: 140%"> 笑う大天使  

もぎゅ。  
もぎゅもぎゅ。  
「・・・さん」  
もぎゅもぎゅもぎゅ。  
「・・・音さん」  
もぎゅもぎゅもぎゅもぎゅ。  
「和音さん、いい加減にしなさい」  
「あっ・・・」  
 いつまでもいつまでも間食し続ける和音から、俊介は菓子を取り上げた。  
「あにすんだ、俊介」  
「それはこっちの台詞です、和音さん。いつまで食べているつもりですか」  
「返せっ! それは史緒さんから貰った友情のムギ・チョコなんだっ!」  
「友情の証なら、もっと美しい形で貰ったらどうです」  
 奪い返そうとする和音の手に届かないようムギ・チョコを高く掲げつつ、  
俊介は軽い嘆息をもらす。  
「とにかく、あなたも一応体育大学を志す身。不摂生は毒です。  
この菓子は没収します」  
「そんなオーボーなっ!!」  
「夕飯はしっかり食べていたでしょう。  
それでも腹が減るなら、水でも飲んでさっさと寝なさい」  
「オニだ・・・鬼がいるよう・・・」  
「鬼で結構」  
 しれっと言いのけると同時に、手慣れた様子でムギ・チョコ袋の開け口をくるくると巻き、  
どこからともなく取り出したクリップでばちんと止めた。  

「うう、まだ半分も食べてないのに・・・」  
「こんなお得パック、半分も食べたなら充分でしょうが。  
・・・ほら、これは預かっておきますから、もういい加減寝て・・・」  
「よし、こうしよう」  
 話をまとめにかかった俊介の目前に、ずずいと指を突きだして、  
和音は抵抗を試みる。  
「俊介はそれをワタシに渡して部屋を出る。そんでその後ワタシは寝る。  
無論麦チョコは食わない。これでどだ?」  
「・・・私が出ていった次の瞬間には、ムギ・チョコをむさぼる気でしょう」  
「な・・・何をおっしゃるんですの俊介様! 神さま仏さまイエス様に誓って、  
ワタクシはそのような浅はかなふるまいをしないと・・・」  
「ほほー・・・誓って」  
「え、ええ・・・もちろんですわ。オホホホホ・・・」  
高笑いでごまかそうと試みるも、俊介の鋭い視線は和音を強く睨み付けたまま揺るぎもしない。  
「すんません、嘘をついてました」  
「よろしい」  
 結局、上辺の嘘など俊介には通じないのだ。  
十五年もの間、伊達に和音の世話係として側にいたわけではない。  
 俊介はムギ・チョコを手にしたまま、和音の部屋の扉横、電気スイッチの所まで移動した。  
「電気は私が消して差し上げます。さっさと諦めて寝なさい」  
「へーい」  
 しぶしぶと、明らかに納得してない様子で、それでも和音は言われたとおりベッドに入る。  
「・・・ちぇ、必殺お嬢様ぶりっこが通じんとは・・・」  
「ぶつぶつ言わないで、寝る」  
「へいへい」  
「返事は正確明瞭に!」  
「はい! 分ーかーりーまーしーた! ・・・では、お休みなさいませ、俊介様」  
「・・・お休みなさい、和音さん」  
 言った瞬間、俊介の指が部屋の電灯を消した。  

(んだよもー・・・俊介の奴、相変わらず融通がきかねーよな。  
ちょっとくらい食べさせてくれたって・・・)  
 確かに、俊介の言う通り夕食はしっかり食べた。  
 だから腹が減ってる訳では決してないが、なんとなく口寂しい。  
 昔は腹さえ膨れれば何の文句もなかったが、最近は妙に、  
こういうなんとも言葉にしがたい感覚が続いている。  
(あああ、せっかく史緒さんから貰ったムギ・チョコ・・・あれ食ってる間はいいよなー・・・  
食うことに没頭できる)  
 和音は、ごろん、とベッドの中で寝返りをうった。  
(・・・・・・。やっぱ変じゃないか?)  
 変、奇妙、奇天烈、奇想天外・・・  
和音がこうして、とりとめもない事に思いを巡らすこと自体、これまでならありえなかった現象だ。  
 腹が膨れても満足しないなんて。ましてや寂しくて眠れないだなんて・・・。  
「眠れませんか?」  
 不意に、耳元でささやかれた。  
「な・・・」  
「静かに。・・・あんなに言ったのに、まだ起きてますね?」  
「俊介・・・?」  

