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怖い、怖い夢を見ているの……  
 
とても怖くて、死んでしまいそう。  
助けて、怖い……  
 
醒めない夢は、わたしの事を絡み取るの……  
 
徐々にナピシュテムの匣の姿が現れて行く様を、エルンストは冷ややかな目で見続けていた。左腕で抱き抱えるものは、翼を継ぐ者……イーシャである。  
ナピシュテムの匣……かつて自分の祖先が得ようとした絶対的装置。このカナン諸島を、あわよくばエレシア大陸をも凌駕し、支配する事が出来る力を持つ匣。祖先がこの力に焦がれた理由も、何となくだがエルンストには分かるような気がした。  
だが、祖先は扱いきれなかった。  
だからこそ、自分は最良の方法で、匣を手に入れる。かつて先祖が犯した失態を、自らの栄華にするために。  
「ン……」  
腕の中で、イーシャが小さくうなる。  
イーシャとその姉は、白い肌を持つレダ族の娘。アルマに近い存在。  
その内でも、最もアルマの血を、力を色濃く受け継ぐ、銀髪に白い肌を持つこの小さな娘が特に必要だった。  
そう、何て清く美しい白い肌。透き通るほどつややかな銀髪。  
穢(けが)れを知らない、最もアルマの力を……白き力を秘めたる象徴。  
エルンストは抱えていたイーシャを、取りあえず足元に置く。  
……  
何処かで、龍神兵の咆哮が聞こえる。  
恐らくはまだ、海の中に徘徊している事であろう。  
陸地で使うには、恐らく下半身が発達せずにいる。その点で、あの魔物は不完全だった。  
「これでは、使えないな」  
せいぜい、ロムン帝国船を全滅させる程度、と言う事になる。  
 
「エルンスト様〜。ユエ、暇だよ〜」  
「我慢ですわよ、ユエ。エルンスト様だって、色々と大変なのですから」  
「主に迷惑を掛けるとは、使い魔としては失格だな」  
三精霊……赤の鍵であるユエと、青の鍵であるキサと、金の鍵であるセラが飛んで来た。  
「お前達……退屈な思いをさせて、すまないな」  
「いいえっ! そんな事、在りませんわ!! ユエが勝手に言っていただけですし」  
「あ、そこでユエのせいにしちゃうんだ!」  
「本当の事なのですから、仕方の無い事でしょう?」  
「むむむ〜」  
「大体、少しの我慢も出来ないなんて、まだまだ子供ですわね。わたくしとは大違い。ある意味尊敬しますわ」  
「い、言ったな〜。この、この、未発達体型!! つまりは幼児体型!!」  
「まっ……まあっ!! 何て事を言いますの!? エ、エルンスト様の目前で!! しかも『つまり』を使って詳しく説明するなんてっ! こ、この筋肉○太郎!」  
「う゛あ゛ーっ! ユエは筋肉マ○U世やアスパラじゃなーいっ!!」  
「二人とも、エルンスト様の前だぞ」  
二人の泥沼口論が深まる前に、セラが制止した。その点では一番大人と言えるのであろうか。  
「……つまりは、暇で暇で仕方が無いんだな、お前達」  
「あ、いえその、そう言うつもりではありませんわ」  
「そうだよっ! ユエ、我慢できるもん!」  
「主を護るのもまた我らの役目」  
「フフ、良い。私も退屈な気持ちはよく分かる」  
軽く笑い、エルンストは姿を見せつつある匣の姿を再び見詰めた。  
「後少しで、匣が姿を見せるねっ。ユエ、楽しみ〜」  
「エルンスト様の願いが、叶いますのね」  
「やはり長年海中に在っただけあって、完全に覚醒するにはいささか時間が掛かるかと思われるかと」  
「ああ。だが、多少時間が掛かっても大丈夫だ。すでに遺跡の入り口は塞がれた。この匣に渡る手段など、常人には在りえない。勿論……同じ末裔、《鍵の継承者》であるガッシュにもな」  
ガッシュの名を出し、あざ笑うエルンスト。  
末裔……そう、エルンストはかの『黒い鍵』を奪った、罪深き祖先の末裔。  
その祖先の妄執に、エルンストが付き合うと言う形に見えているのだろう。  
それでも構わない。  
自分はそれほど、翼にあこがれた。  
 
