「なあティム、お前コレットとはどこまでいったんだよ?」  
「えっ?!」  
ニヤニヤとしながら肘でティムの脇を突くトニーに、ティムはきょとんとした顔で応じた。  
「どこまでって…えっと、この前二人でお花畑に行って……」  
「ふんふん。」  
「それから、コレットが作ってきてくれたお弁当、二人で食べたよ。とっても美味しかった!」  
「で?!」  
「それから…しばらく二人で話をして……気づいたら天気がよかったからお昼寝して……」  
「だーッ!お前!!それだけかよッ!!」  
「えっと、帰りは二人で…手を繋いだよ……コレットの手、あったかかったなあ……」  
そんなことでも照れながら嬉しそうに語るティムに、トニーは地団太を踏んだ。聞きたいのはそういうことではないッ!  
「お前らッ!チューとかしねえのかよッ!!チューとかァッ!!」  
「えええッ!!!」  
トニーのませた発言に、ティムが顔を真っ赤にする。コレットのことは大好きで、いつか大人になったらきっと……とは思っているが。  
そんなこと、一切考えられなかった。それほどまでに、まだ双方幼く拙い恋なのだ。  
「そ、そんなの考えたことないよ……」  
「へっ、まだまだガキだなあ、ティムは。」  
恥ずかしくなって俯いたティムを見て、トニーはゲタゲタと笑った。  
「何だよッ!じゃ、じゃあトニー君はどうなのさ…マリアベルさんに、自分の気持ち言ったの?」  
 
さすがにムッとしてティムが言い返すと、トニーはばつ悪そうに、しかしながら顔を真っ赤に火照らせた。  
「ちっ…ちげーよッ!アイツは別にそんなんじゃねーんだかんなッ!!」  
「でもトニー君、顔真っ赤だけど?」  
「うっ…うっせえッ!!じゃーな!!!次までにはコレットとチューぐらいしとけよなッ!!!」  
自分のことは棚に上げて、トニーは捨て台詞を吐いて走って行ってしまった。  
「もう…素直じゃないんだから……」  
いつになれば素直になるのやら、あーあ、とため息をついたティムだったが、そのため息は別の意味も含まれていた。  
(子供……かあ。)  
 
 確かに、コレットとはまだキスをしたことはない。彼女といると、もうそれだけで楽しくて、一緒にいるだけでよくなってしまう。  
「そこが、子供ってことなのかなあ。」  
戦闘でも常に一生懸命なティム。それとは反対に、アシュレーやブラッド…特に後者は年長者の貫禄か、戦闘でも余裕を見せることもある。  
恋愛でも、きっと余裕なんだろうな…ともやもやと考え始めてしまう。天才と呼ばれたこの少年でも、やはり子供は子供なのだ。  
(でも!きっと……アシュレーさん達だって、女の人と……そうだよ、ブラッドさんはともかくアシュレーさんはマリナさんとはきっとまだ……)  
なかなか素直になれず、やっと打ち解け思いを伝え合った仲なのだ。そう進展することもあるまい。  
だがそのティムの思考は甘かった。彼はすぐに現実を思い知ることになる。  
「……マリナ……いいだろう?」  
「……だ…駄目よアシュレーッ…まだお昼だもの……」  
パン屋の裏口で、そのアシュレーとマリナが抱き合って口付け合っていた。なにやら怪しい台詞も聞こえてきていて。  
アシュレーの手はマリナの尻の辺りを撫でており、明らかに怪しい素行だ。かといってマリナは嫌がる風でもない。  
 
アシュレーがぼそぼそ、とマリナの耳元で囁くと、マリナは  
「しょうがないわね、アシュレーったら。」  
と言って、困ってはいるがまんざらでもない顔でアシュレーから離れ、パン屋の店番に戻っていった。  
恐らく、「じゃあ夜ならいいかい?」などと囁いていたのだろう。アシュレーも口元が綻び、若干照れていた。  
(アシュレーさん……マリナさん……なんて…大胆な……)  
普通は恋人ならこれぐらいは日常茶飯事だろうが、初心なティムには大胆不敵な行為に見えた。しかもあのつい最近まで女ッ気のなかったアシュレーが、である。  
(ううう…そんな…じゃあもしかして僕だけッ?!)  
別に彼はまだ子供なのだから、そこまで進んでいれば逆にませすぎで恐ろしいのだが、トニーにからかわれたこともあり、ひどく真剣に悩んでしまっていた。  
(もっと大人に…勉強、しなきゃッ!…ハッ!勉強ッ?!)  
ときに恋愛とは、人を行動的にさせる。いつもはおとなしい少年が、大胆な行動に出ようと胸に闘志の炎を一人点していた。  
 
