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「あっ……や、やめて……」
『何度同じ事を言わせればいいんだ? 俺はお前が望む事しかしていないぞ……』
「うっ……うそ、ちが……っ!」
巨大な異形の影に組み敷かれ、摩耶は全身を撫で回す大きな手の感触に、必死で耐えていた。
ここは恵比寿にある、摩耶が一人暮らしをしているアパートの一室。
そして、摩耶に覆い被さっているのは、彼女に取り憑いた夢魔であった。
『あの男に抱いてもらえずに、寂しかったのだろう? だから俺がこうして呼び出されたのだ』
「ちがっ、違うっ! 流さんの誘いを断ったのは、私の方……」
『俺に嘘は通じない。お前は本当は、あの男にこうして犯してもらいたかったのだろう……?』
数日前、摩耶は仲間の一人である水波流とデートをし、同意の上でラブホテルに入った。
奥手で経験の無い摩耶も、二枚目の好青年である流になら、処女を捧げてもいいと思ったのだ。
だが、土壇場で怖気づいた摩耶は、そのまま何もせずに出てきてしまった。
その帰り道で遭遇した事件に、流たち『うさぎの穴』のメンバーが動き、その後はまだ顔を合わせていない。
摩耶はもやもやとした気分が晴れないまま、とうとう今夜、無意識のうちに夢魔を呼び出してしまったのだった。
『何なら、あの男の姿と声を写して、お前を抱いてやろうか……?』
「いやっ! そ、そんなの駄目っ!」
にいっと口を歪めた夢魔の囁きに、摩耶はじたじたと暴れ出した。
夢魔は摩耶の隠された欲望を忠実に読み取り、それを叶える為に出現する。
つまり、流の姿をした夢魔に抱かれたいというのは、他ならぬ摩耶の望みでもあるのだ。
しかし理屈では、そんな事は無意味であるだけでなく、流への想いを穢すことにもなると分かっている。
摩耶は理性を掻き集めて、暗い獣欲の呼び声に抵抗した。
「お願いっ……! もう、消えて……っ!」
『くうっ! まあいい、また明日にでも来るとしよう。今度はあの男、水波流の姿でな……くっくっく……』
摩耶が渾身の力を込めて念じると、夢魔は煙のようにその姿を消した。
秘めた欲望の権化である夢魔は、摩耶が心の底から否定すれば、こうして消え去るのだ。
けれど、もし欲望の方が勝っていれば、表層意識でいくら拒絶しても、夢魔は宣言通りに、摩耶を犯すであろう。
そして摩耶は、今度迫られた時に、今のように拒否し切れるかどうか、自信が持てなかった。
「私……。やっぱり、流さんの事が……」
泣き出しそうな顔をしながら、摩耶は先程まで夢魔に弄られていた股間を指で拭い、目の前に持ち上げる。
摩耶の細い指は、欲望の証にべったりと濡れ、淫靡な匂いを放っていた。
◇ ◇ ◇
「え……、デート? 今日これから?」
「は、はい……。あの、駄目でしょうか……?」
溜まり場である『うさぎの穴』で、摩耶からデートの誘いを受け、流は危うくグラスを取り落としそうになった。
先日のデートの時は、引っ込み思案な摩耶を誘い出すのに、かなり手こずったのだから、無理も無い。
しかしさすがはプレイボーイの流、一瞬で気を取り直すと、爽やかな笑顔で緊張した摩耶に応えた。
「……摩耶ちゃんの誘いとあっちゃ、断る訳にもいかないな。どこに行きたい?」
「あっ、そ、その、流さんの好きな処で……」
軽く水を向けてみると、摩耶はまるで考えていなかった様子で、済まなそうにそう言う。
(こりゃ、デートってより、何か話があるって感じだな……)
女性経験が豊富な流は、摩耶が何か悩みを抱えていることに気付き、そっと溜息をついた。
「じゃ、海岸沿いをドライブして、シーフードでも食べに行くかい?」
