一方、その頃の龍宮寺家。  
食事を終えるとくつろぎもせず三衣は<かすみ>に電話した。  
電話をきると三衣は、二人に偽りの報告をした。  
菜穂は問題が解決してから隆に聞くべきだと思ったからだ。  
「ねえ、湧はわざとなんだよね。そんなに妖怪って嫌だった?」  
三衣はまるで映画の感想でも聞くかのような調子で湧に話し掛けた。  
「・・・はい」  
「なんで?」  
全く遠慮の無い唐突な質問に湧は思わず恥じらいも忘れて答えてしまう。  
ずっと抱えていた悩みが解消された嬉しさがそうさせたのかも知れない。  
「あたしも能力とかは便利で良かったと思いますけど、  
 エッチな気分になると変身しちゃうってのは…」  
「そんな体質だったんだ。あーそれはつらいねぇ。  
 ん!?という事は湧は今好きな人がいるんだ!?」  
三衣に図星をつかれ湧が思わずにやける。  
「どんな人?格好いいの?」  
「あー、ですね。へへ、うん、格好いいですけどー…」  
蜘蛛女と蛇女、会話だけ聞けばただの女の子である。  
話に入れない猫女は楽しそうな二人を黙って見ていた。  
菜穂も自分でした事はないが  
恋愛というのがどういう事は大体わかっている。  
ただ、菜穂には龍宮寺家を守るという使命がある。  
そのような事をしていては使命が果たせなくなると思っていた。  
だから、そういう意味では恋愛禁止なのは菜穂もなのだが  
菜穂はその事をつらいと感じた事など一度もなかった。  
妖怪の力を失った事の方がつらい。  
つらいというより何か胸に穴があいたような空しさがあった。  
だから、エッチできないからという理由で  
湧がわざわざ力を失いに来た事が  
菜穂には理解できなかった。  
 
「菜穂はいいよね。隆がいるもんね」  
じっと黙っていた菜穂に三衣が笑いながら不意打ちをかけた。  
「あ、やっぱり二人は付き合ってたんですか」  
「ちっ、違うってば!そんなんじゃない!」  
慌てて菜穂が否定する。  
「じゃあ、何なの?」  
「隆は当主で、あたしはその守護者だよ!」  
「それだけ?」  
「それだけ!」  
むきになって反論する菜穂を三衣がじっと見つめる。  
「でも、隆は菜穂の事好きだよ」  
三衣の言葉に、菜穂が止まった。  
「そんなわけないよ」  
ようやく出た菜穂の言葉は力が無い。  
「なんで、そんなわけないの?」  
「っ!!知らない!!」  
菜穂が癇癪を起こしてそっぽを向いた。  
しかし、それでも三衣は言葉を続けた。  
「じゃあ、なんで隆が誰とも付き合わないんだと思う?  
 隆がモテるのは知ってるでしょ。なんでだと思う?」  
菜穂はテレビを見ている振りをして返事をしない。  
三衣の手がリモコンに伸びてテレビの電源を消した。  
「なんで、隆ここに帰ってこないの?」  
静かな緊迫感に包まれた居間に三衣の声だけが響く。  
「なんでって・・知らない。隆に聞きなよ」  
すねたように菜穂が答えた。  
「いいの、聞いて?」  
三衣の声はあくまで穏やかだ。  
息苦しい沈黙が続くと、うつむいてしまった菜穂の口がゆっくり開いた。  
「……駄目」  
 