 夜。ティムはこっそりとアシュレーとマリナの様子を覗くべく、パン屋に身を潜めた。  
(大丈夫。きっと見つからないさ……!)  
プーカは置いてきた。騒がれて見つかったら困る。  
唯一明かりのともった部屋。そこを目指し、ティムはこっそり忍び足で歩み寄る…はずであった。  
「あら?ティム君。こんな遅くに何か御用?」  
ハッと振り返ると、そこにはマリナの姿があった。顔は女神のように微笑んでいるが、なにやら恐ろしいオーラが出ている。  
「えっ…えっと、あの……」  
「ごめんなさいね、パンなら今日は余りがないの。もしかしてアシュレーに大事な用かしら?」  
「…ははは……えっと、その……」  
「てっきり空き巣かと思ったのよ?用事があるなら遠慮せずにちゃんと玄関から来てくれていいのに。」  
 
マリナの手に握られたおたまが、これほどに怖いとはティムは思わなかった。  
「……ごっ…ごめんなさいいいいいいッ!!!」  
マリナから殺気を感じたティムは一目散に逃げ出した。いつもはにこやかな女性の笑顔が、あれほどまでに恐ろしいとはッ!  
「あれ?マリナ。さっきティムの声が……」  
「用事があったみたいだけど、明日にしますって、帰っちゃったわ。」  
「そう……?……じゃあマリナ……早速……」  
とびきりの笑顔を向け、マリナは愛しい人の胸に飛び込んだ。甘ったるく、また卑猥な空気が部屋を包む。  
静かに灯った明かりが消えるのを、ティムは情けなく見ているしかなかった。  
(失敗……かあ。)  
マリナさんがあそこまで感がいいなんて……と、半ば感心しながらティムは帰ってから眠りについた。  
だが、これしきで諦めるティムではない。  
(絶対、見返してやるんだ……!)  
言い出したら聞かない、決心したら曲げない。これが彼の信念でありプライドなのであった。  
 
 次の日。ティムは新たに標的を定めなおした。マリナとアシュレーはもはや不可能だ。昨夜のことで絶対に警戒しているに違いない。(特にマリナ)  
だとしたら、身近でそういった深く関係を結んでいる人は……!  
ティムが廊下でウロウロしていたのが幸いだったのか、それはすぐに見つけることができた。  
「……またか?最近随分と頻繁じゃないか?」  
「仕方ないだろうッ!……溜まるものは溜まるんだ…それに……」  
もじもじと、カノンが目線を下に落とす。  
 
「……やれやれ、光栄だな。お前専用の係とは。」  
「バッ…馬鹿言うなッ!あたしについてこれるのがおまえぐらいだからッ!」  
ああわかってるよ、ブラッドはカノンの顎に軽く手を添えると、じゃあ今晩な、と言って行ってしまった。  
ブラッドとカノン。意外な二人だったが、そのやり取りには、「大人の何か」をティムは感じ取った。  
(……ブラッドさんとカノンさんがそんな関係だったなんて……でも、これだ……!)  
ガッツポーズをし、ティムはふふふ、と不敵な笑みを浮かべた。  
が、そのティムの計画は思わぬ同行者を招くことになる。  
「ティム、何してんの?」  
「うわああああッ!!」  
後ろから急に声がしたので驚いてティムはしりもちをついた。声の主は自称魔女っ子…リルカだった。  
「ガッツポーズしてたけど。まさか……何か企んでんの?」  
「な、ななな何でもないよッ!」  
じと〜と、疑いのまなざしのリルカに、ティムは困惑しつつも取り繕う。しかしそんな下手なものが通用するわけもなく。  
「嘘ッ!!白状しなさいッ!!じゃないと、コレットちゃんにティムがこの前……」  
「うわあああああ!!!やめてええええッ!!!」  
かくして、ティムの密かな研究活動は、リルカをも巻き込むことになった。  
「ど、どうしてリルカさんも興味が……?」  
「大有りよ!…それにしても知らなかったな〜♪カノンが、ブラッドとデキてたなんて☆キャッ♪」  
恋話を聞いてはやし立てるおばさんのように、リルカは頬に手を当てて妄想モードに入っていた。  
ティムが思うに、あの二人はそういういわゆる甘い恋人という感じではないような気がしたのだが……  
 
