「うー寒い…」  
 柚原は公園のベンチにうずくまり、鼻を啜った。  
 静かな冬の夜。ロマンチックな幻想はクリスマスと共に去り、正月を過ぎて残っている  
のはひたすらにリアルな現実だ。家賃滞納で追い出されて早二日、厳密には三十時間と少し。  
 おもむろに携帯を手に取り、アドレスからダーリン52号を選択。もはや躊躇せずに通話  
ボタンを押す。もう、なりふりかまってはいられなかった。  
 「彼」はすぐに出た。  
〈はい、鈴木です〉  
 量産型な名前を名乗る元「彼」。  
「あたしよ、あたし。もし良かったら、今晩泊めてくれない?」  
 やや声高に交渉を持ちかける。「泊める」という言葉にアクセントを置いて。  
この状況では背に腹は換えられない。  
〈…どなたですか?〉  
 はあ、と柚原は呆れた。しかしすぐに、やや怒気を含んだ声を上げる。  
「柚原よ、ゆ・ず・は・ら。あんた、付き合ってた女のこと、忘れたわけ?」  
 それ以前に、携帯に登録してないのか? 柚原は苛立ちを押さえて返答を待つ。  
 元「彼」は急に小声になる。気配で身じろぎしたのも伝わってきた。  
〈ゴメン、携帯の登録消しちゃってさ。彼女が気にするといけないから…〉  
 柚原は頭に血が上り、急に声高になる。  
「なによそれ! 自分の最初のオンナを何だと…」  
 しかしみなまで言わないうちに、携帯の向こうから女の声が聞こえてくる。  
〈ねー、まだー。早くつづきしよーよー〉  
 それは実に甘たるく、毒女の神経を逆なでするエコー。柚原は条件反射的に通話ボタンを  
押す。握り締めたプラスチックの携帯が、軋んでいる。  
 悲惨だ、と彼女は思った。  
 そのとき、目の前に人影が差す。  
「お嬢さん」  
 そのしわがれた声の主はボロボロの服を着た老人だった。  
 
「もし良かったら、わしのところに泊まらんか?」  
 ホームレスの老人は数メートル先のダンボールハウスを指差す。  
 柚原は一瞬、ポケットの中のライターを握り締めた。しかし、すぐに思い直す。  
 凍死するよりはマシではないか?  
「うーん」  
 彼女は首を捻る。  
 目の前の老人はいとも親切そうに見えた。老人はにっこり笑い、言葉を続ける。  
「何か温かいものでも作るから」  
 柚原の脳裏に温かい食事がよぎる。思わず心揺らされたが、すぐに我に返った。  
 老人は勃起していた。ジャンパーのせいで気がつかなかったのだ。その目はギラ  
ついている。  
「け、結構です!」  
 柚原はベンチから跳ね上がる。彼女が思い出したのは、昔週刊誌で読んだ記事。  
一回500円で売春していた中年女性ホームレスの話だ。  
(まだそこまで堕ちてない!)  
 逃げる彼女をホームレスが背後から羽交い絞めにする。見渡せば、周囲にもわらわらと  
飢えた亡者の一群。  
(バイオハザードかよっっ!)  
 柚原は心の中で叫んだ。  
 ああ、ダーリン26号、キミとゲームしながら飲んだコーヒーは温かかったよ…  
 彼女の一瞬の感慨はすぐに「リアル」に吹き飛ばされる。  
「いっひっひ…」  
 老ホームレスが、背後から柚原の胸を揉みしだいていた。ホームレスの一人の手が、その上に重なる。  
「ひいっ!」  
 柚原は条件反射的に、背後に肘撃ちを繰り出す。悲鳴をあげて蹲る老ホームレス。  
 そして目の前の、痴漢ホームレスの頭を両手で掴み、膝蹴りで卒倒させた。  
 ありがとう、ダーリン31号。貴方のムエタイ、役に立ったわ…「暴力夫」なんて言って、  
ゴメンね…  
 それから柚原は『キノの旅』のキノ真っ青の活劇の後、ほうほうの呈で死地を脱した。  
 
「ひでえな…」  
 リクオは新聞を見て、呟く。  
「どしたの?」  
 居候の柚原が尋ねる。  
「ホームレスが乱闘で、けが人だってよ…」  
「へえ…」  
 そのホームレスコミュニティの内ゲバの原因が、柚原だったとリクオは知らない。  
例えば、誰が胸を触ったのに自分は触れなかったとか。お前は尻を触ったじゃないかとか。  
あるいは久々の獲物を逃がした責任追及とか。  
 破壊王・柚原は自分が原因とは気がつかなかったものの、なんとなく条件反射的に  
十字架を切った。  
 

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