「あっ、はい、それでいいです。済みません、突然……」
「謝らなくっていいって。それじゃあ、早速行こうか。あんまり遅くなっても何だし」
「は、はい……」
少し顔を曇らせている摩耶を促し、流は『うさぎの穴』を出た。
(やっぱ、可愛いよな……)
エレベーターの中で黙ったまま、流は摩耶の横顔をちらりと盗み見た。
摩耶は自分の事を、あまり魅力のない女だと思っている節があるが、流に言わせればとんでもない誤解だ。
化粧っ気のない事と、控えめな雰囲気のせいで目立たないが、それでもダイヤの原石のような輝きがある。
ほんの少し磨きをかけるだけで、誰もが振り返るような絶世の美女に変身するだろう。
(おっと、いけね……)
よこしまな思いが湧きかけて、流は慌ててそれを打ち消した。
竜王と人間のハーフとして生まれた流は、血統的に多淫の気質を受け継いでいる。
しかし、流が普段付き合っている女の子達と違い、摩耶はガラス細工のように脆い処のある少女だ。
(ま、昨日の今日だし、今回は優しいお兄さん、って役回りで通すとするか……)
ちらりと掠めた欲望を毛ほども覗かせず、流は摩耶と連れ立って、お化けワーゲンのいる駐車場へと向かった。
◇ ◇ ◇
月が中天に懸かる頃、助手席に摩耶を連れ、流は都内へと戻る道をワーゲンで走っていた。
遊び人を自負する流が全霊を掛けて盛り上げれば、塞ぎ込みがちの摩耶をリラックスさせる事は造作も無い。
新鮮な海産物が売りのディナーを終える頃には、摩耶の顔にも大分笑顔が戻り始めていた。
「どう? 少しは気分が晴れたかな?」
「ええ。流さん、今日は私のわがままで、本当に済みませ……」
「おおっと、今日はもう謝るのは無し。俺も楽しかったんだから、ほら、笑って笑って」
「……くすっ、はい。流さん、今日は有難うございました」
結局、デートの間中、流は摩耶の悩みを聞き出すような事はしなかった。
摩耶の重い口を無理に開かせるよりも、まずは彼女の鬱屈を解消する事に気を配ったのだ。
こうして微笑む摩耶を見ていると、流は自分の考えが間違っていなかった事を確信する。
彼女の顔に笑みを取り戻させた事で、流は胸の奥が温かくなるような満足感を覚えていた。
「じゃあ、アパートまで送って行けばいいかな? 少し飲みたいって言うなら、雰囲気のいい店が……」
「あっ、あの……。それよりも、流さんに聞いて欲しい事があるんですけど……」
「……なに? 俺に出来る事なら、何でも相談に乗るよ?」
躊躇いがちに言い募る摩耶に、流は安心させるような笑みを浮かべつつ、気軽な声を出した。
ここまで言い辛そうにしている以上、強引に先を促すのは逆効果だ。
しばらく黙って話の続きを待っていると、摩耶は訥々と話し始めた。
「実は夕べ、また夢魔が出てきたんです……」
その一言で、流は摩耶の悩みを即座に理解した。
摩耶が主に性的な欲求不満から、無意識に夢魔を呼び出してしまう事があるのは、流も知っている。
しかし、続く摩耶の言葉に、流はらしくもなく狼狽した。
「それで、言ったんです……。今度は、流さんの姿を借りて、その、……してやるって」
「お、俺っ!?」
自分で運転していたら、間違いなくハンドル操作を誤る処であったが、ワーゲンは自分でハンドルを固定する。
運転する振りも忘れて、流は耳まで真っ赤にしている摩耶を、呆気に取られて見詰めた。
「……分かってるんです。あれがそんな事を言うのは、私がそう望んでいるからだって……」
摩耶の赤裸々な告白に、流は返す言葉もない。
「でも、初めてがそんな風なんて、絶対いやなんです!」
「まあ、そりゃなあ……」
摩耶が男ならそれほどでもないだろうが、女性の、しかも初めてとあっては、無理も無い意見である。
