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ゴーストタウン化してしまったセントセントールにも
やがて人々が集まり始め、
やっと町の活気が戻り始めてきた。
その中には、人間にまぎれて自分の幸せを見つけたファルガイアで数少ない
魔族の生き残りであるゼットもいる。
剣術と体術に長ける彼は、町の自警団からも信頼される
一人の戦士として見られるようになっていた。
「…やっと、この町も元に戻りましたね」
月が窓から照らす一軒の家、
ベッドの中で彼らは裸で寄り添い行為を終えた余韻に浸っていた。
窓の隙間から風が入りカーテンが揺れ
少し寒くなったアウラは肩を震わせると布団の中で縮こまった、
そんな彼女の肩を抱きゼットが呟いた。
「俺様のそばに居れば何があっても心配いらない、
この命に代えても、アウラちゃんを守ってやるさ」
「…ゼットさん」
彼の首に腕を回し、その唇に自分のものを重ねた。
「あ、ゼット君おはよう。今日も見回りかい?」
「ゼットさん、おはようございます!」
朝。
すでに日課となった町の外の探索も今日で何百回目だろう、
彼は町の人々に見送られながら歩く。
この時間だけは恋人アウラに外出禁止をして
自分の帰りを待たせているのだ。
「おはよう諸君、俺様が今日もまたこの町の発展を願い
朝イチで見回りに赴こうではないか!
俺様に任せておけば今後二度と過去のような大惨事は起きないであろう!」
「よッ!町のヒーロー!!」
下からヒューヒュー歓声が飛び交うなか
町の高台、元守護神像があった場所に立ちゼットは町全体を見渡す。
その場に吹き頬を撫でる西風が気持ち良かった。
*****
「あいててて…ここはどこだ?…町?ここはどこの町だ?」
…
「なんだ、ゴーストタウンかよ…しかし何でまたこんなところに転送されっかな…
まあ生きてただけマシってもんか…ジークの旦那、生きてるかなぁ」
…
「あの…」
「え」
「あの」
「……うわわわわわわ!!なんだ貴様ッ!俺様の後ろにイキナリッ!!
驚いてしまったではないかッ!!」
「す、すいません…脅かすつもりは無くって…」
「ははぁん、最近の若いムスメっコは怖いもの知らずでいかんな。」
「あの…どちらさまでしょうか?」
「よくぞ聞いてくれた!俺様はゼット。最強のイレギュラーだ」
「?イレギュ…なんですか、それ」
「…………」
「…ま、まあいい。この俺様の登場シーンを見たからにはただじゃ済まさない、
よし、お前を食べてあげましょ。」
「…いただきまーす。あーーん」
「……?」
「む…お前、俺様が怖くないのか?」
「…え?」
…
「……お、お前」
「?」
「目、見えないのか?」
……
「そうか、そんなことがあってゴーストタウンなのね(アルハザードの仕業か…)」
「はい。今は私一人で…」
……
「ぃよしッ!決めた!!」
「え?」
「この死神の文通相手と言われたこの俺様が少しの間、君の平和の手伝いをしてあげようじゃないか!!」
(…最近ジークの旦那、イヤな奴っぽくなってきたし…
ここいらで少し息抜きでもするかな…)」
*********
「すっかりこの辺りもモンスターがいなくなったし、
もう見回りすることないかねぇ」
モンスターの多かったこの地域だがゼットや新自警団の働きにより
その数は激減している。
腰に携えた愛刀、破壊丸ドゥームブリンガーが少し虚しかった。
石ころを蹴りながらゆっくりと町へ歩を進めていた。
彼は最近、こうして一人になると悩みふけることが多くなった。
