「それじゃあ3日後、僕たちが最初に出会ったところで落ち合いましょう!」  
ノールは私の右手を両手でぎゅっと握ると、踵を返し九の村の方向へ駆け出していった。  
「気をつけてー!」  
と後姿に声を掛け手を振ると、ノールは振返り、私に向かって手を振った。  
――か、かわええなぁ……でも、男の子なんだよな……  
そう思うと、複雑な心境だった。  
 
3日後、私とノールは旅を始める。  
私は世界中を見、知るために。  
ノールは弟の機械病を治す手がかりを掴むために。  
 
――ノールが女の子だったらそれはそれは楽しい旅になったんだろうが  
一人旅の方が気楽で良かったかも、と思うと自然とため息が出た。  
 
ノールと旅をすることになった経緯はこうだ。  
蜘蛛の糸へ辿り着いた私たちは、シオという少年が蜘蛛の糸で願いを叶えたことを知った。  
そこでレオナルドと再会し、これまであったことなど様々な話を聞いていたところ、  
一しきりしたところでこう聞かれた。  
「お前はこれからどうするのか?」と。  
護神像という存在はなくとも、私はこれからも世界を巡るつもりだ、と答えた。  
世界中の色々なことを見たい、知りたいという思いは今も変わらない。  
そう話すと、隣で聞いていたノールちゃんが  
「それって、世界中を旅するってこと?色んな知識を得るために?」と聞いてきた。  
「ええ、そうです」  
「じゃあさ、僕もご一緒していい!?」  
「「ええっ!!??」」  
私とレオナルドの声が重なった。  
「僕さ、やっぱり弟の機械病を治してあげたいんだ!  
世界を旅すれば、手がかりが掴めるかもしれないでしょ?」  
突然のことに驚いたが、どうやらノールちゃんには病気の弟がいるらしい。  
――こ、これは、かわええ子と旅する又とないチャンス!?  
レオナルドが何故か渋い顔をしていたが、気にせず私はノールちゃんの両手を握り締めた。  
「も、もちろんです!ノールちゃん!!」  
「えっ、本当?本当??ありがとうアラン君」  
花が咲くような笑みにドキっとする。  
やばい、本気で惚れるそう……かもしれない。  
そう思った私を一瞬で凍りつかせたのは、レオナルドの次の言葉だった。  
「ノール……お前には何を言っても聞かないだろうから、何も言わない。  
ただ、アラン、お前に一つだけ言っておく。こいつ、男だぞ」  
 
「残念だったな、アラン」ノールを見送った私の後ろから、レオナルドが声を掛ける。  
「残念にしたのはどこの誰だ?」  
「後から知るより、今知った方がショックが少なくていいだろ」  
レオナルドが首をすくめた。  
「ま、いいじゃないか。旅は道連れって言うだろ」  
「できれば可愛い女の子と旅ができると言う期待も道連れたかったよ」  
「だが、それは途中から男だと分かった絶望を道連れにすることになるぞ」  
それは勘弁、と手を振るとレオナルドは私の落ち込み様を見て笑った。  
 
そして、3日後。  
私は約束通り、私とノールが初めて会った場所に立っていた。  
ノールが男だったとレオナルドに聞かされたときは(今となっては認めたくないが  
半分一目惚れしそうになっていたことも手伝って)かなりショックだった。  
しかし、一度ノールの申し出に首を縦に振ってしまった以上、  
「貴方が女だと思っていたからOKしましたが、男だと分かったのでやめます」  
と言うのは道徳的にどうかと思う。  
男でもいいじゃないか、それに、老若男女関係なく誰かと共に旅をするということは、  
自分も相手も人間的に成長するいい機会ではないか、となるべくプラスの方向で考えるよう  
思考回路を切り替え、ショックを乗り越えた。  
「アランくーん!」  
遠くから人影が近づいてくる。ノールだ。息を切らせながらやってくる。  
「ごめんごめん、別れ際に弟と話していたらつい長くなっちゃって」  
「いや、構わないさ。ノールは弟思いだね」  
 
何を思ったのか、ノールが突然私をまじまじと見つめる。  
「ん?どうかした?」  
「アラン君、確か僕のこと、ちゃん付けで呼んでなかったっけ?」  
う。そういえばそうだった。  
男だと知ってからは、自分の中でちゃん付けはやめていたから、実際ノールとあっても  
呼び捨てで呼んでしまっていた。  
「あ、そっか、呼び捨ての方が仲間っぽいもんね。うーん、そうだよね。  
じゃあさ、僕もアラン君のこと、これからはアランって呼んでいい?」  
ノールは今の疑問を自分の中で勝手に解決させてしまったらしく、次の質問を投げてきた。  
レオナルドが「ノールは思い込みが激しい」と言っていたが、それがこういう所に現れているのかなと  
思いつつ、「いいよ」と答えた。  
「うふふ、ありがとう」  
笑った顔を見て、一瞬かわええと思ってしまった自分を叱咤した。  
「ねぇアラン、それでさ、僕たちこれからどこへ行くの?」  
「あ、ああ。まずは賢者ヨキがいる七の村に行こうと思う。  
あの時、彼女(ん?彼女でいいのか??……分からん)は負傷していたから、  
ゆっくり話することができなかったからね。  
しかし、彼女の知識は黒き血の人間の中では有数、あるいはトップの……」  
「分かった、七の村だね。それじゃあ早速行こうアラン!」  
ニコニコしながら勝手にトコトコ歩き出すノールに、私はこう言った。  
「……頼むから、私の話にもうちょっと聞く気持ってくれる?」  
 
