轟、と風が吹いた。  
吹き荒ぶ寒風は大気の槌と化して地に暮らすものを薙ぎ散らす。  
ここはあまりにも厳しく、あまりにも難しい世界。  
剛、と風が吹いた。  
舞い上がる白のカーテンは吹き散らされた豪雪か、それとも風化した地表か。  
ここは、衰退した人類には最早手の届かぬ秘境と化したある場所。  
豪、と風が吹いた。  
白い緞帳が吹き上げられ、遠い彼方に山が望める。  
――――そこに、わずかばかりなるが、確かに明かりが点っていた。  
山肌を刳り貫いて作られた洞穴の一つに浮かぶ鬼火。  
近くまで行けばそこに人影が立っているのが分かるだろう。  
年の頃、10台半ばのような黒髪の少女。  
名をサクラ。世界へと宣戦布告を行うまでの力をもつ組織、『賢人会議』の長である。  
普段ならば怜悧な目に毅然とした光を宿す彼女だが、しかし今は大気防護された膜の一歩後ろで、外を見つめて溜息をついていた。  
 
「…………ふぅ」  
今日、もう何度目かは覚えていない溜息をついた。吐いた息はほんの少しだけ白く濁って掻き消える。  
それを知らず目で追っていた自分に気づき、サクラはもう一度溜息をついた。  
「……情け無い。私から切り出すべきなのだろうに」  
自然と顔がうつむく。彼女を悩ませているのは、ある一つの”約束”であった。  
天樹真昼。今は奥の部屋でなにやら作業をしている青年とのことだ。  
あの時。一時の感情に任せて引っぱたいてしまい、謝罪を未だしていなかったことを思い出したのだ。  
なにやら”三倍返し”とかいう言葉も覚えているが、それでも自分が礼儀を通していないことには変わりない。  
「すまなかった、許して欲しい。……それだけ言えば、いいのだろうか」  
それでは不誠実な気がする。あの時自分は嫌われ役になってくれた真昼に対して酷いことをしてしまった。  
それなら、それなりのことをして返さないと。  
「セレスティやデュアルに聞いても、……無理だろうな」  
もう寝静まっている頃だろうし、何よりディーは未だ重傷患者だ。こんなことで起こすわけにもいかない。  
それに、  
「…………っ」  
真昼の顔。それを思い浮かべる度に奇妙な感覚に襲われる。  
胸が締め付けられるような、しかしそれでいて全く苦痛ではない、そんな感覚。  
切なく、甘く、狂おしい真綿の呪縛。  
あの日あの時、微笑んだ彼に頭を撫でられた瞬間から、胸にしこりができたようだ。話していても、ついうっかり無愛想な態度をとってしまう。けれど、気がつけば真昼の挙止動作を追っている自分がいた。  
「く、どこまで私を…………混乱させるのか、貴方は……」  
ふと触れた頬が熱い。それがなんだか悔しくて、自らの頬を一張りし、サクラは瞑目した。  
……真昼。  
「っ、なんで……!」  
やはりそれでも浮かんでくるのは彼のこと。ついには胸の動悸すら高まりかけてきたように思える。  
真昼のことが思うたび、彼のことを考えるたびに、体が火照ったように疼く。  
「……私らしくもない。簡単なことだ、今から……ま、真昼に、謝ってくる、それだけで……いい」  
そう。自分はたった一言を言うだけ。  
あの時はすまなかった、と。  
悩んでいたのが情けない。彼は見返りを強要する男ではない。精一杯の誠意を以ってすれば、笑って頭を撫でて――――  
「なにを考えているのだ、私は……!」  
真昼に触れられる必要はない。そう、無いのだ。今から自分はただ彼の部屋へ行って誠意を見せて謝罪するだけ。それだけ。それだけなのだ――――。  
 
…………なのにこの、抑えきれない気持ちは、なんなのだろう?  
 
