「・・・・・・遅いな。」  
時計の針を見て、私は呟いた。  
外は雨。  
辺りは深い闇に包まれている。  
時計の針は零時を廻り、たった今、深夜二時を告げる鐘がなった。  
だというのに――――アルノーはまだ帰ってこない。  
 
ジュードたちと離れて、幾度か季節が移り変わったが、私たちは未だに病気の治療に関する情報は掴めずにいた。  
そもそも、私以外にこのような症状をもったものがいるかどうかも怪しいのだから、それに関する情報が掴めないというのは・・・  
それは当然といえば当然なのかもしれなかった。  
 
私たち二人が今滞在しているのは、このファルガイアに於いて1,2を争う大きな都市だ。  
―これだけでかい街なら、お前の体を治す手がかりの一つや二つ、すぐに見つかるさ。  
とはアルノーの言。  
この街に来てから既に約一月。  
「すぐ」などというのは、とうの昔に過ぎ去ってしまっている。  
 
――彼の帰りを待つというのは、ある意味では好きだった。  
彼が自分の元に戻ってくることで、自分がまだ生きている事を確認できるから。  
けれどもその反面・・・その時間の経過は、彼との別れが、より近付いてしまっていっていることも意味している。  
生の実感と、不安と、孤独と、恐れとが混在している時間。  
だから・・・私はこの時間がほんの少し好きだけれど、物凄く嫌いだった。  
 
 
私はここ最近、宿で一日中安静にしてばかりいる。  
前の街辺りからずっとこのような調子だ。  
彼はというと・・・  
昼は渡り鳥稼業――― ずっと一所に留まっていても渡り鳥と言えるのか判らないが ―――、夜は情報収集。  
それが彼の一日の行動の全てだった。  
前者に関しては、危険な仕事、あまり誉められないような仕事をこなしているようだ。  
そちらのほうが実入りは多いが・・・、その分負担だって大きい。  
後者の情報収集だって、いわゆる――――『空気の悪い』場所ばかりに足を運んでいる。  
この街は広大な分そのような区域も多い。  
成る程、確かにそういう場所ならば様々な情報が転がっている。  
私の病気に関する有力な情報だってあるかもしれない。  
けれど、それと同時にリスクもある。  
治安が悪く、荒くれ者ばかりがたむろしてる所で夜中に一人歩きなど危険すぎる。  
現に彼は何度か、仕事以外でも怪我をして帰ってきた事があった。  
理由を聞いてもただ転んだ、等と答えるだけ。  
 
そんな日々がここに来る前から―――数ヶ月続いている。  
 
ここのところ彼は、自身の身体や怪我の事などで心配を掛けさせない為か、私を避けるように部屋にいないことが多い。  
――実際はそんな態度であるわけではない。話し掛ければ普段通り優しく接してくれる。でもそれは、何処か違和感のようなものがあって――  
 
彼は、無理ばかりしている。  
 
(・・・・・・私の身体を・・・治す為に・・・)  
 
――・・・けれど、そんな方法多分ありはしない。  
そう思いたくない。でもそう考えている自分がいる。  
・・・これは彼に対する酷い裏切りだ。  
だが、いっそそのようなものが存在しないという確たる証拠でもあれば・・・。  
こんな旅を続けて彼にまで辛い思いをさせることは無かったのだ。  
 
確かに私を救う方法がないという証拠も、無いといえば無い。  
だから彼はこれからもそれを求め続けるだろう。  
自分の事なんてお構いなしで。  
 
恐らく――・・・決して見つからぬであろうものの為に。  
 
彼が出歩いている理由が・・・・  
何処か他に女を作って、密会でもしてくれていというならば、まだ気は楽だ。  
居ないのなら作ってもらっていい。  
どうせ――――私は消えてしまう身なのだから。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
何時の間にか更に一時間が過ぎていた。  
雨は衰えることなく、その勢いは更に強くなってきている。  
 
「・・・・・・駄目だ。もう大人しく待ってなどいられるか。」  
 
彼には外出することは控えるよう言われている。  
私だって自分の体のことは重々承知してるいるし、何か起こして彼に迷惑をかけるような事があってはならない。  
しかし、少し辺りを探して回る程度ならば――と、思って腰を上げようとした矢先、  
部屋の扉がぎぃ、と音を立てた。  
 
彼が、帰ってきた。  
―――まさしく満身創痍といった状態で。  
 
「―――――。」  
彼は私がこんな時間まで起きているとは思わなかったのだろう。  
ずぶ濡れで、傷だらけの彼は、入り口で固まってしまっている。  
・・・ああ。やっぱりか。  
彼の状態に私はしばらく言葉を失った。  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・今何時だと思っている・・・・・・・・・・?」  
それがようやく口に出来た私の最初の言葉だった。  
必死に感情を抑えてはいるが、私の声はそれでも並ならぬ怒気を含んでしまっている。  
――私は頭にきていた。  
傷だらけになって帰ってきても、いつも平気そうに振舞う彼にも。  
彼を傷つけさせてばかりいる自分にも。  
その怒りは、果たしてどちらに多く向けられているのだろう――。  
 
「あっちゃあ・・・・・あは、あははは・・・・まだ、起きてたのか・・・・。」  
お気楽そうな口調とは裏腹にその声は酷く弱々しい。  
何故そんな傷だらけなのだ、という私の問いに  
彼はいつものように、ただ一言だけ  
「―――――転んだんだよ。」  
と答えた。  
 
「・・・・・・・・・。」  
予想出来ていた事はいえ、腹が立つ。  
こうまでしれっと嘘を吐かれると。  
 
「嘘を――、付くな。転んだだけで、こんな傷だらけになるものか・・・!!」  
「嘘じゃ、ねえさ。・・・何でも、無いんだ。本当・・・」  
「――――・・・・いいから、傷をみせて見ろ!!」  
そう言いながら伸ばした手は、だが、彼に触れようとした瞬間に  
「っ―――何でもねえったら!!」  
アルノー自身によって跳ね除けられてしまった。  
 
「っ・・・・・・。」  
「あ・・・・・・・・・。」  
 
―――重々しい雰囲気が室内に流れてくる。  
アルノーは、私の手を――・・・恐らく無意識に・・・――跳ね除けた自分の手を忌々しげに睨んで  
「っ・・・すまん・・・。・・・少し・・・いらついててさ・・・。ほんと、悪ィ・・・。  
・・・・・手、痛くなかったか・・・?」  
ばつが悪そうに私に謝罪の言葉をかけてきた。  
 
――最近彼との間に、いや彼に―――どこか・・・何か・・・厚い隔たりのようなものを感じていた。  
勿論そこには嫌悪などの情はない。  
私に己のことで心配をさせまいという彼の心遣いなのだろう。  
でも、逆にその姿が私には酷く痛々しく感じられた。  
私に対して何もしてやれない、何も出来ない。  
そんな思いが、彼を苛んでいる。  
 
「いや・・・私のほうこそ、変に詮索しようとしてすまなかった・・・。」  
 
ああ、私のことなどどうでもいいのだ―――。  
 
私の存在が、日毎に彼を追い詰めている。  
改めてそう実感する。  
そして―――気が付いた。  
いや、前々から感じていたはずだ。  
ただ気が付いていないふりをしていただけ。  
 
