リベール全土を巻き込んだ事件から二ヶ月ほど経つ。  
ようやく国内・隣国との折り合いも付き、ずっと駆け回っていた遊撃士達も  
通常の任務へと復帰した。  
 ヨシュア・ブライトが改めて旅立ちの決意を家族へ告げたのは、一週間ほど  
前の事だった。  
 結社の人間として活動してきた。例え自己が希薄であったからにしても、  
自分の犯した罪の償いとして、そして自己の成長のために大陸各地を巡りたい。  
 
 父親は何処か誇らしげに成長した息子を眺め、  
「帰ってくる時が楽しみだな」  
 と、何の屈託もなく微笑み。  
 家族であり姉妹であり、最愛の人である少女は  
「そっか、うん。あたしも外国には行ってみたかったのよね」  
 と、一遍の翳りもない笑顔で賛同してくれた。  
 
「「……え?」」  
 
 重なった疑問の声を余所に少女は楽しげだった。  
「ね、まず帝国でいいのよね?」  
「う、うん。レーヴェを姉さんの元へ連れて行ってあげないと」  
「そっか、じゃあお姉さんに挨拶しなきゃ。……なんか緊張しちゃうかも」  
「えっと、エステル?」  
「なに?」  
「一緒に来るつもり……なんだよね?」  
「当たり前でしょ?」  
 
 この期に及び、反対出来る人間はいなかった。  
 複雑な表情ではあったが、父は同行を認め、相変わらずの多忙の中で  
ギルド他の各所へと話を通し、出発の前日にはロレントの知人を家に招いて  
壮行会まで開催してくれた。  
 
 国境からそう遠くはないが、ハーメルは既に廃墟であり、日が落ちる前に  
最寄りの町に到着したいと言うヨシュアの意を汲んで、ボースに一泊し、次の日の  
朝早く国境を越えよう、というのが当初の計画だった。  
 
 
 いざリベールを発つ前の晩、エステルは家族であり、思い人である少年が  
妙に落ち着きが無いことに気が付いた。  
 不機嫌と言うよりは、ちょっと拗ねているような、何か考え込んでいるような。  
 恋人としては、まだまだだが、家族としてのつきあいは長い。  
 
 そして、エステル・ブライトは何事も率直明快が好きなのであった。  
 そのためには、つつかなくて良いこともつつくのが、エステルだ。  
 それがどういう結果をもたらすかは、深く考えていないのも。  
 
「ね、ヨシュア? なにか気になることでもあった?」  
「え? 別に、特になにもないけど?」  
「む、嘘はいけないわね」  
 自分をのぞき込むようにしてくるエステルから、反射的に目をそらす。  
 
「本当に何も――」  
 ない、と言い切ってしまうのは嘘をつくことだと気がついて、ヨシュアは口籠もった。  
 
 
 きっかけは本当に些細なことではあった。  
 
 ボースに入って、夕食をとろうとしたとき、たまたまナイアルとドロシーの二人組  
と出会ったのだ。  
 出発前に会えて良かったと喜ぶナイアルは快く夕食をおごってくれ、  
やがて酒も入りできあがってきたナイアルが冗談めかして尋ねてきたのだ。  
 
「そういや、ヨシュア。お前さんまだブライト姓なんだって?」  
「なにいってるのよ、ヨシュアはうちの子だよ?」  
 
 ヨシュアが答えるより先に、返事を返したのはエステルだった。  
 
「……エステル」  
「いやそういうことじゃなくてだな……」  
「えー良いじゃないですか。私は良いと思うけどなぁ」  
「なんていうかだな、ほらあれだ、なあ、ヨシュア」  
「……はぁ」  
「何があれなのよ……」  
 
 沈黙は保ったものの、ヨシュアは複雑だった。  
 ブライトの姓であることには、疑問は抱かない。父への恩義も今の自分への誇りも、それを肯定している。問題はエステルが公式的な立場としては義理の姉妹にあたるということで。  
 血の繋がった姉を持っていたヨシュアにとって見れば、姉妹というものは恋人としてはいけないものだ。ましてエステルは、恩人であり何より父であるカシウスの何より大切な宝である一人娘で。  
 なにより、長らくの間エステルはヨシュアの救いだった。  
 人間としての魅力――鈍さとか、多少のいい加減さとか、物覚えの悪さとか、  
そういった欠点もきっと誰よりよく知っている。  
 それでもエステルは、ヨシュアにとって汚すことを許されない聖女だった。  
 人殺しの自分が求めて良いものではないと、必死に思いこもうとした。  
 
 今は、どうなのだろう。  
 自分の過去を知り、罪を知り、その上で好きだと告げてくれて。  
 あの、空の廃墟で死に瀕した時ですら、自分と共にいれば怖くないと  
笑ってくれた、今なら――  
 
 
「ね、ヨシュア。明日はもうリベールを発つんだよ?  
心残りは無くしていこう?」  
 
 解っていないであろう彼女は笑顔でそう促した。  
 じっと見つめる。もう夜も遅い。律儀に持ち歩いている寝間着姿。  
 側によると、風呂上がりの良い匂いが伝わってくる。  
 
(だいたい、兄妹じゃ無くなってから二人っきりで過ごす夜は初めてなんだよ?)  
 
 ずっと仲間達と一緒に行動している事が殆どだったし、戦い続きで  
それどころではなく。家族としてあまりに長く過ごしてきた自宅で、  
恋人同士になるのはあまりに難しく。  
 
「心残り……って言うのか解らないけど」  
 
 ヨシュアはそっとエステルを自分のベッドに腰掛けさせる。  
(ああ、男のベッドに気安く座ったりなんかしちゃだめなんだよ?)  
 
