アドルクリスティンの冒険日誌 プロローグ -幼年時代-  
 
 
「よークリスー 女の子みたいな名前なんだから、赤毛も女の子みたいに伸ばしたらどうだー!?  
 可愛いかもしれないぜー!!」  
村のガキ大将気取りの少年が、クリスが家路につこうとしていた途中に、声を投げかけてきた  
「また言ったなぁっ!! ガルバドー!!  このぉっ!!」  
クリスは自分の女の子みたいな名前の事を何時も気にして、ガルバドは何時もそれを馬鹿にした  
だから、2人はいつも喧嘩が絶えない  
2人は、子供らしく素手の殴り合いで喧嘩をし始めた  
もう、それは月日を重ねて、2人の日課になってるほどの事だった  
事実上の村のガキ大将を決めるための戦いであったが、  
二人とも実力は拮抗してたので、中々、決着は付けれない    
そんな間柄でもう6〜7年が過ぎたような気がする 間抜けな話だった  
腕っ節を鍛え続けた二人に対して、村の子供たちは、少なくともあの2人は  
子供グループの中ではリーダー格だと別格扱いしていた  
そして、クリスは地主の子供なので、そこで逆差別の様な事が起き、  
それがクリスを村の仲間に完全に馴染ませない理由になっていたのもあった  
そういう意味では、ガルバドは無二の親友かもしれなかった  
彼だけはクリスを対等に扱ったのだ  自分の最大のライバルとして……  
そして今日の喧嘩も決着は付かなかった  
「勝負はお預けだっ!!」 の台詞と共に、去っていくガルバド  
それがクリスの少しの救いに成っていた事をクリスは感じていたけれど、意識はそれを否定した  
クリスは、何時もの様に、自分の名前を呪ってやはり家路につく  
 
「あら、クリス…・・・今日もガルバドと喧嘩? しょうがない子ねぇ…」  
そう言って家路を歩いているクリスに横から声がかけられた  
そこには夕日に照らされながらも、綺麗な蒼い髪を風に棚引かせて微笑んでいる少女が居た  
少女といっても、クリスからしてみればお姉さんぐらいという差が有る  
彼女の名前は、メルティー・レシェナ …… 数日後には兄のケヴィン・ノビルの花嫁となる人  
クリスの憧れの近所のお姉さんだった  
「綺麗な赤毛をこんなに泥だらけにして……、帰ったら先ずはお風呂ね……」  
そう言って腫れ上がった頬をそっと彼女は撫でてくれて、何時もの優しい微笑をくれた  
その笑顔が、クリスの憧れの思いを更に募らせる  
婚姻の日取りも決まっているし、お互いの家族全員の合意の下での結婚だったので  
彼女は既に半分は嫁の様に、クリスの家の家事を手伝っているのだった  
今日の食材を両手一杯に持って、クリスの家に向かっている  
クリスの母親はクリスを生んでから、クリスが幼少の頃に他界した  
良いお母さんだったという記憶がある  でも、それだけだった  
後に残ったのは、男3人でどうやって家の家事を行うかだった  
そんな間に、自分の兄はでかした事に、村一番の器量良しを恋人に出来たのであった  
まぁ、幼馴染だったので、それが恋に変るのは簡単な事だったのかもしれない  
それはまだクリスには分からない感覚だった  
クリスはともかく、ノビル家にとっては、それは大変結構な事で  
父のバルチルも兄が嫁を貰い家を継ぐことも決まったので、最近はとみに機嫌が良かった  
吟遊詩人を招いてまで、結婚式を彩ろう等、  
2人の婚姻にどれほどの気持ちが篭っているのか押して知るべしであった  
 
