――破戒樹ユグドラシルにて、ジェイナス=カスケードは死に瀕していた。  
遍く生命を侵す槍に貫かれ、床に鮮血を撒き散らし、倒れ伏す体は次第に塵になっていく。  
 
――死ぬ。  
 
現実はどうしようも無く冷たい――そんな事はわかっている、  
生まれた時からずっと。  
ティティーツイスターの貧民街生まれの彼は知っている。風も、雨も、人の心も、  
そして全てを内包するこの世界も、今感じている死の様に冷たい。  
――まあ、いいか。  
むしろジェイナスは平然と死を受け入れた。  
この冷たい世界から解放されるなら(もしかしたら解放されないかもしれないが)、  
もうどうでもいい。  
やりたいことは大概やった――金、酒、女、目的の達成、絶対の力の行使、  
そして、  
「……あ」  
ふ、と気付いた掌中の硬さ。見ればそれは安物のシルバーの指輪。  
ジェイナスがいつも首に掛けていた女物の――  
「…キザイア姐」  
……その名とともにあふれだす感情――涙――そして、忘れていた想い出。  
何故今まで忘れていたんだろう、あの人の事を。  
――差し伸べてくれた手の暖かさを。  
――ひとときにして永遠の誓いを。  
――最後にくれた笑顔と言葉を。  
 
 
―――初めて会った時、自分はまだ少年だった。  
 
ティティ―ツイスターのスラム街、雨は冷たく降り注ぐ。  
誰も通らぬ路地裏で、短髪の少年が雨と共にゴロツキ共の殴打を浴びていた。  
 
「この…クソガキがッ!」―――殴られた。  
「ッ死ねオラァ!」―――蹴られた。  
「調子コイテんじゃねェぞ、アァ?!」―――壁に叩き付けられた。  
「大人舐めんなよ手前ェ!!!」―――顔を踏みつけられた。  
 
――そこで生まれた少年は、人間を知らない。老若男女が彼から何かを奪う怪物だった。  
始めのうちこそ信じていたが、すぐに裏切って彼から何かを少しずつ……  
いや、その都度たっぷり奪っていく。  
信じられるのは自分だけ――そう結論したのは、友達だと思った少女にみぐるみ  
剥がれて石で殴られたときだった。  
 
もともと素質が有ったのか、すぐに彼はスラム一の悪童になった。  
同世代なら余裕で出し抜き、やり込め、時には大人も標的にし、その多くに大怪我を負わせた。  
 
――そして今、いつかの大人を半殺しにして得た小金が元で(どうやら小さな売春組織の  
アガリだったらしい)、ゴロツキ共のリンチをうけていた。  
 
そして、倒れ伏す少年の頭にARMの銃口が押し付けられ、  
「死にな、クソガキ」  
……語感で判る、悪を倒す正義の味方にでもなったつもりなんだろう。  
許せない、と思った。  
もちろんゴロツキ共もそうだが、こんな底の浅い連中に殺される自分が許せなかった。  
しかし、自分は弱い、そんな自分を守れぬほどに。  
だから死にたくない、弱いというだけで。  
だから祈った、聞かれたくないから心のなかで。  
(誰か……助けて!)  
 
―――そして、その祈りは届いた。  
 
「止めなッ!!」  
 
透明なアルトの制止に、ゴロツキはもちろん少年も声のほうを見た。  
路地裏に立つ長身の影。……よく見れば女だ。  
本来物憂げそうな美貌は静かな怒りをたたえ、体にフィットした革のジャケットと  
パンツはしなやかな肢体と豊かな胸を強調させ、肩のショールと長いブロンドを  
雨に濡れるに任せている。  
 
そこまで見たゴロツキ共は醜く笑う。…その内の一人が女に歩み寄った。  
「いけねえなァ、姉ちゃん。こんなトコ一人で歩いてちゃ……」  
と、ゴロツキが女の前まで来た途端、それは起こった。  
 
鈍い音と一拍遅れて、ゴロツキがくずおれた。  
その向こうで、女の右拳がノックの形で胸の前に有る……鞭のような裏拳で殴ったのだ。  
 
――暴力というのは、人の思考を原初に還す。  
彼らの場合は、獣欲三割・激憤七割、というところだ。  
歩を進める女に近い連中から、それぞれの怒号と武器を携えて襲い掛かった。――愚かしくも。  
 
一人目は拳――――手首を掴まれ、女の後ろのゴミ箱(鉄製)に投げられた。  
二人目はナイフ――――同文(ご丁寧にゴミ箱にぶつかるように)。  
三人目は棒――――足払いを上段振り下ろしと同時に食らい、地面に熱烈なキスをした。  
四人目は足にタックル――――無防備のアゴを、硬そうなブーツが蹴り割った。  
 
無論その間、女の歩みは寸毫たりとも淀まない。  
程なく彼らの原初の感情は九割以上恐怖に移行した。  
「お、おい!手前ェ等、逃げンじゃねェ、戻ってこい!殺すぞコラァ!!」  
先刻のARM使いが逃げる手下共(彼が親玉らしい)を叱咤するが、誰も耳を貸さない。  
負けると判っていれば烏合の衆はこんなものだ。  
そうこうする内に、女は倒れる少年を通り過ぎて男の前に立った。  
 
「……消えりゃ追わないけど、どうする?」  
 
……その言葉に従おう、とどれほど思ったことか。  
しかし、男の一割以下の矜持がそれを許さなかった。  
 
――今自分の手は、懐のARMを握っている。この距離なら外さない、例え目を閉じても。  
抜き打ちには絶対の自信がある、この女がなにをしようとそれより早く急所を撃ち抜ける。  
いや、急所はやめだ。両足を撃って体で詫びてもらわないと――  
 
思考の好材料を皮算用してまで持ち出し、男の矜持は5割まで回復した。  
表情に出ていたのか、女が出し抜けに嘆息する。  
「……やめな。後悔するよ」  
その通り、但しそっちが。…生まれたことまで。  
ARMとシンクロし、弾種や弾数まで把握出来る今となっては敗北を微塵も感じない。  
彼はいつもの通りARMを最速で抜き、肩にポイント、銃爪を引く。  
そして銃声、腕に反動。実に一秒かかっていない。ゴロツキにしてはかなりの技だ。  
 
―――通じるかどうかは別として。  
 
腕の衝撃は反動ではない―――  
射出より早く女のショールから飛び出したバイアネットの銃剣が腕を貫き、壁に縫い止めた――ただそれだけ。  
当然弾はあさってに向かって飛んでいった。  
――冷たい刃が次第に熱い痛みに変わっていく。  
 
「ああアアアアアアぁぁぁぁぁああああ嗚呼ァァあああがッ!!」  
 
絶叫を引き抜かれた烈痛に中断され、男は蹲る。  
そして、止せばいいのに恨み骨髄で女を睨め上げ……後悔した。  
女の殺意の視線と目が合ったのだ。自分の矮小さを思い知る様な強大な殺気に、  
失禁し、逃げ出した。  
 
 
「―――あたしはキザイア。…アンタは?」  
そう焚き火の向こうから問いかける女を、膝を抱えた少年は油断無く見据えた。  
…何なんだこの女は。  
勝手に助けて、勝手に寝てる連中から服剥いで、勝手に自分を抱えて、勝手に荒野の真ん中に連れ出して、勝手に剥いだ服を着せて、  
勝手に「日が落ちた」と焚き火をして、勝手に自分に話し掛ける――  
 
つまり、少年は女―キザイアを少しも信じていなかった。  
 
むしろ彼は戦々恐々としていた。  
これからどんな目に合わされるのか、それを考えると落ち着いて座ってなんかいられない。  
殺すのか?誰かに売るのか?何か自分で愉しむ方法があるのか―――?  
 
