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   【The World is Mine】  
 
   第1章 『砂塵の都』  
 
   
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      序章T◆旅立ち  
 
 
 ──ひときわ高い砂丘の上に少女は佇んでいた。  
 
 灼けつくような熱砂が辺りを覆い、緩やかに波打ちながら、遥かな地平線の彼方までも続いている。  
 風によって刻々と姿を変える美しい紋様を纏い、陽炎によってゆらゆらと揺れるその光景は、  
 あたかも金色に輝く地上の海であった。  
 
 その彼方に、駱駝に乗った隊商(キャラバン)が一列になって歩んでいるのが見える。  
 隊商の向かう先──少女が水平に視線を移動する──には、  
 ナツメヤシや夾竹桃が生い茂る、緑に覆われた街があった。  
   
 街の姿は砂丘の上から遥拝できた。  
 雲ひとつない残酷な蒼天を返し、きらきらと輝く大きなオアシスを囲むように、  
 砂色の城壁が巡らされ、その中に所狭しと赤茶けた古い建物が詰め込まれている。  
 水のあるところには鳥が群がり、風に乗って上空を舞っていた。  
 
 ──わたしも、なまえのようにつばさがあればいいのに。  
 
 寂しげに少女は呟き、長い髪と白いワンピースドレスの裾を風にはためかせながら、  
 街を目指して砂丘を降りていった。  
 ざくざくと、歩きにくそうに歩を踏み出すたび、砂の上に点々と足跡が残される。  
 
 しかし不思議な事に、先刻まで彼女が佇んでいた砂丘の頂には、  
 どこからもそこへと続く足跡は見つかりはしなかったのだった。  
 
 ***  
 
「──予定通り、みんな寝静まったようだね」  
 
 モダンな雰囲気を漂わせる洋館が、  
 暗闇の中にシルエットとなって浮かび上がっている。  
   
 大通りに面した様々な建物が掲げる看板には  
 右から左へと、レトリックなフォントで漢字とカタカナが記されていた。  
 
 まだ夜の9時だというのに街は寝静まり、  
 遠く離れた位置にある、平屋が建ち並ぶ平民たちの区画は異常なまでに暗い。  
 それもその筈、大通りを除いて街灯というものはほとんど見られず、  
 強盗や殺人を恐れて暗闇の中を出歩く者の数も殆ど無かった。  
 
 道路は土で、車はなく、代わって中央に路面電車用の線路が敷かれている。  
 見るものが見ればそれは古き浪漫の時代、大正の頃の日本の姿と映ったろう。  
 
 ──パタン  
   
 ホテルの4階から眺める光景を、窓を閉めて視界から閉め出し、  
 そこに外敵の襲来を防ぐ牆壁 (シールド) の魔法をかけてカーテンを引く。  
 廊下から続くもう一つの出入口にも同様の魔法を施し、  
 今この部屋には、外側からは何者も入れないようにしてあった。  
   
「これで良し。  
 もし誰かが攻めてきたら、すぐにオレたち全員を起こすんだ。  
 いいね、モコナ」  
   
 モコナ、わかった、という、どこか作り物めいた可愛らしい声が  
 室の奥より言葉を返してきた。  
 
 明かりを消そうと壁際のスウィッチに手を指し伸ばすとともに、  
 傍らの鏡にその姿が映し出される。  
 端正な容姿をした蒼い目の美青年。  
 北欧あたりの出身だろうか、髪はきわめて色の淡いゴールドで、  
 肌の色は更に淡く、身体にはクラシカルなスーツを纏っている。  
   
 明かりを消して室の中央に移る。  
 スウイヰトルウムと銘打たれるだけあって、  
 広い室内にはこの時代でも最高級品の調度が整えられ、  
 絨毯も壁紙も重厚で深みのあるデザインだった。  
 辺りには不思議と心を落ち着かせる香が焚きしめられ、  
 舶来品のテーブルの上には細かな紋様の描かれたティーポットと  
 4つのティーカップが置かれ、そのうち3つまでが干されている。  
 
 空になったカップの数に対応するように、室内からは3つの寝息が聞こえていた。  
 部屋の片隅にあるソファには、2mほどもある黒髪の大柄な男が刀を抱え  
 遠慮のない大鼾を上げててており、夫妻用に隣合わされたベッドには  
 それぞれ中学生ほどの少年と、白い兎のぬいぐるみめいた生き物を抱いた少女が、  
 あたかも恋人のように、互いに手を取り合って眠っている。  
     
「ごめんね、二人とも。これから絆を引き裂く事になって。  
 でもそのかわり、この“旅”をもうすぐ終わらせてあげるから……」  
 
 少年と少女に謎めいた言葉を投げかけ、ブランケットを掛けなおしてやる。  
 
「…さて、オレもそろそろ“行く”とするか。  
 今夜はどんな“世界”が待ち受けてるんだろうな……?」  
 
 金髪の青年は卓上に残ったカップを取ってひと息に干す。  
 ほどなくして強烈な眠気が襲いかかり、  
 深い海に沈んでいくような甘い痺れを感じながら、  
 彼は意識が闇の中に溶けていくがままに任せたのだった。  
 