「大人の恋の駆け引きッ!絶対見とかなきゃ……やっぱ、こう、オトナなのかなッ!うふふふ〜……」  
言っていることが「大人」しかないのだが、ティムはもはや突っ込まないことにした。  
「リルカさん…別について来る事に関しては何も言わないけど…見つかるのだけはよしてくださいね?」  
「わかってるわかってるッ!へいきッ!へっちゃらッ!ついでにコレットちゃんへのアプローチの仕方もあたしが教えちゃうんだからッ!」  
そうしてティムは、この後リルカの自論を延々と聞かされる羽目になったのだった……  
 
 いよいよ作戦決行の夜。ティムとリルカは密かに天井に忍んでいた。覗くのに丁度いい隙間があったのだ。  
「リルカさん、本当に大丈夫なんですか?」  
「大丈夫よッ!こーゆーときのために、気配を消す魔法を密かに一人で勉強してたんだからッ!」  
「……そういうのはすぐ覚えるんだ……」  
「なによッ!……ティムまでテリィみたいなこと言って……」  
呆れたティムの態度にムスッとむくれるリルカ。テリィも散々だ。リルカにちょっかいをかけてしまうのは、彼女が好きだからなのに。  
「でもどうしてリルカさんが?」  
「……あたしも、オトナになりたいんだもん。」  
リルカはアシュレーのことで失恋している。それをまだ引きずっているのも……  
「リルカさん、もしかして……」  
「そーよッ!まだ吹っ切れてないのッ!…しょーがないでしょッ!……だから、オトナになって吹っ切るのッ!」  
リルカもリルカなりに前進しようとしているらしい。  
「アシュレーなんかよりずーーーーーッと、カッコイイ彼氏作って見返してやるんだもんッ!」  
「……あの、リルカさん……」  
「ん?なに?」  
先ほどからもやもやしていたティムは、思い切って聞いてみた。  
 
「テリィ君のことは……どう思ってるの?」  
「はああああ?!あんなの、ただのお子ちゃまじゃないッ!ハンチューガイよ、ハンチューガイ!あたしに意地悪しかしないし。」  
あっさり切り返すリルカに、はああ、とティムはため息をついた。なぜ自分の周りはこうも素直にならない男が多いのか……  
「リルカさん……テリィ君は……」  
「シッ!来たわッ!!」  
扉が開き、カノンがまず入ってきた。それもそのはず、ここはカノンの部屋だ。任務を終えたばかりのようで、服が乱れ、少し疲れているかのように見える。  
汚れを流すのか、そのまま彼女は浴室へ消えた。  
「……なんだ、まだだったみたいですね。」  
「ふ〜む、まずはお風呂に入って、と。」  
拍子抜けするティムと反対に、几帳面にメモを取るリルカ。なぜこの力が勉強に生かされないのか……  
恐らくテリィが見ていればまた小言を言っただろう。そして、照れ隠しの愛の言葉の羅列もおまけに。  
「あ、ブラッドさんだ。」  
続いて、ブラッドが部屋に入ってきた。特に何も持っておらず、グローブも外しており楽な格好だった。  
「ふ〜ん、部屋で待ち合わせね。男の部屋に女が行くんじゃないのね。」  
ドカっとベッドに腰を下ろすと、ブラッドはタバコをふかしていた。なんというか、あまりロマンチックな空気ではない。  
「……うっ…なんか、ちょっとイメージと違ったってゆーか……」  
「リルカさんが期待しすぎなんですよ……」  
「もう!うるさい!」  
ひそひそと小突きあう子供二人。リルカのとっておきの魔法がなければ、即座に見つかっているだろう。果たして、うまくいくのか……  
 
 カノンに部屋に呼びつけられ、タバコをふかして彼女の入浴が終わるのを待つブラッド。これから女性の相手をするにしては、機嫌はあまりいいとはいえなかった。  
結局、いつもの「あれ」なのだ。あの一件以来、カノンは自分の欲求が溜まるとすぐに彼を誘うようになった。片棒を担いだアシュレーはマリナに通うのに忙しい。  
 