「今度は、途中で逃げ出したりしません……。私と付き合ってくれなんて、わがままも言いません……。
だから、一度だけでいいですから、私と……。私を……」
「摩耶ちゃん……」
薄く涙さえ浮かべた摩耶の肩に、流はそっと手を乗せる。
「……本当に、俺でいいの?」
「はい……。私は、流さんがいいんです……」
「……分かったよ」
摩耶の背中を安心させるように軽く叩くと、流はハンドルを握り直し、正面に目を戻す。
郊外の暗い道の先に、煌々と照らされた古城風の建物が浮かび上がっていた。
◇ ◇ ◇
「ふう……。摩耶ちゃん、お風呂空いたよ。……シャワー使うだろ?」
「う、あ、は、はい……」
腰にタオルを巻いただけの流の姿から、摩耶はどもりながら視線を逸らした。
流の均整の取れた逞しい肉体が気になるくせに、恥ずかしくてどうしても直視できない。
摩耶がうろたえて身を竦めていると、流は気遣わしげに声を掛けた。
「摩耶ちゃん、まだ怖い? 俺はまた今度でも構わないよ?」
「いっ、いえ! そんな事ないです!」
甘えそうになる弱い心を振り払うように、摩耶は強くかぶりを振った。
確かに流ならば、ここでまた帰ると言い出しても、笑って許してくれるだろう。
しかしそれでは、いつまで経っても問題は解決しないし、今度こそ夢魔に処女を奪われかねない。
「わ、私も、シャワー浴びてきます……!」
摩耶は流の視線を避けるように、小走りに浴室へと駆け込んだ。
(はぁ……。また流さんに、変な子だって思われちゃったかな……)
脱衣所で服を脱ぎながら、摩耶は自分の情けなさに、このまま消え入りたいような気分になった。
他人の視線を気にし過ぎるというのは、自分の欠点だと分かっているが、そうそう矯正できるものでもない。
更に初めての体験を前にした摩耶は、いつにも増して混乱している。
頭の上に髪を纏め、下着を脱ぎ捨てると、摩耶は自分の心を持て余しながら、浴室に足を踏み入れた。
(私は、流さんが好き……。でも、流さんは私の事、どう思ってるんだろう……?)
少し熱めのシャワーを浴びながら、摩耶は今更ながらにそんな事を考えた。
こうして関係を結ぼうと言うのだから、憎からず思ってくれている事は間違いない。
だが、プレイボーイの流には、他にも沢山のガールフレンドが存在する。
流が他の女性にもこういった事をすると考えただけで、摩耶の心に醜い嫉妬の炎が灯った。
(駄目、考えちゃ……。そんな事を考えたら、またあいつが出てきちゃう……)
暗い思いを洗い流すように、摩耶は目を瞑って顔をシャワーの熱い飛沫に打たせた。
摩耶の嫉妬が頂点に達すれば、夢魔はまた出現し、今度は流の周りにいる女性を無差別に襲いかねない。
それは心優しい摩耶にとって、自分が夢魔に襲われるよりも、遥かに恐ろしい想像だった。
(勘違いしちゃ駄目よ、摩耶。……流さんは、私を憐れんで抱いてくれるのよ。
私みたいな子が、流さんみたいな素敵な人と対等に付き合おうなんて……。そんな資格、ない……)
そう何度も自分に言い聞かせると、摩耶の心がゆっくりと落ち着いて来る。
脱衣所で水気を拭い、タオルを身体に巻き付けると、摩耶は流の待つ部屋へと戻っていった。
◇ ◇ ◇
「お待たせしました……」
そう言ってベッドルームに戻って来た摩耶の姿を一目見て、流は思わず絶句した。
白磁の肌はほんのりと桜色に色付き、清純な色香とでも言うべき雰囲気を漂わせている。
流とて、伊達に数々の浮名を流して来た訳ではない。
客観的に見て摩耶よりも美しい、誰もが絶世の美女と認めるような女性とも寝た事がある。
しかし、恥らいの表情を浮かべた摩耶に、流はかつて無い胸の高まりを覚えていた。
「あの……。どうかしましたか?」
