● ドーナツ・トーク ● 
 
 ――手を伸ばして、眉に指をあてられた。 
「魚住……くん?」 
 森ノ目シナコは不思議そうな目で枕元に座る魚住リクオを見た。 
 夜。アパートの一室。冬。 
 この日、シナコは不覚にも風邪をひき、熱を出してしまい、学校を休んでいた。彼女は強い 
人間だったが、悪寒に震えるからだを横たえ、右へ左へと揺れる視界のなかで独り、布団にく 
るまっていると、まるで世界のすべてから取り残されたような孤独感にさいなまれ、どうにも 
我慢できず、卓上の携帯電話を手にしてしまっていた。 
 魚住リクオ。 
 自分にとって最も身近な異性。 
 自分に好意を寄せてくれている友人。 
 けれど自分は彼とそういう関係になることを避けた。 
 だのに、彼と自分は以前と変わらぬ距離を保っている。通常、気持ちがすれ違ったらそのま 
ま終わってしまうものなのに。 
 いつのことだったか、同じように自分が臥せってしまった時など、親しい女の子との約束を 
反故にしてまで自分の看病をしてくれた。 
 曖昧な、間合い。 
 おそらく彼も自分も、あぐねているのだ。 
 取り巻く環境や、しがらみ。そういった諸々のことから。 
 果たして彼は来てくれた。平日の、それも昼間から。 
 アルバイトは、と聞くと、彼は曖昧に笑って「気にすんな」と言った。多分、髪の長い「キ 
ノシタさん」に迷惑をかけたのだろう。今度あのコンビニに行くことがあったら何か差し入れ 
を持っていこう。どんなものがいいだろう。あ、確かバンドをやっているって聞いたな――。 
「魚住……くん?」 
 気がつくともう、夜だった。私はどうやら眠ってしまったらしい。額に濡れたタオルがあて 
られていた。 
 それとは別に、私の眉に魚住くんの指が触れていた。撫でつけるように、優しく、その指は 
動いていた。 
「どうしたの?」 
 私の問いには答えず、彼は次の行動に移った。 
 眉に、キス。 
「え……」 
「ごめん、シナコ」 
 搾り出すような声が合図。 
 布団を剥がされ、私の枕が押しのけられ、代わりに魚住くんの腕が入ってきた。私は頭を抱 
えられるかたちになり、同時に肩を掴まれ身動きがとれなくなった。 
 そうして、腕一本でからだの自由を奪われてから、魚住くんはゆっくりと、私のからだにの 
しかかってきた。 
「やめて。ねえ、やめて」 
 抵抗しようとした。 
 ところがそうやってからだを動かしたことで、逆に魚住くんは私の首の下から差し入れてい 
た腕で掴んでいた肩を――スライドさせて右の二の腕に移行させてきた。左手は魚住くんのか 
らだで圧迫され用をなさない。私は完全に魚住くんに制圧された。 
「シナコ」 
 魚住くんの左手が私の胸に添えられた。恐怖で身が硬直した。犯される。魚住くんに。信じ 
ていたのに。涙が出てきた。どうして。パジャマの上から揉まれている。優しく、丹念に、何 
かをすりこむように。 
「お願い、魚住くん、もう、いいでしょ」 
 彼の目を見ようとした。視線が合う。視界が熱い。揺れる。まわる。必要ないよ、魚住くん。 
私、こんなふうに押さえつけなくても、どうせたいした抵抗なんかできないもの。 
 唇を奪われた。 
 舌は入ってこなかった。代わりにそのまま、顎から首筋まで、キスの洗礼を受けた。 
 耳たぶを甘く噛まれた。男の息遣いを直接、耳のなかに注ぎこまれた。私の乳房を蹂躙して 
いた手は、いまやパジャマのなかにまで侵入し、ブラを外し、思うさま、私の胸を自分の色に 
塗りかえようとしていた。 
「勃ってきた」 
 耳元で囁かれた。 
「違っ」 
