薄暗い安宿の廊下。そこに浮かぶ淡い色の髪は、どこかはかなげだった。  
今にも消えてしまいそうな―――。  
不安になり、アルノーは思わず手を伸ばしていた。  
 
あれほどの大剣を振り回しているとは思えないほど、華奢な肩を抱き寄せる。柔らかな身体と、細い腰。  
「アルノーッ! いきなり何をするッ!」  
身をよじって暴れるラクウェルの耳元に唇を寄せた。  
「今夜、ジュードとユウリィが寝た後で他に部屋とらないか?」  
「は?」  
一瞬彼女の身体が固くなり、動きも止まってしまった。  
「な、な、なにを、馬鹿なことを…ッ」  
きっと今頃真っ赤になっているのだろう。この闇の中では、その顔を見られないのが残念だ。  
硬直したままの彼女のあごを捉え、唇を重ねる。  
「んっ…こんなとこ、で」  
軽く唇をついばむようなキスを繰り返すとようやく彼女の抵抗が蘇ったが、更に押さえ込んで舌先で唇を割った。  
すぐにまたラクウェルの身体が固くなる。  
何度キスを繰り返しても、初々しい反応が微笑ましかった。  
戸惑う舌を見つけ、絡める。  
胸を押し返そうと抵抗する手は冷たいのに、絡まった舌は熱くて安心できる。  
少しでもこの熱を伝えたいと、唾液と共に熱情を注ぎ込んだ。  
 
なだめるように髪を撫でながら角度を変えて何度も唇を重ね、唇を軽く噛み、舌を吸い上げる。  
「アルノー…」  
唇が離れた瞬間に零れ落ちる頼りなげな声に、強くラクウェルの身体を抱き寄せた。  
いつしかラクウェルの身体から力が抜け、ぐったりとアルノーへと寄りかかっている。  
それでも両手だけはぎゅっとアルノーの服を掴んでいた。  
キスのせいでぽってりと膨らんだ唇は、いつもは固く結ばれているのに、誘うように小さく開かれている。  
アルノーは彼女の耳元に唇を寄せ、熱い息を吹き込んだ。  
「お子ちゃまたちは放っておいて、もうこのままどっか行くか?」  
「何言ってッ」  
柔らかな耳たぶの先を唇で挟み舌先で舐めると、ラクウェルの身体が震えた。  
声にならない息が漏れる。  
「なんなら、あいつらが帰ってくる前に速攻で」  
 
次の瞬間、身体が宙に浮き、視界が回転した。  
何だと思う間もなく、背中に衝撃。  
ドスンッ! と大きな音が廊下に響いた。  
最初は地震かと思ったが、どうやら違うらしい。  
腰から背中にかけてが熱い。気がつけば、床の上に寝ているようだ。床に倒れこんだ?  
幾つかのカチャリという小さな金属音は、宿の宿泊客が何事かと廊下を覗いているのだろう。  
時間を置いて、ヒリヒリと背中から腰にかけてが痛み出す。幸いなことに頭は打たなかったようだ。  
「ラクウェル…?」  
わずかに首を上げれば、両手で拳を握りふるふると肩を震わす彼女がいた。  
「貴様、こんなところで何を言い出すんだッ!」  
「何って…」  
ようやく何が起こったのか分かった。  
ラクウェルに投げ飛ばされたのだ。剣を持っていないときで良かったと思うべきだろうか。  
 
「で、夜はどうするんだよ?」  
腰が痛くて立ち上がれないので寝たまま訊ねると、ラクウェルの目つきが鋭くなった。  
「知るかッ!」  
叫んで、ラクウェルは背を向けて歩き出す。肩を怒らせ遠ざかる背中に、アルノーは苦笑した。  
先程のはかなさが嘘のようだ。それはうれしいことだけれど、腰は痛いし、でもヤりたい。  
「ラクウェル、ジュードが寝た後、そっちの部屋に迎えに行くな」  
尚も声をかけると、彼女の足が止まった。わずかに振り返る。  
「……か、考えておく」  
小さな声で呟いた後、ラクウェルは勢いよく歩き去っていった。  
 
