もしも自分に鱗があったなら直ぐにでも泳ぎ出せそうな程の湿り気が、時折傘を巻き上  
げながら、水滴を伴って顔を打つ。  
 夜目が効いてくると、空はあでやかな不眠の街の灯りに照らし出されて、一つの生き物  
のように映る。無数の雨粒が織り成すとばりのような流れが、風にあおられてうねって、  
緩やかに脈動している光景がありありと。  
 それすらもキャメラに収めることが、今の自分には為し難いに違いない。  
 アパートへ歩を進める。アスファルトに浮いた水が足元に跳ねて濡らさぬように、ゆっ  
くりと。世に背を向ける隠者のように、ひっそりと。  
 
「…?」  
 軋む階段を登り切ると、部屋のドアの前でひざを抱えて座り込む人影があることに気づ  
いた。それは比喩ではない。実際に庇の下の夜陰に溶け込んでしまいそうな黒づくめの、  
見覚えのある服装。  
「ハルか?」  
 近づきながら掛けた呼び声に、うつむいていた顔が上げられる。しかし、暗がりに辛う  
じて窺えるその眼差しは、何時もの闊達なそれとは程遠いやつれようだ。  
「リク…オ…」  
「何してんだよ、こんなとこで。大体、おまえ、今何時だと…」  
 云いかけてぎょっとする。とりなしに手を置いたハルの肩口は、布地が多分に水を含ん  
でいて重く冷たい。漸く、悪天の中をここまで傘も差さずに訪れたのだと知る。  
 心中に穏やかならぬ予感を覚えながら、二の腕を掴んで立たせる。  
「とにかく、部屋ん中入れよ。風邪引くぞ。…おい」  
 柔らかな頬が、濡れそぼる髪が肩に強く押しつけられる。甘える仕草。鼻をすする音が  
耳に届く。  
 うなだれるその頭を抱えてノブを回す。  
 雨が止む気配はまだない。  
 
 蛍光灯を点ける。この安普請に女性を入れるのは初めてだ。数ヶ月も干していない布団。  
仕舞う場所もないこたつ。色褪せた畳の上に山積する雑誌や衣類。体面が損なわれぬ訳も  
ない。  
 薬缶に水を満たしてコンロに掛ける。これで水道とガスまで止められていたら、致命傷  
と云うものだ。コーヒーは残っていただろうか。  
「上がれよ」  
 無言のまま玄関に佇んで微動だにしないハルのそこここから、水滴がひたひたと零れ落  
ちている。  
 溜め息一つ吐きながら散乱物の間を縫って、たんすを開ける。  
「…この部屋、シャワーないんだ。とにかく、体拭いて着替えろよ」  
 バスタオルとTシャツを取り出す。洗いざらしのまま抽斗に放り込んであったそれらは、  
入梅時特有のかびのような臭いをまとっている。女はおろか、男にさえも苦笑の種でしか  
ない。  
「あー、…俺、向こう向いてるからさ」  
 しきりなぞあろう筈もない。ハルにそれらを手渡すと、部屋の片隅にあぐらを掻いて、 
ところどころに染みの浮かぶ壁へ視線をやる。  
 鼓動が早まるのを自覚する。一つ屋根の下に男女二人きりと云う状況にではない。自分  
の住処を覗かれるのは、自身の内面を露にされるような気持ちになる。これは羞恥だ。  
 落ち着こうとして、上着からたばこを探って火を点ける。  
「よくここの場所分かったな」  
「…キノシタさんに教えてもらった。…店行って」  
 明日は根掘り葉掘り訊かれそうだ。一体何がどうなっているのか、訊けるなら訊きたい  
のはこちらも同じことなのだが。  
 とりあえず、ハルの服が乾くまでの雨宿りだと自分を納得させる。  
 