 私は羞恥に言葉を詰まらせた。他人の手が触れたことのない胸だった。いつもは、自分でし 
ていたから――だから、こんなにも過剰に反応してしまう。そう。見なくてもわかった。私の 
乳首は魚住くんによって揉みこまれ、いやらしく屹立していたのだ。 
「乳輪まで膨れ上がってる。そんなに気持ちよかった?」 
 まるで乳首を育てるみたいに、人差し指と親指で挟み、こすり、しこられた。 
「あ……」 
 声が出てしまう。認めるのがこわい。このまま流されてしまうのがこわい。あきらめてしま 
うのがこわい。踏みとどまりたかった。助けてほしい。こんなのは、こんなふうになってしま 
うのは。 
「きゃふぁ!」 
 電気が走った。 
 魚住くんの唇が、いつのまにか私の乳首をとらえていた。 
 首にまわされていた腕は背中へと移り、両腕を抱えられたまま、パジャマをはだけさせられ 
ていた。まるで剥かれるように。 
「いや……だめ…」 
 言ってもどうにもならない。舌で転がされ、指でしこりあげられ、吸い上げられた。 
「は、ふあ……はふぁあああっ」 
 女の乳房は愛をはぐくむ器官だ。それは愛撫によって醸成されていく。揉まれ、口づけを受 
けることにより、血液が流入し、張っていく。――雌としての主張を開始するのである。それ 
は女としての健全な機能にほかならない。性交への、生殖への期待。男の気に、女は応えてし 
まうものなのだ。 
 まぎらわそうとした。言いわけを考えることで逃避しようとした。そうだ。仕方がない。こ 
うなってしまうのは、感じてしまうのは生理現象であって、否応のないことなのだ。 
 私のからだは、いまや水に等しかった。魚住くんに触れられるだけで波紋がさざめき立ち、 
張りつめていたものが漏れて出してしまう。力が抜けていく。 
 必死に閉じ合わせていた太腿が弛緩していく。 
 と、彼はまるでそうなることがわかっていたように、ごく自然に、股の間に、自分の脚を割 
って入れてきた。 
「あ、だめ……」 
 彼が自分の腰を、私の腰に押しつけるように太腿を広げると、私の太腿も、そのまま広げら 
れてしまう。 
「わかるか、シナコ」 
「…………」 
 彼の言わんとすることは理解している。私の下腹に、彼の熱いものが押しあてられていた。 
 見えなくても、その威容はありありと感じられた。 
「どうして、こんなこと」 
「おまえが……あんまり、無防備で、可愛かったから」 
 私がいけないのだろうか。 
 彼を頼ったのがいけないのだろうか。 
 もはや抵抗する意思の失せた様子の私を見て落ちつきを取り戻したのか、魚住くんは上半身 
を起こすように私を抱きかかえると、再び眉にキスの雨を降らせた。 
 太い眉は私にとってコンプレックスだった。それを隠すために以前は髪を伸ばしていたのだ。 
けれどいろいろあって、吹っ切るつもりで短くして、だのにいま、その眉は彼の愛撫の対象に 
なっている。それはまるで心の奥にキスを受けているようで、どうしてか、ひどく悦んでいる 
もうひとりの自分を自覚させられた。 
「ずっと前から、こうしたかった」 
 囁いて、舌を這わせる。巧妙に、私は溶かされていく。 
 その間も、魚住くんの手は飽きることなく私の乳房を弄びつづける。やわやわと大きく揉ん 
だかと思えば、手のひらで勃起した乳首を刺激し、更なる隆起を呼び起こそうとし、親指で乳 
輪をなぞられ、時に乳首を乳のなかに押しこまれた。 
「う、うぁ、や、あ、あふっ」 
 歯をくいしばって声を殺した。 
 されるたびに頭のなかで白い部分が増えていく。それがこわかった。 
「や――」 