「メルティ!! クリスー!!」  
そうして2人で家路を急いでいると、今度は2人に声をかけてくる人が居た  
2人はそっとそっちの方を向いた  
夕日に照らされて、彼の緑色の髪は、まるで赤く燃え上がるかのように目の錯覚に映る  
「兄さんっ!!」  
クリスは山仕事から帰ってきた兄の姿を確認すると、笑顔を浮かべて手を振った  
「ケヴィン! お帰りなさいっ!! 今日のお夕飯は腕を振るうわよっ!」  
そう言ってメルティーも、柔らかい微笑を浮かべて彼を迎える  
「いやー今日は、もうクタクタだ……メルティー、御馳走を頼むよ……おやぁ?」  
ケヴィンは2人に近づいてそう言うと、クリスの顔をじっと観察した  
頬が腫れあがっている  
「ははぁん……また、ガルバドにやられたな? クリス……だらしない奴め……」  
そう言って腫れ上がった頬を突っついて意地悪をするケヴィン  
「痛いよ兄さんっ!!」  
クリスはケヴィンの悪戯に、悲鳴を上げる  
「今日も、メルティーがご飯を作ってくれるまで稽古だな……  
 少年組とはいえ、この村一番の男になれなきゃ、ノビル家としての示しが付かないもんな…」  
そう言って、泥にまみれたクリスの赤毛を微笑んで撫でるケヴィン  
「ガルバドに負けてなんかないよっ!! 兄さんっ!!」  
そう言って兄の言葉に、抗議をするクリス  
「でも勝ってもいないんだろう? それは駄目だな……  
 ケヴィン・ノビルの弟はやっぱり村一番の腕っ節の男じゃないとな……」  
そう言ってさらにゴシゴシとクリスの赤毛を撫でるケヴィン  
「ケヴィンも子供の頃は、村で一番の悪ガキ大将だったもんね……」  
そう言って苦そうにメルティーは笑った  
そんな彼女の言葉に、ちょっと顔を歪めるケヴィン  
 
「悪ガキ大将ってのは、心外だな……メルティー……」  
彼女に揶揄されたので、少し抗議の声を入れてみるケヴィン  
そんな彼に向かって澄ました顔で、目を細めるメルティー  
「あーら? 私に子供の頃、散々悪戯した人は、誰だったかしらね?」  
そう言って彼の過去の悪行をクリスの前で暴露するぞとばかりに脅しをかける彼女  
そんな彼女の言葉に、ケヴィンは勢いを止める  
「いや…その……なんだ……なぁ…… メ、メルティー そんな昔の事言い出さなくっても…」  
ケヴィンは痛いところを突かれて、しどろもどろになった  
「クリスに、あの時の事、言っちゃおうかなー」  
そう言って更に、ケヴィンに意地悪をして彼を茶化すメルティー  
「そ、それだけは勘弁してくれよ……なぁ…その…なんだ……子供の頃の愛情表現っていうかなぁ…  
 好きな子には、ちょっかいを出して気を引きたいモンなんだよ、お子様はっ なぁクリス!?」  
そう言って、ケヴィンは話の矛先をいきなりクリスの方に向けた  
「え? 兄さん……、そんな事言われても……」  
ケヴィンに話を振られて、どう答えて良いか分からなくなるクリス  
「クリスは貴方みたいに、意地悪じゃないわよ……優しい子だもの……  
 シェーラちゃんや、ミーニャちゃんなんか、クリスの事、かなり好きなのよ?  
 あ……これは2人と秘密だったか……まぁいいわ……誰だって態度で分かるものだものね…」  
そう言ってメルティーは、村の子供娘達のませた恋の相談事を口にしてバツの悪そうな顔をした  
シェーラとミーニャは、クリスの女幼馴染といった所だ  
クリスはそれを聞いてびっくりするしかなかった  
「クリスは綺麗な赤毛で美少年だものねー、あともう4年もしたら、みんな貴方の虜になるわよ、きっと…」  
そう言ってメルティーはクリスの赤毛を手にした  
「ふーん、じゃぁ、メルティーも、あと4年したらクリスに浮気でもするかい?」  
そんなメルティーの他愛無い言葉にケヴィンは、微笑んで噛み付いた  
 
「私は駄目ね……だってこれからクリスの本当のお姉さんになるんですもん…それに……」  
そう言ってメルティーは、僅かに頬を赤らめた  
「それに?」  
メルティーの言葉を追って、少し楽しげな笑いを浮かべて彼女の言葉を促すケヴィン  
そんなケヴィンの催促に、メルティーは少し焦れる思いを感じた  
「もぉっ、私から言わせるつもりなの? 相変わらず意地悪な人ね……  
 でも、まぁいいわ…… それが貴方らしいものね……      
 そうよ……  
 私は、子供の頃に私を泣かせてくれてばっかりだった人に、今では心を奪われちゃったのよ…  
 運の無い女だわ………、クリスみたいに良い子が同い年の幼馴染だったら良かったのにね…」  
そう言ってメルティーは、ケヴィンの腕に自分の腕を絡ませた  そんな彼女の仕草に照れ笑いをするケヴィン  
「あの頃の事は、もう目いっぱい謝ったろう? メルティー……  
 これからはずっと幸せにするって……その……誓ったじゃないか……俺は…」  
そう言って過去の思いと、今の正直な気持ちを前にして、はにかむ  
クリスはそんな仲むつまじい二人の背中をじっと見詰めていた  
口でこそ、お互いを茶化しあっているが、2人の間には全く入り込む余地が無いほどの『絆』があると言うこと…  
それがクリスには良く分かっていた  
兄は、粗雑な所もあるが、自分を心のそこから面倒見てくれる優しい男だし  
村一番の腕っ節の、とても頼れる人間だ  
これから姉になる人は、ちょっと皮肉屋だけど、誰からも好かれるとてもしなやかな女性…  
そんな2人の組み合わせは、素敵だとクリスは心の底から感じていた  
2人が結ばれる事は、とても素晴らしい事だと……  
自分の、メルティーに対する恋慕の気持ちが、そこにあったとしても……  
クリスは後ろから、夕日に映る、蒼と緑の棚引く髪の毛の色を見つめながら、柔らかく風に吹かれていた  
 