「…じゃ、さ。アンタの事、周りはなんて呼んでんだい?」  
 
その言葉に少年ははっと我に帰る。もし敵なら間違い無く死んでいた、気を付けなくては……?  
「まさか、ホントに名無しのゴンべかいアンタ?」  
……何故かその言い方が癪に障る。だから、今の自分に出来得る最大限の回答で返した。  
 
「……周りの奴等は、「おい」とか、「おまえ」とか。  
……年上のやつは「クソガキ」って呼んでた。」  
 
…これで充分だろう。後はこの女からどう逃げるか、あるいはどう殺すか――  
しかしふと見れば、女はなにか呟きながら考え込んでいるようだ。  
「………は、これで良し。後は……カイル、うーん、カイン…クロード、カット……  
かっぱぐ(あまつさえ逃走)…」  
何だ一体?と少年がいぶかしむ中、女ははた、と手を叩く。  
 
「良しッ!今日からアンタは『ジェイナス=カスケード』ッ!!  
いいかい、今日からアンタの名前だからしっかり憶えときなッ!  
ハイ、復唱ッッツ!!!」  
 
……女のテンションについていけなくて、少年は唖然とした。  
 
「ジェ、ジェイナス=カス…ケード」  
「声が小さい、もう一回!」  
 
…正直、うんざりしていた。だがしかしこの雰囲気を壊すのは何故か嫌な予感がするので  
渋々付き合った。………その予感は微妙に当って、外れた。  
 
「この名前は嫌かい。なら第二候補の  
『ジャンジャンバリバリてんこ盛り=かっぱぐ(あまつさえ逃走)』  
にするか…」  
 
駄目だ、何だか知らんがそれだけは絶対に駄目だ!!  
そんな気持ちを込めて、少年は自分も驚く様な大声で叫んだ。  
 
「ジェ、ジェイナス=カスケードッ!!!」  
 
…女は一瞬キョトンとしたが、すぐに、  
「やりゃあ出来るじゃないか、良しもう一回!!」  
少年は立ち上がり、  
「ジェイナス!=カスケードッツ!!!」  
「もう一回!!!」  
「ジェイナス!!!=カスケードッッッツッ!!!!」  
「もう一回!!!!!」  
「ジェイナスッッッ!!!!=カスケードッッッツツッ!!!!!!……」  
…その後三十回ほど続いた。  
 
もはや精根尽き果て、荒い息で四つん這いになる少年の横に、何時の間にか女がいた。  
「あたしはキザイア。よろしく、ジェイナス=カスケード」  
そういって差し出された右手を、少年――ジェイナスはつい握った。  
一瞬驚いたが、その手は握り返す以外何もしない。  
―――生まれて初めてのただ優しいだけの手。…打算も、悪意も、暴力も、そこには無かった。  
 
「そろそろ飯にしようか。腹減ったろアンタも」  
 
女――キザイアが焚き火の周りから何かを引き抜く。  
……鉄串に刺した肉を炙っていたのだ。  
「食いな、まあ――何の肉かは聞かぬが花だけど」  
ジェイナスは串を受け取っても、どうしていいか判らない。  
だがキザイアが自分の分を食べるのを見て、一口かじった。  
 
熱い、火傷しそうなほど。…味付けは塩だけ。  
そう言えばこれも初めてだ。  
―――今まで食べてきたのは多くが他人から奪ったもの。どれもこれもが冷めているか  
食いかけか、その両方か……それだけ。  
彼のために用意されたものなどひとつもなかった(騙す連中でさえくれなかった)。  
 
しかし今ジェイナスの手にあるのは――初めての、彼のためだけのもの。  
自分のために用意された他者の裏表ない真心―――ジェイナスはそれをゆっくりと噛み締める。  
時間を掛けてよく噛んで、ゆっくりと飲み下す。それを何度も続ける。  
 
「しかし、まあ―――」  
そんなジェイナスを見てキザイアは苦笑する。  
「―――泣くほど美味いのかい?」  
 
 
少年―――ジェイナス=カスケードの心は決まった。  
彼女―――キザイアに付いて行く、どこまでも。  
ジェイナスにとって、彼女はこの冷たい怪物だらけの世界に存在する唯一の人間だった。  
 
――彼女の名はキザイア。………それ以上は判らない。  
  渡り鳥で、ARM「バイアネット」の達人で、他の渡り鳥からも厚い信頼を受けて、  
  不当な金を盗み、あるいは遺跡に潜ったアガリの多くを貧しい者にばら撒く義賊で、  
  あらゆる悪意に敵対し、あらゆる救済を助け、厳しくも優しいバイアネットの師匠で、  
  年上のひと――  
 
それだけが彼女に一年間付いてきて知り得たすべて。  
でもそれだけで良かった、彼女のそばに居られるなら。  
だからジェイナスはどんな危険な場所にも行けたし、どんな凶悪な敵にも臆さなかった。  
 
――故に彼は「力」の認識を変えた。  
「自分だけの力」から「他人のための力」へと――  
 
そして、そんな時にソレは起こった。  
 
 
彼女に付いて来て一年と少し、キザイアにようやくシノギの相棒と認められた頃だった。  
――とあるのどかな町の夜の酒場。  
ここの二階――宿泊部分の一室で、ダブルベットに座ったジェイナスがキザイアの手当てを受けていた。  
さしたる傷ではない……ただ、ジェイナスがとにかく不機嫌な仏頂面を崩さない。  
キザイアも無言でバンソウ膏を傷に貼り、  
「ハイ、お終い」  
最後のバンソウ膏を優しく叩いて手当ては終わった。  
なおもむくれるジェイナスの顔をキザイアは首を傾げて覗き込む。  
「……なんであんな事したんだい、ジェイナス?」  
 
一時間前、ジェイナスはキザイアが目を離した隙に下の酒場で大乱闘を繰り広げていた。  
相手は渡り鳥チーム、若い男ばかりの三人組。キザイアの顔見知りでもあった。  
まだ少年のジェイナスも傷付いたが、彼らの方が遥かに酷い。  
全員が、特にリーダーの黒髪が一際いい男になって転がるように逃げ出し、  
それを追うジェイナスをちょうど見つけた彼女が必死で止めた。  
怒り、所ではない。殺意にも達そうかという嵩の憎悪をようやく胸の内に押し込めて、  
ジェイナスは大人しくなった。  
だがその炎は未だくすぶっているらしく、あれから一言も口を聞かない。  
 