「だが……少々気になる事がある……」  
巫女の血筋がもう一人……  
彼女は絶対に、何かをするに違いない。  
「お前達は、一旦奴らの動向を探れ。探るだけで良い。深追いをするな」  
「奴ら?」  
きょとんとするユエの背中をばしっと叩くキサ。  
「痛っ!」  
「それでは、《赤毛のアドル》と、ガッシュ様と、あの長耳の巫女の様子を探ってまいりますわ」  
「エルンスト様は、ご安心して匣の覚醒を見届けて下さい」  
ユエは目を丸くして聞いていたが、やがて、「ああっ!」と思い当たる表情になり、「行って来まーす」と、言った。  
賑やかな三精霊がその場から去ると、エルンストは眠り続けるイーシャの事を見た。  
(アルマよ……貴女の子供は私の手に落ちた)  
エルンストは屈むと、イーシャの髪に触れた。  
指先に弄ばれ、イーシャの銀髪が指の合間から逃れ、すり抜ける。  
「……」  
運命とは、皮肉なものだ。  
こんなにも、焦がれる思いに、年端も行かない少女を連れる。  
背負いたくなかった。  
罪など、背負って生まれて来たくなかった。  
(生まれた瞬間から、私達兄弟は狂ってしまっていたのかもしれない……)  
それが、運命だと言うのであれば。  
これで、終わりにしよう。  
罪を償い、自身が神に近付く事によって、決着を付けるのだ。  
そのためには……多少の犠牲はやむを得ない。  
エルンストは左脇に挿していた剣をすらりと抜く。そして、剣を覚醒させた。  
 
黒鍵アルマリオン。  
かつて祖先がアルマから奪い去った、匣を完全に発動させるマスターキー。  
この匣が覚醒したとき、全てが始まり、全てを終わらせる。  
「ン……ねぇさま……アドルおにぃ、ちゃん……」  
イーシャが眠ったまま、微かに言葉を発した。  
ぴたり、とエルンストの動きが止まった。  
三本の鍵を持つ者。  
アドル=クリスティン。  
ことごとく、三精霊の呼び出した魔物を打ち砕いたと言う。  
もはや三本の鍵を扱う事には慣れたようだと言う事を、エルンストは実感していた。だとすると、彼にも権利がある。彼は翼を望んだりはしないだろうが、ナピシュテムを、全てを止める権利がある。  
(これは少々厄介だな……)  
その時、不意に匣が大きく揺れた。そして、それ以降、振動が無くなる。  
「フフ……遂に匣が完全に姿を現したか」  
エルンストは微笑する。だが、恐らくはあの二人の事だ、すでに行動をしているだろう。そう考えるとこちらの方もうかうかしては居られない。  
「さすがに……二人相手は厄介か」  
そう呟くと、眠り続けるイーシャに目を向ける。  
「……粗悪な龍神兵を、完全な物にする必要があるな」  
エルンストはイーシャの身体を抱き上げた。うっすらと、イーシャが目を開く。  
「う……ここ、は? ……っ!」  
辺りを見まわし、エルンストの事を見止めると、身体を震わせ、イーシャが小さく悲鳴を上げる。そして、慌ててエルンストの腕から逃げ、距離を置く。  
「お目覚めかな、翼を継ぐ者よ」  
すっと視線をイーシャの方に向けるエルンスト。出口はエルンストの方にあるので、イーシャがエルンストから離れる事は同時に、出口から離れる事を意味していた。  
どうせ、ここから逃げる事など出来ないのであるが。  
「翼……?」  
「そう……お前の中にある血が、力が、私に翼をもたらすのだ」  
静かに、けれどもあざ笑うように、エルンストがイーシャの元へゆっくりと歩き始める。恐れを感じ、イーシャは慌てて離れようと部屋の奥へ行った。  
祭壇へと。  
 