 掛け布団の上から重みを感じた。加えて、ほのかな体温。  
「出て行ったんじゃ・・・」  
「ずっとそこにいましたよ。出ていく気配はなかったでしょう」  
 言われてみればその通りだ。  
 電気を消されて、もう誰もいないつもりでいたけれど、  
俊介が出ていった様子どころか部屋の扉が開く気配もなかった。  
 では俊介は、この暗闇の中でずっと、和音の気配を見守り続けていたのだろうか。  
 けど、どうして・・・?  
「そんなに腹が減ってるんですか、和音さん。最近ずっと、こんな様子じゃありませんか」  
「ちが・・・別に腹減ってる訳じゃ・・・」  
 暗闇に慣れぬ目では、間近にあるはずの俊介の表情も読みとれなくて、  
 和音は枕に頬を押しつけるように顔を背けた。  
「では何故?」  
「なんでって・・・それは・・・」  
 分からない。  
 なんと答えればいいのか。  
「・・・この俊介にも、相談できないことなんですか」  
「・・・・・・」  
「・・・分かりました」  
 不意に、体温と重みが急速に遠のきかける。  
 瞬間、これまで以上に強い不安感が和音の胸を駆け抜けた。  
「ま・・・待てっ! 待つんだ、俊介!」  
 思わず手が伸びて、強く俊介の服を掴み引き留める。  
「和音さん?」  
「そうじゃないんだ。そうじゃ・・・」  
 何を言っていいのかは分からないままだ。  
 けど。けれどこの温もりまでは失いたくない。  
「・・・・・・」  

「待ってくれ。いま話すから。えーと、えーっと・・・」  
「・・・和音さん」  
「えぇーっとぉ・・・ん?」  
 迷いためらう和音の声を掬うように、唇に、暖かな感触が宿る。  
「ん・・・うぅ」  
 ぬる、とした感触が唇を割って口内を犯す。  
(く・・・苦し・・・)  
 これまでの人生にない感覚に、呼吸を完全に忘れてしまった。  
(し、死ぬ・・・)  
 再び覆い被さってきた重みに抗うように、どん、と拳を叩きつける。  
「う・・・んぅっ!」  
 次の瞬間、ようやく唇が解放された。  
「・・・ぜーっ・・・ぜー・・・」  
「だ、大丈夫ですか?」  
「し、死ぬかと思った・・・」  
 ごく素直な感想を漏らす和音に、俊介は暗闇の向こうで軽く吹き出した。  
「こ、こら、笑うな俊介! こっちは本気で・・・」  
「ああ、悪い。そうだな・・・今のは俺が悪かった」  
 よほど和音の様子が面白かったのか、いつもの敬語まで忘れて俊介は応える。  
骨張った固い男の指先が、改めて和音の頬を包んだ。  
「・・・もう少し、優しくすべきでした・・・」  
 もう一度、今度は柔らかく唇をふさがれる。  
 小鳥が啄むような、軽い口づけを一度、二度。  
 それから、触れるだけの、けれど時間をかけたキスをゆっくりと・・・。  
 そして、和音の肩から緊張がなくなるのを待ってから、改めて舌が差し出される。  
「ん・・・」  
 漏れる吐息も、気のせいか少し甘い。  
 気持ちいい、と。唇からじんわりと広がる熱が、どうしようもなく心地よく思えた。  
「・・・ふ」  
 キスを繰り返すうちに、頬を覆っていた俊介の手が首筋を撫で、  
鎖骨をなぞり、服の上から乳房に触れる。  
 薄く、中性的ではあるが、そっと押せば柔らかく指を受け入れる胸元。  
 俊介の劣情を煽るには充分な存在感だ。  
「ぁ・・・ん」  
 形を確かめるように、あるいは何かを探るように、執拗に繰り返される愛撫。  
「・・・苦しい?」  
「う・・・あ・・・」  
「じゃあ、こうして・・・」  
 俊介は、和音のパジャマのボタンを片手で器用に外していく。  
 空いた左手は、その作業をなぞるように露わになっていく素肌を直に滑った。  
「は・・・あぅ」  
 できた隙間から、まるで浸食するかのようにじわじわと、触れる場所が広げられていく。  
 指先が小さな膨らみをのぼって、小さく色づく蕾に到着した。と同時に・・・  
「あうぅっ・・・」  
 俊介の舌と唇が、指とは逆の蕾を濡らす。  
「あ・・・やぁ、それ・・・駄目・・・」  
 ふるふると頼りなく首を振る和音。  
 暗闇に慣れはじめた俊介の目にはぼんやりと白く浮かぶ彼女の肌が美しく、  
小さな抵抗はなんの抑止力にもならない。  
「ここ・・・?」  
「ああ、んっ・・・」  
 鼻にかかるような、熱のこもった切なげな声に背中を押されて、  
俊介はますます大胆になる自分を自覚する。  
 舌をとがらせ、蕾をなぞるように丸く舐めあげ、軽く歯先で噛んでから強く吸う。  
「あ、や、しゅ、俊介、あ、は・・・」  
 柳眉を歪ませ、頬を上気させる和音。  
 ある時は高く、ある時は吐息だけで、自分の動きに応える和音。  
 もっと乱れて見せて欲しい。  
 もっと声を上げて欲しい。  
 ここ数年、夢に見ては『それだけは許されない』と己を律してきた欲望が次々にあふれ出てくる。  
 いま自分が達しようとしている場所は、己に課した最大の禁忌だ。  
 けれど、止める術はすでにない・・・。  
「俊介・・・俊介ぇ・・・っ!」  
「足りない? それとも・・・」  
 蕾をいじる指先を、その感触に後ろ髪ひかれながらも引き離し、  
脇腹を通って腰、さらには内股にまで到達した。  
「ああ・・・っ!」  
「・・・こっちの方が、イイ、ですか?」  
「や・・・そこは・・・」  
「ここ?」  
「は・・・」  
 鋭く、和音が息を飲むのが分かる。  
 薄い布越しに触れた、敏感な一帯。  
 指先でなぞり、そっとつまんでゆっくりと揉みほぐした。  
「あ、ああ、ん・・・は、ん」  

