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「行かれるのですか…… 老師……」  
その女性は、山を下りようとする老人に声をかけた。  
「うむ…、この件は我が事も同義…… 行かぬ訳にはいくまい……」  
老人はその女性に微笑みを返して、その足を進める。 女性は複雑な表情になった。  
「じゃが……、 むしろ儂もな……、 あの男に関わり合ってみたいのも本当の所じゃがな……  
 お主らをそこまで惑わせる男じゃ。 何より先の樹との会談……あれが儂も気に入った……」  
そう言って不意に、その老人は足を止めて声を上げる。  
その言葉を受けて、更に困惑した表情を浮かべるその女性。  
「まぁ、そんな顔をしなさんな、嬢ちゃん達や……、 儂が出向くのじゃ…… なんとかなろうて…」  
そう言って老人は、不安そうな顔になっている二人の事を思って苦そうに笑うしかなかった。  
「もうっ! 老師っ! お嬢ちゃんは、いいかげん辞めて下さいっ!」  
また、この老人にからかわれたと思い、先ほどの重い口調をいっきに崩すその女性。  
そんな、何時も通りの言葉を聞いて、老人はガハハハと笑うしかなかった。  
「仕方がないさ……、今の嬢ちゃん方は、先代の様に慄然とした姿と、まるで重ならん……  
 儂の知っておる二人であれば、今の様な緊急の事態を黙認している事さえ、無かったハズじゃからの…」  
そう言って老人はご自慢の顎髭を撫でた。  
「……それは………」  
老人の言葉に、下を向いて落ち込むその女性。  
「まぁ、気に病むな……、あの件は、樹さえ決定した事じゃ……、だから、お主らは気にせんでもいいのじゃ……  
 我らが言うのもどうかと思うが、今は、我ら自身も、運命の流れるままに、その身を投げ出してみようぞ………」  
言って老人は頭を振る。  
「……………」  
その女性達は、その言葉に沈黙するしかなかった。  
「さてと……行ってくる……。 儂の留守は任せるぞ…… 二人とも……」  
「……はい……」  
二人の女性とその老人は、そう言葉を交わした後に、その場で別れた。  
 
 
クリスは森の見下ろせる丘の上に座り込み、両腕を組んで首を左右に捻っていた。  
「……修行しろって、言われてもなぁ……」  
魔王様に、言いがかりで絡まれるのも難だが、期限付きの宿題を押しつけられるのはもっと難であった。  
修行しろと一言で言われても、それは無理難題である。  
自分の剣は、どっちかというと我流であるし、剣の基本的な修行と言えば  
1人で冒険に出る前の、冒険者見習いとして師匠に剣の稽古を付けて貰ったぐらいの事だ。  
むしろ、自分の剣は、それをベースに実戦の中で鍛え続けられた、変則的な技の集積である。  
今更、何をどのように修行すればいいかなど、発想できようはずも無かった。  
なにせ、自分の行く手を阻んでいる魔法で造物された実際の敵がいないのだから  
一人でどうやって修行するのかすら問題になる。  
「うわぁ、どうしたもんかなぁ……」  
クリスは悩んで己の髪をかきむしった。  
そういやって数時間、一人でもんどり打っている時だった。  
不意に背後に気配を感じ、背中の方に視線を移すクリス。  
するとそこには、怪しげな水晶を片手に一番前に位置している老人と、その後ろに3人のお供という  
こんな辺境の僻地には似つかわしくない団体が、近づいてきているのだった。  
「ん!?」  
あまりに不自然なその団体に眉をひそめるクリス。  
だがその団体は、黙々と一直線にクリスに近づいてきているようであった。  
そして、その団体はクリスの前までたどり着くと、その場で歩みを止める。  
クリスは先頭の老人を見つめた。 白髪と豊かな顎髭を生やし、如何にも好々爺といった風であった。  
クリスが姿勢を正して体をむき直すと、二人の視線が帳面からぶつかりあう。  
「初めまして……旅のお方……」  
その老人は、そっとそう呟いた。 クリスはその呼びかけに、眉を更にひそめた。  
「初めまして……」   
ただ、クリスはそう返すしかなかった。  
 
「貴殿……、かの高名なアドル・クリスティン殿とお見受けしますが……」  
そう言って老人は、クックックと苦そうに笑う。  
「は!?」  
自分の過去の名前を隠蔽するために、髪まで茶に染めているクリスに、  
唐突にその『名前』を指し示されて、呆然とするクリス。  
「ちょ、ちょっと、何の勘違いで? 私は、クリス・ノビルという、しがない旅の者ですが……」  
慌てて、相手のトンでもない発言にフォローを入れるクリス。  
しかし老人はその言葉を笑うだけだった。  
「そう言えば、貴方は8年もエウロペから不在でしたね…… ならば知る由もありませんか……  
 貴方が今、エウロペでどれほど語り継がれている高名な冒険者なのか……」  
老人はそう言って、本を後ろの者達から取り寄せ、ばさっとそれをクリスの前に出した。  
クリスは驚いてその本を凝視し、その本の表題にポカンと口を開いた。  
「な、なんだこりゃっ!?  ア…、アドル・クリスティンの冒険日誌ぃ〜!?」  
その本達の表題には、まず大きくそのタイトルが付けられていた。その文字を読んで絶句するクリス。  
「これは、吟遊詩人達の間では、非常に高価に取引されている絶品ですよ……  
 貴方が8年前にエウロペ周辺で歩んできた記録の数々のね……」  
そう言って、老人は面白そうに笑う。  
「こ、こんなモン、作って売ってる奴が居るのかっ!?」  
クリスは、その1冊ごとに中身を吟味して、  
今までの冒険譚について、脚色込みで書き上げられている作品の内容に更に絶句した。  
「誰だよっ!? 本人に断りもなく、こんなもん書いた奴はっ!!」  
そう言って、著者の欄を探して本をグルグル回す。  
すると、著者のサインに 「ラーバ」 の文字が書かれてあった。その文字を見てまた閉口するクリス。  
「………、あっ、あのっ!! ラーバの糞ジジイッ!!!!」  
クリスは、周囲に何もない事を見計らって、思い切り絶叫した。  
 
