拳が見事、みぞおちにヒットした。  
草むらに吹っ飛んで仰向けに倒れたところに、上から胸を踏まれて刃を突きつけられる。  
刺されないとわかっていてもうれしくない。  
「実戦なら、今日だけで2回死んでいるな。」  
冷たい声…わかってるさ畜生。実際、切り傷打ち身はとっくに無数だ。  
腹の底から酸っぱいものが上がってくる。  
「…吐くぞ…」  
言いながら脚を叩く。ひょいと脚がどいた。  
俺はゼロットの前で四つん這いになって黄水を吐いた。  
「グリフター、吐き終わったら続けるぞ。」  
平然と言い捨てて、彼女は背を向けた。  
俺は口元を手で拭い、その手は草になすりつけた。グリフターか。  
俺をそう呼んだ赤毛美人の、ヒーロー学校に入学したほうがよかったかもしれない。  
 
team7の頃もグリーンベレーの頃も、これほどノされた事はない。しかも連日だ。  
長年かけて彼女が得たものを全て移し替えるつもりらしい。  
きたえればモノになる、と言ったって限界があるだろうと思うのだが、ゼロットは全く容赦しない。  
文句でも言おうものなら  
「男にしては見どころがあると思ったのだが。」  
で終わり。…もっとも、文句言う暇があったのは初日だけだった。  
2日目にはあざだらけになり、3日めには初めて吐き、4日めには血尿が出た。  
このほとんどが治らないまま、戦闘訓練が続く。想像してみろ。  
治療法は当然知っているし、出来ることはすべてやったが、怪我の量が追いつかない。  
ゼロットは平然としている。俺の攻撃で擦り傷とあざくらいは作っているが、そんなのは何でもないらしい。  
まあ、露出の多い格好で戦闘訓練やる女だからな…その格好が困りものなんだが。どうしても、攻撃を手控えてしまう。  
ってのは言い訳か。でもなあ、その格好で蹴りとか出されると、どうもくだらない事を考えるわけで。  
いや、そんな事考える余裕がでてきたと言うべきか?  
しかし、実際は余裕どころじゃない。  
 
後ろをとられた。まずい、と思った時には左腕を背中にきめられていた。  
彼女の腕が首に巻き付き、容赦なく締め上げてくる。  
右肘を後ろにたたきこみながら、思い切り体を前に倒した。  
ゼロットの体が、腰車に乗って俺の背中を越えた…同時に嫌な感触が俺の左腕に伝わった。  
しまった。  
空中で体をひねって脚から着地したゼロットも、異常に気づいたらしい。  
「大怪我をしないように手加減していたのだが。」  
そう言いながら近づいて来る。  
左の前腕部、骨が皮膚をやぶって飛び出している。開放骨折。ここまで派手な怪我はさすがに珍しい。  
「手加減してこれかよ。」  
「おぬしの反応が早かったせいで手を離すのが遅れた。」  
じゃ、俺の動きにゼロットがついてこられなかったって事か。ちょっと気持ちいい。でも痛いものは痛い。  
テントに戻って手当。珍しくも(と言うか初めて)ゼロットがやってくれた。  
きちんと麻酔を打って、骨を整復固定して、ギプスを肘上から手のひらまで装着。  
腕を出して、されるがままになってると、目蓋が降りてくる。  
このまま眠ったら怒るかなあ、ここゼロットのテントだし。  
そう言えば、ゼロットのテントに入ったのも初めてだ。  
「一眠りしてから自分のテントに戻れ。」  
手当を終え、抗生物質のカプセルを一山置いたゼロットが言った。  
おや、怒らない。これ幸いと、俺は頭を落として目を閉じた。  
 
一時間くらい眠っていたと思う。目をあけると、水を張った洗面器とタオルが置いてあった。  
ゼロットは前開きのシャツとワークパンツに着替えて、隅のマットレスの上に座っている。  
「顔と手くらい拭け。」  
「こりゃどうも。」  
片手で不自由だが、顔を拭くとタオルが真っ黒になった。手を洗ったら水が真っ黒だ。  
「食べ物はそっちだ。」  
顎をしゃくるほうを見ると、温めた軍用食料が用意してある。ありがたくて涙が出るね。  
「あんたは?」  
「食べた。」  
あ、そ。…一緒に食べたいとかじゃないが。いや、食べたいけど。  
食べるなら、この訓練期間を終えて、都会に戻ってからだ。思いっきり高級なレストランへ行くのもいい。  
ゼロットがドレスアップしたら、すごい美人ができる。…ドレスアップしてくれるのか、という疑問は放っておく。  
でも、このルックスとスタイルだぜ?色々と想像してみたくもなる。今のゼロットは変に親切だし。  
せっせと片手で食べながら、ためしに言ってみる。  
「訓練期間が終わったら、うまいものでも食べにいかないか?いい服着てさ。」  
「いつ終わるかわからんが。」  
「でも、少しは良くなってきてるだろ。この腕だって、俺の動きが早かったから折れたわけで。」  
「折れないようにするのが正しかろう?」  
そう言われると反論できない。仕方無く続きを食べ始めた俺にゼロットが言った。  
「すまなかった。」  
…聞き間違いかと思った。  
「は?」  
 
