溢れて止まらない涙がくやしくて、くやしさがまた涙を集めてきて。  
 ヨシュアが心配している気配を感じる。  
 でもそれになんて返したらいいのかわからない。  
 何かを言おうとしても歯の根が合わなくて上手く言葉も作れない。  
 どうしようもない激高に苛まれて思考がまとまらない。   
 
 ぐるぐるぐるぐると、ヨシュアに言われた言葉が突き刺さって頭の中を巡ってたまらなく悲しい。  
 それは自分を心配してくれる言葉だというのはわかってる。気にかけてくれた言葉だってちゃんと知ってる。  
 ヨシュアはいつだってエステルを見てくれるし、見守っていてくれるし、とても大事にしてくれる。  
 エステルが傷つかないように。エステルが悲しまないように。  
 共に歩いていくと言う誓いを守るために。  
 いつだってそれを最優先にして、愛してくれる。  
 エステルだって同じ気持ちだ。ヨシュアが傷つくようなことはしたくないし、困らせることも悲しませることもやりたくない。やらない。  
 でも今は…………今だけは、それを考えられそうにない。それがまたくやしい。  
 
 ヨシュアを傷つけたくないし、苦しめたくない。望むならどんなことでも叶えてあげたい。  
 ヨシュアがエステルを大切にしてくれるように、自分だってヨシュアを大切にしてる。  
 だから、決して、期待していたわけじゃない。誓って言える。  
 でもヨシュアが望むなら、本当に構わないと思ってる。それも本当。  
 
 わざとだったわけじゃない。きっと言い訳にしか聞こえないだろうけれど、今の自分の格好は明らかに偶然と事故の結果で、狙っていたとか誘ってるとかそんな話じゃなくて。  
 ただ隠し通そうとしただけでまさかあそこまで…………それもこんなに明るい中でばれるというか自分から見せるような格好になってしまって。  
 混乱した中で、そんなに酷い事を言ったつもりはなかった。と思う。そのあたりはヨシュアもなんだか納得してくれたようだったから、問題はないはずだ。  
 でも彼はしっかり見ていた。あの瞬間に彼女が何も身に付けていないことまで気付いたはずだ。だから目を逸らそうと必死になっていたし、大人しく殴られてもいたのだ。  
 本来だったら彼はあれぐらいすぐに避けられる。甘んじて受けようとするときもあるけれど、今日のは違う。普通に身動きが取れなかっただけだ。それぐらいわかる。  
 だからそれは…………もしかして、少しでも見とれてくれていたのだろうかと自惚れていた。避ける事を忘れるぐらいに見ていてくれたんじゃないかと。  
 つい直前までそのことで悩んでいたから余計に嬉しかった。  
 嬉しくて、だからヨシュアの反応しだいでは、なんて甘い事を思っていた矢先で彼が口にしたのは見当外れのこと。  
 聞いた瞬間、何を言われたのかわからなかった。  
 意味を理解していくにつれて――――枕を投げつけていた。もっと近くに彼がいたら、殴りかかっていたかもしれない。  
 ヨシュアが悪いわけではない。そんなことぐらいわかってる。  
 彼はただ気遣っただけ。  
 エステルの事を考えてくれて、エステルの気持ちを汲んでくれて、そうして出してくれた言葉。ありがたくその言葉を受け入れるならまだしも、責められる理由なんてどこにもない。あまりにも当たり障りのない言葉。  
 けれどだからこそ今のエステルには辛かった。  
 
 まるでこの身体には、なんの魅力もないと言われたように聞こえてしまった。  
 
(やっぱりあたし、ヨシュアに呆れられてるんだ)  
 
 彼の望んだ体型ではないのだ。  
 まだヨシュアを見つけられていなかったころ。こういう事にはやたら目の利くオリビエから、今なら十分に女として色気があると言って貰ってから少しだけ自信を持っていたのに。  
 敬愛するシェラザードからも、女として成長したと言ってもらえたことだってあったのに。  
 他ならぬ父親からも、女っぷりが上がったとまで言われたのに。  
 
(ちゃんと見てたくせに。避けなかったくせに)  
 
 こうやってわき目も振らずに泣くところなどまるっきり子供のようで、わかっていながらもとめられそうにない。  
 思えば思うほど涙が止まらず、しゃくりを上げながらエステルは泣き続けるしかできない。  
 