「ホッホッホッホ……、高名なアドル殿が8年前に消息を絶ってから…  
 私も気を揉んでおりましたが……… また、こうしてその名と、本当のお姿にまで出会えるとは  
 感慨深い………、長生きはしてみるものですな……」  
老人はそう言って、手に持った紫色の水晶を揺らし続ける。  
「えーえーっと…、いや、それはそのー、えーっと…… いやーだから私は  
 アドルなんて、そんな名前の者じゃなくて……」  
自分の冒険日誌を前に絶叫するという醜態を晒した後でも、クリスは惚けようと頑張ってみた。  
しかし、老人は頭を振って笑うだけだった。  
「無駄ですよ、アドル殿…… いきさつは、あのお方から耳にしております……」  
そう言ってその老人は、自分たちの遙か後方、つまり突然気配の様なものがしてみた辺りを指さして、  
そこに立っている黒いローブの男を示した。  
クリスはそっちに思わず視線を送り、と同時に、「そいつ」を認識して血相を変える。  
「てめぇっ!!! ギルフェニアッ!!!」  
その男を確認するやいなや、クリスは小型のナイフを思わず投げつけていた。  
ナイフが鋭い勢いで魔導師を襲う。しかし魔導師のその前に達したとき、突然、目に見えない壁に弾かれ  
ナイフは勢いを失って大地にストンと落ちる。  
「手荒い歓迎だな……アドル・クリスティンよ……」  
自分の周囲に魔法の障壁を張っていたギルフェニアは、予想通りのクリスの行動にただ1言呟くしかなかった。  
その物言いに更に過敏に反応し、絶叫するクリス。  
「何を悠長に言ってやがるっ!? 糞魔導師っ!!  
 てめぇっがっ数日前にしてくれたことっ、よもや忘れたとは、いわさんぞっ!!」  
投げナイフを防がれ、相手の陰湿なマギを前に眉間に皺を寄せながらも、クリスは次の投げナイフを手にかけた。  
シールドの魔法を使っているの成れば、魔力が付加されている銀のダガーを使うしかないかと思案するクリス。  
あんな魔導師に、コストのかかる銀のダガーを使うことさえ、クリスには屈辱だった。  
「先日の事は謝ると言ったら……、お前は私を許してくれるのか?」  
そんな憤って我を忘れているクリスを凝視し、ギルフェニアは嫌らしそうな笑みを浮かべてそう言った。  
 
「許す、許さねぇの問題じゃねぇだろうっ!? 俺をこんな目に逢わしてくれたのは貴様だろうがっ!?」  
言ってクリスは仕方なしにとばかりに、銀のナイフを取り出す。  
そして、それを投げつけるが、その時、投げられたナイフは  
老人の後ろに立っていた中年の剣士風の男によって、彼の金属の籠手ではたき落とされる。  
「…なんと……ご高名のアドル殿が、こんな気性の荒い方だとは……存じませんでした……」  
投げナイフをはたき落としたその男は、地に落ちた銀のナイフを見て、ただそう呟く。  
「!」  
クリスは、その老人の後ろに立つ、中年に見える3人の剣士から感じる威圧感に、  
魔導師とは別の意味で眉をひそめる。 自分の投げナイフを正確にはたくとは、相当の腕前だ。  
と、時を同じくして、魔導師は語った。  
「先日のことは、すまないと思っているさ…… だがなアドルよ……  
 一つだけ自己弁護をさせて貰うなら、私の導きが無くともだ……  
 遅かれ早かれ、お前はフェイルに狙われたのだ…… ならば、ああいう導入でも良いとは思わないか?」  
ギルフェニアは、飄々とした顔で、そんな無責任な事を口にしてみる。  
その言葉が、ますます勘に触るクリス。  
「…………………」  
ギルフェニアの言葉に、確かにそうかもしれないと考えてみる。  
しかし、だから「分かりました」と納得できれば、それはもはや人間ではない。  
クリスは頭を抱えた。  
「お前にこの件の贖罪をするならばだ……、お前の目の前に導いた人々がそれだ……」  
そう言ってギルフェニアは、自分の錫杖を握りしめ、顔を傾ける。   
「?」  
ギルフェニアの言葉を耳にして、首を傾げるクリス。  
そんな二人のやりとりに、頃合いを得たとばかりに、老人はそっと微笑んでその口を開いた。  
 
「我らの自己紹介が、まだでしたな…… これは大変な失礼をば……私は……」  
といって、その老人が言葉を続けかけたとき、後ろの1人が声を出してそれを止める。  
「……老師から先に御紹介をさせるわけにはいきません……先ずは我々から名乗らせて頂きたい…」  
そう言って後ろの3人はお互いを見つめ合って、お互いの承諾を促す。  
直ぐさま同意を得ると、老師が言葉を続ける間も無く、右の男が声を上げた。  
「私は、ディルフェイル流分派 アキルフェス流、宗主 イムセネス・ベズパ・アキルフェス  
 都、サンドリア・ベルガに居を構える剣士でありますっ」  
そう言って、その男は自らの腰に下げた剣を抜いた。   
それは金色に塗装された見事な剣であり、と同時にクリスが腰に下げている剣と同じモノであった。  
剣の刀身に、呪言文字が浮かび上がり、剣が魔法剣である事を示す。  
それは『バトル・ソード』 一流の剣士だけが所有し使いこなせると云われる名剣であった。  
次に、真ん中の男が口を開く。  
「私は、ディルフェイル流分派 リズグルト流、宗主 パナマス・エスガ・リズグルト  
 都、ロムンに居を構える剣士であります… アドル殿はご存じないでしょうが……  
 8年前の皇帝誘拐事変で、貴殿と共に戦った事もあるのですよ?」  
そう言って、その男は微笑み、自らの腰に下げていた剣を同じように抜いた。  
それもやはり『バトルソード』であった。 イムセネスの抜刀した剣とは異なった呪言文字が浮かび上がる。  
最後にクリスのダガーをはたき落とした男が、口を開く。  
「私は、ディルフェイル流分派 ダルキン流、宗主 フーフェ・ティティリス・ダルキン  
 都、バレシアに居を構える剣士でありますっ」  
言って、2人と同じように抜刀するその剣士。 同じようにバトルソードが構えられた。  
このバトルソードも、他の2本と同様に異なる呪言文字を浮かび上がらせる。  
3人の男達は自己紹介を終えると、声を揃えて叫ぶ。  
「我ら、ディルフェイル流 四天皇が三剣っ、宿敵であるフェイル打倒の為にはせ参じましたっ」  
言って、剣を縦に持ち、それを構えたままで膝をつく三人の剣士。 それは目の前の老人に敬意を示すように映った。  
 
