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CLAMP学園。
放課後ともなれば、学校全体がざわめきを増す。
その中を、空汰はいつものように、嵐を迎えに教室へ向かった。
後ろのドアから、ヒョイと顔を出すと、嵐はもう出るつもりだったらしく、自分の席の脇に立って、鞄も持っていた。
「あら……」
声を掛けかけたが、すぐ近くに、クラスメイトらしい男子生徒が立っているのが目に入った。掃除当番なのか、ほうきを片手に嵐と何か話している。
「…?」
空汰は首を傾げた。何か、事務用事だろうか。
だが、そんな雰囲気でもない。無意識のうちに耳をそばだてていたが、背後の廊下も目の前の教室も雑談が飛び交っている。その上校内放送まで入りだしたので、会話は全く聞こえてこなかった。
聞くとはなしに聞いてしまった放送は、空汰のクラスの担任に来客を告げるもので、職員室に来るようにと言って、プツンと放送が切れた。
珍しい放送でもないから、その前後に生徒達の変化などない。…そう、目の前の嵐と男子生徒も。
男子生徒がおどけて見せると、嵐が微かに笑みをもらした。
「……」
なんだろう、と空汰は思った。
何を話しているのだろう、そんなことも思いはしたが、それだけではない。自分の中を渦巻く、決して良くない感情…これは、なんだろう。
呆然と二人を見ていると、はたとその男子生徒と目が合った。
「…あ」
彼は、目が合ったのがいつも嵐を迎えにくる人物だと気付いて、少しだけ残念そうな顔をした。
…なんだろう、あの顔は。
空汰はまた思った。
男子生徒はすぐに嵐に何かを言って、ほうきを適当に振り回しながら背を向けた。
「?」
嵐が不思議そうな顔をして、彼の後ろ姿を眺める。首をかしげてから後ろを振り向いて、やっと空汰に気付いた。
「空汰さん」
嵐の顔がパッと明るくなり、鞄を持ってパタパタと駆けてくる。
「すみません、今から行こうと思ってたんですけど」
「………」
「…空汰さん?」
「ん、ああ、いや。……すまん、遅くなった」
「いいえ。私は大丈夫です」
そう言って笑った顔は、やはり先程の笑顔とは違う。この顔は、空汰だけに向けられるものなのだ。少なくとも、空汰にはその自信があった。
…つい、数分前までは。
「帰りましょう」
「あ、ああ」
いつものように並んで歩きだしたが、今日は何を喋っていいのかわからなかった。
嵐は場の沈黙を嫌わないが、さすがに空汰が一言も喋らないのは不思議らしく、時折心配そうに空汰の顔を覗いている。
その視線を逸らしながら校舎の外へ出て、やっと空汰は声を出した。
「…ちょっと寄り道せえへん?」
「え?ええ…」
構いませんけど、と言いつつ、何か言いたそうな顔をしている。
その視線をも避けるように、空汰は背を向けて一人で歩きだした。
大股で、早歩きで進む。嵐が歩くのは遅くないが、女の子にはついてくるのが少しだけ大変だったかもしれない。
空汰は人の少ない方へ向かって、ズンズン進んだ。
校舎の裏か、人口庭園か。人が来ないような場所なら、何処でも良かった。
結局、高等部の敷地内にある人口庭園に辿り着いて、二人はやっと歩みを止めた。
空汰は嵐に背を向けたまま、黙り込んでいる。
「……」
「…あの、どうしたんですか?」
「嵐」
振り返るなり、嵐を抱き締めた。
「そ…空汰さん?」
突然のことに驚いてはいたが、嵐はおとなしく腕の中に収まっている。
…ずっと、この腕の中にいてくれればいいのに。
空汰はそう願いながら、首筋に唇を寄せた。
「あ…っ」
嵐の体が、ぴくりと反応する。
僅かに力が抜けた一瞬をついて、空汰は半ば強引に嵐の唇を奪った。
「んっ」
咄嗟のことに、嵐が身を固くする。