初めてが自分だったので癖になっているのかもしれないが、結局カノンの並外れた体力についていけるタフガイは彼ぐらいだというもので。  
「……俺を何だと思ってるんだ、あいつは……」  
恋人でもない、ただの情夫のようなこの状態。しかも最初はこちらが優位だと思っていたカノンに振り回されている、この現状。  
どうもなんだか癪に障る。しかしひそかにそれを楽しんでしまっている自分もいるわけで。  
カノンのシャワーを浴びる音が止まり、浴室のドアが開閉される音が響くと、カノンはすぐさま彼の目の前に姿を現した。  
一糸纏わぬ姿のまま。風呂上りそのままの姿でカノンはつかつかと歩いてくる。だがそこに色気はあまり存在しない。  
義務的というか、ただ自分の欲を開放する作業を行うだけというか。  
「……脱がせる楽しみぐらい、残しておいてくれないのか?」  
「どうせ脱ぐ。それに皺になるのは嫌だ。」  
それでも眼帯だけは外していない。そこだけは妙にエロティックなのだが、彼女が壁を作っていることには間違いない。  
「今日は疲れているから、少し優しくしてくれ。」  
自分から呼びつけておいてこの態度。こいつ…本当に人のことを何だと思っていやがる……仏頂面でブラッドはカノンの体を抱きかかえた。  
いつもならそこから激しい交わりに突入するはずであったが、今日は違った。  
カノンをベッドに横たえたきり、ブラッドは一切手を出さず、じいっとカノンの姿を眺めるままであった。  
 
 「うわ〜カノンって大胆ねッ!素っ裸で恥ずかしげもなく…う〜ん…あのプロポーションうらやましいわ〜……」  
「カッ…カノンさんの…ッはッはだッ……」  
「こんなことぐらいでビビッてどーすんのよッ!もうッ!ホントに子供なんだからッ!」  
あわわ、と慌てふためくカノンを抑え、リルカはメモを取りながら観察していく。どうしてさっさとはじめないのかしら…?もしかして、間とか……?  
いや、もしかしたら準備するのかも……  
 
 
 「……」  
ベッドに横たえられたまま、何もしないブラッドにカノンは苛立ち始めていた。頬杖をついてただぼんやりと見てくる男。いつもならすぐに済ませてくれるのに。  
「どうした?早くしないのか?」  
眉をひそめたカノンに、ブラッドはこれといって反応せず、無表情を装った。  
「……俺はお前の情夫じゃないんだ。なぜお前の言うことを聞く義務があるんだ?」  
「……ッ!」  
予想外の答えに、カノンはたじろぐ。昼間、廊下で誘ったときはやる気だったのに……ッ?!一体、どういった風の吹き回しだろう。  
もしや、誘いすぎたか…?頻繁だから飽きたかもしくはする元気がないのか……?  
もはやこの欲求不満の解消という流れ慣れきってしまっていたカノンは、重要なことが見えていなかった。  
「……お前の相手をするのも楽じゃないんだ。」  
この男にも、そういった類の、いわゆる人の温もりを求める心があったことを。  
「この際、そろそろはっきりしないか?こういった関係をお前が望むなら、お前もどこかで男でも買うといい。」  
お前ほどに腕があるならナメられんだろうし、と付け足してブラッドはベッドから起き上がった。  
「バッ…馬鹿言うなッ…そんなことをするぐらいなら自分で……」  
「じゃあ今から自分で慰めるんだな。俺は帰らせてもらう。」  
完全にベッドから離れ、今も帰ろうとドアノブに手を掛けるブラッドに、カノンは複雑な思いを抱いた。  
この男も、自分も、人と同じような幸せを望める人間ではない。アシュレーのように、帰る故郷があるかというと、無いに等しい。  
ブラッドには帰る場所は存在するが、それは自分への戒めや義務にとらわれている部分が大きい。  
カノンもブラッドも、背負っているものが重過ぎる。特にカノンは、身体面で普通の幸せを望むことは出来ない。  
渡り鳥として、器が朽ちるまで各地を凶祓いしてさ迷うのが永遠の定め。自分で決めたことだ。  
 
だから、お互いのこの関係は理にかなっていて、充実しているのだと考えていた。  
(……帰ってほしくない……)  
彼の言うように、自分一人で慰めればいいものを、どうして彼を渇望するのか。関係を終わらせるのは簡単だが、それはもう体を重ねるうちに、戻れないほどになってしまっていた。  
(……抱いて…欲しい……あの男の体が、欲しい……)  
気がつけば、ベッドから這い出て奴の背中に自らの裸身を押し付けていた。  
 
