その一帯は、破れた赤絨毯を敷いたように、彼岸の花が群がるように、  
鮮やかすぎる命で染まっていた。  
退避が半歩遅れ、足を撃ち抜かれて銃口に囲まれた子供も。  
目に砂塵が入ったせいで爆炎に呑まれた同士も。  
皆将来が楽しみな、澄みきった瞳をしていた。  
 
空がやけに青い。  
 
『ブラッド、何してやがる!死にてぇのかッ!!』  
わかっている。  
忘れぬように、今一度焼き付けただけだ。  
森に木霊する無念を。赤い川と化すリキキスを。  
 
その背中が透けて見える、「スレイハイムの英雄」を。  
 
『ブラッド…どこ…だ…ブラッド……』  
椅子に力なく背を預ける男は、何度そう呟いただろう。  
横に男が佇むたび、その頻度は増すようだ。  
「ビリー、昨日はいい魚が釣れたぞ。お前が好きだった奴だ」  
その逞しい男は、油断ない目つきの中に柔らかな光を湛えていた。  
 内戦の英雄、ブラッド・エヴァンズ。  
彼にはその英名がついて回る。  
そう呼ばれるたび、彼が表情を固めようとも。  
 
そんなブラッドの背中を、静かに見つめる少女がいた。  
溌剌とした瞳をその時だけは曇らせて。  
彼は頼めば少女の家に上がり、共に食事をして頭を撫でてくれる。  
お父さんみたいね、少女の母はよくそう言って笑った。  
そんなとき、少女――メリルはふくれてしまう。  
「おじさんが村に来るのは、ビリーさんのお見舞いだから、だけ…?」  
そう口走ってブラッドを困らせたこともある。  
 
 はじめて男に会った五年前、確かにメリルは『少女』であった。  
しかし今やその頬からはそばかすが消え、胸はゆたかに膨らみ、  
腰つきは子を宿す余裕を備えている。  
メリルちゃんも美人になったねぇ、村の者は皆そう言った。  
胸の奥が柔らかくなったあの日から、メリルは『少女』ではなくなったのだ。  
  それでも――  
村からビリーが消えたなら、その後もブラッドは来るのだろうか。  
そう考えて枕を抱く夜、やはりメリルは『少女』であった。  
 
そんな倒錯した感情を持て余すうち、ブラッドが小さく溜め息をつく。  
彼の吐息を感じられる、微かな至福が終わろうとしているのだ。  
「おじさん、もう帰るの?」  
媚びたふうにはしないように気をつけて、メリルは男を見上げた。  
少女の目からわずかに逸れる、寂しそうな視線。  
また来てね。  
いつものようにメリルが言おうとした時だ。  
ふと彼女の身体のまわりが暖かくなる。  
「…え?」  
両腕がきゅっと締められ、少女は声を漏らした。  
顔に岩肌のような逞しい胸板が触れている。  
「おじさん…?」  
抱きしめる男は何も答えない。  
少女は何かが変だと思ったが、このまま時が止まればいい、そう願いもした。  
「すまん」  
男の謝罪も気になどならない。  
ただ、悲願があまりにも唐突に叶いすぎ、胸に不安がちらつくだけだ。  
この先もあるはずの触れ合いを、今すべて使ったようで。  
 
 少女の住むセボック村からほど近い薪小屋。  
そこに男はひとり暮らしていた。  
元死刑囚の彼に家はなく、友への見舞いに都合がいいからだ。  
侵食異世界から世界を救って以来、もう何年来の住まいだろうか。  
 しかし、それも今日で終わる。  
「ビリー……お前さんももう、疲れたろう」  
鈍く光る認識票を眺め、男は呟いた。  
『ブラッド・エヴァンズ』そこにはそう刻まれている。  
ある戦役における最大の功労者の名だ。  
だが、それは世にブラッドと呼ばれる男ではない。  
四肢を砕かれ脳髄をやられた、人間のなれの果ての名。  
 その名には意味がある。  
数千の人間をまとめ、導けるほどの影響力が。  
例え持ち主の肉体が滅びても、その名が消える事は許されない。  
戦における勝利の証。数知れぬ血潮と悲願の結晶。  
新たな器としてその曰くつきの名を得たのが、ブラッドであった。  
 