「あ? ああ、いや、何でもない……」
おずおずと近づいてくる摩耶に、流はようやく声を取り戻した。
部屋の照明を薄暗い程度まで落とすと、摩耶の肩を抱いて促し、ベッドの端に自分と並んで座らせる。
摩耶の肢体から、ボディソープの香りに混じり、えも言われぬ芳しい肌の匂いがする。
「摩耶ちゃん……」
「あ……、んっ……」
流が片手で顎を軽く持ち上げると、摩耶は一瞬戸惑った顔をしてから、静かに目を閉じる。
柔らかな唇についばむようなキスを送ると、胸元を押さえていた摩耶の小指がピクンと跳ね上がった。
「見ても、いいかい?」
「…………」
静かに押し倒しながら、流がそっと身体を覆うタオルに手を掛けると、摩耶は無言のまま、コクリと頷いた。
ぎゅっとシーツを握り締めて、恥ずかしさに耐える摩耶の身体から、流は余計な物を取り払う。
初めて会った時にはまだ幼さを残していた摩耶の肢体は、すっかり女らしい曲線を完成させていた。
「……わ、私の身体、おかしくないですか?」
「え? いや、すごく綺麗だよ、摩耶ちゃん」
たおやかな白百合のような美しさに一瞬我を忘れていた流は、摩耶の問い掛けに半ば無意識で答えた。
「有難うございます。嘘でも、そう言って貰えると嬉しいです……」
(嘘でもお世辞でもないんだけどな……)
リップサービスとして、相手の女性を褒める事は忘れない性質の流だが、今の言葉は掛け値なしの本心だ。
初めて女性と寝た時よりも高鳴っている自分の心臓に、流は不思議な感慨を覚えていた。
「摩耶ちゃん、もう少し自信を持った方がいいよ。君は、本当に魅力的だ……」
「そんな……んっ! ん……ふぁ……」
摩耶の瞳を覗き込みながら、流は深く唇を重ね、舌先を口腔に侵入させた。
緊張していた摩耶も、やがて身を任せるように脱力し、おずおずと舌を伸ばす。
流の舌が摩耶のそれを絡め、しごき立てるように蠢く。
唾液の糸を引きながら流が顔を離すと、摩耶はぽうっとした表情で熱い吐息を漏らした。
「流さん、すごい……。私、こんなの、初めて……」
「うっ……く……」
摩耶の甘い声に、流はすぐさま挿入したいという欲望に駆られた。
股間のモノはすでに硬く張り詰め、快楽を求めて激しく脈打っている。
だが、処女の相手をする時には、よほど馴らしてからでないと、痛がるだけだと分かっている。
暴走しそうな欲求を何とか押さえ込み、流は柔らかそうな双丘に手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
「んあっ! あ、りゅ、流さん……」
胸に軽く手を重ねられただけで、摩耶の背筋に痺れるような快楽が走った。
夢魔に何度も蹂躙されて、その程度の刺激は慣れているはずなのに、今までに感じた事のない感覚が沸き起こる。
羽毛のように優しく軽やかな指使いに、摩耶の理性は掻き乱されていった。
「摩耶ちゃん……、すごく可愛いよ……」
「うそ、嘘ですっ……。わた、私なんか……んんっ!」
「嘘なもんか……。ここも、食べちゃいたいくらい……」
「うっ、ふぅんっ!」
流はそう囁くと、摩耶の胸の頂点を、そっと口に含んだ。
温かく湿った舌の腹で、摩耶の敏感な突起がころころと転がされる。
その間も、流の両手は二つの膨らみをくにくにと弄び、時にするりと脇腹を撫でる。
くすぐったいような、それでいて胸が熱くなるような流の愛撫に、摩耶は耐え難い愛しさを感じていた。
「あっ……。そんな、優しくしないで下さい……」
「……どうして?」
「そんなに優しくされたら……。流さんの事、ますます好きになってしまいそうで……」
愛するが故に、深入りしてはいけないと思い詰める摩耶の心は、哀しみに溢れていた。