3人のうやうやしい態度の後に、老人は手にした水晶をぎゅっと握りしめその輝きを見つめた。  
「では、最後に、私が自己紹介をさせて頂きましょう……  
 私は、ディルフェイル流、始祖ヴェルヘルムの奥義を伝授されし剣……  
 バルパドス・アーキス・ヴェルヘルム…… 現代の剣聖にございます……」  
そう言って、その老人はクリスに軽く会釈を送った。  
「!」  
クリスは、その老人が言葉を発したその瞬間に、老人から壁のような威圧感が生まれたことを感じた。  
何より「剣聖」の言葉が、クリスに奇妙な警戒心を与える。  
老人はクリスの前に、輝きを放つ紫水晶を差し出した。  
「この水晶は剣聖の証であると共に、我らが始祖、剣神ヴェルヘルムに託されたアーティファクト  
 この水晶輝くとき、宿敵フェイルが蘇りし時……、  
 水晶はフェイルの所在を示し、ディルフェイルの名に連なる者は  
 その剣の理が指し示す様に、おのが剣を抜かねばなりません……」  
言って、その老人…いや、剣聖バルバドスは、クリスの前に膝をついた。  
「ろ、老師……」  
3人のディルフェイルに連なる剣士達は、自らの剣の頂点に立つ老人がクリスに膝を付いたことに驚愕の声を上げる。  
「アドル・クリスティン殿、話はギルフェニア殿より聞き賜っておりまする……  
 貴殿は、我らが宿敵、剣皇フェイルに狙われているお方……、  
 なれば我らも戦いに参加するべきと考えておる所存……」  
老人はそう言って、風貌から感じる歳の人間からは考えられないほどの鋭い眼光をクリスに送った。  
その光に、僅かに気圧されるクリス。  
「……この程度で贖罪と考えてくれるかどうかは分からんが……、剣皇フェイルと対峙するには  
 ディルフェイルの剣を集めるのが得策とも考えたのでね…… どうかな? アドルよ?」  
ギルフェニアは、その剣士達の挨拶が終わった後に、そう言葉を付け加えてみた。  
その言葉を受けて、苦そうな顔になるクリス。  
 
『魔導師は…策を弄するのが好きな生き物であるな……』  
その時、その空間に声が走った  
「!?」  
声を聞いたその場の者は、その場にまたも突然生まれた、圧迫感の様なものを感じて神経を逆なでる。  
クリスはその声の聞き覚えに、思わず歯ぎしりをした。  
空間への圧迫感はより一層強くなり、息苦しささえ感じ始める。  
『だが……こういう余興は、我としても楽しい趣向だぞ……魔導師……』  
その声が響いたとたんに、その5人から僅かに遠くにあった大きな木の枝に  
幹に背をもたれるように座っている様の、フェイルが出現した。  
「フェイルッ!?」  
クリスは、突然、現れた剣皇に悲鳴を上げるしかなかった。  
「あれがフェイル……」「あれがそうなのか……」「くっ……」  
3人の剣士は抜刀したままで、しかし、明らかに感じるその存在の剣気に抗い続けるしかなかった。  
そして剣聖バルバドスは、手に持つ紫水晶が果てしなく光り輝いていることに、ただ目を細める。  
『ディルフェイルの者達、そして現代の剣聖か……面白い……  
 赤毛だけでも十分な遊び相手であったというのに、こんなにも獲物が増えるとな……』  
そう言ってフェイルは、そっと剣士達の方を見つめた。  
クリスは、あまりにも突飛な事態に頭が白くなり、思わずフレイムブレイドである小型のナイフに手をかけた。  
が、前の様に、一瞬の間に飛びかかって来るという風は無く、フェイルはまじまじと彼らを凝視するだけだった。  
『ヴェルヘルムの元に集った、我を討つための剣士達か……よくよく思い出せば懐かしき事よ……』  
そう言ってフェイルは、小さな溜息をついた。  
 