しかし、今や誰もが身をもって知っている。  
 ――英雄なんていらない!!  
一人の勇気に頼らずとも、人は自らの手で闇を照らせるのだ。  
たとえそれが惑星規模の脅威であろうとも。  
ならば、英雄の名に固執する意味はない。  
 ブラッドは気付いていた。  
いつまでもビリーにこだわるのは建設的ではないと。  
互いが関係を断ち、その名から逃れるべき時期が来ている。  
その結論に達したのは、もう何年も前のことだった。  
しかし、男はまだここにいる。  
 
「おじさんが村に来るのは、ビリーさんのお見舞いだからだけ?」  
少女の瞳が頭をよぎる。  
 そんな事はない。  
彼はもうずっと前から、なぜか少女に好意を抱いていた。  
本来彼の歳ならば、娘の一人二人はいるのだろう。  
彼の戦友・アシュレーのように。  
元一級戦犯の自分は、知らず普通の暮らしに憧れているのだ。  
だから自分などに好意をよせるメリルが珍しいのだろう。  
ブラッドはそう思っていた。  
 
しかし――彼はメリルを愛すればこそ、一歩を踏み出さない。  
成長した彼女は見目麗しく、心は変わらず気高い。  
「俺なんかには、勿体ない娘だ…」  
闘いしか知らぬ無骨な男は、そう呟いて荷袋を担ぐ。  
彼が小屋の外へ出ようとした時だ。  
「ウォン!ウォン!!」  
鳴き声とともに、ブラッドの進行方向へ影が躍り出る。  
「よう相棒、お前とも会えなくなるな。  
 俺の代わりに、メリルの事を頼むぞ。」  
男は屈み、彼――少女の愛犬ラッシュの首を撫でた。  
ラッシュは心地よさそうに首を反らせたが、男が立ち上がると  
またもその行く手を阻む。  
「…名残り惜しいが、行かせてくれ。それは誰の為にもならないんだ」  
男の呼びかけも聞かず、ラッシュは脚を踏みしめている。  
男が困ったように腕を組むと、不意に別の足跡が近づいてきた。  
「はぁ、はっ、はっ…―――おじさんッ!!」  
息を切らした叫び声に、ブラッドは目を見開く。  
「メリル…!」  
その瞬間、ラッシュは役目を果たしたかのように座り込んだ。  
 
「ラッシュが急に騒ぎ出して、これは何かあると思ったの」  
茶を沸かすメリルに、ブラッドは気まずそうな視線を向けた。  
結局再び小屋に押し戻された形だ。  
魔獣が逃げ出す巨漢も、この娘にだけは敵わない。  
どん、とティーカップが机に置かれる。  
「さ、水臭いおじさん。ちゃんと説明してよね」  
男をまっすぐ見つめる瞳は、山奥の泉のように澄んでいる。  
たじろぐ男の顔がありありと映っていた。  
「……いや、俺は…」  
ブラッドは間を持たせるため、カップの香茶を啜った。  
甘い香りが鼻を抜ける。  
「ビリーさんのお見舞いがイヤになったの?」  
リスのような瞳が細まるのを見て、男は首を振った。  
「そういうわけじゃない。だが――」  
「じゃあ、あたしが嫌いだから?」  
ブラッドの言葉をさえぎり、メリルは踏み込む。  
男は言葉に詰まった。  
 
いっそそういう事にしておいたほうがいいのではないか。  
ブラッドはそう考えながら、カップを皿に戻そうとする。  
 その時、急にその白い円が歪みはじめた。  
カップが指から滑り落ち、赤い中身が机に広がる。  
「な、何だ…身体が、痺れ…ッ!!」  
椅子から床へと巨躯を崩し、ブラッドは辺りを見回した。  
愛らしい少女の口が微笑んでいる。  
木の床に赤い雫が滴る。  
「村の近くに生えてる、獣用の痺れ薬を煎じたの」  
きっきっと床を踏みしめ、少女は男の傍へ寄った。  
「だっておじさん、わからずやだから。」  
天使のような笑顔。ブラッドはそれに畏怖すら感じる。  
 
はじめて会った日もそうだった。  
セボック村にブラッドを追う兵が押しかけたとき、  
彼女は恐れもせず男をかばうために立ちふさがった。  
その気概は歴戦の勇士にも劣らない。  
いつか友に抱いた敬意を、男はその華奢な背中に感じていた。  
二度とは失いたくないと。  
 