 したたかな風雨の吹きつけに、窓がかたかたぴしぴしと鳴り響く。僅かに歪んだ窓枠と  
壁の隙間から忍び寄る水気に、肌がべとつく。  
「…!」  
 観た。否、見えてしまった。ガラスが外の闇に鏡と化して、着替え途中の少女の姿を不  
鮮明ながらも映していた。  
 息を呑んだのは、その肉感の生々しさ、意外に女を感じさせる胸の張りや腰のくびれだ  
けにではない。脱ぎ捨てられた、パーカーに隠されて見えなかったTシャツが正面から無  
残に裂かれていたのが認められたから。  
 慌てて視線を逸らす。しかし、先刻の予感が黒い現実味を帯びていくのを抑えることは  
できない。指先が小刻みに震える。たばこの煙が揺らぐ。  
「…雨が止むまで、いろよ」  
 そんな形だけの気遣いの、返答の予想がつく言葉しか口を吐いて出てこない。  
 自分の器の小ささ、底の浅さを苦々しく痛感する。それこそ、他人を労われるだけの何  
も備えていないこの狭い部屋そのものだ。  
「…ハル?」  
 床が沈んで、人の近づく気配を感じ取る。  
「これ、後で洗って返すから」  
「気にするなよ、そんなこと」  
 湯が沸く音がする。目を合わせられぬまま、頭を掻いて立ち上がる。  
「…少し横になってろよ。俺はこたつで寝るから」  
 解ってはいる。その冷たい体を温めてやることはできても、深く大きく傷ついた心には  
何もしてやれない。偽善の二文字が脳裏を過ぎる。  
「…どこ、行ってたの」  
「あぁ、…たばこが切れたんで、自販機まで、さ」  
 シナコと会っていたなぞと云える筈もない。  
 
 とりとめのないお喋りに終始して時を過ごすと云う訳には到底いかなかった。シナコも  
自分も、互いの間隔をはかりかねたまま、間の抜けた作り笑いの応酬を重ねただけ。  
 大人のつき合いと呼べるものではない。大人になり切れぬ不器用な子供のそれと嘲られ  
るべきものだ。  
 しかし、時は残酷に過ぎて、いつか大人の決断を求めて迫ってくるのであって、何人た  
りとも逃れることはできない。自分にとってのそれは今だ。  
 
 香りの薄まったインスタントコーヒーに、砂糖を多めに入れる。アルコールの類があれ  
ば、その方がよかったか。  
「熱いから、やけどしないように飲めよ」  
「…うん」  
 八分目に注いだマグカップを足元に置いてやると、従うようにハルが腰を下ろす。  
「飲んだら横になれよ。布団、少し固いけどな」  
 また同じ言葉の繰り返し。男であって年長でもあるのだからと云うステロタイプな刷り  
込みは、意識をしたたかに縛して、そして、それが自分を空回りさせる。  
「温かい」  
 一啜りすると、ハルはカップをひざの上で両手に抱えて、その濃褐色の水面を見詰める。  
変わってしまった、変えられてしまった自身の姿を確かめるように、凝と。  
 体験したことのない沈黙が二人を包む。  
 不意に、自分はハルとも今までの距離を以て触れることはできないのではないかと思う。  
無言の裡に均衡を保っていた三人の関係が、どこに生じたのかさえも判らぬ歪みから、歯  
車が噛み合わなくなっている。  
 否、そのような関係が維持できたことが奇跡だったのだ。そして、居心地のよさに眩ん  
でそこから一歩を踏み出すことさえもしなかった自分の愚かさが、さびのようにシナコや  
ハルとの接点を蝕んでいたのだ。  
 
「リクオ」  
「ん?」  
 自分もハルの前に座り込む。  
「何も、訊かないん、だ、ね」  
 鼻をぐずらせる少女のたどたどしい問い掛けが、審問官の謹直で厳粛な追求よりも遥か  
に烈しく胸を抉る。  
 訊ける権利や資格が自分に与えられているだろうか。そう考えるのもやはり逃げだ。ハ  
ルがその身に惨禍を負った後、何故ここへ来たのかを汲み取るならば。  
 顧みれば、ハルはいつもこんな自分を受け容れてくれていたのだ。  
「解るけど、解るけど、さ。…そんなに優しいのって、ずるいよ」  
 目の前の肩がひくついている。水をなみなみと注いで、今にもはちきれそうなゴム風船  
のように。  
「ハル」  
 その手からカップを取り上げてこたつの上に置いて、小さな肢体を懐に掻き寄せる。  
優しいのではない。ずるいのでもない。ただ弱いだけなのだ。そんな哀しい自覚を打ち消  
すように、埋め合わせるように、自然に腕がそう動いた。  
「何が、あった?」  
 鼻先にかかる髪。鎖骨をつつく顎。左右の指先にたわむ脇腹、二の腕。自分も全身で受  
け止めてやるべきだ。真実の吐露にどれ程苛まれることになるとしても。  
「あ、あのね、…あのね」  
 抱き締める腕に力を僅かに加える。何があっても、自分はちゃんといるからと云う意思  
表示。  
「…ミナトくんに、犯された、…私」  
 