空汰はただ深く深く、嵐の口の中を浸し続けた。そうしている間は、嵐は自分だけのものに思えたから。
誰かを所有する、というのは好きではないが、嵐がこの腕をすり抜けてどこかへ行ってしまうなら、ずっとこうしていた方がいい。
「ぅ……ん、んん…っ」
切なげな声がもれる。嵐の両手が、空汰のシャツを握り締めている。
…誰にも、渡したくない。
「ん、ぅ……」
そうして気持ちをぶつけることしか、できなかった。
口付けているうちに気持ちは落ち着き、空汰はようやく嵐の唇を解放した。
だから、今はただ二人、抱き合っている。
「……」
「……」
空汰は今更ながら、自分の行為に後悔しだしていた。
同じクラスにいれば話す機会は多くあるだろうし、それを一々気にしている方が子供くさくて惨めたらしい。
空汰自身もクラスの女子と話さないかといえば、それは否、なのだ。だからとやかく言える権利などない。
できればもう、何も聞いてほしくなかったが、やはりそうもいかないらしい。
「…寄り道と言うから、何かあるのかと思ったら」
嵐は腕の中で、楽しそうに笑った。
「さっきの教室のこと、気になるんですか?」
「……」
どんぴしゃで答えを言い当てられてしまい、恥ずかしかったので黙っておいた。
「同じ教室にいれば、誰でも話したりしますよ」
「や、そうなんやけど」
「…でも、こんなに他の人と話すことができるようになったのは、貴方がいてくれたからですから」
嵐は柔らかく微笑んだ。
…確かに、嵐は東京へ着た頃よりは性格がまるくなった…というのだろうか。事務用事以外は殆ど口を開かなかったのが、今では空汰の他愛ない戯れ事にも耳を貸す。
どうもそれは、空汰に一番の理由があったらしい。
「嵐……」
「誰と話をしても…全てを預けられるのは、誰よりも特別な貴方だけだもの」
嵐はつま先立って、空汰の唇に口付けた。
…一瞬だけの、柔らかい感触。
先程のように深い口付けでなくても、空汰には充分だった。大事なのは、形ではなくて気持ちだということに、妙に納得した。
「…嵐」
空汰は、きつく嵐を抱き締めた。
嬉しかった。それと同時に、少しでも嵐を疑った自分が恥ずかしい。だが、こうして二人でいられるのなら、そんなことはどうでも良かった。
「……やっぱりわい、嵐のこと…一番好きや」
「ありがとうございます」
風が吹いて、嵐の髪がなびき、シャンプーの香りが空汰の鼻をくすぐる。
(……あかん)
空汰はまずい、と思った。心の中で、嵐を抱き締める幸せが変化している。
嵐の背に回した手が、勝手にその下へ行こうとしていた。腰を通過して下の柔らかい膨らみ、そして…その中へ。
空汰は先に、謝った。
「……すまん」
「え?」
気持ちが大事なら、それに素直になってもいいだろう。今の気持ちは、嵐に口付けを迫った時よりもずっと真っ直ぐだ。
「今、抱きたくなった」
「ええっ!?こ、こんな所で何言ってるんですか!」
「じゃ、また体育館裏の倉庫行くか」
半分くらい本気だったのだが、一秒もしないうちに反撃された。
「やめてください。あの後、帰るのすごく恥ずかしかったんですからね!」
あの後、というのは以前倉庫の中で交わった時のことで。体操着から制服に着替えても、濡れた下着はどうしようもなくてそのまま帰るしかなかった。
どこからどう見てもいつもと変わらないのに、帰り道中、嵐はぶつぶつと文句を言っていたのだ。
思い出したのか、耳まで真っ赤になっているのが可愛かった。
「…ちぇ」
「…やるならせめて、家にして下さい」
嵐が溜め息をつく。
だが空汰のテンションは一気に跳ね上がった。
「家ならいいんか?」
「い、いえ。そういう意味じゃなくて…っ」
「じゃ、今すぐ帰ろ。なっ、なっ」
空汰は上機嫌で嵐の背を押した。
庭園を抜ける風は、どこまでも爽やかに吹き続けた。