「………なにしてるんだい? ルシル…」  
 子どもの頃から見慣れた間抜け面が眼を覚まして、放った第一声はそれだった。  
 あたしは反射的にその頭をぶん殴りそうになったけど、一応雰囲気ってものを考えてぐっとこらえる。  
「なにって……………わかるでしょ」  
 精一杯色気のある声を出したつもりだけど、やっぱりイライラした感じは隠せなかったかもしれない。  
 チャックはまだ半分寝ぼけたような顔で、ぼーっとあたしを見つめてる。  
 昔っからバカでヘタレで空気が読めない上に女心もわからないどうしようもない奴だったけど、  
やっぱり顔だけはかっこいい。  
 …こんな、いかにも世間知らずの田舎者でキレイな顔した18歳の男の子が、明日からライラベルで  
ハンターを目指すことになるなんて…あっという間に騙されて売り飛ばされちゃうんじゃないだろうか。  
「なに……してるんだい?」  
 大分頭が覚醒してきたのか、さっきよりも少しはっきりとした口調で、チャックはもう一度繰り返す。  
「………普通、わかるでしょ!」  
 あたしも、ベッドの上で横になったチャックの上に跨ったまま、さっきと同じような言葉を返した。  
 真夜中、村の皆が寝静まった頃にこっそりと男の子の家に忍び込んで、寝床に入る。  
 この状況で、あたしが「詰将棋しましょう」とか言い出すとでも思ってるんだろうか?  
 だとしたら空気が読めないどころの話じゃない、本物のバカだ。  
 
「え、ちょっと」  
 チャックは上半身だけを起こして、ベッドの上で後退りをする。  
 全く予想通りのリアクションだったから、あたしはすぐに行動を起こせた。  
 逃げるチャックの肩をしっかりと掴んで、そのままその胸の中に飛び込む。  
 チャックは突然圧し掛かってきたあたしを受け止められなくて、もう一度ベッドの中に沈みこんだ。  
 完全にあたしがチャックを押し倒した体勢。  
 …チャックを男として意識するようになってから夢見てきた初体験のシチュエーションとは、程遠い。  
 でも、こうするしかなかった。  
「!」  
 驚きに眼を丸くしているチャックの口に、あたしは自分の唇を押し付けた。  
 一瞬で石のように固まってしまったチャックの唇をこじ開けて、舌を差し込む。  
「ん……」  
 戸惑ったように体をよじるチャックを無視して、あたしはゆっくりと舌を動かした。  
 チャックの舌を絡めとって、吸い上げる。  
 何度も何度も顔の角度を変えながら、それを繰り返す。  
 こういう経験なんてなかったけど、とにかくなるようになれ、っていう気持ちだけで仕掛けたキス。  
 経験がないのはチャックも同じで、あたしの顔にかかる息が少し上がり始めていた。  
 こうするのも、本当は物凄く恥ずかしくて勇気が要った。  
 ぬめって少しだけざらついた舌の感触が想像してたよりも生々しかったけど、でも全然嫌だとは  
思わなかった。  
 きっと相手がチャックだからだ。  
 子どもの頃からずっと仲良しで、同い年だけど弟みたいに思ってたこともあったチャック。  
 異性としては勿論、いろんな意味で大好きな相手だから、きっとどんなことをしても平気。  
 チャックとなら。  
 少し、勇気が出てきた。  
「…ッ、はぁ…っ……ルシル……!」  
 やっと唇が離れると、チャックは薄明かりの中でもわかるくらい顔を真っ赤にしてた。  
「ど、どうして……!? どういうつもり!?」  
 何から何まで、あたしに言わせるつもりだろうか。  
 この期に及んで場違いな言葉を繰り返すチャックに腹が立ったけど、そっちがその気なら  
あたしにも考えがある。  
「夜這いに来たの」  
 きっぱりと言い切ったあたしに、チャックはこれ以上は開かないというくらい眼を剥いてあたしを  
見つめ返した。  
 ……お望みどおり、あたしの口から全部言って、このヘタレの逃げ道を塞いでやるんだ。  
「抱いて」  
 