『少し昔話をしてやろう……、お前達の持つその剣に敬意を表してな……』  
そう言ってフェイルは、赤い瞳を輝かせた。  
『かつて、エルディーンと呼ばれる、神々達の傲慢が生んだ文明があった……  
 巨大な魔法のアーティファクト、そして魔力で生み出された高度な技術によって  
 人の心の中にある悪意(ダーム)を消し去ろうという……大胆な計画がな……』  
言いながらフェイルは、己の腕をじっと見つめる。  
『だがそれは失敗に終わった……、人は神が思うほど高尚な生き物では無かったのだ……  
 高度な文明はむしろ堕落を呼び、堕落は何時しか快楽と悪意に変わっていった……  
 そして悪意が我々の力の源であるが故に、人の魂が地に落ちれば落ちるほどに、我らの力は増幅された……』  
フェイルは言いながら、当時の巨大な文明が炎の中に落ちていく光景を思いださずには居られなかった。  
『我らは我らであるが故に、神々の傲慢なる理想郷の破壊を目指した……  
 あまりに古(いにしえ)の事であるから、汝らには口伝でしか伝わらぬ事であるが……な……  
 我ら、魔の王の族と、天と名をする神の族は、己の威信をかけて戦うしかなかった……  
 エルディーン文明、崩壊の時の記憶さ……』  
言って、フェイルは己の腕を剣にしたり、元に戻したりして僅かに遊んでみた。  
炎がフェイルの脳裏に映る。  
『我は、南の門の番人にして、発祥からの剣のライバル、剣の神ヴェルヘルムとの決戦に臨んだ……  
 剣の神ヴェルヘルム、ヴェルヘルムより神剣フレイムブレイドを戴いた剣士達を束ねる剣聖……  
 そして、我の眷属と戦うために選ばれたヴェルヘルムの10本の剣士達………』  
言ってフェイルは、3人の剣士が抜刀しているバトルソードを指さした。  
『そのバトルソードとは、我の眷属と戦う者達にヴェルヘルムが鍛えて与えし最高級の魔法剣よ……  
 その剣は、この世界に10本生み出された……10人の剣士の名と銘と共に………』  
その言霊をフェイルが発すると同時に、黄金に装飾されたバトルソードの  
刀身に浮かび上がった呪言文字が共鳴するかのように輝いた。  
 
『10の剣士… 10の剣(つるぎ)…… アキルフェス、リズグルト、ダルキン……  
 そして……赤毛の持つ、ウェルシェネスか…………』  
フェイルがその名を呟いたとき、クリスの腰に下げていた長剣が鞘ごと魔力の光を上げる。  
その光景にクリスは気付き驚き、他の3本の剣と自分の持つバトルソードが共鳴している事を感じてその柄に手をかける。  
クリスはバトルソードを抜き、その刀身を見つめた。  
剣の刀身には、他の3剣と同じように呪言文字が浮かべ、他の剣を呼ぶように共鳴する。  
『剣が剣を喚ぶか……剣に、古代の剣士達の魂が宿っているのであろう……・』  
フェイルは黄金に輝く剣達を見て、ただ、ほくそ笑むしかなかった。  
『さても懐かしき剣達の顔ぶれよ……、宿敵である我が言うのもおかしなものだが……  
 あの時の10人の剣士達は、敵ながら天晴れな男達であった……良い戦いであった……』  
フェイルはそう言って、まるで昨日の事のように、エルディーン攻防戦の事を思いだす。  
炎の中で、決死の覚悟でフェイル自らが生み出した眷属達に挑みかかってくる10人の剣士達。  
壮絶なる剣技が、眷属のソードデーモン達と繰り広げられていたものだった。  
『しかし、あの時の11の剣も、もはや今では4剣しか残らぬのか………時の流れとは無情なもの……  
 そして、ディルフェイルの剣達も、時を経る毎に衰弱していくとみえる……  
 ふっ、山に籠もったヴェルヘルムめ……さぞや歯ぎしりしている事であろうよ……』  
記憶を邂逅した後、目の前に対峙している5人の剣士を睨め付け、フェイルは彼らを鼻で笑った。  
「どういう意味だっ!?」  
剣気に抗いながら、しかし、一歩も退く事のないイムセネスは、フェイルの罵声に声を上げた。  
『言葉そのままよ……。 剣士よ…戒律、掟、名誉、血脈…… つまらぬ戯れ言が、汝らの剣を曇らせておる……』  
フェイルは言葉を返したイムセネスに辛辣にそう言い返した。  
「何っ!?」  
フェイルの言葉を耳にして、3人は声を荒げる。  
 
『我はフェイル……汝ら、ディルフェイルと称する剣士達の怨敵………しかし、今の汝らの事を我は知らぬ…  
 なれば、我は現世を覗き見ようでは無いか…… 汝らの剣が、かつての剣士達の様に  
 我が眷属を破る程の高みに達しているのかどうか………』  
そう言ってフェイルが、その圧迫感を更に増そうとした、その瞬間であった。  
「待て、フェイルよ……、うやうやしくも、剣の皇よ……、知らぬのはこの者達だけの事よ……  
 儂は、遠き昔にも貴殿に出会っておる……  
 儂はよく貴様を覚えておるぞ…………」  
突如、剣聖バルバドスはそう言い放ち、自らの持つ紫水晶を前に出し、その輝きを指し示した。  
『む? 汝は?』  
フェイルは、眷属を召還しようとした矢先に、それを言葉で止められた事に赤い瞳を輝かせて老人を凝視した。  
老人は、心を荒げて剣皇を睨み続けた。  
「悠久を生きる魔の王には、記憶に残らぬ事かも知れぬがな……、儂は子供の頃に貴様に出会っておる……  
 我が師夫……、そこのフーフェ・ティティリスが祖父にして当時の剣聖……・  
 テアマッタ・ティティリス・ヴェルヘルムと汝の果たし合いの時にな……」  
そう言って、バルバドスは手にした紫水晶の輝きを、ただ虚ろに見つめるしかなかった。  
『ぬっ?』  
フェイルは、老人の突然の発言に眉をひそめた。  
『テイアマッタ・ティティリス・ヴェルヘルム…とな…… ほぉ…… そうか……  
 50数年前の、あの時の事か……… そう言えば、久方ぶりに眠りから覚めて、  
 当時の剣聖とじゃれた記憶があるな…………』  
そう言って、フェイルは昨日の事と錯覚せんばかりに、眠りに落ちる前の50数年前の果たし合いの事を思いだした。  
遠き過去からの慣例になりつつあった、自らの力を落とした複製を生み出し、当時の剣聖と戦わせた事を…。  
『あの男も良い剣士であったな……しかし、勝負は時の運命が誰に微笑むかだ……  
 永き剣聖と我の複製との果たし合いは、テアマッタを討って10勝12敗だ……  
 13敗で負け越すのは癪だったからな……、あの時のコピーは少し手を入れすぎたやもな……』  
そう言って、フェイルはその戦いの事を、ケラケラと笑うしかなかった。  
 