このままこんなことが続けば、私自身のせいで彼を失ってしまうであろうことに。  
 
――急速に身体が冷え切っていった。  
 
 
彼が居なくなる――。  
 
駄目だ。  
そんな事、認められない。  
そんな事、耐えられない。  
そんな事、悲しすぎる。  
 
彼が傷付くだけで、傷付いただけで、こんなに不安に、息苦しくなるというのに。  
もし―――彼を失ってしまってしまったとしたらその時自分はどうなってしまうというのだ。  
 
「ッアルノー――・・・」  
 
不意に激しい不安に駆られた私は  
私を避けるかのように眠りにつこうとする彼を呼び止めた。  
 
だけど彼は私の話を聞いてはくれなかった。  
いや、聞けなくなってしまった。  
 
眠ったからではない。  
だって普通床になんて寝ない。  
 
ああ、そうか。  
彼は・・・眠ったのではなく気を失ってしまったのだ――。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
完全に予想外だった。  
まさかこんな時間まで起きてるなんて。  
流石に路上に眠るわけにもいかないから、せめて彼女が寝ている間だけ睡眠を取って  
目を覚ます前に出ていこうなんて俺の考えは、部屋の扉を開けた時点で台無しになってしまった。  
何しろ彼女が寝ていなかったのだから。  
 
ああ、でも、そうだ。彼女は俺が帰ってくるまでは絶対に寝ないんだ。  
 
―――けど、起きているなら、灯りくらいちゃんと点けていて欲しい。  
・・・・いや・・・・点いていたか?  
でも、それなら普通気付くよな・・・。  
・・・・って――――そんなのもはっきりわからないくらい、俺は参ってしまっているのか。  
糞・・・連中、殴りすぎだ。  
頭がくらくらする。  
今まで何度かチンピラ共にに絡まれたことはあったけど、今日は特に酷かった。  
何であんなに絡んでくるのかね。別に俺は何もしちゃいないってのに。  
 
・・・俺が美男子だからか?  
 
って、痛・・・いてえ。  
冗談考えとる場合か。  
 
・・・やり返してやりたかったけど、後の事を考えるとそんな事は出来なかった。  
中途半端にやりかえしても連中を煽るだけだし、かといって徹底的に叩きのめしても報復が怖い。  
 
俺だけ狙われるんならともかく、敵わないとわかった相手、コケにされたりした相手に  
再び真っ向から挑んでくる程、連中は素直で馬鹿正直じゃない。  
数を揃えて標的を袋叩きにするか、あるいは関係のある人間を人質にとるか、痛めつけるか。  
そりゃあ前者だって勿論お断りだが―――後者だけは絶対許容できない。  
俺は彼女を、これからも、ずっと、ずっと守っていかなきゃいけないんだ。  
例えどんな些細なことであっても、彼女に危険が及ぶならばそれは今の俺にとって最大の害悪だ。  
 
今日は、まあ、災難だったと思うしかない。  
夜中にあんなとこで色々嗅ぎまわってりゃあ、目を付けられてもしょうがないのかもしれない。  
 
・・・・それにしても、彼女の手をあんな風に払いのけちまうなんて。  
相当参ってるみたいだ。  
心配掛けさせないつもりが、逆に不安にさせるようなことばかりしてる。  
明日からはもう少しやり方を考えてないと。  
でも、俺自身何をどうするばいいかなんて思いつきはしないから  
こんな無茶ばっかりやってるんだろう――――。  
 
「ッアルノ――・・・」  
「・・・じゃあ・・・・・・もう、寝るよ・・・。ほんと、悪い、な・・・。」  
 
ラクウェルが何か言ってこようとしていたが、無視した。  
こんな時彼女は、決まって俺に何かを諦めるようなことを言ってくるからだ。  
俺はもう一度彼女に謝った後、ベッドに向かって歩いていった。  
休んでいる時間など無かったが、正直身体が持ちそうに無い。  
 
――・・・・ちょっと眠るだけだ。明日は大口の仕事が入ってんだから、少しくらい身体を休めとかないとな――――――  
そんなことを考えてベッドの傍らに立った。  
だけど――俺は、この傷ついた体をそこに預けることはせずに、  
いや、できずに。  
どさりと、板張りの床の上に倒れこんだ。  
・・・あれ?何で俺、床で寝てるんだ?と間抜けな考えが頭に浮かんで気が付いた。  
どうやら俺は――――気を失ってしまったようだった。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
それから一時間が経ったというころ、アルノーは意識を取り戻した。  
「・・・ん」  
「目が覚めたか?」  
「あ・・・?・・・・ああ・・・・・・・って、えええええ!?」  
「む・・・・・・もう少し柔らかい枕をご所望だったか?」  
 
 
 
自分の状況を理解し、ひどくうろたえた様子の彼に私は悪戯っぽく微笑みかける。  
 
「え、だって・・・ひざ・・・あれ?ひざで、まくらって・・・・ええええええええええッツッツッツ!?」  
 
「少しばかり可愛げのある女を目指してみたのだが・・・。  
・・・・・・・・・・・いや、冗談だ。・・・・・・・そんな顔をするな。・・・・ああ、私は正常だ。熱などない。」  
真っ赤になって慌てふためく彼がおかしくて、ついからかってしまった。  
私だって恥ずかしかったが、そんな恥じらいの気持ちも彼の反応を見ているうちに薄らいでいった。  
・・・それにしても、私が膝枕をするのはそんなに意外だったのだろうか。  
 
「大の男をベッドの上に乗せるなど、私には少々荷が勝ちすぎたのでな。仕方ないから、膝枕をさせてもらった。」  
 
軽い口調で言ったが、それは事実だった。  
彼をベッドに上げるには、私ではあまりにも非力すぎた。  
―――――いや、本来なら難なくできる筈だった。  
私は愕然とした。  
確かに、気を失って脱力している人間というのはかなり重たい。  
だが、50センチも高さのないベッドの上に、長身とはいえ比較的細身な方である彼を寝かせる程度のこと  
以前の私ならば全然苦にならない作業だっただろう。  
しかし、今の私にはそれが―――そんなことすら出来なかった。  
 
「そうか・・・・・・俺、気失って・・・い、いや、すまん!今、退くから・・・!」  
「あ、・・・・そ、その・・・い、いいのだ・・・構わない。」  
私は紅くなるのを自覚しながら慌てて身を起こそうとするアルノーの動きを制する。  
 
こんな恥ずかしいこと、彼との別れまでにもう一度してやれる自信が無かったから。  
 
「私が、好きでやっているのだ。・・・その、出来れば、今しばらくはこのままでいさせて欲しい。」  
「・・・・・・っ。・・・勝手にしてくれ・・・。」  
落ち着かない様子でそわそわしている彼を見て、私はまたくすり、と微笑んだ。  
―――しばらくどころか、このままずっとこうしていたかった。  
 
けれど。  
もう折り合いをつけなければ。  
 
こんな簡単に言えることなのに。決心できることなのに。  
解決策はあったのに。  
どうして今まで言わなかったのだろう。  
今まで密かに考え、けれども決して口にしなかったあの言葉。  
―――言えばこの穏やかな空気も一瞬で壊れてしまうことは判っている。  
しかし、それでも・・・・今日こそは言わねばならないと私は心に決めた。  
 