 
「ほらっ クリス、剣の返しはこうするんだっ」  
そう言って丁寧な指導をしながら、ケヴィンはクリスに木の棒で剣術指南をしていた  
「うーん……、難しいなぁ…… でも兄さん、どうして剣の稽古なんかするの?」  
兄に剣の指南を受けながら、クリスは喧嘩では全てが役に立つとはいえないこの修行に口を挟んだ  
「うーん、そうだなぁ……、こんな山奥の村にまで召集がかかるかわわからないがな……  
 この地方の領主様が戦争に出る事になっらた、俺たち農兵も一緒に出ていかにゃならんからさ…  
 その逆も有る… 他の地方の諸侯が攻めてきたら、村を最低限度の日々、守らなければ成らん  
 そうなると、農家の息子といえど剣術ぐらい出来ないといけないわけだ……」  
そう言ってクリスの下手糞な剣を受けるケヴィン  
そんな2人の間に、メルティが手を拭きながらやってきた  
「とかなんとか言っちゃって…、ケヴィン、貴方は絵本に出てくる冒険の勇者に憧れているだけでしょう?  
 昔から、姫様をドラゴンから救い出すための勇者になるんだって、剣の稽古ばかりしてたじゃない…  
 だいたい、何時、他の諸侯の人たちが、こんな何も無い村山に攻めて来るのよ?」  
そう言って2人の間に、入っては「御飯できたわよっ」と言って2人の木の棒をい取り上げる  
「備えあれば憂いなしって言うだろう? メルティ?」  
「はいはい……」  
ケヴィンの言葉を軽く流すメルティ  そんなやり取りをクリスは微笑んで見つめた  
そして不意に気付く  
「兄さんも……昔はお父さんの読んでくれる絵本の剣の勇者に成りたかったんだ…」  
そう言ってクリスは目を丸くした  
 
父親のバルチルを加えて、認定家族4人で食事が始まった  
「まーな…、子供の頃は誰だってそうだろう? 勇敢な剣の勇者になりたいって思うもんさ…」  
そう言って、ケヴィンは野菜の炒めをモシャモシャと食べ始めた  
「ふーん、兄さんもそんな時期があったんだ……」  
クリスはジャガイモに手をかけながら、意外な兄の過去の側面を知った  
7歳も歳が離れていると、知らない過去は一杯ある  
「ハッハッハ、それはワシが悪いのかな……、代々先祖がこの土地の地主をしていたからな…  
 ちょっとした旅行ぐらいで、外の世界なんてロクに見たことが無かった……  
 ずっと土地に縛られている日々だったから、冒険談にワシが子供の頃から飢えていたのかな…」  
そう言って父親のバルチルは口を挟み、エールをあおって、目玉焼きに手をかけた  
「ケヴィンに子供の頃から、勇者の絵本を読ませ続けたからな……ワンパクに育ちすぎて困ったよ…  
 ケヴィンはワシに似すぎていたからな……この緑の髪とか……」  
そう言って、バルチルは自分の色と同じケヴィンの緑色の髪の毛を撫でた  
「もー、そのせいで、義父さん…ケヴィンったら子供の頃は本当に酷い人だったんですよ?  
 村の子供全部と腕っ節競争してみたり、剣術の稽古をしてみたり……  
 ほら、いつかあったじゃないですか…ケヴィンが、外の世界に武者修行に言ってくるって喚きだした時が…」  
そう言ってメルティーは、すこし昔の事を思い出してはにかんだ  
「そういえばそうだったな……家の跡目も捨てて剣士になるんだって言い出した頃が…  
 あの時は困ったものだったな……ワシも……」  
そう言って頭をかくバルチル  
「兄さん、家を出ようとした事があったの!?」  
知られざる過去を耳にして、更に驚くクリス  
 