「無理ッ!」  
 …………殆ど考えず、反射的に出た言葉だろうけど、あたしは少なからず傷ついた。  
 そしてそれ以上に、むかついた。  
「無理……って…無理、ってどういう意味よ!!」  
「ル、ルシル、声大きい!」  
 チャックが慌ててあたしの口を塞ぐ。  
 ハニースデイの集合住宅の壁は薄い。  
 チャックの家には他に誰もいないけど、お節介な近所のおじさんおばさんが心配して押しかけて  
くるかもしれない。  
 …けど、どうしてもチャックのさっきの台詞は納得行かなくて、あたしは声を潜めながらも  
チャックを責め続けた。  
「…何が無理、なのよ! せめてもうちょっとましな断り方できないの?」  
 正直、断られても退くつもりはないんだけど。  
「それは…ごめん、びっくりして…………いや、だっていきなりだったし!」  
「いきなりじゃないわ。今までずっと、あたしは……」  
 待ってた。  
 その言葉をぐっと飲み込んで、あたしは少し声のトーンを落として無理やり心を落ち着かせる。  
「チャックは、嫌なの? あたしと……するの」  
 こんなこと訊くのはあたしだって恥ずかしいのに、チャックがまた初心な乙女みたいに顔を  
真っ赤にするから、余計に決まりが悪かった。  
 何も言わないチャックに、あたしは少し声を尖らせる。  
「こんな田舎出て行って、あたしのことなんか忘れて、ライラベルの女の子とさっさと経験  
しちゃうんだ」  
「そ…そんなつもりじゃないよ! ボクはただゴーレムハンターになりたいから……別に、そういう  
気持ちで決めたことじゃない!」  
 そんなことわかってる、バカ。鈍感。  
 でも、わかってたって苦しい。  
 実際チャックが純粋な気持ちでゴーレムハンターを目指してるのは誰よりも知ってるし、  
女の子を傷つけるような真似するわけないし、第一そんな度胸なんかない。  
 
 …だけど、チャックだって男だ。  
 見た目だけはいいから、ライラベルで魅力的な女の子に出会って誘われたりしたら…。  
 やっぱり、いつまでも理性が保てるとは思えない。  
 田舎娘の歪んだ偏見かもしれないけど、都会にはきっと色んな誘惑がある。  
 夢を追いかけて田舎からライラベルへ出て行って、そんな風になった人たちを、あたしは何人か  
知っていた。  
「…ルシル……こんなの……おかしいよ」  
「おかしくないわよ。…あたしは、チャックとこうしたいって思ってたの」  
「……は、初めて………なんだろ?」  
 あたしはチャックを睨みつけながら頷く。  
「………こういうのは……ちゃんと、好きな人とじゃなきゃ駄目だよ」  
 チャックの言葉に、あたしは悲しくなって俯いた。  
 ……やっぱり、ちっともわかってないんだ。  
 どうしてあたしが、こんなことしてるのか。  
 あたしが、好きでもない相手にこんなことする子だと思ってるんだろうか。  
 こんな時だけ妙に強情なチャックに思わず苦笑いしながら、あたしは口を開いた。  
「……昨日ね、村に来たベルーニから………言われたの。  
……そのうち、あたしにいい奉公先を紹介してやる、ってね」  
 チャックがぴたりと動きを止める。  
「うちも、お父さんいないから……今はなんとかなってるけど、また税が上がるっていうし、いずれは  
やっていけなくなるわ。…奉公の話は大分前から出てたんだけど、いよいよ現実味を帯びてきた  
感じね」  
「……ルシ…」  
「女の子がベルーニの元へ奉公に行って、どんな目に遭ってるか…聞いたことくらいあるでしょう?」  
 チャックの顔が、今度は真っ青になった。  
 奉公人なんて名ばかり。ベルーニにとって人間は労働力でしかなく、中でも若い女は、ただの  
道具くらいにしか思われていない。  
 トゥエールビット辺りには分別のある上品な貴族もいるらしくて、そこへ行くことが出来れば  
まだましかもしれないけれど、その可能性は低い。  
 あたしを待っているのは、きっと地獄だ。  
 