「アルノー・・・」  
「・・・なんだよ?」  
「・・・・・この怪我。原因は何だ?」  
「だから・・・・転んで、えっと―――看板にぶつかっただけだって・・・。」  
流石に苦しいか、と彼なりにアレンジを加えたのか先程とは少々理由が違っている。  
それでも真実とは確実にかけ離れているであろうことは容易に伺えた。  
 
・・・彼は、ジュ―ドに「嘘吐きの名人」と誉められていたはずだが。  
いや―――――これは誉めていないな。  
・・・ああ、そんなことはどうでもいい。  
 
もはや嘘にもなっていない彼の苦しい言い訳に、私はふう、と溜息をついた。  
「出鱈目を言うな。・・・その・・・シャツの下を見せてもらった。  
転んで、看板にぶつけただけでここまで痣だらけになるものか。」  
私の言葉に、ぐ、と彼は言葉を飲み込む。  
決定的な証拠を指摘したのだ。  
もはや惚けることなど出来はしないだろうし、させない。  
 
「・・・詮索しないんじゃ無かったのかよ?」  
「そんな事を言った覚えは無い。」  
私は気まずそうに返してくる彼の言葉を、一言で切り捨てる。  
詮索して悪かったとは言ったが、詮索しないとは言っていない。  
「答えろ。答えねば私は寝ないぞ。お前を抑え付けてこのまま一晩中起き続けてやる。」  
私は本気だ。  
こういえば彼も私の体を気遣って話さざるをえないだろう。  
―――彼の優しさを利用しているようで、少し心が痛んだ。  
 
「・・・そいつは嬉しい申し出だけどよ・・・。そんな事させられる訳無いだろ。お前の身体に障る。」  
「だったら話せ。そうすれば寝てやる。」  
 
言い逃げられないと観念したのか、彼は暫く難しい顔をした後  
本当に「なんでもない」と言った口調で怪我の理由を私に語った。  
「・・・・・・あー・・・その何だ。・・・・・・・・・・ちっとゴロツキに絡まれてな・・・。  
そんで喧嘩になったんだよ。」  
 
 
――まあ、そんなところだろう。  
けど一つ腑に落ちない。  
彼は一流の魔術師だ。  
そんな連中相手に遅れを取るとは思えない。  
なら――彼は多分。  
 
 
「・・・・お前・・・まさか黙って殴られたわけではあるまいな・・・?」  
 
私の考えは的を射ていたのだろう。  
彼は私の言葉に苦い表情をして見せる。  
それを私は肯定と取った。  
 
「―――どうしてそのような・・・」  
「・・・そりゃあ、そいつら叩きのめすのは簡単だった。だけど、んなことして恨みでも買ってみろ。  
そういう連中のさ、人の弱みに付け込む時の情報網ってやつが、なんかもう感心しちまうくらいに凄いのはわかってるだろ?  
俺らのいる宿なんて直ぐにばれちまうだろうし、・・・・そうなったらお前を危ない目にあわせちまうかもしれない。  
だから・・・。」  
 
彼はそこで言葉を切った。  
だから、黙って殴られた―――――?  
 
―――なんて馬鹿な話だ。  
例えば。  
彼が―――あるわけがないが。おとぎ話じゃあるまいし―――  
あらゆる病気、怪我を癒し治す万能薬を手に入れるために、こんな怪我を負ったというのなら、「まだ」マシだ。  
しかしこの彼の怪我は、ただ何の理由もなく暴力を受けた結果だ。  
彼が連中にやり返すことによってほんの少し、  
私に危険が及ぶ可能性が、ほんの少し出てしまうだけだというのに。  
悪いほうに悪いほうに考えただけの仮定の話なのに。  
 
彼はその危険を避けるだけの為に手を出さなかったのだ。  
確かに今の私は、事身体面においては明らかに常人以下だ。  
だからと言って・・・。  
 
いや、この際喧嘩――と言えるものなのか――――したことは捨て置く。  
 
過程はこの際どうだっていい。  
問題なのは彼が私のせいで傷付いたという結果と傷付いているという事実。  
 
彼は、自身の事なんて欠片も考えていない。  
そこにあるのは、私を救いたい、守りたいという思いだけ。  
彼は私の為に自暴になっている。  
これを捨て置くなど、できる筈がなかった。  
 
「・・・・・・・アルノー。お前は、自分の命なんて――などと考えているのはあるまいな・・・?」  
「―――は。ははは。なにいってんだよ。止してくれ。んな、大袈裟な事じゃないだろ?  
この程度の怪我どうってことないさ。」  
「それにそんな馬鹿なことも思ってない。  
俺の中で順位をつけたら、お前の次に大切なのは自分の命なんだぜ?粗末にする訳ない。  
二位だぞ。二位。」  
 
馬鹿――。  
私の次など・・・  
その考えこそがお前を追い詰めているというのだ、馬鹿者―――。  
 
「で、・・・あー。その、なんだ。悪いけど説教なら明日にしてくれ。今日はもう――」  
「・・・説教などしない。」  
「―――――だが、一つだけ話を聞いて欲しい」  
「・・・・・・何だよ、改まって。」  
 
言えば彼は怒るだろう。  
確かに・・・・・・このくらいの体の傷は、確かに治る。  
だけど、今の彼はとても危うい。  
いつ取り返しの無い怪我をするかもわからないし  
何より、彼の心は確実に磨り減っている。  
これは―――簡単には癒せない。  
もっと早くに言えば良かった。  
そうすれば、傷は浅くて済んだのに。  
 
済まない、――――――。と  
 
そう心で念じて。  
私は、小さく、だがはっきりと聞こえるように。  
別れ話――ではないが、実際似たようなものだ。――を持ちかけるように。  
 
「・・・私たちの、旅は・・・。―――・・・もう、ここで終わりにしよう・・・」  
 
私はそれを彼に対して口にした。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
「・・・・・・・・・・・なに、いってんだよ・・・・・・・、おまえ・・・。」  
彼は予想だにしていなかった私の言葉に、激しく動揺し、そして怒っているように見えた。  
先ほどまであった明るさは完全に消え失せてしまっている。  
――自分は今彼の気持ちを踏みにじることを言っている。  
だが、それでもいい。  
彼が自分のことでこれほど苦しむ必要などありはしないのだから。  
 
だから――  
「・・・これ以上、ありもしないものを探しても仕様がないだろう。  
私の身体を治す・・・?そんな事は・・・不可能だ。  
こんな症例、知っている者などそうはいまい。いや・・・居ない。  
現在の医学では・・・治療どころか延命させることすら叶いはしまい。」  
 
私自身が、彼の心を折らねばいけないと思った。  
それがどんなに辛くても。彼を更に深く傷つけるとしても。  
 
それは確かに、今日みたいに怪我をして帰ってくる日は少ないと言えば少ないかもしれない。  
だがそれは「全く無い」ということじゃない。  
何より。  
程度の違いはあれど、彼の心の傷は彼自身が気付かぬ内にでも日毎に増えていっているのだから。  
 
このままでは―――彼のの身体だけではない。心まで壊れてしまうから。  
 
 
「・・・っだから、こんな無駄な旅はやめようってのか・・・!?冗談じゃねえ!!」  
 
彼が私の考えに食い下がって来るのは判りきっていた。  
こんな私を・・・・・悲しいことに彼は本気で愛してくれていたから。  
 
アルノーは身体を起こし、私を睨んでくる。  
その目は、何とも言えない感情を孕んでいた。  
「まだ、世界全てを探し終えたわけじゃ無いんだ・・・!  
俺達の知らない薬とか医学とか、まだまだあるかもしれないだろ・・・!!」  
 