…こう言う時は訊かないに限るがそうも言ってはいられない。  
ジェイナスには安い挑発に乗る人間になどなって欲しくないのだ。  
だが何度訊いても彼は貝になったままだ。……仕方ない。  
 
「……話したくないならいいさ。ただ、いつかは話してもらうよ。  
じゃ、明日も早いんだからアンタも寝な。  
そして、うつむくジェイナスの頭を軽く叩き、  
「お休み」  
ダブルベットの反対側に回ろうとするキザイアを、何かが引っ張った。  
…ジェイナスが彼女のジャケットの裾を掴んでいた。  
「…………あいつらが悪いんだ」  
 
一時間前、チェックインした直後のジェイナスは上機嫌だった。  
ここ二ヶ月ばかりは本当にいい事ずくめだ。  
 
――バイアネットの稽古で、キザイアに両手を使わせた(その後268敗目を喫したが)。  
――初めて一人で仕事をこなした(ハンパ仕事だったが)。  
――魔獣に襲われる親子連れを助けた(そのあとキザイアが誉めてくれた)。  
 
そして、結構な大仕事をこなした今は懐も心もえらく暖かい。  
 
少々用事が有る、先に食事にしてていい、と言って部屋の鍵と財布を預け、  
キザイアは喧騒をBGMに酒場を出た。  
もちろん彼はそんな事はしない。一人で食事などキザイアが居る以上味気ないことこの上ない。  
ならば来るまで待つとしよう。………ただ、折角だから一人の時間を活用せねば。  
だから彼は、バーカウンターに着いて一言、  
 
「おばさん、小っちゃいグラスで強い奴!」  
 
……キザイアにはまだ早い、と言われるが、彼女がショットグラスを一息に呷り  
チェスの駒よろしくテーブルに叩き付ける様はキレがあって格好良かった。  
それを見たジェイナスはいつか自分も、と常々思っていた。  
 
そしてグラスはやって来た。  
透明の奥に輝く琥珀色の何と美しい事か。  
祝杯、という言葉其の物を形にした様なそれを自分なりの厳かさで手に取り――  
 
――記憶の中のキザイアに合わせて飲み干す……筈だったが、  
 
最後が良くない………思い切りむせた。  
唇から始まり胃まで達する灼熱が、少年の目に涙まで出させる。  
(こ、こんなの飲むのかキザイア姐…何で出来てんだよお腹……)  
涙目でカウンターを見れば、あの女将(キザイアほどではないが美人だ)が、  
ジェイナスから目を背けて肩を震わせている………笑われているのだ。  
……ジェイナスの特徴的な眉がつり上がった。  
「おばさん、もう一杯!」  
 
――――そこに彼らはやって来た。  
 
「よぉ、景気良さそうだな坊主」  
…背後からの声に振り向いて、ジェイナスは後悔した。  
 
――誰でも、顔か声かですぐ不快になれる人間は、多くが“会いたくない顔見知り”だ。  
…例えば今ジェイナスに絡んだ三人組の渡り鳥のような。  
外見は一人前、但し腕は三人で一人前、三人揃って整った顔の下は、  
これまた三人揃ってカス以下だ。何せ女と金しか入ってない。  
 
半年ほど前に潜った遺跡で偶然会った時から気に入らなかった。  
分不相応のこいつらをキザイアと二人で守ってやったのに、自分に礼のひとつも無い。  
しかしキザイアには、やれ有り難う御座います、貴方の様な美人に会えてどうの、  
さすが荒野の人格者こうの…………とにかく説明する気も失せるむず痒い賛辞を並べ立てた。  
特に、今自分を呼んだリーダー格の黒髪。こいつは気安くキザイアの肩を抱いた。  
キザイアが手を払うのが遅れていれば、自慢の顔にバイアネットをくれてやったのに。  
 
「―――おいおい、そんな怖ェ顔すんなよ」  
 
……顔に出ていたのか。キザイアがいつも言う“立派な男”にはまだ足らない様だ。  
そしてそいつらは、気安くジェイナスの両隣に囲む様に落ち着いた。  
 
「近づくんじゃねえよ、どっか行け!!!」  
そう言いたいのを必死でこらえるジェイナスを、萎縮したと捉えた三人は一層態度を大きくした。  
「ま、そう固くなるなよ。今日は俺達お前と友達になりに来たんだ」  
右手に手下A(これで充分)と並ぶ黒髪が肩に手を置いた。  
友達とは有難い、“消えてくれ、友達なら”とでも言ってやろうか。  
大体こいつら、キザイアが紹介したにもかかわらず名前で呼ばないのはハナから憶える気が  
ないのだろう(良かった、と同時にお互い様か、と思った)。  
 
「まあ、これを見な」  
黒髪が取り出したのは宿の鍵、もちろんジェイナス達のじゃない。  
「ここに女を三人待たせてる。こいつと交換しようじゃないか」  
「…それが何だよ」  
「判んねェガキだな、そっちの鍵でこれを売ってやる――そう言ってんのさ」  
……つまりキザイアと自分の部屋に入れろ、という事か?  
その辺りがまだ少年のジェイナスはそう判断した。  
 
「いやだ」  
 
――当然の判断だ。こんな連中と一晩過ごすなんて御免こうむる。  
すると黒髪が「困ったな」という風に苦笑した。そして――  
 
――黒髪の方を向いていたジェイナスの後頭部に衝撃が弾けた。  
 
舞い散る破片と髪を濡らす液体で、酒瓶で殴られたと判った。  
「硬ェガキ」、と後ろの手下Bが漏らす声を耳が拾うと同時に、腹に衝撃。黒髪の膝蹴りだった。  
足がもつれて倒れたジェイナスに、今度は三人のストンピングが始まった。  
酒場の喧騒が嘘の様に静まる中、肉を打つ音が代わりのBGMと言わんばかりに響いた。  
 
「―――あのなァ、ガキ。なに大人の善意を無碍にしてんだコラ」  
…黒髪がジェイナスの腹を踏みつけながら吐き捨てた。  
 
――――もう一つ気に入らない理由を思い出した。  
こいつらは何と無くあのスラムのゴロツキを喚起させるのだ。今の科白が正にそれ、  
我が身を特権階級におく(と勘違いしている)人間の唾棄すべき傲慢さだ。  
 
「ブレイブゲイル兄弟を知らねェのか手前ェ。マジ殺すぞ、あァ!?!」  
“勇ましき突風”とは笑わせる。この状況では“シークレットリィブリーズ  
(姑息なそよ風)”の方がお似合いだ。  
 