 自分でも兄妹みたいな心配をしていることは、棚に上げて、今の関係を  
終らすためにそっと彼女を抱き寄せる。  
 
「えっと、その、ね」  
「うん」  
 
 無邪気に恋人は先を促す。  
 促しているのだから、先へと進んで良いのだとヨシュアは言い訳のように  
自分に言い聞かせた。  
 幾ら恋人になったはずとはいえ、ヨシュアからしてみれば清純そのものの  
少女を汚そうとする罪悪感だけは打ち消せない。  
 でも、だからこそ触れたい。  
 エステルは自分を人へ変えてくれた聖女なんかではなくて、  
 共に何処までも歩んでいく恋人に、なるのだから。  
 
「僕らは確かに家族だけど」  
「うんっ!」  
「……だけど」  
 
 素早く引き寄せて、ヨシュアは不意打ちの軽いキスを落とす。  
 驚きで瞳を丸くするエステルの耳元で、確認するように囁いた。  
 
「……でも今はさ、僕ら……恋人、だよね?」  
「あ――」  
 
 エステルは見る間に耳まで顔を赤らめて、上を見たり下を見たりしながら  
「そ、そうね」とぎこちなく同意した。  
 それが気に入らなくて、ヨシュアは更にエステルに詰め寄った。  
 
「エステル?まさかとは思うけど、まだ弟とか言ったりしないよね?」  
「それはその……ヨシュアはうちの子じゃ嫌なの?」  
「エステル……僕が言いたいのはそんな事じゃなくて」  
 
 全幅の信頼を寄せているとはいえ、自分と接する時は妙に大人げない  
ところがある少年から、更に詰め寄られてエステルは見るからに取り乱した。  
 俯いて彼女からは表情が窺えないのも、実にその、ちょっと怖い感じ。  
 
「えっと、だから、その、家族で、姉弟で、こ、恋人……じゃ、ダメなのかなって」  
 
 エステルの声は自然と小さくなる。エステルとしては、ヨシュアから家族  
としての一面を消す事は出来なかったし、していいものでもなかった。  
 
 例えお互いの立場が家族から男女のそれに移っても、それだけは譲れない。  
 それは、今まで培ってきた家族としての時間を否定するように思えたのだ。  
 
 けれど、その姉弟という言葉はヨシュアの心を毛羽立てた。  
 もう、腕ずくででも否定したい。  
 
「でも、ね」  
 
 少し強めに抱き寄せて、もう一度唇を奪う。今度はもっと深く、長く。  
 
「ん……くぅ……」  
 
 息が苦しくなって、エステルが暴れかけるのを押さえ込むように、そのまま  
押し倒し、さらに深く。抵抗するように絡む舌を押さえつけるように絡めて、  
その柔らかさと熱を思うままに味わう。  
 
「……あ……」  
 
 逃げることを許さず求め続けると、拒むようにヨシュアの体を押していたエステルの手から、力が抜ける。その手を自分の首に回させて、さらに角度を変えながら唇を貪った。  
 
「はぁ……」  
 
 陶然としたままで、怖ず怖ずと彼女の方から舌を差し出すように絡め始めた頃、ヨシュアの手が寝間着の下の素肌へと伸びていることに気がついて、もう一度エステルが暴れ始める。  
 手が、ゆっくりと薄い布を巻き上げて少女の肌にそっと触れた瞬間、エステルがわずかに体を震わせた。  
 
「んっ……ん……んーっ!」  
 
 このまま放っていたら、何処までも彼女を求めてしまいそうで、彼女の意志など  
関係なく犯してしまいそうで。  
 その誘惑はたまらなく甘美だったけれど、  
 全力で自分を抑えて、エステルを解放する。  
 ようやく自由になった彼女の唇からつぅと白い糸がひかれて、さらに欲情を  
煽られたけれど、それもかろうじて堪えた。  
 組み伏せた体勢はそのままにわずかに身を起こす。  
 息を荒げ、どこか呆然と自分を見つめる少女と目があった。  
 少し怯えた少女は、今まで見てきたどんな彼女とも違う、どこか艶のある瞳で  
じっとヨシュアを見つめていた。  
 ――彼女の瞳に映る自分も、知らない男の様に見えているんだろうか。  
 濡れた唇をぬぐってやると、エステルが思い出したように声を上げた。  
 
「ヨ、ヨシュア……」  
「――兄妹は、こういう事……しちゃ、ダメだよね?」  
「う……ん」  
「でも、僕は――」  
 
 その先を言うのは流石に躊躇われた。  
 自分でも何をそんなに急いでいるのか解らない。  
 ゆっくりと育んでいけばいいだけのことなのに、今、彼女が欲しい。  
 
 ヨシュアの言いたいことが伝わったのか、伝わっていないのか、理解したくない  
のか。さらに顔を朱に染めて少女は目をそらした。  
 少年の体を押すようにしながら、身を起こす。  
 ヨシュアと正面から向き合ったエステルは、声をわずかに震わせながらも恋人に  
想いを告げる。  
 
「……あ、あのね、ヨシュア」  
 
「まだ、やっぱりヨシュアは家族だって気持ちも……おっきい」  
「うん……」  
「でもヨシュアがそれが嫌なら」  
「うん」  
 どこか不安げな少年の頬を優しく撫でて、エステルは自分から優しく唇を寄せた。  
 
「もっと……恋人だって、バカなあたしが忘れちゃわない様に……して?」  
 
 恥ずかしいのだろう、エステルはすがるようにヨシュアの胸に顔を埋めてくる。  
 ヨシュアには告げられた事が一瞬理解できなった。  
 ただ気がつけば、逃がすまいとするかのようにエステルを抱きしめていた。  
 
「僕で――本当に僕で、いいんだね?」  
 
 ヨシュアの声は、自分でも驚くほど震えていた。  
 
「――や」  
 
 答える声は幼い日にすら聞いた事がないほど甘えたもので。  
 
「ヨシュアじゃなきゃ――嫌」  
 
 ヨシュアの中に残っていた、最後の躊躇いを掻き消した。  
 
 
 