数分後、ジュードが廊下に転がったままにやにや笑うアルノーを発見して指差し大笑いし、  
ユウリィは何があったのか想像ができてしまい盛大なため息をついたのだった。  
 
 
アルノーはラクウェルを抱き寄せて、唇を重ねた。  
ベッドサイドに置かれたランプが、かろうじて部屋を照らしている。二つに重なった長い影が炎が  
揺れるのにあわせて、大きく揺いだ。  
深いキスの合間に、彼女の顔を覗き込んだ。透き通った青さを持つはずの瞳は、残念ながらこのラ  
ンプの光では暗く沈んでいる。ただ時折、揺らぐ炎を反射して、きらりと光った。  
たまらなくなって、また唇を塞ぐ。  
ためらいがちに背中に回された手が愛おしかった。  
ラクウェルの腰と膝裏へと手を回し、彼女を抱き上げ、ようとして……  
 
くき。  
 
奇妙に軽い音が、寝室の中に響いた。  
「――――ッ!!!」  
 
アルノーが声にならない悲鳴を上げ、中腰のまま腰を抑えた。  
「アルノー?どうした?」  
怪訝そうにラクウェルが訊ねる。  
「……い、いや、あの、な……ラクウェルさん、ごめんッ!今日は無理みたい……」  
痛む腰を擦りつつ、アルノーは引き攣った笑みを浮かべた。嫌な汗が浮かぶ。  
「もしかして、先程のせいか?」  
ラクウェルがアルノーを投げ飛ばして、廊下に叩きつけたアレのせいだろうか。  
「すまない……」  
「いや、気にするな」  
アルノーは何とかベッドに座り、横になった。その拍子に腰に響いて無言で仰け反りかえる。  
「ふむ。相当痛そうだな」  
ラクウェルはしばし手をあごに当てて考え込んだ後、ベッドの縁に腰掛けた。  
「詫びにマッサージをしてやろう。うつぶせになれるか?」  
「え、マッサージってッ!?」  
アルノーの慌てる声に、冷静なラクウェルの声が答える。  
「剣を習ったときに身体のほぐし方や、筋を痛めたときのマッサージの仕方を習ったからな」  
「あ、そういうマッサージね…」  
アルノーはがっくりしつつ、痛む腰をかばいながら何とか何とかうつぶせになった。  
「それじゃあ、頼むよ」  
「うむ」  
ラクウェルはアルノーの腰を手で押さえた。  
そのとたん「痛ッ!」と叫び声があがる。「も、もう少しやさしめにお願いします…」  
「すまん」  
ラクウェルは改めて、そっと手を当てた。  
 
 
ラクウェルの手がゆっくり、ゆっくりとアルノーの腰の辺りを揉み解していく。  
時々アルノーが「いてッ!」と叫んでいたが、今はだいぶ落ち着いてきたようだった。  
「悪かった。つい加減し損ねた」  
ラクウェルの申し訳なさそうな謝罪に、アルノーは少し笑った。  
「いや、まあ、俺も悪かったしいいって。それより…」  
先程まで腰にあった手は、背骨伝いに上に上がってきたかと思うとまた降りていき、今度は腰から  
下へと降り始める。  
彼女にしてみれば、真剣にマッサージをしてくれているのだろうけれど、気になる。  
自分の腰の辺りを、何かを探すように這いまわる指先。  
気になりだすと、どんどん身体が熱くなっていく。  
「だ、大分良くなったからさ、もういいよ。サンキュ」  
「そうか」  
あっさりとラクウェルの手が離れていくのを残念に思いながら、アルノーはゆっくりと仰向けになった。  
腰の痛みは、確かにずいぶん引いていた。  
 
ラクウェルはベッドの横に立ち、寝ているアルノーを見下ろしている。  
影になり、その表情はよく見えなかった。  
「ラクウェル、どうした?」  
「もう少し、続けてもいいか…?」  
「え?」  
小さな声にアルノーは首を捻った。続けるってマッサージを?  
 
ラクウェルはアルノーの返答を待たず、ベッドに腰掛けた。かすかにスプリングがきしむ。  
ラクウェルの手が、バックルを緩めた。  
「ちょ、ラクウェ…」  
アルノーの制止を振り切って、ラクウェルの手はジッパーを下ろしていく。それだけの刺激で、  
下半身が熱を帯びていく。  
そしてじれったいほど緩慢な動作で、ラクウェルはアルノーのものを取り出した。  
 