「昔の事だ、昔の……子供ってのは、そういう時期があるんだよ……」  
そう言ってケヴィンは、苦そうに笑った  
「そうだな……ワシも親父に反発して外に出たいって思った事があったものな…」  
エールを飲みながら、自分自身の過去を見つめるバルチル  
2人の思わぬ告白に仰天するクリス  
「どうして? どうして父さんも兄さんも家を出たかったのに、行かなかったの!?」  
2人の行動力有る人間の背中を見つめ続けていたから、  
クリスは2人がそうまで思いながらも家を出なかった事に、不可思議さを覚えた  
「ワシは、お前の母さん………シャンナの……せいかな? 綺麗な赤毛の可愛い娘だった…  
 彼女に惚れてから……冒険と彼女…… どちらを選ぶか迫られた……   
 で、こっちの生活を選んだのさ……、情けない話だろう?  勇気のないチキンな話さ…」  
そう言って、バルチルは苦そうに笑った  
その話を耳にして、目を丸くさせるケヴィンとメルティー  
「そうか……父さんは…母さんと………」  
それを聞いて、記憶の中で薄らぼけている母親の事を思い出し、クリスは唸った  
「じゃぁ、兄さんは?」  
今度は、矛先を兄に向けてみるクリス  
「あーーそのーーなんだぁ……」「えーっと、ねぇ……クリス……」  
2人は、苦そうに笑いながら視線を逸らしてクリスから目を逸らした   
「???」クリスは首を捻る  
「泣かれたんだよ……メルティーに……『行っちゃ嫌だ……行くなら私も連れて行って』ってな…」  
そう言ってケヴィンは、あの時の事を回想して微笑を浮かべる  
「もぉ、ケヴィンったら……そんな子供の頃の事を蒸し返さないでよっ!!」  
ケヴィンの言葉を聞いて仰天した表情になり  
今度はメルティーが、過去の恥かしい思い出の暴露に釘を誘うとする  
 
「兄さんも…その…メルティー義姉さんと……」  
2人の赤面した顔を交互に見つめながら、クリスは何故か淡い気持ちになった  
2人ともしどろもどろはしていたが、何だか懐かしそうにその時の事に思いを馳せているようだった  
そんな2人の姿は、本当に妙にお似合いの二人に見えて、嬉しさの反面、クリスは焦れた  
バルチルは、そんな2人の過去の暴露話を耳にして、ガッハッハと大笑いをする  
「なんだかんだといって、好きな女の子の涙には弱いもんだな、ノビル家の人間ってのは…  
 ワシとシャンナの時と、お前達2人はそっくりに思えるよ……    
 結構ワシも剣術とか頑張ったんだがなぁ… 後、一歩の勇気が無かったな……冒険者になるには   
 でも、面白い事に、今ではそれが幸せな事だったと思える……だから人生は不思議だ…」  
そう言ってバルチルはエールをまた口にした  
そんな言葉に、少しまどろみながら、笑顔を浮かべる2人の男女  
クリスはそんな父親の言葉に、微妙な違和感を覚えるしかなかった  
「クリスは、いつも、クリスって女の子の名前が嫌いだって言うがな……、  
 この名前だって随分、思い入れの有る名前なんだぞ?   
 母さんがお前が生まれるあたりでケヴィンが冒険者になるって喚きだして、ホトホト手を焼いてな……  
 だから、ケヴィンとは違って、優しい温厚な子供にって、クリスって名前にしようって言ったんだ…  
 お前の赤いこの髪と、お前の喧嘩の元のその名前は、そんな母さんの思いが篭った形見なんだよ……」  
言ってバルチルは、クリスの赤毛を気持ちよく撫でてやる  
「僕の名前は…母さんが……」  
クリスは自分の名付けの秘密を知って、今日は驚き尽くめだった  
「父さんが、お前を俺以上に可愛がるのは、クリス……お前が母さん似だからなんだぜ?  
 俺も、お前を見ていると、何処か母さんの面影を思い出すよ……」  
そう言って今度はケヴィンもクリスの赤毛を撫でてやった  
そしてケヴィンは、微笑む  
「喧嘩に強くなっても、剣術上手くなっても……母さんが望んだように  
 俺みたいに優しい男に成ってくれよ……クリス……なぁ?」  
ケヴィンは過去に失った自分の母親の思いも込めて、クリスに向かってそう言った  
 
 
 

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