グリーンヘル。ファルガイア南部にめぐらされた森の名前だ。  
「地獄」とは言われているものの、それも深夜だけの話。昼間には渡り鳥に限らず人が通る事も少なくない。  
もっとも、この森はファルガイア南西部と南東部を繋ぐように張られているのだが。  
「今度はラッシュも連れてこようかな」  
岩に腰掛けながら、メリルが呟いた。  
彼女はこれまで森に近づいた事は無かったが、以前にブラッドから「この森で俺とこいつは出会った」と愛犬のラッシュに関するエピソードを聞いてから、一人で来てみようという気になった。  
彼が話した当時の森は雨が強く降り、いかにも魔獣の巣を思わせる暗さだったらしいが、現在はそのときなど忘れてしまったかのように明るく木漏れ日が射していた。  
心地のいい眠りを促すような鳥の声を聞きながらぼんやりと森の空気に身を委ねていたメリルであったが、十分にその時間を楽しんだのか、勢いをつけてやっと岩から立ち上がった。  
が、歩き出そうとした瞬間にツル状の植物に足を取られて転んでしまう。  
「あッ」  
何とか手をついたので膝を傷付ける事は免れたが、彼女がつまずいた植物はさっきまで無かった。  
彼女がその事を疑問に思いつつもとりあえず立ち上がろうとしたその時、植物のような「それ」がメリルの身体に巻きついた。  
「え……きゃあぁぁッ!!」  
メリルが叫ぶよりも早く、身体をたやすく持ち上げられる。  
彼女の背丈ほどの高さではないが、足をついて抵抗を図ることも出来なくなってしまった。  
彼女を拘束した「それ」は植物を装った魔獣であり、人の多くなる昼間を狙って密かに来客を待っていたのだ。  
せめて腕が動けば、と右手を思い切り胸元に引き寄せようとするも、触手の1本を緩ませる事も出来ない。  
「やめなさ……ッ!」  
その時、数本の触手がメリルのスカートから潜り込み、上着を思い切り引き裂いた。  
「――――――ッ!?」  
声になっていない叫びをあげ、メリルが青ざめた。彼女の服を破った触手には鈍く刃が光っている。  
あれで胸でも切られたらひとたまりもないが、魔獣が求めているものがただ一つ―――彼女の「子宮」だという事を彼女は知ってしまった。  
魔獣の腕が一本、また一本と下着に入り込みはじめる。魔獣の体液がねちっ、と気味の悪い音を立てた。  
(………嫌…ッ、そんな事ッ……!!)  
涙を零しながら、魔獣の器となる事を覚悟する。  
しかし、魔獣は彼女を犯す前に崩れ落ちた。  
ブラッドだ。  
彼は、グリーンヘルを通ってこれからメリルの住む村に行こうとしている所であった。そこで彼女の悲鳴が聞こえたので駆けつけた、というわけだ。  
本体に拳を打ち込まれ絶命した魔獣の腕からこぼれ落ちたメリルを、ブラッドはしっかりと受け止める。半裸体の少女を抱きかかえる事にはさすがに抵抗があるが、今はそんなことを言っている場合ではない。  
「おいッ、大丈夫かッ!?しっかりッ!!」  
肩をぱしぱしと叩きながら、ブラッドが問い掛ける。  
微かに唇を動かして頷いてはみせるが、声は出ていない。呼吸の乱れは、魔獣の体液のせいだろう。  
できるだけ早く薬を取りに行きたいが、このまま村に帰るわけにも行かないので、ひとまず彼女を森の中にある小屋に連れて行くことにした。  
その頃には、彼女の症状は少し引いた様子であった。  
 
小屋には毛布が1枚あったが、体液の処置に役立ちそうな物は見つからなかった。とりあえず毛布をかぶせ、古びた椅子に座らせる。  
「ここなら魔獣は襲ってこないはずだ。そこで待っていろ、今から上着と薬を取ってくる」  
そう言ってブラッドは小屋を後にしようとする。  
しかし、ドアノブに掛かった手はそのままで止まってしまう。  
彼が振り向いた視線の先には、毛布を被ったままで自分の腰に抱きついているメリルの姿があった。  
 
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