「そうだな・・・。確かにそうかもしれない。」  
曖昧な肯定。  
その後にだが、と付け足す。  
「だが・・・・・どのみち、これ以上旅を続けるのは無理だ。  
お前を私の膝に寝させたのは――――・・・。  
・・・倒れたお前をベッドの上に寝かせる。たったそれだけの事が出来なかったから。  
―――こんな、冗談みたいな話が、今の私の現実だ。  
だが、これもあくまで一例に過ぎない。  
私の身体は・・・ゆっくりと、だが確実に生きていく為の力を失っていっている。  
・・・そんな私が・・・・この荒野を、これ以上渡っていけると思うのか?」  
 
「ッ・・・・・・」  
口調からこれは事実だ、と感じ取ったらしく  
私の言葉にアルノーは押し黙る。  
ここまで私の病状が悪化しているなど考えもしていなかったのだろう。  
 
「・・・だったら・・・・だったら・・・飛行機でも作って・・・!それで、・・・世界を渡って回ろう・・・!!  
それならお前の体の事だって・・・!!」  
―――無理だ。  
そんな資金など無いし、そんなものを作る設備も無い。  
ましてや彼個人で作り上げられるようなものでもない。  
放浪者である私たちには協力してくれるような人脈だってない。  
そんなことは私より彼のほうがよくわかっていることだろう。  
 
自分の提案に無言で答える私を見て、彼は徐々にその言葉から力を失っていった。  
「―――――・・・・・・本気で、止めちまうってのか・・・・っ。お前はそれでいいのかよ・・・!?」  
 
「・・・ああ。それが私にとっても、お前にとっても、最善の道のはずだから・・・。」  
 
そう言って私は、彼に笑いかけた。  
・・・・きっと笑って、いたはずだ。  
 
「それに・・・お前と道を違えるというわけではない。」  
恐らく、私はその道の途中で立ち止まる事になるとは思う。  
「・・・私は、これからもアルノーと共に居る。」  
それが彼をより苦しめることになるかもしれない。  
「ずっと・・・・・・・・アルノーと生きていきたい。」  
病魔に冒されてから、初めて持ったただひとつの夢。  
 
―――それは、多分私のせいで叶わなくなる、彼に対しての初めての我侭だった。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
・・・その後、私は今後の事について話を持ちかけた。  
暫くは複雑な表情を浮かべていたアルノーだったが  
段々と、普段とあまり変わりの無い、良く言えば明るい、悪く言えばお喋りなルノーに戻っていってくれた。  
途中から何故か「レストランを開こう」という話になって、話はそのまま展開していった。  
何でも近くに開拓途中の土地があるそうで、そこならば私たちも比較的移り住みやすかろうという考えらしい。  
お前は頭が良いのだから教師にでもなったらどうだ、と私は言ったが  
彼はそれを「自分には性に会わないし、大変そうだ」と却下した。  
いや、飲食店の経営のほうが大変だと思うのだ。  
特に私たちにとっては。  
・・・それはもう色々と。  
しかし彼が言うには、私の料理の腕前ならどこに出しても恥ずかしくない、らしい。  
失礼だけど―――前々から思っていた。  
多分、彼は味覚が少々おかしい。  
 
私から持ちかけた話――――だった筈だが、先程からアルノーが一方的に喋っているし  
その内容はいかにも「無計画」といった感じだったが、それでも不思議と楽しかった。  
 
私は、微笑みながら、彼のその突飛な計画を聞いている。  
 
「どうせならファルガイア全土に知れ渡るような、でっかな店にしたいな。  
まず・・・窓は、全部すっげえ細工のステンドグラスにして、柱とかは全部大理石で―・・・」  
「・・・こら。そういう計画は財布としっかり相談をしないか。さっきの話を忘れたのか?  
貯えは無い、後ろ盾も無いというのに、そのような金、どこから捻出するというのだ?」  
 
アルノーの飛躍しすぎた話に、呆れたような言葉で私は返した。  
だが、台詞とは裏腹に、私の口調には自分でも信じられないくらい暖かみがあった。  
 
だって・・・  
 
「そ、そうか?・・・んじゃ、天井には、ほら、あれだ!酒場にあるあのプロペラ!あれはつけたいよな!」  
「そうだな・・・。まあ、それならばなんとか。」  
 
こんななんでもない彼の夢を。  
 
「――で、店内には、ラクウェルが、描いた絵を豪華な額縁に飾ってさ!」  
「・・・それは、まあ・・・お前の判断に任せる。」  
 
一緒に生きて。  
 
「美男の主人に、美人の女将、そんでもって酒も食材もとびきり、上等なのを、沢山用意すりゃあ黙ってても客は寄ってくるだろ!」  
「・・・美人というのはありがたく受け取って置くが・・・果たしてその上等な食材を無駄にしないことが出来るだろうか・・・?」  
 
何年も何年も、ずっと一緒に生きて。  
 
「・・・・・それ、から・・・・さ・・・・・・それから・・・」  
「・・・・・」  
 
叶えることが出来るならそれは。  
 
「それ・・・から・・・・・・・」  
「・・・・・・・・」  
 
自分にとってこれ以上ない幸福になった筈だから――・・・。  
 
・・・自分たちの店について色々な案を出していた彼は、次第にその口の動きを止めていった。  
私は訝しげな顔をして彼に声を掛ける。  
 
「アルノー・・・?」  
 
「・・・・・・・こんな・・・馬鹿みたいに何でもない、夢をさ・・・・・・」  
彼は俯いていて、その表情はわからない。けれど。  
「・・・俺は、本気で実現、させたいんだ。お前・・・と一緒に・・・。お前だって、そうだろ・・・?」  
先ほどまでの明るい口調とは一転して、その声は震えていた。  
 
「・・・・・・勿論、だ。」  
 
そんな事答えるまでも無い。  
普通に生きていれば、当然のようにむかられそうな未来。  
自分はそれを強く望んでいる。  
そうでなければ、このように笑ってお前の話を聞けるものか。  
――なのにお前は、どうして、何でそんな顔をする。  
 
「・・・なら・・・頼、む・・・から、さあ・・・っ・・・・もっと・・・、楽し、そうな・・・っ・・・・、して・・・くれよ・・・・・・!!  
なんで・・・そんな、泣いちまってるんだよ・・・・!?お前・・・・!!」  
 
精一杯微笑んでいたつもりだった。  
けれどもこの時――・・・多分私は彼の言う通り、彼と同じように泣いていたのだ――。  
 
「旅を、止めるのが「最善の道のはず」とかいったけど・・・ッ!!俺にはこれが最善なんて思えねえ!!  
『はず』じゃ駄目なんだッ!!最善じゃないと、駄目なんだよ・・・!!」  
 
私に合わせてあんな話をしていた彼だが、  
とうとう我慢できなくなって、必死に抑えていた自分の思いを吐き出してきた。  
彼の気持ちはわかる。  
私だって逆の立場なら彼と同じ行動を取っていたであろう。  
だから。  
彼の気持ちがわかる分、その思いを絶たなければいけないことが私には辛かった。  
 