 刺激を与える度に、和音の内股にきゅっと力がこもる。   
「は、や・・・あぅ」  
 ふと、指先の感触に濡れたものを感じた。  
 刺激が、彼女を濡らしはじめている。  
 布越しにも、それが分かってしまうくらいには。  
 この先を予想して、体が準備をはじめたのだ。  
「和音さん・・・」  
 和音が、自分を受け入れようとしてくれているのだ、と。  
 それが都合のいい考えだと知りながら、そう解釈した。  
 胸に、甘く幸福な思いが広がる。  
「・・・腰、浮かせて」  
「ん・・・」  
 ズボンの端に指をかけ、下着ごとずり下ろす。  
 和音は、抵抗することなくそれに従った。  
 くちゅ・・・  
 漫画や小説のように、濡れそぼる、という表現にまでは及ばないものの、  
確実に愛液を分泌させている和音の秘裂に、そっと指を下ろす。  
「あ・・・っ」  
 ちゅ・・・  
 指をじわじわと上下に動かすと、それだけで和音の腰が切なげに揺れるのが分かった。  
 初めての刺激に感じてしまって。  
 けれどどうしていいか分からず、ただ無意識に腰を揺らして、男を誘う。  
 その様が、ひどく俊介の胸を締め付けた。  
(そんなこと、しなくていい・・・)  
 自分はすでに止まらなくなっているのに。  
 それでも足りずに、まだ煽ろうと言うのか、彼女は。  

「わ・・・」  
 揺れる腰を捕まえて、少し強引に足を開かせ、そこに顔をうずめた。  
「うっ・・・ふぁ・・・」  
 舌先で秘裂を割って、内側を舐めとる。唇で、もっとも敏感な場所をはむ。  
「んぅ、あ、あ、あ・・・はぁ、んっ!」  
 それでもまだ足りなくて、指を浸し中を犯した。  
「い、いてーよ、俊介さ・・・あああっ」  
「我慢して。もっと痛くはされたくないでしょう?」  
「ひっでー・・・あ、あん」  
「それに、もう・・・・痛いだけではないはずです・・・ほら」  
「は、うぅ・・・う、うぁ、あ、やっ・・・し、しびれ、る」  
 内側の、ぷりぷりした襞を確認しながら、俊介は口元に笑みを浮かべる。  
「も、もう、これ・・・へ、変になっちま、い、そう・・・や、ああっ」  
 吐息をこらえられず、とぎれとぎれになりながら訴える和音が、  
愛おしくてたまらない。  
(ああ、もう・・・)  
 いきり立つ自分自身は、ずいぶん前から存在を主張していて。  
(・・・俺が、我慢できない)  
 顔を起こし、和音の細い腰に手をあて支える。  
「力、抜いて・・・」  
「ん・・・っ!」  

