生きていくには金が必要だ。
それは誰もが認める、この世で最も共通の認識だった。
そしてHunterPigeonを駆る便利屋のヴァーミリオン・CD・ヘイズにとっても、それは認めるにやぶさかではない。
いや、だからこそこうしてこの地下にいるのだ。
「ったく……金、金、金、とくらぁ……」
目の前の操作卓に指を走らせ、思いついたパスコードを次々と入力していく。
こういうときパッと防壁を突破して情報の側から直接制御するような便利な機能は、ヘイズのI−ブレインには備わっていない。
このようなゲートに使われる扉は、当然のように情報強化されている。もちろん、破砕の領域で簡単に穴があくような代物ではなかった。
結局、直接パスコードを入力するというアナクロな手段が、最も効果的なやりかただった。
薄暗い地下通路。
ヘイズの請け負った依頼の内容は、つまりこういうことだった。
近場の地下道から繋がる場所のどこかに、大戦前の演算機関が眠っている。
それを調査、奪取してほしい。
村の計算室はすでに限界を迎えつつあって、早急に代替の演算機関が必要とのことらしい。
大戦前の地下道は、シティから蜘蛛の巣のように全方位に向かって伸びていて、どれくらいの規模になるのか、全く予想がつかない。
そして依頼人の話によれば、それも調査して欲しいとのことだった。
面倒な話だった。
適当に当たりをつけて探して回ったものの、これと同じようなパスロック付きのゲートが4つ、すべて外れだった。
カチャカチャカチャという、操作卓を叩く音だけが冷たい地下道に響く。
やがてポーンとアラームが鳴って、目の前のゲートがゆっくりとスライドしだした。
ヘイズがこの仕事を請けた理由は二つ。
一つはなんのことはない、金が必要だからだ。
空に浮かぶ実験施設からファンメイを助けてしまったヘイズは、シティから追われる身となり、当然もらえるはずの報酬もパー。
今はどんな小さな仕事でもこなして、金を稼ぐのが先決だった。
そして2つ目はお宝の伝説。
この地下道のどこかに、軍が隠した莫大な財宝が眠っているという伝説が――。
「んなワケないか……」
口元を皮肉に歪めて部屋へ踏み込む。
ホコリに埋もれるように山積みになったコンテナで埋め尽くされたその光景は、ここが倉庫かなにかであるということを物語っていた。
一応、破砕の領域で穴を空け、その中身を確認する。
ガシャガシャと音を立てて崩れてくる大量の情報ディスク。
そのラベルを読み取ってヘイズはほんの少し眉毛を跳ね上げた。
「ビンゴ……か?」
それは軍の財宝というわけではないが、お宝には違いなかった。
「ちょっとヘイズ〜〜。これなに〜?」
HunterPigeonに押し込まれる大量のディスクの山を見てファンメイは素直に疑問を口にした。
ヘイズは今もディスクの山と入ったダンボールを抱えていた。
「ん……ああ、こいつは今回の仕事の戦利品だ。大戦前のメディアはその筋に売れば結構な金になるんだよ」
「ふうん……」
しかしただでさえ狭いHunterPigeonの船内は、ヘイズの集めたガラクタのせいもあってとてもこのディスクの山を収納できるようには思えない。
――まさか。
ある嫌な予感がしてファンメイは口を開いた。
「ねえ、ヘイズ……。ひょっとして、これ、あたしの部屋にまで積み込むってことはないよね? ……嫌だってわけじゃ……ないんだけど……」
「はは、安心しろ。いざとなったら俺が荷物に埋もれて寝るからな」
それを聞いてファンメイはほっと胸をなでおろした。
「そっか……よかった」
そして30分後――。
おそるおそる、といった風にこっそりファンメイの部屋のドアから顔を覗かせたヘイズは、いかにもバツが悪そうに言った。
「すまん……やっぱりお前の部屋にも置かせてくれ……」
「ヘイズのバカーーーー!」
操縦室に戻ったヘイズは、口をヘの字に曲げた、線描画マンガ顔の擬似人格ハリーと話していた。
操縦室にもディスクは山と積まれ、必要最低限のスペースを除いて荷物で埋まっていた。
「こんなに大戦前のエロ動画ディスクを積み込んで……エロビデオ屋でも始める気ですか・・・・・・」
「なんでそんな言葉知ってんだ……?」
そう、あの地下倉庫にあったディスクの正体は、エロ動画ディスクだった。
特に大戦前のアイドルものや無修正ものなどは、今ものすごい価値がある。
当時は巷に溢れていたそれらも、今や規制の対象だからだ。
あのディスク群は、だれか昔のマニアが隠匿していたものだろう。
「まあ……ファンメイ様の部屋にまで積み込まなかったのは賢明です。年頃の女の子ですから、見つかったらなにを言われることか……」