 
扉の前で深呼吸。落ち着け、落ち着くんだ私。  
「…………真昼、入るぞ」  
ノックする。普段は控えめな音が、今は酷く耳に響いた。答えが返る。  
「ん、サクラ? どうかした?」  
「…………っ」  
がらり、と退き開けられる扉。そして、顔を出す真昼。それから意図的に顔を逸らしながら「ちょっと、その、用事があるのだ」と言って部屋の中へと入る。背後で扉が閉まる音。  
「…………」  
「……サクラ?」  
不思議そうな青年の声。とりあえず座りなよ、と勧めてくる椅子を断って睨む勢いで彼と目を合わせる。  
「こんな夜更け……ってほど遅くは無いけど、何か問題でも起きた?」  
普段と変わらぬ、柔らかい声。今はそれが何故か、酷く耳に残った。  
ゆらりゆらりと耳朶から脳へと浸透するは熱か振動か。体内を巡る血液が酸素と共に熱を受け取り走り回る。呼気はすなわち排熱であり、吸気は動悸の高揚を以って潤滑。  
「……サクラ?」  
どうかしたの? という青年の声。精一杯の自制心を以ってサクラは己の内側から沸きあがるこの熱い”何か”を押し殺す。  
「そ、その……だな」  
一息。それだけの動作がとても遠い。搾り出すように、この心の奥のものを絞りつくすように言う。  
「この前、……貴方には酷いことをしてしまった」  
「この前って、……あぁ、あの張り手?」  
あれは効いたなあと苦笑する真昼。  
「それで、……その、謝罪を……」  
何故だか目を合わせることが出来ない。陸に上げられた魚の如く、熱に浮かされた子供の如く口は空回る。  
「あの時は、……本当にすまなかった」  
「…………」  
頭を下げる。顔を見られたくない。何故かそう思った。  
「サクラ」  
名を呼ばれる。思考は固まったまま。  
「サクラ、顔上げて」  
明確な指示に、ようやく反応した。  
「……?」  
ゆっくりと顔を挙げ、――――真昼の口付けを受けた。  
「ッ!?」  
瞬間、体の全ての器官が消失した。否、そこまでの錯覚を覚えるほどの衝撃。重なった唇から真昼の体温が伝わり、その心地よさに目を閉じそうになって慌てて見開く。肩と顎に回された手は優しく、ともすればそのまま体重を預けそうに――――  
「っ、な、なにをする真昼――――!」  
なる寸前に飛びのいた。心臓の動悸は天上知らずに跳ね上がり、呼吸などとうに乱れている。真昼を睨む。だが青年はにこやかに笑っていた。それに何か文句の一つでも言ってやろうと息を吸い、  
「や、サクラがあまりにも可愛かったから」  
先手を食らって一気に行動不能になった。顔が紅潮したのが自分でも明らかにわかる。  
「な、な、な……」  
「ん。やっぱり可愛いよ。そういうところも好きなんだよね」  
さらり、と髪を撫でられる。普段のツインテールではなく、無造作に降ろしている髪の間に指が差し入れられ、うなじに触れたその感触に知らず背がのけぞった。  
「なに、を……」  
「ん? サクラの髪はさらさらでキレイだな、って」  
「っ――――!」  
胸の動悸は此処に来てまさに最高潮。真昼の指が黒髪を梳いてゆく。けれど、全然嫌な感じはしなかった。  
「あ………」  
真昼の指が髪から離れる。それに名残惜しさを感じて声を出してしまった。ここにきて感情の奔流は最高潮。  
「サクラ……」  
「まひ、る……」  
目が合う青年が、この世の何よりも しく思える。  
……あぁ、そうか。  
今、やっとわかった。どんな言葉で取り繕っても隠しようがないくらい、自分は彼のことが――――  
「…………こんないきなり、僕を軽蔑する?」  
「……まさか。貴方はいつだって、私を気遣えるほどに、優しい」  
優しさのために突き放すことも出来る、本当の暖かさをもつもの。  
だから、  
「だから、その……わ、私なら、構わな……――んっ」  
語尾を唇で塞がれる。この世の何よりも暖かい温もり。それを感じながら、サクラはそっと目を閉じた。  
 