‘…ああ、なんで俺様は魔族なんかに生まれちまったもんかね’
人間に近い構造をする彼の身体。
その中でも戦闘を目的とされている彼のボディは非常に頑丈であり
今では当然、戦場でも敵無しの存在だった。
髪は伸びず、ピアノ線のように硬く、瞳は強化されたガラス玉のよう。
身体は過酷な環境でも耐えられるよう作られ
その中を走る血管や神経は複雑なコードで指先から心臓にまで達している。
「鋼鉄の身体」を持つ魔族、彼もその一人だった。
そう、彼は人間ではない。
愛し合った女性と一緒になろうとも、子供を作る事は出来ず
自分の周りの人々は自分の容姿が変わらないうちに老化し、早く死期を迎えてしまう
。
だが彼はアウラを守ると誓い、
死んでもそれを貫き通すことを決意していた。
自分の真上を渡り鳥が飛んで行くのを見送ると
町がすぐそばまで見えてきていた。
早く帰らなくちゃ、アウラちゃんが待っている、
そう思い歩を早めに進めた、
その時
キュン…
「……!?」
センサーが何かを感知したのか、ゼットは石を蹴るのをやめて顔を上げる。
それは遥か遠くから強力なエネルギーをもつ何かが接近しているようだ。
「…!!何か、来る…!!」
ゼットの脳に危険信号が流れる。
自分より強い、
ジークフリードやアルハザードより強力なエネルギーだ。
敵の強パワーを感知した彼は
気がつくと猛スピードで町へ向かって走り出した。
バタンッ!!
「おお、ゼット君か…いきなりどうした、血相変えて…」
「おやっさん!大変なんだ、何かよく分からないけど、
物凄い怪物がこの町に近づいてきていやがる!!」
「…な、なんだとッ!?」
「早いトコ町の皆と避難所へ向かってくれ!!」
避難所。
セントセントールから西へ位置する森の中に立てられて緊急避難施設、
それはゼットや自警団が過去の惨事のような場合を考慮して建設された、強化防護施設だ。
ウーーウーー…
…非常警報が鳴り響く街中、人々は最低限の荷物を携え
皆散り散りと避難所へ向かっていく。
ゼットは町全体の流れを見た後、足早にアウラの待つ家に向かった。
ノブを回し扉を開くと、そこには荷物を背負い
まるでゼットの帰りを待っていたかのようにそこにいた。
「あ、ゼットさん…」
「荷物は持ってるな、エライぞアウラちゃん!」
彼女の髪をくしゃっと撫でるとその手を取り
「さあ、逃げよう」
目の不自由な彼女を誘導した。
住民のほとんどが逃げ終わった後、町の入り口で自警団長が立っていた。
「おお、ゼット君、アウラちゃんも無事でよかった」
団長は心底安心した表情で彼らのそばに駆け寄った。
あたりはすでに静まり返り、いるのはその場の三人だけ、
辺りは静寂に包まれてネコ一匹すらいなかった。
「さあ、今のうちに逃げよう!」
自警団長とアウラがその場から動き出した、
…だがゼットだけ、その場から一歩も動かず、ただ何かを待つかのように立っていた。
それに気付いたアウラは見えない眼だがゼットのいるであろう方向へ戻り彼の手を取った。
「ゼットさん…?行きましょう」
そういい彼女なりに精一杯彼の腕を引っ張った。
だがその細く小さい手をゼットはやさしく解いた。
「……」
その様子をただ黙って見守っていた自警団長がアウラの手を取ると
「さあ、…早く行こう!」
そう言い彼女を彼から引き離した。
「でも、ゼットさん!」
その声を聞いても、彼はその場から動こうとしなかった。
彼にはアウラを、この町を守る義務がある。
そんな彼に選択肢は一つしか無い。やってくる敵を倒すこと、それだけだ。
「アウラちゃん、俺様がそんな簡単にやられるやつだと思ったかよ?