   
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      序章U◆狐雨  
 
 狐雨が降っている。  
 
 靄然と白雲が流れていたが、穹窿の大部分は晴天で雨が降るような天候ではない。  
 しかし沛然と降り注ぐ雨は途切れなく灰色の街を濡らし、  
 一千万都市の路頭に立つ者たちを、雨宿りのためにせわしく走らせていた。  
 
 ──何のことはない、ただ少し前、そこに雨雲があったというだけじゃないか。  
    こんな他愛ないトリックに昔の人間は妖気めいたものをを感じていたなんて…。  
 
 先刻まで黙々と庭先を掃き清めていた眼鏡の少年は、雨脚が激しくなるとともに  
 箒を持って館の軒下へと退散し、雨粒の飛来せし処を──ほの明るく輝く空を仰いでいた。  
 
 雨雲の中で空気中の塵を核として形成される雨粒は、それ自体があまりにも軽いため、    
 落下速度が一定に達すると空気抵抗の影響でそれ以上加速しなくなる。  
 それ故に落下を始めてから地上に到達するまで約45分もの速度がかかるが、  
 その間に雨雲自体が上空の強い気流で流れ去ってしまう事がある。  
 これがひと昔前まで、怪奇現象とされていた狐雨の正体だ。  
 
 ──神秘だのオカルトだの、大抵はくだらない迷信の産物だけど、  
    でも、あるところには本当にあるんだよなぁ…  
    特にこの“ミセ”には。  
 
 三方を高層ビルに囲まれた都内の一角に、緑豊かな庭園を有した、  
 場違いで風変わりな洋館があった。  
 庭の一角には大型のゴムプールが置かれ、水着姿の長身の女性が身を凭れるようにして水に浸かり、  
 二人の幼女が無邪気に水をかけあって戯れている。  
 
 女性はこの館の女主人であり、少年の雇用主だった。  
 雨がふりそめた時彼女たちにも建物に入るよう呼びかけたのだが、  
 どうせ濡れているんだから構いやしないわよ、と言って三人は水遊びを続けていた。  
 
 ──それにしても、いつもあのひとは肩や太股を剥き出しにした、  
    誘っているみたいな際どい服を着てるけど、今日の水着はまた一段と際どいな。  
    恥ずかしくないのかな……いやそもそも俺って、ひょっとして男として認識されてない……?  
 
 つい先刻、ほとんど布地の無い、紐のようなビキニを着て庭先に現れた女主人の体を思い起こして  
 少年は頬を紅潮させる。  
 想像以上に大きな胸の双丘と、布地から微かにはみ出しており、強烈な印象を残した桜色の乳暈。  
 後姿もまた麗々しく、谷間の間に紐を通しただけの、  
 その肉感的な臀部に少年の目は釘付けになった。   
 
 ──はぁ……だ、駄目だ、思い出したらまたあそこが大きくなってきた。  
    こ…こりゃあ今夜もあの人をオカズにして、指で抜くのは決定かな。  
 
 はじめはだらしなくいい加減な女だと思っていたのだが、何度も通い詰めるうち、  
 その神秘的な力と妖しい雰囲気に魅了され、いつしか少年は女主人に強く惹かれるようになっていた。  
 だが現実の彼女は隙だらけに見えて、全くつけ入る隙の無い難攻不落の城塞で、  
 何も秀でた力を持たない16歳の少年に、とても手の届く相手ではなかった。  
   
 それでも唯一、妄想の中では彼女を自由に扱う事ができた。  
 そしていつしか少年は、彼女と淫らな遊戯を交わす自分を想像するようになっていた。  
 
 主従の立場を入れ替え、哀願するように陽物をねだる女主人を可愛がり、  
 散々お預けを食らわして焦らした末に、ようやく肉棒をくれてやり、  
 一方的に悦しんだ末に、子宮に熱い慾望をぶちまけてやる。  
 
 果ては緊縛したまま女主人を天井から吊るし、プレイ用の鞭で滅多打ちしたり、  
 四肢を拘束したまま全身に蝋燭を垂らしたりと、  
 誰にも咎められぬのを良いことに、ありとあらゆるプレイを妄想の中で愉しんできた。  
 
 ──今夜もまたお世話になります、侑子さん……!  
 
