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「…小鳥」
封真は腕の中の小鳥に呼びかけた。
後始末を終え、そこは何事も無かったかのように整然として静かな室内。
ベッドに、すやすやと寝息を立てる小鳥をそっと横たえた。
封真はベッドに腰掛け、じっと小鳥を見つめた。手に、体に残る確かな温もりと感触。
夢をみていたような心地がするが、先ほどまでの事は紛れも無い現実だ。ただ、絶頂の瞬間…
――「……おにいちゃん…」
満面の笑みで、そう呼ばれたような気がするのは、自分の都合のいい解釈だろう。
きっと小鳥は“神威ちゃん”と言ったのだ。
「…ごめんな。俺はもう、戻れない」
よろよろと立ちあがり、ベッドの傍らにあった椅子に腰掛けると、封真は天井を仰いだ。
――俺は小鳥の体も命も全て奪って、俺だけのものにする。
神威…お前は、お前から大切な人を奪う俺を許せるか?
お前だけは…どんな酷い事をしても、そんな俺でも……一番に想って、共に生きたいと願ってくれるか?
それが自分勝手な“願い”だと知りつつ、封真は深くうなだれた。
「…小鳥ィっ!!」
絶叫とともに、神威はソファーから飛び起きた。
そこは理事長室。真っ白いスクリーンには何の映像も映っていない。
目の前には、びっくりした様子のCLAMP学園理事長がいた。
「だ、大丈夫ですか?急に意識を失って倒れて…随分とうなされていましたし…」
言われてみれば悪寒が背筋を這う。
何か夢をみていたような気がするが、水面が波打つようにぼやけて思い出せない。ただ…
――「……司狼くん…」
泣きながら、そう呼ぶ小鳥が見えたのは、気のせいではないだろう。
そして“ごめんね”とも言っていた。
「…すいません。俺、もう行きます」
よろよろと立ちあがり、床に転がっていた神剣を拾い上げると、神威は理事長室を後にする。
今さら考えずとも、東京に戻ってきた時点で、答えは決まっていた。
――俺はただ…小鳥と封真が幸せに暮せる場所を守りたい…それだけだ
それが最早、叶わぬ“願い”だとは知らず、神威はそっと封真と小鳥が居る部屋のドアノブに手を掛け、扉を開いた。
「…本当に、いいのかい?」
水際に佇む小鳥の背に、牙暁は問いかけた。
振り返った小鳥は、牙暁の浮かない表情に笑みをこぼす。
「酷い女だと思ってるでしょ?精神崩壊したふりをして実の兄を誘惑したなんて」
「…い、いや……でも、彼も君を愛していた。だから、わざわざこんなこと、しなくても…」
言い淀む牙暁に、小鳥はくすくすと笑う。
「だめよ。お兄ちゃんは優しいから、司狼くんのことを気遣って、“三人一緒にいよう”とか言っちゃうもの。
でも、それじゃあイヤなの。
私は、例え私の命と引き換えにしてでも、お兄ちゃんと司狼くんが憎みあって傷つけあうことになっても、それでも…
……お兄ちゃんに抱かれたかったの」
満面の笑みで言う小鳥に、牙暁は言葉も無かった。
そして、何も知らない神威のことを思うと、胸が痛んだ。
「最期、お願いね…お兄ちゃんが司狼くんを殺そうとしたら…」
「あぁ、わかっているよ」
未来はいつも一つ。
たった一つの“願い”を叶えた代償として、死の瞬間が近づくのを小鳥は今、待っている。
神威の“願い”は最早、叶わない。
だからせめて、封真の“願い”だけでも叶って欲しいと、牙暁は願わずにはいられなかった。
(終)