…大丈夫、かならず守ってやるさ」
「ゼットさん…」
「避難所に隠れて待ってな。な〜に、俺様が出ればどんな相手だろうとお茶の子さい さい、すぐにケリつくってもんよ!」
…コクリ。
顔を縦に振る。
その反応にゼットは満足げな表情で笑顔を返す。
横にいた自警団長はゼットに向かい親指を立てると
「…安心してくれ、君が居ない間この子は命に代えても私が守る。
だから君は存分に戦い、そして勝利してくれ」
自警団長は自分の力の無さを悔やみながらもアウラの手を引きその場を後にした。
ゼットは、その二人の姿が見えなくなるまで、その後姿を見送った。
彼の足元を砂埃が舞う。
誰も居なくなった、静かな町の入り口で、ゼットは敵を待った。
彼は、ふぅ、と息を吐くと愛刀に手をかけ身構えた。
その相手との距離、すでに100メートルをきっている。
敵は猛スピードで駆けて来た。
ドドドドドド!!
「な…早ぇ…!!」
恐ろしいほどの速さで、相手は一瞬で距離を詰めてきた。
自分の背丈の3〜4倍はあるであろう恐竜のような大男、
その敵は、かつてじぶんにとって目上の存在のモノだった。
「ベルセルクッ…!!」
それは怪力を唸らせゼットにぶちかましを食らわした。
ズガガガガガガ!!
物凄い衝撃と轟音とともに、ゼットは後ろへ吹き飛ばされると
建物に突っ込み、瓦礫の下敷きとなった。
ベルセルクは勢いを止め、満足げに大声で雄たけびを上げた。
「フハハハハ!!奇跡の生還を遂げたこの俺様の最初の獲物がこの程度じゃあ
おもしろくないッ!!おい裏切りものの員数外ッ、もうおしまいかッ!!?」
……
だが返事は無かった。
「ヘッ、つまらねぇ野郎だぜ!」
そう言うとベルセルクは町の中へと侵入を開始した。
…辺りをうろちょろと見回す。
「…どこかに逃げやがったな、ニンゲンども…」
ベルセルクは町を徘徊し始める。
今のこの男はひと一人目の前に通れば、一瞬でひねり潰してしまうほど
弱いものを殺すことに飢えている。
先ほど、ゼットが吹っ飛んだ建物を背にした
その瞬間。
パラ…
崩れた瓦礫のてっぺんの破片が音を立てて崩れた。
「…皆はもうこの町にはいねぇよ、ベルセルクのとっつぁん」
ドゴォォォンッッ!!!
その瓦礫の山は、まるで内部の中心から爆発されたかのように
轟音と共にあたりに飛び散った。
ベルセルクの身体にもそれが飛び散る。
その塵の中から現れたのはベルセルクも始めてみるゼットの姿、
できれば彼自身、使いたくなかった忌まわしき変化の力。
「この俺様、死神の文通相手・モンスターゼット様がアンタを再び地獄のそこへ落と してやるぜッッ!!」
…ベルセルクはその場で少し驚いた表情で固まったが
すぐに得意の高笑いで威嚇する。
「ガハハハハ!!そうでなくっちゃ面白くないッッ!!
俺の今の標的は員数外の二人だからな。‘同族殺し’の前に貴様をブチのめしてや るわッ!!」
うおりゃああああ!!」
「ガァァァァァ!!」
猛ダッシュで彼らは距離を詰めると
互いの肩を掴み、まるで柔道か何かの格闘技のような体勢になり
力比べに入った。
「ぐ…ぐふふふふ…!!」
「うおッ…(な、なんつーバカぢからだッ…!!)」
ほとんど互角の実力、
…のように見えていたが、この手の勝負では体格の大きなベルセルクが当然に勝っていた。
ベルセルクはその豪腕を唸らせると、ゼットを自分の頭の上に担ぎ上げ、
先ほどのように民家へ向かって放り投げた。
ズガァァァァンッ!!
変身能力を使ったところでも、やはりゼットは相手より一回り体格的に劣る。
力勝負ではこの勝負は勝てない。
(…いってぇぇぇぇ…!!)