(ヨシュアのバカ。そんな風に扱うなら…………あたしに色気なんて求めないでよっ)  
 
 彼に期待していた分だけ苦しい。  
 女の子としてみてくれて、女として扱ってくれて。  
 そう思っていたのに、やっぱりまだ彼からしてみれば「女の子」でしかなかったのだ。全部受け止めるにはまだまだ足りない、小さな、守り大事に扱われるただの女の子とでしか…………。  
 
 ふっと、部屋が暗くなった。  
 泣きじゃくりながらもそれにエステルが顔を上げる。  
 さっきは急に明るくなって眩しくて何も見えなくなり………そして今は、急に暗くなって目が慣れない。  
「よしゅぁ?」  
 小さい子のような口調で、おそらく灯りを消した張本人を呼びかけるが返答はなくて。変わりに、側に誰かの気配が来たのを感じた。直後に思い切り抱きしめられる。  
 ふんわりと優しく包んでくれる、慣れ親しんだ抱擁。  
「………ふぐっ………ヨシュア?」  
 暖かく胸に抱き寄せられて、冷えた肩に腕が回される。このときになって初めて、エステルは毛布がかなりずれ落ちていたことに気が付いた。  
(あ、あたしまたそんな格好でっ…………)  
 これ以上抵抗する気になれずされるがまま腕に抱きとめられたまままた涙が溢れてくる。泣いているから胸を貸してくれてる。そういう優しさが嬉しい反面、少し苦しい。  
 少しずつ暗闇に慣れてきた視界が、この部屋が完全に真っ暗ではない事を感じた。カーテンはちゃんと閉めてあるのに、どこからか光が入ってきていた。  
 場所はすぐにわかった。バスルームからの光だ。  
 すがるように彼の服を掴んで、胸板に頬を摺り寄せる。石鹸の匂いと、何か焦るようなことがあったのか、風呂上がりだというのに少し汗の匂いもする。  
 ヨシュアの体温で身体が温まっていく感触に、相当冷えていたことも自覚して、エステルは急激に申し訳けなさが募ってきた。  
 一方的に騒いで、一方的に拒否して、一方的に責任を押し付けて―――そして急に泣き出して。  
 
 
「あ、あの、ヨシュア……」  
「ゴメンね、エステル」  
 涙が一瞬止まる。  
「…………どうして、ヨシュアが謝るの?」  
「正直に言って、どうしてエステルが泣いてるのかはっきりわかってないけれど。でも、僕が原因だから」  
「…………」  
「ほら、やっぱり」  
 ぎゅぅと強く抱きしめられる。  
「ヨシュアが悪いわけじゃないの。謝るのはあたしのほうよ。ゴメンね、急に泣き出したりして。ちょっと、整理付けられなくなって混乱しただけだから」  
 ヨシュアが腕を緩めてくれる気配はない。  
「その……ゴメン」  
 エステルの方も涙が止まるまで離れたくなかった。ヨシュアの胸に顔を埋めて涙が鎮まるのを静かに待つ。  
 
 
「そういえば……どうして、灯り消したの?」  
 ヨシュアは少し躊躇った気配を感じさせて、  
「エステル…………自分の格好、わかってる?」  
「わ、わかってるわよっ…………………………………………え?」  
 そして腕の力を緩めてくれた。  
「あんまり見られたくないだろ?本当はさっさと僕が部屋から出て行くべきなんだろうけど、君が泣いてるから。せめて涙が止まるまでこうさせていて」  
「あの、ヨシュア」  
「大丈夫。変なことはしないから。安心して」  
 
 
 また、言われた。  
 腕の中でエステルの顔がくしゃりとゆがんだことに気付かず、ヨシュアはいつでもエステルが逃げ出せるようにまで緩めていく。  
 それが余計に悔しい。いや、悲しい。  
 
「なんで。なんでそんなこと言うのぉっ…………」  
 
 再び完全な涙声に戻ったエステルがいっそうヨシュアにしがみつく。  
「や、やっぱりヨシュアの所為だぁ。ヨシュアが悪いっ!あ、あたしが、あたしがおかしいんじゃないもん!」  
「エステル、どうしたの…………?」  
「どうしたもこうしたも……ヨシュアが原因じゃないっ!なんであたしだけっヨ、ヨシュアはそんな余裕ばっかりでっ…………う、ふえぇぇぇぇえっ」  
「エステル?待って、一体どうして…………」  
 
