サルサが忠治と行動を共にするようになってから、早くも数か月が過ぎた。
その頃、サルサは身体に今までにない変調を感じる事が多くなっていた。
「熱っぽいだって? 腹でも出して寝てたんじゃねェのかい」
「そんなんじゃないのだ。何と言うか、こう……」
集中力がなくなって、何かを一心に考えているようで気付くとぼんやりしている。
「それに何だか顔が火照って、身体の芯がじんわり疼くみたいで……」
不調を具体的に説明しようとして、我ながらあやしい単語の羅列に
サルサは一瞬言葉に詰まってしまった。
「忠治……もしかしてこれ」
「自分で気付いたみてェだな……。そりゃあ、発情期だろう。
……今さらそんな事聞いてよ、サルサお前まさか」
「……っ!!」
今まで発情期になったことねェのか? と問われて、途端に
サルサの顔が火が点いたように真っ赤に染まる。
絶句してしまったサルサを忠治が促し、サルサは言いよどみながら説明を続けた。
「……三月のトコにいた頃、それっぽい感じになった事は何度かあった……。
でもその時は、ちょっとときめいただけですぐに治まってたのだ。
こんなに長い時間、身体が熱いのは初めてなのだ……!」
不安げに言うサルサを、忠治は腕を組んで見ている。
「その調子じゃ、自分で治める方法も知らねェのか」
「そんな方法があるのか、忠治」
忠治の溜め息混じりの科白に、サルサははっと顔を上げた。
「教えろなのだ! 熱くて……苦しくてたまらない……!」
「しかしなァ……」
食い下がるサルサに、忠治は取るべき態度を決めかねているように見えた。
その間も、どうしようもない熱はサルサの身体を苛んでいる。
サルサは焦れ、頼みの綱ともいえる忠治を急き立てた。
「教えろなのだ! 頼むから忠治!」
「……教える事に別に異存はねェが……」
それ相応の覚悟は、出来てるんだろうな?
殆どすごんでいるかのような忠治の声は低く、ひどく性的な色を帯びていた。
けれどサルサはその場に漂いはじめた隠微な空気に気付く事もなく、
むしろ助かったとばかりに嬉々としている。
「良かったのだー。忠治、早くその方法を……」
そう言って忠治の方に向き直ったサルサは、忠治の野性を取り戻した瞳に
射抜かれたようにぴたりと動きを止めた。
「俺の目を見ていろ……サルサ……」
「……!」
釘付けになった視線が、忠治に同調(シンクロ)させられて行く。
甘い眩暈に目の前が暗くなったと思った瞬間、閃光が走り
サルサは知らぬ間に人型に変身させられていた。
力の入らない身体を、浅黒い肌をした白いメッシュの髪の男に抱き留められ、
サルサは忠治が人型に姿を変えられる事を、その時初めて知った。
ぼんやりと霞みが掛かった頭ではその事を深く追求する気にもなれず、
背後から抱きしめられる腕に、されるがままに身を預けていた。
「いいかサルサ……こうやるんだ……」
後ろから腕を廻して来る男の膝に座らせられるような格好で、
ゆっくりと脚を広げさせられる。
広げた脚の中心にあるものの存在を普段は意識した事などなかったけれど、
忠治の指がサルサの手を掴み、導かれて自分で触れたそれは
ある硬さを持って、ゆるやかにたちあがっていた。
「あ……」
触れた指先にも触れられたその部分にも、どちらにも変わらないくらいの
衝撃を感じて、サルサは思わず短い声を上げた。
「驚いたか?」
反射的に引っ込め掛けた指を許さず、男は耳元でかすかに笑みを洩らした。
「そのまま、擦ってみな。……そう、最初はゆっくりとだ」
返事が出来ないでいるサルサに、忠治はそこに触れたままのサルサの手に
自分の指を重ねて、そっと前後に動かしはじめた。
上下を親指とそれ以外の指とで包まれて擦られ、それは見る間に角度と
硬度を持ってそそり立って行く。
比例するようにサルサの呼吸が速さを増した。
何度目かに先端に程近いくびれの部分をくいくいと扱かれると、
思わず甘い声が洩れ、サルサの腰がびくびくと震えた。
まだ幼さを残した身体は、そうして歓んでいる事をすぐに男に知られてしまう。
「ココが悦いのか……? え、サルサよ」
「ん……あ……っ!」
その反応の良さに、忠治はあっという間にサルサの感じるところをを把握する。