「どうせあのアマ、ヤらしちゃくれねェだろうから協力してやってんのによ、  
何様だ手前ェ、死なすぞ……っコノ!!」  
………最後の一言と同時に腹に蹴りが飛んだ。  
 
因みに、ジェイナスには彼らの攻撃全てがまるで効いていない。  
魔獣の豪腕の一振りや悪い事をした時のキザイアの拳骨に比べれば撫でるも同然、微々たる物だ。  
だが彼は絶対に抵抗しない。キザイアに「安い喧嘩は買うな」と言い含められているからだ。  
だから彼は防御の意味も無いそれを、向こうが飽きるまで受ける事にした。  
だが―――  
 
「―――まさかよガキ、自分の事キザイアの恋人だとか思ってんじゃねーだろうな?」  
……彼の忍耐に知らずに甘えた黒髪は、これまた知らずにジェイナスの逆鱗に触れた。  
 
――――そばに居られるだけでいい――――これは嘘だ。  
とかく人間とは飽きる生き物だ。ジェイナスもまた例外ではない。  
 
正直、現状には満足していなかった。  
初めはともかく、今は何か足りない――そう思っていた所に黒髪の言葉が突き刺さった。  
 
「……あぁ?ひょっとして図星か、オイ」  
――また顔に出ていたのか。  
……余程間抜けな面だったのだろう、黒髪はおろか手下A・Bまで不愉快に笑う。  
 
――――それはそれは不愉快な大爆笑だった。  
笑いながら罵倒し、嘲り、句読点の代わりにジェイナスに蹴りを入れる、  
スラム生まれのジェイナスでさえ初めて聞く最悪無比の三重奏。  
「馬鹿じゃねーの、このガキ」と言って笑い、  
「いっぺん死ね、協力してやっから」と言って蹴り、  
「遊びに決まってんだろ、手前ェなんざ」と口舌の刃で心を切り裂く。  
 
――ひとしきり終えて、黒髪が今度は頭を踏みつけた。  
「…てなわけで、だ。キザイアはオレ達がもらっといてやるから鍵よこせ、な?  
……あんま逆らうとホントに殺すぞ」  
 
―――人の行為において絶対に“悪”と断じられる行為が有る。  
それは―――――――――略奪。  
悪意が何かしらの形で絶対に係わる行為だ。  
彼らはジェイナスの女神を、酒瓶の封切る様な感覚で略奪しようとしていた。  
 
その言葉を聞いて、ジェイナスは頭に乗る足をまるで無いかの様に普通に立った。  
胸の奥に荒れ狂う絶対零度の業火に炙られて、頭も表情も驚く程冷えていく。  
だが彼らにはその変化に気付く鋭さなど無く―――  
 
「やっとかよ……ああ、そうそう。罰としてこっちの鍵は無」  
……黒髪がそこまで言った時点でジェイナスは鍵を寄越した。  
――但し顔面に、拳ごと。  
派手に吹っ飛ぶ黒髪に手下A・Bが言葉を失う。…鼻が潰れる感触が心地よかった。  
 
余談だが―――バイアネットと言うARMは扱い辛いので有名だ。  
かさ張って重いくせに近接戦闘用なのだから無理も無い。  
おまけに、普通にシンクロさせただけではただの銃でしかない。  
それを打破するためには“自分の体をARMの延長にする”という難解なシンクロを要求するのだ。  
そうして初めて使い物になるのだが―――つまり、自身の力の運行を完全に理解することに他ならない。  
キザイア曰く、「完全に使いこなせる奴は、素手でも強い」。  
――そう、例外無く強い。女でも、子供でも。  
 
本日彼らの最大の不幸は、コナかけた子犬が眠れる獅子だというだけだった。  
 
…キザイアは硬い顔で聞き入っていた。  
…ジェイナスも硬い顔で……但し、吐き出す言葉は熱い血の如く。  
「オレ…オレ………許せなかったんだ、あいつらが…」  
ダブルベットの一辺に腰掛ける彼は、その横に腰掛ける彼女を見れない。  
だが、ジェイナスの膝の間に組んだ震える両手は、キザイアに心情の全てを言葉以上に教えてくれる。  
「あいつら…何だか判んないけど、キザイア姐に迷惑掛けようとしてたから……  
それで………それで……」  
ジェイナスは恐ろしかった。自分はキザイアの言いつけを自分で破ったのだ。  
怒られるのか、殴られるのか―――いや、それだけならいい。  
もし、キザイアに見捨てられたら―――――――考えるだに恐ろしい。  
 
「―――ジェイナス」  
 
その声を聞いたジェイナスは電撃を受けた様に俯く体を跳ね上げた。  
……いよいよだ、女神の裁きは。  
背信者への罰は激痛か、追放か。……後者なら明日にでも死んでしまおう、とさえ思っていた。  
だが―――  
 
―――迎えてくれたのは優しい抱擁だった。  
 
「え……?」  
ジェイナスは一瞬状況を理解出来なかった。  
頬に感じる柔らかさと肩と背中に感じる力強くも優しい両手の感触で、抱き寄せられた事にやっと気づく。  
「キ……キザイア姐…?」  
…胸の中から見上げたキザイアの顔は、慈愛に満ちていた。  
 
「大丈夫」  
 
――たったそれだけの何の意味も拾えない一言。  
それなのに、ジェイナスは泣いた。声を上げて。  
その言葉が、理解出来ないままの彼の心に伽藍の様に響く。  
そして共鳴するかの如く、彼はキザイアの胸の中で泣き続けた。  
 
――――――やがて彼は泣き止んだ。  
キザイアがゆっくりとジェイナスを胸から離すと、まだ涙が残る眼には弱いながらも  
確かな力がこもっている。  
…………こうでないと礼を述べてもネガティヴな感情に囚われたままだろう。  
だから改めて言った。  
 
「有難う、ジェイナス」  
 
…ジェイナスの顔にいつもの元気な笑顔が戻った。  
 
……あの三人が自分にどんな感情を持っていたかは知っている、  
何せジェイナスに会う前からの付き合いだ。………正直全員嫌いなタイプだった。  
自分の前では格好良い所だの優しい所だのを散々アピールするのだが、  
それは誰があの有名なキザイアを落とすか、とそれだけの事。  
陰では同じだけ散々袖にしているのを恨んでいた様な奴等だ。  
真正面から襲えないからジェイナスから鍵を奪って不意打ち―――…下らぬ限りだ。  
そうなっても負ける気はしないし、いずれきつめの灸を据えるつもりでいたから  
ジェイナスには全くとんだ災難と言うほか無い。  
おまけに彼は―――  
「……あたしを助けてくれたんだね。ホント有り難う、ジェイナス」  
 
………その言葉にジェイナスはまた俯いた。  
「…………ジェイナス?」  
急に何故躁鬱を繰り返すのだろう。  
そう疑問に思った瞬間―――  
 
「………キザイア姐の、為じゃないよ」  
少年は静かに、だが重く言葉を紡いだ。  
 
「……オレがあいつらを許さなかったのはさ、キザイア姐に迷惑掛けようとしてたからだけど  
それだけじゃない。  
あいつらが、オレからキザイア姐を奪おうとしたから……だから……オレ!」  
 