 Yシャツの襟を握られながら、少女の告白を聴かされる。半分の的中と半分の外れ。  
「そう、か。…うん」  
 それは自分も知る、才気が鼻に抜けたような、それでいて処世術も過不足なく持ち合わ  
せた少年の名だった。こんな凶行に及ぶ兆しすら気づかなかった。気づけなかった。  
「私、…嫌だって云ったのに、…云ったの、に、ずっと、何度も」  
 ハルの噛み締める歯の間から嗚咽がこぼれていく。  
 力ずくで肉体と精神を蹂躙される痛苦は、男には一生解らぬものだ。自分もまた例外で  
はない。増してや、親しい人間に裏切られたと云う事実の重さは、繊弱な少女が一人で負  
うには絶望的に違いない。  
「うん、うん」  
「うっ、ううっ、ひっ、ううっ」  
 首筋が少しずつ吐息と涙で濡れていく。応じるように、自分もまた唇が震えて目頭が熱  
くなっていく。ハルを想って、そして、泣き疲れるまでただこうして傍にいてやることし  
かできない弱さを呪って。お互いの確かな体温が、そこに緩やかな伴奏をつける。  
 壁時計の短針が、日づけの変わったことを示している。しかし、闇を消す曙光の訪れに  
はまだ遠い。  
 
 永遠に続くのではないかと思えた。あっと云う間にも思える。  
 湿気のせいだろうか、これ以上ない程昂ぶった感情のせいだろうか。ハルの二の腕を掴  
んでいた掌がしっとりと汗ばんでいた。  
 形のよい耳に、少女の名を囁いてみる。返事はない。魂すら吐き出してしまったかのよ  
うにぴくりともしない。  
 不安に駆られて、前髪を掻き上げてやりながら顔を覗き込む。充血した眼の下には、乾  
きかけの涙の跡が続いている。  
 
「少し、落ち着いたか?」  
 問い掛けに、微かにうなずく。  
「…?」  
 遠目には判らなかったが、ハルの頬が腫れているのに気づく。紅潮によるものではなく、  
痣だ。平手でしたたかに打たれたのだろう。  
 酷いことを、と思うよりも早く手を走らせて、そこを包むように触れさせていた。ほぐ  
すように滑らせていた。紛れもない愛撫。帯びる熱が指先に沁みていく。  
「まだ痛むか?」  
 首がゆっくりと左右に振られる。そして、玉のような瞳が上がって、視線を結び合わさ  
れる。  
 はっとして顔から手を離した。その刹那、自分の心の底に沈殿する男の性、どす黒い情  
欲まで見透かされたように感じられたのだ。  
「ご、ご免」  
 傷の癒えぬままの少女にそんなものを抱く気なぞ毛頭ない。しかし、それは飼い慣らせ  
ぬ獣だとも解っている。事実、他人のものとは云え、少女を傷つけたのもそれだ。今、こ  
の時ばかりは、自分が男であることを悔やまずにはいられない。  
 その肩口を掴んで、そっとハルを引き剥がす。  
 怯えさせるようなことがあってはならない。否、自分がここにいることさえ障碍なので  
はないか。  
「…いい、よ」  
 意外な言葉が投げ掛けられた。そして、その虚を突かれて、ハルに手を掴まれる。  
「いいよ、って、…ハル?」  
 静かに持ち上げられて、再度、頬に誘われる。  
「いいよ、…リクオなら。リクオだけは」  
 