「だから、抱いて。あたし………はじめてがそんな奴らだなんて、嫌」  
 チャックは明日、村を出る。  
 ゴーレムハンターになる為に。そして、あたしから、大切な人たちから逃げる為に。  
 チャックの、自分が疫病神だという思い込みは強くて、どんなに止めても村を出る決意は  
変わらなかった。  
 なら、せめて。  
「……あたしの、はじめてになって」  
 今度は押し倒した体勢のまま、チャックにキスをする。  
 やっぱりチャックは拒もうとしたけど、あたしはしっかりチャックの首に抱きついたまま離れなかった。  
 さっきよりも深く、ねっとりと口付けると、僅かに唇が離れるたびにちゅ、と濡れた音が響く。  
 その音が生々しくて、ああ、あたし今チャックとこんな恥ずかしいことしてるんだ、って実感して、  
ドキドキしてきた。  
 チャックの抵抗はさっきよりも弱まって、その分あたしは行為に没頭することができた。  
 生まれて初めてのキスは、一方的なのが少し悲しかったけど、だんだんその柔らかさと温かさが  
嬉しくなって、気持ちいいとまで思えるようになってきた。  
 チャックはあたしから逃げるように、もぞもぞと布団の中で体を動かした。  
 多分、あたしの胸や太腿が当たっているのが恥ずかしかったんだろう。  
 キャミソールにお尻ぎりぎりのショートパンツという薄着で、ブラジャーも着けてないから、  
あたしの肌もチャックの体温を感じていた。  
 実を言うと、チャックがその気になるようににわざと密着してたんだけど、効果があったらしい。  
 その証拠に、あたしの足にもさっきから硬いものが当たってた。  
「……脱がせるね」  
「え…っ」  
 唇を離して、チャックが固まっている間に、あたしはチャックの寝巻きのボタンを外し始めた。  
 
「ちょっ…!」  
 チャックは慌てた声を出したけど、当然あたしはそれを無視する。  
 全部ボタンを外して前を開くと、意外と筋肉質な体が現れた。  
 チャックは小柄な方だけど、ゴーレムハンターになる為、大型のARMでも扱えるように鍛えて  
いるんだと言っていたのは嘘じゃなかったみたい。  
 もっと貧弱かと思ってたから、そのギャップに不覚にもどきっとしてしまった。  
「うぁ…!」  
 殆ど無意識に、あたしはチャックの腹筋を撫でながら、小さな乳首に吸い付いていた。  
 半分熱に浮かされてるみたいな気持ちで、羞恥心をかなぐり捨てるしかなかった。  
 そうでないと、きっと前へ進めない。  
「ルシル…! 駄目だって…!」  
 口ではそう言いながらも、男の本能からか、チャックはさっきのように逃げようとはしなかった。  
 …もう、それでもいい。  
 本当はチャックの方からしてほしかったけど、こうして大好きな人に触れられるだけで良かった。  
 チャックは、あたしのことを好きでいてくれてる。でも、あたしを不幸にしたくないから自分から  
こんなことはしてくれない。  
 半分、諦めにも似た気持ちだった。  
「あ…」  
 硬くしこり始めた乳首を何度も舌で撫でると、チャックが女の子みたいな声をあげる。  
 …いやらしいって思われてるだろうな。  
 でも実際、今あたしは凄くいやらしい気持ちだった。  
 チャックが感じてくれてるのが嬉しくて、もう片方も指先で軽く摘む。  
 男の子でもここが気持ちいいんだな、と頭の中で妙に冷静なもう一人のあたしが呟いて、  
なんだか自分で自分がおかしかった。  
 
 しばらくこれを続けていたいっていう気持ちもあったけど、あたしたちに残された時間は少ない。  
 あたしはそっとチャックの股間に手を伸ばすと、薄い寝巻きの上からそっとそこを撫でた。  
「うわ!」  
 チャックは驚いてひっくり返った声をあげたけど、実は驚いていたのはあたしも同じだった。  
 そこは、思ったよりも硬くて大きく膨らんでいて、思わず一瞬手を引っ込めてしまう。  
 怖くないって言ったら嘘になる。  
 でも、もう決めたんだ。あたしは意を決してズボンに手をかけると、下着ごとそれを下ろした。  
 一度、ズボンのゴムが途中でひっかかる感触があった。  
「ルシルッ…」  
 チャックがあたしを止めようとしたけど、やっぱりもう行動に移すことは出来ないらしい。  
 あたしは膝までズボンを下ろすと、思わずそこにまじまじと見入ってしまった。  
 こくり、と唾を飲み込んだのが聞こえちゃったかもしれない。  
 子どもの頃に見たそれとは、色も形も全然違う。  
 十年くらい前、一緒にお風呂に入った時以来に見たチャックのそこは、もう大人の男のものだった。  
「大っき……」  
 思わずあたしが漏らした声に、チャックは真っ赤になって首を振った。  
 こんなものがちゃんと入るんだろうか、と不安が頭をちらりと掠めたけど、でもやっぱり引き返す  
つもりはなかった。  
 初めての相手はチャックがいい。チャックじゃなきゃ嫌だ。  
 