本心を言えば、流には自分だけを見ていてもらいたい。
けれど、流が一人の女に縛られるような男ではない事も、充分に分かっている。
一度は思い切った筈なのに、相反する理性と感情に、摩耶の小さな胸の内は張り裂けんばかりであった。
「……前にも言ってたよね? 摩耶ちゃん以外の女の子と付き合わないって、約束できるかって」
「あ……、それは、もういいんです……」
「あれから俺、無い知恵絞って、ずっと考えてたんだ……」
「……え?」
真剣な目をして告げる流に、摩耶は訝しげな視線を向けた。
「今までが今までだから、絶対なんて約束できないし、他の女の子に気を取られる事もあると思う。
でも、摩耶ちゃんの事を考えると、他の娘とは違う気持ちになるのも確かなんだ。
……たぶん俺、摩耶ちゃんの事、本気で好きになったんだと思う」
「う……うそ……」
思い掛けない台詞に、摩耶の目が大きく見開かれる。
「君の事は大事にしたいし、悲しませるような事もしたくない。
だから俺も出来るだけ、他の子を見たり、声を掛けたりしないように……努力はする。
今の所はこれぐらいしか約束できないけど……。それで許してくれないかな?」
「流さん……」
自分の事を思いやってくれる流の言葉に、摩耶の視界が喜びの涙で滲んだ。
「もちろん、俺が浮気をしたら、我慢なんかしないで、俺の事を怒ってくれていい。
俺なら、夢魔に2・3発殴られても、死んだりする心配は無いからね。
……あ、でも、できれば少しは手加減して欲しいかな?」
「流さん……っ!」
冗談めかして微笑む流に抱きつき、摩耶は子供のように泣きじゃくった。
この人なら、自分の醜い部分も許して、優しく包み込んでくれる。自分を偽る必要もない。
「大好き……っ! 私、流さんの事、死にたいぐらいに好きっ……!」
「俺も、摩耶ちゃんの事が、一番好きだよ……」
世界が変わるような幸福感と開放感が、摩耶の胸を満たす。
やっと見つけた自分の居場所に、摩耶は決して放さないとばかりに、強く縋りついた。
◇ ◇ ◇
「あっ……ん、くっ……。流さん……もっと触って……」
心を開いた摩耶は、もはや躊躇う事もなく、流の愛撫を素直に受け入れた。
聖女のような微笑みを浮かべながら、流の頭をあやすように撫で、更なる刺激を求める。
脳髄に響く可憐な声に導かれ、流は持てる性技の全てを掛けて、摩耶の身体を攻略していった。
「摩耶ちゃん……いい匂いがする……。俺、おかしくなりそうだよ……」
「わっ、私も……っ、流さんに触られ……てるとっ、んくっ、くらくらしてっ……!」
流の動きの一つ一つに、摩耶は敏感に反応し、妖しく肢体をくねらせる。
柔らかな身体は上気して熱を帯び、肌理の細かい肌が吸い付くような感触を手の平に返す。
流はそろそろと舌で胴を伝い、淡い下草を掻き分けて、乙女の秘裂に視線を落とす。
ぴったりと閉じた薄桃色の割れ目からは、透明な雫が溢れ出していた。
「ここも可愛いんだね……。それに、こんなに感じて……」
「だ、だって、流さんが触れているから……。恥ずかしいから、あんまり見ないで下さい……」
口ではそう言いつつも、摩耶は足を閉じるでもなく、ただ流の視線に耐えている。
見られた事で興奮を深めたのか、男を知らない秘唇がわななき、新たな雫が零れかける。
その雫に誘われたように流は舌を伸ばすと、シーツに落ちる前にそっと掬い取る。
その途端、摩耶の全身がビクンと大きく跳ね上がった。
「ひんっ!? や、流さん、そんなとこ舐めちゃ……きたな……んんんっ!」
「んん……汚くなんかないさ……。摩耶ちゃんの身体は、どこもみんな綺麗だよ……んっ、ちゅ……」
「うっ……うそ、だめぇっ……!」
下の唇に軽く吸い付くと、摩耶はぎゅっと目を閉じて、快楽に身体を震わせた。