 身を切られるような響きだった。ハルにとってはそうであっても、自分にとっては目の  
前の少女は唯一無比の存在ではなく、それはとうに二人の間で了解済みのことなのだから。  
 しかし、うなずいてやりたい衝動に駆られることも否めない。  
 掌に、細い指の這う腕に伝えられるハルの鼓動が、転轍員となって自分の中の軌条を切  
り替えつつある。変えられた行方で待っているものは、永劫とも思われた夏休みの終わり  
と始まり。  
「いいんだよ」  
 再度促されるものの、二の腕から先が麻痺してしまったかのように動かない。固唾を呑  
み込む。  
 寧ろ、怯えているのは自分ではないか。この在り様は、現実と云う大蛇に睨まれてすく  
み上がるばかりの蛙そのものではないか。  
「…リクオは、もう、私のこと観てくれない? そんな価値、ない? …私が、…汚れた  
か…」  
「云うな!」  
 刹那、叫びと共に咄嗟に体全体をハルに預けた。腕が使えなくても、それ以上云わせて  
はならぬと感じたから。しかし、体格の差は歴然の上に勢いも余って、ハルを仰向けに押  
し倒す格好になった。  
 自分の影の下、その吐息が鼻先をくすぐる程近くに、少女の、口紅を塗らなくても瑞々  
しく鮮やかな唇。  
 何かが疾走を始める。新しい場所に向かって。燃え上がっていくのは、肉欲、男の本能  
だと思い込むことにする。それなら、ふつふつと湧き立つ煙がシナコの姿を覆ってしまっ  
たのだと云い訳することもできるだろう。  
 例えようもなく憐れな浅知恵であっても、今の二人にはこれで充分ではないか。  
「…ハル、おまえのこと観るから、…だから、おまえも俺のこと、ちゃんと観ろよ」  
 
 体を沈める。接点から少女の胸や露な太ももがひしゃげていく感覚が生地越しに伝わる。  
柔らかに、滑らかに。そして、狙いを定めて唇を合わせる。  
 精神も肉体も、お互いの繊細なところを触れ合わせてやらなければ、慰めることなぞで  
きないのだ。遅かった理解ではあるが、遅過ぎでは決してない。  
「ん…」  
 優しく包むような、包まれるようなキス。時の流れが止まったかのような錯覚と、脳髄  
から脊髄の端まで走る衝撃にくらむ。  
 腕が解放されたことが判ったのと、それを掴んでいた手が自分の首にしなやかに回され  
ているのを感じたのはほぼ同時だった。言葉にできない、そして言葉以上に意思が籠めら  
れたハルの返答だった。  
「…っ痛」  
 歯がかち合って、慌てて離す。微かな鈍痛。  
「悪い。あ、否、俺、…こう云うの、初めてだから…」  
 それは、男としての面目を根こそぎ失わせる告白だ。そんなものはこの場に無用だと解  
ってはいるが、流石に頬と耳朶がかあっと熱くなっていく。くくっと目の前の白い歯の間  
から含み笑いがこぼれる。  
「…あのね、私だって、これ、…ファーストキスなんだから」  
 泣き笑いと形容すればいいのだろうか、少女の顔が複雑な表情に彩られる。  
 また唇をそっと重ねる。自分ももう言葉は要らない。今のそれは偽りに過ぎぬとしても、  
いつか、昨日までと同じ、否、それ以上の心の底からの笑顔をハルに取り戻させてやりた  
い。この想いは一点の曇りもない真実だ。  
 腕が動くのを確かめて、キスを続けながら、まだ湿っている髪を撫でてやる。本やビデ  
オの見よう見真似。ハルはあやされる猫のようにうっとりとする。  
 