ヘイズは痛いところを突かれたとでもいうような顔をした。
「その……なんだ……。実はファンメイの部屋にも積み込んだ……」
「………」
「何とか言えよ」
「……アホですか、あなたは……」
「もういい、お前しゃべるな」
ファンメイは自室のベッドの上で、むすっとしていた。
――なによ、あたしの部屋まで荷物置き場にすることないじゃない。
最初は殺風景だったこの部屋も、ファンメイが使うようになってからは、ピンクや水玉模様で埋め尽くされていた。
パンダのぬいぐるみ、パンダの目覚し時計、パンダのカレンダーなどのお気に入りグッズもすでにセット完了している。
完璧に女の子然とした部屋にあって、中央にでん、と置かれたディスクの入った箱だけが浮いていた。
ファンメイ完全にヘイズに頼るカタチでこの船に居候させてもらっている。
今自分が使っているこの部屋も、ほとんど物置同然のガラクタ部屋を、なんとか掃除して使えるようにしてもらったのだ。
わがままなんて言える立場じゃない。
それは分っていた。
――仕方……ないよね。
自分なんとか言い聞かせて気持ちを落ち着けると、今度はこのディスクの中身が気になった。
「大戦前のメディアって……映画かな? それとも、海……とか映ってるのかな……」
海が見たい。
それは以前空に浮かぶ、青空に囲まれたあの場所で、ファンメイがいつも言っていた言葉。
一度興味を持ってしまえばあとは山と積まれたそのディスクに手を伸ばしてしまうのも、さほどの時間は要しなかった。
幸い、この部屋には擬似体感映画(スム・センス)の映写機が一式揃っている。
ヘイズは、そんな戦前の旅客機みたいな物と言って笑ったが、ファンメイは大喜びだった。
これなら、再生できるはず。
期待に胸を膨らませてディスクを映写機に差し込む。
「えへへ。どんな映画だろっ。わくわくしてきちゃう」
さきほどまでの不機嫌はどこへやら、にこにこ顔で有機コードをうなじに接続する。
擬似体感映画は、本来専用のヘッドセットとアイスマスクが必要なのだが、この機種は魔法士が直接映像を取り込めるように有機コードで接続できるようになっている。
期待にはやる胸を抑えながら、意気揚揚と再生ボタンを押す。
擬似体感映画では、まるでその場面の登場人物の一人になったように、立体的に映像を見ることができる。
ファンメイが今立っているのは、なんの変哲もない一般家屋のリビングの一室だった。
「まあ……ほほほ」
声のした方を振り向くと、大型テレビに映った番組を見て、美人な女性が口に手を当てて笑っていた。
――きれいな人……。
ファンメイは息をのんだ。
成熟した女性の色香を辺りに振りまくような、扇情的な曲線美のふくよかな、それはとてもきれいな女性だった。
この家の家主だろうか? それとも夫の帰りを待つ妻……とか。
ファンメイが見とれていると、家の呼び鈴が午後の休息を割って響いた。
「あら、どなたかしら……」
しとやかな動作で玄関口に向かう女性。
インターホンから発せられた声は、若い男のものだった。
「こんちっす。毎度、三木米店でっす!」
「あら、お米屋さん? 配達は頼んでないはずですけど……?」
「あれ? おかしいっすねー。確かにウチの方には注文が来たんですがね……ちょいと上がらせてもらっていいですかい?」
人のよさそうな女性は、ドアを開けて男を招き入れる。
「注文の方なんですがね……奥さん、ちょいとこの領収書を見てもらっていいですかい?」
玄関からずいっと入ってきた男は、紙束をカバンから取り出すと、そのまま家の中へ入ろうとする。
ファンメイは男にぶつかりそうになって慌てて飛びのいた。
でも考えてみるとこれは映像なのだからそんな必要は全然なかった。
ちょっと恥ずかしくなったファンメイだが、幸いヘイズもハリーも見ているわけではない。
「ちょっとお米屋さん。勝手に中へ入られては困ります」
「いえいえ奥さん。ちょっと確認まででして。書類を広げるのに座ってお話した方がいいでしょう? それとも、注文なさってない米も買っていただけると?」
「わかりました……。それならお茶を淹れて来ますので、先にリビングでお待ちください」
女性は人の良さそうな柔和な微笑みを浮かべてそう言うと、台所の方へ消えていった。
ファンメイはどっちについていくか迷ったが、なんとなく男と一緒にリビングまで行くことにした。
ファンメイにはこの男が、なんだか信用できないような気がしたのだ。
席に着いた男は、いきなり表情を豹変させた。
とてもイヤな感じに顔を歪ませて、くっくっくと笑う。