流はまだ硬い秘肉を解きほぐすように、縦筋を何度も上下に舐め、唾液で濡らしていく。
蕾のような花弁は次第に綻び始め、ぬめりのある蜜がじわじわと染み出てくる。
甘くしょっぱい摩耶の味を堪能しながら、流は少しずつ奥の方へと舌を進めていった。
「摩耶ちゃん……。摩耶ちゃんのここ、もっと良く見せて……?」
「あっ! そんな、開いたら……駄目ですっ……!」
花弁の両脇に指を当て、ぱくっと軽く開かせると、摩耶は悶えながら、羞恥に染まった声を上げた。
流の目に、ひくひくと震える肉襞の連なりと、包皮から顔を覗かせた小さな肉芽が露わになる。
そこを隠そうとする摩耶の手を優しく振り払うと、流は誘うように隆起した突起を、くりっと舌で転がした。
「……っ! だ、だめ……! そこ、だめなんで……すっ!」
「……どうして? ここをこうされるのは、キライ?」
「そっ……じゃ、なくてっ……! そこ、感じすぎちゃ……ああっ、だめぇ!」
「んっ、ん……。いいんだよ、感じても……。その方が、俺も嬉しいんだから……んんっ、ちゅっ……」
空いた片手で内股を撫でながら、流は肉芽を重点的に責め、摩耶の官能を引き出しにかかった。
唇でこりこりと咥え、先端をちろちろと舌先で嬲り、舌の腹でずるりと舐め上げる。
開かせている指で花弁の淵をくすぐり、時折り親指を入り口の下端で細かく震わせる。
度重なる刺激に、摩耶の身体はすっかり準備を終え、零れた蜜が流の手首まで濡らしていった。
「流さん、だめ……、それ以上されたら……。お願いですから、もう、して下さい……」
「あっ……ああ、ごめん。つい夢中になって……」
切なげな摩耶の呟きに、ようやく我に返った流は顔を上げた。
少し冷静になって見れば、摩耶はもう、達する寸前まで追い込まれている。
相手の状態も分からないほど没頭するなど、ここしばらく無かったことだ。
枕の下に忍ばせてあるコンドームを取り出すと、慣れた手つきで滾り立った怒張に被せる。
じっとその様子を窺う摩耶の視線に、流はらしくもなく気恥ずかしさを感じた。
「えっと、じゃあ、ちょっと痛いと思うけど……、その、するよ?」
「はい……。流さんのなら、どんなに痛くても、私、平気です」
そう言ってにっこりと微笑む摩耶に、流の心臓が早鐘のように激しく鳴り響く。
(こりゃ、本気でいかれちまったかな……)
流は摩耶の身体に覆い被さり、そっと腰を進めていった。
◇ ◇ ◇
(あっ……く、流さんのが……入って……くる……)
熱い肉塊が秘裂を割って入り、摩耶の股間にちりっと痛みが走った。
いかに濡れているとは言え、乙女の証を破られ、指も届かない奥へ受け入れるのは、それなりの痛みを伴う。
しかし、今の摩耶にとっては、その痛みさえ愛しく感じられた。
「んっ……はぁ。摩耶ちゃん……辛くない?」
「いえ、ちょっとだけ、痛いけど……。でも、すごく幸せです……」
根元まで流のモノを中に迎え入れた摩耶は、間近にある愛しい男の頬を、確かめるように撫でる。
(夢じゃないんだ……。本当に、流さんと……)
自分の中で強く脈打つ強張りから、流の思いが伝わってくる気がして、摩耶の胸が温かくなる。
しばらくその感覚に酔いしれていた摩耶は、流が一向に動かない事に気付き、小さく囁いた。
「あの……流さん? その……動いても、いいですよ?」
「ん、ああ……。何かこうしてると、摩耶ちゃんの気持ちが伝わってくるような気がしてさ……」
「え……? 流さん、も?」
相手も自分と同じように感じてくれているという事実に、摩耶は肉体的な快楽を超える、心の充足を覚える。
流に対する想いが膨らむと同時に、摩耶の秘肉がきゅんっ、と自然に締まった。