 今まで脳内で数え切れないほど交わり、股間のモヤモヤを解消してくれた事への感謝と、  
 本人に対する罪悪感から、少年はゴムプールで遊ぶ女主人に向けてひそかに手を合わせた。  
 雨霞を透かしてその姿を遠く眺め、二人の幼女がおかしそうに笑っている。  
 
 ──あの2人も、本当に可愛いよなぁ。  
    ああ…妄想なんかじゃなく、本当に侑子さんやあの2人とヤれたら……  
    そうなったら死んでもいいかも知れない。  
    …もちろん、絶対に叶わぬ願いだって事はわかっているけど……  
 
 少年は雨雲色の歎息をすると、庭園に背を向け、  
 ドアを開けて屋内に退避しようとする。  
 
 ──その願い、叶えてあげましょう。  
 
 と、耳元に妖艶な女の声が囁かれた。  
 どきりと、心臓が口から飛び出しそうになる。  
 幻聴だと自分に言い聞かせてその場から立ち去ろうとしたが、  
 ドアノブを回すより早く、塗れた両腕が背後から首筋に回される。  
 
 ──ただし、それに見合った“対価”を頂くわ。  
    対価はお前の生命(イノチ)よ。  
    いいわね、四月一日(ワタヌキ)──?  
 
 少年は脚をカタカタと震わせる。  
 目の前のドアの硝子に映っているものは、目を大きく見開いて凍りついた自分と、  
 その背に抱きつく、まぎれもないこの“ミセ”の女主人の姿であった。  
 
   
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      T◆砂漠の都   
 
 
 ――少女は風化して角の取れた、石灰岩で作られた城壁を見上げていた。  
 遠くから眺めていた時にはわからなかったが、想像以上にそれは高く、  
 ところどころ弓箭で射られたような跡が残っている。  
 町を砂漠の盗賊から守るために、近くの岩山から切り出して作られたものだろうか。  
 
 お金の持ち合わせが皆無であったので、身窄らしい乞食たちの物乞いに見て見ぬふりをし、  
 槍を持った門番に戍(まも)られた城門を潜る。  
 入口の周囲は何件もの隊商宿(サライ)が固まっており、  
 丁度到着したばかりの隊商がマントの砂を払い、軒先に駱駝を繋いでドアを潜っていた。  
 
 正門からは一直線に、遥か奥部へと続く整備された石畳の道が見える。  
 街路の左右には神殿の柱廊のように背の高いアブラヤシが等間隔に植えられ、  
 行き着く果てにはきらきらと輝く湖が垣間見えた。  
 
 ──綺麗な街だわ。  
 道は埃っぽくって汚く、人々も貧しいようだけど、でも、非常に綺麗…。  
 
 街道を歩みがてら、ナツメヤシの幹を撫でる。  
 無数の繊維からなり、ざらざらと乾いたその感触は、  
 どれほど調べても“本物”とまったく見分けがつかない。  
 
 風は熱く乾いて砂塵を孕み、空には雲ひとつかかっていなかった。  
 辺りに行き交うのは浅黒い肌をした中東系の民族で、男たちはガタラで頭部を多い、  
 女性は黒いヴェールで全身を覆い隠している。  
 
 そのような中、肩や背中を剥き出しにし、膝下まで伸びる、  
 フリルのついた薄地のワンピースという少女の姿はあまりに周囲の目を惹いた。  
 否、人々の目を惹いているのはその異質な服装や肌の色だけではなく、  
 まるで天使のように清らかで整った、そのたぐいまれな美貌であった。  
   
 煙るような睫に縁取られた、夢見るように輝く薄茶色の瞳。  
 風を孕んで翻る、艶やかなウェーヴを描いて腰の下までも伸びる亜麻色の髪。  
 大人しい性格を反映してか、前髪は柳眉の上で切り揃えている。  
   
 背の丈は160pに届くかどうかだが、小顔のためかスタイルが良く、実際以上に背が高く見えた。  
 それなりに胸は膨らんでいたが、手足も腰も硝子細工のようにかぼそく、  
 美しくはあるが病弱で、どこか儚げな雰囲気を漂わせている。  
 
 少女の名は『桃生小鳥 (ものう ことり)』。  
 日本の高校に通う16歳の女子高生だった。  
 
 だった、というのは最早それは過去の像であり、今は学校には通っておらず、  
 彼女にとって国籍も年齢も意味の無いものとなったからだ。  
 なぜなら彼女はもう歳を取ることはない。  
 その肉体は現実世界の時間の束縛から解放されていた。  
 
 生けとし生けるもの全てが囚われた運命である“死”すらも、彼女を支配する事はない。  
 なぜなら少女は何度死んでも、そこが記憶の終着地ではなく異空間で蘇る。  
 本人が望まずして、ある意味 “不死” に近い存在となったのだった。  
 
 ──暑い……  
    でも、日本の夏と違って、湿気がないぶんマシかな。  
 
 城門から伸びる賑やかな中央通りをめぐる小鳥。  
 これから何かイベントが行われるのか、長梯子に乗った男たちが  
 あちこちの軒先に幻想的な造形の洋燈 (ランプ) を取り付けている。  
 看板にところどころ散見されるカリグラフィの文字はまったく読めず、  
 道を行き交う人々はいずれも初めて見る異民族であったが、  
 不思議とその言葉は理解する事ができた。  
 