……誰かに身を預けるのが、これほど安心すると、初めて知った。  
 
「一応お互いの名誉のために言っておくけど、僕も初めてだから」  
「……普通それは私の台詞ではないのか」  
真昼は気にしない気にしないと笑って口付けた。  
「いやいや、女の子の方から言わせるほうが無粋ってもんでしょ」  
「……現在進行形で激しく何かを間違えているぞ貴方は」  
はぁ、と溜息をつくサクラだが、その顔は微笑んでいる。つられて真昼も微笑む。腕の中で微笑む少女。  
全世界に戦線を布告したその顔は、今ここでは一般人となんら変わらない、優しげな笑みを湛えていた。  
「まあまあそう言わない。普段から怒りっぽいんだから、シワになっちゃうよ?」  
「言うに事欠いて……、その原因の多くは真昼、貴方にあると知っ――――んむっ」  
ついばむようなキス。突然の不意打ちにサクラが驚いている隙に真昼の下は彼女の口内に侵入。舌端をなぞり、硬口蓋を撫ぜ上げる。  
「っ!? ん、ふ……ぅっん……!」  
サクラの体が反る。思ったとおりこの少女は不意打ちに弱い。というかおそらく、  
「……相当、感じやすいみたいだね?」  
「――――!」  
瞬間的にサクラの顔が眼に見えて真っ赤に染まった。羞恥と焦りと困惑がごちゃ混ぜになった顔。  
それがとても可愛らしくて、もう少しからかいたくなった。  
「普段とのギャップかな? キスだけで力が抜けちゃうなんて」  
「あ、ぅ…………」  
少女の顔が少しだけ歪む。それに今度は耳に口付けをした。  
「ぁ……っ」  
途端にびくんと体を強張らせるサクラ。けれど、さっきとは違って必死で声をこらえている。  
今さっきあんなことを言われたからか。潤んだ目を閉じ、こちらの手を強く握って耐えようとするその姿。  
……それが、何よりも愛おしかった。  
髪を手で梳き、安心させるように撫ぜる。それだけの行為でサクラは穏やかに目を細めて体を預けてくる。そっと、手を伸ばして服に手をかけた。  
「ま、真昼……その」  
「ん?」  
その手を掴まれた。サクラは身をすくませてこっちの手を掴んでいる。それに疑問の目を向けると、彼女は一層顔を赤くして答えた。  
「その、……笑わないか?」  
一瞬、何を言われたのかわからなかった。きょとん、と動きを止めるこちらに対し、サクラは親に怒られた子供のように言った。  
「私は……その、お、女らしい体つきでは……」  
その言葉に、思わず笑ってしまった。普段と同じ黒系統の服に包まれた桜の少女。  
確かに体の起伏こそ大きくは無いが、すらりと引き締まった体はそれを補って余りあるほど美しい。  
「だいじょうぶだって」  
微笑むことで少女の不安を和らげ、真昼はそっとサクラの服に手をかけた。  
……サクラの抵抗はなかった。  
外気にさらされた少女の体は、まるで白磁の陶器のように滑らかで薄い桜色に染まっていた。  
雪が降ったような白皙に、薄く染まった少女の色。  
「綺麗、だね」  
「っ、そんなことを……!」  
サクラの体を抱きしめる。  
こんな小さな体で、この少女は今まで生死のやり取りを繰り広げてきたのか。  
触れば折れそうなほど細い体で、この少女は遠い日の誓いを果たすべく進んできたのか。  
 
――――それがどうしようもなく、心に響いた。  
 
「まひ……る?」  
胸元を抱くように腕で隠したサクラの不思議そうな声。  
それに現実に引き戻されて、真昼はゆっくりとサクラに触れた。  
「ぁ……っ」  
優しく胸を隠す腕をどけ、丁度手に収まるより少し小さいふくらみに手を置く。  
少女の動悸が、掌を通して伝わってきた。  
その感触を楽しむように真昼はゆっくりと手を動かし始めた。  
「んっ……、くすぐったいな」  
「そう?」  
「嘘をついてどうすると――――っ、な、なんだその笑顔は――――ひんっ!?」  
突然の不意打ち。  
何の予告もなしに頂を舐め上げてみた。  
「は……ん…………っ」  
湿り気を帯びた、先ほどまでとは違う感覚にサクラの体が緊張する。  
それをほぐすように舌を這わせ、空いたては脇腹や背中を撫で上げていく。  
「く、ぅ……ふっ……」  
徐々に緊張がほどけてゆく。  
「ぁ、は……からだが、浮いているようだ……」  
「それじゃぁ、今度は急上昇かな?」  
「え? ちょ、まて真昼そこは――――っ!?」  
くちゅり、というわずかばかりな水音。  
真昼が自分の指に唾液を絡めてサクラの秘部へと触れたのだ。  
上半身ばかりに意識がいっていたサクラは完全に下半身への意識を忘れており、真昼の指な何の抵抗も受けずに目的地へと到達した。  
「ば、ばばばばばかばかばかばかばかばかか貴方は!! そんな、そんなところに触れるなど――――んむっ!?」  
途端、背中に肘や拳の乱打が始まった。  
なので制圧するために唇を奪い、舌を絡める。  
それだけでサクラの動きはすぐ停止する。  
そのギャップに内心笑いをこらえながら、真昼はゆっくりとサクラの秘部に伸ばした指を動かした。  
「む、―――ぅっ!? ん、ぅ……んっ!」  
おそらく自分で触れたことすらないのだろう。  
はじめて受ける感覚にサクラは目を白黒させて反応する。  
「はぁっ、あ、あ……んっ……ひぅぅっ!」  
徐々に水気が生じてきた。  
それを確認した真昼は指をさらに中へと入れ込み、内壁を擦るように動かした。  
「ふ、はぁああああんっ!? ま、まひる……! それ、それは、ダメ……っ!!」  
今までの中で最大級の反応が返ってきた。  
「ん? どこがダメなの? どうみてもダメって顔してないよね」  
「ばかっ、ばかばかばかばかぁっ! そんな、ひぅっ、こんな、私だけ、ふあ……!!」  
はじめて感じる快楽に振り回されながら、涙を浮かべてサクラがしがみついてきた。  
……その行動に、最後の箍が外れた。  
「……そんなこと言われたら、もう容赦できないよ」  
「ぇ…………? ――――ひ、ぅっ、あ、は、あぁぁっ……!!」  
指のスピードが倍加する。  
まるで携帯端末を打ち込んでいるように真昼の指はサクラの体を踊ってゆく。  
「ひぅぁ……っ、あぅ、んっ、は、あ、あく……ああんっ!」  
そのたびに少女の体は艶かしく揺れ動いた。  
踊る指はすなわち愛の打信。  
答える体は誓いと約束。  
それは百花繚乱舞い踊り、豪華絢爛咲き誇る。  
「ふぁ……ぁ……」  
くたり、と力が抜けたサクラを優しく抱きかかえる。  
「……いい?」  
「……はぁ、聞かぬが、っ……華、ではないのか……んっ」  
どちらからともなく唇が触れ合う。  
最早確認すら必要ない。  
これは行為でも結果でもなく、咲き誇る櫻に誓う契りである。  
「ん、んんんんんんん――――っ!!!」  
今は盛りと舞い踊れ。  
ここは絢爛、桜花の街道也。  
 