床に仰向けで上体を起こすブラッドに、メリルはまた微笑む。  
そして彼が穿くジーンズのチャックに指をかけた。  
「メリル、馬鹿なことはやめろッ」  
ブラッドが強い目で諭すが、少女は耳を貸さない。  
見る間に下穿きを下げ、筋肉質な腿を顕わにする。  
股間の物はまだ柔らかいが、それでも常人の平時とは比較にならない。  
巨体に見合ったサイズが予想される。  
 メリルの瞳はそこに釘付けになった。  
濃く漂う男の匂いを、小鼻を膨らませて吸い込む。  
寄り目気味に凝視し、深呼吸を繰り返している。  
緊張しているのは明らかだった。  
 
「あたし、もう子供じゃないもん」  
細い指を添えてそれを起こすと、少女は猫のように背を曲げた。  
ちろっと舌を出し、黒い異物に這わせる。  
「…くっ」  
ブラッドの隆々とした背筋が震えた。  
その反応を見ながら、少女はさらに舌を使い始める。  
浮き出た血管を舐め上げ、裏筋に這わせ…。  
ごつごつした幹に、うっすらと光の筋が描かれていく。  
 
このような辺境では、女との関わりはまずない。  
自ら慰めるにせよ頻繁ではない。  
そのため男のそこは、限界に近いほどの精が漲っていた。  
反応が良くても当然だ。  
「おっひくなってひたよ、ひもちいいんら?」  
半勃ちですでに人並みほどの隆起を唇で挟み、少女の目が笑う。  
 
ブラッドは眉をしかめた。  
身体が動かず、年下の少女に思うまま昂ぶらされるのは屈辱だ。  
だが生理的な反応は止められず、状況はあまりに刺激的すぎた。  
 穢れを知らない乙女が己のものを舐めている。  
緊張からか荒く熱い息を吹きかけ、上目使いにこちらを眺める。  
技巧も娼婦には劣るがなかなかだ。  
下半身に血液が流れ、怒張がむくむくと太さを増すのがわかった。  
「あひゅい」  
スープを啜ったときのように、メリルは照れ笑いして言う。  
まさにそれを零した時さながら、口元は涎でべとべとになっている。  
 
「ぐちゅ、っちゅ、ん…うんっ、ふぅ…んちゅ」  
ぬめる唾液を潤滑油に、清楚なしごきは速さを増した。  
閉じた唇が雁を過ぎるたび、ぞくりとする快感が這い登り、  
息継ぎのためにやや口が開かれると、何ともいえずはしたない水音が漏れる。  
ちらりと覗く赤い舌に、その音に、ブラッドの頭は痺れていった。  
「よ…よすんだ…!」  
そう漏らすのが精一杯で、あとはふくらはぎに力を込めるだけだ。  
 
「ふぁ…ちゅう、ぐちゅ…あぁ…んぐ…」  
メリルは恍惚の表情で頭を上下させながら、ずるりと崩れ落ちるように咥え込んだ。  
かなり胴回りのある亀頭がちいさな口にすっぽり収まる。  
少女の舌はそのまま、蛇が獲物を消化するように表皮をねぶった。  
特に快感の得やすい場所を。  
雁裏のブツブツが、傘の張った周りがぬるぬると擦られる。  
「ぬ、ううお…っ!!」  
ブラッドは思わず声を上げていた。  
強烈な射精感が頭を満たす。  
だが実際に放つにはわずか足りず、痛痒で足裏へ汗が滲んだ。  
 
 少女はぐちゅぐちゅと咀嚼するように唇を動かす。  
その頬は真っ赤に染まり、額には汗が噴いてほつれた髪がはりついていた。  
マラソンをしているような顔が前後し、汗と唾液が黒い異物を伝う。  
 
「しゅごいおっひくなったね、そろそろひかせてあげうね」  
逸物の血は完全に滾り、凶器と呼ぶに相応しい威容を誇っている。  
少女の楚々とした唇には半ばほどしか収まらない。  
メリルの薄い唇からは、哀れ唾液がこぼれ続けだった。  
少女もその姿が惨めだと思っているのは、ブラッドと目が合ったときの  
恥じらいの表情でわかる。  
 
だが彼女はそれ以前に、愛する男への奉仕に恍惚としていた。  
規格外の熱さをすすんで喉奥へと迎え入れ、口粘膜の全てで悦ばせる。  
ぽろぽろ涙を流しながらも、相手が気分よくなるように。  
「ううっ、おぅ…んぐ、ぐぅ…ちゅ、くちゅっ」  
例え嗚咽しようとも、男が反応を示すとその嬲りを続けた。  
その一途さは痛々しくさえあった。  
 (この子は…そこまで俺を…?)  
自分が彼女の想いを汲まぬせいで、少女は追い詰められたのか。  
 