 (キャ〜ッ!!焦らして誘うのも、大人のテクニックなのねッ!!……迂闊だったわッ!ブラッドがテクニシャンだったなんてッ!パワータイプと思ってたのにッ!)  
(うわあ…なんだか、違った意味でオトナっぽい……というかカノンさんのハダカ……ふう…コレットも大人になったらああなるのかな……ゴクリ……)  
部屋でまさしく大人の駆け引きが行われている最中で、天井では子供二人がそれぞれ子供の反応をし合っていた。同じ部屋でも、天井の下と上では空気が大違いだ。  
「やだっ…この前見た、スパイ映画のワンシーンみたいッ!出て行くボスに、愛人の人が行かないで〜ってするやつッ!」  
「……リルカさん、それとこれは全然違うと思うんですけど……なんかブラッドさん表情的に不穏なこと言ってた雰囲気が……」  
リルカの気配を消す魔法の副作用で、こちらの声も聞こえない代わりに、カノン達の声も聞こえづらくなっていた。  
よって、二人とも行動やしぐさでなんとなく判断するしかなかったのである。  
「……さ、どうするのかしら……いやんッ!やっぱり愛の言葉でも囁くのかなあ〜……」  
勉強どころか、まるで恋愛映画を見に来たようなリルカに、ティムはゲンナリした。  
(やっぱり…リルカさんについてきて欲しくなかったな……)  
 
 「……で、これはどういう答えなんだ?」  
背後から抱きつきしなだれかかるカノンに、ブラッドはあえて冷たく言い放った。これ中途半端な以上続けると、お互いに駄目になるだけだ。  
何がと言うと、カノンにとってがよくない。彼女には普通の生き方が、女の幸せが望めないことはわかっている。  
 
だとすれば、この中途半端な関係を継続していくことが一番よくないのだ。  
彼女が自分を本当に必要としているならば、女を目覚めさせてしまった自分が最後まで責任を取るつもりだ。  
だが、彼女がそこまで思っていないのであれば…戯れ程度であるならば…早めに突き放したほうがいい。長引くと嫌でも情が芽生えて彼女の傷が深くなる。  
「……」  
「黙っていたら、わからないだろう?」  
「帰って、欲しくない。」  
「だったら?」  
「欲しい。お前が欲しくて、たまらないんだ。お前じゃないと……」  
カノンがぐい、と顔を引き寄せ、口付けを行うまで、そう時間はかからなかった。口内に、カノンのざらついた舌が侵入するのも。獲物を貪るのも。  
それも偽者だ。だが精巧に作られたまがい物は、本物以上に熱を持っていた。  
「ん……」  
カノンが腕を回し、ドアノブに引っ掛けられた手を剥ぎ取る。細い指が絡む。生身であれば傷だらけでがさつくはずのその手は、シェルエットアームであるために滑らかであった。  
カノンが口付けを自ら行ってきたことで、ブラッドの中で彼女に対する責任は固まった。カノンは今まで口付けだけは拒んだ。  
アシュレーと襲ってみたときも、そういえば口付けはしなかった。男のイチモツは許すというのに、こっけいな話だ。  
一度してみようか行為の最中に試みたことはあるが、拒否された。「妙な気分になるから嫌だ。」ということらしい。  
「ふう…れろ……」  
より激しさを増してきた口付けに乗じて、カノンの体を抱きかかえて床に押し倒す。カーペットの感触が肌にちくりと刺さった。  
「ぷは……ハア…ハア…」  
ようやくカノンが口を開放すると、いやらしく糸が引いた。そのままカノンは絡めていた指で逞しい腕を掴み、豊かな膨らみへと誘導した。  
「……好きにしろ……優しくなんかしなくていいからな……」  
ぷっくりとした乳輪に太い指が強く食い込み、カノンは体を震わせた。  
 
 
 「はッ…始まっちゃったッ……!」  
「床の上で……カノンさん痛くないのかな……」  
ブラッドに押し倒されて悶え喘ぐカノンの姿に、さすがに子供二人は顔を赤らめ凝視してしまう。  
丸太ほどあるかと思われる、日焼けした逞しい腕がカノンの胸を力強く掴み上げ、捏ね回す情景など、リルカはお世辞にも豊かではない胸を思わず押さえてしまっていた。  
カノンの首筋に赤い花がみるみるうちに植えつけられ、カノンの腰が跳ね上がってそのまま持ち上げられ、股を割られる光景は、さらに刺激が強かった。  
(うっ…うわあああ……)  
いつもは厳しい表情で、優しいところはあるものの、無愛想で強くも脆い、刃のような女性がはしたない姿で、仲間の男性に踊らされている……  
この落差はリルカとティムをひどく扇情した。  
(……やッ…やだ、あたし、なんか変な気分……カノン、すっごくいやらしいよう……)  
(あれが大人の……綺麗で…それでいてなんだか…すごくエッチだ……)  
じっと眺めるのに夢中で、双方とも股間に熱を持っていることなど、気づけなかった。  
 