 それは、例えようもなく暖かな充実感だ。何の芸も技も得てはいない自分の手が、唇が  
他人に快く受容されて、尚且つ癒している。  
 人間の幸福は、崇高で荘厳な場所のみにあるのでは決してない。その穏やかな真理が、  
粘膜の触れ合いによる昂揚感を増やして高めて、行為に没頭させる。荒い吐息と鼻息を少  
女の顔に吹き掛ける。  
「ん…、たばこ臭い…」  
「あ、ああ…」  
 唇を外されて訴えられる。しかし、言葉とは裏腹に、その口元におぼろげながら笑みを  
浮かべている。こんな状況であっても女は余裕を持てることに感心を禁じ得ない。  
 それならばと鉾先を変えてみる。舌を伸ばして、涙の跡を舐め取ってやる。心の傷痕も  
まとめてこそぎ落としていくように。  
「やだ、くすぐったいよ」  
 ハルが顔を左右に揺らして舌先を逸らすのを追い掛ける。その様を傍から眺めれば、幼  
児の戯れのようでもあるだろう。お陰で、頬はおろか、二人の顎も唇も唾液にぬるぬると  
まみれてしまう。  
「…あ」  
 不意に、自分の局部が膨らんでいて、それを少女の閉じた太ももの間に収めるように押  
し当てていることに気づいた。  
 女性を自分の匂いで包む、そんな独占欲に根ざした性的昂奮に素直に反応する肉体が疎  
ましい。否、独占欲とはどう云うことか。  
 それは、狂おしく悩ましい自答を導き出すのだ。ミナトに嫉妬していると。  
 ハルに悟られぬように、膝を立てて腰を浮かし気味にする。刹那、首に回されていた手  
が、退路を断つように背と尻にあてがわれる。  
「…リクオ、云ったじゃない。俺のこと、ちゃんと観ろ、って」  
 
「それは、…」  
 ここまでしてしまうつもりで云ったのではないと云い掛けて呑み込む。  
「私、云ったじゃない。リクオならいいって」  
 見詰めるその表情が、慈しみに満ちた菩薩にも観える。そうなのだ。そうお互いに口に  
した時には既に、ハルもまたその身を焚き付けながら自分に委ねていたのだ。  
 世智辛く生きることもできず、人の流れにあてどなくたゆたうばかりだった二人の路が  
重なろうとしている。  
「覚悟しろよ」  
 精一杯の笑みで、冗談交じりに宣言してみせる。  
 細い手に促されるままに、獰猛なまでに腫れ上がって蠢いているそこを少女の膝から鼠  
蹊まで擦り付けていく。なだらかな造りが感じ取れると同時に、ハルもまた男の稜線を如  
実に感じ取れる筈だ。  
 髪を撫でていた掌を下へ緩やかに滑らせていく。耳元を過ぎてうなじへ。うなじを過ぎ  
て鎖骨へ。そこから先は、薄いTシャツ一枚に覆われた胸。  
「んっ…」  
 微かな呻きを漏らす唇を、自分のそれで隙間なく塞いでやる。  
「んむっ」  
 続けて自分も呻いてしまう。ハルが、唐突に舌を差し入れてきた。菓子のように甘く柔  
らかな感触が口の中を泳ぎ回っている。負けじと自分も舌を丸めて捕らえようとするもの  
の、のらりくらりとかわされてしまう。  
 円らな瞳が細められて、笑っているのが見える。遊ばれていると思うと僅かにむきにな  
って、そこから少女の中身まで吸い出す勢いで啜り込む。  
「ふうんっ、っつ」  
 それは、融け合うような未知の感覚だった。ようやく取り押さえた舌が、今度は急激に  
唾液を絡ませながらもつれ合っていく。脳髄が快い閃光に漂白される。  
 