「お前、家族に先に逝かれて、ずっと一人、だったんだろ?  
孤独ってもんの怖さとか、辛さとか・・・俺なんかより、全然知ってるんだろ・・・?  
だったら・・・俺を残して居なくなるなんて、言わないでくれ・・・。  
お前には、俺が自分を犠牲にして、お前の為に必死に這いずり回ってるように見えるかもしれない・・・!」  
 
「でも、多分それは違うんだ。・・・俺は、臆病だから!  
俺は・・・一人になっちまうのが怖いから、お前を救おうとしてる・・・!!」」  
 
「・・・ジュ―ドも言っていただろう。お前は、臆病者などではない。」  
そう、臆病だとしたらそれは―――。  
 
「買い被り、なんだよ・・・!!んなことは・・・っ。  
お前との別れを潔く受け入れんのが勇敢だとか、勇気があるってんなら・・・俺は臆病者のままで・・・いい・・・ッ!!  
だから、絶対に諦めねえ・・・!!諦め・・・られるか・・・・・!!」  
 
「違う・・・・・・臆病なのは私の・・・ほうだ。  
・・・私は、ユウリィや、ジュード・・・、この世界と・・・。・・・おまえと、別れるのが怖い・・・。  
いつまで『ここ』に留まっていられるのか・・・。そのことを考えると・・・・震えが止まらなくなる・・・。」  
 
それは、その言葉は確かに本心だった。  
私は堪らなく怖かった。  
受け入れていたはずの私のさだめ。  
だけど、彼等と出会ってしまって、それが再び恐ろしくなってしまった。  
もっと生きたいと、強く、強く生を渇望するようになってしまった。  
 
けれど。  
 
「だったら・・・!!」  
ふるふると私は首を横に振る。  
「・・・「もしかしたら」等と考えていけなかったのだ。  
ありもしない幻想を掴ませる為に・・・。  
・・・変えようの無い運命の為にお前を犠牲にしてしまうことなど、どうしてできよう・・・?  
私にとっては、そちらのほうがずっと恐ろしいというのに・・・。」  
 
ジュ―ドたちと、アルノーと出会えたことは  
先の無い私の為に、かみさまが授けてくれた、ささやかで、大きな、幸福。  
――それを失ったり、これ以上のことを望んだりするなんて多分、  
罰が当たるに決まっているのだから。  
 
「私の事で悔やむことなんて無い。  
だから・・・この世から消えてしまうまで・・・定められた日まででいいから。  
私はアルノーと共に生きたい。  
それだけで私は幸せなのだから・・・。」  
 
なんて身勝手。  
なんて浅薄なんだろう。  
自分の我侭の為に。  
彼が成してきた事。  
抑えてきた事。  
それを全て無駄にさせようとしている。  
矛盾したことを言っている。  
彼を苦しめたくないはずなのに、辛い選択をさせようとしている。  
でも、なまじ知ってしまったものだから。  
彼を愛すること。愛されることで。  
不安がほんの少し和らいでくれることを。  
胸の隙間が埋まっていってくれることを。  
 
だから彼が私の為に傷つくなど認められない。  
失ってしまうなど考えたくない。  
 
生きていれば別れのときは必ずくる。  
私はそれが他の人たちよりも早いだろうけど。  
それまで、彼の温もりを感じていたいから。  
 
身体の震えを止めていて欲しいから―――  
 
だから私は彼に一緒に居てくれるだけでいい等と言ったくせに  
 
「・・・・・・・私を、抱いて欲しい。」  
 
――・・・なんて勝手なことを口にした。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
「何・・・・を。」  
言っているんだ。彼女は。  
今日の彼女はどうかしてる。  
滅茶苦茶にも程がある。  
何だってこんな俺の心を乱すことばっかり言ってくるのか。  
 
やっぱり、その、ラクウェルは綺麗だ。  
人形みたいにまつげは長いし、艶のある銀髪は俺なんかが触るのは恐れ多い――。  
って・・・ああもう。そんなこと言い出したら、それこそきりが無い。  
けど、白い肌が、細い指が、華奢な身体が、彼女の完璧なくらいの美しさが。  
彼女がとても儚い存在だということを連想させてしまう。  
 
だからだろうか。  
惚れた女が身体を預けてくれるってのに、それに応えることが出来ない。  
理性はとっくにぶっとんじまってるはずなのに。  
「アルノー・・・」  
「・・・・・・・っ」  
 
ああ。やめてくれ。  
俺がお前を求めてしまうこと。  
多分これに我慢などは、出来ない。  
 
だからそんな懇願するような目をしないで欲しい。  
大体こっちの話はまだ終わっちゃ・・・  
 
「・・・・・・・・・こんな壊れた身体を抱くのは嫌か・・・?」  
「・・・っ馬鹿・・・!んな訳無いだろうが!?俺が、今までどんだけ我慢してきたとっ・・・!!」  
 
壊れてるなんてとんでもない。  
だとしたらそれはこっちのほうだ。  
体中痣だらけで、顔は所々腫れちまってる。  
おまけに。こんな美人の誘いを前にして下半身がピクリとも反応しないんだから。  
 
勃たないのは、正直複雑な気持ちだった。  
微かに残っている理性は「抱くな」と命じる。  
だけど俺の中でのた打ち回ってる本能は「抱け」と命じる。  
 
彼女のことを思うと前者を優先したかったが、正直後者の気持ちのほうが強い。  
だってのに俺の下半身は臨戦体制に入ってくれない。  
煮え切らない態度の俺に痺れを切らしたのか、彼女は俺のズボン―――いや、股間に手を這わせてきた。  
「お、おい!?ラクウェル・・・・っ!?」  
「―――こういう時は、ここは、その・・・膨張・・・・するものではないのか?  
私では・・・やはり、そんな気分にはならないのか?」  
 
勃たなかったのは、やっぱり彼女を抱くことに躊躇いがあったから。  
けど、流石にそんなことされたやっぱり反応しちまうし、  
何よりそんな風に言われたら断ることも出来ないじゃないか。  
いや、そもそも最初からできる筈なんて無かった――。  
「―――違う。そんな事、ない。」  
現に、俺の下半身は今にも・・・その、勃起しそうだし。  
「・・・ただ・・・ちょっと弄ってやらないと、・・・多分駄目だ。」  
・・・さっきまであんなシリアスぶってたくせに、今の俺の何と格好の悪いことか。  
なんかもう、今の俺は普段よりずっと見っとも無いかもしれない。  
「・・・私は、あまり男性の体についての知識は無いのだが・・・。弄るとは、おまえの性器を愛撫すればいいのか・・・?」  
「っ・・・・!!」  
ああ、くそう。  
さっきから返答に困る質問ばっかりしやがって。  
―――仕方ないからもう開き直って白状する。  
 
「ああ――・・・そうだよ。だけど、その前に・・・」  
けど、行為が始まってしまう、その前に俺は彼女は抱き寄せた。  
それで、自然に唇を重ねた。  
彼女に、お互いが存在がしていることをちゃんと実感させてあげたくて。  
彼女の身体は僅かに震えていたが、その震えも唇を重ねているうちに収まっていってくれた。  
―――そこそこ長身である彼女の身体が、今はとても小さく感じられた。  
 
「ん―――・・・・ん、ぁん……は。」  
「・・・・っは―――・・・・ふ、んむ。」  
唾液を絡めあい、彼女の口内を貪りつづける。  
くちゅ、ぐちゅ、くちゅ。  
息をすることも忘れ求めつづける。  
 