 パジャマのズボンのなかに彼の手が伸びた。 
 触られる。触られてしまう。それはすなわち――。 
「濡れてる」 
 ああ。口に出して、言われてしまった。 
 胸を揉みしだかれ、首すじをねぶられ、耳に熱い吐息を吹きかけられて、私は――森ノ目シ 
ナ子は、女を抑えきることができなくなっていたのだ。 
 下着の上を、魚住くんの指が這っている。ぬかるみのなかへと、それが沈んでいく。水分を 
多く吸った、しかしその布は緩衝材となり、それ以上の侵入を拒んでくれていた。 
 ほっとする一方で、陰唇の入り口を愛撫される恍惚感に、私は溺れはじめていた。 
 自分でする時とは比較にならない量が溢れ出ていた。 
「友達が相手でも、シナコは濡れるんだな」 
「やぁ、違うの」彼が浴びせてきた意地の悪い台詞に、抗弁しようとした私は、キスで唇を塞 
がれてしまう。「んくぅ――」 
 今度は深いキスだった。与えられた快楽で全身の筋肉が弛緩してしまっていた私は、彼の舌 
をとどめるすべを失っていた。 
 口腔内を愛される。彼の舌が、私の舌を絡めとってくる。彼の唾液が私のなかに入ってくる。 
 視線が合った。 
 私は許して、と訴えた。 
 対して魚住くんは、音を立てて私の唇と舌をねぶりながら、有無を言わさぬ意思表示を送っ 
てきた。 
 逆らえなかった。 
 注ぎこまれた唾液を、私は嚥下した。 
 うすく、彼が微笑んだように見えた。褒められたように思えて、嬉しくなった。 
「脱がすよ」 
 びしょ濡れになり、本来の役割が意味をなさなくなった下着に手がかかる。私を腰を浮かし 
て彼に協力した。 
 
「おまえは少し、まわりを見る余裕を持ったほうがいいぞ」 
「どうして?」 
「結構さ、みんな、おまえのこと話したりしてるんだぜ」 
「そんなの、別にいいよ。私には、湧くんいるし」 
「ひとつのところしか目に入らない。そこしか目を向けない。あんまり、いいことじゃないな」 
「なによぉ。わかったふうなこと言ってさ」 
「わかってるさ。おまえのことなら、な」 
「え――」 
「世話焼き」 
「もうっ」 
「嘘だって。それだけじゃない。思い込んだら決して考えを曲げない頑固者。だから、まわり 
が見えなくなっちまうんだ。おれはそこが心配なんだよ。もっと視野を広くして、おまえの周 
囲の人間がどんなことを考え、どんな想いを抱えているのか。そういったことにも気を配った 
ほうがいい」 
「そんなこと……」 
「おまえはいつもぶつけるばかりだろ。いまから慣れておいたほうがいい。想いってのは均等 
に向けられるもんだ。いつか誰かが、強い想いをおまえにぶつけてくるかもしれない。その時、 
おまえはそいつの想いをちゃんと汲み取ってやらないとな」 
「やだ、そんなの。考えたくないよ」 
「ん。まあ、仮定の話さ。あくまでな。いつか終わりが来るにしろ、それはいまじゃない」 
 ――早川湧くんと私は、ついに一線を越えることはなかった。 
 振り返ってみて思う。私たちは、どちらがどちらともなく、相手に遠慮していたのかもしれ 
ない、と。 
 好きだったのに。 
 
「ひぁっ」 
 いきなりクリトリスを指の腹でさすり剥かれ、私は現実に引き戻された。快楽によって与え 
られた刹那の浮遊感は、それ以上の鋭敏な快楽で、たやすく打ち消されてしまった。 
 自分の部屋の天井、自分の布団が、状況を私に認識させる。 
 湧くん以外の男に抱かれていることを。 
 誰かから、想いをぶつけられていることを。 
「シナコ……おまえ、可愛すぎ」 
 鎖骨にキスマークをつけながら、魚住くんが囁く。 
 可愛い? 私が? 