「この『黒い鍵』を、完全に操るには、お前の力が、必要なのだ」  
「黒い、鍵……」  
「黒い鍵。全てを終わらせる事も収める事も出来る匣を制御するための鍵だ。そして、その鍵を完全に制御するために、お前の中にある白エメラスの力を使う。お前の力が、破滅への鍵となるのだ」  
「!!」  
破滅への鍵。  
そんなに恐ろしい力を持っていたの言うのか。  
イーシャはエルンストが、黒い鍵が、自分が恐ろしくなる。  
「こ、来ないでぇ……」  
かすれた声で、イーシャが懇願する。  
「今はまだ鍵を覚醒はさせないさ。だが、力は多少貰うぞ」  
そう言うや否や、エルンストは急にイーシャの前に駆け寄り、そのままイーシャの事を押し倒した。  
「っ!?」  
「かつて私の先祖は、白エメラスを作ろうとして、粗悪な灰エメラスを生み出した」  
「や、あっ……んむっ!」  
イーシャの口を塞ぐエルンスト。  
「白エメラスは奇跡の産物。あらゆる物へと形を変える、まさに命の結晶」  
ぐっ、とエルンストはイーシャの足に空いている手を掛けた。そのまま足を開かせる。  
「んうっ!」  
「粗悪な灰エメラスを使って、不完全な龍神兵を先祖は作った。それは今もこの海を徘徊している事だろう」  
そのままエルンストは黒エメラス剣を掴んだ。それを何故か黒エメラス剣を発動させたまま、鞘にしまい込むと、柄をイーシャに向けた。  
「んんんんんっ、んっ」  
「白エメラスは奇跡の産物と言ったな。それが、どのような奇跡をもたらし、破壊をもたらすものか……お前に教え、そして実感させてやろう」  
 
口を塞いでいた手を離し、その手を今度はイーシャの両手を拘束するために使う。そして、エルンストは柄を足の間へ持って行き、そのまま挿し進めた。  
「あううぅっ!!」  
異物感。  
イーシャは耐えがたい痛みと、何か異物が足の間の、何処かに侵入しているという事をかろうじて理解した。あまりの痛みに、気絶してしまいそうになる。  
「い、やあああぁぁぁっ!」  
涙を浮かべ、激しく首を横に振るイーシャ。何とかエルンストの束縛を解こうと必死になるが、所詮は女子供の力、青年の力に及ぶ事は無かった。そしてエルンストはその様子をじっと見続けている。  
激痛は、イーシャの意識を時に朦朧(もうろう)とさせる。  
「まだ気絶をするなよ、巫女の娘。これから白エメラスの力と黒エメラスの力が結合し、完全な灰エメラスが出来ていく様を、しっかりとその目に焼き付けてもらわなければ」  
残酷な事を言い、ただ挿していた柄を、今度はゆっくりと動かし始めるエルンスト。その動きが発生するたびに、イーシャの身体がひくつく。  
「あ、ああ、ううっ!!」  
「フ……やはり、少々キツいようだな。時間を掛けなければなるまい」  
「やっ、やだぁぁ……やめ、てぇっ!」  
大粒の涙が、イーシャの頬を伝い、無力に落ちていく。  
まるで、今現在襲われているイーシャの事を象徴しているようだ。  
そんなイーシャの涙を、エルンストが顔を近付け、舌で拭う。拭われた瞬間、イーシャは恐怖とそれ以上の何か敏感なものを感じ、身体を震わせる。  
「あっ、い……いや……いやぁっ」  
「初めての痛みはやがて無くなる。それまでは痛みの中の快楽に身を委ねるのだな」  
少しずつ、奥へと黒エメラス剣を侵入させる。  
初めての感覚に、イーシャは恐れた。恐れているのに、心の何処か、無意識の更に奥では、迫り来る快楽の感覚に弄ばれ、されるがままになっている。  
それをエルンストは分かっているのだろうか、両手を塞いでいた方の手を離し、そのまま服の方へと向かう。  
「やっ……」  
イーシャが何か拒絶の言葉を叫ぶ前に、エルンストは手をイーシャの服の分け目から入れ、素肌に触れた。そのまま素肌を探り、弄びながら素肌の感覚とイーシャの反応を楽しむ。  
 