崩れた瓦礫の下敷きになりながらも、彼は先ほどの力比べの、自分との力量の差をデータに記憶させると、相手に勝てる確率の計算をした。
…25%。
(…低ぅ…)
たった25%だった。
だが彼はその少ない数字に賭け、立ち上がった。
「ほお、撃たれ強くなってるなぁッ?」
「…ははは!!全然きいてねぇっての!!」
身体に走る違和感を堪え、彼は足に力を入れた。
崩れた瓦礫から飛び出している鉄の配水管。
ゼットはそれを引き抜くと、肩に担ぎベルセルクに向かい突進した。
「りゃああああ!!」
それをベルセルクの頬目掛けてフルスイングさせた。
カァァァァァン!!
心地よい音があたりにこだましたが
ベルセルクの顔には傷一つ無く、配水管は相手の顔の形にへこんだ。
(…く!こうなったらもうヤケよ!!)
ゼットは役立たずになった配水管を放り投げると
空いた拳を握り締め、ベルセルクを殴りつけた。
何発も、何発も鋼鉄がぶつかるような音が響き、やがてベルセルクの身体が斜めに揺れた。
その隙を逃さずに、ゼットはベルセルクの髪を掴み、
自分自身を中心軸にし、ジャイアントスイングのように相手を回すと
町の塀に叩きつけた。
ドゴゴゴゴ!!
(うわわわ…町の皆さん御免、俺が責任もって全部直すから…)
‘…やったか…?’
崩れた塀に向かい、恐る恐る近づいた。
これ以上町の被害を大きくしないためにも、これで試合終了してくれ、
彼はそう思った。
…だがそれも虚しく、相手は強大だった。
「ぐははは!!」
ドゴンッ!!
「……!!」
ベルセルクはまるで効いていないかのように
その場で立ち上がり、目の前まできていたゼットの顎にアッパーを食らわした。
…まるで、顎に十トントラックが高速でぶつかってきたかのような衝撃に
ゼットは建物8階ほどに及ぶ高さまで吹っ飛んだ。
宙に舞った後、彼は宿屋の屋根を貫き、その地下室まで墜落した。
視界が歪む。
…勝率、3%。
ベルセルクの新たなデータを元に算出された結果。
暗い地下室、薄れゆく意識の中で彼はすでに勝利できる可能性は無い事を覚った。
だが彼に選択肢は無い。
アウラを守るために、そのために目の前の敵を倒す。
彼の脳は、身体の行動にそれしか許してくれなかった。
…軋む首を抑え、立ち上がる。
「ガハハハ、員数外はこの程度か、まあまあだったかな」
町の上で高笑いと共に、ベルセルクはその場を後にする。
「…さてと、逃げたニンゲンどもを探しに行くか」
町の入り口に向かい出した瞬間、
ズガン!!
「……!!」
ベルセルクの足元から飛び出した腕は彼の足首を掴んだ。
その勢いで地面を砕き、再びゼットは地上に戻った。
その手はベルセルクの足を離しておらず、相手はその勢いでその場で倒れた。
「ぐぅ!」
顔面から倒れ、情けないうめき声を上げると
ベルセルクは自分の足を掴む相手を見上げた。
ゼットは自分の勝機を感じた。
この体勢から、このままベルセルクの膝目掛け、自分の足を落下させれば
確実に相手の足を半壊させ、行動不能にさせることができる。
一瞬の、勝利への確信をもった彼はすぐさま実行にうつった。
その時
「…うええええん…ママぁ…」
「……!!」
その声で、彼の動きは止まった。
自分の目線の先、距離にして数10メートルだろうか、
子供が民家の器材に隠れ、泣いていた。
「(…マジかよ!?逃げ遅れッ!?)」
このままこの場で戦闘を繰り広げれば、
あの逃げ遅れた子供に被害が及ぶのは必至だった。
だがそんなことも当然構わず、ベルセルクは反撃に出た。
ゼットにつかまれた足を振りほどくと、そのまま両足で彼を蹴り飛ばした。
ドンッ!!という鈍い轟音とともにゼットは吹っ飛ぶと、
数10メートル後ろの建物に突っ込んだ。
今までで一番強力な衝撃に、その建物全体が音を立てて崩れていった。
…
「うえええん…」
「ふへへへ、逃げ遅れが居たとはな」
ズン!