「はぁ……ふうぅ……ん」 
 手のひらで膣口を圧迫され、我慢していた声が大きく漏れてしまう。乱れている。乱されて 
いる。男の人の愛撫によって、私はこんなにも――。 
 魚住リクオ。友達だった人。東京の大学で知り合って、それからずっと、友達でいてくれた 
人。 
 このまま続けばいいと思っていた。私には湧くんがいたから。何かに邁進することで、つか 
の間ではあったけど、彼を失った喪失感をまぎらわせようとしていた。それは例えば屈託のな 
い、曖昧な距離をおける友達とのつきあいであり、教師になるという目標だった。 
 先に進むことで、振り返ることをやめようとしていた。 
 なのに、私はあの日、桜を見上げたあの時から何も変わってはいない。同じところをぐるぐ 
るとまわって、湧くんのことを思い出しては沈んで……。こんな堂々巡りはもうやめようと決 
めたのだ。それなのに、その矢先に、こんな――。 
「なあシナコ、おまえ、やばいくらい濡れてるぞ」 
 あそこに挿しこまれていた指が、私の眼前に突き出された。 
「あ……ぁ……」 
 ぬめり、粘つくそれは、私がもはやきれいな少女ではなく、いやらしい女になってしまった 
ことを宣告しているようで、ひどく打ちのめされた。 
 変わってしまう。 
 想いも、場所も、記憶も、人も、すべて時間が押し流してしまう。 
 ひとつの場所に留まることは許されないのだろうか。 
 懐かしい、きれいな思い出だけにすがって生きていきたいのに、どうして私はこんなにも反 
応してしまうのだろうか。 
「あっ……はぁ……ふぁ、ふあぁん……」 
 わかっている。 
 頭では理解している。これが女のからだというもので、いくら感じまいと努力しても、そこ 
には限界があるってことくらいは。 
「――! や、やぁ」 
 濡れた指が、私のお尻の穴にまで伸びてきた。 
 私は身を起こそうとしたが、肩口を押され、布団にたおれてしまう。 
「ここも、よくほぐしておかないと」 
「やあ……! こんな……。何するつもりなの!?」 
「何って、そりゃおまえ――」 
 耳もとでその単語を口にされた。日常、絶対に聞くことはない言葉。女性週刊誌を漁ってや 
っと見つけ出せる卑猥な四文字。 
 血が、沸騰するような気がした。 
 魚住くんを押しのけようとした。逃げなくちゃ。逃げ――。 
「い、はっ!」 
 お尻の穴に指をねじこまれた。 
 口移しに唾液を激しく啜り上げられ、乳房を再びこねまわされると、嘘のように抵抗する気 
持ちが萎えていく。もはや恥じらいを忘れ、媚びるように勃起する私の乳首は、やがて訪れる 
至福の瞬間に打ち震え、主人である私の意思とは無関係に脳へ快楽を送信してくる。反応は顕 
著で、私のあそこは男を迎え入れるための蜜で満たされていく。 
 熱で浮かされた頭が、快楽によって更に駄目になっていく。 
 自分が消えていく。失われていく。 
「いや、いや、こんなの……」 
 かぶりを振る。こわかった。これは私ではない。この肉体は私ではない。どうして思いどお 
りにならないの? こんなに感じて、気持ちよくなって、湧くん以外の男の前で裸身をさらし 
て、声を出して、濡らして……。 
 理性とは、見映えのいい槍だ。 
 それを振りかざすと、とてもサマになって、まるで自分が崇高な偉人にでもなったかのよう 
な錯覚をしてしまう。 
 揺るぎない、洗練された精神を身につけたと勘違いしてしまうのだ。 
 それは勿論、心に生じた綻びなら、つついて鎮めることもできよう。しかし何もかもを押し 