「ひい……んくうッ……」  
いつもよりもずっと激しく膣をかき回され、カノンは身を捩った。おまけに上半身も常に攻撃を受けている状態だ。  
とめどなく、甘噛みと掌の愛撫が作り物の滑らかな肌を攻め立てる。  
「ああ…少し、休ませッ……ひうんッ……」  
「優しくしなくていいんだったな?」  
ぐちゅッ!と奥まで指を突き立てられ、た上に敏感な部分を一緒に爪で引っ掻かれ、カノンはひいいッ!と艶のある悲鳴を上げた。  
「あっ…それは…そうだが…これじゃ……」  
「おかしくなりそうか?なればいいだろう?」  
 
指で一番感じるところを幾度も激しく擦られ、カノンは目を剥いてあーッ!と喘ぎながら一度果てた。  
「……はッ……はッ……」  
激しく息をしてぐったりと床に体を預けるも、休むことはゆるされず、仰向けに体をひっくり返されたかと思うと、四つんばいにさせられる。  
腰を大きく持ち上げられると、ずぶずぶと緩やかなスピードでいつものアレが体内を分け入ってくるのが感じられた。  
(……やッ…こんな……ケダモノみたいな……ッ!)  
上から圧し掛かられ、カノンの乳房が押し広けられる。貫かれるたびに乳房が床と擦れて、カノンは吐息をひたすら漏らし続けた。  
潤滑液が、太股を伝うのがわかる。繋がった部分が蕩けていきそうなのも。  
「ふ…ああ…ん!ひああッ!!」  
涙と涎が垂れてこぼれ、床に染みが広がっていく。カノンにはそれを眺める余裕も無かった。  
 
 「……わあ……」  
「……ごく……」  
激しさを増していく行為に、リルカとティムは呆気にとられていた。ティムは先ほどから生唾を幾度も飲み、リルカは手をぎゅっと握り締めている。  
お互い、息が荒くなっているのは同じで。  
「……は、激しいんだ…やっぱり……」  
「あ、あんなことして、痛く…ない……のかな……」  
「そ、そんなの知るわけ…ってキャァッ!!」  
リルカがティムのズボンを見て悲鳴を上げた。何かと思って確認すると、ティムのズボンにはこんもりと、山ができてしまっていた。  
「……あっこれはっ…そのっ……!!」  
「キャアアアッ!ティムのえっちッ!!」  
 
男なのだから当然といえば当然なのだが、見たこともないリルカからすればパニックになる。  
「リ、リルカさんっ!ちょっとやめッ……」  
リルカが暴れたせいで、ティムの服が擦れて彼の男を刺激してしまっていることに、リルカは全く気がつかなかった。  
 
 「はあッ…はあッ…ああ…もう、許して……ッ!!」  
涙にまみれた顔でカノンが懇願するも、行為は激しさを増していく一方だ。がくがくと腰を痙攣させ、カノンは失神寸前にまで攻め立てられていた。  
「……くっ…好きにしていいと言ったのは……ッ!お前だッ!」  
パンパンと肉がぶつかる度、カノンは床を掻き毟った。涙で眼帯が滑り落ちそうになる。抑えようと手を伸ばすと、男の手がそれを遮り、眼帯が床にぺたりと落ちた。  
「……アッ……」  
露になるカノンの本物の目と泣きぼくろ。彼女が唯一残した、かつてアイシャであったころのしるし。  
深く突き上げられてから、ぐるんと体が回されてブラッドの腕の中にカノンは納まった。  
不覚にも抱きつく格好になりながらも、カノンはその絡めた足を離せはしなかった。  
「……んむ…ちゅ……」  
最初に自分が行った口づけの応酬といわんばかりに、男の舌がカノンの口内を犯す。うつろになりそうな意識の中で、カノンは相手の首筋に腕を伸ばした。  
青く埋め込まれた、玉に指が当たる。首に埋め込まれた爆弾、ギアス。いつ爆発するかわからない、死ぬかわからない危険な体。  
「……不安定なのは、お前の体だけじゃないんだ……」  
囁かれ、カノンはどうしてこの男にこうも惹かれてしまうのかわかってしまった。お互い、不安定なのだ。いつ朽ちても、おかしくない体。幸せを、望めない体。  
「あ……ッ…も、もう…本当…に……」  
カノンの腕が震え、ひくひくと舌が震えるのを感じてブラッドはカノンの中心に楔を打ち込む。  
「……は…ッき、きてぇッ!……ブラッドぉッ……!」  
 
