深夜の姉原邸は、かみなりがごろごろと鳴って後ろを振り返ったら
血まみれの女の人が立っていたりしそうな所で、
幽霊というのはゴーストスクリプトというコードで現れたものだということを別にしてとにかく怖い。
森下こよみは幽霊が苦手だ。足とか目がいっぱいあるいきものも苦手だ。
姉原邸のホラーなオーラは随分と慣れたつもりだったのだけれど、やっぱり深夜に一人で歩くのは怖い。
一歩踏み出したら床板がきしみ、
二歩進んだら視界の端を何か白いものが横切り、
三歩目には奥の部屋から女の呻き声が聞こえてくる。
これは美鎖がですまーちにうなされているだけかもしれないが。
夏休みに入ったこよみは姉原家で開かれたさばとに呼ばれて、今日はそのまま泊まったのだけれど、
こんな怖い思いをするくらいなら帰った方が良かったかもしれない。
がんばってトイレまでは行けたが、貸してもらった部屋まで帰り、一人でベッドに入ることができるだろうか。
できそうにない。
恥ずかしいけど、嘉穂に一緒にいてもらおう。弓子はそんなことを言ったら怒るだろうし、
美鎖はそもそも寝ていないし。
嘉穂のいる部屋をノックする。
「嘉穂ちゃん、起きてる?」
ドアが開いた。
「ふええん!」
尻餅をついたこよみを嘉穂は見下ろした。
起こしてもらう。
「うう、あのね、あのね……」
「森下の言いたいことは大体わかる」
起こしたときに握ったこよみの腕を離さないまま、嘉穂は部屋の中に入った。
引っ張られたこよみも入る。
嘉穂は部屋に置いてあるPCに向かった。相変わらず、モニターの中で嘉穂が何をしているのか
こよみにはさっぱりわからない。
「先に寝ててもいい」
「嘉穂ちゃんはどうするの?」
「終わったら寝る」
「ここで?」
「ここで」
一安心だ。
「あ、でも、ベッド狭くなっちゃうけど」
「森下ならいい」
「ありがとう」
こよみはすっかり安心して眠ることができた。
けど、眠る前に『森下ならいい』という嘉穂の言葉がちょっと気になった。
嘉穂は誰かならいいとか悪いとか言わない。
まあ、身長146センチのこよみなら問題ないと、そういう意味なのだろう。
深く気にせず、目をつむった。
「ぁぅ……ゃ……かほちゃ……あぅ……」
変な音声が入れてある目覚まし時計だった。
「あさー。あさだよー。あさごはん食べて、学校行くよー」
なんとなく目の前に目覚まし時計があったから、なんとなく中身が見たくなって分解しだしたのだが、
うまくカバーが外れない。
見た目はプラスチックだ。しかしやけにあたたかいしやわらかい。
「ぃゃ……はぅ……嘉穂ちゃ……おきてよぉ……」
聞き慣れた声だ。彼女なら、目覚まし時計にこんな音声も吹き込むかもしれない。
それにしてもカバーが外れない。ドライバーを持って来る方が早いだろう。
でもその前に、一度思い切りカバーを掴んで引っ張った。
「いたい! いたいいたい!」
坂崎嘉穂は目を開けた。
目覚まし時計のかわりに森下こよみが涙目で荒い息をしていた。
自分の手がある場所を確認する。
こよみの薄っぺらい胸を覆うパジャマの布地に沈んでいた。
「ねぼけていた」
寝ながら目覚まし時計を分解する悪癖が以前の嘉穂にはあった。
最近はそんなことはしなくなったと思っていたのだが今の状況を考えると、
もしかしたら分解しなくなったのではなく、分解したら組み立て直すようになったのかもしれない。
どちらにせよ進歩しているのだから問題はないだろう。
「森下、怪我ない?」
「え? う、うん。だいじょうぶ……」
こよみの声はボリュームを下げて消えていった。
反対に嘉穂の手の中でこよみの心臓はばくばく言っている。