 少女を抱きしめておろおろとするしかない少年からは余裕など少しも感じられない。けれど脳が沸騰しているエステルは、構わずにヨシュアの胸ぐらを掴み上げる。  
「もぉ!なんでわからないのよっ」  
 そのまま引き寄せて、何事かを口にしようとしたヨシュアの口を自分のそれで塞いだ。  
 
「…………ンッ…………」  
 
 少年が琥珀の瞳をしばたたかせて呆然としていたのはほんのわずか。  
 おずおずとではあったが、少女の方から深い口付けを求めてきたのを感じた瞬間、これまでぎりぎりで保っていていた理性――――  
 拒否されたことや、今彼女が泣いているなんていうこと、ここまでの会話について考えること――――それらは全て吹き飛んだ。  
 気が付けばわずかに差し出されてきていた少女の舌に吸い付き、きつく抱き寄せて押し倒す。少女の身体をまとっていた毛布をはぎ取って、隠す部分がないように。  
 少女は嫌がる様子などなく、ただ夢中に口付けに答えてくれていた。  
 荒い息と水の音がしばらく室内に響いていく。  
 最後に名残惜しむように一際強く吸ってようやく解放すると、闇に慣れた目が少女の憂いた目を捕らえる。そろそろ止まりつつある涙が、彼女の上気した頬の上を伝い零れ落ちてく。  
 上体を少し起こすと、隠されていない裸身が見えた。エステルを見ると、隠す気配は無かった。ただ恥らうように少し目を伏せ、口元を震わせている。  
 
「ヨシュアの鈍感」  
「……ゴメン」  
「いっつもそう。肝心なことにだけ気付いてくれないのよ」  
「ゴメン」  
「……そして謝ったら、あたしは絶対許すって思ってる」  
「…………」  
 
 思っている事を見事見透かされて返す言葉が無くなると、すん、とエステルが鼻を鳴らした。  
「そんなのズルい。あたしはずっと、待ってたのに。いっぱい悩んでたのに」  
「…………嫌いになった?」  
 嫌いにならないで、とまでは言い切れなかった。そこまで傲慢にはなれない。ましてや言う資格もない。  
   
 
 
「そんなことあるわけないじゃない」  
 エステルは両腕を伸ばし、ヨシュアの肩に置く。それから目を合わせずに、気まずそうにして言う。  
 
「本当にね、気が付かなかったのよ?」  
「…………」  
「服脱いでたのだって、別に……その、こういうこと、じゃなくて、ほんとーにちょっと確認したいことがあっただけなの。変な意味は無いのったまたまなのっ」  
「…………うん」  
「で、ヨシュアがお風呂終わったのに気が付いたの遅くなっちゃって、それで慌ててたら、あんなことに……」  
「うん」  
「……だからヨシュア、冗談でも嫌いになるとかそんなこと言わないで。あたしはヨシュアが十分、意地悪で割と暗めで結構黒いの知ってるの。  
 あと、相変わらず何考えてるかわかんなくて、未だに一人で考え事してるのは許せないとか、何にも言ってくれないのとか、妙に落ち着いているのが気にくわないとか、それから」  
「えっと……まだ、出てくるの?」  
「出てくるわよ。疎くて鈍いのも妙な部分で律儀なのも変わってないわよね。そして時々すっごく酷くてすっごく最低になるの」  
 曲がりもなしに一度身体を重ねた恋人に、そこまで言われるものなんだろう?  
 自分がものすごく最悪な人間だと言われたようで……否定する部分はないのだけれど、いくらなんでもそれは言いすぎなんじゃないのだろうか?  
 