今までにない大胆な彼女の行動に驚いた。いつもは無理矢理…彼女の理性が壊れ始めた頃を狙って、  
無理に持たせない限り、触れることなどないのに。  
ゆっくりとラクウェルの指が表面を撫でていく。根元を撫でていたかと思うと裏の筋を爪先で辿り  
先端へ。  
呼吸が荒くなるのを止められず、声は掠れてしまう。  
「ラクウェル…、どうしたんだよ?」  
訊ねると、ラクウェルの瞳はランプの光を映して揺れた。淡い色彩の髪は、まるでそれ自体淡く  
発光しているかのようだ。  
「…お前が悪い」  
「俺?」  
彼女の何かしただろうかと、刺激のせいでいつもより動きが鈍くなっている頭で必死に考えようとするが、  
何も思いつかない。  
その間にもラクウェルの手は止まらず、今度は手のひら全体で包みリズミカルに指先に力を込めていく。  
「俺が何…ッ」  
半ば喘ぎ声になってしまうのを止められない。アルノーが唇を噛むと、ラクウェルの小さな呟き声が聞えてきた。  
「………火を付けるだけ付けておいて何もしないだなんて、こっちだって困るんだ」  
「ラクウェル……」  
視線が合う。  
彼女の小さな唇がかすかに動く。  
「気持ち、いいか…?」  
「ああ」  
ラクウェルの顔が近づいてきたかと思うと唇が重なり、すぐに柔らかな舌が口内に侵入してくる。  
「んっ」  
半ばアルノーに覆いかぶさるような彼女の背に手を回し、ゆっくりと腰の丸みを楽しむように触れていくと、  
唇の間から彼女の吐息が零れ落ちていった。  
さらに彼女の長いスカートをたくし上げ手を伸ばそうとすると、ラクウェルが唇を離した。  
いつにない好戦的な顔に、アルノーの心臓が大きく音をたてた。  
「駄目だ。今日は私がやる」  
「え?」  
アルノーが驚いているうちに、彼女の開いている方の手がシャツの中へと潜りこんできた。  
彼女の指先が、乳首に触れる。  
「――――ッ」  
「なんだ、男でも感じるんだな」  
ラクウェルはアルノーの反応に面白そうな顔をした。  
「いつもやられてるからな。たまには仕返しをしてもよかろう?」  
 
ラクウェルはアルノーのシャツをたくし上げると、彼の乳首へと唇を寄せた。ぴちゃりと小さな音が  
聞こえる。  
肌に触れる唇も舌も、彼女の冷たい手とは違って熱かった。その熱さが肌を這い、乳首に絡まる。  
同時にアルノーのものを扱いている手の力が強まった。  
「うわ…あ…っ」  
思わず上がってしまった声に、アルノーは自分自身で驚き、慌てて唇を噛んだ。  
ラクウェルの楽しげな声が聞こえる。  
「無理に我慢しなくてもよいだろう?ほら、こんなに濡れてる」  
ラクウェルの指先が先端を突き、溢れた粘液を幹の部分へと擦り込んでいく。  
アルノーの全身に力が入った。  
「ラクウェル…俺、も…」  
「仕方ないな」  
ラクウェルの手がアルノーから離れていく。  
ほっとしてアルノーが力を抜いたとたん、今度はラクウェルの顔が近づいていった。  
「お、おいッ」  
ラクウェルの舌先が試すように先端を突いた後、舌のざらりとした感触に包まれた。  
彼女の舌はアルノーの反応を見ながら裏側の筋を舐め上げ、亀頭の出っ張りの裏を執拗に攻め立てる。  
やがて彼女の唇が開き、アルノーのペニスを口へと含んだ。  
「―――ッ!」  
アルノーのものはすぐに硬くなった。  
彼女の髪の先端が太腿に当たり、ちくちくとした刺激を与える。  
ラクウェルは一心不乱に口を動かしているた。伏せられた長い睫毛が揺れていた。一瞬その姿に見とれ、  
すぐに物足りなく感じた。  
「ラクウェル、こっち見ろよ」  
ラクウェルは首を横に振った。  
「なあ、頼む…」  
切羽詰った声で囁くと、ラクウェルの閉じられていた瞼が開いた。この暗い部屋の中でも分かる  
ほど、潤んでいる。視線が合うとラクウェルはまた恥ずかしげに瞳を閉じ、けれどその唇は大胆に  
アルノーのペニスを咥えこんでいる。  
もう、我慢できなかった。  
「ラクウェル、もう、いっ」  
ラクウェルは唇を離し、アルノーを見上げた。  
「このまま……」  
囁いて、また咥え込む。  
「うわ、あぁっ!」  
アルノーの背中に電流のようなものが激しく走り、ついには彼女の全てを吐き出していた。  
飲みきれなかった白い液がラクウェルの唇から溢れ、彼女の形の良い顎を伝っていく。  
苦しげに眉を寄せながらも、彼女はなかなか唇を離そうとはしなかった。  
 
