「メリル・・・・・」  
軽いため息と一緒に彼女の名前を呟く。子供に語りかけるように。  
この格好のまま一緒に村に戻れば誤解されることは間違いない。  
ブラッドは彼女の自分に対する好意を気付いてないわけではないが、それは男女のものではなく、父に対する憧れのようなものだと思っている。  
早くに父を無くした彼女とって、歳の離れた自分は父性の対象と見なしやすい存在だ。  
 この引き止める行為も置いていかれる不安からでた行動だろう。魔獣に襲われた後では、それも仕方が無いが。  
 それでも、傍から見れば単なる男と女である。口さがない者が何と言うか知れたものではない。  
 どう説得したものか色んな考えを脳内に巡らせる。が、それはすぐに中断させられた。  
 メリルの苦しげな熱い息がブラッドの背中を布越しに焼いたのだ。腰に回した腕も引き止める力は無く、体重を預けるような重みを感じる。  
(まさか、毒か?!)  
症状が治まったからと油断した。遅効性の毒の場合もあるのだ。  
慌ててメリルの方に向き直り、彼女の肩を掴む。  
 と、そこで彼の動きがまた止まった。  
 赤く染まった頬が異常に汗ばんでいる。潤んだ瞳は焦点が定まらず、それでもブラッドを見ているのがわかる。  
苦しげだがそれだけではない熱い吐息が今度は彼の手にかかった。  
(これは・・・・媚薬?! うかつッ!)  
 人間を繁殖目的のために捕獲する魔獣の中に、この媚薬を使うものがいる。母体を傷つけずに捕獲し、生殖しやすい体にするために。この付近に住む魔獣はもっぱら捕食のために人間を襲うので、そのことを失念していた。  
 そして、その媚薬は市場に出回ることがある。庶民にも手に入りやすい安物の媚薬として出回っているため、ブラッドも何度か目にしたことがある。  
「おじさ・・・・・・私・・・体が・・・・・・・・・」  
彼女を支える大きな手に小さな震える手が重なる。そのわずかな動作に体を覆っていた毛布がはだけ、左半身が露出する。  
 白いなだらかな肩に軽く浮き出た鎖骨。充分に膨らんだ乳房から腰骨にかけてのラインは、既に大人のそれである。  
 思わず凝視してから目を逸らし、毛布を戻そうと肩を掴む手を離した。途端にメリルの体が前のめりに崩れる。  
反射的に片膝をつき彼女を抱きとめた。  
「は・・・・・ぁ・・・・・・」  
吐息が今度は首筋を直接焼く。柔らかな感触が薄い布越しにわかる。早鐘のような鼓動も伝わってくる。いや、これは自分のものか。  
 ずぐ、と何かが体の中に湧き上がった気がした。今まで抑えていたもの。父性だなどといい続けて無視をしていたもの。  
 メリルの背中を片手で支えながら床に押し倒し、その上に覆いかぶさった。  
 
これは夢だ、きっと。  
痺れる頭の中でメリルはそう思った。力の入らない体。ふわふわと浮いている気さえする。  
そして、仰向けに寝ている自分の上でブラッドが自分を見つめている。  
 (おじさんのことばかり考えるからこんな夢を見るんだわ。でも、夢でも会えて嬉しい・・・)  
 彼の首に腕を回し、自分の方に引き寄せる。どうせこれは夢だ。少し大胆なことをするのも悪くないだろう。  
 目の前に迫ったブラッドの唇に自分のを重ねた。柔らかくて少し冷たい。夢としてはしっかりとした感触に驚きながらも、引き寄せる腕に力を入れた。  
夢の中だけでも自分を見ていて欲しい。子供なんかじゃなくて、一人の女性として。  
 と、温かいものが口の中に入り込んだ。柔らかいそれはメリルの口の中を優しく弄る。  
「ん・・・・・・んぅ・・・・・・」  
くすぐったい感触にくぐもった声が漏れる。それが舌だとわかる前に、自分のそれを絡ませた。  
くちゅ、という水音が頭の中に響いてくる。  
「はっ・・・・・はぁ・・・・・」  
ゆっくりと唇が離れ、忘れていた呼吸を繰り返す。床に落ちた力の入らない腕がブラッドの片手で押さえられる。  
「ふぁぁっ・・・!」   
胸への刺激に思わず声を荒げた。乱暴に揉みしだかれる胸。でも、痛みはない。いや、痛みが快楽となって脳に伝わっている。  
首筋をなぞる唇のくすぐったさも、床に押しつけられる両手への重みも全てが心地良い刺激になって脳に届く。  
 不意に大きな水音が響いて、それまで経験したことの無いような快感が脳に届いた。あまりの刺激に体を弓なりに仰け反らす。  
それでも快感は、秘所への刺激は止まない。  
「ひぁ・・・・・・・あ!・・・・・・はっ・・・・・・・」  
 表面を撫でられているだけで、大きな快感が背筋を伝って昇ってくる。太い指に浅く膣の入り口を弄られると、何かがトロリと溢れていくのが自分でもわかった。  
いつの間にか自由になった両手でブラッドの肩を掴み、快感から逃れようと力を入れるが上手くいかない。爪がブラッドの肩に食い込んで傷つけているのにさえ気付いてない。  
「あ・・・・やぁ・・・・!」  
つま先から何かが昇ってくる。不安が声になって喉を通る。その声に反応するように指の動きが激しくなった。ちゅく・・・ちゅ・・・・という大きな水音が耳に届く。  
感じているのがもう快感なのかもわからない。  
ただ迫り上がって来る何かが怖くて、すがり付くようにブラッドに抱きつく。  
「ふぁ・・・・・・・あ・あ・あぁぁ!!!」  
昇ってきたものはやはり快感で、爆発して乱反射し、つま先から指先に至るまで全身を駆け巡る。  
痙攣したように体がひくつき、思うように力が入らない。  
頭が真っ白に塗りつぶされていく中で、メリルは愛しい彼の名前を呟いた。  
 