「テアマッタは、儂には偉大な師夫であったっ!! その師夫が生の全てを賭けて挑んだ戦いを  
 剣の皇は笑うだけかっ!? フェイルよっ!!」  
バルバドスは、フェイルの態度に更に語気を強め、その紫水晶をより前に出す。  
『これは失敬………あの時の剣の果たし合いは、笑って良いものでは無かったな……  
 ふむ……見るとそれはヴェルヘルムの紫水晶……すると汝が現世の剣聖か……  
 師夫を子供の頃に討たれた事で、なるほど、肝を舐めて生きてきたようだな……  
 ふふふ……名は……なんと言ったかな……バルバドス・アーキス……だったか……  
 ほう……汝は、アーキスの血に連なる者か…』  
フェイルは、クリスの側にインジビリティで隠れ、常時監視し続けた間に  
先に剣士達が名乗りを上げていた事を思いだした。   
ただし、そのもはや剣士として剣を握れそうもない老人は多少意識の外には成ってしまったが……  
『ワルトガル・アーキス……、エルディーン攻略の時、初代剣聖を務めた男……  
 汝はその血脈か…  
 なるほど………現世の剣聖はアーキスの血に戻った様だな………  
 代々、アーキスの血を受け継ぐ剣聖は手強かったものだぞ………』  
そう言ってフェイルは、立つだけでようように見える老人に嫌らしい笑みを送った。  
その笑みの中に感じる恣意を看破し、ギリッと歯ぎしりをするバルバドス。  
「儂も、アーキスの血族……、代々より受け継がれた戦いの記憶と誇りを継承する者……  
 口惜しきは、師夫テアマッタの敵を討つために修行してきた日々の最後に  
 貴様に再会した事よっ! 儂が全盛の時に貴様が現れてくれさえすれば……  
 師夫の敵と、ヴェルヘルムの剣、そしてアーキスの剣の神髄を示せたものをっ!!」  
言ってバルバドスは紫水晶を奮わせた。  
その言葉に、思わずフェイルは首を左右に振る。  
『それは済まぬ事をした…… 50数年前の戦いにあまりに満足してしまってな……  
 テアマッタという剣聖の技の良さと、それを討ったという喜びで思わず50年も寝過ごしてしもうてな……  
 そうか……汝は我を恨んでおるか……なればちょうど良いではないか………』  
そう言ってフェイルは、バルバドスと他の3剣士を睨み付けた。  
 
『我が眷属と複製を喚ぼう…… そして剣の競技と洒落込もうではないか……  
 現世のディルフェイルの剣を握る者達……そして剣聖との果たし合い……  
 唐突ではあるが……この場で全て執り行おう…………  
 赤毛も居る事だし………見聞人の数も十分であろうっ  
 クッフハハハハハハッッッ』  
フェイルは、そう笑い声を上げると同時に、自らの周りに眷属達を召還し始めた。  
フェイルの召還に応じ、座す樹木の下の大地から、鎧を着込んだデーモン達が生えてくる。  
魔剣を携えるソードデーモン達は4体、そしてその真ん中には長身の黒衣の剣士が現れ出でた。  
「おいおいっ!! いきなりっ、なんちゅー話なんだよっ!?」  
クリスは自分を訪ねてきた客と、課題であるフェイル自身の勝手なやりとりに閉口してしまうしかなかった。  
対称的に、バトルソードを構える3人の剣士達は、フェイルの言葉と目の前に現れた敵を理解し  
そして、あまりに唐突であるが、死合を仕掛けられた事に覚悟を決めたようだった。  
その顔つきと剣を握りしめる力を険しくさせ、しかし、一歩も退かずにデーモン級の敵に対峙する。  
『気にするでない……赤毛よ……、今日の汝は見聞役だ……  
 これはディルフェイルの剣を握る者と、我の剣との競い合い……、汝はそこで観戦でもしておるがよい』  
そう言ったと同時に、フェイルは召還した眷属と複製に号令を出し、戦いの火ぶたを切って落とした。  
デーモン達は人間のそれを遙かに超えた脚力で剣士達に襲いかかる。  
「傍観だとっ!? 5体も魔物を喚んでおいて何を言うっ!! 1人は俺相手って事だろうがっ!!」  
クリスはフェイルの言葉と数の合わない魔物を思い、魔王の虚言を鼻で笑うしかなかった。  
『勘違いだよ……赤毛…… 最後の1体の相手は汝ではないっ』  
とフェイルが言ったと同時に、ソードデーモンの1体が剣士達とは別の方向に飛んだ。  
 