「ん・・・・―――――む、は――――――――・・・・」  
 
やがて息苦しくなるくらいキスをかわしたあと。  
そっと、唇を離して俺たちは気恥ずかしそうにお互いを見つめ合った。  
 
 
「―――はあ、・・・っはぁ・・・――――っ・・・こ、れが、・・・口付け、というものか・・・」  
そういって彼女は自分の唇に手を当てる。  
それだけの仕草が俺には酷く艶っぽく見えた。  
「・・・っあ、す、すまん。勝手に・・・キスしちまって・・・。嫌だったか?」  
馬鹿みたいに呆けて彼女に見惚れそうになっていた俺は慌てて彼女に謝罪した。  
 
「は、ん・・・―――いや。まさか、私が、誰かとこのような行為をするなど――  
夢にも思わなかったものだから・・・。」  
「―――――――――――。」  
なんでもない筈のつもりで言ったのであろうその言葉が、  
とても、悲しく感じられた。  
こんな愛し合っている者同士ならば何でもない行為でも、  
彼女にとっては一生することは叶わぬと諦めていたものの一つなのだろう。  
 
(・・・・・ああ、畜生・・・・・・)  
今は、余計な考えは捨て去ろう。  
彼女だってそれを望んでいるから。  
「っ・・・。・・・・それ、じゃ・・・頼む・・・・ラクウェル。」  
俺に言われて、彼女はそろそろとズボンのファスナーを降ろしていく。  
 
―――実は、さっきの口付けで俺の腰から下はすっかり膨張を遂げていた。  
でも。  
折角彼女がしてくれると言ったのだから―――  
「・・・アルノー。・・・おまえの・・・性器、先程とはうってかわって、かなり大きくなっているのだが。」  
「っ―――。」  
・・・・・・やっぱり抵抗あるよな。  
膨れ上がった肉棒を目の当たりにして、おどおどした視線を彼女は向けてくる。  
「ああ。・・・えっと。それじゃ、駄目なんだ。まだ十分じゃあない。・・・だから、頼む。」  
それは多分嘘だった。  
いや、もしかしたら本当に十分は勃っていないのかもしれないが、  
俺は彼女に、自分のモノに触れて欲しいが為に嘘を吐いた。  
「・・・・・・・・・・・・・・・・」  
ラクウェルはそれには答えず、顔全体を真っ赤にして、こくんとうつむくように頷いた。  
 
「く――――」  
ラクウェルの細い指が、俺の男根に触れた。  
―――恐らくは完全に充血し、怒張していたはずのそれは、  
たったそれだけのことで再び膨張を開始した。  
「っ・・・本当に、まだ・・・十分じゃなかったのだな・・・。」  
自分でも驚きだ。  
「・・・何だよ?嘘だと思ったのか?」  
「・・・・・・・・・・・思った。」  
「っ――――――――――――――――」  
反論できない。  
いや、まあ確かに俺はジュードに嘘吐きの名人とかなんとか言われたけれども。  
今回も嘘から出た誠だったし。  
そんな事を考えていると、  
 
「ッ――――――、!!!!!」  
 
触れていただけの彼女の手は、反り返る肉棒に指を食い込ませ上から下へとしごき始めた。  
いきなりに刺激に、背中がびくりと跳ね上がる。  
「ん・・・・、まだ、大きくなってくる・・・・。」  
「あ、――――――お、おい、そんな、強――――――く・・・・」  
屹立していた俺自身はラクウェルの不意打ちに、一層激しく反り返った。  
彼女は俺の反応、いや俺の下半身の反応を見て、  
自分の行為で俺がちゃんと感じてくれているのを嬉しく思ったのか、膨張した俺の竿にチロリ、と舌を這わせた。  
 
「・・・は――――――あ――――――!」  
 
「・・・・ぁ・・・・・・・んっ・・・・アルノーの、凄く――――あつ、い・・・」  
ラクウェルは、一途に俺の亀頭を唇で包み、舐めあげてくる。  
しゃぶられ、接吻され、甘い吐息をかけられて。  
根元に滾っている熱いものが湧き上がってくる。  
「ちょっ――――っま、おい、ラクウェル、待て・・・このまま、だと――――」  
射精してしまう。  
俺なんかの――――で彼女の顔を、口を汚すのは少々忍びない。  
「――――いいん、だ。――――ん・・・・出して、このまま、出して欲しい・・・。」  
そんな、ことできる、わけが。  
 
そう思っていたけれど。  
 
彼女は俺の警告を聞いたくせに、強く、それこそ搾り取るように亀頭に口付けてきた。  
「く――――、あっ――――!」  
その行為で、俺の欲情を塞き止めていたものは決壊した。  
 
「あっ、んく、あ――――――――――――!!」  
 
びゅく、びゅる、びゅ、びゅる、びゅ、びゅ・・・  
 
どくどくと、白濁液が吐き出される。  
余程苦しいのだろう。ラクウェルは瞳に涙をたたえ、小さな唇でコホコホ咳き込みながらも懸命にそれを飲み干していく。  
無理して飲まなくてもいいというのに。  
確かに嬉しかったけれども、必死に俺の事を感じようとしてるその姿は、見ていてとても辛くもあった。  
 
――――――それで思った。  
 
彼女にとっては不確かな未来よりも、  
こんな俺と一緒にいられる時間のほうがよっぽど大切なんだろう――――――・・・。  
 
「・・・・・ラクウェル。」  
「は――――・・・あ、は・・・・・・・・―――――?」  
「服、脱いでくれ―――――。」  
俺の言葉に、彼女の身体が強張る。  
「アルノー・・・・―――――、それは・・・」  
わかってる。  
お前は俺に傷を見られたくないんだろうけど。  
だけどそんなの関係無い。  
それだってお前の一部なんだ。  
どうしてもお前がその事を気にするってんなら、そんなもの刺青かなんかだと思ってしまえばいい。  
だから。  
「―――――駄目だ。・・・見せられない。前にも言ったが、私の身体は・・・。」  
 
「・・・・・関係ない。  
―――俺が・・・俺はお前の全てを抱きたいから。お前の肌も、弱さも、痛みも、恐れも、全部抱きしめたいから。」  
 
「――――――――――――――――――――」  
 
真っ直ぐに彼女を見据えて言い放つ。  
自分でもクサイことを言っているとは思う。  
何て我侭だとも思う。  
でもこれは、俺の今までの人生で、これ以上ないってくらいの真実の言葉だ。  
確かに服を着たまま抱くことだってできたんだろうけど、それじゃあ駄目だから。  
 
彼女は、嫌がってるかもしれない。  
畏れているかもしれない。  
怯えているかもしれない。  
 
だけど―――・・・  
暫くしてラクウェルは、ぽろぽろ涙を流して俺の胸に寄りかかってきた。  
「・・・・・・・・・・・――こんな時にまで―――嘘を、吐いてくれるな・・・。そんな、風に言われたら―――――。  
私だって、拒めないではないか――――。」  
「馬鹿――。・・・嘘なんて、吐いてねぇよ。」  
俺はそう呟いて、俺の考えていた事と同じような事を言って微かに震える彼女を優しく抱きしめて、  
もう一度唇を重ねあった。  
今度はただ重ねるだけの簡単なキス。  
 
