「んんっ! く…ふぅっ……ああっ!」
己が目に飛び込んできたアウラの痴態にゼットはただ呆けた表情で固まっていた。
そもそもどうしてこのような場面を目の当たりにすることになったのか。
自分はただ他愛もない悪戯心で気配を消してこの家を訪れただけであって。
今日は渡り鳥達と共に花園に住むフサフサ耳の少女を訪ねていた。
ベリーはまだ収穫できていないんですと申し訳なさそうに詫びた少女は、
冒険に役立たないものでもよければこれを、と香りのいい一束の花を一行に差し出した。
大食い魔女が受け取ったそれを横から一本だけ掠め取り、早速冷やかしにかかってきた老け顔剣士から
逃がれるようにテレポートジェムを使ってここセントセントールに来た。
自分の訪問に気づく前の彼女に花の香りを差し出してびっくりさせるのはなかなかイケてるだろうと
胸を躍らせつつも慎重にドアノブを捻ってくぐり抜けた先で見てしまったものは。
「どうして…どうしてこんなにしてるのに足りないの…っ!」
普段は床の軋みや衣擦れの音ひとつでこちらの存在を認める彼女が、
フラフラと歩みを進めて近づいた自分に気づく兆しは見られない。
それほどまでにこの淫らな行為に溺れているのか。
「ああっ…!だ、め…ぇ……っ!」
下腹部に血が集まるのを感じる。
「だめなのに……そんなこと考えるなんて…っ!」
彼女の体が反り返るさまに目を奪われる。
「あ、あっ……もうだめぇ……!いっ…ちゃうっ……!!」
脳を痺れさせるかのような艶めかしい嬌声が響き。
「ああぁぁぁぁぁ……っ…!」
花より甘い、雌の匂いが辺りに漂った。
快楽の余韻から解放されないのか、彼女はまだこちらの気配に気づかない。
ぐったりと全身を弛緩させ、ドレスの裾が捲くり上がったままで放心しているアウラ。
そんな彼女を見てゼットは自分の中に暗い昂ぶりが生まれてくるのを自覚していた。
それはまだ彼女と初対面だった頃、出方によっては魔獣の群れに放り込んでやろうと考えていたときに嗜虐心にも似ていて…。
「………なさい、ゼットさん…」
不意に彼女が自分の名を呟くのが聞こえてその瞬間、ゼットをその場に縫い止めていた何かは音もなく掻き消えた。
マフラーを解き、胸部のプレートを外して。
ごとり。
わざと音をたてて床に下ろした。
「え……?」
ようやくアウラがこっちを向いた。
涙の筋で汚れたその顔に浮かんでいるのは驚愕か怖れか。
どっちにしろ「まさか」の感情ははっきりと伝わってくる。
両腕両足の防具を淡々と取り外して軽装になりながら、ああオレだ、と呟いた声は。
自分でも聞いた事のない低くて冷たい響きだった。
細い肩を掴んでベッドシーツの上に倒し、片手で押さえ込むのはあっけないほど容易かった。
蜜を吸って淫靡にてかる白い下着は乱暴に引き千切った。
すでに熱くぬめりきっていた彼女のそこに自身を一気に突き込む。
「痛……っ!あ、あっ……うぅ〜〜っ!」
悲鳴を聞いて張り裂けそうなほどに痛み出した胸に反して己の楔はますます猛るばかりだった。
ニンゲンや獣などの有機生物を模したタイプの魔族はいわゆる性器と呼べる物を持っている。
但し所詮は破壊滅亡の権化たるマザーの創りしモノ。生命を根付かせる力は無い。
命を狩るのに飽いた時は性を蹂躙するがよいという仄暗き意思によるものだろう。
ゼット自身も魔族の本能からそれはとっくに理解している。
弱者を踏みにじって嘲笑うためだけの器官だ、ともう一人の自分の冷めた声が聞こえる。
その声は長らく忘れていた記憶の映像をも脳裏に映し出してきた。
ポイント稼ぎに躍起になって暴れ回ってた1000年前の戦場。
破壊し尽くされた街の中、おもむろにベルセルクが気絶しているニンゲンの女性をつまみあげ、今日はこいつでお楽しみだと嘲う。
間近に居あわせてた青き日の自分は、おやっさんあんた破廉恥だよ!とかなんとか言って赤面、すかさずその場から全身全霊全速力で退散したのだけど。
それ以後もそんな楽しみ知ったところで出世に繋がるわけじゃないしと全くの無関心だったのに。
なのに今、自分は。
(今オレがしてる事とベルセのおやっさんがしてた事との間に…どれほどの違いがあるってぇんだよ!)
誰よりも自分をちやほやしてくれてる大事な大事な相手なのに。
邪な衝動に逆らうことも出来ずに彼女の純潔を引き裂いて。
繋がってる部分からぐちゃぐちゃと響く卑猥な水音を聞きながら痛みと恐怖、
それとおそらく歓喜がないまぜになった表情でうめきもがいて乱れる彼女の姿を見ても飽きたらずに。
……もっと壊し尽くしたその先を見たい、なんて。
(お袋さんやジークのダンナの考えとは違うって……言い切れるのかよっっ!)