 二、三度、場所を確かめ秘裂の上を往復させてから、沈めるように、あるいは、押し広げて行くように、和音の中に埋もれていく。  
「は、あ・・・あ、あ・・・」  
「分かりますか? 俺が入っていくのが・・・」  
「う・・・んにゃ」  
「・・・嘘ですね」  
 ほら・・・と、中に入れたままぐり、と円を描くように動かした。  
「ああんっ・・・」  
「分かるでしょう?」  
「ん、うん・・・感じ・・・る。心臓が、そこにあるみたい、に、ドキドキって・・・」  
「結構。・・・では・・・」  
 ゆっくりと、腰を上下に動かしはじめる。  
 和音の中は吸い付くようで、さらに搾り取るように俊介を締め付け、痛いほどだ。  
「あ・・・あん、は・・・」  
 それも無意識なのだろう。  
 和音はすぐに俊介の動きを追いかけるようにリズムを取り始めた。  
(う、わ・・・)  
 和音の勘がいいのか、それとも互いの相性の為せる技か、引く、押す、回す・・・  
全ての動きに和音はついてきて、俊介の高ぶりを刺激する。  
「・・・和音さん、少し、覚悟してください」  
「ん・・・?」  
「もう、止まらない・・・」  
 その宣告が唇から漏れると同時に、現実につなぎ止めていた僅かな理性が完全に融解した。  
 腰を強くつかんで、強引に持ち上げる。  
 自分が動きやすく、またより強く和音の中を感じられる角度を意識して、そこに狙いを定めた。  
「あ、や・・・ああ、あ、あ、あ・・・っ!」   
 高く鳴く和音の声も、遠い。  
「はん、あ、やん、あ、あ、あ、だ、駄目だ、しゅんす・・・ああああっ!」  
 駄目と口にしながら、和音の足は俊介の腰に絡みつく。  
 俊介の動きを妨げるものはない。  
「あう、あ、や、ぁ・・・変・・・変だ、よ・・・俊介・・・しゅんすけ・・・っ」  

 うわごとのように、何度も何度も名を呼んで。  
 しなやかな腕を、抱きしめるように俊介の首に回して。  
(・・・あ、もう・・・)  
 激しい動きの中で、真っ白に染まる視界の向こうに、それでも愛しい存在を感じる。  
 ああ。  
 ああ、なんて幸せ。  
「しゅんすけぇ・・・っ!」  

 ぱちり、と小さな音をたてて電灯が点く。  
「あ・・・」  
 柔らかい光の下、改めてお互いの惚けた表情やあられもない姿を確認して、  
和音は恥ずかしそうに頬を染め・・・  
「ああああああっ!」  
 ・・・たりは、しなかった。  
「ど、どうしたんです、和音さん」  
「わ、ワタシのムギ・チョコがぁぁぁぁっ!!」  
「へっ?」  
 和音の視線の方向を追いかけて、俊介も思わず凍りついた。  
「・・・うわ」  
 部屋の扉の前には、散乱するムギ・チョコたちによる琥珀の海ができている。  
 袋の開け口をきちんと閉じたはずのクリップもどういう理由か弾けとび、  
ムギ・チョコの海に彩りを添えていた。  
 和音にのしかかった時か、それとも行為の激しさの結果なのかは分からない。  
 ただはっきりしているのは・・・もう、このムギ・チョコを口にすることはできないという、その事実だけで。  
「これは・・・掃除するしかありませんね」  
「しょ、しょんな・・・史緒さんから貰った、愛と友情のムギ・チョコが・・・」  
「・・・愛?」  
 いつの間にか付加されている名詞に首をひねる俊介に、和音の厳しい視線が飛んだ。  
「どーしてくれるんだ、俊介」  
「いや、これは不可抗力と言うもので・・・」  
「言い訳する気かっ! 男らしくないっ!!」  
「他にどうしろと言うんですか、あなたはっ!!」  
「返せー、戻せー、ムギ・チョコーっ!」  

 ・・・その後、和音の機嫌を治すため、  
俊介が大量のムギ・チョコを三人娘におごる羽目になったのだが・・・  
 それはまた、別の話。  

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