おいで、こっちへおいで  
 
マザーの思念が、ジークを呼ぶ。  
すでにその鋼鉄の身体を取り込んだマザーが、その心をまでをも貪らんと、息子を呼んでいる。  
 
ジークは全身に、ぬるりとまとわりつくマザーを感じたまま、じっとしていた。  
マザーは、ジークの内にまで侵入しようと身体をなで回し、締め付けてくる。  
だが、たとえ取り込まれても、簡単にそうさせる気はなかった。  
ジークはすでに、全ての開口部を閉鎖した。  
魔族ならばこの種子とも卵とも言える状態で、周辺の環境が整うまで、何年だろうと何千年だろうと、己を維持できる。  
その外殻も、ジークのそれは、強大な力を持つマザーであろうとも、突破できるような柔なものではない。  
あるいはマザーならば、いずれその力で突破するかもしれない。  
だがそうなれば、ジークは破壊される。  
マザーが欲しがっているのは、ジークの残骸ではない。  
だからマザーは、ジークの環境センサーに、働きかける。  
 
ここはとてもいいところ。  
あたたかくて、きもちがいい。  
だから、でておいで。  
 
マザーの指先が、ジークの敏感な場所をなで上げる。  
 
おまえは、大きくなったね。  
そして、とても硬い。  
立派だよ。  
その身体を、母さんにもわけておくれ。  
 
周辺は暖かく柔らかく適度に締め付けてくると、環境センサーがジークに伝える。  
今感じられる感覚は、環境センサーが伝えるそれだけだ。  
だが、ジークは騙されはしない。  
 
お前をこの腹から生んだ。  
私がその命を分け与えた。  
ならば、おくれ。その身体。ならば、おくれ、その命。  
一つに混じり合い、新しい身体と命の形を作ろうじゃないか。  
 
そのような甘言に、どうして騙されると思うのか、とジークは笑う。  
このまま放置すれば、マザーは滅びる。  
その後で目覚め、あとは好きにするだけだ。  
 
お前を生み出した母が、お前について知らぬとでも思ったか?  
 
突如環境センサーが、処理仕切れぬほどの情報を、ジークに伝えはじめた。  
爆発するかのようなそれに、ジークは翻弄される。  
人でいえば歯を食いしばって耐えようとした瞬間、口元に柔らかな肉を感じる。  
それはしびれるような甘い体液をジークに流し込んでくる。  
踏ん張ろうとした足も、熱い何かになで上げられて力を失う。  
そのようなことが、あるはずがない。  
それはすべて、情報が見せる幻影だ。  
だがジークは今、存在して初めて、甘いという味覚を感じていた。  
足をなで上げられる何かは足の根本に達し、環境センサーを玩ぶ。  
ジークが感じたことのない肉体的刺激が、そこから脳髄まで駆け上がる。  
 
それでもジークは、精神も肉体も明け渡すまいと抵抗した。  
だが、一端侵入を許したその情報は、ジークを次第にむしばんでいく。  
ジークはセンサーを切り離そうとする。  
だがセンサーが切り離される寸前、ジークの全ての情報が逆流した。  
センサーはマザーに、ジークの全てを記録した情報素子を吐き出した。  
 
ジークはマザーの内に抱かれて眠っていた。  
環境センサーを失ったジークに、自力で目覚める手段はもはやなかった。  
目覚めたとしても、精神は焼き切れ、破壊されたはずだった。  
その、はずだった。  
 
だがマザーが得たジークの情報素子は、ジークそのものでもあった。  
それを内に取り込んだマザーには、まだ彼女も知らぬ変化が起きつつあった。  
 
マザー、あなたに出来ることは、私にもできるのですよ。  
 
マザーが、犯したはずの息子に犯されていることに気づくのは、もうしばらく後のことである。  
 

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