「やったぜ! こいつは上玉だ。前に一度注文もらってからずっと狙っていたんだ。……おっと、おいおい息子よ。もうガマンできないってか? もうちょっとの辛抱だからおとなしくしていてくれな」
誰もいないリビングで両手をテーブルの下に入れて、股間を抑える男。
そこへさっきの女性が湯飲み二つが乗ったお盆を手にして戻ってきた。ご丁寧に和菓子のお茶請けまで用意されている。
「あら、お米屋さん。お体の具合でも悪いんですの? そんなにお腹を押さえて、とっても苦しそう……」
どうやら女性は股間を必死に押さえる男を、腹が痛いのと勘違いしているようだ。
なんの疑いもせずに向かいの席に腰を降ろす。
ファンメイはその間に割り込んで必死に女性を押し戻そうとするが、無駄な抵抗だった。
「いえいえ、たいしたことじゃないっすよ。確かに具合が悪いっちゃ悪いんですがね。そいつぁ体のごく一部のことでして」
「ほんとに無理はなさらないでくださいね? なんでしたらお薬でも持って来ますから」
「いや、ほんとに大丈夫っす。薬なら間に合ってるんで……」
「はい?」
男は一瞬「しまった」と言う風に口に手を当てたが、慌てて誤魔化す。
「あっ……。いやぁ、ははは。そんなことより奥さん、この書類なんですがね。確かにご注文いただいたと記録されているんですよ。ほら、ここを見てください……おっと」
女性が示された書類を見ようとした瞬間、紙束は床に落下する。
しかしファンメイは、男がわざと書類を落としたのだということを見抜いた。
「あらあら、ごめんなさい。すぐに拾いますので……」
女性は自分のせいだと思ったらしい。席を立って散らばった書類を拾い集めようとする。
男は手伝おうともしない。
それどころかニヤリと口元にイヤな笑みを浮かべると、ポケットから毒々しい色の錠剤をとりだした。
それを女性の湯飲みの中に落とす。
特殊な素材の錠剤は、すぐに溶けて消えていった。
「申し訳ありません……とんだ粗相をしてしまって……」
「いいんですよ奥さん。それよりお茶でも飲んで落ち着いてください。せっかくお出ししてもらったというのに、俺だけ飲むってのも気が引けちまうんで」
そう言われては口をつけないわけにはいかない。女性はお茶を一口飲む。
またあの笑いだ。
ファンメイは確かに男の口元が、邪に歪んだのを確認した。
「じゃあ話を戻しましょうか。奥さん、注文はしていない、そうおっしゃるんですね?」
「ですから、そう申し上げたはずです。なにかの間違いではないんですか?」
「いやあ、確かにご注文いただきましたよ――」
そこで一度言葉を切り、男は本性を現した。
「熟れた肉体を慰める術も知らず、毎晩枕を濡らしているあなたから、この体を慰めて欲しいという注文をね!」
女性は絶句したように固まった。
男は続ける。
「知っているんですよ……。ダンナさん、単身赴任中らしいじゃないですか。聞けばもう2年もご無沙汰だとか。あっちで別の女でも作ってるんじゃないですかね?」
「主人のことを悪く言うのはやめてください!」
「おっとこれは失礼。ですが奥さん。奥さんだってその気だったんじゃないですか?」
男はガタンと席を立つ。
「だから、頼みもしない宅配が来ても不審に思わない。人恋しかった――そうでしょう?」
「ちっ……近寄らないでください!」
男はわざとらしくふんふんと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐそぶりをする。
「ほら、匂いますよ。奥さんのアソコから溢れたいやらしい汁の臭いがね。女の匂いだ」
「いやっ―――」
男はまだイスに座ったまま恐怖に固まっている女性の腕を掴む。
「あっ……」
掴まれた女性はピクンと体を震わせて、小さく高い声を上げた。
「おやぁ……俺は腕をとっただけですよ。もしかして感じちゃってるんですか? それにお顔も赤いっすね……ご気分が優れないなら、少しお休みになったほうがいいんじゃないっすかね? ベッドの方に行きましょうか」
女性は、腕を引きずられて無理やり席を立たされた。そのまま寝室の方へと連れて行かれるが、抵抗する様子はない。
あの男がお茶に入れた薬のせいだろうか。
ファンメイは後を追った。
そしてとんでもない光景を目にする。
「ほら、奥さん。こんなに濡れちゃってるじゃないですか……。体の方は正直っすね」
「ああ……言わないでお米屋さん……」
ベッドの上で絡み合う裸の二人。
女性の方もすっかりその気のようで、激しく両腿を男に絡ませ、その体を求めている。
ファンメイは目を疑った。
――なに、これぇぇ!