「んっ……あ、ああっ」  
目をぎゅっとつぶり、下腹部からの耐えがたい痛みに伴う微かな快楽と、胸部にあるエルンストの指の感覚に、イーシャは悲痛と甘美が混じったような吐息とあえぎ声を吐く。  
(こ、怖い……怖いよ……どう、してっ?)  
自分が何故こんなに反応しているのか分からない。  
恐怖、と言う反応でこれほどまで反応するのだろうか。では、この得体の知れない、身体を鈍くしびれさせるような、恐怖や痛みとは違った感覚は一体何なのだろうか。  
そんな事を思っていたから、エルンストの指が胸部の突起部分に触れた時、「ひあぅっ」と、無防備に声を上げてしまった。その反応に、残酷な笑みを浮かべるエルンスト。  
「フフ……さすがに訳も分からず犯されるという事は、集中力を奪うな」  
「あっ、ああっ……」  
「そして、とても良い声で鳴く」  
耳元でささやくエルンスト。その言葉は決して誉め言葉ではなく、羞恥心を更に撫でるような、ある意味卑猥な言葉にも近い響きを持っていた。  
エルンストの手が、胸部を、そして下腹部の内部を犯し続ける。  
ふいに、侵入させていた黒エメラス剣が、ある部分で進むのが留められた。  
「このまま……初めてを奪う事も出来るが……今は、目的を優先させてもらおう」  
そこで留めたまま、エルンストは剣を発動させる。  
黒い波動がイーシャの身体を包み込む。  
「あ……あああああっ」  
異物感と、何かが流れ込んでくる感覚が、イーシャに襲いかかる。それと同時に、自分の中の何かが反応し、イーシャの中で何かを生み出しつつある。そんな感覚がイーシャ自身に感じられた。  
 
エルンストはそんなイーシャの姿をあざ笑いながら、黒エメラス剣を何度も動かす。そのたび、イーシャの小さな身体は痛みと微かな快楽に震えた。  
何か、柔らかなものがこねられるような、そんな卑猥な音が響き始めた。  
「っ……う、ううぅっ」  
本能的に、イーシャは羞恥心を感じた。  
じっと傍観するような構図で居たエルンストは、イーシャの耳元に口を近付けた。  
「今、お前の中で生まれている物の正体を教えてやろう」  
「……っ」  
耳に吐息が掛かるくすぐったさが羞恥心に上乗せされ、イーシャの顔がこわばり、紅潮する。  
「白エメラスと黒エメラスが互いに結び付き合い、今現在灰エメラスがいわば子孫の形となって、お前の胎内に誕生しつつある。お前が破滅の母体となる訳だな」  
破滅。  
その言葉の響きの恐ろしさ。  
イーシャはその恐ろしい単語の響きと、そうした恐ろしい事実を自分が引き起こしているという事に対して、涙を留める事が出来ない。  
「純白のエメラスと漆黒のエメラスが結び付く事によって、粗悪な灰エメラスでない、完全な灰エメラスを生み出せる。それが白エメラスの『奇跡』だ」  
不意に、イーシャの中で、剣の柄とは違う、何か別の異物感を感じた。  
 