 もうすぐ雨季が来るとか、今宵の祭りが楽しみだとか、遠く離れた王都では  
 古代遺跡を発掘中に、王の妹が行方不明になってしまったらしい……などと、  
 様々な会話が交わされている。  
 
 小鳥は額の汗を拭うとともに、日差しの強さが気になり  
 帽子があればいいのに、と思った。  
 そこで街路樹の木陰に隠れて強く念じると、空間から滲み出すようにして、  
 ワンピースの色に合わせた、つば広の白い帽子が頭の上に現れる。  
 
 ──これでよし。  
 
 少女は“世界”に干渉し、微弱ながら“世界”の姿を変える事ができた。  
 彼女と同じ “渡り” である青年は、“渡り” の祖である古代ギリシアの男が  
 同じ力を有し、そう名づけたのだと彼女に教え、この力を “モルフェウス・デュナミス” と呼んだ。   
 
 小鳥は “力(デュナミス)” を有するが故に、仮に下心があって襲い掛かって来る者がいても、  
 20秒もあれば相手の体の一部を “世界” から消し去るくらいの事はできた。  
 自分から騒ぎを起こすような事は一度もなかったが、その奇跡的なオネイロスの力によって、  
 これまで出会ったさまざまな “世界” において、おのが身を守ってきたのだ。  
 
 しかし所詮は微々たる力であり、発動が遅く連続して使えないため、  
 暴走する群集や銃を持った相手には敵わない。  
 そのため小鳥自身、今まで別の“世界”で撃たれたり首を刎ねられたりして  
 “殺されて” しまった事もある。  
 また、“世界”の “あるじ” とその直接の所有物に関しては、  
 干渉することができないのがこの力の欠点であった。  
 
 
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      U◆逃走劇  
 
 
 ──ザワザワ  
 ──ガヤガヤ  
 
 俄かにざわめきが上がり、辺りの人々が怪訝な目で小鳥を見ていた。  
 どうやらデュナミスによって帽子を生み出すところを目撃されていたようだ。  
 
 「魔法だわ!」と女の一人がヒステリックな声を上げたのを皮切りに、  
 道行く者たちが足を止めてこちらを振り返る。  
 どうやらこの街の人々は迷信深く、魔法は忌み嫌われるような力であるらしい。  
 小鳥はまずい事になったと思い、俯き加減にその場を立ち去ろうとしたが、  
 襤褸を纏い、歯の抜けた老婆が指を突きつけて叫んだ。  
 
「“ゼノビアの祭の日に、異国の魔女と三体の眷属が現れ、大いなる禍いを齎す。  
 かつてない地の御怒りに町は悉く崩れ去るであろう”──」  
「……!?」  
「お告げの通りじゃ、魔女が…予言の魔女が現れおった!」  
「魔女だわ、あたし目撃したもの!」  
「聖なる祭を汚す滅びの魔女め!」  
 
 周囲に騒ぎが広がり、針路を変えて別の道に向かおうとするも、  
 恰幅のいい男が立ちはだかって逃げ道を塞ぐ。  
 
「捕まえたぞっ!」  
「いっ…いたたた!」  
   
 周囲全てを人々に取り囲まれて退路を失い、小鳥が顔を蒼白にする中、  
 背後から屈強な男がゴリラのような毛むくじゃらの手を伸ばして腕を掴んできた。  
 猛然とした力にかぼそい骨が軋んで折れそうになる。  
 しかし次の刹那、小鳥の腕が一瞬半透明になったかと思うと、  
 まるで幻のように男の手の中を“すり抜け”た。  
 
「えっ」  
「ば……化物だ!」  
「悪霊だわ!?」  
「捕らえよ! 何としても捕らえるのじゃ!」  
 
 ざわめきが広がる中、老婆が檄を飛ばし、  
 逃げ場のない四方八方から同時に手が伸びる。  
 
 先刻は腕だけを“移動”させたが、小鳥は今度はデュミナスを使って  
 咄嗟に身体全体の“軸”を4次元方向にずらした。  
 3次元軸上にある群集は異なる軸にいる小鳥を捕まえられず、  
 はっきり目の前に目視できるにも関わらず、その手は悉くすり抜けて空を切る。  
 
「ど…どういう事だ!?」  
 
 地上に立つ人間とそのぴったり頭上を舞う鳥は、  
 “高さ”の概念が無い一次元世界では触れ合っているように見える。  
 しかし“高さ”という軸が存在する2次元世界では、高さの違いから触れ合う事はない。  
 同様に今の小鳥の姿は、垂直・水平・奥行きの3軸上の座標が同じであっても、  
 更なる第4の軸方面へずれているため、何を行ったところで捕らえる事などできはしないのだ。  
 
 小鳥はその特性を利用して駆け出し、二重三重になった人垣を一直線にすり抜けて背面に出た。  
 更に民家の壁の中に飛び込み、丁度テーブルを囲んで食事している一家の只中を走り抜けて  
 反対側の壁をすり抜け、薄暗い別の路地に“実体化”する。  
 幸いこちらの道の人通りは少なく、彼女が壁を抜けて出現したところを目撃した者はない。  
 