震える少年が顔を上げた。……眼から溢れるのは先刻以上の涙と真摯な思い。  
「……オレ、キザイア姐のためだったら何だって出来る!  
腕切れってんなら切るし、死ねってんなら今すぐでも死ねる!!  
でも……消えろってのは駄目…それだけは………絶対……  
だから、だから……………オレ……」  
―――言ってはいけない、それ以上は。全てを失う―――  
心の何処かが訴える、でも止まらない、止められない。――涙も、言葉も。  
流す涙の意味も、胸を潰す様な重たさも、さっぱり理解出来ない程幼い彼は己の禁忌を遂に破った。  
 
「――――――オレは、キザイア姐のオトコになりたい!!!」  
 
―――言った、とうとう。  
今度こそ本当に重いものがくる。避けられない、決定的なものが。  
きつく目を閉じる、それでも涙は止まらない。  
もう覚悟は決めた――――  
 
そしてそれはやって来た。  
 
―――キザイアは少々困惑していた。  
少年の言葉そのものに―――ではない。  
それに感激している自分が居る事に、だ。  
 
渡り鳥を続けている以上、こんな事はいくらも有る。  
この程度の告白は何度もされたし、この真摯な思いも初めてではない。  
後者の何人かとは重なった事もあるが、心まで濡れなかった。  
 
しかしこの少年には何故こうも心が踊る?  
自分にはそんな趣味が有ったのか――――  
 
と、考えて一瞬で思い至った。  
 
たった一年とはいえ、彼は自分の教えにひたすらに盲従した。…それこそ必死で。  
自分の教え―――それは即ち自分の理想。  
……自分は、知らぬ間に理想のオトコを創っていたのだ。  
何という趣味の悪さだろう、あの三人以上に。  
 
だが彼の想いは自分の投影ではない、本心なのだ。  
ならば答えなくては女が廃る。……と言えば聞こえは良いが、同じ位に嬉しい訳で。  
 
だから、失恋の恐怖に堪えつつ涙するジェイナスの唇を優しく奪った。  
驚き、目を見開くジェイナスに、初めて見せる女の貌でキザイアは語らう。  
「…覚悟しな、こっから先はあたし等……戻れないよ」  
 
そして、今度はさらに深く口付けた。  
 
 
―――もう部屋のランプは消した。  
ライティングは窓から射し入る月光ただ一つ。それが生まれたままの姿でベットの上に座る二人を照らすだけ。  
その中でも―――いや、その中でこそキザイアの裸身は美しかった。  
 
ジェイナスはこれ以上無く感動していた。  
見慣れた美貌もブロンドも、柔らかそうな胸も、くびれた柳腰も、すらりと伸びる手足も、白磁の肌も、  
とにかく、彼女を形作る全てが美しい。  
 
―――そう言えばキザイアから聞いたバスカーの伝承にこんなのがあった。  
―ある青年が、立場を理由に最愛の人から引き剥がされる。  
そんな彼を哀れむ月の女神が、女への終生の愛を条件に彼に力を貸して二人は結ばれるのだが、  
男は、再会した月の女神に心を奪われ、彼は己以外の全てを失う――  
 
しかし、今ジェイナスを魅了する月の女神は最愛の人そのものだ。何一つ失わない。  
―――幸せだ、この上なく。  
だが、自分の体躯ときたら酷く醜い。  
ただキザイアに追いつくためだけに鍛えた体は、のっぺりとして起伏に欠ける。  
スピードと力をギリギリに両立させた結果、歳も手伝って女の様だ。  
 
……キザイアにとっては嬉しいのだが。  
 
「……見てるだけかい、ジェイナス?」  
 
……実は、ジェイナスはこの手の知識が全く無い。  
事に到る、というのはともかく、詳細が判らない。  
故に見入る事半分、攻めあぐねる事半分で完全に硬直していた。  
――それに気付いたキザイアは苦笑する。  
「貸しな」とジェイナスはいきなり左手を取られる。  
そして―――  
 
キザイアの豊かな胸に掌を押し付けられた。  
 
……その柔らかですべらかな感触に、ジェイナスの全てが一瞬で吹き飛んだ。  
「揉んで…ゆっくり、そう………」  
彼女の指示に従って、柔肉を放心状態のまま揉みしだく。  
まだ成長期半ばの手には大きすぎる乳房が、指を沈めながら形を変えた。  
しかしだんだんジェイナスも正気に戻り、自分の意思で感触を楽しみ出す。  
 
…柔らかい。それに、指に吸い付いてくる。  
指を止めずにキザイアを見れば、艶然と微笑む頬に艶びた朱が射している。  
―――もっと感じてみたい。  
そう単純に思ったジェイナスは余っている胸に吸い付いた。  
 
「ん……っ」  
「あ、ご、御免。……痛かった?」  
洩れた声を痛みによるものと勘違いしてキザイアの顔を覗くが、  
 
「……そうじゃないよ、いいからそのまま続けな」  
優しく微笑んでジェイナスの頭を撫でた。  
 
「ふうっ……んん、くぅ…………っはぁ」  
 
手と、唇と舌でキザイアの胸の感触を確かめる毎に、彼女は熱い吐息を吐く。  
良く判らないが嬉しいので、更に続けようとした時、  
「そこの、先っぽ…噛んで。……こんな風に」  
――ジェイナスの遊んでいる右手を取り、人差し指を甘噛む。  
それだけで蕩けそうになる自分を叱咤して、言われた通り胸の先端を優しく噛んだ。  
 
「っく、ふう…んんんっ!」  
 
一段高い声と共に、ジェイナスの頭を抱きしめる。  
苦しい、だがジェイナスも柔らかい胸が気持ち良い。  
だから歯を離さずに乳首を舌でこね回す。  
 
「んは、っ……あ!……何だ、判ってんじゃないか…アンタ……はあっ!…才能、っつ!…あるよ」  
 
褒められた事に気を良くし、左手の指でも同じ部位を攻め立てた。  
 
「んんんっ……ふふ、こいつは…っくは!……大した……!」  
 
幼い顔を裏切って、手練れたはずのキザイアをしたたかに翻弄する。  
それを成しているのは愛情か、才能か。どちらにしても嬉しい誤算だ。  
だからキザイアは、もう一度遊んでいるジェイナスの右手を取った。  
 
その掌を自分の太腿に触れさせるが、ジェイナスは胸に夢中で気付かない。  
ならば、と内腿に這わせながら少しずつ上に持って行く。もちろんその先にあるのは―――  
 
くちゅり、という水音と共にジェイナスは乳首を咥えたまま硬直した。  
――何だこれは。先刻キザイアの唇に沈んだ自分の指が、もっと柔らかくてもっと暖かい…いや、  
熱いものの中に飲み込まれている。  
口を離して下を見れば、ブロンドの茂みの向こうにキザイアの手と重なる己の右手。  
そして、キザイアの指が彼の中指を熱さの中に無理矢理沈ませる。  
 