「あたしまだ、根に持ってるからね」  
 
 一度側を離れた事少女は言う。  
 
「でもね、それでも好きなの」  
 
 何も言い返せないでいるヨシュアの肩に置いていた手を首に回して、エステルは抱きつくように少し身体を浮かせて、  
 
「大好きよ。嫌いになんてならないから。安心して」  
 
 先ほどのヨシュアの口調を真似て、悪戯っぽく笑った。  
   
 
「痕、消えたね」  
 しばらくの沈黙の後、ヨシュアは少女の胸元にそっと視線を落としてみる。少女は小さく頷いただけで何も言わなかった。  
 バスルームから溢れる光は少女の曲線に沿って所々に影を落とし、全てがはっきり見えるわけではないけれど、滑らかな肌の上に特別な証は見当たらない。  
「エステル」  
 少女はヨシュアの首に腕を回したままで、自分から引き寄せようとはしてこない。だからヨシュアから身を屈めて、息の触れ合うほどに顔を近づけていく。  
 互いの息が顔にかかる距離まで来て、まっすぐに見つめてくる朱色の瞳に問いかけた。  
 
「いい?」  
「うん」  
 
 返事がすぐに返ってきて少女が目を閉じたので、そのままキスをしようともっと顔を寄せたのだけれど、唇に遮るモノが当たった。  
 見れば、目を開いた少女が指でヨシュアの口を押さえている。  
 
「待った。ヨシュアも脱いで」  
 
 一瞬言われた意味がわからなかったが、すぐに納得した。何も身につけていない少女に対して、ヨシュアはきちんと寝間着を着ているまま。  
 別に着たままでもヨシュアの方には特に問題はないのだが…………そんなことを言ったりしたら、さすがに怒られそうだ。服を脱ぐわずかな時間すらもどかしいなんて口にしようものなら、本気で嫌われるかもしれない。  
 
 そんなヨコシマな考えが伝わったのか、エステルは怪訝そうな顔をする。  
「ヨシュア、今何を考えてたの?」  
「いや、別に。大したことじゃないよ。少し待っててね、すぐに脱ぐから」  
「あ、あの、そんなに急ぐ必要は…………」  
 
 エステルから身体を離し、すぐに服を脱ぎ捨てる。  
 再び少女の身体に覆い被さる前に、念のために尋ねてみた。  
 
「灯り、どうする?」  
「出来れば消して欲しいけど…………今日、新月だったわね」  
 
 前回の時のように月明かりを頼りにするわけにはいかない。  
 エステルは戸惑うようにバスルームと、ヨシュアと、自分の身体を何度も見直して、それから諦めたように身体を抱いた。  
「あ、あんまり見ないでね?」  
「……見ないと何も出来ないよ」  
 苦笑して寝転んだ少女の身体を抱き寄せる。寝間着越しに感じていたものより直接触れ合う肌が妙に心地よくて、少女の首の後ろに手を回しぴったりと身体が合わさるように抱き合う。  
 願ってきたものがまた手に入る喜びに、ヨシュアは少女の身体を抱きしめながらそっと打ち震えた。  
 柔らかで小さな身体はやはり冷え切っていて。少しでも早く暖まるようにと細い背を撫でていく。エステルはくすぐったそうに身をよじって、けれど自ら身体を擦り寄せてくる。  
 
「ぁ…………」  
 首に口付けてそのまま唇を這わせていく。首筋を通って肩のラインまで舐めていくと少女が腕を回してきた。そのままその腕に噛みつく、エステルはくすくすと、先ほどからずっと笑いを噛み殺していた。  
「そんなにくすぐったい?」  
「すっごくくすぐったい。ひゃっ、な、舐めるの止めて、本当にくすぐったくて……」  
「そんなこと言ってられるの、今のうちだけだよ」  
 腕を舐めるのを止めず、左手を動かす。くすくすと笑っていたエステルの笑い声が少し止まった。  
 動かした左の手のひらは柔らな膨らみを捕らえてある。やわやわと指先を動かしていくにつれて、少女の笑い声は確実に減っていった。  
「ほら、もう笑えなくなった」  
「だ、だって……」  
 舐めていた腕を解放して、両の手で少女の胸に触れる。柔らなそれの感触をゆっくりと感じて、少しずつ力を込めほぐしていく。  
 ふとエステルを見れば、少女は熱い眼差しで触れられている胸を見ている。  
「どうしたの……?」  
「ううん……その……ヨシュアが、触ってくれてるんだなぁって」  
「何なのさ、それ」  
 なぜかとても恥ずかしくなって目を逸らすと、逸らさないでとすぐに言われて。  
「見ないでって言ったじゃないか」  
「見えないとできないって言ったの、ヨシュアだよ」  
 