穏やかな熱がサクラの体内へと入り込む。  
ぎちり、ときつさを伴って何かを突き破る感触。  
「は、ぁ……!!」  
涙が痛みの色に染まる。  
けれど少女は慰めなど求めていない。  
だから真昼は優しく、ゆっくりと腰を動かした。  
「ぃ、ぁぁ……っ!!」  
赤いものが掻き出される。  
「はぁ、はぁ、はぁ……まひ、る」  
「……ごめん。だいじょうぶ?」  
痛みに震える声。  
顔を近づけると、いきなり頭突きを食らった。  
「いたっ?」  
「なに、を……馬鹿なことを……ぁく」  
瞳が語る。  
これは私が望んだこと。  
これは貴方が望んだこと。  
なら遠慮なんていらない。  
なら気遣いなんていらない。  
 
――――抱きしめて、くれているのだろう?  
 
「ん……そうだね」  
「ああ。いつだって貴方は、私に断りなく無茶をするはずだろう?」  
……それはちょっと違うような?  
「気弱な貴方など、考えるのもおかしいぁぁっ!?」  
「ふふ、それじゃあ本領発揮といっちゃうよ?」  
「っ、だ、だからなぜそこでそんな笑顔を――――っぁああんっ!?」  
クリトリスを指でつまみ、躊躇なくこねくり回す。  
途端にものすごい反応。  
「あはぁぁっ! く、あああぅっ! そ、そんなはげし、く……ふあっ!」  
真昼の指は蛇のように蠢き、サクラの敏感な場所をことごとく責めたててゆく。  
同時に彼女の体をかき寄せ、最奥を突く。  
「ひあ、ぁ、あああ、ぁんっ、ひ、ぁっ、にゃあっ、ら、らめぇ……っ!」  
「く、ぅ……」  
舞い乱れる少女に真昼の汗が落ちる。  
上り詰めてゆく肢体は快楽に振るえ、そしてそれ以上の歓喜に満ちている。  
やっと出会った隣に立つ存在。  
支えるのでなく、依存するのでなく、ただ横にいてくれる存在。  
「ふぁあああああっ! や、も、もぅ、まひぅ……っ!」  
「サクラ……っ」  
噛み締めよう、この時を。  
 
「あ、ふあ、あっ、あああぁんっ! もう、もう――――!」  
「サクラ…………っ!」  
 
たった一時の誓いが、遠い日の誓いに重なるように。  
 
 
「ああああっ! あっ、ひぁっ、はぁ、らめ、らめぇ……っ! んあああああああぁぁぁあああああぁぁああっっっ!!!!」  
「………っっ!!」  
 
 
今この刹那が、永遠に色褪せぬ証をとなるように――――!  
 
 
 

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