「・・・・・ッ!」  
『英雄』の名を呟かれてブラッドは弾かれたように上体を起こした。  
自分の真下にはぐったりと横たわる全裸の少女。ずきりと肩に走るか細い痛みが急速に彼を現実に引き戻した。  
(何をやってるんだ、オレは・・・・・ッ!)  
この媚薬は思考力を低下させ快感を感じやすくさせるが、女性しか効かない上、一度でも絶頂を迎えるとその後はしばらく昏睡してしまう。魔獣はその昏睡状態の時に種付けを行うらしいが、人間の場合、相手が昏睡されても困る。  
安い媚薬として出回ってるのはそれ故である。  
 一度絶頂を迎えさせるためだと心の中で言い訳してみるも、誘惑に勝てなかっただけだともう一人の自分が告げる。娘ともいえる歳下の子供をという罪悪感の後に、体つきは大人のそれだと先ほどまでの行為を思い出し、更なる罪悪感に追い込まれる。  
 終わりの無い不毛な思考は、冷たい一言で遮られた。  
「いいかげん、退いてやったらどうだ」  
ドアに腕を組んでもたれかかっているのはカノン。義眼特有の冷たい視線がブラッドに突き刺さる。  
「ッ!・・・・・・・・・・・・・・いつからそこに?」  
先ほどまでの思考に別の思考が加わり、更に無駄にグルグルと回る頭で、とりあえず口に出せたのはそれだけだった。  
「ついさっきだ。・・・・・言い訳はしなくていい。魔獣の媚薬だろう。対処法は間違ってない」  
淡々と言いながらメリルの体を起こし、清潔な布で体をぬぐう。  
「外に出てろ。そこに居られても邪魔なだけだ」  
「あ、ああ・・・・・・すまない・・・・・」  
彼としては珍しい覚束ない返事をして外に出る。  
 『セクト・トロメア』の場所がわかったと、セボック村に居るはずのブラッドを呼びに向かったカノンだが、セボック村にブラッドは訪れていないという。それどころか、メリルが森に入ったまま戻って来ないと、ちょっとした騒ぎになっていた。  
 魔獣に襲われていないかと心配するメリルの母をなだめ、森に入って義眼のソナーを発動。  
小屋でメリルの上に圧し掛かるブラッドを見つけた時は、ワイヤーナックルを食らわせようとギミックを解除したが、メリルの異常な状態に、彼女が魔獣の媚薬に冒されているのがわかり、押し止まった。  
魔獣の媚薬は女の渡り鳥が知るべきことの一つ。カノン自身も己の過失で一度経験したことがある。あの時の屈辱は今でも忘れない。  
 対処法を知るらしいブラッドに任せてみたが、その先をするならば――具体的にいうならば性交までしようものなら、パイクラスターを発動させようと身構えていた。  
 きれいに拭ったメリルに自分の予備の服を着せ、昏睡状態の彼女を背負い村へ戻ろうと小屋を出ると、首筋のギアスではなく肩甲骨あたりをさすりながら考え込むブラッドがいた。  
「・・・・メリルは」  
「眠ってるだけだ。二時間もすれば目を覚ます。・・・たぶん、今までのことは夢と思うだろうな」  
それを聞いたブラッドは安堵とも落胆ともつかない複雑な顔をした。  
「誤解されたくないのならシャトーに戻ってろ」  
何か言いたげに口を開くブラッドを遮るように冷たく言い放つと、村に向かって歩き出す。  
ブラッドはそれでも何かを言おうとしたが、結局は何も言えずに踵を返した。  
 むき出しの木の根に何度かつまずく様子が義眼に映ったがあえて無視をした。  
 
 
  自分のベッドの上で目を覚ましたメリルは、最初は自分の身に何が起こったのかわからなかった。  
母親や村の人から、魔獣に襲われているところをカノンが助けてくれたと聞かされた。  
スリープ効果のある魔獣の『甘い香り』で今まで眠っていたと。  
体にはつまずいてできた時の手の平の軽い傷以外、何も残っていない。  
 母親のお説教を聞きながら、ブラッドのことはやっぱり夢だったのかと、深い安堵と同時に軽く落胆した。  
危機を救ってくれるなど、我ながら夢見がちな少女のような夢を見たものである。更にはあんな淫らな夢も・・・・・・・・。  
このお説教が終わったら南東の海岸に向かってお礼をしようかな、と思った。無事村に戻れたことと、とてもいい夢を見れた幸運を感謝して。  
 
 セクト・トロメアで、ボムを仕掛けては逃げ遅れ、何度もブロックに下敷きになるブラッドを、仲間たちが不思議な目で、カノンだけは冷たい目で見下ろしていたのをメリルは知らない。  
 

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