別の方向に飛んだソードデーモンは、なんと魔導師ギルフェニアに向かって剣を繰り出したのであった。  
「むっ!!」  
ギルフェニアは、思いがけない敵の攻撃に、自らの錫杖を巧みに操り、ソードデーモンの一撃を避ける。  
「どういう事か!? 剣の皇っ!!」  
突如、ソードデーモンに襲われたギルフェニアは、フェイルに向かって語気を荒げた。  
そんなギルフェニアの言葉に、フェイルは嫌らしそうに笑う。  
『いやしくも我は剣の皇にして、魔の王の族ぞっ………  
 人間の策謀の道具にされるのは不快であるっ  
 我を利用しようと目論むの成れば、それ相応に我を楽しませて貰おうっ   
 でなければ、釣り合いが取れぬわっ!!』  
そう言ってフェイルは、さも楽しそうに嘲笑を魔導師に送った。  
その言葉を耳にして魔導師は、似たように乾いた笑みを浮かべる。  
「なかなか……巨大な力を相手にしようとすると、楽をさせて貰うというわけにはいかぬと言う事か……  
 やれやれ……魔導師は肉体労働が嫌いな性分なのだがな………」  
そう言った後に、魔導師は胸に飾っていたアミュレットを握り取ってそれを徐にソードデーモンの手前に投げた。  
アミュレットは地に落ちると同時に、大地に光の魔法陣を形成し、  
浮かび上がった魔法の呪言文字がマギを発動させるマナソースと成る。  
「その護符を作るのは、値が高く付くのだがな………」  
そう言ってギルフェニアは笑うと、少しの呪言を唱え魔法陣に込められたマギを発動させる。  
マギが発動すると同時に、魔法陣より悪魔の様な怪物が召還され現れいでた。  
『ほぉ……レッサーデーモンを呼んだか……しかし、その程度の者では、  
 我が最高級のソードデーモンには対向できぬぞ………』  
フェイルは、いたぶる予定だった魔導師が思わぬ反撃に出たのに、頬を緩ませるしかなかった。  
「この程度でどうにかなるとは思わんよ……しかし呪言を詠唱するための足止め程度にはなる……」  
そう言ってギルフェニアは耳に飾っていた不似合いなイアリングを手にしてそれを握り締めて粉々にした。  
 
3人の剣士達も同時に熾烈な戦いに突入していた。  
決戦を臨むためのバトルソードとバトルアーマーを着込んだ3剣達は、  
各々がソードデーモンの1体を受け持ち剣撃を交わし始める。  
ソードデーモン達は、クリスの目から見ても楽な相手とは言い難かった。   
しかしそれらに対峙して物怖じもせずにその剣を受けては反撃を繰り出す剣士達。  
その3剣士達の腕前は見事なものであった。  
かたや剣士でも無い魔導師であるが、そこはそれ希代の魔導師。   
1体1の戦いにおいても、後れを取るという無様なマネは無かった。  
イアリングを握りつぶしたと同時に、その中から粉が散り、それが付加魔法発動の鍵となって  
ギルフェニアの体にマギが発動された。マギは光の繭となってギルフェニアに重なる。  
『ほう………高速呪言詠唱のマギか……』  
フェイルは魔眼を自動的に実行してギルフェニアのマギを見抜き、顎に手をやった。  
ギルフェニアは、自らの錫杖を回転させ、そしてそれを大地に突き立てると呪言の詠唱を始める。  
「エルノ・アルサ・テルマ・フェルネキア、キリム・セルアマント・サルガマソス・セネハルメニア  
 ジルム・ティルト・ガルマスタリナリア・バグルデルタ、アルベリシソス・ネルス・デルス・ケリム  
 アマソスト・トルクメルスタリア、アマソスト・トルクフェザーネイトス、バディス・ギルフェニア  
 オンテシス・ジルム・アクスフェスタ、パダナイン・アクスフェスタ  
 レルジェスタ・フィーナ、レルジェスタ・ネセス・フィーナ、ギリマ・ジルコニア・パルセルネル・エムン  
 ジル・パスマスア・フィーナリアス・エルバラゾ・マギウス…………」  
 
ギルフェニアが呪言を詠唱し終えると同時にもう一度錫杖を大地に叩き付けると  
魔導師を中心に光の魔法陣が広がり、それがマギを発動させる。  
魔法陣の光は取っ組み合っているソードデーモンとレッサーデーモンに向かって雷撃の様に走り、  
ソードデーモンの体に巻き付いて光の縄でデーモンの動きを強く拘束しようとする。  
ソードデーモンも、それに気付き抗うが、マギとデモンの力は拮抗した。  
『ふむ……封魔のマギかね……電撃まで付けるとは高等呪文だな………』  
フェイルはギルフェニアのマギを見つめて、淡々とそれを語る。  
ギルフェニアはフェイルを無視して更に呪言を口にした。  
「エルノ・オムト・スタム・フェルネキア……エルノ・セルアマント・パルアル・セネハルメニア  
 レルジェスタ・レア、レルジェスタ・ネセス・レア、シルト・マストリウス・ネクソス  
 メル・パスマスア・レアネアード・エルバ・マギウス…………」  
高速呪言のマギによって、口早に唱えられる声に共鳴し、新しいマギが発動する。  
ギルフェニアの周囲に光り輝く魔法の矢が20本生じ、  
それは一瞬の間の後にソードデーモンに放たれていった。  
矢は雷撃の網で拘束されているソードデーモンに容赦なく突き刺さり、デモンに青い血を流させる。  
時を同じくして、召還したレッサーデーモンがその巨大な拳でソードデモンを殴りつけた。  
3つの攻撃に晒されながら、それでもソードデーモンは怯むことなく、  
とりあえず、目の前のレッサーデーモンに反撃のソードを食らわせる。  
1撃の剣舞によって、レッザーデーモンの腕があっさりと吹き飛んだ。  
「なっ!……やるっ!」  
ギルフェニアは、圧倒的有利な状況であると確信していたにも関わらず、  
対峙した相手が予想を超える化け物である事を理解して、唖然となった。  
『下等悪魔と上級悪魔を一緒にしてくれては困る……』  
フェイルは、ギルフェニアの反応に頬をただ緩ませるしかなかった。  
 