命のカタチで自分の在り方を制限することなどないと手を差し出した渡り鳥たち。
お前の心には光があると言外に語ったフサフサ耳の刀鍛冶。
今の己は彼らの言葉までも裏切っているのではないか。
強引に服の前を開いて胸のふくらみを鷲掴む。
とっくに固くしこっている頂を指でこじるとまるで楽器のように高く長い嬌声が返ってきた。
彼女の喘ぎが苦痛でなく快楽のそれに変わっているのだけが救いで。
あとはもう、絶頂に昇りつめるまで細く柔らかな体の最奥を貪るしかできなくなった。
気を失ったアウラを毛布にくるんだゼットは重いため息をついた。
腰の部分だけで引っかかって皺になったドレスは脱がせ、体は湯で湿したタオルで清めてある。
蛋白質の液だれでしかない偽りの種子が彼女の破瓜の血と交わって零れるさまを見せつけられたのにはなんだかとてもヘコまされたのだけど。
この他に自分がしてやれることはせめて隣に寄り添って眠ることぐらいか。だからそうすることにした。
行為の最中は優しい言葉もひとつもかけなかったなと思うと閉じた瞼の隙間から熱いものが流れ始めた。
目が覚めて最初に見えたのは両の乳房が露なままで上半身を起こした彼女。手には一輪の花があった。
「それ…」
「床に落ちていたんです。香りが強いおかげで踏まずに見つけられました」
そうだ。昨日はただそれを渡しに来ただけだったというのに。
「その……」
すまなかった、と言おうとした唇を指で制された。
「謝らないでください。わたし、ずっと待ってたんです。ゼットさんがいなくて寂しい時はいつも……乱暴にされるところを想像しながら、ひとりで、してたんです……」
「んな!?修学旅行の夜の学生さん方も真っ青な過激告白大会突入ッ!?いきなりどうしちゃったのさ?」
「あんなところ見られちゃったらもう今さらです。…赤ちゃんが出来てたら、この街の新しい住人になりますね」
「!アウラちゃんオレはッ……!」
自分から言うなら今しかないような気がする。だが言葉は再び彼女の指先で封じられた。
「いいんです。わたしもたぶん、もうわかっているんだと思います。赤ちゃんは例えばの話ですから」
言いながら彼女が撫でてきたのは、微細な鋼糸を芯に含む硬い髪。
「ゼットさんの中身は、わたし達と同じですよ。……寝てる間泣いてたの、知ってます」
「あ〜……あれは、その」
言われてみれば戦闘災難その他で痛い目を見たときの生理的な涙以外の涙を流したのは昨夜が初めてではあるまいか。
胸の痛みで泣けたことをヒトに近づいた証と信じていいのだろうか。
「わたし、ちょっと怖いゼットさんも好きです。でも次はいつもの愉快で優しいゼットさんのまま抱いてほしいんです。
お互いちゃんと服を全部脱いで、そしておばさんが教えてくれた“とっておきたいとっておきの技”を試すんです。48種類もあるんですよ?」
(!?おいおいおいおい!いつからファルガイアの性教育はそこまで先進化されていたのですかッ!?
ひょっとしてオレ様搾り尽くしのうれしい危機?しかし商店街の福引よろしく赤い玉まで飛び出るのは勘弁ッ…
…それはともかく今の俺が可及的速やかに実現したいのは…)
「あのさ、始めがあんなだったから順番がしっちゃかめっちゃかだけど…キス、してもいいかな?」
刹那の沈黙の後は。唾液の絡む濃厚な音が長い間続くことになった。
「グリコーゲンッ!」
猥褻刊行物の外観を持つ珍妙な魔獣の最後の一匹にとどめを刺した。
「んなもん見慣れてるぜ!」
締めゼリフがてらに軽口を叩いた。が、いつもは容赦なく突き刺さってくる渡り鳥たちの突っ込み一斉集中砲火が来ない。
「……おい、嘘だぞ」
念のための自己フォローを入れてまたしばし待ったがなにやら微妙な沈黙が続くばかり。
しかもARM使いの小僧&小娘+大食い魔女の年少組はなんとも居心地の悪くなるような視線を向けてきている。
「こらぁッ!このオレ様の突っ込み待ちを無下にスルーするとはどういう了見かッ!?」
「……なんかさ、とても生々しい真実味を帯びちゃうんだよね。今のあんたが言うと」
ようやく口を開いたのはげっ歯類だ。
「ある日を境に朝帰り率ほぼ100%、だもんな。オーブ代も馬鹿にならねーってのに」
と老け顔の剣士がぼやいて。
「傍目から見てもお肌のつやが良くなる一方なのよねー。羨ましいわ」
眼鏡の女博士がパンチガンの汚れを拭き取りながら続く。
「うっさいわッ!あんたこそハーケン姐さ…もとい、制服の似合わないウェイトレスに色目使いにヒコーキ私用運転してるじゃないかッ!
しかも毎日通ってるくせに未だ日帰りの体たらくッ!燃料無駄遣いも甚だしいわぁッ!!」
「言いやがったなこのエロ魔族!おいこらロディ止めるんじぇねえ!今日こそこいつを早撃ちの錆に……っ!」
「残り39種類、この身で制覇してもらうその日までオレ様はご無沙汰するわけにはいかんのだッ!
…なあおい、このオレの種無し体質を改善させるようなご都合主義で固められたアイテムを落とす魔獣っていないか?」
なんだかとても気分が良かったので。
「開き直っちゃったよこの人は…」
「んもう!こんな本が散らばってるところでそんなこと言うなんて最低ッ!」
げっ歯類にため息つかれて挙句に小娘のかかと落しが脳天に炸裂しても今日だけは不問にしてやろうと思った。