ちらり。
テリィの目が横へ逸れる。
黒板の方へ目を戻すが、彼の注意はすぐまた横に向けられる。
斜め前に座るリルカが授業中居眠りをしていないのは、確かに稀ではある。
だが今日に限っては、クラス委員が問題児を見張っているという訳ではないのだ。
鋭い、リルカのこととなると殊更に鋭いテリィは彼女の異変に気付いていた。
元気がない。
一見普段通りに見えて、一週間につき1日はそういう日がある。
それは、彼女が諸国漫遊の―アシュレ―たちとの旅から帰ってきてからだった。
(生理? それにしてはいくら何でも頻繁過ぎる。
前日にでた大量の宿題をすっぽかしてから? いや、今更彼女がそんなことで気落ちする筈がない)
授業後、寮の自室でテリィは今まで何度繰り返したか分からない問答を繰り返す。
だが、いくら悩んでも答えは見つかりそうにない。
(―やっぱり、本人に直接聞くしかないな。)
机の上に積み上げられた本を見つめ、彼はついに決心した。
「必勝!彼女とのデ―トマニュアル」「女の子にモテるトカ何トカ」「エッチなお姉さんの語り」
さすが優等生、話一つ聞くだけなのに用意は万端だ。
彼の名誉の為、それらを読み込むだけで、今日実行に移すまでにどれだけかかったかは伏せておく。
重要事項を書いたメモを服の内ポケットに忍ばせ、ポケットの上から握りしめる。
(外に連れ出す時は、自然に、でも少し力強く、そして何より優しくだよな…よしッ!!)
まだ教室内で学友と話しているはずのリルカの元へ急いだ。
「 … リルカ!」
案の定、彼女はいた。姿を見つけ、呼びかける。
「何?どうしたのよテリィ、そんなに息切らして」
いつも通りの反応。テリィも無意識に返した、いつも通り。
「話がある、ちょっと来いッ!!」
自分で呼び出しておきながら一言も喋らず、ただ頭を抱えて歩くテリィに、リルカは呆れ顔だ。
「ちょっと、どこまで歩くつもり?」
さっきから学園の敷地内をぐるぐる廻るばかりのテリィに、いい加減疲れたリルカが問う。
その声にテリィは我に返り、周りを見回してデ―ト必勝法その2、「スマートにエスコ―ト」も失敗した事に気付く。
「えと、とりあえずあそこに座ろう」
手近なベンチに二人して腰掛ける。
テリィは、一つ咳払いして口を開いた。
「リルカ、最近また勉強サボってるだろ」
「えッ!?う、ぃや…ま、まあ、ちょっと…」
違う。
「マクレガー先生、怒ってたぞ」
「う、うん。みたいね。今日も呼び出されちゃったし」
話したいのはそんな事じゃない。
「で、でも、今度のレポートはちゃんと出したし、実地訓練でなら…」
「それならいいけど」
話が尽き、重い沈黙がやってきた。
無言の状態にテリィの心臓は早鐘を打つ。
話そうとしても唇も喉も普通ではない。
実際には数分でも、数十分と思い込むテリィの焦りは、リルカの物言いたげな表情を視界に入れると極限に達する。
「ねぇ、話それだけなら…もう帰っていい?」
言われる。今に言われる。いや、今言っている?
