ヤツが来る…はやく逃げなければ…  
引き裂かれた着物がまとわりつく。くじいた足がずきずきと痛む。  
どうしてこんなことになってしまったんだろう――  
 
ほんの数時間前、加護女はローカル線に揺られて「呪われた村」を目指していた。  
(これはやはり、あたしが村まで行って調べるしかないわね。  
呪われた村に何があるんだろう?)  
四人の学生たちを狂気に駆り立てた何か。昭和初期に住民を殺し合いに追い込んだ何か。  
もしかしたら、あたしの術すらおよばないモノが潜んでいるかもしれない。  
それでも――行かなければ。  
 
ギャア、と遠くで烏が鳴いた。眼前の鳥居を越えれば、ひっそりと静まりかえった廃村がある。  
「お邪魔しまぁす…って誰も答えないわよね」  
とん、と下駄を鳴らして鳥居をくぐった瞬間、地獄の底から響いてくるような唸り声が加護女を  
出迎えた。  
「ヒょうこそぉぉぉ……カゴの中におはいりィィィィ……」  
空耳かしら。怪訝そうに首をかしげながら、加護女は廃村内にわけいっていった。  
 
村外れの斜面に石造りの洞穴がぽっかりと開いている。  
(…ここね)  
若者たちが呪いをかけられた洞穴。突きあたりの岩壁に、何か文字のようなものが刻まれている。  
(なるほど、たしかに暗くてよく見えないわね)  
籠目の印を結び、ぽぅと蛍色に輝く鬼火をともす。そこに描かれていたのは……  
 
第12.5話 ヒロシ“参上”する  
 
岩壁には素朴な千手観音像が刻まれていた。長年放置されてすっかり風化した観音像、呪われた村  
目当てのヤンキーでも訪れたのか、腹部にはスプレーで「ヒロシ参上」の文字が描き殴られていた。  
「…これがリカさんたちを呪ったというの?」  
とてもそんな禍々しいものには見えないが。仏様もお気の毒に…と埃だらけの胸板を撫でたその時、  
観音像の顔がぐにゃりと邪悪に歪んだ。  
 
 
…ヤツが来る…はやく逃げなければ。  
加護女は廃村を必死で駆け回っていた。ボンヤリとした日中に、あんな間が抜けたモノに襲われる  
なんて冗談じゃない。アレが四人の若者たちを狂わせたというのだろうか。廃屋の板塀に寄りかか  
り、加護女は緩んだ飾り帯を締めなおした。どうやら撒いたようだ、一度退却して態勢を……  
ばりばりばりっ  
背後の壁から無数の腕が生え、加護女の身体を絡めとった。  
ヒロシ参上、と刻まれた巨大な観音像。それが加護女を追いつめた怪物の正体だった。  
「ちょっと、離しなさ…ひゃうっ」  
無数の指が着物を裂き、加護女の肢体をまさぐる。  
「ひゃははは…はぅ…けほっ…ひっ…」  
腋の下、脇腹、内腿、足の裏……全身のあらゆる敏感な部分を同時にくすぐられるという責め苦に  
笑いながら激しく咳込み、涎を垂れ流す加護女。身悶えするたびに形の良い乳房がふるふると震え、  
ほんのりと桜色に染まっていく。執拗なくすぐりの連続に笑い疲れた加護女は、呼吸困難に陥り  
幾度となく意識を失いそうになった。だがそのたびに、観音像は鋭く尖った独鈷杵で白い柔肌を  
えぐり、彼女を現実へと引き戻すのだった。  
たおやかな指先が次々と加護女の秘部を拡げ、侵入し、丹念に掻きまぜていく。やがて梵字を刻  
んだ掌にまで淫らな液体がつたいはじめたのを認識すると、観音像はきりきりと仏頭を巡らせ、  
経文を握りしめた手を笑い苦しむ加護女に見せつけた。自分の腕ほどもある経文を上下に振るう  
その動作に相手の意図を悟り、加護女が必死に身じろぎする。だが、四肢の自由を奪われ、籠目  
の印も結べない状態ではどうすることもできない。  
めりめりと肉壁を押しわけて、経文は加護女の胎内に納められた。  
ちぃん、ちぃぃん…  
鐘の音にあわせ、無慈悲な抜き挿しが続く。経文を縛っている封紐の結び目が不規則な刺激をもたらす。  
「あぅ…あぁぅ…」  
宙を仰ぎ、白目を剥いて為すがままにされていた加護女は、ふと背後に堅い感触をおぼえた。  
法衣の隙間から覘いているのは、兇悪な角度でそそりたつ雁首をそなえた巨大な張り型だった。  
呪わしい観音像は、淫水にまみれた華奢な両脚の間から煩悩の塊を突きだして加護女に誇示した。  
あたかも自分が巨大な男根を生やしたかのような姿勢のまま、両手でそれを擦ることを強要される  
加護女。石造りである筈の男根は暖かく脈うち、勢いを増していく。  
その肉棒にも、ご丁寧に文字がしたためられていた――ヒロシ参上。  
(結局、ヒロシって誰なのよォッ!)  
声にならない叫びをあげた瞬間、加護女は腰を持ちあげられた。しかし、加護女の秘部にはいまだ  
極太の経文が鎮座している。  
(まさか…)  
無数の指が押し拡げたもうひとつの穴に、ぬらぬらとした肉棒が突きたてられ――  
 
ぐったりと横たわる加護女の耳に、楽しげな笑い声が聞こえてきた。  
「カラオケ大会盛り上がったのう」  
「しかし公民館が遠くてかなわんなあ」  
「おや、娘さんどうなさったね?」  
数人の老婆たちが覗きこんでいた。ちぎれとんだ衣服を慌てて掻き集め、腰をふらつかせながら  
起きあがる。  
「あの、ここは…」  
「ふふふ…呪われた村なら隣村よ」  
片目を隠した老婆、いや、若い女性…たぶん若い女性が微笑んだ。  
「厄いわね」  
薄れゆく意識のなかで加護女は思った。割烹着にモンペ姿似合うなあ、この人。  
呪われた村への道のりは、まだ遠い。  
 

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