 だが、自分に人は愛せない。  
その手は外法者の手、あまりに多く血に塗れすぎた。  
硝煙の匂いが染み、いつしか引き金も軽くなった。  
それをおぞましいと思わない自分がいる。  
ブラッド。ビリー。肩書きが何にせよ、それは人殺しの名だ。  
動けない親友の姿が、己にも課されるべき神罰なのだ。  
 そう自らを律しながらも、しかし男は精を放った。  
少女の暖かい潤みの中、己の銃口が何度も脈打つのがわかる。  
咳き込む少女に止めを刺す様に、白濁の穢れがその胸を満たす。  
 メリルは健気にも飲み込もうとがんばっていたが、  
その滾りはあまりに大きく、出した量も多かったのだろう、  
指の間からぼとぼとと零れ落ちていた。  
 
「…驚いた、上手いもんだな。だが、どこでこんな事を?」  
弾む息が部屋を包む中、ブラッドが訪ねた。  
メリルは少し逡巡し、ばつが悪そうに口を開く。  
「…その…ビリーさんってあんなだけど、やっぱり若いでしょ?  
 すごく溜まってることもあるんだけど、自分ではできないし。  
 だから周りに誰もいない時に、あたしが口でしてあげるの」  
そこで少女は咳払いをした。  
震える声で続ける。  
「すごく気持ちよさそうなビリーさん見て、あたしも何だか…。  
 こうすればおじさん喜ぶかなって、あの人の身体でいろいろ試して。  
 おじさんがあたしを、抱いてくれてるのを想像して・・・・」  
 
仰向けのまま、ブラッドは静かな瞳で少女を見上げていた。  
彼女の心が荒れていくのが、彼にはわかった。  
「ごめんなさい。おじさん、軽蔑するよね…。  
 動けないおじさんの友達に変なことして、変なこと考えて。  
 おじさんは好きだけど、こんな、汚れたあたしは――」  
「何も汚れてはいないさ」  
少女の嗚咽をさえぎったのは、ひどく優しい声だった。  
 
「あいつにならいい。先陣を張るのが好きな奴だったからな」  
メリルのふっくらした頬に指を這わせ、雫を払う。  
いつしか凍りついた肉体はほぐれていた。  
「…こんなあたしが、いいの?」  
少女の潤んだ瞳を、ブラッドの深い眼差しが覆う。  
「こんなおじさんで良ければ…な」  
彼は身を起こし、少女の肩を抱いた。  
「んっ」  
互いの息が重なる。  
 
 自分がビリーか、ブラッドか。  
他人をどう思い、どう思われ、そこから離れるべきか否か。  
そう悩むこと自体、外面に振り回されている証拠だ。  
確かに多くの血を見たかもしれない。  
だがそれは、明日を生きるためであったはずだ。  
「おじさん…すき」  
メリルになぜ惚れたのか。  
ブラッドはようやくにして理解した。  
 
 彼女だけであったからだ。  
男を、ブラッドと呼ばないのは。  
 
 
ビリーは、窓から広がる空を見ていた。  
真っ青な空を。  
彼はいつも空を見ていた。  
朝焼けも、夕焼けも、異世界に覆われ混沌とした空も。  
それを晴らしたのが親友だと、星を護る獣に聞いた。  
「風が出てきたねぇ」  
ビリーの世話をしていた婦人がそう呟いた直後。  
突如部屋に風が吹き込んだ。  
その煽りをまともに喰らい、ビリーの首から光が飛ぶ。  
 風が止んだとき、婦人は目を丸くした。  
指の一本も動かせなかった男が、その腕を伸ばしていたからだ。  
手には煤けたプレートが握られていた。  
 
『ブラ…ッド…、みて…るか…。…あの…そらだぜ…』  
 
セボック村に風が吹く。  
それは恵みの雨の前兆だった。  
「綺麗な空…」  
窓から吹き込む風に、メリルは呟く。  
「ああ、全くだ」  
二人は手を繋いだ。  
傷だらけの黒い身体に、華奢な娘が折り重なる。  
 
まるで、墓石へ一輪の花を手向けるように。  
 
 
              FIN    
 
 

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