「あっ……!?」  
 チャックの股間に顔を伏せて、あたしは立ち上がっていたチャックのものを口に含んだ。  
「うあ、ルシル、駄…ッ!」  
 これ以上チャックの「駄目」を聞きたくなくて、あたしはそれを吸い上げてチャックの言葉を封じる。  
 しょっぱいようなちょっと苦いような、変な味がした。  
 どこをどうすれば男の子が気持ちよくなるのかなんてわからないけど、とにかく闇雲に舌を  
動かしながら吸い付く。するとその感触だけでも気持ちいいのか、チャックの口から差し迫ったような  
うめき声が洩れた。  
「う、くぅっ…! ルシル…あ…!」  
「ふ…、っ、んく…」  
 こうして口に含んでいる間も、チャックのものはどんどん大きくなってきて、息苦しい。  
 あたしの唾液とは違う液体が口の中を満たしてきて、ぐちゅぐちゅ、といやらしい水音が響きはじめ、  
変な味は益々強くなっていく。  
 必死に奥まで咥えこんでいると、何度か嘔吐感すら感じた。  
「も、もう…出るッ……」  
 チャックのか細い声を聞いて、あたしはようやくそこから顔を上げた。  
 何度か咳き込んで肩で息をしていると、チャックが今にも泣きそうな顔であたしを見上げてきた。  
「ル……シ、ル……」  
 じっとりと濡れて立ち上がったチャックのものは、可哀想なくらいに震えている。  
 もう自分が拒んでたことも忘れたみたいに、おなかを空かせた捨て犬のような目でじっと  
あたしを見る目が、なんだかいとおしかった。  
「もう少し待って…チャック」  
 あたしはそう言うと体を起こして、自分のキャミソールに手をかけた。  
 チャックの視線を感じながら、ゆっくりと、震える手でそれを脱ぐ。  
 本当は灯りを消したかったけど、そんなことしたら暗所恐怖症のチャックはパニックになっちゃって  
それどころじゃなくなるだろう。  
 今まで仕掛けたどんな行為よりも、勇気が必要だった。  
 あたしはなるべくチャックと目を合わせないようにしながら、腰を浮かせてショートパンツとショーツを  
一緒に脱いだ。  
 今まで無我夢中だったから自分では気付かなかったけど、あたしのそこはぐっしょりと濡れていて、  
ショーツが軽く糸をひいてしまった。  
「……」  
 チャックがあたしの体を凝視している。  
 自分から望んだことなのに、恥ずかしくて死にそうだった。  
 
「ルシルッ…!」  
 その時、突然チャックが飛び起きてあたしの体を抱きしめた。  
「え…」  
 咄嗟に動けないあたしをぎゅっと包み込む腕は、鍛えているだけあって力強くて、硬かった。  
 チャックは小柄だし、あたしはどっちかっていうと背が高い方で、体格差なんてあんまり感じたこと  
なかったけど、やっぱりチャックの体つきはあたしと全然違ってて、男の子なんだって改めて思う。  
「ボク……ボクは………」  
「…チャック」  
「……ごめんッ!」  
 チャックはそう言って、あたしの体をベッドの上に組み敷いた。  
 さっきあたしがチャックにしたみたいに、片方の胸にしゃぶりつきながら、もう片方の胸を揉み始める。  
「んっ…!」  
 今まで必死で自分を抑えてたのかもしれない。手に加わる力はびっくりするほど強くて少し痛かったけど、  
チャックの方から触ってくれたことが嬉しかった。  
 きっと、チャックは終わった後で散々後悔するだろう。  
 あたしから誘ったのに、あたしを傷つけたって思い込んでまた落ち込むかもしれない。  
 それをわかっていながら、あたしはチャックの頭を強く抱きしめ返した。  
 箍の外れたチャックの手つきは、性急だった。  
 忙しなく胸を揉んでから、あたしの下半身に手を伸ばして、濡れそぼった割れ目に指を潜りこませる。  
「ひゃ…!」  
 痺れるような快感が、頭を突き抜けた。  
 閉じていた割れ目の中、膨らんで尖った場所を細くて長い指で探り当てると、そこをつまんだり、  
何度も指先を往復させたりしながら、チャックは感動したようなため息混じりの声で囁く。  
「凄い…濡れてる」  
「んっ……あ、へんっ…なこと、言わないで……!」  
 抑えても抑えても洩れ出る喘ぎ声が邪魔をして、上手く喋れない。  
 