けれど、さっきより強く強くお互いを感じあった。  
 
――名残惜しそうに唇を離す。  
 
・・・彼女は、申し訳なさそうに、でもやっぱり、と。  
「一枚だけ服を着させて欲しい」と言ってきた。  
肌を曝け出すのが怖いとか、そんなことじゃなくて、単純に恥ずかしいからだとか。  
・・・そんな理由は反則だ。  
俺だってそんな風に言われたら強制は出来ない。  
彼女はもう一度「すまない」と言うと、ゆっくり服を脱ぎだした。  
と、―――途中彼女は勢い余って一番下に着ている服も脱ぎそうになった。  
緊張しているのか、普通ならありえない失敗をやらかしている。  
慌てて服を着直しながら  
 
「う・・・その・・・見たのか・・・?」  
 
と、瞳に涙を浮かべて聞いてくるラクウェル。  
 
 
 
でもそれは悲しさ等からきたものではなく、羞恥心からきたもので。  
 
だから・・・俺にはそんな彼女が凄く可愛らしく見えて。  
 
すまん、と呟いて俺は彼女をやんわりとベッドに押し倒した。  
 
―――やっぱり彼女の身体には過去の傷跡が残っていたけど、  
そんなもの全然気にはならなかった。  
そんな事考える余裕も与えないほどに彼女の裸体は  
俺の思考を完全に奪ってしまったのだから。  
 
彼女の上着に手を入れ弾力のある胸の隆起を揉む。  
 
「あ―――」  
彼女は自分の胸―――服の下で蠢いているであろう俺の指を戸惑いの瞳で見つめる。  
「ん―――――――」  
俺の指の動きに合わせるように、小さな吐息を漏らしていく。  
だんだんと、ゆっくりと、愛撫する力を強くする。  
「あ・・・ん、んっ―――――――」  
その都度彼女の喘ぎ声は音を上げていく。  
「ふぁ……あ、あ……んん……」  
熱っぽくなっていく。  
つられるように俺の気も昂ぶっていく。  
「や・・・んっ、アル、ノー・・・・・・ふ、う・・・ん・・・・・・・・・から、だ、が―――熱、―――」  
切なげな吐息を漏らして彼女はそんなことを言った。  
どうやら、ちゃんと感じてもらえてるみたいだ。  
・・・日頃色々勉強しておいて良かった。  
 
「ラクウェル・・・・ん、気持ち・・・いいか・・・?」  
彼女の身体を愛撫しながら俺は尋ねた。  
「・・・馬鹿、者・・・!そんな・・・こと、ん・・・言わせる奴が、あるか・・・!」  
それに対して真っ赤になって答えてくるラクウェル。  
――じゃあ質問を変えよう。  
「・・・俺のこと―――ちゃんと、感じてくれてるか・・・?」  
「―――――――っ」  
 
その問いに・・・・口では答えてくれなかったけど、こくん、と恥ずかしそうに彼女は頷いてくれた。  
 
・・と、不意に俺の指が彼女の乳首に触れた。  
「ひうっ・・・!?」  
何処か間抜な、けれども凄く可愛らしい嬌声を上げるラクウェル。  
そこは、俺の愛撫でピクンと立ってしまっていた。  
「あ―――――」  
それに気付かれてしまったことを悟り彼女はぷい、と顔を背けた。  
ああ、もう。  
どこで覚えたんだ。そんな仕草。  
俺はもう我慢できなくなって、彼女の上着をめくり、その乳房に吸い付いた。  
 
「―――――――――――――――――!」  
 
突然のことに、ラクウェルは声にならない叫びをあげた。  
俺はそんなことはお構いなしに今度はその身体に舌を這わせる。  
乳首を、舐め上げる。  
「―――――ん、く、あ、やあああ――――」  
 
彼女の呼吸は乱れ、身体はびくびくと震えている。  
下腹部に手をやるとじゅくり、と湿った感触がした。  
くち・・・と淫らな液が糸を引く。  
見れば、彼女の秘部は、じっとりと水気を帯びていた。  
 
えっと。  
もう、これは・・・準備万端というやつなのでは?  
 
彼女も直感でそれを悟ったみたいだ。  
自分たちがこれから繋がるってことを。  
恥ずかしそうに顔を赤らめ荒い息を吐きながら俺に目を向けてくる。  
「は――ん・・・・アル、ノー・・・。私は・・・その・・・初めてなのだが・・・おまえは。」  
「・・・生憎だが、こっちだって全くのド素人だ。・・・だから加減とか色々できないかもしれないぞ。」  
俺の言葉を聞いてラクウェルは、  
・・・・・・・そうか、良かった。  
と心から安心したように呟いた。  
 
―――参った。  
 
その顔は、とても嬉しそうで。  
その声は、とても艶めかしくて。  
―――それが、致命傷だった。  
彼女の準備が出来ていなくても関係ない。  
こっちはとうに我慢の限界など過ぎ去っていて。  
今ので抑止力など欠片も働かなくなってしまった。  
 
 
 
俺は彼女の体の上にのしかかって  
膨れ上がった生殖器を秘裂にあてた。  
「ん・・・・・・・っ!」  
彼女の顔に、ほんの少し怖れの感情が浮かぶ。  
だけどもう、俺はそんな事には気が回らなくて本能のまま一気に彼女の身体を貫いた。  
 
「っ―――――・・・・・・!」  
ラクウェルは異物感に身を強張らせた。  
彼女の中は十分潤っているはずだった。  
だけど、それでもそこはとてもきつくて。  
俺は意識が飛んでしまいそうになりながら、男根を挿入していく。  
「ん――あ、あぁあああああああ―――・・・!」  
これは、ちょっとまずい。  
彼女の中はあまりにも気持ちよすぎて。  
まだ挿入は半分程度しか済んでないってのいうのに、  
気を抜けば今すぐにでも射精してしまいそうな程の快感があった。  
――――反面、彼女は痛みを必死に堪えていた。  
痛みを堪え、俺を必死に受け入れようとしている。  
 
「ラクウェル・・・・我慢、できるか・・・・・・?」  
「・・・・・・―――――」  
俺の問いに、彼女は無言で頷く。  
「それじゃあ・・・これから、もっと痛むかもしれないけど、その時は言ってくれ。  
力は、抜いて。それで少しは楽になると思う。」  
そう言って俺は身体を低くすると、俺は自身を彼女の中へと埋没させていった。  
固いペニスが彼女の奥へと侵入していく。  
何か、裂けるような感覚がした。  
 
「あ・・・・っく、っん――――――――――――――――!」  
ラクウェルの顔には羞恥と、痛みに堪えるための涙がこぼれだしていた。  
「はっ――――――、っつ」  
ラクウェルの中は、容赦なく俺のペニスを圧迫し、愛撫し、圧縮してくる。  
あまりの快楽に失神してしまいそうだ。  
 
