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気がつくと、封真の腕の中に怪我をした神威がいた。  
「…神威っ!?どうしたんだ、その怪我!」  
琥珀の瞳が不思議そうに封真を見つめる。  
「封真……だよな」  
「ぁあ?別な誰かにみえるか?」  
 
封真は気を失った小鳥を部屋まで運び、ベッドに寝かせた。  
あの後、問いただしてみたものの、神威は何も話してくれなかった。  
それが封真と小鳥を“神威の回りで起こっている何か”に巻き込まないための、神威なりの優しさであることは封真にも分かった。  
しかし既に桃生家は散々、巻き込まれてしまっている。  
――俺たちにだって知る権利くらいあるだろ?知らなきゃ、身の守り様もない  
封真の心配をよそに、小鳥は気持ち良さそうに寝息をたてている。  
今回はかろうじて無傷だったが、次はどうなるかわからない。  
「小鳥…お前は絶対、俺が守ってやるからな」  
封真はそっと小鳥の額にキスをすると、名残惜しそうに小鳥を見つめながら部屋を出た。  
 
ひとつ、封真の中で引っかかっているものがある。  
『何も…覚えていないのか?』  
神威が少しためらいながら言った言葉。  
祭壇の前に座っていたら、急に眠気が押し寄せて………気がついた時には、腕の中に神威がいた。  
まるで切り取られたかのように、その間の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまっている。  
神威の言い方は、その封真の“空白の部分”を知っているかのような言い方だ。  
「…くっ……」  
何も覚えていない、何も知らない、何も出来ない自分の不甲斐なさに、封真はぎゅっと拳を握り締めた。  
 
父の葬式から数日がたった。  
あれから小鳥は少し体調を崩してしまった。今も部屋で休んでいる。  
封真は、茶の間でぼんやりとテレビを見ていた。  
――夕食、何にするかな……あ!  
きのう買ってきた料理の本を自室に置いたままであることを思いだし、封真はいそいそと自室に向かった。  
 
小鳥の部屋の前にさしかかった時、不意に封真の足が止まる。  
部屋の中から何か聞えた気がしたのだ。  
そっと耳を澄ますと  
「ぅ…うぅ……うん…」  
小鳥の悩ましげな声が聞える。一気に封真の心拍数が上がった。  
封真とて健康な男子高校生。  
自室にはそれなりの本がある。(もっとも、最近は使っていないが。)  
そんな自分の日常と照らし合わせて、ついよからぬ想像をしてしまったのだ。  
しかしすぐに首を横に振る。  
――いやいや、小鳥に限ってありえないだろ  
封真は中学2年生の時、自室に隠しておいたそういう本を小鳥に発見された経験がある。  
『お兄ちゃんの変態!!』  
それから3日間は、口をきいてもらえなかった。  
――でも、女の人でもする人はするらしいし…  
封真はドキドキしながら少しだけ戸を開け、その隙間から室内を覗いた。  
 
薄暗い部屋の奥、ベッドで眠る小鳥。  
「…何で……二人も…」  
――?????  
どうやら夢でうなされていたようだ。  
「は〜〜〜…」  
安堵と期待外れと己のアホさ加減に、溜め息が出た。  
部屋に入った封真はベッドの側に行き、そっと小鳥の顔をのぞきこむ。  
小鳥は苦しそうに眉根を寄せ、微かにうめいていた。  
普段の笑顔もかわいいが、苦悶する姿というのもなかなかいい。  
汗をかいた首筋にそっと触れると、手に吸いつくように、なめらかでしっとりとしていて…。  
「…離してっ!」  
ビクッ  
慌てて封真は小鳥の首筋から手を離した。  
「…うぅ……」  
起きたわけではないらしい。ほっと胸をなでおろす。  
それにしても…随分とうなされて辛そうだ。封真は少し心配になり、小鳥の肩に手をかけた。  
「小鳥……小鳥?」  
「っやめて!!」  
かっと目を見開き、小鳥は目覚めた。怯えた瞳が封真を捉えると、それは安堵の色に染まる。  
「お兄ちゃん…」  
安心しきった小鳥の笑顔。つられて封真も優しく微笑む。  
「大丈夫か?さっきからずっと、うなされてたぞ?」  
極力、優しく言ったのに、小鳥の顔に再び影が落ちた。  
「夢を…」  
「夢?」  
「怖い夢。お兄ちゃんと司狼くんが…」  
封真の背筋に、冷たいものが走る。  
「お兄ちゃんと司狼くんが…殺し合ってた」  
 
それは、封真も以前見た夢。  
荒廃しきった東京の中心・東京タワーで、神剣を手にした神威と封真が闘う夢。  
――確か、父さんの葬式の日も、そのことを考えていたような…  
「でも、そんなことあるはずない。ただの夢だよね?」  
そう言って小鳥は、いつものようにニコリと笑った。  
しかし鳶色の瞳は、まるで捨てられた子猫のようで、必死にすがりつくように封真を見つめている。  
――いや、そんな期待した目で見られても…俺だって何もわからないのに…  
世の中には、危機に瀕した時ほど雄弁になって喋る人がいる。  
どうやら封真もそういうタイプの人間だったらしい。  
「…あたりまえだ!」  
極上の微笑みを浮かべてあれやこれやと理由をこじつけて、封真は小鳥の部屋をそそくさと出た。  
 
――あの夢を、小鳥も…  
封真は確信した。  
今、“自分たちの”周りでとんでもない何かが起こっている。  
自分と小鳥は、今まさにその渦中に引きずり込まれようとしている。  
そして、全ての鍵を握っているのは…  
「…神威」  
ふと見下ろした窓の外、庭の大きな木の下に神威の姿があった。  
 
封真はありのままを神威に話した。  
疑問、父の遺言、不安、小鳥を守りたいという願い……全て。  
神威もそれに応えて全てを話してくれた。  
「だが、これ以上、お前たちを巻き込みたくない。封真も、小鳥も…」  
哀しそうに神威は目を伏せる。  
そう、誰より辛かったのは、この一件の“鍵”になってしまった神威自身。  
――俺は…何を意地になっていたんだろう?…俺と神威は…無二の親友じゃないか  
どこまでも儚い、今にも消えてしまいそうな神威。  
神威は、この小さく華奢な体で、封真と小鳥を過酷な運命に巻き込むまいと懸命に闘っている。  
その思いに応えたいと、封真は思った。  
「お前に何かあった時は、必ず俺が守る」  
戯言ではなく本心から素直にそう言えた。  
まるで、6年前の平和だったあのころに戻ったようだ。  
互いの存在を確かめるかのように、二人はきつく抱きしめ合う。  
そんな二人を、満月が静かに照らしていた。  
 
(続く)  
 

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