「あ、あのね、嘉穂ちゃん、手が、手が」
「バルス」
「え?」
「わからないならわかならいでいい」
森下こよみの視線は坂崎嘉穂の両手に注がれていた。
心臓がばくばく言っている。
でも、これは、こよみの心臓だけだろうか。
こよみは心配60%、怯え30%、その他10%の成分が含まれた視線で嘉穂を見ている。
その他10%が気になった。
時計の針がなぜ動くのか、目覚ましベルがなぜ鳴るのか、それと同じように知りたくなった。
パジャマの底から両手を引っ張り出す。
「え? 嘉穂ちゃん? え、えぇ?」
小さく動くこよみの唇を咥えた。
こよみの細い腕や体が緊張で固まった。まっすぐに伸ばされた背中に手を伸ばし、
146センチの小さな体を抱き寄せた。
唇をなめる。柔らかな舌を絡め取る。強く抱き締める。
「か、かほちゃん……?」
唇を離すと、つむっていた目を開いてこよみは嘉穂を見つめた。
混乱70%、怯え15%、その他15%の視線。
ショートボブのくせっ毛を撫でる。少しこよみの体は柔らかくなった。
背中に回した腕をパジャマの中に潜り込ませる。さっきよりこよみの体は固まった。
「だ、だめっ」
止めた。
こよみの目尻には涙がたまっていた。嗚咽混じりに呟く。
「だ、だめだよ。あたしたち、女の子同士だよ」
「そのとおりだけど」
「あ、あたしなんかじゃだめだよっ」
「森下は?」
「え?」
「森下はどうなの?」
「……怒られないかな?」
「誰に」
「えっと、色んな人」
「問題ないと思われ」
しばらくして柔らかくなったこよみは手を伸ばして嘉穂の腕を握った。
「嘉穂ちゃんもどきどきしてる」
こよみのくせっ毛を撫でた。パジャマのボタンを外す。
お腹に指先が触れるとこよみは小声で悲鳴を上げる。
あばら骨のラインに沿って指を這わせる。胸を撫でた。平均よりやや小さい嘉穂の胸よりさらに小さい。
「はぅ……」
こよみは恥ずかしそうに身をよじる。
ピンク色の突起を口に含む。舌の上で転がす。腕の中でこよみはさらに縮こまる。
手をパジャマの中に潜り込ませる。布地越しに筋をそっと撫でた。
「ひゃうぅぅ……っ」
中指の先で少し強く押す。折り曲げて探るように動かす。
呼吸困難寸前の荒い息を吐きながら、こよみは強く嘉穂の体を抱き締めてきた。
こよみの息が顔にかかる。
小さな胸の中で暴れる心臓が、嘉穂の胸を幾度も打つ。
指先を動かすたびにこよみは小さく体をよじる。
目尻にたまっていた涙がこよみの頬を伝い落ちる。
頬にキスをした。目を開いたこよみは嘉穂の唇を不器用に追いかけた。
唇を重ねる。舌を絡め合う。
指先を最後の布地に引っ掛けた。ゆっくりとずらす。
濡れた秘所を指で撫でた。
「ぁ、ん……っ」
粘着質な音がこよみの喘ぎに混じって零れ落ちる。
「あっ、あ、かほ、ちゃん……っ、なんか、へんな、かんじ……!」
「だいじょうぶ」
「か、ほちゃんっ……嘉穂ちゃん……!」
こよみは両腕で嘉穂を捕まえた。
全身に電気が駆け巡ったような痺れが走る。
ただならぬ殺気を感じた。
姉原邸の無闇に高い天井すれすれに赤銅色の輝きが生まれた。
はじめはゆっくりと。そして一気に加速して。
ぐわらんぐわらんと深夜の姉原邸に金だらいが跳ね回る。
「森下?」
こよみの顔を覗きこんだ。
駅伝の第一走者兼アンカーを任され全力疾走した後のように荒い息をして、ベッドに沈んでいた。
金だらいは当たり前のように床に根を生やして居座っている。
指を口に咥えた。
嘉穂は二度と眠りに戻れなかった。
たらいとこよみの中間に挟まって
今晩は一人で過ごすのだ。
イきたいと思ってもイけなかったので
――そのうち嘉穂は、考えるのをやめた。