一トンを軽く超える体重の巨体が、わずか20キロ程度の小さな子供に向かい近づく。
「うわぁあぁぁぁん!」
子供との距離がベルセルクの腕の届く範囲にまで近づいた。
一際大きな声で子供は親を呼ぶと、その場で膝をつき、大声で泣いた。
ベルセルクはその子供に向かって手を近づけると
ガシッ!!
「…んなッ!?」
背後に立っていたゼットの気配に気付かなかったベルセルクは
彼の力によって倒れる。
ゼットは朦朧とする意識の中、ベルセルクの上に乗り、マウントポジションを取った。
その光景を呆然と見詰める子供。
「ゼット…お兄ちゃん?ゼットお兄ちゃんなの!?」
「何してるんだ!早く逃げろ!町の外へ逃げろ!!」
枯れるような大きな声で叫んだ。
ガクガクと震える足で子供は立ち上がると、全速力でその場から逃げる。
その子供の姿が遠ざかっていく中
ゼットの左腕はベルセルクの顎を掴み、右腕を左腕の上におき
力を込める。
だが、もう戦闘開始のころのように力が入らない。
先ほどから受けた強烈な打撃の連発で彼の体の内部は半壊してしまっていた。
ベルセルクはそれを知っており、ゼットの腕を掴んだ。
ベキベキベキ!!
「グッ!!ぁぁぁぁぁッ!!!」
ゼットの腕は、音を立ててひび割れた。
指先の感覚が鈍くなり、
その衝撃でベルセルクから手を離してしまう。
そのゼットの顔を掴み、ベルセルクは彼を担ぐと、数10メートル先を走っている
子供目掛けて投げた。
ブンッ!!
「うわぁッ!!」
ズガガガガ!!
子供の走っていた、横の塀にゼットの身体が叩き付けられ、
その振動で子供は再び地面に尻をつけてしまった。
崩れた塀の瓦礫からゼットの腕が、力なくダラリと垂れている。
「ガハハハ!!所詮一対一のタイマン勝負で俺様に敵う奴なんざこの世にゃいないんだよ!!」
怯える子供のもとに向かい、一気にダッシュする。
ベルセルクの一歩一歩が地面を揺らし、町全体の建物が軋んでいる。
「わぁぁぁぁ…」
「ガハハハハ!!すぐに怯えよって、軟弱なニンゲンめ!!」
すぐ横の、瓦礫に埋もれるゼットには目もくれず、
ベルセルクは目の前の子供だけを見た。
「…昔からそうやって油断するところがアンタの命取りなんだよ
…俺も人のこと言えないけど」
ズガアアン!!