「かっ!…………はあぁぁ…」  
 
一瞬キザイアの肢体が跳ねた。そしてその後に洩れる満足そうな吐息。  
一部始終を穴よ開けと云わんばかりに見入る。  
 
もちろんそれだけではない、キザイアの指が少年の背中を押す様に、柔らかく艶めかしく灼熱の中を蠢く。  
当然指は重なったまま―――  
「んふ……んうぅ…………ん!…っはあぁ…んん、っ!あっく、うぅ…あはぁっ!!」  
……断続的に指を締め付けられるのが何だか心地よくて嬉しくて、ジェイナスは自分で動くのをやめた。  
 
「はあっ……ふ、んん………アンタにも、そろそろ…」  
 
そう云われてキザイアの手がもう重なっていない事に気付いた。  
「やりにくいだろ、ちょっと待ちな」  
そう云って長い足を広げ、ジェイナスに何もかもを晒して横たわる。  
ジェイナスの指をふやかす程飲み込んでいたもう一つの唇を見て、彼は三たび硬直する。  
縦のスリットは完全に開き、透明な蜜をどんどん溢れさせていた。  
 
―――さて、ジェイナスが硬直している間、キザイアは思う。  
こんな時まで自分の指示に従わせている。本当に趣味の悪い事だ。  
…しかし、彼は望んだのだ。  
自分の全てを受け入れることを―――  
彼が持つ全てを差し出すことを―――  
………つまりは彼の無垢に付け込んでいるのだが。  
だがそれを考えると、自分の中のどうしようも無い感覚に火がつく。  
―――どうせなら、何もかも自分の色に―――  
…染めたかった。  
 
「……っ!はぁああぁぁぁっ!!!」  
 
キザイアの思考を快楽の電流が中断した。  
――流石に手馴れて来たらしいジェイナスが足の間に顔を埋めていた。  
両腕を足の根元に巻きつけ、手と口を一遍に使ってキザイアの二つ目の唇を攻め立てる。  
………技巧も何も無い、ただ思いの丈と僅かな経験に任せて舌を指を差入れて、優しく掻き回す。  
その様はまるで、ミルクを舐める子犬のようで―――  
 
「あぁ!んふぅぅう…!あ、あ!あ!!んん!!!んあ!!!……くうぅぅ、はあぅっ!!!!」  
つたない様でかなりの手管と、真摯で幼稚な貌が彼女を必要以上に昂ぶらせる。  
嬌声に気を良くしたジェイナスも、動きに激しさと熱が増していく。  
膣を丹念にこね回し、とば口を唇で噛み、その上の肉芽を指で優しく突付く。  
 
「んああぁぁぁああああぁぁっ!!!はっ!ああぁっ!!んんっ!!!」  
キザイアはもう限界だった。  
 
「も、もういいよ……ふっ!くうぅ…ジェイナス、っくぅ!……離れな」  
―――息も絶え絶えに彼女は訴えた。  
 
「―――ほら、こっちに……そう」  
 
キザイアに指示され、ジェイナスは背を向ける形で足を開いて座る。  
…所謂M字開脚と言う態勢なのだが、彼は「正面だったら恥ずかしい」位にしか思わない。  
だから自分の両腕を、自分の背中に廻させられた事にも全く疑わなかった。  
(何でこんな事するんだろう、今日はもう終わりなのかな…?)  
と思うほど、この状況に色気を感じない。  
 
――――――しかしキザイアは違う。  
むしろ彼女の本番はこれからだ。  
むしろ彼女の楽しい夜はこれからだ。  
キザイアはこれまた初めて見せる(ジェイナスには見えないが)捕食者の笑みで、  
ジェイナスを後ろから羽交い締めにした。  
 
………もちろん当のジェイナスは驚いた。  
いきなりキザイア抱き着いてきたばかりではない、彼女の長い足が蟷螂の鎌よろしく上から両足に絡み付き、  
更に密着した肢体と彼女の両腕がジェイナスの両腕を押さえ込む。  
 
――――――四肢を完全に封じられた。  
 
―――全く状況を理解出来ない彼に、更なる異変が襲い掛かる。  
 
「え……あぅっ!!」  
 
――キザイアの腕は、二の腕だけでジェイナスを押さえ込んでいる。  
…となれば肘から上は全くの自由。その両手が、痛みさえ感じる程の屹立を握り締めていた。  
 
「キ……キザ…イ、ア姐えェ………こ……これ…」  
ジェイナスが痛いような痒いような感覚に涙声で訴える。  
この部分の造形と先刻の手並みは、まるで大人の男のそれだと云うのに。  
そして、そのギャップが余りに可愛らしくて、自分の指を一層屹立に絡ませる。  
 
「う…わぁっ!ちょ、ちょっと……ちょっと、待って!!ねえ…ねえ!お願い…!!!」  
――――待てるものか。  
恐らく手淫さえ知らぬであろう少年に、初めての快楽を刻み込んでいるのは自分。  
そしてその少年とは、キザイア自身が作り上げた理想のオトコ。  
それが若干重いソプラノで喘いでいる。  
……否応無く彼女の嗜虐欲混じりの愛情が燃え上がった。  
 
……楽しい。本当に愉しい。  
まるで名匠のギターの如く、爪弾く度に快い反応を返してくれる。  
そして、求める音を探す様に、右手だけがジェイナスの薄い胸を這う。  
 
「え?………………………うあぅっ!!」  
キザイアの指が彼の乳首を突き刺す様に刺激した。  
そのままぐりぐりと優しく押しつぶしながら肩越しにジェイナスの顔を覗く。  
………きつく目を閉じ、歯を食い縛って堪える顔に思わず溜息が洩れた。  
 
―――大体彼女はこっちの方が好きだ。  
―普段格好良かったり、凛々しかったり、そういう連中の弱い姿を是が非にも見たい―  
つまり、ジェイナスの女神はやはり一人の女で、おまけにそんな性癖の持ち主だった。  
………これまで寝る寝ないを問わず、幾人がキザイアの前から逃げ出した事か。  
――一説には、「人間の行動理念は八割が性癖」と言うが、現状は正しくこの理論通りだった。  
そして今、その理論の最大の犠牲者であるジェイナスは、声も出ない程の快楽に総身を震わせている。  
 
「…キ……ザイアねえェ……やめ…て……」  
ようやく絞り出した弱々しくも確かな抗議だが、情欲の火にくべられ火勢を強めるだけだ。  
そんな事とは当然知らず、キザイアの変心を信じて必死で言葉を紡ぐ。  
「お願い………これ以上は、許して……ホントに…………死んじゃうよ」  
「…………………………いな」  
 