 エステルはまだ真摯な瞳で指を動かされるたびに形が変わる胸を見つめている。その指が胸の先端をかすめて、初めて目を伏せた。  
 それでも恐る恐るまた朱色の瞳を開いて、まるでしっかりと目に焼き付けようとするようにヨシュアに触れられる自分の胸を見ている。  
 指先の力を強め、少女が見つめる前でしっかりと握りしめる。  
「ん…………」  
 エステルは鼻の奥から漏れるような甘い声を少し出して、きゅっと目をつむった。  
 両の胸に同じ事をやるとエステルは緩く首を振り、行き場のない手がシーツを握りしめる。少し、感じているようだった。  
 そのまままた優しく包むような揉み方に変えると、またおずおずと目を見開きじっとヨシュアの指先と自分の胸と、そして時折ヨシュアを見てくる。  
 
 
「……エステル、胸、少し大きくなった?」  
「……へ?」  
 一ヶ月前に触れたとき、その膨らみはまだ手に収まるほどで。  
 今触れるそれは、添えた手と同じくらい。五指を広げて改めて確認してみると、記憶の中より心なしか膨らみ具合が・・・なんというか、いい。  
 少女はまだ言われた言葉の意味がわかっていないのか、熱にうかされたような表情のまま、自分の胸と、その上に置かれた手を見た。  
 可愛い恋人は、可愛らしく正直に答える。  
 
「えぇっと……なんか、ちょっと下着がきつくなってきたかな…とは思っていたけど……?」  
「それって……今のサイズが合わなくなってきたってこと?」  
「うん、そんなかんじに…………」  
 
 そこでようやく、脳に酸素が回ってきたようだ。  
「なっ…!?」  
「やっぱりね。前よりちょっと、大きく感じたから」  
「前って……!?」  
「……あの日以来、触らせてもらってないけれど?」  
「なっなんでそんなの覚えてるのよ!」  
 エステルが慌てて自分の胸を庇う。そのさいに払いのけられてしまった手を残念そうに庇った手の上に乗せて、その下にあるものにまだ触れたい、と訴えるが、その細い腕は動いてくれなくて。  
 警戒するように見てくる少女に、つい、意地悪をしたくなる。  
 
「なんでって…。エステルは覚えてないの?」  
「覚えてって……」  
 
 覚えていないわけがない。  
 先ほどそれで悶絶したばかりだ。  
 
 ヨシュアの方も、もちろん覚えている。  
 ずっとずっと欲しくてたまらなかったものを、手に入れた瞬間なのだから。  
 ただ覚えているのはそんな至福感と快楽だけではなく。  
 触れた少女の身体の柔らかさや、熱や、押し殺した声、それでも漏れた吐息、切なくあえぐ表情―――――。  
 完結に言ってしまえば、あの夜のことは細かいところまではっきりと覚えている。  
 それこそ、ヨシュアが少し触れただけで敏感に反応を示した詳細な部分から、最後の瞬間に彼女が口走った言葉さえ。   
 でもそんなことまで覚えている、なんてことは口には出来ない。  
 口にしてしまったら、触らせて貰えなくなるどころか、今この続きさえやらせてもらえなくなる。  
 一ヶ月もお預けを喰らってきたのだ。それだけは避けたい。  
 
 恋人の顔は見るからに可哀相なほど赤くなっていく。  
 それが可愛くて、いじらしくて。  
 声を出せないで固まっている少女の、大切な部分を隠そうとしている指に口付けを落とす。爪の先から指の付け根まで唇を這わせ、握りこんだ指の一本一本、その隙間を舌でなぞる。  
 まるで主人の気を引こうとする、猫のように。  
 逃げ出さないように腕と肩を押さえ込めば、押し倒しているこの状況で少女は身動きすら取れなくなって。  
 舌でなぞられるむずがゆさに隙間が開き、そこをこじ開けるようにさらに舌を差し込めば、柔らかな部分に舌先が触れた。  
「ふ……っん…」  
 こそばゆいのか、エステルの顔を盗み見れば、眉をわずかによせて口元が震えている。  
 そこからゆっくり広がるように促せば、観念するように少しずつ、固く結んだ指がほどけていく。  
「……あ……」  
 その隙をついて、頑なに庇っていた両腕を退かせる。抵抗はわずかで、ようやく望んでいた双丘が顔を出す。  
 すぐにまた触れ、その感触を楽しみたいけれど。そんな願望を押さえつけながら、息を詰めてじっと見つめるエステルに笑いかける。もう少しだけ、いじめてあげたい。  
「ね、エステル。―――知ってる?」  
「な、何を?」  
「女の人の、胸ってね。成長途中によく揉んでいたら、その分大きくなるって」  
 再び声も出せなくなった恋人を見て、  
「丁度、今のエステルだよね」  
「そーいうこと言ってると殴るわよ!!」  
「…………殴ってから言わないで…………」  
 しかもかなり思いきり。こんな状況だというのに。  
 やりすぎな部分は認めるが、少しだけ……いや、かなり今のは傷ついた。  
 普段は魔獣相手に振るわれるそれを、力の限り至近距離で打ち出されれば、当然逃げる場所なんてなくて。  
 まともに頭部に叩き込まれて、その痛みにヨシュアは身をわずかに丸くする。  
「えっ。あ、ゴメン、そんなに強く叩いたつもりじゃ……」  
 今の一撃でも、少女の中ではかなり加減していたほうらしい。そうすると、普段対象となっている者たちが貰う痛みは想像も付かないほど、ということになるのだろうか。  
 慌てるようにエステルが、自分が一撃を叩き込んだ箇所を撫でようと手を伸ばす。  
 ……まったく本当に、こんなときでも彼女は無防備だ。  
 
