君たちの知らないいくつかの出来事.3  
 
「げげっ!?」  
 さめざめと鬱陶しく雨が降りしきる下校時間。  
 自分の下駄箱を空けた綾乃の隣りで、洋子が麗若き乙女が口にするにはあまりお上品でない声を上げた。  
「どうしたんですか洋子さん?」  
 心配そうに声を掛ける綾乃だが、答えは洋子の手にするものを見れば自ずとわかる。  
 それはピンクの封筒だ。ご丁寧にもハートマークまで付いている。  
 由緒正しい“それ以外の何に見えるんだ”というくらい剛速球ど真ん中ストレートの、マックス160`ラブレターだ。  
 でも投げたのは、  
「これって? 女性の名前ですよね?」  
 ぴらっと裏返して差出人を見た洋子は、気味悪そうにその名前を眺めてる。  
「まぁ、こんなオチだろうとは思ってたけどね」  
 本人もなんとなくは、“女の子から”だろうというのは予想していたようだ。  
 たしかに洋子は美人ではあるが、綾乃の知るかぎりでは、“男の子から”ラブレターを貰ったというのは聞いたことがない。  
「ふぅ〜〜 帰ろっか……」  
「はい」  
 いつもならばエスタナトレーヒチーム+ワンで帰るのだが、今日はなにやらそれぞれ用があるらしく、バスケットの助っ人をしていた  
洋子と、それを待っていた綾乃の二人だけである。  
 帰る道すがら、色よい返事を返すつもりなどは毛ほどもないが、一応洋子は中身だけは目を通そうと封筒を開けた。  
 
 相合傘をしている綾乃は“見てはいけない”と、視線を務めて前にする。  
「ねぇ綾乃、見てもいいよ、っていうか一緒に見てくんない?」  
「え、でもそういったものは真剣な気持ちを書いているわけですし……私が見るのは…………」  
 洋子はグルンッと、ちょっとだけ自分より背の高い綾乃に凄い勢いで顔を向けると、  
「私も真剣に気持ち悪いのっ!! はっきり言って怖いのっ!! お願いだから一緒に見て!!」  
 顔を口にして言い放った。その目は本気で真剣である。  
「……ふふっ わかりました」  
 綾乃は親友のこんな強引なところも含めて大好きだ。もちろん好きなところは、まだまだたくさんある。  
 大胆で繊細で……そのうえ強くて脆い…………洋子さんは不思議な人……  
「……綾乃」  
「は、はい!?」  
 珍しく綾乃はあわてた。洋子の声は澄んでいて、自分の秘たる心まで見透かされた気がしたのである。  
「………………もしかして……もう読んでる?」  
「は?」  
「こ・れ・よ」  
 ペチペチとラブレターを手の甲で叩く洋子の顔も、よくみればうっすらと頬を赤くしていた。  
「こんなものを純情可憐な乙女に送りつけてくるなんて、たとえ女同士でもセクハラよセクハラ!!」  
 ペチペチをバシバシに変えて洋子は捲くし立てる。  
 手紙の持ち主が興奮している為に読みづらいが、綾乃も目立つ文字だけでもとりあえず読んでみた。たしかに、  
「こ、これはスゴいですね」  
「これはもう猥褻物よ、猥褻物!!」  
 洋子は可愛げがないくらいにあらゆることが出来、そしてモノもよく知っているが、性に対してだけはことの他疎く初心である。  
 
 普段の凛々しい洋子さんも好きだけど、こういうときの洋子さんも可愛くって大好き……  
 毎日毎日少しずつ、心の器に想いが溜まっていったのかもしれない。  
 それが外部からの、ラブレターという形を取った衝撃で一気にあふれ出し、綾乃にある決意をさせた。  
「…………洋子さん……雨が止むまで……私の家に寄っていきませんか?」  
 友達を雨宿りに誘うにしては、その声はずいぶんと堅い。顔の表情も洋子が見たことがないくらいに緊張が見て取れる。  
「どう……したの……?」  
 思わず洋子は質問に質問で返してしまった。  
「来てほしいんです……洋子さんに!!」  
 顔を寄せる綾乃、仰け反る洋子。  
 自分には向けられることのないと思っていた親友のプレッシャーに、さすがの洋子もコクコクとうなずくことしか出来ない。  
「それじゃイキましょう洋子さん」  
 腕を絡めてくる綾乃にいつもと違う異質なものを感じながらも、大人しく引っ張られるしかない洋子だった。  
 