それでもなんとか中に挿れていく。  
でも、そうすればそうするほど、膣の中の圧迫は強くなって  
俺の意識をもっていきそうになる。  
「アル、ノー・・・っ、いた、痛い・・・・!や、駄目、・・・だ・・・・そんな・・・・強く・・・・・・!」  
「――――ごめん――――でも、あと、もう、少し―――だから・・・・・!」  
さらに腰をつきいれる。  
ず、ず、ずと肌の擦れあう音。  
ぬちゃぬちゃと体液の混ざり合う音。  
「あっ、く、ん、あ、あああ・・・・・!」  
ラクウェルの声は、まだ痛みを帯びていたが、その声は次第に悦びを含み始めていた。  
「――――くっ」  
ひときわ強く、ラクウェルの中へ腰を突き入れる。  
ラクウェルの体が揺れる。  
彼女の顔は苦痛に歪んでしまっている。  
彼女の中は際限が無くて締め付けは厳しくなる一方だ。  
結合部からはとろとろと愛液が漏れてきている。  
「―――くっあ、んん、んあ・・・・・・・!」  
ラクウェルの声が乱れる。  
俺は何度も腰を突き入れる。  
彼女の痛みが完全に悦びに変わるまで。  
 
「奥に、あた、って――――アルノー、のが・・・・!」  
 
「っ――――――――――」  
 
「――――んっ、っく、アルノー、もっと、もっ、と―――つよく―――――!」  
 
彼女は涙しながら俺を求めてきた。  
それに応えるように、渾身の力を込めて腰を動かす。  
俺の意識が無くなってしまうくらい何度も何度も。  
 
再び胸を舐める。  
 
再び舌を絡ませる。  
 
身体にキスをする。  
 
傷を塗りつぶすように俺の印をつけていく。  
 
「んっ、ふぁ、あ、あ、あ、あああああ・・・・・!!」  
今のラクウェルは俺にとって強烈な媚薬みたいなものだった。  
彼女の身体、上気した肌、乱れた顔、零れる嬌声が  
俺の理性を根こそぎ奪っていく。  
「く、あ――――――――」  
根元まで深深と刺さったペニスは、彼女の中で溶けそうになっている。  
一滴も残らず精気を搾り取られそうなほど気持ちがいい。  
もう――――  
これ以上は耐えられそうに無い。  
熱い塊が、男根に溜まっていく。  
そこで、限界がきた。  
 
俺は眩暈を覚えながら、最後に思い切り腰を突き入れた。  
ラクウェルの身体がびくん、と反り返る。  
 
「―――――――あ、く、ぁあああああああああ――――――――!!」  
 
どくん、どくん、どくん、と際限がないくらい  
彼女の中に、俺の精が叩き込まれる。  
 
「ん――――、あ、は、はぁ、ん――――――――」  
ラクウェルの呼吸が乱れる。  
熱い、泥のような塊がラクウェルの中を満たしていく。  
 
 
 
「ふぁ―――ぁ、っぁ……、っ……」  
 
何度目かもわからないくらいの迸りのあとラクウェルは  
ぶるぶると身体を震わせて恍惚の表情のままくたり、と横たわった。  
頬に幸せそうな涙を伝わせて。  
 
「―――――――――。」  
あ―――、まずい。  
いま、ので・・・おれも・・・・・たいりょく、つかいきって・・・・  
 
体の力が抜けていく。  
 
俺は誰かに、  
 
―――あいしている  
 
と囁かれるの耳にしながら  
そのまま深い眠りへと落ちていった。  
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
「ん・・・・・・・。」  
目を、覚ました。  
「――――――――――」  
時計を見ると、時間は既に正午だった。  
依頼人との約束の時間はとうに過ぎてしまってる。  
 
ああ、しまったなあ。  
どうでも良さそうに俺は心の中で呟く。  
だって今日の依頼は、報酬は高額ではあったものの危険な仕事だったから。  
また怪我でもして、彼女に心配を――  
 
と、そこで急に不安が過ぎり隣に視線をやる。  
そこには静かに寝息を立てて眠る彼女の姿があった。  
その姿はとても穏やかで、安らかな寝息をたてて眠っている。  
 
俺はその事を確認してふう、と溜息をついた。  
―――俺はたまに、目を覚ましたら彼女が居なくなってしまっているんじゃないかと、  
無性に不安になる。  
 
―――何を心配している。  
彼女は言ったじゃないか。  
一緒に生きたいと。  
彼女は、自分を必要としてくれている。  
ただ側に居てくれているだけで幸せだといってくれた。  
こんな何の取り柄の無い俺を。  
それが、嬉しかった。  
とても嬉しかった。  
 
だけど――――  
愛しげに、彼女を眺めている内に再びあの感情が甦ってきた。  
 
旅を止める。  
俺に平穏に、幸せに生きて欲しい。  
それが彼女の望み、らしい。  
でも・・・それじゃあ俺の望みはどうなる?  
彼女の願いと、俺の願いは似ている様で違う。  
 
俺の願いはそんなに欲張りな事だろうか。  
ただ彼女と一緒に、普通に生きていきたいだけなのに。  
 
彼女を抱きしめている間、彼女が弱っていっているなんて微塵も感じなかった。  
だけど、事実彼女の身体は弱っていて―――。  
 
そんなことを考えているうちに、また涙が流れてきた。  
 
「・・・っしょう・・・っ。あーちくしょう・・・・・・っ。首から・・・上が俺の自慢、だってのに  
こんな、ボコボコで、涙で腫らした、みっともねえ顔にさせやがって・・・」  
 
何てこった。俺は臆病で、おまけに泣き虫だったみたいだ。  
いなくなっちまう、のは彼女のほうなのに。  
何で当人じゃない俺のほうが、こんな子供みたいに泣いてしまっているんだろう。  
 
「く―――――」  
心では判っていた。  
多分、彼女の身体を治す方法は見つからないんじゃないかと。  
それを認めなくはなかった。  
 
生きたい。  
彼女と生きたい。  
そう強く願ってきた。  
 
でも俺にはやっぱり力が無いから。  
無力で、何もしてやれないから。  
 
ならばせめて―――  
 
彼女が幸せでいられるように。  
 
彼女の望みだけは叶えてやらなければいけないのだろうか。  
 
「――――――――――――」  
・・・・俺は嗚咽を上げそうになるのをぐっと堪えた。  
 
――けど確かに。  
 
俺が、この旅を始めたのは―――。  
そういう理由だったはずだ。  
ただ、彼女を幸せにしてやりたい。  
いつの間にか俺の中でその願いは「共に生きたい」という願いにすり替えられてしまっていたけど  
それが・・・・俺の最初の願いだったはずだ。  
 
なら、うじうじ泣いている暇なんか無い。  
 
時刻は――ああ。もう目を覚ましてから一時間も経っている。  
 
窓に目をやる。  
外はすっかり雨が上がっていて、心地よい日差しが部屋の中に差し込んできていた。  
天気は気持ちいいくらいの晴れ。  
だってのに俺の心は今にも泣き出しそうな雲り空だけど――  
 
俺は、パン、と両手で頬を叩く。  
俺の願いはもう叶わないかもしれないけど、一つ――――新しい目的が出来た。  
それだけは――――絶対成し遂げてみせる。  
 
――――彼女の望みを叶える。  
 
それが俺が彼女に対してしてやれる唯一のこと。  
 
なら――――この街に、この場所に、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。  
 
俺は涙を引っ込め・・・  
ああ、畜生、ひっこみやがれ――――  
涙を引っ込めると  
 
まだ痛む身体に鞭打ってベッドから立ち上がり  
彼女に話した場所へ向かうため、気合を入れて出発の準備を始めた。  
 
そこまでの道のり―――  
 
それが、俺達の最後の旅になる事を噛締めながら―――。  
 
 

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル