これは何の冗談だ。  
 俺は只自分の部屋で寝ていたはずだ。  
 それが何故、こんな得体の知れない場所で女に迫られているのか。  
「――――きょう、たろうさま」  
 女の重みで我に返る。  
 目をやれば随分な別嬪が俺の上にしなだれかかってきている。  
(―――ああ、そういえば、昔こんな状況で死に掛けた事もあったな。)  
 頭の片隅で冷静な自分がそう分析するが、だからといって抵抗するほどの甲斐性がある訳でもない。  
(美津里のヤツ、また妙なものを押し付けたな。)  
 
 
 そもそもの事の発端は、例によって例の如くふらりと我が家へやってきた  
古道具屋の店主が持ってきた品物に始まる。  
「京の字、夢は見たくないかえ?」  
 妙に嬉しそうに言うので  
「夢なら夜だけで結構だが。」  
 夢だけ見てても金にならねーからなー、とボヤきながらしっしと追い払う仕草をしたのだが、  
それで懲りるような輩でもない。  
「いいじゃないか、夢くらい。幸せな夢が今ならタダで見られるよ。  
 今夜一晩のお試しだ。アフターケアも万全さね。」  
 と、まくしたてるので、チラリと横を見やれば、笑顔でじーっとこちらを見る美津里と目が合った。  
 ハァ、と好奇心に負けて向き直れば、  
「毎度あり〜♪」  
 という声と共に手を差し出すよう求められた。  
「はい、コレ。」  
「…なんじゃこりゃ。貝?」  
 手の上に載せられたものは、どこからどう見ても貝だった。  
「そう。蛤。」  
 不可解そうな顔をしている俺に、彼女は料理の手順を説明するようにテンポ良く解説し始めた。  
「その1。手桶に水を張る。」  
 あ、蛤って一応海の生き物だから塩水なー、という解説を元に、手桶に塩水を張った。  
「その2。蛤をその中に入れる。」  
「ん、入れたぞ。」  
 言われたとおり、桶に蛤をそっと置くと心なしか動いた気がした。  
「その3。それを一晩枕元に置く。」  
「…ってそれだけなのか!?」  
 驚く俺に、これまた楽しそうな笑みを浮かべると、  
「効果の程は今晩一夜でわかるだろうよ。楽しんでおいでな。くれぐれも、夕飯のおかずにはするなよ。」  
 それだけを言うと、美津里は来た時と同じようにまた音もなく帰っていった。  
「…からかわれたのか?」  
 一人残されて、隣の手桶の中を覗き込む。  
 桶の中の蛤が何を言う訳もなく、嘆息すると夕餉の準備に取り掛かった。  
 そして寝る時間になってから、半信半疑で枕元に蛤の入った手桶を置いてから、どの位の時が経ったのか。  
 女に呼ばれた気がして目を開けると、そこには艶やかな着物を纏った女がいた。  
 彼女は俺と目が合うと、柔らかく微笑んで…俺の上に乗ってきた。  
「今宵一夜の情けをくださりませ。」  
 熱っぽく潤んだ瞳でそう言われ、手を握られたら据え膳食わぬは男の恥、とばかりにその女を抱くことにした。  
 
「ぁ――あ…きょうたろうさま…。」  
 女の衣を脱がせてみれば、白い裸身が現れた。  
 痩せぎすでもなければ太りすぎでもない。  
 程よく肉のついた、ひどく官能的な肉体美がそこにあった。  
 俺の視線が恥ずかしいのか、もじもじと秘所を隠そうとする手をつかみ、上で一つにする。  
(女が俺を求めているのなら、せいぜいそれに答えてやるとしよう。)  
 そう思案し、女の首筋に顔をうずめる。  
 そしてそのまま首筋を吸ってやれば、雪の上に落ちる椿のように赤い印が残る。  
 それが面白くて徐々に首から胸へと移動していくごとに、女の口から漏れる吐息が熱を帯びてゆくのがわかった。  
(感じているのなら幸いだが。)  
 自慢するほど多くもない女性経験ではあるが、ある程度の女の扱いには慣れている。  
 豊かな胸をやわやわともめば、女は恥ずかしそうに目を閉じた。  
 その仕草が妙に扇情的で、ゆっくりと乳首の周りをなぞるように舐めると、女は「ヒッ」と短く鳴きながら、快楽に耐えている風であった。  
「あ…いや…そんなの…。」  
 その行為をしばらく続けていると、我慢しきれなくなったらしい。  
 女が顔を赤く染めながら俺の手を自らの乳首へと導く。  
「触って欲しいのか?」  
 我ながら少々意地悪な声音でそう問えば、女はコクリと小さく頷いた。  
 その様子に征服感を味わいながら、既に十分硬くなっているそこを舌で突く。  
 空いた方の胸にも指で刺激を与えてやると、女はピクリと体を小さく震わせた。  
 交互にそれを繰り返すと、女は快感に耐え切れなくなったのか、顎をそらせて喘いでいる。  
(そろそろ頃合か。)  
 胸に顔を埋めているのも気分がいいが、このままでいるわけにも行かない。  
 女の脇腹を指先で掠めるように触れながら、秘所へと辿り着くとそこはもうしとどに濡れそぼっていた。  
 相当感じていたらしい。  
 このまま自身を埋めてしまっても女の体は受け入れられるだろうが、ブルブルと快楽に身を震わせている女を見て嗜虐心が沸き起こるのを感じた。  
「胸だけでここまで感じるなんて、どれだけ男を咥え込んでいるのやら。」  
 言いながら、赤く染まっている場所に触れると、女が腰を引くのがわかった。  
 その腰を片手と体で押し留め、女自身から溢れ出る体液を使ってわざと音を立てながらそこを弄くると女は軽く達したらしい。  
 耳まで真っ赤にして「ア…」と小さく呟いてビクンと身体を一度大きく震わせると、女の身体から力が抜けた。  
 だがこれだけで終えるつもりは毛頭無い。  
 いよいよ弁天様をありがたく拝ませてもらおうとした、その矢先の事だった。  
 
「…郎。京太郎。」  
 また、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。  
(待て、まだこれからだ。)  
 そう叫んで抵抗したのだが、どういう訳かその声に逆らえず、目をこじ開けてみると、  
「起きろ、京太郎。朝だ。」  
 そこには美津里がニマーッと言う表現がピッタリの笑顔で、いた。  
「…何故お前がここにいる。」  
 いい所を邪魔されて、不機嫌さを隠そうともしない俺に構わず、美津里は桶の中から蛤を拾い上げた。  
「そりゃあアフターサービスも満点、って言ったからさね。  
 どうだった、夢の中は。」  
 極楽のようないい夢だったろう。  
 袖で口元を隠しながら笑う美津里に、顰め面で、  
「何なんだその蛤は。一体どんな妖術が掛かってるんだ。」  
 そう問えば、美津里はきょとん、とした表情になると、蛤をつまんでこちらに見せる。  
「何、久々に蔵の整理をしたら珍しいものが見つかってね。  
 まあ人畜無害だろうからアンタでじっけ…もとい日頃の疲れを癒してもらおうとした訳さ。」  
「実験って言っただろ、今。」  
「まあ、この蛤は特別なのだよ。」  
 俺のツッコミを無視して締めた美津里をじとりと睨みながら、諦めて昨日の夢の事を尋ねた。  
「昨日の夢でアンタがいた場所?」  
「ああ。いつぞや亡霊に取り殺されそうになった時とは違って妙にきらきらした場所だったんだが。」  
 存在するのなら是非ともまた行ってみたい、と言う俺に、彼女は口だけで笑うと  
「そりゃ無理だね。」  
 とすっぱり切り捨ててくださった。  
「アンタがいたのは蜃気楼だろうさ。幾ら追いかけても生身では行けやしないよ。」  
「蜃気楼…。」  
「ま、蛤だけに、ね。邪魔したね。京の字。  
 また夢が見たけりゃ貸してやらなくもないぞえ。  
 最近本が溜まってきてるから、蔵書を返しに行って来てくれたら、の話だがね。」  
 ひゃっひゃっひゃっ、と笑いながら去っていく美津里に、俺は大きな溜息を一つついたのだった。  
 
−了−  
 

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