うぉぉぉ!」とか、「むぉぉぉぉ!!」とか叫び続けている。
しかも何やら激しく後悔しているようだった。
「おいドレクセル、もしかしてお前、ヨキ先生を……その、や、ヤってしまったのか!?」
「そんなわけあるかァァァァ!!」
問答無用で襲い掛かってきた拳を、レオは間一髪でかわした。
「おい!ヨキ先生のこととなると本気で攻撃するのはよせ!」
「ヨキ先生だからこそ本気だ!!」
「……あー、分かった。それでこそお前だ」
説得は不可と悟ったレオナルドは肩を落とした。
ドレクセルのヨキ先生崇拝っぷりを考えれば、
ドレクセルが自らヨキ先生を傷つけるようなことをするはずがなかった。
だが、ドレクセルが今こうして駆けずり回っているのも、ヨキ先生絡みであることが
『ヨキ先生』という単語一つにさえいつも以上にうろたえる様子から伺うことができた。
「何があった?」
片目を瞑りながら尋ねる。ドレクセルは開けっぴろげな性格なので、自分の内心を
人に話すことに抵抗はないタイプであった(対ヨキ先生除く)。
「……俺は……」
ドレクセルは昨夜の出来事を思い出した。
ドレクセルは七の村の近くに腰掛けていた。
辺りはすっかり暗くなり、砂漠の夜空一面に星が瞬いていた。
しかしドレクセルはそんな情緒あふれる風景などに目を奪われることはなく、
しばしば巨体を揺らしそわそわしながら何かを待っていた。
自分専用の脱出口からヨキが顔を出し、声を掛ける。
「ドレクセル」
「よっ、ヨキ先生っ!!」
飼い主の帰りを待っていたペットのように脱出口の前に身を寄せる。
その様子を見て、ヨキはくすりと笑った。
ドレクセルは馬鹿にされたと思うどころか、
(ヨキ先生……!!な、なんてお美しい笑顔!!天女だぜこりゃあ!!)
と幸せ最高潮だった。
「今日も畑仕事を手伝ってくれて助かったよ。村の者たちも喜んでいた」
「わはははは!あれくらいどうってことない!!」
ドレクセルは大きく胸を張った。
「フフフ。これ、お前にとっては足りないかもしれないが食べておくれ」
ヨキは大きなボールに入ったサラダとトングをそのまま渡す。
ドレクセルは六の村にいた頃は畑仕事の全てを子分達にやらせていたのだが、
ここではドレクセルは嫌な顔一つせず、というかむしろ進んで働いていた。
働いた後、必ずヨキ先生が「ちょっと待っておいで」と言った後、
手料理を持ってきてくださるのがドレクセルにとって至上の喜びであった。
普通の村民にとっては重労働な畑起こしやうね作りも、ドレクセルにとっては
子供の土遊びのようなものである。
最近ドレクセルが七の村(というよりヨキ先生)を訪ねるたびに、畑仕事を手伝っていた。
初めはドレクセルの巨体を恐れていた村人も、今では
「おーい!ドレクセル様、この岩をどかしてくれ!!」
「まかせろ!わはははははは」
「ドレ様!!今度はこっちの畑を耕してください!お願いします!」
「これか!?むおおおおおお!!」
というように、ドレクセルの扱い方をしっかりと把握していた。
一部、自ら子分化しドレクセルを慕っている者もいる位だ。
脱出口を通るか通らないかくらいに大きいボールや、本来サラダを取り分けるための
トングも、ドレクセルが持てばミニチュアサイズである。
また、ドレクセルが普段ならその程度の量の食事で満腹になることは勿論ない。
しかし、ドレクセルにとってはこの上ない最高の料理だった。
爪楊枝のようにトングを使い、サラダの一つ一つをちまちまと味わうように食べるドレクセルを
ヨキは目を細めてみていた。
「旨いです!!最高ですヨキ先生!!」
「フフフ、ただ野菜を洗って入れて、ドレッシングをかけただけだよ?」
「いえいえ!!食べきってしまうのがもったいないくらいです!!」
自分の前でだけ律儀に敬語を使うドレクセルをヨキは微笑ましく感じた。
サラダは味わったとはいえ、ドレクセルにとっては量が量、あっという間になくなった。
「食べ終わった?」
「あ、はい……ごちそう様でした」
食べ終われば、ヨキ先生との時間も終わり。
がっかりしているのが顔にも声にも表れている。
クスクス、とヨキは笑った。
「全く、思っていることが全部顔に出る子だねぃ」
ボールを受け取った後、ドレクセルの大きな指をよしよしと撫でる。
「よよよヨキ先生!!」
火がついたかのように顔が赤くなる。
「本当は頭を撫でてやりたいところだが……お前の頭には届かないからな」
フフッと微笑む。
「おおお俺はせ、背がでかいですから!!」
指に触れる細いしなやかな手と微笑みに、ドレクセルは理性が切れそうになっていた。
それを必死に崇拝心でブレーキをかけ、大声で誤魔化す。
聡い賢者には全てお見通しだとは思いもせず。
「フフ、その身長はお前の自慢?」
「は、はいっ!!」
「私と同じ……普通の人間のサイズにはなりたくない?」
「……うっ!!?」
ドレクセルは急所をつかれ、たじろいだ。
(身長がでかいのは嬉しいが……これではヨキ先生と永遠にセッ……いいいいいいやいや!!
