人気がないことをこっそりと確かめた。人に見られたくないのは分るが、むしろ挙動不振となって逆効果である。  
 そもそも品川に遠慮― というよりは恐れをなして ―あまり人気の少ない男子トイレであったが、ここ最近、中から怒声やら悲鳴やら聞こえて来たり、終いには幽霊の噂まで広がる始末で誰も寄り付かなくなりつつあった。  
 それでも抜き足差し足忍び足で中に入ると、煙草の匂いがしないことに少々疑問を持って、煙草を切らしているのだろうかと過去に何度か煙草を口にしていない品川を思い出す。イライラしているんじゃないかと思うと、何故だか楽しくてくすりと笑った。  
「品川君、一緒に……って、あれ?」  
 扉に飛びつこうとして、ドアが空いていることに気付く。勿論中に人の気配はない。  
「また逃げたんでしょうか、それとも」  
 何処か行きそうな場所ありましたっけ? と首を傾げて、ハッと一つだけ思い当たる場所があった。何より最近寝不足そうで授業中も何度か眠りこけていた。  
「まったく、ちゃんと授業受けなきゃだめじゃないですか!」  
 爆睡していた自分の事は棚に上げ、独りでにぷりぷりとかわいらしく怒りながら、花は取り敢えず保健室に足を向けた。  
 
「失礼します……」  
 窓の外が木で覆われているせいか、木漏れ日だけであまり明るくない室内。まだ三月だと言うが、暖冬のおかげか暖房なしでも暖かい保健室は、まるで大きな木の下にいるかの様だ。  
 病人が居てはと考慮しての小声だったが、病人どころか先生も見当たらない。  
 他を当たろうとした花だったが、誰かが寝返りを打つ音が微かに聞こえ、一応覗いていくことにした。  
 誰とも分からないその人を起こしてはいけないとの配慮で、またも抜き足差し足忍び足になった花は、そっとカーテンの合わせ目に手を差し込み、覗ける程度の隙間を作った。そこから静かに覗き、それが品川だと確認するとすっと隙間を広げ、さっと中に入り込む。  
「もう、品川君! いくら放課後だからって、保健室で寝るなんて……」  
「……ん、」  
 あまりに低く色っぽい声に花は訳も分らず赤面した。寝返りを打ち、仰向けに大の字となった品川の前髪は、幾束か垂れて額に張り付いている。シャツははだけ、引き締まった筋肉が見えかくれしていた。何よりも優しく微笑んでいることに、花は胸が高鳴った。  
「どうしたんでしょうか……。び、病気!?」  
 心臓のある、胸の中心辺たりを押さえた花は、けたたましい鼓動に目眩さえおぼえ、品川君ならいいかというよく分らない持論で、寝る場所の十分に確保出来る品川の左横に潜り込んだ。  
 丁度花が頭を乗せた場所には品川の腕があり、跳ね上がりそうになった。更に動悸は増すばかりで、いよいよ本気で病気と勘違いした花は、なんとか早く眠りにつこうとした。  
 そうこうしていれば、不思議なことに段々と花の気持ちは落ち着いて来た。いつもの嗅ぎなれた品川の煙草臭さを感じ、少し気恥ずかしさを感じる。  
 急に花は品川に引き寄せられ、思わず声を上げてしまいそうになった。隣は覗いていないから、誰がいるとも分らない。花はばっと口を塞ぐと、先程より暖かくなって居るのに気が付いた。直接伝わって来る温度にいよいよ花の心臓は壊れてしまいそうになる。  
 品川は花を包み込む様に抱きしめていた。首を屈めてまで優しく包み込むその体勢のせいか、丁度品川の唇が花の額に当たり、花はぎゅっと目を瞑る。  
「し、しししししし品川君っ」  
 どもり過ぎて頼りない語尾が品川の喉をくすぐる。微かに瞼の合わせ目をずらした品川は、俄に戻ってきた意識でその温もりを感じ、それが人の形をしていることに気付くと、急激に目が覚めていくのを感じた。  
 