ラクウェルが身体を起こすと、アルノーはその手を引いて抱き寄せた。  
「……悪い」  
柔らかな髪を梳くように頭を撫でると、ラクウェルはアルノーの肩に頬を寄せた。  
「いや…。したかったんだ」  
小さな声が返ってくる。  
「その、こういうことは、アルノーも知ってはいるとは思うが、あまり得意な方ではないからな、あの」  
ぶつぶつと呟く声にアルノーは吹き出しそうになった。  
彼女の身体に回した手に力を込める。  
「いや、すっげー気持ちよかった」  
「そ、そうか?」  
ラクウェルが顔を上げ、目を丸くしている。  
「ああ」  
頷くと、彼女は恥ずかしげにまたアルノーの胸に顔を寄せた。  
ラクウェルだから、こんなにも感じられるのだと告げる代わりに、アルノーはラクウェルの耳元に囁いた。  
「でも、まだ足りないんだけどな」  
 
アルノーは手をすっと彼女の細い腰へと動かした。  
このワンピース姿の外観だけでは分かりにくいけれど、十分女性らしい丸みを帯びた柔らかな曲線をしている。  
手の動きに応える彼女の身体の反応を楽しみながら、アルノーはラクウェルのスカートをたくし上げた。  
「アルノー!」  
「何?」  
ラクウェルの抗議の声に、アルノーは首を傾げた。今更拒むのだろうか。  
「腰はもういいのか?!」  
「ああ……」  
良くはない。意識を凝らせば、まだ鈍い痛みがある。だけどこのまま何もしないのは、男が廃るというもの  
ではないかッ!  
けれどアルノーが答える前に、ラクウェルの瞳にいたずらっぽい光が浮かんだ。  
「ならば、これはどうだ?」  
そう口にした彼女の顔は、先程までの初々しい表情とは違った艶が浮かんでいる。  
妖艶とも言えるその様子に見とれているうちに、ラクウェルはすっと下着を脱ぐと、仰向けに  
寝転んだままの彼の上にまたがった。  
 
「え、ちょ、ラクウェル?!」  
慌てるアルノーにお構いなしに、ラクウェルは焦らすかようにゆっくりと腰を落としていく。  
いや、わざと焦らしているのではなく、慣れない行為に彼女も躊躇っているというべきか。  
だが確実に、アルノーのペニスはしっとりと湿った彼女の中へと導かれ入っていった。  
「ぐっ…」  
先程までの舌の感覚とはまた違う。柔らかく温かいものに包まれる。きつい。  
「アル、ノ……」  
ラクウェルの唇から自分の名前が零れ落ちる、それだけでイきそうになるのを堪えるのは大変だった。  
根元まで入ったところで、今度はラクウェルが身体を前後に動かしだした。  
彼女のスカートが一定のリズムで揺れる。アルノーの腹に触れ、次に太腿に触れる。同時に彼女の桜色の  
髪も、ゆらゆらと揺れていた。その度に締め付けはどんどんきつくなっていく。  
ラクウェルは目を閉じ、軽くあごを上に向けている。その唇が軽く開き、吐息がアルノーの腹の上へと  
零れ落ちていった。  
呼吸に合わせて、ワンピースに隠されたままの胸が膨らみ、そしてしぼむ。  
アルノーが手を伸ばしてその胸を揉むと、ラクウェルは背を仰け反らせた。  
「あぁっ!」  
急激に膣がうねり、なまめかしく締め付けている。  
知らず知らずのうちに、アルノーも彼女の動きに合わせるように腰を動かしていた。もう痛みなど感じない。  
絶頂を迎える寸前の予兆に震えているラクウェルの腰を掴んで、アルノーは思いっきり突き上げ、全てを  
吐き出していた。  
 
 
 
ラクウェルが目を開けると、またアルノーが髪を撫でていた。  
「大丈夫か?」  
優しい声に、ラクウェルはうなずく。  
ふと気になった。  
どちらかといえば、今日の場合は、今の台詞は自分が言った方がよいのではないのだろうか?  
「アルノーは大丈夫か?明日の朝、この宿を立つのだろう?」  
アルノーはわざとらしく視線を逸らし、頬を指で掻いている。  
思わずラクウェルは笑い出してしまい、アルノーは大きなため息をついたのだった。  
 
 
終わり  
 

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