「何があったの?」  
諭すような三衣の言葉に観念し菜穂は昨日の事を話した。  
おとなしく菜穂の話を聞き終わった三衣はため息をついた。  
「隆ったら可哀想・・・」  
「可哀想?」  
聞いたのは湧だ。  
「だってさ、菜穂が出て行くとか言うから引き止めたわけでしょ。  
 結果抱きしめてしまった、と。そこでキスしちゃったのは不可抗力でしょ。  
 隆も男なんだから好きな子を抱きしめたらキスぐらいしたくなるよ。  
 どう考えても、好きだからって奴でしょ、それは。  
 それをそういう風に言われちゃったらさー。  
 菜穂を傷つけたと思って傷ついてるんじゃないの。  
 隆ったら純情だから」  
三衣の言葉をじっと聞いていた菜穂がぽつりとつぶやく。  
「隆、あたしの事好きなのかな…」  
「そうに決まってるよ。隆が好きでもないコにキスすると思う?  
 そういう奴じゃないのは菜穂が一番知ってると思うんだけど」  
菜穂は隆が生まれた頃から見守ってきたし  
前当主が亡くなった、隆が中学一年生の頃からは同居している。  
三衣の言葉通り、隆がそういう人間じゃない事は誰よりわかっている。  
あの時の自分の言葉を悔いて、菜穂はうつむいてしまった。  
「もしかして、嫌い…なの?」  
菜穂の予想外に沈んだ表情をみて三衣が驚きの声をあげた。  
「嫌いじゃない。けど…」  
「けど?」  
「あたしは妖怪で、隆は人間だから…」  
今は妖力を封じられているが、それでも妖怪なのだ。  
寿命がほぼ無い、歳もほとんどとらない妖怪と  
百年も生きれず、一年と同じ姿をしていられない人間。  
その間にある壁は無視できるようなものではない。  
 
菜穂の言葉にしばらく黙っていた湧が突如、反応した。  
「妖怪だって!妖怪だっていいじゃないですか!  
 好きなんだもん!妖怪でも好きなんだもん!  
 しょうがないじゃないですか!」  
怒鳴りながら、湧の言葉には涙がにじんでいた。  
自分が妖怪だったと知ってまだ一年。  
それも突然、自分が妖怪だと判明した湧にとって  
一番言われたくない言葉だった。  
「まあまあ、別に菜穂も湧に言ったわけじゃないんだからさ。  
 いいと思うよ。妖怪と人間が愛し合ったって何の問題もないわよ」  
軽い調子で三衣がなだめる。  
湧は我に返ると怒鳴ってしまった事を謝罪した。  
菜穂が悲しそうな瞳で湧を見た。  
「でも、湧は一族として長く続いてるから人間の子供が産めるんでしょう?  
 蜘蛛女は子供が産めるって聞いてるもの。  
 でもあたしは違う、親なんていない。  
 子供も産めない。  
 隆があたしの事を好きでいてくれるんなら、なおさら駄目だよ。  
 龍宮寺家を守る為に生まれたあたしが  
 龍宮寺家の繁栄を妨げるなんて……」  
愛し合えば、付き合えば当然そういう関係になるだろう。  
性欲の為に、遊びで抱くというのならまだいい。  
隆が望むならそれくらいしてやっても構わないと思う。  
だけど、隆はそうはしないだろう。  
そういう事の出来る男ではないのは誰より自分が知っている。  
子供を作るためだけに他の女を抱いたりもしないだろう。  
菜穂はそれがわかってしまう自分が悲しかった。  
菜穂はリビングを出ると自分の部屋ではなく隆の部屋に入った。  
隆の布団は冷たくて柔らかく菜穂の心を慰めてくれた。  
布団の匂いに抱きつかれた感触を思い出すと  
心が温かく締め付けられた。  
 
                   
 人の流れの中を漂うように歩く  
 妨げないように  
 遮らないように  
 とても安らぐ空間である  
 多くの人の中で目立たずにいるのはとても  
 とても楽しい  
 満たされた気持ちになる  
 自分の存在は肯定されている  
 ここにいてもいいのだとみんなが言ってくれている  
 当たり前だ  
 当たり前だが嬉しい  
 自分が人間の流れを構成しているのが嬉しい  
 昨日も一昨日もおかしな奴が来たが人間にしてやった  
 いや初めから人間だったな奴らは  
 そうだ教えてやっただけだ  
 人間ですよと教えてやっただけ  
 とても良いことをした  
 ああいう非常識な輩がくれば教えてやらなければ  
 みんなの為  
 みんなの為に  
 