「……ビリーだ……」  
ぽつりと呟かれた言葉を確かめる暇も無く、カノンは無意識に彼の本名をただ、鸚鵡のように返して叫んで意識を手放した。  
きゅうう、と締め付けが自身を襲う。ビクン、と呼応するのを確認すると、ブラッドはカノンを抱きしめ、彼女の奥底に精を注ぎ込んだ。  
「やっと、見せてくれたな…アイシャ……」  
彼もまた、彼女の本名を呟きながら。  
 
 「……わッ…わああああッ!!」  
そして、例の天井では、もう一人の男…もとい少年が不覚にも精を放ってしまっていた。  
じんわりとズボンが湿る感覚に思わず顔を顰め、リルカから背を向ける。恥ずかしい。すごく恥ずかしい。いっそ、死にたい。  
大人の行為を見るだけでこうなってしまうなんて…お笑いだッ!男として失格だッ!コレットに今度どんな顔で会えばいいんだッ!!  
バスカーの人柱として死ぬのを拒否した少年は、今まさに死を心から望みそうになっていた。  
「テ…ティム…まさか…それ…それってッ……」  
「もうッ!ほっていてくださいッ!!それもこれも、リルカさんが付いてくるなんて言うからッ!!」  
「なっ…ななな何よッ!!あたしがいなかったら隠れることも無理だったんだからあッ!!そうなったのはティムの責任でしょッ!!」  
「もうッ!知りませんッ!!」  
「何よッ!いい年してオモラシなんかしてッ!!肝心のいいとこあんたのせいで見逃しちゃったじゃないッ!!」  
「オモラシなんかじゃじゃありませんッ!!」  
「じゃあ何よッ!!」  
「言えませんッ!!リルカさんの馬鹿ァッ!!」  
滅多に癇癪など起こさないティムが、半べそをかいてリルカに当たる。当然かとも思えるが、やはりリルカには理解できないらしく。  
 
いつしか取っ組み合いの喧嘩になってしまっていた。  
「馬鹿じゃないもんッ!」  
「馬鹿ですッ!テリィくんのことだってッ!全然気づいてないくせにッ!」  
「どーしてあいつが出てくるのッ!!」  
「だから馬鹿なんですッ!!」  
ぽかぽかと殴るリルカに、ティムがマントを引っ張る。  
その拍子に、リルカの持っていた手帳とペンが、天井の隙間から部屋に落ちてしまった。  
「あッ!!」  
 
 こつん、と頭に何か振ってきたのをブラッドは感じた。おまけになにか少し鋭いものが当たったような。  
視線を移すと、カノンがその物体を捕まえており、まじまじとページをめくっていた。女の子らしい、可愛いピンクの手帳と星がついたペン。  
「……待ち合わせは女の部屋で…焦らして誘って押し倒すべし……あとは野獣のように……」  
読むうちにカノンの顔が引きつっていく。ブラッドの顔も同様だ。カノンがソナーを発動させて熱源を特定すると、彼女の体に仕込んだアームが火を噴いた。  
「きゃああああああッ!」  
「うわああああああッ!」  
蜂の巣になって脆くなった天井が崩れ、リルカとティムは部屋に放り出されてしりもちをついた。  
おまけにワイヤーが飛んできて、二人まとめて雁字搦めにされる。   
「……あ。」  
仲良く縛られた二人の前に、大の大人二人が仁王立ちで立ちふさがる。二人とも高身長が余計に威圧感を与えていた。  
 