「そして……」  
エルンストは言葉を続ける。柄をゆっくりと引き抜くと、その柄に付いた、黒エメラスの光に反射している液体をそっと舌で拭う。  
何故だかよく分からない。ただ、どうしようもなく恥ずかしくイーシャには感じられ、「やめてぇっ」と首を振ってエルンストの行為を拒絶する。だが、エルンストはその行為を止めない。  
その液体を舐め拭い取ると、そのまま視線をイーシャの方に向けたエルンスト。  
「これが白エメラスの生み出した『破滅』だ!」  
いきなり、エルンストはイーシャの足の間に手を入れ、胎中(なか)に指を侵入させた。とたん、卑猥な音が激しく響いた。突然の事に「いやああああっ」と、悲鳴を上げるイーシャ。  
胎内に感じていた、何か剣の柄とは違った異物感に、エルンストの指が触れると、そのままその異物を掴み、胎内から引きずり出そうとした。  
イーシャの身体中に、先程感じた耐えがたい痛みよりもっと激しい痛みが響き渡る。  
「いや、いやあっ! い、痛い、痛いよぉっ!」  
涙をこぼし、必死で抵抗するが、イーシャの小さな身体に負荷の大きい痛みは、イーシャの抵抗を弱めてしまう。ひくつき、涙をこぼし続け、かすれた声が、悲鳴が、全てが痛みにかき消されてしまう。  
「あううっ、んっ、痛ぁっ! や、やだぁっ!!」  
激しく首を横に振り、やり場の無い痛みにイーシャの両手は服を掻き掴み、閉じようとしても閉じきれない足からイーシャの感覚と言う感覚を全て奪っていく。  
「……っ! あああああああっ!!!」  
何かがイーシャの胎内から引きずり出され、イーシャの身体に激しい痛みの刻印だけ残し、異物感は無くなった。痛みに震え続けるイーシャの方へ、エルンストが取り出した異物を見せる。  
痛みにいまだ苦しみながら、視線だけを何とか動かし、その見せられている異物を見るイーシャ。  
澄み切った、けれども漆黒を髣髴(ほうふつ)させるような、語弊が生まれるかもしれないが、純粋な灰色の球体が、エルンストの手中に収められていた。  
姉であるオルハが持っていた武器の矢じりや、叔父のオードが持っていた槍の尖頭に付いている物……エメルのかけらにも似たような雰囲気を感じられる。ただ、かけらと呼ぶにはあまりにも形が大きく、整っていた。  
神々しくも禍々しい、畏敬にも似た感情をイーシャにそれは抱かせた。  
 
「灰エメラス。かつて私の祖先が生み出した粗悪なものとは違い、白エメラスを媒体にした、純粋な制御力と破壊力を帯びている究極にも近いエメラスだ」  
その球体を持ち、黒エメラス剣を鞘から引き抜くと、エルンストは部屋を出て行く。  
今の内に逃げられるものなら逃げたいものだが、激痛の余波で、いまだイーシャは自由を奪われたままだ。かろうじて出来る事と言えば、視線だけをエルンストの背中に向けるのみ。  
そのエルンストは、その階層の端に立つと、黒エメラス剣を掲げた。  
「来いっ! 忌まわしき罪の名の元に作られし哀れなる不完全な龍神兵よ!」  
そう叫ぶと、何か下界層から恐ろしい咆哮が響いた。と、同時に物凄い風圧がエルンストに、そして離れているイーシャに激しく降りかかる。  
その風圧に、思わずイーシャは目を閉じた。そして目を再び開くと、そこにはかつて自分に襲いかかり、アドルに倒された『はぐれ竜』と姿を同じくした化け物が居た。  
立っている、と言うわけではなかった。ずるり、ずるりと下半身を引きずり、龍がエルンストの方に近付く。  
ひたひたと、その龍の身体から水が滴り落ちている。その臭いに、どうやらその液体の正体は海水だと言う事が伺える。そして同時に、微かにその臭いは人の死臭も帯びていた。  
「っ!!」  
この龍は、つい先程人を殺したのだ。イーシャが直感的にそう思った。  
そして同時に、その龍が自分がつい最近、先見の能力によって透視した、龍であると言う事に気付いた。  
あのレダ族の集落にある祭壇で見た、恐ろしい龍である事に。  
「お前に完全体としてのもう一つの魂をやろう」  
エルンストが龍に近付く。そして黒エメラス剣を一振りした。  
龍が、飛んだ。  
いや、違う。黒エメラス剣の剣圧に、身体を持ち上げられたのだ。そのまま龍は仰向けになって地面に叩きつけられた。  
エルンストは仰向けになり、うなり続けている龍の腹部へと歩き始めた。  
その腹部には、何やら球体がはめ込まれていた。  
イーシャはエルンストの左手を見る。そこには先ほどの灰エメラスの球体が握られていた。  
 