「し、品川君っ……」  
 え、おい、え!?  
 花の声を聞いて動転した品川は、敢えて今起きたということを強調しつつ、眠そうに目を開く演技をする。かなり不味い演技ではあったが、ある意味純真無垢な花がそれに気付く筈もない。  
「ん。……ふぁああ」  
「あ、品川君。やっと起きましたか」  
 ほっとした様に息を付く花のせいで眠気など吹っ飛んだ品川は、起きて尚布団から出ない花に少々心拍数を上げた。やっと、やっと認めやがったかと内心ガッツポーズをしつつ、演技中の品川は、作った寝ぼけ眼で花を見据える。  
 布団へ入ったせいか、品川に抱きしめられたせいか。崩れかけた髪型が酷く色っぽく見えてしまう。  
 状況が状況なだけに、微かに反応を見せた自身により一層慌てた品川は、なんとか沈めようと掛け布団を被って勢いよくベッドに倒れ込んだ。ベッドに座っていた花は、その反動で大きく跳ねると、着地した先で品川を見つめる。  
「品川君、また寝ちゃうんですか?」  
 うつ伏せの品川はちらりと花を見やって、照れた様に低い声を出す。その返答を聞いて小さく考え込んだ花は、直ぐさま実行とでもいう様に品川の隣へ滑り込んだ。  
 スローモーションでそれを眺めていた品川は、目を見開き、腕で押し上げる様に上体を起こす。そのまま腕で支えると、信じられないとでもいう様に花を見据えた。  
 花はどうしたんですか、品川君と平然と目で語る。頭を抱えたくなった品川は、脱力して、気の抜けた声しか出せない。  
「おま、お前は何を考えてんだよ」  
「え、私なんだか病気みたいなので、少し休もうかと」  
「だからっ、なんでお前は俺んとこに、……っ」  
 それは、品川君の傍だと落ち着くから。脳内花がそう答えるのを聞いて言葉を詰まらせる品川は、強く強く目を瞑った。  
 様子のおかしい品川をいぶかしんだ花は、彼の腕の下からその顔を覗き込む。開いた瞼の先で出会う二人の視線。落ち着いて開いた筈の品川の目には俄に劣情が滲んでいた。  
 
「足立、俺とねるか?」  
 何も知らない花に対して、この質問はずるいと分かっていた。分かっていたが、止められそうになかった。  
 はいと小さく笑う花の唇を、品川は降る様にして突然塞いだ。  
「……っ、何するんですか!」  
 ほんのりと染まった顔で、品川を押し返すのに精一杯だった花が息を荒らす。  
「息、出来ないじゃないですかっ!」  
「うるせえよ、」  
 やはり論点のずれてる花に安心を覚えつつ、品川は苛つく自分を感じて、花の耳元で熱い息とともに吐き出す。くすぐったさにびくりと震えたその耳を唾液に濡らすと、そのまま舌で耳朶を弄んだ。  
「な、私はおいしくありませんよ!?」  
 ただただ驚きに声を大きくする少女の唇を奪い、首筋を舐め上げる。そうして劣情に溺れた笑みを向けると、思いの丈を吐き出す様に熱に浮かされた声で囁いた。  
「んだよ、嘘つきが。甘【うめ】ぇじゃねえか」  
 え、と品川を見つめる花はふと思い立った様に自分の指を口にくわえた。が、甘い筈もない。  
 おいしくない、と出された指を掴むと、同時にリアクションとして出された舌にかぶりついた。上手いこと口内を占拠しつつ、苦しそうに目を瞑る花の頭を撫で首下にその腕を滑り込ませると、退く舌を追いつめ擦り寄せる。  
「……っふ、んん」  
 途端に力の抜けていく花に驚いた品川は、顔を離してその様子を窺った。息荒く、頬を染めている姿は酷く色っぽい。  
「品川君。私、病気みたいなんです!」  
 そんな姿で何を言い出すかと思えば、これである。処理速度低下により理解に遅れた品川は、盛大に間抜けな声を吐いて真下の花を見つめた。目が合った瞬間、さっと視線を逸らす花が可愛らしい。  
 重症だ、と自分が情けなくなってきた品川は、花の上から退こうと一旦跨がる姿勢となった。そんな品川の襟を掴むと、眼鏡のずれた学級委員長は脅す様に叫ぶ。  
「品川君、教えて下さい! なんで私は品川君に抱きしめられると、こんなにドキドキするんですかっ?」  
「はァ!?」  
 驚きより勝る喜びは、もう一度驚きに掻き消される。ほら、と掴まれた腕は心臓辺りに当てられ、支えを失いバランスを崩した品川は花の胸に顔を突っ込んでしまった。  
 確かに聞こえる早い心音が愛おしくて、しかしそれ以上にこの状況に発情している自分もいて、半ば混乱して強く抱きしめる。すると更に加速する心音に、品川は目を瞑って聞き入った。  
「お前さ、多分……」  
 俺のこと、好きなんだよ  
 言えずに呑み込んだ言葉を誤摩化す代わりに、シャツのボタンを二、三個外すと現れた谷間に小さく口づけた。  
 