七の村までは歩いて数日かかる。  
神の御加護を受け、猛スピードで走ることが出来るようになったシオという少年や、  
あのやたらデカくて馬鹿な人が走れば1日と掛からないのかもしれないが、  
そう急ぐ旅でもなく、足が自然に進むのに任せて歩いた。  
ノールは歩いている間中、私に弟の話をした。  
彼はよっぽど弟を溺愛しているらしく、弟が生まれたときの喜びから、  
機械病という病を背負って生まれてきたと知ったときの悲しみ、思い出話などを延々と語った。  
ただ、時には感情が高ぶりいきなり涙を流されるのには参った。  
ノールが泣き出し立ち止まっては慰め、また歩き出しては話をし、また泣かれては立ち止まり慰め……  
ということを7〜8回(いや、もっとか?)は繰り返した。  
そのため、思ったほど距離が進まなかった。  
 
夕日が傾いてきたころ、私はノールに声をかけた。  
「もうすぐ暗くなることですし、野宿できそうなところを探しましょうか?」  
「あ、それならこっちの方角。1時間程歩いたところに小さいけれどオアシスがあるよ。そこなら水も飲めるし」  
と、進行方向から右へ60度くらいの方向を指差す。  
私が頭の中で記憶している地図によると、その方向にオアシスはなかった。  
それを告げると、ノールは  
「この世界に存在する全てのオアシスを僕は把握してるよ。勿論、地図に載っていないものもね」  
と事も無げに言った。流石は水の護神像の元防人、といったところか。  
「教えてくれたんだ、ハルワタートが」  
今は無き護神像の名を呼ぶその声が、少し寂しげに聞こえたのは気のせいか。  
私は先を歩くノールの後をゆっくりと追った。  
 
ノールが言ったとおり、そこには小さな家1〜2軒分ぐらいの大きさのオアシスがあった。  
鞄に詰めてきた保存食で夕食を取り、空腹と旅の疲れを癒す(あまり歩いていないため、実際には疲れていないのだが)。  
「あ、そうだアラン、今のうち自分の水筒に明日の分の水取っておいて。僕、今から水浴びするから。ついでに服も洗っておきたいし」  
「分かった。今日はそれほど汗をかいていないが、折角のオアシスだ。私も利用させてもらう」  
砂漠ではオアシスに巡り合えることは少ない。人掬いの水にさえ、何日間も触れられないこともある。  
従って、オアシスがあれば大抵の人間は身体と衣服を清潔にするためにそれを利用する。  
もちろん中には、身体の汚れだろうが何だろうが全く気にせず、喉を潤す為にのみオアシスを利用する者もいるが。  
オアシスのほとりにしゃがみ、水筒に水を満たす。  
私は手早く服を脱ぐと半身オアシスに浸かり、肌着やシャツを水洗いする。絞った後、近くに自生していた機械の木に干した。  
ふとノール見ると、まだ服を着たまま、しきりに髪に手をやっている。どうやら髪の飾りを取るのに時間が掛かっているらしい。  
「遅っ」  
「えー、ひどーい!」聞こえたらしく、文句を言ってくる。  
「本当のことを言ったまでだ」  
「これって、結構解くの大変なんだからね」  
「だったらそんな飾り、わざわざ付けなければいいだろう」  
「うわ、アラン、きっぱり言うね。でも駄目だよ、これはミールが……あ、痛っ!絡まった!!」  
どうやら髪留めが髪に引っかかって取れなくなったらしく、もがいている。  
「と、取れない……」  
本日何十回目になるだろう、また目に涙を溜め始める。  
無視し続けてもよかったのだが、ずっと取れずに一晩中泣かれるのは非常に寝づらい。  
仕方なく、手を貸してやることにした。  
 