「……そんなら、こうしてココをもっと細かく擦るんだ……」
ポイントを抑えた愛撫を施され、、サルサはとろけるほどの快感に
全身を絡め取られてしまったようだった。
「ああ……! ああ……ッ」
「こんなに硬くしちまってよ」
耳元に時折吹き込まれる囁きも、もう直接的な刺激になる。
それは抵抗なのか、それとも哀願なのか、サルサは立て続けに与えられる刺激に
身を捩じらせ、自分を膝に乗せた男の胸板に後ろ髪を擦りつけて
はじめての快感に喘いでいた。
「は……あ……っ……忠治……! もう、もう……!」
あまりの身体の熱さに、どうしようもなくてサルサは男に助けを求めた。
ただでさえ発情期の火照りをもてあましていたのに、その上
こんな刺激を与えられて、身体は限界に近づいている。
このまま昇り詰めれば自分は一体どうなってしまうのか、
サルサには見当も付かなかった。
「忠治……っ。怖いのだ……!」
「何が怖い事があるもんかい……。さっさと悦くなっちまいな」
低く掠れた声が耳元で言い、自身を擦り立てている指の動きを速くされて
サルサの声が湿った色を帯びた。
「んん……ああ……ッ…!」
それは頂上が近づいたしるしだったけれど、サルサには無論わからない。
鼓動があふれ躍り、急激に昇り詰めていく感覚に男の手を押し留めようとして、
サルサは今更のようにある事に気付いた。
サルサの右手は、はじめに導かれた時のまま自身を握りしめている。
サルサの手を上から包み込むように忠治が指を重ね、サルサの指を使って
そこを刺激しているのだった。忠治は、直接はサルサに触れていない。
自身を攻め立て、こんな快楽を与えているのは自分の指に他ならない。
サルサの指の一本一本を、忠治が操って俺をこんなにしているのだ。
その事に気付いて、サルサを激しい羞恥が襲った。
「や……っ、忠治……こんなの、ヤなのだ……!」
闇雲に不安に襲われ、サルサは泣き声を上げる。
しがみつくものを探して腕を上げ、背を向けた無理な姿勢のまま
忠治の首に空いた左手を廻してかがみ込ませ、引き寄せる。
「この期に及んで何言ってやがんだ……」
自分のすぐ横に忠治の顔が近づき、呆れたようにため息をつく。
「ヤなのだ忠治……!こんなの……」
忠治に……と言い掛けてその先を続けられず、サルサがふるふると首を振る。
「忠治に……何だ? 言ってみな……?」
「やぁっ…… 忠治……」
快感に潤んだ瞳をサルサが固くつぶると、そこから小さな滴が零れた。
その涙に、忠治の中の「情」が激しくかき立てられる。
「サルサ……」
「忠治、頼むから……っ!」
自分の役割を、「世渡りの術としての発情期のやり過ごし方」を教えるに
留めようとしていた忠治の自制心が、切なげな哀願にぐらぐらと揺れる。
人が何のために、直接触れないままコトを済ませようとしたと思っているのか。
「お前さん、何にも判ってねェんだよ……」
「!?」
ふいに苛立ったような声にぴくりと身をすくませたサルサを、忠治は
乱暴に抱えなおしてより大きく脚を開かせた。
「覚悟出来てるンだろうな……」
サルサの手越しに握ったままのそれを再び扱きはじめた忠治に、
サルサが抗議の声を上げかけた。それを封じて、なおもサルサの指を使って
そこを攻め立てる。抗い掛けた指は、押し寄せる快楽の奔流に負けて
すぐに抵抗を止め、されるがままに自身を歓ばせはじめた。
「いい子だサルサ……そのまま、ひとりで続けられるか?」
お利口にしてれば、もっといいものをやるから。
甘い声ですすり泣くサルサの耳元に唇を近寄せ、忠治は囁いた。
「ん、ふっ……!」
吹き込まれる言葉にまるで操られるように、サルサの指がおずおずと、
やがて意志的に、苦しげに赤く強張ったそこを自ら擦り立てはじめた。
それを確かめると、忠治はそっと指を下方に滑らせる。
「やっ……! ああああ!」
蕾の縁をくるりと撫でられ、サルサの背がきつくのけぞった。
しばらくその部分をほぐしていた指が、やがてずぶりと押し入って来る。
「忠治……忠治、やめっ……ああっ……」
サルサの左手に首を抱え込まれた窮屈な姿勢のまま、忠治は無理に
こちらを向かせてサルサに口付ける。これが初めての口付けだった。