「また会ったな」  
まさか声をかけられると思っていなかったのか  
隆が声をかけるとそいつは少し驚いた様子で振り返った。  
「なんだ?」  
「菜穂姉を元に戻してもらおうと思ってな」  
人間の姿の妖怪がにらんでくる。  
「ちょっと話したい事があるんだ。ついて来いよ」  
「嫌だね。君と話す事などない」  
「妖怪がいるって事を証明してやるよ。  
 それとも怖いのか?自分の考えが破られるのが?」  
隆の言葉は全て台本どおりである。  
人間である隆が行けば議論で打ち負かそうとしてくると読んでの作戦だ。  
大樹が正体を見破ってから、みんなでこいつを倒す為の作戦を練った。  
台本自体はそう時間はかからなかったが、隆が覚えるのに時間がかかり  
結局、湧を封印させてから丸一日と半日たっていた。  
妖怪は案の定、隆の言葉にまんまと乗っかり人のいない路地裏についてきた。  
「で、どうやって証明するって?できるならしてみろよ」  
妖怪は小馬鹿にしたような口調で隆に話し掛けた。  
「まず言っておくが、お前。妖術使うなよ」  
「何を言ってるんだ!?私は人間だぞ、そんな馬鹿げた非常識な事できるか」  
「ふっ、ならいい」  
このやりとりには深い意味はない。ただの嫌がらせだ。  
相手をイライラさせるために言ったのだ。  
もちろん隆の言葉使いもむかつかせる為にわざとやっている。  
「お前はなんで”いない”と思うんだ?」  
「私は見た事がないからだ」  
「見れば納得するのか」  
「見ただけじゃ駄目だ。私の目を欺く手品なども考えられる。  
 それを調べるか、生き物なら解剖させてもらわん事には納得できんな」  
 
「ほう、それでいいのか。対象にたいしてよく調べる事ができたらいいんだな」  
「ああ、本当にそういう非常識な事が起きたり  
 非常識な生き物がいるんならだしてみたまえ」  
相変わらず見下しているかのような態度で妖怪は答えた。  
ここでようやく妖怪は隆がビデオをまわしている事に気付いた。  
「なんだ?」  
「後から言った言ってないの水掛け論になったら困るからな。  
 議論する以上は記録が必要だろう」  
そういわれるともっともな事なので妖怪は黙ってしまった。  
「ところで、お前名前はなんだ?」  
「なに?」  
妖怪の顔が怪訝な表情に変わった。  
「名前だよ。聞いておかないと話が進みにくいだろうが?  
 オレの名前は龍宮寺隆だ。お前は?  
 人間なら無いって事はないだろ」  
「わ、私の名前は・・・よ、ヨシノ ケンタだ」  
隆は思わず苦笑した。  
繁華街でみかける牛丼屋と軽食屋の名前を合体させただけだったからだ。  
適当な名を名乗るだろうと大樹が言っていた通りだ。  
「何を笑う!人の名前で笑うなんて最低だよ、君!!」  
「すいません。失礼しました。  
 ところで名刺はお持ちですか?  
 僕はまだ学生だから持ってないんですが、よかったら一枚くれませんか?」  
ここで隆は丁寧な言葉使いに変えた。  
自分が怒っているのに相手が冷静というのはとても腹立たしいものだからだ。  
それに、途中で言葉使いを変えられると馬鹿にされている気分になる。  
それも見越して相手に感情的になってもらおうという作戦だ。  
「あ、あいにく今切らしていてね。今度用意しておくよ」  
「そうですか。どうせ持ってないんでしょうけどね」  
後半は小声で、しかし相手にはしっかり聞こえるように喋る。  
 
「では、今日は何を食べました?」  
さらに素早く質問し、(自称)ヨシノケンタにキレる暇を与えない。  
「な、なんでそんな質問に答えなきゃならんのだ!?  
 真面目にやれ!」  
「質問に質問で返してはいけないって、学校で習いませんでしたか?  
 もう少し理性的になって下さい」  
(自称)ヨシノケンタの顔が怒りで紅潮する。  
神経を逆撫でする隆の言い方に腹が立つが、  
理性的でないと思われるのはそれ以上に腹が立つ。  
「今日は何も食べてない!!これでいいか!」  
「結構です。では最後に食べたのは何時で、何ですか?」  
隆たちは(自称)ヨシノケンタが何も食べた事がないだろう、と読んでいた。  
人間の姿をしていてもまだ生まれて間もないし  
相手の妖力を封じてから論破するといっただけの妖怪だ。  
食事する能力は持っていない可能性が強い、  
そう推理し長らく偵察していたがやはり食事している様子はなかった。  
おそらく人の流れに合流し自分も人間であると自分に思い込ませるのが  
エネルギーとなっているのだ。  
そうでなければ目立つと逃げるくせに常に人ごみにいる理由が無い。  
「忘れた!そんな事いちいち覚えてられるか!!」  
もう理性的に見られるのは諦めたのか  
(自称)ヨシノケンタは怒りを露わにし始めた。  
「じゃあ、あなたが見せろと言っていた非現実的な者って奴。  
 妖怪を見せますよ、ほら」  
隆はビデオの本体の横についているテレビ画面をまわした。  
そこにはただ路地がうつっているだけで人物は誰も映っていない。  
「な、なんだと!?」  
「さっきからあなたが映ってないのはなんででしょうね?  
 あなたが妖怪だからでしょう?わかってるんですよ」  
隆の冷たい視線がヨシノ(仮)に刺さる。  
 