他方、3人の剣士とソードデーモンの戦いは、純粋に剣技と剣技のぶつかり合いになっていた。  
最高レベルの装備に身と包む剣士に相応しく、また、1流派の宗主に相応しく  
各々の剣士達が、上級悪魔の猛烈な剣撃を寸前の所で交わして、カウンターの一撃を返す。  
バトルソードは、刀身に浮かび上がった呪言文字に共鳴して魔力を放出し、  
魔法剣しか受け付けぬ上級悪魔の堅い皮膚を切り裂いた。 そして青い血がしぶきを上げる。  
が、相手もその巨躯に相応しい頑強さを示して、1度や2度の反撃などものともしなかった。  
互いに一歩も譲らずの戦いが広がっていった。  
イムセネスが流れるようなステップでソードデモンに近づき、剣を繰り出す。  
今度はソードデモンはそれを正面から肩口に受けて厚い肉質でバトルソードの刃をはさみ、  
人間の軽くて早い動きを根元から止めた。  
「何っ!?」  
イムセネスはデモンの奇抜な行動に思わず叫び声を上げる。  
が、叫び声を上げたと同時に、ソードデモンは片方の拳でイムセネスを正面から殴りつけ、相手を吹き飛ばす。  
「ぐわっ!!」  
サンドリア最強の剣士はデモンの打撃で宙を舞った。  
デモンは、その隙を見逃すことなく、追い打ちのソードを放つ。  
イムセネスはその剣を避けらぬと悟ると、相打ち狙いに自らも相手の急所にソードを突き立てた。  
ソードデモンの剣は深々とイムセネスの足を貫き、イムセネスの剣はデモンの脇腹を貫いた。  
「いかんっ!!」  
クリスは、形勢不利になりつつあるイムセネスを見てその場から飛び出そうとした。  
しかしその衣服を後ろから強い力で握りしめられクリスは引き戻される。  
「剣聖っ!?」  
クリスを止めたのは、彼ら3剣士の頂点である剣聖の老人であった。  
 
「何故止めるっ!? 貴方の弟子達がっ!!」  
クリスは自分の服を引っ張った剣聖に叫び声を上げた。が、剣聖はクリスを下から睨み付ける。  
「これは、ディルフェイルの剣を握った者達の……、いわば、必ず通らねばならぬ試練……  
 ソードデモンごときに、古代から受け継がれるバトルソードを持った剣士が、  
他人に加勢をされたとあれば………  
 これから永遠に、流派の笑い者と成りましょうぞっ!」  
言って剣聖はクリスの服を年齢からは想像も出来ない強さで握りしめた。  
クリスは、その強烈な静止に驚きを禁じ得なかったが、それでも反発して前に進むしかなかった。  
「そんな面子に拘っている場合じゃないだろっ!? 命より名誉が大事だとでも言うのか!?」  
クリスは剣聖の苦そうな言葉に、強く反発を覚えて叫ぶ。  
そんなクリスが叫び声を上げた直ぐ後に、今度は反対側から声が響いた。  
「伝説の冒険者は、意外に人情家なのですなっ!!」  
脚にソードデモンの剣を突き刺され、しかし、相打ちに胸にバトルソードを差し込んだイムセネスは  
自分の耳まで響いてきた二人のやりとりに、思わず叫び声を返すしかなかった。  
「大丈夫なのかっ!!」  
脚から鮮血を流すその剣士に、クリスはただその場から声をはき出すしかない。  
 
「ふっ……、大丈夫では無くとも、戦わねば成らん時が人にはあるのですよっ!」  
言ってイムセネスは、背中の腰当てに下げていた銀のダガーを引き抜き、  
それを反動を付けてソードデモンのもう片方の胸に突き刺した。  
『ギャァァァッ!!』  
魔力が強く付加されている、その上物の銀のダガーの一撃に、思わず叫び声を上げるデモン。  
イムセネスとデモンは剣撃を重ねて激しく震えていた。  
他方の2人もデモンとの戦いの中で腕や脚に傷を負い、鮮血を滴らせていた。  
が、イムセネスの奮闘を横目に見て、負けじとばかりに奮起し、  
各々が反撃を繰り出しソードデモン達に青い血を流させる。  
フーフェが叫んだ。  
「我らは、分派した流派の宗主っ!! この剣が、デモンに討ち勝てぬとなれば、  
 我らの剣を目指して、日々、腕を磨く下々の剣士達への示しがつきませぬわっ!!」  
言って、フーフェはバトルソードを水平に高速に薙ぎ払い、音すらしない剣撃をデモンに繰り出した。  
高速の横薙ぎはソードデモンの皮膚を容易く切り裂き、派手に青い飛沫が飛ぶ。  
(無音剣っ!!:(サイレント・ソード))  
クリスはフーフェが繰り出した、必殺の剣技を見て目を見張った。   
それはかつて旅の中で、剣士系の魔物と対峙したときにクリスが攻略に難儀した相手の剣技であった。  
 
「どうかっ!? グレートデモンの血族よっ! 古の剣士、ダルキン・ペネスが編み出した  
 バレシアに秘伝される奥義っ!! 無音剣っ!! 」  
服に血を滲ませながら、フーフェは相手を恫喝する。  
デモンもその咆吼に、青い血を滴らせながら咆吼で答え返した。  
「フーフェ……、奥義まで出して熱くなっているな……ならばっ!!」  
イムセネス、フーフェの奮戦を見て、パナマスも自らの剣を構え、狙いを定める。  
「アドル殿っ!! 貴方の冒険日誌の中に書いてある、貴方自身が言った言葉を私も吐きましょうぞっ!  
 魔王に、剣士として挑まれた以上っ、この冒険……引くわけにはいかないっ!!  
 古の言葉、アドル(勇気)の名にかけてっ!!」  
パナマスの叫び声を耳にして、クリスはポカンと口を大きく開くしかなかった。  
それは、フェイルガナ冒険記で、クリス自身がガルバラン島に赴く前に言いはなった言葉であったのだ。  
パナマスは怒号の様な雄叫びを上げて相手に飛び込むと、  
高速で荒々しい剣撃をソードデモンに右から左からと交互にリズムを取って叩き付けた。  
それは、斬るのと薙ぐのと叩き付けるのを左右から不規則に繰り返す、剛猛な技であった。  
バトルソードの様な、強靱な刃を持つ剣のみに許される剣技…。  
「………竜巻斬(トルネード・ソード)……」  
クリスは、パナマスが見せたその剣技の名を口にした。  
「分かりますか……やはり……」  
剣聖はクリスが、2人の剣士達が放つ絶技のどちらもを知っている事に注意を向けた。  
 