――――――ジェイナスは自分の耳を疑った。  
今………キザイアは何と云った?耳にかかる甘い吐息と共に聞こえた言葉―――  
自分の耳が正しければ………  
 
「…死んじまいなジェイナス。一晩中殺してやるよ……アンタの事を」  
……本人の口から、最初の言葉に更なる絶望を加えて寄越された。  
 
―――ジェイナスはようやっと気付いた。  
今こそ判る、「覚悟しな」の意味。  
これがキザイアの本気の愛し方なのだ。  
破壊衝動にも似たこの愛は、ジェイナスを骨までしゃぶり尽くそうとするだろう。  
その後の自分は一体どうなるのやら……はっきり言って、怖い。  
しかし、自分は誓ったではないか。この人のオトコになる、と。  
一時の恐怖でこの人を拒絶するのか―――?…それは、断じて否。  
ならば全てを受け止める、この人―――キザイアの全てを。余す所無く、清濁問わず  
それこそが自分の愛し方だ――――――そう心に決めて、少年は言った。  
 
「………殺して、キザイア姐。オレの事、全部」  
 
―――言葉の表現において、生死に係わる表現は割と普通に使われる。  
「死ぬ程美味い」、「殺したいほど憎い」辺りがそれだろうか。  
しかし、命有るものは知っている。この言葉が“最上級の意味”である事を。  
 
だからこそキザイアは知っている。ついうっかり洩らした本音に真摯に答えた少年の  
心の内―――命懸けで自分への愛を誓った事を。  
―――もう本当に戻れまい、離れられまい、と冷静な部分が呟いた。  
彼を殺すより速く、キザイアは確かにジェイナスに殺されていた。  
……ならば今度はこちらの攻勢―――  
 
―――両手が再び、ジェイナス自身に絡みついた。  
 
「ん!……くぅううぅ………」  
覚悟したとは言え、やはり初めてのこの感覚には上手く慣れない。  
自分の体の知っている部分が、全く知らない感覚を伝えてくるのはかなりの衝撃だ。  
「んうぅっ!!ん………ぐ、んんん……ふっ!!!ん、んん!!」  
―――すべすべの指が甲虫の背の様に濡れ光る先端を弄ぶ。  
―――人差し指と親指の輪が幹を扱き立てる。  
―――それらの合間に下の袋をやわやわと揉みほぐされる。  
どんなに歯を食い縛っても、その感覚はジェイナスの奥に鋭く突き刺さって来た。  
 
「―――ジェイナス」  
 
首筋に降り注ぐキスの雨に耐えながらも、名前を呼ばれた条件反射でつい振り向くと、  
「んうっ!!」  
――キザイアがいきなり唇を奪った。  
 
「ふぅ…はふ、んむ……ちゅ、ん……んふぅ…」  
「んんっ!!………ん、うっ!!!………ぷはっ!…キザ…んうっ!!!」  
 
―――本気の大人のキス、執拗で容赦無い。  
離しても追いかけてまた塞がれた。  
柔らかい舌がジェイナスの口内を優しく且つ力強く捏ね回し、彼の舌を強引に絡め取る。  
それは甘い接吻、というより慈悲深い蹂躙、というべきだろうか。  
実際それはジェイナスの意識を甘美に激しく削っていく。  
 
当然手も休まない。  
先刻の仕返しと言わんばかりに更に更に激しさを増していく。  
 
「……………………ッッツ!!!!」  
 
上げた筈の悲鳴も、キザイアの唇の奥に呑み込まれた。  
 
キザイアはこの上なく興奮していた。  
――普段は獅子の如く猛々しいジェイナスが、自分の腕の中で子犬の様に喘いでいる――  
そう思うだけで手も舌も、ますます彼に絡み付く。  
彼が吐く吐息さえ勿体無くて、唇は一層深く吸い付き、  
彼をどうにかしたい感情を、両掌の中の焼きゴテに執拗に擦り込んでいく。  
 
「ん………!!!…んんっ!!!ん!んんうううぅぅううぅうっっつっ!!!!!」  
 
何かを本気で叫んでいるが聞こえない、聞く気も無い。  
今重要なのは、どれだけジェイナスを貪り尽くすかだけだ。  
……だが、一つだけ思い当たる事が有る。  
 
「ぷはぁっ!!!……キ、ザイア姐ェ、待っ…て……何か、ヘンなんだ…あの……  
んむっ!………はぁっ!は…なしを……んうっ、くぅ…ちゅ、んんぅ、聞い…て…  
んっつ!!!」  
 
―――まあ、初めてにしては持った方か。  
 
「ん、んんんっ!!んんんんんんんんうううううううぅぅぅぅッッッツッツ!!!!!!」  
 
その嬌声と同時に弾けるジェイナスの熱情。  
火傷しそうなそれを、キザイアはうっとりして両掌に受け止めた。  
 
 
―――バネ仕掛けの如く激しく脈打つジェイナスの体がようやく治まった。  
彼を解放し、シーツの海に横たえさせる。  
どうやら余韻でさえきついのだろう、小刻みに震える自身を抱き締めて力を入れられる  
全ての場所に全力を込めている。  
キザイアは両手に付いたパトスの残滓を舐め取りながらそんな彼を見下ろした。  
……流石に若いだけの事はある、もう充分な硬度を取り戻しているではないか。  
 
――これで勘弁してやるつもりだったが、やっぱりやめた(据え膳食わぬは、とも言うし)。  
 
……ジェイナスは己に起こった事態を把握出来なかった。  
屹立に全神経が集まった様な感覚の後、何かが一瞬で通り抜けた。  
それと同時に、全身が爆発したのかと思った。  
それからはよく判らない。気付いたら仰向けにベットに横たわる自分を抱き締め、  
不可解にして強大な多幸感と疲労がジェイナスを責め苛む。  
もう何が何だか理解できず、波が過ぎるのを待つが――  
 
「………うあ、あ………あ?…………や、あぁッ!!」  
 
達したばかりの屹立に、指とはまた違う刺激が絡みついた。  
見れば、キザイアの大きな胸がジェイナスを挟み込んでいるではないか。  
 
ジェイナスの熱で溶けてしまいそうな柔らかさが、彼を押し潰さんばかりに締め付ける。  
その上、柔肉からはみ出した先端にキザイアの舌が這いまわる。  
「あ……かッ!!……………………やぁう!……ふッツッ!!!!」  
――もう口を塞ぐ物など無いのに、ろくに言葉を紡げない。  
無理も無い、キザイアのそれは奉仕と言うより制圧の駄目押しだ。  
 
「あむ、んっ……!はぁぁあ……ちゅく、ん…ふぅ…ふふ……気持ち良いかい、ジェイナス?」  
「………………………ッッツッッツツッ!!!」  
 
――答えられるものか。  
自分を取り戻す前に畳み掛けられているのだ。  
シーツを握り、歯を食い縛り、只堪える以外彼には何も出来ない。  
……いや、もう一つ。責め苦を逃れるために体を少しずつ彼女から遠ざける。  
だがそれをキザイアが許す筈も無く―――  
 