「灯り、消してね」  
 請われるまま、ヨシュアは室内灯のスイッチを切った。  
 カーテンをしっかりと閉ざしてある部屋は瞳を閉ざしているかのように暗く、  
其処にいる恋人の姿さえ窺えない。それでもエステルが自分の方をじっと  
見つめているのは痛いほどよく解る。  
 ヨシュアは暗闇の中、危なげな様子もなく少女の傍らへと戻っていった。  
 そっと頬に触れれば、少し火照った頬の熱さがゆっくりと伝わってくる。  
「真っ暗……だね」  
「うん」  
「カーテン、少し開けようか」  
「う……あ、開けなきゃだめ?」  
 よほど恥ずかしいのか、とっさに引き留めようとヨシュアの袖を引いてくる。  
その制止に少しヨシュアは躊躇った。  
 
 できることなら全て願いは叶えてあげたい。  
 ヨシュアは夜目が利く方で、さらに隠密訓練で培われた経験から、暗闇が  
行動に支障をきたすことは殆どない。ましてそれが狭い寝床で、自分に身を  
任せている少女を抱きしめるだけのことなのだ。  
 けれど――どうしても彼女の顔が見ていたい。  
 これから結ばれる相手は他ならぬエステル・ブライトなのだから。  
 
「このままじゃ、君の顔が見えないよ」  
「――うん、あたしもそれは……いやかな」  
「開けるね?」  
 
 布の擦れる音と共に、月明かりが差し込んでくる。導力灯の光とは違い、  
目を刺すほどの明るさはなく、まだ部屋は薄暗いままだったが、それでも  
愛しい少女をはっきりと照らしてくれた。  
 じっと両手で肩を抱いている姿はひどく頼りなく、まるで自分を押さえつけて  
いるようだった。安心させるように、背後からそっと抱きしめる。  
 腕の中で、さらに恋人は身を固くした。  
 
「エステル……大丈夫?」  
「あたしは、平気……だよ?」  
「じゃ、力抜いて――ね?」  
 
 エステルが強がりを言っているので、そのまま何もせずにただ体温だけを  
感じながら抱き続ける。  
 
 鍛えてあるとはいえ、まだ若い少女の体は柔らかく、ヨシュアにしてみれば  
不安なことこの上ない。押さえつければ抵抗もできそうにない腕。簡単に絡め  
取れる脚。ただ柔らかいだけでは無いけれど、自分より小さい手。  
 全てが今、腕の中に収まっている。  
 意識しないままに強く彼女を抱き直したとき、強張っていたエステルの肩が  
落ち、観念したように呟いた。  
 
「――ちょっとだけ、怖い。あ、ヨシュアがじゃないよ? その……始めてだし」  
「僕だって始めてだよ」  
「あ……そっか。そうだよね」  
「うん」  
 
 結社にいたとき、人を籠絡する手段の一環としての性行為は教わってはいた  
し、多少の実践も伴ったけれど、愛する人と結ばれる方法など誰も教えてはくれ  
なかったから、多分嘘ではない。  
 覚悟を決めたのか、エステルと自分へとこわごわと身を任せてきた。そのまま  
服を脱がせようと寝間着に手をかけるが、大慌てで恋人は手の中から逃げ出した。  
 
「あ、あの。その! ――自分で脱ぐから。ちょっと後ろ向いて」  
「……脱がせてあげるけど?」  
「――な、ななな、なにいってんのよ! ダメダメ、だめッ!」  
「エステル……どうしてそんな嫌がるのさ」  
「い・い・か・ら。あっち向きなさいっ」  
「夜中に大声出したら駄目だよ」  
 本気でごねる少女に逆らう事はできない。多少不満はあるが、ぐいぐいと体を  
押されて、渋々少女に背を向ける。  
「ね、ヨシュアも……脱いでね?あたしだけ脱ぐなんて、不公平よ」  
「はいはい」  
 
 言われたままに服を脱ぎ捨てると、夜の空気は少し冷たく、同時に自分がどうし  
ようもなく火照っていた事に気がついた。  
 自分の背後の、人が動く気配。布の音。  
 彼女の肌も熱くなっているんだろうか。  
 今すぐ振り向いて確かめたいけれど、こんなところで臍を曲げられるのはちょっと  
拙いだろう。  
 何とか意識を彼女から逸らそうと苦労していると、とん、と背中に柔らかいものが  
ぶつかってきた。やはり、熱い。  
「お、お待たせっ」  
 照れ隠しだろう、無理にいつも通りの口調で彼女は言い――何故か子供の  
悪戯のように両手で背後からヨシュアの目を覆う。  
 
「エステル?」  
「――まだだめ」  
 身長に大差のない彼女にそういうことをされると、当然、背中から密着されて  
いる様な形になる。  
 彼女の長い髪が素肌に触れてくすぐったい。いやそんなことより背中に押し  
つけられた柔らかい感触がどうにも意識を奪わせる。  
 
「ね、エステル……その、手放して欲しいんだけど」  
「――まだ見ちゃ、だめ」  
「……理由を聞かせて」  
「その……心の準備が……」  
 
 彼女の心の準備が整うまで、自制心が保てば良いのだが。  
――正直、かなり、自信がない。  
 手を覆うエステルの指をそっと引きはがそうとするが、彼女は逆に自分に強く  
しがみつくようにして。まったくの逆効果だった。  
 
「ヨシュアの体……結構筋肉質だよね。華奢に見えるのになぁ」  
「エステルの体は――柔らかいね」  
 
 言ってしまって、背中に当たっている柔らかい膨らみの感触をそのまま意識する。  
中央辺り、何も間に挟まないのでよく解ってしまう小さな突起が、特に刺激される。  
 
「なによ、固いとおもってたの?そんなに筋肉付けてないわよ」  
「うん、それは知ってた――って、叩かないで」  
「もう。……腕とかがっしりしててさ。やっぱり、男の子、よね……」  
 
 そして、背中に張り付く少女は、何処までも女の子で。  
 自制心、自制心――無理だ。  
 今すぐ抱きしめたい。その柔らかい肌に溺れたい。  
 
「――エステル。僕が目を塞がれてて君が見てるのは、不公平じゃないの?」  
「じゃ、あたしも目を閉じるわ」  
「エステル……往生際が悪いよ?」  
 
 腕ごと引き寄せるように捕まえて、指を一本一本引き離していく。ようやく拓け  
た視界の中、揺れる髪が落ちかかるのが見えた。  
 
「諦めてこっちにきて、エステル」  
「……あ、あのっ。あたし……ほら、シェラ姉みたいにおっきくないし――」  
 
 可愛い声で馬鹿なことを言うので、剥がした手をそのまま頬に引き寄せて手の  
甲に口付ける。多分、彼女の体の中では一番よく知っているそれ。普段武器を  
握っている割には、あまりその手は荒れていない。温かで柔らかい少女の手。  
 