性の知識のほとんどないファンメイにとってそれは、恐怖すら覚えるほど異様な光景に映った。
「はは、奥さん。すっかりその気じゃないですか。そんなに嬉しいんですか?」
「言わないで……お願い、言わないでぇ……」
「ああ……奥さん、すごいいやらしい体だ。思ったとおり、最高にすけべな肉体ですよ。……ほら、全身で俺を求めてる」
側位の体位のまま、男は女性の隅々まで丹念に愛撫している。
男が汗ばんだ女性の乳房を揉むと、その手のひらは白いふくらみに沈む。
どこまでも埋没してしまいそうな、それは果てしない柔らかさとボリュームを兼ね備えていた。
不気味なほどの存在感を持つ男のペニスは、その根元まで女性の膣に挿入されている。
てらてらとぬめったその結合部は、ファンメイにはまるで、人間じゃない化物のよう存在感を有しているように映った。
自分こそ体を好き勝手に変形できる龍使いなのに、ファンメイはとても見るに堪えなかった。
「ひぃああっ……イイ!」
両手で顔を覆い、目を隠していたファンメイはしかし、悦に入った女性の嬌声に興味を惹かれた。
――気持ちよさそうな声……。
だらしなく開かれた口元には、透明なよだれが垂れ、潤みきった瞳は、快感を求める者の熱を持っていた。
いつの間にかファンメイは、その光景を食い入るように見つめていた。
もう目を離すことはできなかった。
「うおおっ! すごすぎる……奥さん、奥さんの中、ものすごい名器だ! もうすぐにでもイッちまいそうですよ!!」
「ひぃぃっ! ぁぁ……。気持ちよすぎて……お米屋さん、もっと! もっとしてぇっ!!」
「うっ……。奥さん、そんなに締め付けたら……。もうダメだ! ラストスパート、いきますよ!」
「きてぇっ! 奥に熱いの注いでぇ……はぁぁぁぁぁっ!」
男は正上位に体位を変えると、今まで以上にズコズコと出し入れを繰り返す。
バッツンバッツン辺りに肉音が響き渡る。
もうほとんど獣の性交。それほど激しかった。
「あひぃぃぃぃぃぃ! 凄いぃぃぃっ……脳みそ溶けちゃうぅぅぅん!」
「奥さん! もっと乱れてください。もっとよがって、そのぐちゃぐちゃのおまんこで俺のペニスをしゃぶってください!」
「いやぁぁぁ……そんな恥ずかしいこと。ふぁぁぁっ……だめッ……気持ちいぃぃん!」
「奥さん、俺、もう……もう……うおおおおおおおっ!」
「はぁぁぁぁぁん! 私も……もうっだめぇぇぇぇぇぇ! あなた……あなたごめんなさい。ひぃぁぁぁっ!」
男がブルっと震えた。
最後に大きく突き入れて体を硬直させる。
「いやぁぁぁぁぁああああ! イクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
女性も両足でガッチリ男の体をかに挟みに咥え込んで、背中に回した手を、爪が食い込むまで硬直させた。
「はぁ……はぁ……。奥さん……あんたもう俺の物だ」
女性は何も言わない。
ただ潤んだ瞳で男を見つめている。
「また、呼んでくれますよね? もちろん、ご注文以外の用件でも」
「キスして……」
男は貪るようなキスでその要求に答えた。
と、ここで映像は終了していた。
ファンメイは有機コードを抜くのも忘れて、しばらくの間放心したように、時間が止まったまま絡み合う二人の世界を眺めていた。