 
“カポ〜〜〜〜ン”  
 白鳳院家のお風呂には洋子は何度か入れてもらったことがあるが、いつ来てみても、  
「……広い」  
 そして気持ちいい。  
 外ではいまだに雨がシトシトと降りつけてはいるが、これが中々に風流で乙なものだ。  
 自分は日本人なんだなぁっと、湯船に肩まで浸かった洋子は改めて実感する。  
 島宇宙を飛び回り、色々と度肝を抜かれるものを見たり体験してきたりしたが、意外と人間幸せを感じるのはこんなときかもしれない。  
「お湯加減はどうですか?」  
 扉の向こうの綾乃の声も、なんだか妙に色っぽく聞こえたりしてしまう。  
 洋子の頭の中では“こりゃぁ極楽だわぁ”などとオッサン臭い感想が思い浮かんでしっまった。  
「……まどかの病気が伝染したかなぁ……それとも紅葉?……」  
 洋子はお風呂以外の理由で頬を赤く上気させると、腕を組んで変わってる友人たちとの付き合い方を、ちょっと考え込んでしまう。  
 もちろん、“変わっている”自分のことは最上段に棚上げだ。  
「洋子さん? 入りますよ?」  
 いつまでも返事のない洋子に一応失礼にならないよう断りを入れてから、擦り硝子の引き戸を開けて綾乃はタオルで前を隠しながら  
シズシズと浴室に入ってくる。  
「お湯加減はどうですか?」  
 さっきしたのと同じ質問をしながら、腰を屈めて綾乃は手桶で湯船からお湯をすくった。  
「ん? ちょうどいいよ 三十世紀のバカみたいに広いだけの温泉よりず〜〜〜〜っと気持ちいい!!」  
 言いながら洋子は、腕を組んで胸を突き出すように伸びをする。  
 綺麗な乳房は火照ってほんのりと淡く色づき、桜を想わせる乳首はお湯に濡れてなんとも艶かしく、綾乃を“ドキリ”とさせた。  
 
「そう……ですか…………」  
 平静を装いながら、綾乃はさりげなく目を逸らすと掛け湯をする。でも身体はお湯を掛けるまでもなく、もうとうに熱く火照っていた。  
 ふしだらなっ!!  
 とは、自分でも重々承知しているのだが、一度意識してしまったものを抑えるのは難しい。  
 ただ綾乃は自分が洋子とどういった関係になりたいのかはまだ漠然としていて、それがまた切ないモヤモヤを深くさせる。  
 それになによりも…………洋子がそんな関係を望んでいるとは思えなかった。  
「……はぁ」  
 ため息なぞを吐いてしまう。そんな綾乃の悩みの全てを察しられたわけでもないだろうが、  
「早くおいでよ綾乃」  
 とりあえず洋子は自分の隣りに手招きする。  
「は、はい」  
 例え緊張していてもそこは達人レベルの武道家。  
 綾乃は優雅とも言える所作で爪先から湯船に身体を沈めると、すっと音もなく洋子の隣りに、微妙な距離を置いて腰を降ろした。  
「どうしたの?」  
 怪訝な顔をした洋子は無造作に間を詰める。自然な流れでふたりの肩が触れ合った。  
「え!?」  
 洋子が呆けた声を出す。綾乃の身体は制空圏に入られた武道家のように無意識で動いていた。  
「んッ!?」  
 ふたりの少女の唇が優しく重なる。これが赤の他人であれば、そもそも洋子がこんなに容易く唇を許すはずもない。  
 ただ思いもかけなかった友人の行動に、洋子は戸惑い身体と心を堅くする。“仕方がない”とはいえ、結果的にそれがマズかった。  
 隙があれば躊躇わずトドメを刺すのが武道の鉄則である。(これは武道ではないが)  
 こんな経験は綾乃にだってない。なのに“スルリ”と舌が、親友の歯を押し割るようにしながら口内に侵入する。  
「んンッ!? んむぅッ……んッ、んふぅッ!?」  
 縮ちこまっていた洋子の舌を絡めとリながら、綾乃はちょっとだけ背の高い利点を活かして覆い被さる様に身体を預けた。  
 柔らかな少女のふくらみが密着し、仲良く淫らに歪んでつぶれる。  
 
「ん……んぁッ……んふ………はぁッ………ン……んふぁッ……」  
 キスを続けていると、最初は押し退ける為だろう、綾乃の肩に置かれた洋子の手が、彼女にしては珍しく迷ったような動きをしながらも  
ゆっくりと細い首筋に巻きついた。  
 綾乃はその洋子の行動に心の中で“ホ……”とため息を洩らすと、少しだけ顔を傾けてより深く舌を奥へと侵入せる。  
 そして自分の唾液をそそぎ込みかき混ぜながら洋子の味を吸い上げた。  
「んむッ……ふぅ……んンッ……んぅ…………くぅッ………んンッ…………」  
 元々が受身の性格ではない。洋子の舌も積極的に踊りだす。  
 女子校生が奏でるには些かハシタナイ“クチュクチュ……”といった音を湯殿に響かせながら、夢中になって綾乃の舌を貪りはじめた。  
 もうふたりの身体はのぼせ上がっている。お湯ではなく互いの身体と、情熱的な心に……。  
 次の朝、洋子と綾乃のふたりは真っ赤な顔で、手を繋ぎながら登校した。  
 
 
終わり。  

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