流す奔流――大津波を前に、果たして棒切れ一本でどれほどの勝負ができるだろうか。 
「あぅ……くぅ……きゃう……ふぁ……」 
 もはや疑いようのないレベルで、私は喘いでいた。悔しさと気持ちよさと、諦観と、欲求と 
が、私のなかで渦を巻いている。意思の統一が取れない。流されてしまう。瞼の裏で絶えず火 
花が散っているような感覚――。 
「やぁん……く…は、あ、あぁ……ひあぅぅ」 
「シナコ、いいのか?」いったい、私はどんな顔をしていたんだろう。茫洋としたまま、こく 
んと頷いた私のあごに手をやって、魚住くんは唇の端にキスを――いや、私のよだれを音を立 
てて啜り上げた。「ダメだ。ちゃんと言うんだ」 
 意地悪だ。魚住くんは意地悪だ。 
「いい……です」 
「どこが、どんなふうによかった?」 
「そんな…の……」 
「よだれまで垂らして、気持ちよさそうにしていたくせに」 
「やめて……」 
 恥ずかしい。また涙が出てきた。 
「じゃあ俺が先に言おうか?」 
「え――」 
 腰を視点に、私の右腕を巻きこむかたちで背中を、左膝の裏を抱えられた。 
 魚住くんのからだが、正面から私に覆いかぶさってくる恰好になる。背中に添えられた手は、 
いつの間にか私のうなじまで滑り上がっていた。 
「ショート、似合ってるよ。ロングん時もよかったけど、いまが一番だ」 
 髪を撫でられる、それだけの行為。――なのに、彼の言葉が乗った途端、私のからだは確か 
に悦びを感じていた。 
 左の耳たぶを唇で摘ままれ、熱い吐息を吹きかけられた。 
「ふぅっ……んっ」 
 太腿をさすっていた手が降りてきて、私のお尻に添えられた。 
 ゆっくりと、揉みはじめた。 
「シナコの尻、すっげえ柔らかい」 
「やあぁ、そ、そういうこと……っ」 
「本当のことだから、仕様がないだろ」 
 そう言って魚住くんは、私にからだを預けるようにのしかかり、深いキスを強要してきた。 
 拒めない。 
 私は彼の舌を受け入れてしまう。 
「ん、んん……。ふぅ……くぅぅん」 
 キスという、一番シンプルな愛情伝達手段に没入する。唇から流入してくる気持ちは、最短 
距離で心に響くという。ならば私のからだが悲鳴を上げているのも道理かもしれない。いまま 
さに、狂おしいほどの想いが、私のなかに雪崩れこんできていのだから。 
 やがて私は、その「音」に気づいた。 
 魚住くんの下腹のほうから聞こえる、かすかな音。 
 それはベルトの金属が揺れる時の、あの独特な音と、ズボンのジッパーを引き下げる音に間 
違いなかった。 
 彼が自分のズボンを脱いでいる。キスをして、私の目を見据えながら。 
 ――器用だな、と私は考える。自分のしている行為の浅ましさを棚に上げて。 
 長い、長いキスが終わると、互いの唾液が糸を引いた。 
 私はもう、まともではなかった。 
 名残惜しそうに、彼の顔を見てしまう。 
「そんな顔するなよ」 
 彼は苦笑し、私の頭を撫でた。 
「ふうぅん……」 
 自分が信じられない。私は、こんなにも脆い人間だったのだろうか。無理やり自分を犯しに 
きた男に媚を売り、からだを許すような女だったのか。 
「シナコ」 
「え……あ……!」 
 呼ばれ、そして、感じた。 
 押し当てられている。 
 私のあそこに、魚住くんのあれが。 
 さっきのように下着とズボン越しではない。直に触れていた。 
 私は濡れていて、彼は熱く強張っていた。 
 私は受け容れる準備ができていて、彼は突き入れる態勢が整っていた。 
「あ、あ……」 
 彼のそれを、私は見ることができなかった。 