耳も普通ではなくなったテリィは遂に思い切った。
「リルカ、最近何か悩んでるだろ?」
核心。テリィはリルカに反応を認めた。
「え…な、何いってんのよ。それに、あんたには関係ない…」
「関係あるさ。クラス委員として、クラスメイトの様子がおかしいってこと位分かるし、話を聞く権利もある。」
自分でも最低だとは思ったが、今は手段を選んでいる余裕は無かった。
「話してみろよ。力になれるかもしれないしさ。」
出来るだけ優しく話しかけたつもりだったが、返ってきた反応は冷たかった。
「……なれないわよ」
その言葉に腹を立てたテリィ、つい言葉を荒げる。
「な、何だよそれ!人がせっかく心配してやってるのに…!」
「余計なお世話よッ!あんたなんかには何にも分かんないんだからッ!!」
駆け出すリルカを呆然と見送り、テリィはまた頭を抱えた。
その夜、テリィはなかなか寝つけずにいた。
リルカに嫌われた事より、彼女の抱えている悩みが思ったより深刻そうだったためだ。
だいぶ夜も更け、いい加減テリィも眠りにつこうとした頃、どこかでドアが開き、廊下を歩く音が耳に入ってきた。
やがてその音の主は、部屋のドアよりもっと重い扉-正門を開けて出ていってしまったらしい。
(誰だ、こんな時間に外に出るなんて…追いかけて注意すべきかな?でも……)
かなり悩んだ末、確かめに行く事にした。
注意しに行くとはいえ、寮の外へ出たのが見つかれば当然怒られる。
だが今のテリィは、何故か無性に小さな違反をしてみたい気分だった。
ついパジャマ姿のまま部屋を抜け出したテリィは、夜風に身を震わせた。
先程の生徒を探そうと辺りを見回しても、白い吐息が視界の隅にちらつく他は誰の姿も見当たらない。
少し歩いてみると、ふと見覚えのあるものが目にとまった。
昼間、リルカと座り、ケンカした場所。あの時は気付かなかったが、そこは展望台近くに最低できたベンチだった。
何気なく腰掛けたテリィは、妙な音が聞こえてくるのを耳にすることになった。
湿った音が断続的に響き、荒い吐息がそれに重なる。
音の主はリルカだった。
展望台の二階で台に腰掛け、既にパジャマのズボンと下着は取り払っており、はだけたパジャマの上を羽織っているだけの格好。
自らの指で乳首と秘部を弄ぶ様を入り口の陰から覗き、テリィはただ目を見開いたまま硬直している。
初め控えめだった息が次第に乱れ、リズミカルに続く水音と交互に響きだし、僅かな間に急速にその間隔が縮まっていく。
ただその様子を隠れることも忘れ目に焼き付けていたテリィは、その喘ぎの中にある言葉を拾った。
「ぁ…アシュ、レ―…も…っと、もっと…つ…よく…っ!!」
瞬間、壁についていた手の力が抜け、テリィは壁によりかかる形となった。
ミシ…ッ!!
古くなっていた展望台の壁は、少年一人の体重にすら過剰な音を響かせた。
突然の怪音に、妄想の中いよいよ切羽詰まった呻き声を漏らし快楽の前の限界を味わっていた少女は、丸まった背中を一気に伸ばし、内股気味に開いていた脚をぱしんとくっつけて動きを止めた。
どれほどの間二人は見つめあっていただろう。
―どうしてここにいるの…!?
―ここで何をしてたんだ…!?
口に出さずとも問いはかけられ、目を見ただけで答えに窮しているのはどちらにも痛いほど伝わる。
「見られ…ちゃってたんだ」
「………ごめん」
弁解はない。否定もしない。
「ごめん…僕、帰るよ…ごめん」
うなだれ、ただ謝罪を繰り返す少年の背中に、リルカは呼びかける。
「待って!」
思わぬ言葉に振り返ると、泣きそうな少女の顔が目に入る。
「ほっとかないでよ…これ、急にテリィがびっくりさせたからなのよ?」
リルカは、自らの秘唇に目を落とした。
「もうちょっとで最高の感じになれたのに、肝心な所で一気に冷めちゃったじゃない!」
じとっとテリィをにらむ。
「あ…ご、ごめん、でも、そうはいっても、どうしたらいいか…」
戸惑うテリィに、リルカは少し意地悪っぽく笑った。
「せっかくだから、テリィも一緒に悦しませたげる」
テリィを裸にし、自分もパジャマを脱ぐリルカ。
股間を隠すテリィの手を軽く叩き、既に完全に勃起している男性器の前に屈み込み、何度か表面に舌を這わせた後、思い切ってくわえ込む。