「すまなかったと言っている。私の反応が遅れたためにおぬしの腕を折ってしまった。」  
「…いや、実戦では手加減なしだろ?今は変な手加減が必要だからそうなっただけで、加減してなきゃ首が折れてるさ。」  
ゼロットは答えない。じっと、座った先の床を見ている。  
「グリフター、手加減が必要なのが困るのだ。…私の選択は間違っていたのか?」  
何の選択だ、と言いかけて気づいた。  
ゼロットは、俺を鍛えることにしたのが間違いだ、と言っているのか。  
怒りに血の気がひいた。  
「ふざけんな。このコール=キャッシュ様はどんな地獄でも耐えてきたんだ。  
腕一本くらいで、はいダメでした、なんて言われてたまるか!」  
気づいた時にはゼロットの肩を両手でつかんで思いっきりゆさぶりながらわめいていた。  
…両手で思いっきり。俺、ばか?  
「…痛くないのか?」  
心底不思議そうに、ゼロットが俺の左腕を見ている。  
「…いてー。」  
「治らんぞ。続けたいなら腕を早く治せ。」  
ゼロットの手が、俺の左手をつかんだ。ギプスから出てる指先を。  
 
俺はその手を、指先で握り返した。  
「続けるに決まってるだろ。」  
「そうか。…私も、おぬしに怪我をさせるのは本意ではない。」  
それなら。俺がやらなきゃいけないのは、互角に勝負できるまで腕を上げることだ。  
「二度とないようにする。」  
そう断言して、俺はゼロットの目をのぞきこんだ。血尿くらいはあると思うが黙っておこう。  
髪と同じシルバーブルーの目がきれいだと思った。  
そのまま、痛くないほうの手でマットレスの上に押し倒す。ゼロットが眉を吊り上げた。  
構わずに、唇を唇に押しつける。  
すぐに離して、反応をうかがう。破門だったらどうしよう、と思わないでもない。  
「元気なことだ。」  
怒っているのかいないのか、口調はいつもと変わらない。  
「違うな。断末魔の疲れマラって奴だ。」  
「…下品な。」  
さすがに眉をしかめて、俺を押し戻そうとする。  
「冗談だって。」  
答えながら、腰を押しつける。やっぱり下品か。でも、したいもんはしたい。  
いや、ちょっと違う。俺はゼロットに喜んで欲しいんだ。  
 
ゼロットが変に親切だったのは俺の腕を折ったから。  
でも、腕が折れたのは俺が未熟だから。  
彼女の信頼を裏切った自分にものすごく腹がたつ。  
見捨てられたらどうしようとも思う。  
…なんでこんなに気持ちがぐるぐるするんだろう。  
ゼロットのそばにいたい。隣りにいたい。…守りたいというのは無理だけど、何かの役にたちたい。  
単純に言えば、俺はゼロットに惚れてる。めろめろになってる。  
 
さて、それを伝えるのにこの状況は正しいもんだろうか。  
このままやらせろで押し通したら、果てしなくまずいだろう。  
「少し、このままで居させてくれよ。」  
腰だけじゃなくて全身を押しつけ、力を抜きながらためしに言ってみる。  
さすがに眼を見て言うのは恥ずかしいので、ゼロットのこめかみに額を押しつけて。  
出ていけと言われたら情けないなあ、S.H.I.E.L.D.にばれたら面目丸つぶれだな、明日からどうしよう。  
くだらない事を考えながらじっとしてたら、ゼロットのため息が聞こえた。  
手が俺の頭を、ぽんぽん、と叩いた。もう片方の手が、背中にまわされた。  
用心しながら――役にたたないとは思うけど――右腕をゼロットの肩にまわす。左腕は投げ出したまま。  
引き締まったボディの力が抜けているのがわかった。今のところ破門の心配はなさそうだ。  
力を入れて抱きしめながら、こめかみに頬にキスをする。苦笑混じりにゼロットが言う。  
「このままではなかったのか。」  
答えず、今度は遠慮なく唇にキスをする。軽く舌で舐めると、素直に唇が開いた。  
頭が沸騰した。  
 
左腕がうまく使えないのがもどかしい。舌を突っ込みながら、右手でシャツのボタンをはずす。  
ガキじゃあるまいし、がつがつするのは格好悪いと思わないでもないが、止まらない。  
両肩をむきだしにさせ、右手で、下着をつけてない乳房をつかむ。  
遠慮せずに手いっぱいにつかんで、乳首がとがってくるのを確かめる。柔らかい肉がふくらんでくる。  
唇を離して、首筋を吸いながら下へ這わせていく。  
ゼロットが何か言ってるけど無視。したら、頭をぺし、とはたかれた。しぶしぶ顔をあげる。  
「ん?何?」  
「ザナーだ。ゼロットはコードネーム。本名はザナー。」  
…本名?なんでそんな事をここで、と怪訝に思ったのが顔に出たのか、ゼロット――ザナーが苦笑した。  
「呼んでいたぞ。気がつかなかったのか、コール。」  
「…気がつかなかった。」  
思わずオウム返し。自分が何してるかわからないくらい沸騰中らしい。少し冷静になれ俺、と思ってから気がついた。  
「なあ、今、コールって呼んだか?」  
「ああ呼んだ。」  
笑いを含んだ口調で彼女が答えた。…初めてそう呼ばれた、と思う。なんだろう、それだけですごくうれしい。  
俺の名前を呼んだ唇に、今度は優しく口づける。ゆっくり下唇を吸ってから、舌をからめる。  
量感のある胸から滑らかな脇腹、くびれた腰を手の平でなで回す。彼女の身体が小さく震える。  
 