(アドル……おにぃちゃんっ!)  
自分の先見がもしも実現するとしたら……  
「だ、だめぇっ!!」  
イーシャが叫んだ。だが、エルンストの左手は、すでにその龍の腹部……球体がはめ込まれている部分にめり込んでいた。禍々しい邪悪な力が、一面を支配する。  
「んっ……」  
目を開けていられなくなるほど、激しい風が吹き荒れた。  
禍々しくて、震えが止まらない。  
目を開いたとき、倒れていたはずの龍は起き上がっていた。地を這うように動いていたあの龍が、下半身に付いている足でしっかりと立っていたのである。  
そして、あの灰色のエメラスは、禍々しさと混じり、元来付いていた紫色の球体と同じ色になっていた。  
恐らくこの事態を知っている者でなければ、一度倒しても再び蘇ってしまうと言う事は一見しただけでは分からないだろう。  
「行け、非情なる龍神兵よ。この楽土を侵す者を滅せよ」  
エルンストの命令に、龍は咆哮を上げ、この階層から飛び降りた。  
しばらくエルンストは立っていたが、やがて振り返り、イーシャと目が合った。ふっとエルンストが笑みを浮かべる。  
「感謝するぞ、翼を継ぐ者。お前の持つ破滅の力で、あの龍は完全体となれたのだから」  
「っ!」  
何て、恐ろしい事に荷担をしてしまったのだろうか。  
そのせいで、アドルが危険な目に遭ってしまう。  
悔しさと絶望に、イーシャはもはや涙を止める術を忘れてしまった。痛みと苦しみから来る嗚咽と、それに伴う涙がイーシャのすさみながらもいまだ清いままの白い肌を震わせる。  
エルンストは黙ってイーシャの元まで歩き、ぐいとイーシャを掴み上げる。  
「こ、殺してっ! もう、いやぁっ!」  
「殺しはしない。まだお前の力は必要なのだから」  
泣き叫ぶイーシャの言葉に冷ややかに答えるエルンスト。  
「……さて、選ばせてやろう」  
エルンストが黒エメラス剣をイーシャの頭に付きつける。  
「汚れた記憶を焼き付けたままにしておくか、全てを夢と還すか……」  
「え……?」  
恐怖に怯えながら、エルンストの言っている意味がよく分からずにいるイーシャ。その怯えた、澄んだ瞳を見ている内に、エルンストは今までの行動一連を思い出していた。  
 
「……いや、お前に選択の余地は無い」  
黒エメラス剣が発動する。  
「汚れた記憶を持っていれば、多少なりとも白エメラスに影響が出る。そうされてはこちらが困るからな……記憶を夢へ変え、夢の中では希望にする事によって、お前の力を完全に引き出す」  
「……っ! ゃっ……」  
轟音がしたかと思うと、それきりイーシャの意識が閉ざされた。  
精霊石と同じ光を帯びた祭壇で気絶したイーシャの姿を見て、エルンストは黒エメラス剣を封じる。  
と、その時、後ろから三精霊の声がした。どうやら偵察の結果を報告するらしい。  
「エルンスト様〜っ! たっだいま〜」  
「馴れ馴れし過ぎますわよ、ユエ」  
「何はともあれ、早速エルンスト様に報告しなければな。あの耳長族の娘が龍を使って《赤毛のアドル》とガッシュ様をこの匣へと導いた事を」  
どうやら役者は揃ったようだ。  
ガッシュ、《赤毛のアドル》。  
それらを阻む者として、龍神兵と、エルンスト、ユエ、セラ、キサ。  
そして、翼を継ぐ者、イーシャ。  
ふっ、とエルンストは眠りに就いたイーシャの事を見下ろしながら嘲笑(わら)った。  
「夢ではどのような結果になっても、今は私の翼のために眠るがいい……翼を継ぐ者よ」  
 
(THE END AND BEGIN THE BATTLE......)  

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