「〜〜〜〜〜ッッッッ!?!?」  
 
 背後の屋内で、テーブル上のものがぶちまけられる狂騒音と、けたたましい悲鳴が上がった。  
 昼間なのに幽霊が出たとか、憑り殺されるとかいう恐怖に引きつった声が上がっている。  
 
 ──はぁはぁ……まるでお化けみたいな事をしちゃったわ。  
    まあ、今の私ではあながち間違いとも言えないのだけれど……。  
 
 元々運動は得意でない上、“力”を使いすぎたため、ぐったりとなって壁に凭れかかる小鳥。  
 “力”が一時的に枯渇し、これ以上4次元軸にずれ込む技の発動はできそうも無かった。  
 
 しかし安心はしていられない。  
 最初の路地で彼女が壁に飛び込んだ姿を目撃した者たちが、  
 ドアを開けて民家に雪崩れこみ、「ここに魔女はこなかったか!?」「魔女はどこに消えた!」と  
 一家に詰問している高圧的な声が聞き取れた。  
 
 小鳥は追っ手が来ないうちに逃げるようにその場から離れ、息を切らして人ごみを逆走し、  
 巡礼者にまぎれて荘厳なモスクの中へと逃げ込んだ。  
 
 内部は思った以上に広く、仄暗い中、無数の燭台に幻想的な燈火が揺らめき、  
 天井には壮麗なアラベスクが描かれていた。  
 床の上には等間隔に並んだ大勢の信者たちが拜跪し、  
 波となってうねるような祈りが厳かに繰り返されている。  
 
 隠れられそうな手頃な場所が見つからなかったので、  
 小鳥は視線を巡らして素早く裏口を探し、追っ手が来る前に急いでそこから出ようとした。  
 
「ごめんなさい、そこをどいてください!」  
 
 裏口の前に白いフードをかぶった長いローブの男が佇立していた。  
 少女はその脇を抜け、ドアを開けようとするも、  
 返ってきた手応えは硬く、施錠されている事に気づいて慌てて留め金を外そうとする。  
 と、唐突に背後のフードの男が語りかけてきた。  
 
「待っていたよ、“渡り鳥”。  
 ようこそ、オレたちの“世界”へ──」  
「…………!?」  
 
 鋳鉄の留め金を手にした少女の手が止まる。  
 
「よかった。想像していたより何倍も綺麗だ。  
 これなら記憶を操作し、潜在的な願望を発露するよう植えつけた  
 オレの同行者も、きっと君を気に入る事だろう」  
「……あの。  
 私を、知っているんですか……?」  
 
 おそるおそる振り返って訊ね返す。  
 その顔を覗かれまいとするかのように、  
 白フードの男は、まるで幽鬼のように床の上を滑って距離を開いた。  
 
「蜜蜂が花に群がるように、花が蜜蜂に対して花弁を開くように、  
 互いに惹かれ合ってオレたちは出会った。  
 これからキミはこの街で3人の男と出会うだろう。  
 そして3人それぞれにより、異なった愛され方を知るだろう」  
「それは、何の事ですか?」  
「キミを待ち受けるサプライズだよ。運命とも言うね」  
 
 何を言っているのかまったく理解できなかった。  
 
「……貴方は何者? 私と同じ“渡り”なの?  
 それとももしかして、この世界の“マスター”……?」  
 
 どうかな……? と、フードの下から金色の髪を覗かせつつ、  
 青い目をしたその青年は薄く笑う。  
 
「“渡り”ではない。といって“あるじ”かというと、  
 外れてもいないが、完全なる正解というわけではない」  
「どういう意味なの? そして、どうして私の事を……?」  
「…とある知り合いが、オレに君を紹介してくれたんだ。  
 とても魅力的で、綺麗な女の子だと」  
 
 もっと近寄って顔を確かめようと小鳥が歩み寄るも、  
 すぅ、と音もなく水平移動して逃げる白フード。  
   
「彼の猫の眼には、現し世の者が見るかりそめの像が、  
 本質のみで構成された、まったく異なる姿に見えるようになっている」  
「…………」  
「同様にオレには君が、天使のような清楚な少女の殻をかぶったその下に、  
 どうしようもなく淫らで、貪欲かつ黒い慾望にまみれた、真の貌を隠しているのが見えるよ。  
 そしてその事をキミ自身が認めず、心の奥に押し隠して厳重な封印を施している。  
 真のキミは“解放”されたがっているんだ」  
「……いったい何の事?」  
「それは君自身が一番わかっている事だろう。  
 だから君の出会う“世界”は、様相こそ様々であるものの、  
 いつも見目麗しい男たちの登場するものばかりなんだ」  
「…………!」  
「これまで幾つもの世界で心惹かれる男たちに出会ってきたろう?  
 しかし一度も“目的”を果たせなかったろう?  
 君はいまだそれを負い目に思い、自分の願望に執着している。  
 それ故に数ある夢の中でも、今度はこの“世界”に惹かれてやってきたんだ」  
 