「ク、クローゼみたいに肌綺麗じゃないし……」  
 もう一度、音を立ててその手に吸い付き、そのままゆっくりと舌を這わせる。この  
指も、こぼれ落ちる髪も、甘く崩れていく声も、今は自分だけのもの。  
 
「くすぐったい……」  
 指先を口に含み、小指を甘く噛み、子猫でもあやすように頬ずりし、愛おしみな  
がら、ぐいと彼女の体を引き寄せた。  
「ね、ヨシュ――きゃっ」  
 腕を引きながら肩をひねって、体落としの要領で自分の腕の中に落とし込む。  
絡め取った可愛い獲物を、自分の体の下に押し込んで閉じこめる。  
「……変なとこで乱暴なんだから」  
「君が馬鹿なこと言うのが悪いんだよ」  
 月明かりの中、ようやく捕まえた彼女の身を隠すものは何もない。  
 
夜の薄暗がりのなかでもはっきりと解る、少女の恥じらった顔、寝台に散らされた  
長い髪、引き締まっているけれど肉付きのある体躯、控えめな膨らみの中央では、  
可愛い突起が既につんとたって震えていた。  
「僕が大事なのは君なんだから」  
「……あんまり見ないで」  
「君の体だから――欲しいんだよ?」  
「……は、恥ずかしいこと言っちゃだめっ」  
「……好きだよ」  
「だ、だからっ……」  
 
 恋人は火照ったままの顔を隠すように両手で押さえ、指の隙間から怯えるように  
見つめてくる。そのまま消え入りそうな目でヨシュアをじっと見つめてくる。  
 
「ね、ヨシュア……あたし――その、どうしたら、いい?」  
「今日はね、僕がその……全部するから」  
「う、うん……」  
「エステルは受け入れてくれるだけでいいからね」  
「……うん」  
 
 エステルは瞳を閉じて、まだ全身を固く強張らせながらも、体を深くベッドに沈ま  
せた。素直な彼女が嬉しく、その素直さに多少の罪悪感を抱きながら、胸の上で  
固く握られたた手をそっと広げ、自らの指と絡ませる。  
 よく知っているけれど始めて知る、エステルの体。  
 優しく、優しく始めよう。  
 
 
「エステル。舌、だして」  
「……んっ」  
 怖ず怖ずと差し出された舌に、吸い付くように深く口づける。反射的に身を退こう  
とするエステルの頬を、両手でつかむようにしてさらに引き寄せて、更に深く求めて  
いく。  
 性的な事に疎い恋人は、触れるくらいの優しいキスの方が好きだ。それを知って  
いるから、今まで激しく舌を絡めるような深い求めは殆どしたことがない。  
 けれど、ずっとこうしたかった。  
 息が苦しくなるまで。――苦しくなっても。  
 あの、今では後悔しか残っていない別れの時。薬を含ませるためではあったけれ  
ど、彼女と口づけた瞬間は喜びしかなかった。眠る彼女の体から手を放すのは、  
渾身の決意が必要だった。  
 逃げる舌を絡めて、引き出して、押さえつけ、甘く噛んで、自分の体液を押し込める。  
受け入れてくれという自分の言葉に従っているのか、こくり、と彼女の喉が揺れた。  
「――ふっ……はぁっ……はぁ……あ」  
 溺れそうな声を上げて、息を荒げる彼女が零す嬌声は痛ましいほど愛らしい。  
 お互い何も考えられなくなる頃、ようやく唇を解放する。荒い息で胸を上下させる  
彼女に、ご褒美のように優しいキスを落としながら濡れた唇をぬぐうと、子猫のよう  
にむずがった。  
 そのまま、心の赴くままに彼女を愛していく。  
 
 みずみずしく、柔らかそうで何度触れてみたいと願ったか解らない頬は、朱に染  
まり撫でるたびに目を潤ませ。  
 いつも襟元から覗かせていた首筋。たまに不意打ちの様に人をのぞき込んできて、  
無防備さに劣情を煽られたそこを唇と指でそっと辿る。いっそ吸い付いてしまいたい  
けれど、それは何とか抑えて、晒された、小振りの胸にそっと触れた。  
 
「ひぁっ……」  
 
 手に収まる程度のそこは、思っていたよりもずっと柔らかかった。そっとそっと、  
大切な彼女を傷つけたりしないように力を込めていく。  
「あッ……あの、ヨシュア……きゃっ」  
 どこか上擦った声は気にせずに、始めて触れた感触に集中する。  
 温かくて、弾力に満ちたふくらみを優しく揉みほぐす。慎ましいそこをふるふると  
揺らすと、少女の喉から、押し殺した嬌声が漏れるのが、少し嬉しい。  
「うんっ……あっ……はぁ――だ、だめ」  
 更にぷっくりと膨らんできた桜色の突起に手をかけようとすると、あわててエステル  
が手で胸元を隠そうとする。  
「エステル、手どけて」  
「――で、でも……」  
「腕はこっちにやっちゃうよ」  
 この期に及んで抵抗しようとする、素直でない彼女の両手を右手で軽く押さえて  
頭の上の方へと固定する。  
「あ、ヨシュア……」  
少し怯えた声を余所に、左手を胸のしこりへと伸ばす。可愛い色の乳首は、つんと  
尖っていて、軽く触れるだけでエステルは身を震わせた。スイッチみたいに過敏な  
そこを何度も何度も、柔らかくもみ、つねり、押し上げては刺激する。そのたびに  
抵抗していた腕から少しずつ力が抜けていくのがどうにも愛らしい。  
「あっ……あっ…」  
 両手を抑えられているで、刺激に耐えるのは身をよじるか首を振るかのどちらか  
しかない。声を抑えるために口をふさぐこともできずにエステルは甘い声を上げ続ける。  
その声がもっと聞きたくて、ヨシュアは柔らかい胸にそっと唇を落とした。  
「え――?きゃあっ!」  
 そのまま、白い乳房に舌を這わせる。ふるふると震える其処は甘い果実のようで、  
ヨシュアの心を熔けさせる。小さい頃からずっと一緒だった少女の肌。最愛の彼女。  
「これが……エステルなんだね」  
「……恥ずかしいよヨシュア……」  
「――だめだよ……もっと、見せて」  
 