 チャックは音をたてて息を飲むと、そこから指を離して、両手であたしの腰を掴んだ。  
 そして指の代わりに、最初よりも一回り以上大きくなった硬くて熱いものを押し当てる。  
「ひ………!」  
 とっくに覚悟してた筈なのに、何故か怯えたような言葉が出てしまった。  
 それを聞いたチャックはハッとして、少しだけいつもどおりの表情に戻ってから不安そうにあたしの顔を  
覗きこむ。  
 怯えてるって思われたくなくて、あたしは思わず叱り付ける様な声で取り繕った。  
「このくらいで怯まないで。男でしょ!」  
「…、でも……」  
 チャックは荒い息を吐きながら、一生懸命自分を押し止めてるみたいだった。  
「本当に………ボクが相手でいいの?」  
 いたわるような目が、あたしの胸に刺さった。  
 どんな時でも、チャックは優しすぎる。  
 あたしはチャックのそういうところが好きで、同時に臆病なところが少し憎たらしかった。  
 でも、嫌いじゃない。  
 むかつくこともあるし、イライラすることもあるし、呆れる事だってしょっちゅうだけど、チャックのことを  
嫌いだなんて思ったことは一度もない。  
 あばたもえくぼ、ってわけじゃないけど、むかつくところもイライラするところも呆れるような鈍感さも、  
あたしは好きなんだ。  
 だから。  
「……いいの」  
 ほんの少しだけずれた場所に押し当てられていたそれを、自分で腰を動かして位置を修正して、  
あたしは頷いた。  
「………来て」  
 絶対後悔なんてしない。  
 
「うっ……ぐうっ……!」  
 痛いなんてもんじゃなかった。  
 結構濡れたから大丈夫かな、なんて思ったけど甘かった。  
 中に入ってきたそれは、見た目よりも何倍も大きく感じる。  
 めりめりと音をたてて裂けてしまいそうなのは、ただの錯覚なんだろうか。  
 泣くまいと密かに心に誓ってた筈なのに、大粒の涙が目尻を伝った。  
「…ルシル……!」  
「……平気……いい……続けて……!」  
 本当は平気じゃなかったけど、チャックに心配されるとつい意地を張ってしまうのがあたしの悪い  
癖だ。  
 チャックは申し訳なさそうなをしながらも、もう止まらなくなったみたいだった。  
 あたしの肌を撫で、あちこちにキスをして、腰を進めてくる。  
「う、ああっ……!」  
「…くっ…ごめん…ルシル、ごめん……!」  
 謝ってほしくなんかない。  
 旅立つチャックに重荷を背負わせるのはあたしの方だ。  
 痛くて悲しくて、あたしはただ必死でチャックにしがみついた。  
「ん、う……! チャック……きもち、いいッ…?」  
 あたしの体を突き上げながら、チャックは何度も首を縦に振った。  
 それだけで、あたしの痛みもほんの少し救われるような気がした。  
 あたしの中で、あたし意外のものが揺れて、擦れてぶつかる。すごく不思議な感じだ。  
「あ、んっ……あ……!」  
 痛みとは別に、何か別の感覚がこみ上げてくる。  
 身体が、物凄く熱い。頭がくらくらする。  
 今まで経験したことのないそれが快感なのかどうかよく分からなかったけど、でも、嬉しいっていう  
気持ちだけは確かだった。  
「くっ、あ……! もう……!」  
 チャックは体を震わせて、搾り出すような声で呻いた。  
 咄嗟にそれを引き抜こうとしたみたいだけど、間に合わなかった。  
 
「ああっ……!!」  
 あたしの中で、生暖かくてねっとりした液体が弾ける。  
 それより一瞬遅れて、ずるり、と抜かれる感触。  
 そこに目を向けると、白い液とあたしの血で汚れたチャックのものが見えた。  
 あんなに痛かったのに、あたしの中からそれが出て行くのが少し惜しいような、切ない気持ちだ。  
「………ごめん…………」  
 もう一度呟かれたチャックの言葉にゆっくり首を振って、あたしは急速に意識を手放した。  
 
 
 