 まるで過去に渡り歩いてきた“世界”を見透かされたようで、  
 少女は指先を震わせる。  
 謎のフード男は、彼女のすぐ背後に移動して囁きかけた。  
 
「君が “神威” に逢いたがっている事も、  
 呪わしい “狭間の世界” から解放され、  
 安息を求めて冥府に落ちてたがっている事も知っている。  
 しかしそれ以前に求めるものがあるという事も」  
「…貴方の名前は?」  
「そのうち知る事になると思うよ」  
「私を紹介した、貴方の知り合いって誰なんです?」  
「蜃気楼のように現れては熄える、“玖月牙暁 (くづき かきょう)” という儚い男さ」  
「ええっ!? 牙暁さんを知ってるの……?」  
 
 驚いて振り返る小鳥。  
 しかし、つい今まで背後に立っていた筈の男の姿は、  
 もはやどこにも見られはしなかった。  
 
   
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      V◆宝物庫  
 
 
「侑子さん、さっきはあんな事言ってたけど、いったいどういうつもりなのかな……?」  
 
 店主が“第三宝物庫”と呼んでいる奥まった物置の定期清掃をしながら、  
 三角巾をかぶった眼鏡少年は呟いた。  
 蔵品を陽の光で傷めないよう、窓の無い息の詰まるような密室に、  
 世界中から蒐められた壺や彫像、三味線、文具、祭具、掛け軸を収めた箱など、  
 幾つもの骨董が所狭しと並べられている。  
 
 ファイの刺青や黒鋼の刀など、魔法や呪いがかかった曰くつきの品を揃えた  
 第一・第二宝物庫と違い、ここに藏められたものはさして重要なものではないとの事だったが、  
 それでも16歳の高校生である四月一日君尋 (ワタヌキ キミヒロ) にとっては興味深い品々ばかりだった。  
 はたきで棚の埃を落とし、箒で床を掃除した後に、  
 そうした骨董をひとつびとつ拭き浄めるのが、アルバイトとして雇われた彼の今の仕事である。   
 
「まさか、単なる俺の聞き間違いだよな。  
 あんな願いを叶えるだなんて……」  
 
 絵皿を磨く手を休め、額の汗を拭きながら吐息する。  
 
 ――その願い、叶えてあげましょう。  
 
 彼が気にしているのは、1時間前に女主人が口に乗せたひとことだった。  
 普段ならただの他愛ない悪戯と取れるが、彼の知る限り女主人は、  
 いつも煙のように捉えどころのない発言をしていながらも、自ら言霊を裏切った事は一度もない。  
 それゆえに何かの間違いだと思いたかった。  
 
「でも、もし本当だったらなぁ…」  
 
 ここは謎めいた力を持つ女主人――壱原侑子 (イチハラ ユウコ) と、  
 その召使いであるマル・モロが住む謎の館の一角である。  
 館は都内の一等地に庭園つきの店を構えながらも、その敷地内はこの世ではない。  
 どこか別の次元に位置しながらも、空間座標を重ね合わせる事で現世と繋がっていた。  
 この世に存在しないがゆえ、普通の人間は館の存在そのものに気づく事なく、門の前を素通りする。  
 
 だが惣闇 (つつやみ) の中で深邃なる本能の命ずるがまま羽虫たちが灯火の周りに群がるように、  
 この館でしか叶えられない願いを持った者たちが、時たま導かれるようにして幽 (かく) された門を潜る。  
 そして主の侑子はそうした “キャク” を相手に、何らかの対価と引き換えに  
 その願いを叶える、特殊な “ミセ” を開いているのだった。  
   
 四月一日もはじめはそうして訪れた客の1人だった。  
 彼は生まれつき、他の者には見ることのできない妖 (あやかし) が見える特異体質の持ち主で、  
 その体質ゆえ世俗の者とは馴染む事ができず、悩みを抱え続けていた。  
 彼はこれを病気と看做し、初めてこのミセを訪れたその日のうちに  
 侑子に治療を頼んだが、代償としてこのミセで働き続ける事を要求された。  
   
 以降彼は学校が終わると毎日のようにミセに通うようになったが、  
 きまぐれな女主人は彼の料理の腕と黽勉さをたいそう気に入ったようで、高麗鼠のようにこき使った。  
 侑子は様々な異世界や妖の世界に通じる異端の魔女であり、その下で働くうちに、  
 四月一日は普通の人間に話しても到底信用してもらえないような、数々の奇跡的な出来事を経験した。  
 そして今ではこの店を始めて訪れてから、もうそろいろ1年が経過しようとしている。  
 