彼女の腕が柔らかく、俺の背中を抱く。  
この腕には殴られたり突き倒されたり締め落とされたり。なのに、今はとても柔らかい。  
脚も、蹴りを繰り出してくる速さからは想像できないくらいゆるやかに動いて、俺にからみついてくる。  
身体をこすりつけながら、互いに服を脱がせあう。  
くびれた腰からさらに下、形良く盛り上がったヒップを存分に撫でまわす。  
左手で頭を抱いてキスしながら、脚の間に指を滑り込ませる。  
彼女の指が俺の腰に爪をたてる。自分へ引き寄せるように。  
もう片手が太股から前へまわって、立ち上がっている俺を軽くつかんだ。それだけでいきそうだ。  
答えるつもりで、彼女の敏感なところを探る。  
指先でつつくと、小さなあえぎ声を漏らしながら、彼女の腰が浮いてきた。同時に強く握られた。  
「そんなに握られたら、すぐいっちまう。」  
気を逸らそうと思って冗談交じりに言うと、艶っぽい目でにらまれた。で、手が離れた。  
代わりに、脚が俺の腰に巻きついて、ゆっくりと動き始めた。  
指をすすめて、既に濡れて開いているところへ潜らせると、腰の動きが大きくなった。  
太股にこすれて、俺も興奮してる。やっぱりこのままいきそうだ。  
こすられているせいだけじゃない。  
俺の下で身体をくねらせてあえいでいる全裸の彼女が、全ての感覚を刺激する。  
強靱な筋肉をおおう白い肌。  
首から胸の盛り上がりを舐める。わずかな汗の味。  
指を締め付けてはゆるむ、熱く濡れた肉。  
切れ切れに漏れるうめき声。  
中で動かしてる指を二本に増やす。  
彼女の腰がはねあがるように動いて、指を奥へ吸い込もうとする。  
無理に指を引き抜き、追いかけて持ち上がってくるところへ、自分の勃ちあがったものを押しつけた。  
ぬめる肉と肉をこすりあわせる。  
固くふくらんだ花芯にあたると、甘い声があがった。  
ギプスをつけた腕を腰の下に突っ込んで持ち上げる。ぴんと張り切った太股が大きく開く。  
右腕で肩をつかんで、腰を進める。  
 
…あれ?  
次の瞬間、俺は見事仰向けにひっくりかえされて、上から見おろされてた。  
シルバーブルーの目がいたずらっぽく光ったような気がする。  
あっと思った時には、彼女の腰が俺を根元まで飲みこんで動き始めてた。  
紅く色づいた唇が軽く開き、汗で髪が額にはりついてる。腰の動きにあわせて胸が揺れる。  
…たまんねえ。  
見てるだけでもいきそうな光景だってのに。  
きつく締めつけながらこすられて。  
つながった所から音がして。  
汗が俺の胸にしたたり落ちて。  
右手をのばして乳房を思いっきりつかむ。  
もっと、というように彼女が背中を反らせた。揉みたてながら、左手の指で脇腹を撫でる。  
ギプスがなけりゃ、腰をつかんで揺さぶってるところなのに…惜しい。いやそんなこと考えてる場合じゃない。  
歯をぎりぎり食いしばって、下から腰を突き上げる。  
彼女が短い声を続けざまにあげた。太股が俺の脇腹を締めつける。  
両手を俺の胸につき、爪をくいこませながら腰を大きくひねる。  
…限界だ。  
ほとんど同時に、力の抜けた身体が俺の上に崩れ落ちてきた。  
 
荒い息を吐きながら、そのまま重なっていた。つながったまま。  
下から腰を抱いて汗ばんだ背中を撫でると、気持ちよさそうな喉声が答えた。  
耳の後ろを、ぺろりと舐められる。猫みたいだ。なんて言うと怒られるに違いない。  
背骨のでっぱりを数えて遊んでいるうちに、つながっていたのが抜けた。なんか残念。  
んん、と、うなりながら、彼女が片腕をついて身体を転がした。  
ギプスのすぐ上を枕にするように寝そべって、気持ちよさそうに目を閉じている。  
空いた手をのばして、胸を軽くつかむ。  
身体が柔らかくくねって、押しつけられる。  
しばらくこのままでいようと思った。本当に、このままで。  
彼女の腰を抱いて、息を首筋に感じて、脚と脚をからませて。  
明日からはまた、蹴り飛ばされて殴られて傷だらけになるんだろうけど。  
 
終  
 

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