「そんな…そんなものインチキだ!!」  
インチキである。  
(自称)ヨシノケンタもカメラに映る能力ぐらいは持っている。  
ビデオに細工をしているのだ。  
「人間は、人込みをさがして一日中彷徨ったりしないし  
 食事しないと死んでしまうんですよ。  
 ご自分で自分の体を解剖したらいかがですか?  
 とても珍しいものがみれると思いますよ。  
 あなたは人間じゃないんですから」  
深くビデオに突っ込まれないように隆はたたみかける。  
「わかりますか?あなたみたいなのは人間って言わないんですよ」  
一呼吸あけて、大きくはっきりと声を出す。  
「そんなの、常識じゃないですか」  
自分の信じる法である常識に裏切られ、  
(自称)ヨシノケンタの理性が切れた。  
「馬鹿な!!映らないはずが無い!!  
 私はちゃんと映るように・・・!!」  
カメラに映る能力をつかっていた事を認めてしまい  
(自称)ヨシノケンタの体が崩れ始めた。  
「私はっ!ワタシは人間だぁぁぁ………」  
断末魔の雄叫びを残し(自称)ヨシノケンタは宙に溶けた。  
ようやく倒したという安堵と一つの命を奪った罪悪感が同時に隆に訪れた。  
路地には何も残されていなかった。  
つい先ほどまで一つの命が確かにあったというのに。  
自分が消してしまった命を隆は見つめていた。  
これは菜穂を元に戻す為にやった戦いだった。  
そのはずだが、菜穂のおまけじゃなくなるのでは  
という考えが無かったわけでもない。  
隆はそんな自分勝手な理由で一つの命を奪った事を実感しはじめていた。  
自分の身勝手な行為を償おうとしたのにまた自分の身勝手さを認識させられた。  
この思いが、苦しさが欲しかった物なのだろうか。  
 
隆が立ち尽くしていると離れて見ていた大樹がやって来た。  
「ご苦労さん。よくやったね」  
「いえ、みなさんのおかげです。  
 作戦のほとんども大樹さんが作ったものですし…」  
「でも、実行したのは君だよ。  
 こいつは妖怪としては幼かったけど  
 どんな大妖怪でも戦いたくない相手でもあった。  
 人間である君だからやれたんだ。  
 もっと胸をはっていいよ。」  
大樹にねぎらわれ、隆は下げていた頭を上げた。  
「どうしたんだい?」  
「…考えてみるとこいつ何もしてないのに僕のせいで消えたんですよね」  
隆の暗い顔に大樹は驚いた。  
妖怪の、それも敵対していた妖怪の死を悲しんでいる  
隆の精神構造が理解できなかったのだ。  
「でも、こいつは僕らにとっては危険な妖怪だった。  
 今はまだ妖力を封印する程度だったけど成長したら  
 妖怪を消滅させるようになったかもしれない。  
 今でも人間の姿をしていない妖怪には  
 どんな牙をむいたかわからないんだ。  
 僕らも君に感謝している」  
大樹の言葉に隆は少し楽になった。  
自分の行いを正当化するつもりは無いが  
菜穂を助けるためには倒すしかなかった。  
そう思うとようやく、戦いが終わった。  
喜ぶ気にはなれないが後悔もしていない。  
空しさもあるが達成感もある。  
大樹に礼を言うと隆は菜穂の待つ家に急いだ。  

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