 弱々しい制止など聞き入れず、そのまま白い肌に吸い付く。  
「い……あっ――くすぐった……」  
 ゆっくりと放した唇の下には赤い跡が残っている。  
 それが彼女が自分のものになった証のような気がして、さらにヨシュアは少女に  
跡をつけていく。  
 控えめな膨らみは、弾力に富み手のひらの中で形を変え、つんとたった頂を口に  
含んで、舌で転がしてやる。  
「あんっ……だめ、だめ――」  
首を振りながら切なげな声を上げるエステルが、もじもじと内股をこすり合わせな  
がら身もだえる。  
 じっとりと、触れ合う肌がぬめり始めた。左手で乱暴なくらいに胸を揉みしだき、  
わざと音を立てながら唇でもそこ責める。  
「エステル、胸、弱いね……」  
「やぁっ……あっあっ……あああっ」  
 甘く噛んだ歯で、頂をしごいたとき、エステルの体が僅かに反ってがくがくと震えた。  
 軽く達してしまったようだ。  
息を荒げる彼女をそっと抱けば、少し汗ばんできた互いの肌がしっとりと触れあって  
心地よい。このまま、どこまでも求めたい。  
 
「あっ……待って……まって……」  
 息をつかせる時間も許さず、構わずに指を先ほどからずっとすりあわせている太股  
の奥へと伸す。淡い茂みの奥にそっと指を差し込むと、思っていたとおりぬるりと  
した感触があった。  
 
「うっ……うぇ……ひっく……」  
「え……エステル?」  
 
 驚くより先に、エステルの見開いた朱色の瞳からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ  
落ちて、あわてて指を引き抜いた。  
「ヨ……ヨシュアぁ……」  
「どうしたの? 痛かったの? でもまだ――」  
 そのまま、はらはらと涙をこぼしたままエステルは首を振った。そのたびに新しい  
雫が零れて彼女の頬を濡らしていった。  
「ごめんね、ごめんね? 僕が悪かったよ。急ぎすぎたんだよね」  
「うっ……ぐす……ちが……」  
 しゃくり上げて上手く言葉が伝えられないエステルをみて、ヨシュアは心底動転  
した。ヨシュアまで泣きそうになるほど慌てながら、必死で彼女を慰めようとただ  
優しく抱きしめる。  
「あっ……う、うあ……」  
「泣かないでエステル。ごめんね、君が嫌がることをする気なんて――」  
 じわじわと後悔が胸に広がってくる。もう二度と彼女を傷付けるようなことはしない  
と、誓ったはずなのに。  
 
「違……違うの――」  
 ぶんぶんとあわてたようにエステルは首を振る。  
「恥ずかしくて……で、でも切なくて……頭が真っ白になって……勝手に、涙が……」  
「エステル――」  
「ごめんね。ヨシュアが嫌なんじゃないから……違うから……好きだから」  
 謝るように、彼女の方から抱きついてくる。  
「エステルっ……そんなこと言われたら、僕は――」  
「いいの……ヨシュアの好きにして……ちゃんとあたしを――」  
 
 これ以上彼女の声を聞いていたら、本当にどうにかなってしまいそうで口付けて  
言葉を止める。  
 まだぼろぼろと涙を流す少女にそのまま行為を続けることはひどい罪悪感を伴った。  
けれども高ぶりきった体も心も、目の前の恋人を求めて止まらない。理性が放つ  
警告などなんの抑止にもならなかった。  
 
 閉じていた膝をゆっくりと開かせ、誰にも見せたことのない最奥を自分の前に晒さ  
せる。そこは、触れる前から溢れた透明な蜜で内股を濡らしていた。  
しゃくりあげる彼女がそれでも体から力を抜こうとする。  
 その健気さが、胸を締め付けた。  
 そっと、そのぬかるんだ奥へと指を差し入れる。男を受け入れたのないそこは、  
固く閉じていて異物の進入を拒むように狭い。こんなきつい場所へ本当に収まる  
んだろうかと不安になるほどに指を締め付けてくる。  
こわごわと、指を動かすとエステルの瞳からまた涙がこぼれた。  
 
「エステル……痛い?」  
「う……ううん。へーき……でも」  
「でも?」  
「あ……あたしが恥ずかしさで死んじゃったら、ヨシュアのせいよ――」  
「……先に僕が死にそうだよ」  
 
 おそらく、火照りきっているだろう自分の顔を見られたくなくて、彼女の秘所へと  
顔を寄せる。  
「え……あ――そんなこと、するのっ?」  
 反射的に閉じようとする足を両手で押さえて、花弁に口付ける。少女の裏返った  
ような悲鳴が響いた。後はもう夢中で少女の奥へと舌を這わせつづける。  
 エステルはわき上がる声を抑えようと両手で口をふさいでいるようで、せっかくの  
彼女の声が籠ったものしか聞こえない。それが少し不満だったけれど、目の前の  
行為に没頭していて、そこまで手が回らない。  
ぴちゃぴちゃと内から零れるものと、自分の体液の区別が付かなくなるほど濡らして  
やって、限界を感じた。  
 もう少しほぐしてあげたいけれど、どうにも我慢が効かない。  
 
「エステル……その。――入れる、ね」  
「あ、あのね、その。その……痛くしないでね」  
「……努力はするけど、保証はできないよ」  
「もう……こ、こういうときは、解ったよって言うの」  
「嘘ついたらエステル怒るじゃないか」  
「い、いいから、優しく――」  
 