「東方……華の国の剣士に挑まれて、受けた剣技だ……、エウロペにも使い手が居たなんて……」  
クリスは、その剣を見つめ、華の国での日々の事を思いだして、難しい気持ちになった。  
そのクリスの言葉に、剣聖は口を挟む。  
「全ての剣技は、古来より戦い続けてきた剣神ヴェルヘルムと剣皇フェイルとの技の切磋琢磨より  
 枝葉のように別れ伝承されたと言われております………  
 我ら、ディルフェイルの戦いの歴史の写本では、その剣技の極みを10人の剣士が  
それぞれ編み出し、古代王国防衛の為に奥義を振るったと……」  
「………エルディーン最終防衛戦の?」  
「………フェイルの言葉を信じるならば……おそらくは……」  
剣聖との言葉のやり取りに、クリスは歯ぎしりをした。   
エルディーン。その言葉を聞くと、胸が焦がれるような思いになる。もっとも古き古代王朝。  
その忌まわしき伝承は、今もなお現世に語り継がれ、あるいは災厄を生み続ける。  
「あの剣技は、10剣士の1人、リズグルト・ザグレットが形にした剣(つるぎ)……  
 今は、ロムンの大地に伝承される、秘剣であります………」  
剣聖は、そっと解説を添えた。  
だが、そんな老人の淡々とした様子とは裏腹に、パナマスは、竜巻斬の僅かなカウンターに  
ソードデモンの剣に小刻みに傷付けられていく…。  
お互いが、赤と青の血を周囲に舞い散らさせていた。  
 
「長引けば……死ぬぞ………」  
イムセネスもフーフェもパナマスも、時間が進むごとに深手の傷を負い続けていた。  
「死ぬなれば……それもやむなし……」  
その老人は、クリスの言葉にそう冷たく返した。  
「なっ!?」  
剣聖の思いを込めた一言に、クリスは仰天した。  
そして、その眼光から見つめられる3人に、妙な違和感を覚える。  
だが、クリスには、名誉だ何だと、片意地を張られることの方に滑稽さを思えた。  
死んでしまえば何も残らない……。 そう思った。  
いや……そうでは無いのかも知れない……。  
そう思ってしまっては、今まで、命を賭した覚悟で人生を刻んでいった者達への冒涜になるだろう。  
多くの人々が、クリスの冒険譚の中で、その命を輝かせて、そして消えていった。  
だが、彼が今まで歩んできた道の中で、命を散らせていった人々の事を思いだせば、  
だからこそ、やはり思うのだ。  
生きていさえすれば、今の見える何かよりも、  
新しい何かに出会える可能性もあるのだと言うことを……。  
 
「もう我慢できんっ!! これ以上、俺の目の前で人が死ぬのは、こりごりだっ!!」  
そう言ってクリスは自らの剣に手をかけた。  
だが、またその時、その老人は後ろから彼を握りしめて止めるのだ。  
「何故です!?」  
執拗な剣聖の静止にクリスは焦れて叫ぶしかなかった。  
その時、剣聖はゆるりと答えを返した。  
「今、彼らは、次の剣聖を受け継ぐための試練に立ち向かっているのです………  
 この紫水晶を継ぐ者は……、デモンごときに負ける者では務まりません………  
 アドル殿……、何とぞご辛抱を……、せめて彼らが……最後の最後の死力を振り絞るその時まで……」  
「!!」  
クリスは、殺気にも似た形相で3人を見つめる老人の視線、  
そして、その言葉を受けて、ようやく事の事態を理解した。  
これはテストなのだ……。  
彼らディルフェイルの剣を持つ者達の……。  
剣聖は言葉を更に添える。  
「命は確かに尊い……、だが……、何かの頂点を極めんとする者は、  
自らの命を賭して、それに挑まなければならない……その時がある……  
冒険者であるアドル殿なら、分かるでありましょう……その理……、  
だから………、ご理解頂きたい………」  
剣聖は言って、苦虫を噛みつぶすような思いで、3人の戦いを見つめ続けていた。  
 
 
その時、クリスは気付いた。   
今すぐにでも加勢に飛び出したいのは、この剣聖なのだ…という事を。  
剣聖の手は強くクリスの服を握っている。  
だが、同時にそれは激しく震えていた。その仕草が老人の気持ちを物語っていた。  
おそらく、彼らは剣聖自らが鍛えた弟子達なのであろう…。   
先ほどの礼の尽くし方から考えれば、それは明らかだ。  
そんな弟子達であれば、自分の子供の様に大事なの者ではないだろうか?   
おそらく、そうに違いない。  
だが、それをあえて止める事……。  
ただ、剣士としての戦いを見守る事。  
それは子供達の巣立ちを、木の上から見つめる親鳥の姿なのだ。  
たとえ巣立ちが上手くいかず、枝から落ちこけようともだ……。  
出来ることならば、今すぐにでも飛び出したいだろう。   
 
だが、そうすれば彼らの戦いと決意が無為になる。  
だからクリスを止めるのだ。 こんなに力強く、こんなに哀しそうに。  
それが、どれほど心苦しい事であるのか?   
それを思うとクリスは壮絶なる覚悟でここに臨んでいるのは、  
今、自分を止める剣聖そのものなのだと悟った。  
剣聖も、戦っているのだ。 己の葛藤と。  
だからこそ、前に進もうとするその脚を止めるクリス。  
「だが、剣聖……、彼らが勝てぬと私が判断したときは……、貴方の静止も振り切るぞ……」  
クリスは腹をくくったが、「その点」だけは、彼自身もどうしても譲れない事だった。  
そう、その点……だけは……。  
「その時なれば、ご存分に………  
 剣に剣で負けた者は、剣聖を得る資格を失うだけでございます……」  
そう言って剣聖は、寂しそうに呟いた。  
 

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