まだあどけない面影を残したまま、少女はかすかな寝息を立てて眠っている。
少年はそんな少女の寝顔を見ながら、せわしなく部屋を歩き回っていた。
彼女と、二人きり。
世話になった人の家から少し離れたところに家を構え、そこに彼女と移ってきた。
お互いが唯一の肉親。
チェスター=ストダート。
エレナ=ストダート。
内心、チェスターは焦っていた。
いつまでも町長、エドガーの世話になるわけには行かないと思い始め、またエレナもそれに賛同した結果、こうして離れに家を構える結果となったのだが。
忘れていた。
自分がどれだけエレナの事を大切に思っているのかを。そしてエレナが今、どれだけ女性としての魅力を伴いながら成長しているのかを。
それを、エドガーの元にいた時は感じることも無かった。いや、実は感じていたのかもしれないが、気付かない振りをしていた。
『彼女』が『女』であることなど。
ちらり、目をやると瑞々しくも艶やかな顔に、薄紅を塗ったかのように健やかな頬。
掛け布団をかけているが、恐らくはその布の向こう側にはすらりとした白い足、しなやかな腰があるのだろう。
ススキ畑を思い出させるような黄金色の髪は、時々見え隠れする白いうなじを際立たせる。
長いまつげがふるふると震え、ふっくらとした唇からは、時々かすかな寝言がつむがれる。
まずい。
意識してしまっている。
日に日に募るこの感情は、決して肉親に対して向けるような感情ではなかった。
見るべきものも、顔から首へ、首から鎖骨へ…そして、最近特に彼女を『女』として意識し始めた胸の膨らみと、それに相対する細い腰へと変わっていった。
「エレナ……」
チェスターはつぶやいてから、そっと彼女の寝顔を覗き込む。そして、その細い髪の毛を指先ですいた。
まるで砂時計の砂のように、エレナの美しい髪の毛が落ちていく。
「う、うぅ…ん……」
少しくすぐったかったのか、寝ているエレナが少し身動きをして声を漏らす。
その姿一つ一つが、なぜかチェスターの鼓動を高まらせる。
(異常だ。今まで一緒に過ごしてきたんだぞ!? なぜいきなりこんな感情が…!!)
固く拳を作り、チェスターは自分に対して毒づいた。
彼自身がなまじ生真面目で、色恋沙汰よりもエドガーの補佐、仕事へとのめりこんでいたために、
こうした事態に対してはまったく対処の仕方が分からなかった。
「兄、さん…」
呼ばれ、チェスターはぎょっとしてエレナのほうを向く。
だが、それは寝言だったのか、エレナは先ほどと同じようにベッドの中で安らかな表情を浮かべていた。
この、幸せそうな寝顔。
チェスターは目を細め、彼女の頬に手を添えた。
温かい。
この温もりを、今までずっと守ってきた。これからも守りたいと思っていた。
だがそれが、今や手に入れたいという感情にすりかわっているとは、昔の自分では考え付かなかった。
眠っているエレナの顔に自分も顔を近づけ、互いの息が触れ合う距離にまでなる。
エレナの息をチェスターが取り込み、チェスターの息をエレナが取り込む。
呼吸から一つになるというだけで、チェスターには耐えがたい欲求が芽生えた。
『彼女を手に入れたい……』
チェスターはエレナの耳元に唇を近づけ、耳の裏にそっと口付ける。
あえて唇同士を触れ合わせないのは、背徳感が恋人としての口付けを自制させたと同時に、
エレナの預かり知れず、他の者の目に付かないような所を犯す事による優越感がそうさせたのだった。
温かなエレナの耳たぶに、チェスターの唇が触れる。そしてそのまま、チェスターは軽くそこをついばんだ。
「んっ……ぁ…」
エレナが顔をしかめ、少し身じろぎをする。だが起きる様子はない。
そんな彼女の肩をチェスターは軽く押さえつけ、少しでも逃げないようにする。
耳たぶをついばみ、ゆっくりと耳たぶから耳の裏まで移り、そしてその形を舌でなぞる。
たちまちそこはチェスターの唾液でぬめり、汚らしい感じと言うよりはいやらしく感じられるように彩られる。
なぞっていた舌が、やがてエレナの耳から離れる。チェスターの興味はエレナの耳からより下にある
首筋へと移っていた。
この白い首筋に、自分のものだと言う『印』が付けられたら…
チェスターはエレナの髪を掻き分け、その白いうなじを見つめた。
前は……駄目だ。エレナに知られる。
なら、うなじだ。しかも頚部弯曲にあたる箇所が一番いい。そこなら髪で隠れる。
エレナの預かり知れない場所に自分の刻印を残すことこそが、今のチェスターにとっての至高だった。
しかしその箇所に刻印を残すためには、寝ているエレナの体勢を仰向けから横向きに変えなければならない。
(起きてしまうだろうか……?)
今この状態でエレナが起きれば、自分はどんな風に言い訳をするだろうか。そんな恐れを抱きつつも、
彼は決して自分の行為を中断しようとは思わなかった。
起きてもかまわない…もしも起きたとしても力ならこちらがある。黒い感情が、チェスターの行為に拍車をかける。
だが、無抵抗なエレナは起きる事もなく、チェスターのなすがままに横を向いた。
彼女は眠っている間に、一番近くにいる者によって少しずつ犯されて行くのである。
その事実と自分の行いに…チェスターはぞくり、とする。
チェスターはエレナのうなじに軽くキスをし、そして強く吸い上げる。
唇に、エレナの呼吸の振動が伝わってくる。
ゆったりとした呼吸音。穏やかなエレナの寝顔にふさわしい。
吸い上げながら、チェスターはエレナのうなじを舌先でちろり、となめてやる。
「はっ、んん……」
途端、ゆったりとした呼吸は一瞬乱れ、かすかに甘い声がエレナの唇から漏れた。
(眠りながら微感覚に酔っているのか、いやらしいな……)
心の中でチェスターはエレナを言葉で陵辱する。
彼女にしてみればくすぐったいだけだっただろうに、こうしてエレナのイメージを自分の妄想と心の言葉で
汚すのが何故か異様に感情を昂ぶらせて行く。
ゆっくりとチェスターが唇を離すと、エレナのうなじには紅の『チェスターの刻印』が、くっきりと残されていた。
残した。
実の妹に、その妹は自分のものであると言う証。
「エレナ……」
本当に小さな声で、チェスターはエレナの名を呼ぶ。
まだ、彼女は眠りから解けない。
「お前は、俺のものだ……」
狂気の始まりが、訪れる……