 開いた足を抱きかかえるように広げ、自分の体を割り込ませる。とっくにいきり  
立っていた肉棒を、できる限り抑えながら彼女の濡れた花弁へと潜り込ませる。  
ぐずぐずに濡れそぼったそこは、千切れるほどに固く締め付けながらも愛する男を  
受け入れた。  
 くちゅり、といやらしい音を立てて沈み込み、拒むようなきつさと、途中の抵抗を  
押し破り、更に奥へ。  
「――いっ……た……あ……」  
「エステル――」  
 少女の中へ、完全に己が埋まった後、ようやく彼女の顔を見る余裕ができた。  
 相変わらずぼろぼろと涙を零している彼女の、潤みきった瞳にはやはり辛そうな色  
が浮かんでいた。けれど、確かにその中には喜びの色が混じっているように見える  
のは、自分の身勝手な願望だろうか。  
「入ったよ……」  
「……う、うん……ヨシュアの――入っちゃってる……」  
「いたい?」  
「……うん。でも平気……」  
「ごめんね――」  
 これまでしたことも、これから行うことも。ヨシュアは優しく口付けると、ゆっくりと腰  
を動かし始めた。初めて繋がるエステルの膣内は本当に男を受け入れるために作ら  
れた場所なのか疑問なほどに締め付ける。どこまでが自分で、どこからが彼女なの  
かもわからにほどに狭く熱い。動くたびに涙をこぼすエステルは苦しげに、それでも  
健気にヨシュアを受け入れる。  
 
「あっ……ヨシュア……ヨシュア……」  
 切なげな声で必死に自分を呼ぶ声が、さらにヨシュアの歯止めを削っていく。  
 
 エステルの初めてを、自分が奪っている。  
 本当に彼女は自分に身も心も捧げている。  
 熱くよどんだ熱を全部彼女の中に注いだら、自分の中に残った暗い何かを浄化し  
てくれるんじゃないだろうかなんて、馬鹿なことを考える。  
 耐え難いまでの快楽と背徳感が完全にヨシュアを酔わせていた。  
 
「エステル……エステル――」  
「……やっ、あっ、ヨシュアもっと……ゆっくり――」  
 
 後はただ名前を呼び合いながら体を合わせ、揺すり、肌に吸い付いて、そこにある  
相手の体を求め続けた。今すぐにその奥へと放ちたい、でも少しでも長く彼女の中を  
味わいたい。  
 けれど、体はどうにも勢いが止まらない。ようやく、彼女の強張ったからだから力が  
抜けようとした時、ぞくぞくと背中まで焼き付くような快感が走りぬける。つないだ手  
を固く握りしめながら、深く繋がった奥で熱がはじけた。  
 
「――あ、ああ……」  
 
 ひときわ切なげな声をエステルが上げる。ヨシュアも全身の力がぬけ、ぐったりと  
彼女の上に覆い被った。とろとろにとろけた一体感をもっと味わっていたくて、体を重  
ねたままゆっくりと二人、どちらともなく唇を重ねた。  
 
「……エステル」  
「う……うん?」  
「――エステルのなか、気持ちいい」  
「ヨシュアのエッチぃ……」  
「僕も男だし」  
 エステルも、同じように幸せを感じているのか、熱に浮かされたように笑う。  
「ね、ヨシュア、ちょっと重い――」  
「ああ、ごめんね。気を付けてたんだけど」  
「ん……ちょっとまって」  
「なに?」  
「ヨシュア……もっとこっち……」  
 
 どこか鼻にかかった声で、そう呼ばれる。ここまでしっかりと抱きしめている人間に  
側に寄れとは、また無茶を言ってくれる。  
 仕方なく顔を寄せると、彼女の方から腕が差し出されて、首にすがるように抱きつ  
いてくる。  
 キスをねだることはあっても、彼女の方から唇をよせられるのは初めてだった。  
 まず額に、次に頬に、そして唇に、子供が甘えるような、たどたどしい口づけ。  
 吐息が肌にあたって、気持ちいい。  
 ゆっくりと彼女の柔らかな唇が首元へと押しつけられた。  
「――ん」  
 ちゅ、と音を立てて、最後に強く吸い付かれる。  
 
「えへへ、跡付けちゃった」  
「――エステル」  
「し・か・え・し」  
「――――っ」  
 
 完全に不意打ちだった。こんな時に、こんな可愛い事をされて、どうかならない方  
がどうかしてる。  
 
「いいでしょこのくらい。ヨシュアってば……散々……」  
 まだ彼女の中に納めたままの高ぶりが、もう一度熱を帯びてくる。  
「え? ヨ、ヨシュア?――あ、あの」  
 
 気がつけば、彼女の中で自分のものは、もう固さを取り戻していた。  
「あっ……やっ……そんな――また?」  
「御免。もう一回だけ――我慢してね、エステル」  
「ちょっとまっ……ひゃぁんっ」  
 
 ――二度目の交わりは、最初のものよりもずっと激しいものになった。  
 先ほど中に放った精で狭い膣内は十分ぬかるみ、その上処女を失ったばかりの  
狭さと熱さが相変わらずヨシュアを絡みとるように締め付ける。エステル自身も、先  
ほどより余裕ができてきたのか、突かれるたびに痛みだけではない声をあげた。  
 