「私も……こうしてると、流さんの想いが、……温もりが伝わってきます」
鈍い痛みが次第に引いていき、ただ愛する者と一つになった悦びが、摩耶の脳裏を支配する。
「動いて下さい……。私、流さんを、もっと感じたい……」
「……じゃあ、動くよ。でも、痛かったら言うんだよ」
「はい、流さん……んっ、ん……」
摩耶が再度促すと、流は静々と腰を動かし始めた。
大きく張った傘の部分が、細かい襞の一つ一つを擦り、外側に内側に、撫で付けるように刺激する。
流は自分の快楽を二の次にして、摩耶の反応を伺いながら、負担を掛けないよう緩やかに動く。
暫くそれを続けられるうちに、摩耶は甘い疼くような感覚を覚え始めた。
「はんっ……く、りゅ……さん、わたし……おかし……っ、初めて、なのにっ……」
「……摩耶ちゃん?」
初めての時は、痛いだけの筈だと思い込んでいた摩耶は、自分の早すぎる変化に戸惑いを隠せなかった。
けれど、摩耶の秘洞は時を追うごとにぬめりを増し、流の剛直に絡みつく。
火が着いたように熱くなっていく下腹部の反応に、摩耶は唇を噛んで抵抗した。
「私……こんな……。やっぱり私、エッチな子なんでしょうか……?」
不安そうに呟く摩耶の髪をそっと撫で、流は諭すように耳元で囁く。
「そんな事ないよ……。それだけ、俺が摩耶ちゃんのことを好きだってことさ……」
「……そう、なんですか?」
経験のない摩耶には、流の言葉の真偽は分からない。
だが、もしもそうであるなら、摩耶にとってこれほど嬉しい事は無かった。
「じゃなければ、摩耶ちゃんが俺のことを、それだけ好きだってことかな?」
「もう……。いじわるです、流さん……ん、あっ!」
摩耶が少し拗ねてみせると、流は再びゆっくりと内奥を突き始める。
目覚め始めた女の悦びに、摩耶の唇は鼻に掛かった喘ぎを紡ぎ出していった。
◇ ◇ ◇
「ん……んあっ! 流さん……、もっと、そばに来て……っ!」
(何て言うか……。初めてだな、こんな気分になるの……)
摩耶の腕に抱き寄せられながら、流は内心、戸惑いを感じていた。
確かに流は数多くの女性と交わってきたし、女性の魅力には人一倍弱い性癖がある。
しかしそのスタンスは、あくまで「抱きたい」という能動的な情動に限られていた。
なのに、摩耶に対しては、何故か「抱かれたい」という甘えにも似た感情が湧き上がるのだ。
「摩耶ちゃん……、もっと、抱き締めてくれるかい……?」
「はいっ……! 流さん……流さん……っ!」
背中に回された摩耶の小さな手が、信じられない程の安らぎを流に与えた。
華奢な肢体を胸の中に抱き締めながらも、逆に自分の方が摩耶に縋りついているかのような錯覚を覚える。
欲望に押されて徐々に動きを速めても、摩耶の中は流の剛直を優しく受け止めていった。
「流さ……っ、すごい、流さんのがっ、私の、中でっ……!」
「くっ、うっ、摩耶ちゃん……!」
身体が合う、とでも言うのか、摩耶の秘肉はぴったりと流の怒張に吸い付き、未知の快楽を呼び覚ました。
ゴム越しであるにも係わらず、まるで互いの秘部が蕩け、混じり合うような一体感さえ感じる。
初めから一対で作られた剣と鞘のごとく、摩耶の秘洞は流の怒張を余す所なく包み込んでいた。
(お袋と出会った時の親父も、こんな気分だったのかな……)
摩耶の心地良い締め付けを感じながら、流はふとそんな事を考えた。
半妖の自分と比べれば、遥かにか弱く、繊細な存在。
けれど、そんな自分の全てを賭けても惜しくないほど、愛しく、大事な存在。
誰にも渡したくない。何者にも傷付けさせはしない。
情欲も保護欲も独占欲も、全てを含んだ上で超越した、ただ一つだけの大いなる愛情が、胸の内に現れる。
