「はぁ〜」  
ため息をしながら女は、白いジャケットを羽織った。  
鏡を見ながら髪を、ブラシで整える。琥珀色の髪が朝の光を振る。  
そして、アタッシュケースの中身を確認するともう一度ため息が出た。  
アタッシュケースの中にあるのは、まだ新しい折り目のついた赤いチェックのプリーツスカートと  
白いサマーセーター。「モーニング娘。」というグループのモーニングコーヒーの  
ジャケットのような組み合わせだ。  
女、西村理咲は意を決したようにそのケースを閉じた。  
携帯電話をちょこちょこと操作して、電話をかけた。  
「はい、今から向かいます。車、お願いしますね。」  
10分もすると、プレジデントがマンションの下に来た。  
車にさっきのアタッシュケースと、小さいトートバッグをもって乗った。  
「おはようございます、西村さん。」  
運転手が挨拶をする。  
「おはようございます。」  
「旦那様に頼まれたものはご用意できていましたか?」  
バックミラー越しに彼の目が理咲を見る。  
「・・・ええ。」  
「これは、何に使うのですか?」  
「旦那様に会えば分かります。」  
理咲は不審に思ったが、黙ることにした。  
 
馬主秘書の仕事につくのに馬に興味があったからだけではなかったのは事実だ。  
給料が、法外なほど高かったのである。  
馬主に面接に行ったところ、思いのほかスマートな雰囲気の男だった。  
セクハラのようなことはおよそしないと思われた。  
ただ、通常通り行われた面接の中に一つだけおかしなセリフがあった。  
「うん、君ほどの娘なら”かわいい”し合格だろう。」  
容姿などへの発言が、セクハラなのは十分承知しているであろう彼がこんなことを  
言ったのに違和感を覚えたが、後日合格の通知が来て彼女は馬主秘書になった。  
今までは普通の仕事ばかりで、こんなんでいいお金がもらえるなんてと喜んでいたのだが  
昨日になって急にアタッシュケースの中身の服を買えといわれた。  
それも自分のサイズのものをだ。おかしなことを頼まれものだと思ったが、  
次の言葉に彼女は逆らえなかった。  
「一応確認を取るが、着てもらうことになる。服代に10万出すし、釣りも君にあげよう。  
その10万円を出すってコトと給料に見合った仕事をしてもらうけどいいね?」  
服の値段が、2万ちょい。最後の言葉が気にはなったが  
8万も手元に入るのなら断ることは思いつかなかった。  
 
 
馬主は、葉月泰明。新進のベンチャー企業の若社長。  
その緻密な戦略は全てが計算づくで多少強引なことをしても  
訴訟を起こされることも無く一気にのし上がってきたことが示している。  
気遣いも出来る社長であり、決して人を駒として扱わない点がカリスマになっていた。  
競馬でもしかり。  
 
郊外にあるビルの前で車は止まった。運転手がドアをあける。ビルに入ってエレベーターにのると  
最上階の1階下を選んだ。  
ポーン。  
エレベーターが到着し、ドアが開く。そして、社長室のドアをカギで開ける。  
まずは来ている手紙の選別、そしてスケジュールチェック。  
「おはよう。」  
葉月が入ってきた。  
重厚感のあるデスクに座ると、理咲の服を見た。  
「あ、例の服はちゃんと買ったのかな?」  
「はい。」  
「そうか。・・・10時に客が来る。」  
「はい、どなたでしょう?」  
「調教師の松目さんだ。」  
松目調教師はリーディング7位の調教師だ。馬主になって日が浅い葉月は下位のトレーナーとしか  
コネが無かったのだがようやく、松目に知り合えたのだ。  
「それは、いいトレーナーさんに会えましたね。応接室のほう準備しておきます。」  
「よろしく頼む。」  
 
―9時50分。  
唐突だった。時計を見た葉月が里咲に言ったのだ。  
「西村、持って来た服へ着替えて来なさい。」  
「え?」  
聞き返す里咲。当然だ、もう松目調教師の来る時間だ。いま、着替えてこいとは  
どういうことなのだろう。  
「えーと・・?松目さんに会うのでは無かったんですか?」  
「会うさ。」  
簡潔に言葉を言うと、少々苦い顔をした。  
「先方の頼みでね。どうも、彼はそういう格好が好きらしい。」  
里咲は中央競馬のトップクラスに異常な性癖があったことにびっくりした。  
そして、葉月がそういうことを本質的には嫌がる潔癖な男だという事が  
里咲にこう言わせた。面接試験の段階で、こういうことをさせるつもりがあったのが  
薄く感じられたが、服を買わせるときに自分に聞いてくれたように無理強いは  
させないように気配ってくれていたのだ。  
「わかりました。着替えてきます!」  
 