 男と女が一つになると云うのは単に言葉の比喩でしかないと思っていたのは、未経験故  
の大きな誤りだった。そして、そこには、悪魔の誘惑にすら感じられる、甘く深い耽溺が  
ある。  
 罪なる性。しかし、いいではないか。凍て付く地獄へと堕ちていくのは、ただ一人では  
ないのだから。最早、シナコの影はおろか輪郭すら薄れて、自分をためらわせて引き留め  
る鎖にはなり得ない。  
「んんっ、ん」  
 口腔を繋げ合ったまま、少女の胸に掌を這わせる。  
 生地越しに感触が伝わるそこは、視覚による予測よりもふくよかなものだった。房と呼  
べるまでの嵩はないものの、握り込む指に応じて、女の性を強調するように靭やかにたわ  
んでは柔らかに弾く。  
「んはっ、あ、もうちょっと、優しく…」  
 臍を噛む。繊細そのものに彫刻された造形美は、触覚で、狂喜に奔ることなく鑑賞しな  
ければならなかった。地図を描くように、丁寧に、慎重に。無論、その塩梅も、この実地  
で習得しなければならないが。  
 指先に神経を集中する。緩やかな丘陵は温かく、そして、拭い切れなかった雨の残滓よ  
りも昂ぶりによる汗のせいだろう、湿っている。その頂には、微かに隆起して、生意気に  
自己主張している乳首。  
「…?」  
 その斜面に、爛れたような違和感があるのを捉えた。再度、忌まわしい予感に襲われる。  
掌が汗ばむ。  
「ハル、Tシャツ、…脱がすぞ」  
「ん、あ、…灯り暗くして、リク…」  
 軽いキスで反駁を抑え込む。  
 
 自分が貸し与えたものとは云え、女性の衣服を脱がすのは初めてだ。こんな状況であり  
ながらも、封印を解くような背徳の快感が背筋を走る。  
 Tシャツの裾を掴んでたくし上げていく。ハルもまた観念したのだろう。背を反らして  
協力してくれる。  
「…、な…」  
 思わず絶句してしまう。露になったのは、淡雪のように白い胸元。そして、そこここに  
点在する、薔薇の花のように浮き立つ赤い腫れ。  
 紛れもない暴虐の痕だ。  
「痛むか?」  
 撫でさすってやりながら問うと、ハルは視線を逸らして顔を横に振る。そんな筈はない  
だろう。歯形に縁取られる鮮やかな程の内出血は、想いをこんな形でしか果たせなかった  
少年の怨念そのものとなって、見詰める目を射抜いている。  
「リク…オ?」  
 いたたまれぬ思いが、首を傾けさせて傷を舐めさせていた。ミナトをそこまで追い込ん  
だのが自分ならば、それらの成因もまた自分にあるのだから、自分が摘み取ってやらなけ  
ればならない。  
「や、や、リクオ」  
 うなじに回された手に力が加えられて、乳飲み子を抱きかかえるように自分を受け止め  
てくれているのが判る。  
 母親のそれにもしたことがないむしゃぶりつき。その仕草は、稚拙ながらも愛撫となっ  
て、少女の官能を倒錯していた。  
「ハル…、ハル…」  
 目の前で小さな果実のように膨れた乳首を指先で転がしながら、行為を続けていく。  
「やぁっ…」  
 
 拒む言葉が間断なく発せられるが、既に、それは艶を帯び始めている。ビデオでしか聴  
けなかった嬌声。否、キャメラの前の台本通りのものとは違って媚びはなく、そして、殊  
更に生々しい響きがある。  
 全身がそそけ立つ昂ぶりに見舞われる。感じ始めているのだ。女へと変貌しつつあるの  
だ。それも、自分と云う存在によって。  
 頭の中が次第に虚ろになるのを自覚しながら、ハルの全てを自分の色に染めるように、  
その胸を舌で攪拌して、ほぐしていく。  
「ん、んやっ、ね、ねぇ、リクオ」  
「?」  
「ん、あの、ね、リクオも、…脱いでよ」  
 小さな顎の下から覗ける少女の顔は、視線をおぼつかずに泳がせながら、これ以上ない  
くらい紅潮している。  
「あ、…ああ」  
 中途で冷や水を浴びせ掛けるような言葉だが、極めて真っ当な要求、欲求でもある。繋  
がると云うことは、即ち、そう云うことだから。布きれ一枚さえ、今の二人には夾雑物で  
しかない。  
 おもむろに立ち上がって、正中に並ぶボタンに指をかける。ハルもまた横座りの姿勢を  
とって、壁際に敷きっぱなしの布団へと身を寄せる。  
露になったその下半身を唯一覆っているショーツがところどころ砂に汚れている様が目に  
焼きつくものの、口を真一文字に閉じたままYシャツを脱ぎ捨てる。続けてベルトを外す。  
自然な所作を心掛けるものの、やはり、不自然に到る寸前の一線は知らない。  
 ジーンズを膝下に落としたところで気づく。トランクス一枚では、隆々と勃起する陰茎、  
生臭い男の本能そのものを隠し切れるものではない。  
「…ちゃんと観るんだろ」  
 それは、半ばハルに、半ば自分に云い聞かせるものだ。はにかみながら小さくうなずく  
少女の傍らに腰を下ろす。  
 