 見たら恐怖心が先に立ってしまうと思ったから。 
「魚住くん……どうか――」 
 ああ。こんなものを挿入されてしまったら、いったい自分はどうなってしまうのだろう。こ 
れまでの自分が根こそぎ否定されて、なくなってしまうのではないか。 
「悪い。ごめんな。でも、もう止まらないよ」 
 魚住くんが早口で詫びる。そうだ。もう、止まらない。この先を知りたくてたまらない自分 
がいる。この短時間で急速に育まれてしまったもう一人の森ノ目シナコがそれを望んでいるの 
だ。 
 気遣うような挿入がもどかしかった。 
「あ、あぁ……くぅ」 
 からだを千切られるような痛み。 
 堪えられず、私は初めて彼の背中に両手をまわした。 
 彼を抱きしめた。 
「シナコ、苦しいのか?」 
「うぅあ……っ、ん、ん……」 
 言葉が出ない。 
 彼のそれが私の女を圧迫し、クリトリスがめくれあがる。痛みと、気持ちよさとがない交ぜ 
になり、形容しがたい織物を編んでいく。 
 「私」がつくりかえられていく。 
「あ……あ……」 
「全部、入ったぞ」 
「ぜ……んぶ?」 
「たまんねえ。シナコ、おまえ処――」 
 彼の口を、私の唇で塞いでみた。それ以上のことは言ってほしくなかった。 
これまで私は男の人と関係を持つことはなかったし、この先もそんなふうになるなんて想像も 
していなかった。できなかった。それを壊したのは魚住くんなのだ。だからとことん、壊して 
くれないと困るのだ。 
「動くぞ」 
「……うん」 
 膣道が悲鳴を上げる。誰にも踏み入られたことのない地が蹂躙されていく。 
「ああっ……! い……っ、ひあっ!」 
 堪えようとした。しかしそんな覚悟など微塵も役に立たないほどの痛み。 
 破瓜の苦痛の前に、これまで私のからだに貯めこまれた性感は跡形もなく吹きとんでしまっ 
たように思えた。 
「ん、んくっ……。ああっ……」 
「我慢できるか? ダメか?」 
 私は頷き、かぶりを振る。我慢できそうだったし、もう堪えられそうになかった。分水嶺。 
自分で自分が判らなかった。 
「シナコ……」 
 徐々に、魚住くんが深く腰を突き入れてくるようになった。 
 私の苦悶が収まっているのを見てとったのだろうか。 
 依然として痛みはやんでいなかったが、声を上げるほどのものではなくなっていた。いまの 
私は、まるで海原を漂う木片のように、ただ、痛みと快楽の波間で揺れていた。 
「あ、あぁ……いは、ひぁ、あん、あぁ……」 
 ――痛い。 
 やはり痛みは消えない。なのに、これはどういうことなんだろう。 
 気持ちよさが、どんどん高まっていく。爪先から頭のてっぺんまで、一瞬のうちに電気が走 
り抜けるような感覚が、何度も何度も……。 
「や……やぁ……やっ――はぁ……っ」 
 こんなにも、違う。 
 切ないような、心を調律されるような気持ちよさを与えてくれる愛撫と、男のひとのそれで、 
女を全うさせられる充足感は、単に「気持ちいい」という言葉で同列には語れない。根本的に 
異なるものなのだ。 
「んうっ……だめ……そんな強いの……」 
 ひと突きされるたびに、濡れた声が出てしまう。男を求めて、私の女は熱い蜜をどくどくと 
垂れ流してしまう。 
「強くしたほうが、よさそうに見えるけどな」 
「そ……んなぁ……こっと……な……いぃ」 
 喘ぎながら否定する。説得力ゼロだ。 
 魚住くんは私のなかを貪りながら、肩を抱いていた両手をスライドさせ、胸を中央に揉み寄 
せた。 
「……んっ」 
 期待している自分がいた。 