オアシスから上がり、ノールの前に立つ。  
「ほら、後ろ向け。取ってやる」  
ノールはきょとんとした顔で俺を見る。  
素っ裸だったが、男同士なので問題はないだろう、と思っていた。  
ノールは1、2秒固まったあと、「あ、う、うん!」と言って慌てて後ろを向いた。  
――視線が私の股間に行っていたような気がするのは、あえて気に留めないことにする。  
1つ、髪留めに髪が食い込むように巻きついているのが見つかった。  
「これか?」軽く引っ張ると、ノールが悲鳴をあげた。  
「い、痛っ!だ、駄目!!触らないでー!!」  
「触らないと、取れないだろ」  
「いやーーーーーっ!!」  
「こ、こら!暴れるな!!」  
「やーめーてーーーーっ!!」  
半泣き状態のノールと私の争いは十数分に及んだ。  
ノールが暴れたせいで私の手元が狂い、さらに他の髪留めにも絡まってしまったせいで、数倍以上の時間がかかってしまったのだ。  
「全く、気化熱で体温が奪われてしまったじゃないか」  
私は肌寒さに身体を振るわせた。  
「う、ご、ごめ〜ん。先、オアシス入ってて。僕、他にも取るものがまだあるから」  
髪にはまだ飾りがいくつか残っている。だが、あとは自分でも取れるだろう。  
「別に貴方を待つつもりはないよ。遠慮なく入らせてもらう」  
私は眼鏡を外すと、首までオアシスに浸かった。日中の日光と地熱で暖められた水は、冷えた身体には丁度いい温度だった。  
 
「おまたせー」というのん気な声と同時に、ちゃぷんという水音が聞こえてくる。  
振返ると、近視の裸眼にノールのような人影がぼんやりと見えた。  
夜ということもあり、また眼鏡を外しているので、身体の輪郭がぼんやりとおぼろげに見えるだけで表情などは全く分からなかった。  
しかしノールは夜目が効くらしい。今夜は月齢11.16、月名で言えば宵月。満月には及ばないが、そこそこの月明かりもある。  
「あ、アラン、あんまこっち見ないで。なんでか、なんか、なんか恥ずかしい」  
「男同士で何が?」呆れながら尋ねる。  
「だ、だって僕、ミール以外と風呂に入ったことないし……それも、ミールがちっちゃいときの話だし……」  
モゴモゴと喋る。生粋のおぼっちゃん育ちってやつか?  
「気にすることないだろう、古い言い回しだが、見られて減る物ではないと言うじゃないか」  
「うーん……でも……いや、そっか……そっか、そうだよね、男同士だもんね、そうだよね」  
また自分の中で何か納得したのか、独り言を言っている。  
「うん、決めた、決めたぞ!僕は気にしないことにする!!」  
「はいはい、そうしてください」  
私は適当に相槌を打った。  
「よーし、そうするぞ、そうするぞ!!僕は決めた、決めたんだ!!」  
ノールは何度も呟きながら、やけに気合を入れて自分の服を洗っていた。  
 
服を洗ったあと、ノールはオアシスを泳いでいるようだった。  
『ようだ』というのは、人影のようなもの(機械でもいない限り、十中八九ノール)が水面を滑るように移動し、  
それに合わせて水音が聞こえてくるからだ。眼鏡のない私には、はっきりとノールの姿を見ることができない。  
ノールは星を見ながら背泳ぎをしていたらしく、「ねーアラン、あそこに星がいくつもあるやつ、何て星座?」と聞いてきた。  
「どれだ?」と聞き返したが、「あれ、あれだって」というだけでさっぱり分からない。  
どうやらその星を指差しているようだが、私に見えるわけがない。  
「あー、ノール。どうしても知りたければ私の眼鏡を持ってきてくれ。私の服が干してある木の根元に置いてある」  
ノールの方がほとりに近い位置に居たので、そう言うとノールは素直に眼鏡を持ってきた。  
「はい、眼鏡」  
ノールが私の目の前に来て、眼鏡を差し出す。ここまで近づくと、近視でしかも夜とはいえ大体輪郭も分かる。  
「ああ、ありがとう」  
――ん?今、ノールの胸が少し膨らんでみえたような気が?  
眼鏡をかけようとする直前に抱いた疑問が、今ガラスの向こう側からはっきりと見える。  
一般的な女性よりはやや小さいが……これは間違いなく……む、胸!?  
「ノノノノノール???」声が上ずっているのが自分でもわかる。  
「えーとね、ほら、あそこ。星がいくつもあるやつ。見える?」  
「そ、そうではなくて。ああああなた、男の子、って話、でしたよねぇ??」  
「うん、そうだよ」あっさりと肯定。しかし、今私の目の前にあるのものは……  
「じ、じゃあ、あ、あなたの胸に、あ、ある、これは、何ですか?」  
「え、胸だよ。いつもはサラシ巻いてぺちゃんこにしてるんだけどさー。最初はアランに見られるの恥ずかしかったけど、  
もう大丈夫!僕、気にしないことに決めたから!で、あの星、何ていうの?」  
思考回路が今にも壊滅的な核爆発を起こしそうになる最中、  
「あれは、乙女座だ……」と正しく答えられた自分を心から褒めてやりたい。  
 
 
<続>  
 

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