「ん、」  
「エロい声、出すなよ」  
 おふざけでやったつもりが本気に成り代わりつつあるのを強く感じて、溜め息を吐く。これから先は思いが通じ合ってねえとダメだ、なんて思って耳元で小さく囁いた。  
「足立、……俺、お前が好きだ」  
 くそっ。何こっぱずかしいことしてんだ、俺!  
 柄じゃないことは分かっている。が、根は単なる童貞だと割り切った。とにかく今は、花を抱きたい。それだけだった。  
「私も、品川君のこと、好きですよ?」  
 にっこりと笑う花に、お前の自覚してる想いとは違ぇんだよという様に口づけをする。舌は入れず、啄む様に降れるキスが、酷く気持ちよかった。  
 花が口づけに惚けている間に、品川はシャツのボタンを外して行く。現れたピンク色のブラに象られた、思いの他大きめの胸に指先で触れて、その柔らかさに感動に近い感慨を覚えた。感慨無量、とでも言うべきか。  
「っん、んはあ」  
 やっと唇を解放された花は、やわやわと胸を揉む品川の平常じゃない息遣いに侵されそうになる意識を不可思議に思いつつ、その気持ちよさをも隠してしまう様な平然さで言った。  
「あの、品川君。何してるんですか?」  
「何ってお前……せ」  
 言いかけた所で、どうせ意味など通じないだろう。そう思った品川は、少し悩んで適当に言葉を放り出した。  
「お前の病気、治してやろうってんじゃん」  
 そうなんですか? でも、さっきから余計に酷いんです、  
 花はそういって胸元に目をやる。何気なく嬉しいことを言われた気がして、誤摩化す様にスカートに手を差し入れた品川はたどった太股の先で突き当たった、柔らかい壁を包む布が濡れそぼっているのを知り、唾とともに息を呑んだ。  
 指の腹で押す様に撫でてみれば、小さな窪みから液体が溢れてくる。  
「っ、何だよ。いっちょまえに感じてんじゃねーか」  
 花の言動からはさして感じ取れなかった女としての反応に、少しずつ自身が湧き始めた品川は、そのまま指を動かし始めた。滲み出る液体は水っぽく、妙な匂いがする。  
「あ、止めて下さい、んんっ」  
 漸く反応を見せ始めた花により一層快感を覚えた品川は指をそこに這わせ、窪みを押しては辺りを撫で、とその感覚を楽しんでは、ふと思い立った様にその上の膨らみに触れた。  
 自分のそれと同じくらいに張りつめた小さな突起が、触ってくれと自己を主張している。ゆっくりと撫で下ろすと、花は身体を震わせ、彼女らしからぬ声を出した。  
 