――両腕がジェイナスの腰を抱え込んだ。  
 
「……堪えな、あたしのオトコなんだろ?この位世間じゃ普通なんだから、弱音吐いてんじゃないよ」  
その間も顎で先端を撫で回し、甘い電流を持続させる。  
普通、とはよくも言ったものだ。  
世間の連中に「信仰の対象に初めての快楽を知らされる」などという事態を  
堪えられる奴が果して居るのやら。  
 
キザイアもそれを察した上でそう言ったのだが。  
 
「う…うう…………ッツ!!ああぁあぁぁぁッ!!!!」  
 
――全く可愛い声で鳴く。先端を咥えただけなのに。  
勿論そんな程度で終わりはしない。  
吸い付きながら亀裂を舌でほじくり回し、さらに甘く歯を立てる。  
当然双丘の圧迫は以前そのままで。  
 
ジェイナスが女の様に白い喉を反らせ快感を堪える様に、また少し意地悪を思いつく。  
 
「…ジェイナス、こっちを見な。絶対に目を反らすんじゃないよ」  
趣味が悪いのは判っている、しかしそれでも虐めたいのだ。……出来れば泣きが入るまで。  
それに、見られていると思うと否応無しに燃え上がるし。  
 
ジェイナスは見なかった。勿論自分の意思で。  
見れる訳が無い、キザイアが自分の獣欲の証を責め立てる様など恥ずかしくて無理だ。  
 
だからこれだけは絶対に無理―――…とそこまで考えたのだが、  
「……………うあぁあぁぁぁぁぁぁあッッッツッ!!」  
……思いきり吸われた。  
 
「ジェイナス、この状況で逆らうのかい?  
いい度胸してるっていうか、判ってないっていうか―――まあ、苦しいと思うけどねえ」  
所謂「お前の息子は預かった」状態なだけに従うしかない。  
止む無く体を起こし、キザイアと目を合わせる(恥ずかしくて死にそうだった)。  
 
「んふ、ちゅる……ちゅ、はむ…ん。はぁふ………はむ」  
…キザイアが妖艶に微笑み、しつこく嬲る。  
 
はっきり言って信じられなかった。  
――キザイアの秀麗な唇に自分の醜い欲望が滑りこむ様は。  
紅い唇と赤黒い肉槍、そして白い双丘のコントラストがこっ酷くジェイナスを打ちのめす。  
 
…ジェイナスは言われた通り目を離さない――両手で口を塞いだまま、目を見開いて。  
…キザイアは動きを止めず少年を見上げる――嬉しそうな愉しそうな笑みを浮かべて。  
 
言った通りに目を離さないのは嬉しい限りだ。声を押し殺しつつ体を震わせるのも実にポイントが高い。  
少年の純情とオスの悦びが同時に存在する貌が、彼女を愛撫のように感じさせる。  
――舌と唇、そして自慢の胸に感じる焼けつく熱さは彼の熱情――  
そう思うだけで胸の奥が熱くなり、いっそ食い千切りたくなってくる(勿論実行はしないが)。  
 
…なんと柔らかいのだろう、舌も唇も胸も。  
もし彼が普通の家庭に生まれていれば、マシュマロだのゼリーだのの表現をしただろう。  
しかし彼には「今までで一番柔らかい」が限界だ。  
そしてそれら全てが一気呵成に力強く彼を削り取るかの如く責め立てる。  
全てがシュールで、甘美で、艶めかしい。  
 
「んっ…んく……んんん、ちゅ」  
「……………ツツッ!!!」  
 
淫靡な水音と殺し切れない嬌声が部屋の中に静かに響く。  
――耐えるじゃないか、もっと鳴いて欲しいのに――  
キザイアは一気に深く飲み込んだ。  
加えて、貪る様に頭を振った。  
 
「?!……ッ!ッツツッッ!!!!ッッッッツツツツッ!!!!!!!」  
 
突然キザイアを感じない部分が無くなり、それと同時にこれまで以上の責めがやって来た。  
然るに快感もこれまでの比ではない、そこから一瞬で電流が全身に走った。  
そしてすぐに思い至る在る事――慌てて彼は口の戒めを解く。  
 
「や、止めて…キザイア姐!! 駄目だよ、駄目だったら!!  
 お願い………離れて!!!!! お願い、お願いだから……………  
 お願いだから…………離れてよぅっ!!!!!!!」  
 
流石にそれは出来ない、幾ら何でもそれだけは………!!!!  
誓いも忘れてキザイアを離そうとしても、腰の腕はまるで動かず、責めはますます加熱する。  
それだけではない。キザイアの貌にはサディスティックな媚態が彩られていた。  
――その顔だ、それを見たかった―――  
……目がそう言っていた。  
 
「や………止め、て……!  
 来る……来る! さっきのが来ちゃう!!!  
 あ、ああ……もう………っ、駄……目……!!」  
 
諦めの様な声を出しながらも、手足の指がシーツを握り締める。  
――やって来た、先刻の未だに上手く掴めないあの感覚が。  
だがそれでも一つだけ何とか判る事が有る。  
……今キザイアが必死になって嬲っている“そこ”から何かが出るのは。  
そこから出る以上、それは―――  
 
「き、汚いよっ! 駄目…だったら……!!! お願い………許し…て…」  
 
最後の涙声を聞くと同時に、キザイアは目を細めた。  
そして、これまで以上に強く、甘く、歯を立てる。  
 
「!」  
殆ど声を発さず、ジェイナスは背筋を思いきり反らしたまま硬直した。  
今や天井を見上げる目は大きく見開かれ、唇は何か言うでもなく半開きのまま震えている。  
そして震える両膝の間のキザイアはこくり、こくり、と喉を鳴らす度に体を震わせる。  
 
―――どうやら双方、お互いの形で達してしまったらしい。  
 
だが彼女はもう少し甘露が残っていないものか、と吸ってみた。  
 
「あくッ!! は……あ、ああぁぁぁぁぁ……」  
 
ジェイナスの体は一際大きく震え、諦めた様な溜息と共にくずおれた。  
流石に虐め過ぎた、そう思って離れようとしたその時―――  
驚いた。  
息も絶え絶えのジェイナスだったが、責めに責めた一部分は今なお意気軒昂。  
むしろ次を催促する様に総身を震わせる。  
―――――全くこの小僧と来たら、又も予想を嬉しく裏切ってくれる。  
 
ならば奪い尽くしてやる――宣言通り、全部。  
ならば捧げ尽くしてやる――奪う以上になお多く。  
獣欲そのままの狂暴な純愛で、今のこの少年が消え去るまで食い貪ってやる。  
その後どうなろうと知った事か。  
今は只、この何だか判らない感情を余す事無くジェイナスに注ぎ込むだけだ。  
 
餓狼が無力な獲物を見下ろすのはこんな気分なのかもしれない、と頭の端で  
思いながら、キザイアはジェイナスに覆い被さった。  
 

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