「きちんと磨いてるようじゃない。感心感心」  
 
 ふいに後ろから声をかけられ、振り返ると、  
 入口の扉に孔雀の尾羽模様の和服を纏った女主人が立っていた。  
 夜の一角を切り取ったかのような美しいストレートヘアを長く腰の下まで伸ばし、  
 逢魔ヶ刻の闇 (くらがり) を覗き込む猫のように、瞼を半目に開いて悪戯っぽくこちらを眺めている。  
 
「あ、侑子さん、どうも」  
 
 ぺこりと一例し、再び絹布で皿を磨く作業に戻る。   
 侑子は壁に背をもたれながら鷹揚に命令を下した。  
 
「四月一日、今晩は特別な“料理”にするから、一番いい皿を選んでおきなさい」  
「は? 何か特別な事でもあったんですか」  
「ふふん、今日は月に一度の聖なる“儀式”の日なのよ。  
 その宴に、特例としてお前も招いてやろうと思ってね」  
「月に一度……って、そんなの今までありましたっけ?」  
 
 また適当な口実を設けて酒を飲むつもりじゃないだろうな…と  
 半信半疑で質問を投げかける。  
 
「この“ミセ”は、外の世界とは時間の流れが違うのはわかっているわよね?」  
「え……ええ、何となく」  
「お前が帰った後、その日だけは外界との全ての出入口を切り離し、  
 あたしたちだけで特別な“儀式”を行うの。  
 お前が翌日入ってきたミセは、実は一日ぶん時間をスキップさせた2日後のミセなのよ」   
「そ、そうだったんですか?」  
 
 長く勤めるうちに、このミセについてはそれなりに多くの知識を得てきた心算だったが、  
 四月一日にとってもそれはまったくの初耳だった。  
 そこまでしていったいどのような事をしているというのか。  
 
「じゃあ、この絵皿なんてどうでしょうか。けっこう気に入ってるんですけど」  
 
 手を止めて直径50pほどもある、磨いている途中の大皿を見せつける。  
 表面に鳳と凰が相対する豪奢な絵が描かれ、裏側に『大明成花年製』と記されている。  
 民代初期に景徳鎮の官窯で焼かれた事を証するもので、これだけ精緻な  
 技巧を凝らした絵柄と保存状態なら、時価1億円は下らないだろう。  
 もちろん贋作だろうが、本物なら個人が所蔵するようなものではなく、美術館に寄付すべきものだ。  
 
「侑子さんって骨董好きなのか、この手のレプリカ皿、ここに百枚以上揃えてありますよね。  
 古伊万里の名品や古代ローマのミルフォリ (モザイクガラス) 皿、中世ファエンツァのマヨリカ陶器、  
 ラスター彩のイスラーム陶器にエトルリアで発掘されたアッティカ赤像式の皿……  
 まるでどれも本物みたいで凄いですよ」  
「あら、全部ホンモノよ?」  
 
 眉ひとつ動かさずに侑子は言った。  
 
「ま……まさか。  
 で、この皿で問題なければ、今晩のご馳走は何にしますか?  
 できるだけ期待に添えるものを作ろうと思うっすけど」  
「わざわざ作らなくてもいいわ。こちらで最高のモノを用意してあるから」  
「えっ」  
 
 珍しい事だった。  
 定期的にこのミセには、どこからともなく大量の品物が届き、  
 その中には怪しげな鉱石や薬品に混じって、  
 見たことも無い動物や木の実などの食糧が混じっている事がある。  
 その類だろうか。  
 
 しかしそうした品物は、四月一日が調理した料理を侑子が食べている一方で、  
 彼女はまったく手をつけようともせず、かわってマルとモロの双子が、  
 あの小さな体のどこに入るのかと疑うほどの旺盛な食欲で胃袋に収めていた。  
 それゆえそうした食物は、あくまで二人のためのものとして  
 侑子が取り寄せているものだとばかり思っていたのだが。  
 
「じゃ……じゃあ、お酒はどうします? やっぱり飲まれるんですか?」  
「当ー然!」  
「70年ものの古酒(クースー)とか幻の本醸造秘蔵酒とか、それなりのを揃えてますけど、どうします」  
「ああ、そっちはいいのよ。お前も知らないとっておきのモノを用意してあるんだから」  
「そ、そうなんですか?」  
 
 これまた珍しい話だった。  
 頻繁に酒を切らして、補充のため少年をお使いに行かせるうわばみの女主人が、  
 そのようなものを隠していたとは。  
 
 と、ちょうど四月一日が皿を磨き上げたところで侑子が手を叩き、  
「マルー! モロー!」と召使いを呼び寄せた。   
「あーい」「ご主人様!」と言って、二人組の幼女が現れる。  
 
「…これを、いつものところに」  
「わかったのー」「わかったのー」  
   
 四月一日から皿を受け取って抱え上げるマルとモロ。  
 少年は傍らの桐箱から次の皿を取って、無心に磨き始めたが、  
 なおも女主人がヒマそうに壁際に佇んでいるのを見て、質問を投げかけた。  
 