「少し湿ってるだろ、布団。悪いな」  
 杜撰な生活は、思いも寄らぬところで手痛い失策を生むのだ。今後は注意しようと思う。  
さてはて、今後とはどう云うことか。  
「へへっ、リクオの匂い」  
 ハルが身を翻して、足をバタつかせながら布団の上にうつ伏す。瞬時に子供に戻ったよ  
うな仕草。見え透いた強がり。  
 その白磁で造られたように肌理細かな背に上体を被せて、唇と指を這わせていく。肩甲  
骨から胸椎へと辿って、更にその下に。  
「思ってたよりむっちりしてるんだな、ハル。胸も、…お尻もさ」  
「やだ、バカ、今までどこ何観てたの? ひゃっ!」  
 そこもまた女の性を印象づける箇所だ。掌に収まり切らぬ肉を、ショーツ越しに軽く揉  
み込んでやる。戯れごと。身も心も裸にするのに、性急さは禁物ではないか。一時のお預  
けが落ち着きを取り戻させていた。  
「そりゃ、観るとこは観てたよ。まだお子様じゃねーかって思ってたんだけどな」  
 いつもそうだった。不用意に懐に飛び込んできて、その度にペースを狂わされて。今に  
して思う。それは、ハルなりの表現だったのだと。  
「んん、…リクオは、さ、痩せてる方が、好み? …シナコ先生みたいな…」  
「バーカ」  
 少女の脇腹に両手を通して抱え上げて、小さな体を仰向けにひっくり返す。  
「…ご免な」  
「え?」  
「今まで、お前に応えてやれなくて…」  
 再度、キス。それ以上は言葉を選び出すことなぞできないから、言葉以上に饒舌なキス。  
眼下の口元に微笑みが宿る。瞳が潤む。  
 
 自分の上体と布団の間で押し潰すように、ハルに正面から体重を預ける。自分の胸板に  
可愛らしい胸先がひしゃげる。錯覚だろうか、その接点からは温かな体温のみならず、肌  
の下に脈打つ鼓動さえ伝わってくるようだ。  
「ふっ、ふうっ」  
 少女の唇から離れて、鼻筋に、耳朶に、まぶたにもキス。  
 猛り狂った陰茎も再度、少女の腿の間で待機している。お互いに残された布一枚の脆弱  
な壁を取り払えば、そのまま少女の内部へと侵入していきそうな角度で。  
 立ち込める熱い吐息と夥しい発汗が、いつしか、閉め切られた六畳間を有余の涅槃に近  
付けていた。  
 上体を起こして、空いた手を下に伸ばしてショーツに手を掛ける。同意を求める必要な  
ぞある筈もない。ハルも先刻のように腰を浮かしてくれる。釣られるように、体を下へと  
ずらす。  
「…じろじろ観ないでよ」  
 それは、僅かに残っている理性の羞恥が云わせたのか。それでも、折られた膝に沿って  
滑らせて、足首から外す。  
「綺麗だよ」  
 世辞ではない。垣間見える、白い鼠蹊に挟まれながらひっそりと息衝いている可憐な花。  
その上部には陰毛の微かな翳り。美と淫のまばゆい共存は、未経験の男の性を魅入らせる  
には十二分なものだった。  
 固唾を呑み込みながら、そこにそっと顔をうずめる。生々しい匂いが鼻腔を突く。  
「観せてくれよ」  
 催促に屈したのか、ハル自身の本能に敗れたのか、数秒間の沈黙が流れて、ためらいが  
ちに少女の足が左右に開いていく。  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!