「きゃあっ!」  
 更に滲み出した体液が尻の谷間の間を、川の様に伝っていくのを感じて、歯痒さに腰を浮かした花はより深く品川の指に当たってしまい、更に声を上げた。  
 それを自ら快楽を求めてした行動と思い込んだ品川はブラをずらすと、お留守になっていた胸の頂きを啄む様に口づけて顔を股の間までずらしていく。きつくなった匂いにすら興奮を隠しきれず、品川はその布を剥ぎ取った。  
 ずらされたパンツは予想以上に邪魔だった為に脱がせてしまう。  
 ぐずぐずと蕩けたそこからゆっくりと液が滴るのを見て、品川は思わずそこを舐めた。  
「あ、やっ、んっ」  
 鋭い様で緩い快楽に足を強張らせた花は、止めて欲しいと願って品川の頭を掴むものの、やはり快楽から逃れたくなくて押し付けてしまう。強くなる快感に、骨が抜け落ちてしまった様な気怠さを感じつつ、それでもそれを求めてしまう。  
「はっ、あ、ああっ、しな、がわ、君っ」  
 拙い発音で自分の名を呼ぶ花が何とも愛おしくて、彼女をもっと奥まで知りたくて、指を差し込んだ。狭いそこはそれだけでぎゅうぎゅうと反抗し、異物を追い出そうと何度もうねる。負けじと奥へ進めると、痛みとも悦楽ともとれる声で花は啼いた。  
「んん、あうっ、ん」  
「……っ、足立っ!」  
 今直ぐに挿れてしまいたくなって、しかし花の痛みを考えるとそうもいかない。どの程度、なんて具合は分からないが、とにかく今はそこを攻めることだけを考えた。速い出し入れを繰り返し、反応を見ては指の数を増やしてみる。  
 暫くは花の顔を見ながらそこをいたぶっていた品川は、三本の指をばらけて動かしてみる。徐々に慣れて快楽ばかりを掴み始めた花のそこは、激しくなぶる骨張った長い指に絡み付いて離さなかった。  
「あ、あ、しな、わ、ああっ、や、ひう、んあああっ!」  
 涙でぐちゃぐちゃの瞳を見てそっと唇でその涙を拭った品川は、最後に、と口づけをする。離れた唇との間を結んだ糸が切れるのを眺めつつ、ズボンのフックを外してファスナーを降ろす。地味なボクサーパンツを下げて自身を取り出すと、花のそこへとあてがった。  
「足立っ!!」  
 思い余って叫ぶ品川は、強く花を抱き寄せながら一気に貫く。鈍く鋭い痛みに  
声も出ない花は、苦しげに空気を吐き出しては息を詰まらせた。苦しそうな花をきつく抱きしめて、花が落ち着くのを待ってやる。  
「し、なが、わ、く」  
 ゆっくりと文字を並べる花は、制服の袖を掴んで品川に縋った。  
 
「……痛いか?」  
 心底心配そうに眉を寄せる品川を妙に優しく感じ、ふわふわと心が浮かぶ。なんだか嬉しくて笑顔を作ると、突然品川は顔を強張らせた。  
 いぶかしんでその表情を見つめれば、滔々と流れる血液で熱を持ち、赤く染まる顔が呆然と花を見つめる。  
 その内心が、痛みに耐えて笑う花の健気さにもんどり打っているなどと花は知らない。もはや熱に浮かされたとしか考えられない甘ったるさで口づけを落とした品川は、口を塞いだまま緩々と動き出した。  
「ふうっ!? ふ、う、んんっ」  
 口を塞がれ、教え込まれる様にゆっくりと快楽を覚える花は、逃げられぬ感覚にびくびくと震えてはその強制を求める。品川もそれに応えて行く。  
 口を解放された花は、子供の様に自分の谷間に顔を埋め、愛しそうに額を擦り付ける品川にどきんと心臓を高鳴らせた。  
 追い追い運動を早める品川のせいでぐちゃぐちゃな心音が、さらに乱れてしまう。その上、得体の知れないものに追いかけられる様な不快感に似た快楽が、花を追いつめていくのだ。  
 病気で死んでしまうんじゃないか。そんな不安にかられた花は飛びそうになる意識の中で、自分から離れようとする品川を捕まえて、強く抱きつく。  
 焦る品川をよそに、花は安心して意識を手放した。  
 
「……っうわ、やっちまった」  
 こいつ、力強えんだよ! そう内心で叫んではみるものの、自分への嫌悪ばかり募っていく心をどうにも振り払うことは出来ない。すやすやと寝息を立てる花の穏やかな表情は憎みきれず、品川はただただ自分に溜め息を吐くばかりだった。  
「まあ、なんつーか」  
 初めてだし、その、最初は上手くいってたから、  
 思い出して恥ずかしさに埋もれていく品川は花の笑顔を思い浮かべて、まあいいかとその小さな肢体の横に寝転んだ。  
 

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