それを少しでも伝えたくて、流はより深く、そして力強く、摩耶の中に己の分身を沈めた。
「んくっ……、流さ……っ! もっと……もっと強く……離さないで……っ!」
「……ああっ、離すもんか……! お前が……お前だけがっ……!」
きつく抱き合いながら、流は激しく腰を突き上げて、最後の高まりを求めた。
摩耶も長い黒髪を振り乱しながら、ぎこちなく腰を合わせ、流を絶頂へと誘う。
「あ……あぁ……んっ、なに……なにか……くるっ……!」
「摩耶……っ、俺も、もうっ……!」
技巧も何もなく、ただ心の求めるままに、流は愛する女の中を行き来する。
摩耶も始めて到達し、更に上り詰める高みに、白い裸身をくねらせ、高らかな喘ぎ声を上げる。
二人の意識は混じり合い、どちらがどちらを抱きしめているのかさえ、分からなくなる。
「流さ……くうっ、あぁっ!? ……あ、はぁっ……」
「ううっ!! ……あ、摩耶……」
びびっ、と摩耶が一際強く痙攣すると同時に、流の先端から熱い迸りが飛び出す。
そのまま崩れ落ちそうになる摩耶の身体を抱き止めると、流は彼女をそっとベッドに横たえた。
◇ ◇ ◇
「……はぁ、何だか、まだふわふわしてます……」
流に腕枕をされた摩耶は、薄く目を開けると、夢見心地でそっと呟いた。
芯が蕩けてしまったように力が入らない身体で、流の身体に寄り添い、彼の顔を見上げる。
流は摩耶を見詰めたまま、彼女の髪をもてあそぶように梳いていた。
「あの、流さん。さっきの約束、信じてもいいんですよね……?」
摩耶は縋るような目つきで、間近にある流の瞳を覗き込んだ。
「……さっきの、って?」
「だから、あの……。私の見てる時は、他の女の人とは、あんまり……」
「ああ。そんなにすぐには変われないだろうけど、約束は守るよ」
そう言いながら優しく頭を撫でる大きな手の感触に、摩耶は包み込まれるような安心感を覚える。
「それと、もう一つお願いが……」
「……なに?」
それを言うのは、摩耶にとって非常に勇気のいる行為であったが、思い切って告げる。
「また夢魔が出ないように……、えっと、時々でいいですから、その……してくれますか?」
「……ぷっ」
「ひっ、ひどいです、流さん! 私、真剣に言ってるんですよ!?」
堪らず噴き出した流に、摩耶は真っ赤になって訴えた。
しばらく笑っていた流は、いたずらっ子のような表情を浮かべ、摩耶の耳元に囁く。
「くくっ、まったく……。いいけど、俺からも一つ、お願いしてもいい?」
「なっ、何ですか……? 私に出来る事なら……」
「流『さん』は、もう止めて欲しいな、摩耶」
「え……、あ……!」
流に呼び捨てにされている事に気付き、摩耶は喜びと驚きに、大きく目を見開いた。
以前、かなたにも言われた言葉だが、意味する所はかなり違っている。
その意味がゆっくりと胸に染み込むにつれ、驚きの表情がゆっくりと柔らかな微笑みへと変わっていく。
「分かったわ、流……」
万感の想いを込めて呼びかけると、流は少し照れた様子で目線を外し、口の中で小さく何かを呟いた。
「……今、何か言いました?」
「え、あ、いや、特に意味のある言葉は……」
輝くような笑顔の摩耶に問い詰められると、流は更にそっぽを向き、気まずげに鼻の頭を掻く。
先程まで流が圧倒していた二人の力関係が、いつの間にか逆転している。
「ふふっ、うそつき。ちゃんと聞いちゃいましたからね、今のも約束のうちです」
「ええっ!? ちょっと待った、今のナシ!」
「もう駄目ですっ。……約束は破っちゃダメよ、流?」
流の胸に顔をすり寄せながら、摩耶は洩れ聞こえてしまった先程の言葉を、至福感に浸って何度も反芻した。
『こりゃ、プレイボーイも廃業かな……』
〜END〜