 どのくらい眠っていたんだろう。  
 眼を開くと、窓の外はうっすらと明るくなりはじめていた。  
 …いけない。母さんが起きる前に戻らないと。  
 あたしは慌ててベッドから飛び起きようとしたけど、体の奥に残る痛みと違和感に思わず  
うずくまってしまった。  
「…大丈夫かい……?」  
 心配そうなチャックの声に顔を上げると、チャックはもう服を着て、ベッドから少し離れたソファーに  
座っていた。  
 あたしは焦って布団で体を隠してから、そっとその中を覗き込んで自分の体を眺めた。  
 チャックに強く掴まれたところが、ほんのり赤くなっている。  
 でも汗や下半身の汚れはきれいに拭かれていた。あたしが寝てる間に、チャックがちゃんと  
後始末してくれたらしい。  
 …こういうことを、いつかあたし以外の女の子にするようになるのかな。  
 
「ずっと、そこにいたの?」  
 ソファーの上で俯いているチャックに訊ねると、チャックは黙って頷いた。  
 あたしの寝姿を見ながら、自己嫌悪に頭を抱えるチャックの姿が目に浮かぶようだった。  
「後悔してる?」  
 その問いには、チャックは首を振る。  
 でも多分これは、あたしを傷つけないための嘘。  
 本当は物凄く後悔してる。そんな顔してた。  
「……ごめんね」  
 ゆうべはチャックの口から聞きたくないと思った言葉を、今度はあたしが口にする。  
 チャックは悲しそうに下を向いたまま、また首を振った。  
「…謝るのはボクの方だよ」  
「どうして?」  
「……君にこんな辛い思いさせたくなんかなかったのに」  
 じゃあ、村を出て行くのなんかやめればいいのに。  
 チャックがいなくなってしまうことの方が、あたしは何倍も辛い。  
 そう言いたかったけど、言っても無駄だったいうのはわかっていたし、いろんな意味で凄く  
疲れてたから、あたしもゆっくり首を振った。  
「それに、その…………ボク……中に……出したし」  
 口篭りながら、チャックが顔を赤くする。  
「…平気よ。安全日」  
「……本当?」  
「うん」  
 嘘だった。  
 危険日ってわけでもないけど、可能性はある。  
 でも、あたしはそれでも構わなかった。  
 どんなに辛くたって、一人で産んで育てるのも悪くない。  
 そうしたら、奉公にだって行かずに済むかもしれない。  
 チャックの子供、かわいいだろうな…と、ぼんやり妄想までしてしまう。  
 
「……やっぱり今日、出て行くの?」  
 あたしが訊ねると、チャックは暗い顔で頷いた。  
「早い方がいいんだ。できるだけ」  
「………そう」  
 心がからっぽになったみたいな気がした。  
 
 …あたしたちは、ここで終わるんだ。  
 なにも始まってはいないけど、もうきっと無理だ。  
 お互い大好きなのに、それだけじゃ駄目なんだ。  
 涙が溢れそうになるのを、あたしは一生懸命我慢する。  
 こんなバカの為に、泣いてなんかやるもんか。  
 何度も止めたのに。こんなに勇気を出したのに。  
 こんな奴、最低だ。でもやっぱり嫌いになれない。  
 
「……ルシル」  
 呼ばれて、あたしが顔を上げると、チャックは少し寂しそうに笑っていた。  
「…ボク、忘れないよ」  
「……」  
「ゆうべのこと、一生」  
「………当たり前でしょ」  
「……ありがとう」  
 ごめんって言われるのはもう沢山だったけど、ありがとうっていう言葉も辛かった。  
 胸が締め付けられるみたいに苦しくて、あたしはベッドに顔を埋める。  
 チャックの匂いがした。  
 …子どもの頃は、一生一緒にいるんだって当たり前のように思っていた。  
 チャックが少しでも勇気を出してあたしに手を伸ばしてくれたら、あたしは喜んで疫病神の  
お嫁さんになったのに。  
 
 また昔みたいに、チャックと笑い合えるようになるんだろうか。  
 …いつか、チャック以外の誰かをこんなに大切に思う日が来るんだろうか。  
 今はまだチャックのことで胸がいっぱいで、別れが辛くて悲しいばかりだけど、俯いてばかりは  
いられない。  
 そんな人に出会えたら、今度はちゃんと言うんだ。  
 あたしのことを守ってください、って。  
 でも、きっと…あたしも一生、初めて好きな人に抱かれた日のことは忘れられない。  
 何があってもずっと、チャックが大好きだ。  
 あたしはゆっくりと顔を上げると、チャックに笑顔を見せた。  
 
 
 終  
 

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