何を不埒なことを考えている俺は!!俺は一人の人間として、一生をかけてヨキ先生を崇拝し続ける!!
それでいいじゃないか!!!ワハハハハハ!!だがもし普通の身長に生まれていたら……
ヨキ先生とあんなことやこんなこt……な、何を考える!!
例え物理的には可能でもヨキ先生という神聖な存在に手をかけるなど……だがしかし……うわぁぁぁ
なにをかんがえているんだくぁwせdrftgyふじこlp;@:「」!!!)
という考えが、瞬時に頭を駆け巡ったからである。
脳内パニック状態のドレクセルに、ヨキはさらに追い討ちをかけた。
「お前が小さくなれば、私の部屋にも入れて上げられるのにねぃ」
「……!!!??」
「フフ……でも無理だねぃ、お前は大きいままがいいようだから。
私にとってはお前が小さいほうが色々と都合がいいんだけどねぃ」
今日の話はここで終わり、とでも言うようにヨキは脱出口に身を屈めた。
「よ、ヨキ先生!!」
「ああ、そうだ、ドレクセル。今日の礼代わりだ」
ヨキはドレクセルに身を屈めるように合図すると
蝶が降り立つような仕草でドレクセルに近寄り、唇の端をちろりと舐めた。
「〜〜〜!!!!?????」
「部屋の中でなら、もっと良い礼をしてやれるのだがな。
大きな子供のお前にはここまでだ。おやすみ、ドレクセル」
パタン、と脱出口の扉が閉まる。
「…………う、う、うおおおおおおおおお!!!」
突然の出来事に呆気に取られていたドレクセルがこれ以上ないほど赤面しながら
叫んだのは、ヨキが去ってからたっぷり3分は経過した後だった。
「……というわけで、俺は決意した。ヨキ先生の為にこの身長を捨てることを」
「ようするにヤりたいというわけだな」
あっさりと結論を言い放ったレオに、ドレクセルの鉄拳が飛ぶ。
「何故殴る!?」
「違う!!断じてそういう下心からではない!!
純粋にヨキ先生に喜んでいただきたいからだ!!!
ヨキ先生を俺自らの手で汚すなど……そんなことは
身長が変わろうが断じてできん!!
神でオナるお前と俺を一緒にするな!!」
「……おい、ドレクセル……最後の一文、もう一度言う度胸はあるか?」
体中から怒りのオーラを立ち上らせながら刀に手を掛ける。
「し、正直スマンカッタ」
「判ればいい。……しかし、そういうことなら余計にヨキ先生に頼んだ方が
話が早いのではないか?自分から話題を振ってきたくらいだ、ヨキ先生がお前の
身長を科学力なり医術で替えることくらいできるのでは?」
「それはできん!!」
「いちいち大声で答えなくていい、ドレクセル。
では何故ヨキ先生に頼まなかった?」
「ヨキ先生だからだ!!」
「おい、答えになっていないぞドレクセル。
頼むから、俺にも判りやすく言ってくれ」
レオは今さらながらドレクセルの単純かつアホの子っぷりに頭を抱えた。
「身長を変えるとなると、恐らくは手術になるだろう?
薬品等だけでは済まないはずだ」
「ああ、恐らくそうなるな」
「ということは!ヨキ先生に頼むということは即ち!
ヨキ先生に俺の手術を頼むということになるよな!な!?
いいか、ヨキ先生が俺の身体に触るんだぞ!?
俺は理性を保つ自身がない!!!」
ドレクセルは握りこぶしを作って力説する。
「うーん、一理あるな。それなら、というか普通麻酔を打つから意識は……
って、お前全く麻酔効かなそうだな」
「つーか、ヨキ先生が医師の服で俺に注射を打つために、
俺が横たわった処置室に「入るよ?」と小首を傾げながら
入って来られた時点でヤバイ」
「ものすっごく具体的だな(妄想が)」
「とにかく、ヨキ先生に手術していただくわけにはいかん!」
レオナルドはため息をついた。
「わかった。兎に角キクと連絡を取りたいんだろう?
それならなんとかなる。砂漠のどこかにプラがいるはずだ。
プラはキクの目になっている。そいつに『来て欲しい』とでも書いた
紙を見せれば、あいつの気が向けば来てくれるだろう」
「ワハハハハ!!なるほど!!流石だレオナルド君!!
ところで、プラって何だ?」
「そうか、お前はプラを知らないんだったな。
丸っこくて、目玉がでかい機械だ」
「わからん」
「色んな色のやつがいる。腹に古代語で『プラ』と書いてある」
「わからーーーん!!第一俺は古代語が読めんし書けん!!
はっ!!?ということは、キクにどうやって『来てくれ』と伝えればいいんだ!?」
「ドレクセル……」
思わず頭を抱えたくなる。
「あ!そうか!!レオナルド君、確か神からのメールを読むために
古代語勉強していたよな!!な!?」
「な、何故それを知っている!?」
「ヨキ先生から聞いた!それなら話は早い!!
行くぞレオナルド君!!」
ドレクセルが右手でレオナルドの身体をらくらくと掴み、持ち上げる。
「お、おいドレクセル、ちょっ、まっ……!!」
「プロを探しに行くぞーーーー!!!!」
「プラだっての!!てか俺は行かん!!離せーーーー!!」
夕日の砂漠にレオナルドの悲鳴が響いた。