西に傾いた太陽が山の稜線にかかり夕暮れの柔らかな光に包まれた御色町  
いつものごとく商店街でのバイトを終えたオシリスがヒッシャムの待つ山小屋への道を歩いていると  
公園の方がなにやら騒々しい  
見れば警官と野次馬が輪になって囲んだ中に桜の木を背にした背広姿の中年が一人  
目を血走らせて立ち尽くしている  
「何の騒ぎじゃ?」  
事件のある所必ず現れる門番型自動石像に声を掛けるオシリス  
「どうやらあの男自殺志願者らしい、全身にガソリンを被ったうえ右手にライターを持っているので  
警官も迂闊に近寄れん」  
ガーゴイルの説明を聞いたオシリスはその場でトランスフォームを開始した  
胸から腰にかけてを覆う装甲と四方に広げた葉を引っ込めるとともに枝分かれした  
根を寄り合わせてすらりと伸びた二本の脚を形作る  
「何をするつもりだ?」  
「あんな所でガソリンを焚いたら桜が傷付いてしまう。この公園の桜は知らぬ仲でもないのでな、  
放っておく訳にもいくまいよ」  
緑の肌と黄金の瞳を持った全裸の美女はあんぐりと口を開けて棒立ちの清川警部に向き直った  
「コートを借りるぞ」  
 
「な、何だお前は!」  
左手にポリタンク、右手にライターを持ちいかにも人生に疲れたといった風情の中年は  
包囲の輪の中から抜け出して来た緑の肌の女を見て引き攣った叫びを上げる  
「そう怯えるでない、ほれこの通り」  
清川警部に借りたコートを脱ぎ捨て美しい裸身を晒すオシリス  
「武器など身に帯びてはおらぬよ」  
男はオシリスの裸体にすっかり注意を奪われておりオシリスが全く口を動かさず  
携帯電話で会話していることにも気付いていない  
オシリスは男の目の前で膝をつくと上目使いに男を見上げた  
「妾はお主に一言いいたいだけじゃ」  
さり気無く二の腕で乳房を寄せ男の視線を谷間に引き付けている間にオシリスの髪は  
地面を穿ち桜の根に辿り着く  
オシリスの「力」を送り込まれた桜が男の背後でぴくりと身動ぎした  
「死ぬならほかの木に迷惑のかからぬ所で死ね阿呆」  
「うぎゃああああああああ!!」  
その時その場にいたものは桜の木が人間に卍固めを決めるという世にも珍しい光景を  
記憶に刻むこととなった  
 

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