眼帯が外れたはずのカノンはもうすでに眼帯を手早く装着しており、激しい怒りの炎を点した義眼が二人を見下ろしていた。  
一方のブラッドは怒りの表情はなかったが、呆れと後悔の表情が見て取れた。頭に手を当て、やっちまった…といわんばかりだ。  
「……お前達…これは、どういうことだ……?」  
目の前で手帳を放り出され、リルカは目を泳がせて冷や汗をだらだらと流した。  
「え、えーっとぉ、そのぉー……こ、これはお勉強というか……実地見学……?あは、あはははは……」  
「ふうん。実に刺激的な実地見学だな。」  
「でしょ?!も〜カノンとブラッドったら、あんなに熱くなっちゃって…ねえ?」  
「黙れッ!!!」  
「ひいいいいいッ!!!」  
カノンのブレードがシャキン、とせり出され、リルカは縮み上がった。  
「……リルカ、頼むからもうこれ以上何も言わないほうが身のためだ。カノンを刺激するな。」  
打ち捨てられた手帳を拾って中身をパラパラめくり、さらに頭を痛めるブラッドに、リルカの発言が追い討ちをかけてしまうッ!  
「…で?なぜティムがいる?リルカはともかくお前も実地見学か?」  
カノンの低い声に、黙っていたティムがびく、と身を震わせた。まずい。リルカさんにしゃべられたら……!  
「ティ、ティムがッ!最初にカノン達のこと覗こうとしてたんだからねッ!!あたしはついてきただけだもんッ!!」  
「−−−−−−−−−ッ!!!!」  
売った。仲間を、売った。一度ならず幾度も命をかけて守り信じた仲間を、リルカはそそくさと売った。  
「ティム…お前まで……」  
ブラッドの呆れた視線が痛い。そしてカノンの驚いた目がもっと痛い。  
「……それは…本当……なのか?」  
 
信じられん、と素っ裸で身構えるカノンはどうも官能的というよりはシュールな光景であった。  
ティムは洗いざらい吐いてしまうことにした。ここで取り繕っても仕方が無い。  
「みんな僕のこと、子供だって馬鹿にするから……コレットとキスもできないって……だから……」  
うつむいてうなだれるティムに、カノンは少しこの少年が不憫であり、また微笑ましく思えてきた。そうまでして、背伸びがしたいのだろうか。  
今のままでもう十分だというのに。  
「だ、だからといってッ!人の情事を覗くのはよくないぞッ!!」  
「はい…ごめん…なさい……もう絶対にしませんッ…」  
「そ、それにだな、こいうのは、もっと大人になってするもので……」  
「……まさかとは思うが……全部、やりとりを聞いていた……か?」  
リルカの魔法の効果のことを伝えると、ブラッドとカノンは少しホッとした様子であった。  
(二人とも、やっぱり喧嘩でも、してたの……?)  
ティムは首をかしげていたが。あのやりとりはこの子供達に見せるべきやりとりではない。彼らにはまっすぐ育って欲しい。  
特にコレットという野に咲く花のような少女と、慎ましい愛を育んでいるティムには。  
「いいか?!今日見たことは誰にもいうんじゃないッ!…言ったらどうなるか…わかっているだろうな……?」  
カノンの義手がくるくる回転しながらソナーが光る光景に、ティムとリルカは竦み上がった。頼まれても、言うものか。  
「それと、ティム。」  
こほん、と咳払いをしてカノンはティムに耳打ちした。  
「……コレットとは…焦る必要はない……お前達にはまだ…時間がたくさんあるだろう?」  
「…え…は、はい……」  
 
スッと目を細めて優しい顔を向けたカノンに、ティムは不覚にもどきりとした。  
思わず、裸身にも目がいってしまう。そういえば、彼女は今一糸も纏っていない状態なわけで……  
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」  
ティムの顔がみるみる赤くなり、ズボンを必死で抑える。  
「……おや?どうしたんだティム?お前ズボンが濡れ…」  
「おっ…おやすみなさいッ!!!今日は本当にごめんなさいッ!!!」  
顔から湯気を出しながら、ティムは足早に駆けて行ってしまった。途中ずっこけた音が聞こえたが、また慌しい音と共に彼の足音は遠くなっていったのだった。  
「……さて、と。」  
くるり、とカノンが残されたリルカに向き直る。  
「えっ…ちょ、ちょっとッ!張本人のティムは無罪放免で何であたしは違うのッ!!」  
リルカの手帳とペンをブラッドから掠め、カノンはメリッ!という音と共にリルカの手帳とペンを粉々に潰した。  
「あーッ!……あたしの…手帳……」  
「当たり前だろッ!……子供はさっさと寝ろッ!!」  
「子供じゃないもんッ!!」  
女の意地をかけた押し問答が始まり、きりがなさそうだと判断したブラッドはこっそり抜け出して帰っていった。  
そして彼はしばらくはカノンやリルカの険悪な仲に辟易することになる。  
 
余談だが、ティムがコレットから頬にキスを受けたのは、その次の日、ティムが昼寝に眠り込んでいる最中だった。  
 
 
 

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