「前からずっと思ってた。シナコは胸、隠しすぎだってな。みんなわかってんだぜ、おまえが 
こんな、やらしい胸してるってさ」 
 たわわに実った二つの乳首を彼は口に含み、丹念に唾液をまぶし、ころころと舌で転がし、 
思うさま吸い上げ、また舌で弄び……。 
「ふぅわっ……はあん……」 
 痛みがやわらいできたわけではない。 
 快感が、痛みを凌ぐほどに高まっているのだ。 
 胸とあそこを犯されて、はしたなく感じているのだ、私という女は。 
「もう、たまんないって顔してる」 
「……っ、……ふぅっ、あぅっ……」 
「今度はちゃんと言ってみな。どこが気持ちいいのか」 
「や……ひどいよ、言え…るわ…け――!」乳首を甘く噛まれ、私は仰け反ってしまう。「ひ 
ゃうん!」 
「言えるよな?」 
「………………胸が――――いい……です」 
「胸だけじゃ、わかんないだろ。シナコは胸のどこで感じてるんだ?」 
 笑いながら、魚住くんは人差し指と親指で丁寧に磨き上げる。堅くしこった私の――。 
「乳首……で、感じて……います」 
「よくできました」 
 同時に激しい抽挿が再開され、私は私を犯している男の前で本気の声を出してしまう。突き 
上げられ、逃げようとする腰は、だが、のしかかっている魚住くんの体重によってままならな 
い。私はどうすることもできない。考えがまとまらない。 
 痛い。気持ちいい。切ない。恥ずかしい。苦しい。湧くん。浪くん。野中さん。魚住くん。 
男。犯されてる。ああ。そこ、いい。もっと。もっといじって。 
「あぁっ。いい……っ。わ、私、もう……!」 
「すけべになれよシナコ。もっと、もっとさ――!」 
「あふぅ……っ! あっ、ふわぁっ……んくっ……こんなっ、すごっ……」 
 もう、我慢ができなかった。私はこみ上げる劣情のまま、両脚を魚住くんの腰に絡め、あそ 
こを押しつけていた。 
「いいのぉ……! あ、あそこがぁ」 
 もっと、もっと深く突き入れてほしかった。 
 それなのに魚住くんは、やめてしまう。 
「な、ふぁ……?」 
「あそこじゃ、わかんないな」 
「やぁ…やめ……ないで……」――言わせる気だ。私を、とことん辱めるつもりなんだ。「っ 
…………」 
 からだの芯が欲している。魚住くんのあれを欲しがっている。そして何より、私自身が彼に 
してもらいたがっていた。 
「お……」言ったら、もう終わりだという気がした。這い上がれないところまで堕とされてし 
まいそうな、そんな予感があった。ああ、でも、いまはただ、このどうしようもない疼きを鎮 
めてほしい。あとは何も、何もいらないから。 
「お願い……お願いだから……魚住くんのおちんちんで、私のおまんこ、無茶苦茶にして…… 
っ! 犯してほしいの……。おまんこ……してほしいのぉ!」 
「ああ、してやるさ。シナコが望むなら、何遍でもな」 
 より深い結合を求め、魚住くんのちんぽが私のおまんこを抉ると、私は決壊を余儀なくされ 
た。 
「はぁうぅぅ――っっ! いいっ! ああっ! お……ちんちんがぁ……ちんぽが……、私を 
…っ…おまんこを……ねじ伏せてるぅっ!」 
 律動が早くなる。彼によって「抑制」という機能を完全に麻痺させられてしまった私のから 
だは、森ノ目シナコという人間に与えられるべき尊厳が剥離し、色に狂った牝の肉――ひたす 
ら男をよろこばせるための、快楽を発生させるためだけの「物」として、一直線に堕落してい 
く。 
「はああああぁんっ! だめっ! いいっ! もっと……もっとぉ!」 
