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ドラマ本編終了7年後の話です。  
 
 
「うわ〜遅刻しちゃう!!お母さんお母さん、お弁当〜〜!!」  
どたどたと足を踏み鳴らして階段を駆け下り、制服のタイを結びながら、進藤仁美は台所  
にいる美和子に怒鳴る。人生十八年。今まで遅刻を全くしてこなかったのが、仁美のささや  
かな自慢だった。それなのに。  
「…今日しちゃうなんてありえない…!お母さん!」  
もう一度己を強く呼ぶ声に、美和子はふうとため息をつく。足をその場で踏み鳴らして自分を  
待っている娘に、ピンク色の花模様の巾着に包んだ弁当箱を差し出した。  
「…あ、仁美。いって…」  
らっしゃい、と居間で新聞を読んでいた父親の勘一が言い終わる前に、仁美は差し出された  
弁当箱をひったくって「いってきます」と言い捨て、慌ただしく家を出て行く。数秒後、自転車の  
甲高いブレーキ音と隣に住んでいる溝口氏の悲鳴が聞こえ、交通事故は起こさないでね、と  
美和子が再びため息をついた。  
「…いつになったら女の子らしくなってくれるのかしらねえ…」  
「うーん…ま、まあ、あれも仁美のいいところ…かな…?」  
娘を思って呟かれた言葉は、青々とした夏の高い空に空しく消えていった。  
 
 
足の力の全てを自転車のペダルに集中させて漕いで、タイヤの回転を早くする。運動熱の所為  
で体温が上昇し、涼やかだった朝の空気が一気に蒸し暑く感じられた。背中を伝って流れる  
汗の不快感に、一瞬眉をひそめるが、何とか学校に間に合いそうなのでよしとしようと思う。  
 
ふと横に目を向けると、田園風景と青い空が目の前に流れた。  
そういえば、と思う。あの人たちも、今のあたしみたいにいつも自転車を全速で走らせていた。  
青々とした空を背に、稲穂を揺らすように、早いスピードで。まるでその先に何かが――自分  
達の求めるものがあるかのように。短い夏を、全力で駆け抜けていった。  
仁美は目を細める。  
一生忘れることができない夏だった。  
あの五人が、とても眩しかった。七年も前の事なのに、色あせずに笑っているのを今でも思い  
浮かべることができる。その中の、よく喋る口元に人のいい笑顔を浮かべている少年の姿を思  
い出して、仁美の胸がちくりと痛んだ。  
十一歳で子供だったけど、と思う。あたしは本気で好きだった。彼が妹みたいにしか見てなか  
った事も、あたしだけが切なかったのも知っていたけど。――相変わらず疼く胸に、まだふっき  
れていなかったのか、と内心苦笑する。彼がこの町を離れると知って、一日中泣いて目を腫  
らして。この気持ちを忘れようと思ったはずなのに。  
胸にたまった苦しさを吐き出すように、大きくため息をつく。  
 
「…タテノリ…」  
小さく名前を呟いてみると、ナマイキ娘、とあのお気楽な声が聞こえてくる気がする。あの頃は  
しなかった、唇を歪めるだけの笑みを浮かべて自嘲した。  
 
「…おお〜い、ナッマイッキむすめ〜〜〜!」  
――まだ幻聴がする。笑みを止め、唇を引き結ぶ。そんなに感傷的な性格だったか、あたしは。  
ペダルをこぐ足はそのままで、仁美はううむと考え込んだ。しかしそんな仁美の考えを邪魔する様  
に、相変わらず彼が自分を呼ぶ幻聴がする。その上車のクラクションの音が加わり、更に仁美の  
神経を逆撫でした。お世辞にも気が長いとはいえない仁美は、ひたすら続く騒音に段々眉根の  
皺を深めていく。明らかに意図されて間抜けに鳴らされているクラクションに、とうとう――切れた。  
 
「…うるっさいっつーの!!」  
一喝し、騒音の原因となっている車の方を向いた。  
瞬間。  
「……は、」  
大きく開けられた口からは、間抜けな吐息しか出なかった。――だって、開いた車の窓から少し乗り  
出し、こちらを見て悪戯っぽく微笑んでいた男性は。  
あの頃のように真っ黒に日焼けしていないけれど。顔の輪郭がシャープになって、精悍になったような  
気がするけれど。  
「…タ…テノリ…?」  
渇いた喉から何とか声を絞り出して名前を呼ぶと、立松憲男は笑みを深めた。  
 
「よお、ナマイキ娘。やっと気づいたな」  
仁美はぱちぱちと瞬きを繰り返し、立松を見つめることしかできない。その様子に、そんなに吃驚する  
ことかい、と立松は苦笑するが、仁美の自転車の前方に広がっている水田の水路が目に止まり、笑  
みを強張らせた。  
「ひ、仁美!!今すぐ止まれ!前!!」  
いきなり立松が叫んだので、一瞬仁美は何のことか分からず、きょとんとしたままである。記憶にある  
仁美とは違い、おそろしく鈍い反応に――こんな反応なのは、立松がいきなり目の前に現れた所為  
なのだが――立松は焦ったように眦を垂らさせ、それでも必死に「前だって!」と叫び続ける。  
その声にようやく仁美は反応して、視線を前に向けた。が、如何せん遅すぎていて。  
――まずいと思った瞬間にはもう、水路に突っ込んだ後だった。  

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