お互い指の動きは止めないまま、激しく唇を吸い舌を絡める。
下半身に与えられる刺激と、唾液の絡まりあう音、そして
唇のぬるりと柔らかい感触に、サルサは気が遠くなりそうだった。
「ああ……忠治……忠治ィ……っ」
ようやく解放された唇から、熱い吐息がこぼれ落ちた。
忠治の指がサルサの中を何度も出入りする。
そして背中には、熱く硬くなったものが当たっている。
それが忠治の欲望の塊である事に今更のように気付いて、
サルサの中で何かが振り切れた。
「……は……ァ……」
忠治の膝の上で、サルサの腰がぶるぶると震えはじめる。
「もっ……おかしくなる……ッ」
「イクのか……?サルサ……」
抜き挿しする指の動きをうんと速めてやる。サルサの声がひときわ高くなった。
「タップリ出して悦くなるといいさ。さァ……」
柄になく優しく、耳朶を噛みながら囁いてやる。そして忠治は一瞬の逡巡ののち、
空いた方の手でサルサ自身に触れた。
「!!」
それまで自分で刺激を加えさせていたサルサの指をそっと押しやり、
はじめて直にそこに触れる。そして容赦ない律動で擦り立ててやる。
もはや限界を迎えかけていたそこは、ふいに加えられた他人の手による
今までと違う愛撫に、忠治の指を先走りに濡らしてびくびくと震えた。
「忠治……!も、駄目……ダメ……なのだ……っ!」
「いいぜ……。もうイッちまえサルサ」
忠治の声を合図にしたかのように、サルサはきつく背を仰け反らせ
語尾を長く伸ばして、初めての絶頂に達していた。
「あっ……はァ……っ……!」
痙攣しながら忠治の指に白いものを吐き出し、全部出し切ったところで
脱力したように、忠治の胸にどさりと背をもたせ掛けた。
短い喘ぎとともに吐き出される息が、自分のものでないように荒いでいた。
「馬鹿野郎。これだからお子様は手が掛かっていけねェや……」
口付けられながらそんな忠治の声を聴いたような気がしつつ、
サルサは浅い眠りの淵に沈み込んで行った。
気が付くと、毛布が上に掛けられていた。
「やっと目ェ覚めたのかよ。どうでェ調子は」
忠治の言葉に、サルサはのろのろと身体を起こした。
先刻の出来事は夢ではなかったらしく、じんわりと甘い疲労が残っていたものの
あのどうしようもなかった身体の熱は、すっきりと消え去っているようだった。
その事を告げると、忠治は鼻で笑って大げさに肩をすくめて見せ、
「これだからガキは世話が焼けて仕様がねェぜ、全く」
と言う。さっきも聞いたような科白だと思いつつ、サルサが何か言いかけると、
忠治はそれを封じて、言葉を続けた。
「これでやり方はわかったろう?今度発情期が来たら、ああやって
さっさと自分で処理するこった」
「え……?」
サルサは意外に感じて、思わず聞き返す。
「今度は忠治がしてくれないのか……?」
「甘えた事言ってるんじゃねえよ……俺が手を貸すのはこれきりだ」
忠治の突き放したもの言いに、達した後のかすかな甘やかさに
身をゆだねていたサルサは、ふいに現実に身を引き戻された気分になる。
「……じゃあさっきのは何だったのだ……」
「お前さんが、自分の慰め方も知らないなんて初心らしい事言うからさ。
ちょいと手を貸してやったまでよ。お前もいっぱしの顔したいんなら、
これくらいさっさと処理できねぇようじゃ始まらねェなあ。え?」
忠治の茶化した口調に、サルサの頬にかっと赤味が差した。
「余計なお世話なのだ忠治!……もう寝る!」
くるりと背を向け、ぎゅっと目をつぶってしまったサルサの後ろ姿に視線を遣り、
忠治はふっと笑みを洩らした。
……サルサはからかわれたと思ったのかも知れないが。
「次は指だけで止められる自信がねェ、なんて……。
言えねェからな、お前さんにだけは」
もし次があれば、俺はお前を滅茶苦茶に犯してしまうだろう。今もどうかすると
お前を組み敷き、思い切り突いて泣き声を上げさせている妄想が目の前にちらつく。
けれど、俺はそれを実行には移さない。多分これからもずっと。
この「情」を、決してお前に告げることがないように。
サルサは何も知らなさげに、いつか寝息を立てていた。
忠治の胸の奥底だけに熾火を残し、夜は今日も更けて行く。
終