「……そういえば侑子さん、いつぞや現れて、どこかに旅立った小狼君たちは、  
 今頃いったいどこで何をしているんでしょうかねぇ」  
「小狼の事、マルも知りたいー」「モロも知りたいー」  
「……ああ、カレらね。心配ないわ。全員無事に旅を続けているから」  
   
 女主人は犀利に目を細める。  
 その表情に一瞬不安そうな翳が過ぎったのを、四月一日は見逃さなかった。  
 
「……もしかして、何かあったんですか?」  
「小狼君やサクラちゃんたちは今、あるセカイのホテルに泊まっているのだけれど、  
 様子がおかしいの。モコナと連絡が取れないのよ」  
「えーっ?」「どうして?」  
 
 詳しく聞きたげに双子の幼女が足元に抱きついた。  
 
「宿泊している部屋に何か特殊な結界を張って、  
 外部の者を一切立ち入らせないようにしているようだわ。  
 どこで覚えたのか、この私ですら見た事もない咒式で、内部の様子がわからないのよ」  
「……えーと、ホテルにチェックインするまではみんな無事だったんですよね?  
 それからホテルで何も騒ぎが起こってないとすれば、心配ないんじゃないですか」  
「なら、どうして結界を?」  
「誰か恐ろしい敵にでも狙われていて、その用心のためだとか」  
「それならまだ理解できるんだけどね。  
 私が見ている限り、今のセカイに来てからそんな奴らに狙われている様子は無かったわ」  
「…………」  
 
 四月一日は少し考え込んでから、    
 
「敵側の人間が情報遮断のために張ったとかいう可能性は?」  
「ううん、結界を作ったのは小狼君の仲間の一人よ。私も見ていたから間違いないわ」  
「なら、問題ないじゃないですか」  
「普通に考えればそうなのだけれどね。何かひっかかるものがあるのよ」  
 
 胸を強調するような形に腕を組み、思索を巡らす侑子。  
 ふと、ある可能性に気づいて柳眉を吊り上げる。  
 
「まさか……」  
「……?」  
「そんな事はないと思いたいのだけれど……ね」  
「どうしたんですか、侑子さん?」  
 
 怪訝に訊ねる少年に対し、女主人は苦々しそうに言った。  
 
「彼らはまさか、この私から、逃げようとしているんじゃないでしょうね……?」  
 
 
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      W◆虚空の人魚  
 
 
 モスクを抜けた小鳥は、雑駁に入り組んだ裏路地へと出た。  
 豹のような毛並みをした、彼女の来た世界ではとうの昔に亡び去って見られない  
 古い種族の猫たちが集会を作っていたが、  
 親しげに小鳥が近づくと一斉に逃げ去っていく。  
 不満げに唇を尖らせつつも、少女は不思議そうに呟いた。  
   
「いったい何者だったのかしら、さっきの人は……?」  
 
 白昼夢を見ていたわけではない。  
 あれが白昼夢だというのなら、この“世界”全体がそうだ。  
 なぜならこの世界は“存在”そのものが虚構であり、本当はどこにも在りはしないからだ。  
 
「この“世界”の人ではないわ。  
 といって、“渡り” の力を持っているわけでもないと言っていた。  
 それより、これからどうしようかしら……」  
   
 いつもなら新たな “世界” を訪れた際、小鳥は黄金や宝石など、  
 デュナミスによって何か価値のあるものを創り出して住民に与え、  
 それと引き換えにその世界の通貨を得る。  
 そして安全でプライパシーの保てる場所──多くは宿屋の個室に泊まって時間の経過を待つ。  
 
 なぜそのような事をするのかと言えば、だいたい7時間〜10時間程度で  
 “世界”そのものが消滅してしまうためだ。  
 
 その後はいつも小鳥が “ホーム” と仮称している、虚無の空間に戻される。  
 そこには思念のほか一切の物質が無く、  
 彼女は肉体すらも形をとどめあえていないのだが、  
 いつも本人の潜在的意識に従って、長い尾と幻想的な尾鰭を持つ人魚の姿になる。  
 
 ──どうしてわたし、いつも人魚の姿になるのかしら?  
 
 かつて小鳥が夢の中の海で死んだ母親と再会した時も、母は人魚の姿をしていた。  
 彼女と同じ力を持つ病弱な青年・牙暁は、この夢は小鳥の無意識の投影であり、  
 薄暗く静かで殺風景な “海底” は死の世界──  
 ただし永遠の暗黒に閉ざされた冥府、光輝に包まれた天国のまだいずれにも属さぬ、  
 その前段階の “孤独な浄罪の世界” の可視化だと言った。  
 
 そして “人魚” は人魚姫の寓話に見られるように、叶う事の無い恋愛の象徴、  
 またその肉を食べると不老不死になるとの話に見られるように、  
 天地のいずれにも属さず永遠に彷徨う者──  
 “幽霊” の暗喩なのだと彼は説明した。  
 
 

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