『8月×日、金曜日。台風情報です。太平洋沖で発生した台風13号は、非常に強い勢力を保ちながら、今週末に関東地方にかなり接近する見込みです。  
土砂災害、河川の氾濫、低地の浸水、暴風や高波に厳重に警戒して下さい。』  
 
 
ザー…  
「台風…か…まぁ明日から休みだから良いけどな。」  
大雨でも路上に向けられた天気情報を見て魚住陸生は帰り道の家電屋前で一人ゴチた。  
バイトをし始めてしばらくして陸生は無事職に就いたが、彼と彼を取り巻く人間関係は未だ変化を見せようとしていない。  
しいて言えば今年の初めに榀子と正月を迎えたくらいか。  
ただ、それだけでそれ以上もなくもう梅雨を越えようとしている。  
 
ただ、自分がヘタレなだけとか、榀子が奥手すぎるというのもあるが、正直に言えば玉砕した身で自分から前に出るのがはばかられているだけなのだが…  
 
――と、彼の自室の前に着くとある事に気付く。  
ドアが開いてる?  
 
 
「柚原…?」  
柚原チカは1年半以上前になるが三週間ほど彼の家で同棲していた。彼女の金欠が原因だったが、  
今はまっとうにバイトをしているはずだが、また追い出されかけているのか…  
 
家への侵入を許したのはおかしいが。まぁ彼女の事だ、どうにかして入ったんだろう。  
「また追い出されたのか…?」  
「おかえり〜」  
返事は予想をしていた声と遥かに陽気な声だった。  
 
「ハ…ル……?」  
 
「おかえり〜。みかんもらってるよ。」  
小さなちゃぶ台で野中ハルがお茶を飲みながら蜜柑を食べていた。  
「どうしたんだよ。」  
「え〜と…ハハハ、また出たからリクオに退治して貰おうと思って来たんだけど…」  
(ああ、またホームステイが出たのか。)  
昨年も一度大きい虫が沸き、それを退治するのに一晩掛かったのを思い出した。  
「玄関前でリクオが帰ってくるの待ってたら大家さんがカギ開けてくれた。」  
「へ?」  
「あ、ちゃんと断ったんだよ。だけど『台風が来てるんだからそんな事言ってないで入って待ってなさい』って言って入れられちゃったの。」  
呆けていると慌てて弁明された。  
「ほら?入れてもらったのに勝手に帰っちゃったらカギ開けっ放しとかになっちゃうじゃん。」  
「まぁ、そうだがな。」  
ボ。っと言う音と一緒にタバコに火が着く。  
雨を伴う強風が窓を叩く音を聞きながら一本吸い、混乱した頭の中身を煙と一緒に吐き、少しの沈黙を煙を吐く音でつぶす。  
「じゃあ行くか。虫退治に。」  
「おう!」  
 
 
また一晩中虫と戦い。一休みして帰路につこうとしたが、  
「ねぇリクオ。本当に帰るの?」  
「まぁ、そのつもりだが、なんだよ?」  
変な事を聞かれた。  
「どうして「何変な事聞いてんだ?」って顔してるの?」  
「そりゃ泊まってく気がないからな」  
「だって今。」  
と言いながらハルは早朝ニュースを付けると『只今横浜に来ています!!』と叫びながら台風に立ち向かっているリポーターの姿が見えた。  
大きくしっかりした家だからか虫退治の時に外の音が大して気にしてなかったが、窓の方を見ると横浜と大して変わらない事になっている。  
「今日、リクオは正社員だから休みでしょ?あたしも杏子さんに『台風だったらお休みで良いよ』って言われてるから今日休みなの。泊まっていきなよ。」  
「だからそれはマズいだろ。」  
「別に断固として断るなら良いけど台風の中帰って熱出しても知らないよ。せっかく休みなんだから今帰って倒れる方がマズいでしょ。」  
 
確かにそうかも知れない。  
と、陸生は一人ゴチた。  
 
 

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