―10時応接室  
木目の美しいドアを開けて、松目調教師が入ってきた。  
メガネをかけ、ふとった調教師はのっしのっしと革の椅子に座った。  
対面に、葉月。  
「いやいや、さすが若社長さんですなぁ。こんな大きいビルをお持ちとは。」  
「社員のおかげですよ。」  
自分で聞いておきながら、そんなことは聞いていないといった風に室内を見回す松目。  
「可愛い秘書さんがおるゆう話でしたが、今日はおらんのですか?」  
葉月は、内心唾棄した。仮にも大金を払った馬を預けようというのに、この男の興味は  
そこにしかないのか、と。  
「いえ、いまお茶を持ってきます。・・・約束どおりの格好ですよ。」  
松目が下品に笑う。  
「グッヘッヘッヘ、さすが葉月はん女子の扱いもうまいでんな?」  
そう話していると、里咲がお茶を盆にのせてきた。白いサマーセーターに赤いチェックのプリーツスカート。  
朝、ケースにいれた服だ。  
「無理を言って頼んだんですよ。いつもこんなことをさせているわけじゃありません。」  
「グッヘッヘ、そりゃありがたいですね。ほんま、可愛い娘ですなぁ。名前は?」  
視線を、里咲のスカートから出ている足と顔を往復させながらたずねる。里咲がお茶を置く。  
「西村です。」  
「そうか、そうか。」  
葉月にもお茶を置いた時に、松目は急に真面目腐った顔をした。  
「葉月はん、色々研究していらっしゃるようですな。」  
松目の視線の先にあったのは血統研究などが並べてある、本棚だった。  
「これは期待できそうな馬主さんですな。正直若社長の道楽やと思っていたんで  
みくびっておったんですが、謝りますわ。」  
頭を下げる松目。これには葉月も先ほどまでの評価を心の中で謝った。  
やはりトップクラスにいる男は緩急がついていると思った。  
「それでは、今度預けるつもりの馬の写真と血統の書類を持ってきます。」  
葉月のその言葉を聞いて、里咲が行こうとした。と、不意に松目が本棚の最上段を指差した。  
「あ、ちょっといいでっか?あの本なんやけど・・・見てみたいんやがいいかな。」  
「ああ、構いませんよ。それじゃあ、西村、私が馬の書類は取ってくるからとって差し上げてくれ。」  
「はい。」  
里咲がうなずくのを見て、葉月はとりに行った。  
 
松目が頭をかいてから、今度は上から2段目、さっきの本から届くか届かないかの  
位置の本をさした。  
「えらいすんまへんなぁ、あとあそこのもいいでっか?」  
「分かりました。」  
本棚は結構な大きさで、葉月でも台がなければ最上段の本は取れない。里咲は3段の脚立を  
持ってきた。松目が立ち上がる。本を指差すつもりなのだろう。トントンと、脚立上る里咲。  
「この本ですか?」  
さっき指差していた本を手にとって、松目のほうを向く。正確には松目のいた方を向いた。いない。  
さっき立ち上がって・・・?  
ザワ・・・  
下を見ると脚立を下から覗き込んでいる松目がいた。  
「キャッ!!」  
あわててスカートを抑える。だが、下から覗き込まれているのではパンティは隠せない。  
「な、なにしてるんですか!」  
「本をとってもらおう思って、近くにいるだけや。その本とあともう1冊とってや。」  
「じ、自分でとってください!」  
その言葉に、皮肉っぽい目つきをする松目。  
「社長はんの馬、あずけられなくなってしまうで・・・?ええのか?」  
唇をかみ締める里咲。松目があの下品な笑い声をあげる。  
「ピンクのパンティーくらいええやろ、減るもんやなし。」  
仕方なく、恥ずかしさに顔を真っ赤にしながらもう1冊の本へ手を伸ばした。  
こうなったら一刻も早く脚立を降りるしかない。手にとって、脚立を降りると、松目は  
離れて本を受け取った。本を普通に読み始めて、椅子へこしかける。  
 
『なんて変わり身の早い・・・』  
理沙は呆れた。こんな男と一緒にいたくない。部屋をでようとしたところ、松目が急に手を叩いた。  
「西村はん、虫がおるわ。わいがつまんで取ったる。」  
「え?!」  
あわてて、自分を見る里咲。そんなものいない。松目が寄ってきて、スカートのすそのあたりを  
指でつまんでめくった。ピンクのパンティーがまたあらわになる。  
「や、やめてください!」  
「ちゃうちゃう、虫がおったんやって、ほんまに!ほれ、ここにも!」  
セーターごしに乳房を触ってきた。理沙は飛びのいた。  
「いないですよ!本当に怒りますよ!」  
「おかしいなぁ、目の錯覚かもしれんなぁ。」  
里咲がにらむ。おー、こわこわと行って、また席につく松目。  
ドアが開いて、葉月が帰ってきた。手には何枚もの紙がある。  
「これがお願いする馬です。」  
「はいな。」  
それを松目がうけとって真面目な顔に戻った、書類を見る目は真剣そのものだ。  
理沙は、頭が痛くなった。  
 

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