「エステルのなか、きつくて、ぬるぬるで、凄い――」  
「やぁ……くちゅって、いやっ――いやらし……」  
 繋がったところからは、流し込まれたものとあふれ出てくる体液で濡れそぼってお  
り、ヨシュアの動きに伴って水音を立てていた。  
 逃げかかる腰を引き寄せ、ねじ込み、がくがくと揺する。大人しく体を玩ばれる彼  
女は突かれるたびに長い髪を振り乱して可愛く喘いだ。  
「ふぁっ……ああああんっ」  
 彼女の膣内の天井のあたりを擦り上げたとき、ひときわ高い声を上げた。弱いらし  
いそこを後はひたすらに攻めてやる。片足を抱えるように高く持ち上げ、より結合を  
深めながら、突きこむ。  
 ぐちゅぐちゅと彼女の中がかき回される音は更に大きくなっていく。  
 今度は彼女を乱れさせてやりたかった。  
「あっ……だめっ……そ、こだめぇっ……やめ……ヨシュアぁ――」  
 潤みきった目で恋人が懇願してくる。そんなことをしても逆効果なのに、彼女は解  
っていないのだろう。少し意地悪な気持ちで、哀れに男を受け入れている場所の少  
し上、ぷっくりと膨らんだ肉芽を軽くつまむ。  
「ひ……あああああっ!」  
 全身を張りつめさせて、更に狭いエステルの中が締め付けられる。それだけで達  
してしまいそうになるのをかろうじて堪え、更にそこを苛めてやる。  
「あ……く……こわい……怖いよヨシュアぁっ……」  
「――大丈夫、僕がいるから……こうしているから」  
「ああっ……いあっ、はっ激し……ん、だめぇっ……」  
 今夜だけでもう何度しているか解らない口づけで、彼女をあやすが暴れるように身  
をよじり、なかなか受け入れようとしない。繋がった部分からどんどん溢れる蜜は、  
決して彼女が拒んでいる訳ではないと示しているのだけれど。  
 締め付け続ける彼女の中と、頭を焼くほどに破壊力のある喘ぎ声に耐えながら、  
腰を打ち付けるように更に押しつける。  
「だめ――おかしくなっちゃうっ……いやっ……」  
「おかしくなってっ……いいよ、エステル――」  
 最後に、ひときわ深く、子宮に届くほど己を沈め、彼女の肉芽をきゅっと指で押し  
つぶす。  
「いやっ……あんっ――……だめ……だ、あ、ああぁあああんっ!」  
 エステルが背を反らせ、全身を震わせた。彼女の体が波打つと同時に、ヨシュアも  
二度目の精をエステルの奥へと放っていた。  
 
 
「は、……あ……」  
 ようやく息をついたヨシュアの耳元で、息も絶え絶えになりながら恋人が甘い声で  
抗議する。  
「――ひどい、よ……」  
「ごめん――」  
「……でも……好き……大好きぃ……ヨシュア――」  
 熱に浮かされたままの彼女の声は、どこか淫靡で、けれども明るく清純な彼女の  
ままで、たまらなく心地よく耳に響く。  
「……もっと言って」  
「――馬鹿……」  
 
 そのまま、互いの熱だけを感じながら、長らく気怠い幸せな余韻に浸っていた。  
どれだけそうしていたのか。  
 
「――エステル?」  
気がついたときには、くたりとエステルの全身から力が抜け落ちていた。  
「エステル……?」  
 ぐったりとしたまま、動かない少女を軽く揺さぶるが、目を開く気配がない。  
直にすぅすぅと穏やかな息が聞こえ始める。疲れ切ったまま、眠ってしまったらしい。  
「流石にこれは、明日怒られそうだな……」  
 まあ良いだろう。勿論笑っているのが彼女が一番だけれど、怒っている顔も嫌いで  
はないし、最後には絶対に許してくれるのだから。  
 名残惜しみながらもエステルの中に収まっていた自分を引き抜くと、とろりと中か  
ら白濁が更に溢れ落ちる。そのなかに混じる破瓜の赤い血が、少女の純血が散ら  
された事を示していて、痛ましくも征服感で満たされる。  
 額に軽く口づけて、そっと髪を撫でつける。  
 腕の中で、疲れ切りぐったりと眠ってはいたけれど、エステルの表情は穏やかで  
ヨシュアを安心させた。  
 
「お休み、僕のエステル――」  
 
 
 次の日、結局二人の出発は予定より大幅にずれ込むことになった。  
心地よい眠りに微睡むヨシュアと、始めての行為に疲れ切ったエステルの双方共に  
起きられるような状況ではなく。それでも、ヨシュアはいつもより少し寝坊をしただけ  
だったのだが、ヨシュアがエステルを起こしたところ、予想通りにエステルは顔を  
真っ赤に染めて怒った。  
 
 彼女の体にはあちこちに吸われた跡が紅く点々と刻まれている上、処女を奪われ、  
そのまま激しく責めたてられた体はまだあちこち痛んでいる。  
ちゃんと服で隠れる部分を考えて跡を付けた、とヨシュアは弁解したのだが、その  
計算高さが無性に腹がたつ、とエステルはヨシュアに枕をたたきつけて怒った。  
 汚れたままでは可哀想だと思って、彼女が寝ている間に体を拭い清め、ついでに  
寝間着まで着せておいたのだが、全身をくまなく――二度も熱い迸りを注がれた  
大事なところまで――拭われた事実に気がついたエステルが泣きながら更に怒りを  
高めた。  
暴れる彼女から逃げ回っている時、流石に下着は着せなかったためか、彼女の  
膣内にまだ残っていたものが内股を伝たわり落ちてきて――羞恥に全身を震わせ  
ながら、エステルは愛用の棒術具を握りしめた。  
 
 この手に負えなくなった恋人を鎮めるのに、ヨシュアは2時間ほど費やす羽目になる。  
 
「ヨシュアのバ、バカバカバカバカバカバカっ!」  
 服を着ながら、恋人はまだ盛大に苦情を付けている。部屋は既に灯りを付ける  
までもなくとうに明るい。  
「だいたい、あれよ、あんまりよ。初めてだったのに――に、二回も……」  
「その……可愛かったし、気持ち良くて」  
「ずるい……あ、あたしはまだ……動くたび痛いのに……!」  
「……そんな恨めしい目で見ないで。……大体あれは君が煽るから」  
「そんなことしてないわよーっ」  
「――わかったよ。全面的に僕が悪かったから許して。反省してる」  
「ヨシュアはいつもそうやって、やっちゃってから後で反省してるって謝る!」  
 ぽん、と枕が投げつけられる。こんな風にごねはじめるとヨシュアには手のつけよう  
がない。それに困ったことにエステルの言っていることはある種の歴然とした事実で  
あるし、ヨシュアとしては平謝り以外に方法がない。その上、謝れば確実に許して  
貰えるのが解っているだけに、ただ謝るのも卑怯な気がする。  
 