経験が皆無のリルカの口唇奉仕は、お世辞にも巧いとは言えないものだった。
それでも包皮を捲られたり裏の筋を舌が触れていく感覚は少年の射精の欲求をくすぐるには十分すぎたし、今や頭の中のほとんどを占有する愛しい相手から受けているという事実が何よりも半身を痺れさせた。
(あのリルカが、僕に、こんな事してくれてるなんて…信じられない)
昇りつめるまで秒単位となったとき、彼の頭はふとあることに気付いた。
(僕のため…じゃないんじゃないか?今リルカが気持ち良くさせようと思ってるのは…)
ぼやけた頭がふいに冴える。
リルカは、目を閉じたままうっとりしたように顔を前後に揺すっている。
「……ッ待ってくれ、リルカッ!!」
リルカの肩を掴み、引き剥がすように彼女の口内のものを抜き取る。
「‥ぁ、え?ろうしたの、アシュれ―…。」
「…………!!」
思った通りだ。彼女が必要としていたのは自分ではなく、あの青年だった。
「リルカ、そこまであの人を…?」
ショックだった。何故か裏切られた気がした。
「え、そ、それは…あの… 」
言い淀むリルカを見るうち、テリィの中は言い知れぬ感情が広がった。怒り、悲しみ…
気がつくと、テリィは足元の少女を床に押し倒し、覆い被さっていた。
普段とは違う荒々しい行動に、ただリルカはされるがままだ。
床に組み伏せられて、リルカは急に恐怖を感じる。
「…僕じゃ、だめなのか …」
呟くテリィに、リルカは少し気弱に返す。
「だ、だって、あんたなんて…アシュレ―に比べたら、全然ガキじゃない」
だが、彼の表情を見て口をつぐんだ。
泣いている。
まっすぐリルカを見つめ、涙を流す。
「テ、テリィ…?」
恐る恐る声を掛ける。と、彼は突然、妙に静かな声で言った。
「僕は…リルカが好きだ。」
リルカはじっとしたままだ。テリィは続けた。
「確かに僕から見ても、アシュレ―さんは僕より大人だし、しっかりしている。かっこいいよ。リルカが惚れるのも仕方ないとは思う。でも…今分かったんだ。僕はリルカを取られたくない。リルカが好きだから」
「あ、あんた、何言ってんの…タイプじゃないわよ、あんたなんて…」
テリィはリルカを組み敷いたまま、右手でリルカの体を弄り、秘所に指を沈めた。
最初に見た時、リルカ自身がそうしていたように。
「や、やめてぇ…何よ、バカ!変な所触んないでってば!!」
抵抗しながらもリルカは目をテリィの瞳から離せずにいた。
どこまでも真っ直ぐに、自分の心を見据える目。
「リルカが笑ってるのが好きだ。声が気に入ってる。本当は…ケンカするより前に、リルカが好きって…ずっとそう言いたかった。」
秘唇への刺激は些細だったが、リルカははっきりとその奥の疼きを意識していく。
「ウソよ… だってテリィ、ずっと私に、いじわる、ばっかり… やめてよ、好きなんて何回も言って…なんだか…変…
「ごめん…でも、好きっていうのは本当なんだ。もうその「好き」って言葉しか出てこないんだ…!!」
まっすぐ見つめる目が眩しくて、リルカは目を閉じた。「好き」という言葉を聞くたび、悲しくなってしまうから耳を塞いだ。
それでも、少女の一番敏感な所を走る感覚は防げない。
五感を閉ざしたことで、初めて純粋に知る、自分を想う少年の存在。
リルカの目尻から、涙がこぼれ落ちる。拭っても拭ってもとまらない。
失恋から今日まで、ずっとためてきたのだろう。
「テ…リィ、本当に、…私なんかが…」
今度は自分から少年の瞳を見つめる。先程まで、聞くたび悲しくなった言葉が、今一度少年の口から発せられる。
今度は…素直に喜びを感じ取れる。
二人は、どちらともなく強く互いを抱き寄せた。
何の刺激もないにも関わらず、二人は今日、一番の快感に包まれていた。
「リルカ、また宿題忘れたのか!!」
マクレガー教室で、またいつものやりとりが始まった。
「えと、や、やろうとはしてたんだけど―、その、途中で寝ちゃって」
「言い訳にもなってないよ!まったく…」
その口調は厳しいもので、マクレガーや他の生徒達は彼の生真面目さに今日も苦笑いだが…
「そういうつもりなら、いいさ。今晩もあの場所で、みっちり教えてやるからな!」
うなだれるリルカも、眉間に皺を寄せるテリィも、笑いをこらえるのに必死だとは、だれも気付いていないのだ。
しまい