瓦礫を突き破ってゼットは立ち上がる。
そのボロボロになっている身体に鞭をうち、足に力を入れる。
彼はベルセルクの背後から腕を回し、相手の胸の前で自分の腕をガッチリと固定して
相手の動きを封じた。
「今のうちだ!早く、逃げろ!」
「う…うん!」
一目散に、子供は入り口を抜け、外へ出た。
それを見たゼットは少し安心をしたが、まだ終わってはいない、
目の前のこの敵がまだ生きている。
ベルセルクはゼットの腕の中で激しく暴れる。
「ぐうう!!離せぇぇぇぇッ!!」
ベルセルクは身体にフルパワーを入れて自分に絡んでいる腕を
引きちぎろうと試みる。
メキ…メキ…
そのパワーでゼットの肩の割れた傷口から飛び出したチューブが、ブチッ、という音を立てて千切れ、
辺りに赤いオイルを噴出させた。
だがゼットは離さなかった。
彼には守るべきものがあるから。
勝率はすでに1%にも満たない、彼は勝てる見込みを失っていた。
だが彼は諦めない、
この身が朽ち果てようとも、愛する人を守るんだ、と誓ったのだから。
彼は薄れゆく意識の中、アウラの将来を思い描いた。
自分と一緒に暮らし、幸せな家庭を築く事を、
…だがそれも、もう無理かもしれない。
彼女は自分とは違う。ニンゲンだ。
他に愛する人を見つけ、子供にも恵まれ、生涯を全うするだろう。
そう、願いたい。
ベキ…ベキ…!!
彼の体は、鳥肌が立つような寒気に覆われる。
次第に腕に力が入らなくなってきた。脳から腕への指令が届かなくなってきている。
…0%。
彼の頭の中にその文字が算出された。
そう、彼は勝利することはもうできない。
ゼットは自分自身、もう長くない事を知っている、
その彼に残された行動は、たった一つだけ。
「…俺様の舞台の幕は…大きな花火で閉めさせてもらうか」
「ん…!!な、なんだテメェ!!」
ゼットは背中の一部を、ロケットに変形させると
ジェット噴射で轟音が響いた。
「俺様の最初で最後の大技、アルティメットゼーーットッ!!
お茶の間のヒーローはきっと、ファンの心の中で永遠に生き続けるだろうッ!!」
すでに怖いものを失った彼は、そのままベルセルクと共に
空へと飛び立った。
空飛ぶ渡り鳥の横を通過し、雲を貫いた後、ゼットは旋回し
自分たちの頭を地上へ向ける。
「や…やめろッ…!!グガガガガァァ!!」
半分狂乱したベルセルクをお構いなしに
彼は自分の残されたエネルギーを全て使い、捕らえたベルセルクもろとも
まっすぐと、地上へ落下していった。
ッッッ…………!!!!
轟音が大陸を支配し、
セントセントールは瓦礫のクズ町と化した。
――――――――――――
「(あ い た た )」
崩れた瓦礫の下。
隙間から明るい日差しが差し込む奥底で彼は
数十トン以上はあるであろう町の残骸の下敷きになっていた。
軋む首を折り曲げ、なんとか自分の身体の状態を確認する。
酷いものだった。
下半身は千切れ、左腕も肩からもぎ取れている。
片目も見えない。おそらく顔の半分も綺麗に取れたのだろう。
「( こ りゃ もう な お らない な)」
首の位置を元に戻し、目を瞑った。
アウラちゃん、逃げ遅れた子供、…町の皆は無事かな…
そのことばかりが心配な彼は、それを確認したくその場から動こうとしたが
できるはずがなかった。
…その時、瓦礫の外から小さな声が沢山聞こえた。
それに目を開け、必死で耳を傾ける。
「おお…こりゃひどい」
「ああ、だが死人が出なかったから良かったもんだ」
聞き覚えのある町の住民の声。
‘死人が出なかった’
その言葉にゼットは安堵のため息を漏らした。
「(は は は、 おれ も やれ ば で きる じゃ ん か)」
その中、
「…ゼットさんは…?ゼットさんはいるんですか!?」
一番聞きなれた、その声。
透き通った綺麗な声が、虫の鳴き声ほどの音量だが彼の耳に届いた。
その声を聞いて、彼は胸が安らいだ。
もう何も望まない、彼女が幸せになってくれさえすれば。
最後に聞けた恋人の声に、ゼットはうっすらと笑みをこぼすと
…キュウウウウウン…
瞳の明かりはゆっくりと消え、
機能は静かに停止し、二度と動く事はなかった。
…だがその顔は、ファルガイアで一番の笑顔で輝いていた。