 魚住くんのちんぽを、私は歓んでおまんこのなかに受け容れる。奥まで――子宮にまで達す 
ると、ぞくぞくするような気持ちいい花火が打ち上がる。それは私の脊髄を伝って脳まで届く 
と、全身の産毛までわななきそうな、すべてに勝る快美感をもたらす白い、大輪の華を咲かせ 
てくれる。そしていま、私のなかでは何発もの花火が打ち上がり、私の心を性感一色に漂白し 
ていた。 
「あ、あうぅ……っ、も、もうらめぇ……っ。……い、いいのっ……よすぎるのぉっ……!」 
「シナコ……、シナコ……!」 
 魚住くんが私の名前を何度も呼ぶ。お互いの恥毛がこすれ、私のおまんこから滴り出た愛液 
が、粘り気のある水音を立てる。何かが――。 
「やぁ……! あ、うぅ……変なの……下から何か来る! ……んふぅっ! おっきぃのが、 
こっち来てるぅ……!」 
 このままでは、呑みこまれてしまう。ああ、でも、私にはなすすべがない。逃げられないの 
だ。 
 だって、からだの真ん中に、熱い杭が打ちこまれているのだ。 
「シナコ……っ、俺……っ、もう!」 
 肉の音叉が高い振動音を奏でる。私はもう疑わない。だって子宮が告げている。それの到来 
を心待ちにしている、自分という女の本性を。 
 ああ、来ちゃう。私を壊すものが来ちゃう。 
「あっ……くぅ……んっ! や、やだぁ……も……い、きゃあううぅぅん!」 
 大きな波が、私を攫っていった。 
 
 ――気がつくと、魚住くんが私の眉を指で撫でていた。 
「よう」 
「あ……あれ?」 
 タオルをあたためた時の、あの独特の匂いが私の肌に残っていた。 
「ああ、一応、拭っておいた。おまえ熱あるしな」 
 照れたように笑う魚住くんは裸だ。私がそうであるように。 
 私たちは一緒に、布団のなかで横になっていた。 
 けれどもう、騒ぐことはない。全身を気だるさが包んでいる。それは風邪のせいではなく、 
私にとってはじめてのセックスの余韻なのだろう。第一あそこまでの痴態を晒してしまったの 
だ。いまさら何が言えるだろうか。 
「それにしても」と彼は切り出す。「はじめてで、失神するまで感じちゃうなんてな。シナコ 
みたいなエロい先生にさ、ガッコの生徒を教育する資格なんてあんのかねえ」 
「そんなこと……」 
 顔から火が出る。なんで魚住くんはこんなに私をいじめるんだろう。 
「……あれは、魚住くんが――」 
 枕に顔を押しつけて表情を隠し、せめてもの弁明を試みるが、何を言えばいいのかわからな 
くなる。恥ずかしい。 
 自分を犯した相手と一緒の布団に寝ている。だけど相手は魚住くんで、私の友達で、私をず 
っと好きでいてくれたひとで……。考えると、余計に目がまわる気がした。そうだ。私は病人 
なのだ。それなのに、このひとはなんてひどいことをするんだろう。……いや、それ以前に問 
題とすべきことがあった。 
「魚住くんは初めてじゃないんでしょ」 
「そりゃまあ、男だから、いろいろとな」 
「ずるいよ。キミと違って私は女だから、そういうふうに場数を踏めないのに」 
「ちょっと、シナコ、おまえ、俺が風俗で経験積んだと決めつけてないか」 
「そうとしか思えません。だいたいキミ、大学の時だって誰ともつき合ってなかったでしょ?」 
「それは……あーっ。だから、その……。ったく、勝手にしろよ」 
 私たちの中身のないやりとりは、天使が通るまで続いた。 
                    (了)

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