「えっと、いつもというか。君に関することだけだよ」  
「よけい悪いわよっ!」  
 
 こちらにぷいと背を向けている彼女は、本気で怒っているというよりは、照れている  
のだろう。彼女は不機嫌だったけれど、どうにも可笑しくて、たまらなく嬉しくて、背中  
から抱きしめてしまう。  
 
 腕の中で、じろりとこちらを睨んだエステルは――不意に表情をひどく柔らかい  
ものへと変化させる。  
 
「もう、ヨシュア――そんな顔しないの」  
「……え?」  
 
「あたし達は家族……じゃなくて――恋人、でしょ?  
これからずっと一緒、なんだから」  
 
「あ……」  
「これから、こんなこと……いっぱいあるんだから」  
 
 エステルの指が優しく頬に触れる。照れたようなその笑顔はどこか目映いほどで。  
「だからね、このくらいのことで――泣きそうな顔、しちゃ、駄目よ」  
 
 幸せでもね、と優しく付け加える。そんな柄じゃないのに、どうしてこういう時の  
彼女は、聖女のように微笑むのだろう。  
 
 笑おうとして、我知らず一筋、涙がこぼれた。  
 ――どうやら自分は、どうしようもないほど彼女を愛しているらしい。  
 解っているつもりでいたけれど、今更のようにその事を理解する。  
 そして遅れて、ようやく結ばれたのだという感慨がじわりと全身を覆う。  
「――おかしいね。泣くようなこと何もないのに」  
「そうよ、何もないんだから」  
 
 言い聞かせるように呟くエステルの声は、母のように、姉のように、女神のように、  
心の奥まで沁みるほどに優しく。  
 彼女にはやっぱりかなわないと思うのは、こんな時だ。  
 だから自分は、いつまで経っても彼女の『弟』から完全に抜け出せていないのかも  
しれない。  
 
望んでもいないのこぼれ落ちる雫が、愛しい彼女の輪郭を滲ませて――  
一点の翳りもない幸福の中、少し悔しかった。  
 
「エステル」  
「うん」  
「ごめんね……ありがとう。情けないな」  
「――いいの、家族でしょ。……その、あの、恋人でもあるけど」  
 
 頬を朱に染めて、笑う彼女も幸せそうで、より情けない。  
そのせいだろうか、少し反発心と悪戯心がわき起こる。  
涙を拭うと、ほんの少し含みを込めて笑う。こういうときはちゃんと意図通り笑える  
から、多分怒られるんだろう。  
 
「そうだね。これからいっぱいするんだから、僕も君も慣れないとね」  
 案の定、恋人は一瞬唖然とした後、耳まで朱に染まった。  
「――い、いっぱいって……馬鹿っ!エッチっ!」  
「君が自分でそういったんだよ?自分の発言に責任はとって貰わないと」  
「そうやって人の揚げ足とるの、可愛くないっ」  
「そういう可愛いこと言う女の子はどうしちゃおうかな?」  
 
 もう少し色々教えておかないといけないことも多そうだし。ちょっとやって欲しい  
かななんてこともあるし。少なくとも服くらい大人しく脱がさせて欲しいし。  
 
「――ヨシュア? 怒らないから今何考えてたか言いなさい」  
 不穏な気配に気がついたのか、エステルが苦い顔で問いつめてくる。そのまま  
伝えたら、多分もう出発どころではなくなるだろう。彼女も自分も。  
「……多分言ったら怒るから言わない」  
「そ、そんなこと考えちゃダメ!――もう、放して」  
「もうちょっと、こうしてたいな」  
「だめよ。お昼になっちゃうでしょ」  
「――いっそ出発明日にしちゃうとか」  
「何馬鹿なこといってんの――ってヤバいわ」  
 
 顔色を変えた恋人をのぞき込む。  
 
「昨日ここのギルドにも寄ったんだけど、アネラスさんが、今日の昼の便でクルツさん  
と一緒にボース着いちゃうんだったわ!」  
 
 先ほどまでの騒ぎが嘘のような、重い沈黙が広がった。  
 遊撃士の先輩達はなんだかんだと、自分たちを気にかけて面倒を見てくれていた  
人ばかりだ。そして彼らはリベールのどこにでもいる。秘密を暴くのが職業柄得意で  
もあったりするから始末に負えない。  
 更には恐るべき事に、ギルドの情報網はやたら整っていて、多分あっという間に  
知り合い全員に広まるだろう。  
 そうなれば確実に大説教大会だ。リベール中からハーケン門まで押しかけて一言  
言わずにはすませまい。  
 シェラとか、アガットとか、その他大勢来れる人間は全員だ。  
 下手をすればジンとか、ケビン神父とか、リベールを離れた人間まで来かねない。  
 ――少なくとも父は来る。必ず来る。地の果てにいようと万難を排してやって来る。  
 隣に立つ少女と二人、あり得ないほどの確信。  
 互いの頬をつう、と嫌な汗が伝う。  
 
「――い、急ごっ」  
「そうだね、誰かに会う前に!」  
 
 大慌てで身を離し、手早く荷物をまとめて表へ飛び出した。  
ボースの町は賑やかく、大勢の人がマーケットへ足を運んで、それを応対する商人  
達が生き生きと働いていた。  
 そんな中若い遊撃士は二人、町の何処よりも賑やかしく、しっかりと手をつないで  
駆けていく。  
 慌ただしい旅立ちも、まあ彼女らしいと言えばらしいものだから不快ではない。  
 
 ――もう、幸せは噛みしめる様に味わうものではなくて、  
甘い逢瀬も、家族として重ねてきた日々の続きであり、  
これから訪れる、恋人として始まった日々の最初の一幕。  
   
 まずは目指す地、自分の過去へ。  
一つの終わりを告げに、そして一つの始まりを誓いに、出発しよう。  
 躊躇いも戸惑いも、罪も痛みも、抱えたままでどこまでも進もう。  
 
――そう、どこまでも。 君と、二人。  
 

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