 わずかに上半身を浮かせた少女の背中に腕を滑り込ませ、脚を抱え。戸惑いの声を無視してそのまま抱き起こす。  
「え……?」  
 少女と一緒に自分も身を起こし、膝を出す。正座をするように座った自分の膝の上に、そのまま少女を乗せる。  
 横たわっていた姿勢から急に座らせられて、頭一つ分ほど高い位置から、エステルが不思議そうに目をしばたたかせた。  
「えっと……」  
 迷うように、取りあえず膝から落ちてしまわないよう、浅く膝を立て尻の位置をずらし、エステルはヨシュアの肩に手を置き、身を軽く寄せる。  
 こちらの膝の上に彼女が座り込めば、その分だけ座らされた側が高くなるわけで。そうすると、エステルが身を寄せると、自分からヨシュアの目前に胸元を寄せることになる。  
 ヨシュアを見下ろす形になったエステルは、見上げてくる琥珀の瞳が、自分の胸の膨らみと平行する部分にあることに気付き、うろたえた声を漏らした。  
 けれど、少女が躊躇ったのはほんの少し。  
 
「んッ……」  
 
 背に回した腕に少し力を込めると、応えるように少女はヨシュアの頭を胸に抱きこんだ。押し込むようにして、ヨシュアはその柔らかな胸に頬をつける。  
 響くように聞こえる、彼女の心音と、熱を持つ肌の感触が心地いい。まるで幼子が、母親の腕に抱かれているような錯覚を感じる。  
 なんだかそれが恥ずかしくて、もう少し腕に力を込めて、もっと引き寄せる。  
 
「エステルの心臓、すっごくドキドキいってる……」  
「あ、あたりまえでしょっ」  
「緊張してる?それともまだ……恥ずかしい?」  
 消え入りそうな声でどっちも、と返ってきて。思わず笑ってしまうと、エステルが少し身を離した。恥ずかしさをごまかすように、まるで怒っている様な顔で、  
「何よっ。自分ひとりだけ余裕ぶっこいちゃって。こっちはもう、ずーっとずーっと前から心臓ばくばくいってんのに!」  
「はは。僕もまだすごく緊張してるし、恥ずかしいよ」  
「へっ?」  
「確認してみる?」  
 ヨシュアは少女の手を取って、自分の胸の中心に当てた。早鐘を打つそれに。  
「……ね?」  
「……うん」  
 手のひらで確かめるように、エステルはヨシュアの胸板を撫でる。自分と変わらないほどの速さで動くその力強い鼓動に、確かめるように、自分の胸にも手を当てた。  
 
 
「あ、あのね、ヨシュア……」  
「うん?」  
「その……やっぱり、男の人って――――胸、大きい方が好きなの?」  
 
 ………それは一体、どう答えるべきなのだろうか。  
 確かに、胸の大きな女性が側にいると、どうしてもそこが視界に入ってくるのは認める。こればっかりはしがない男の性というやつで、きっとどうしようもない。  
 けれど、そんな風に胸の大きな女性と、エステルとを比べたとしたら。例え彼女の胸が、今の膨らみにはほど遠いほど無かったとしても。迷うことなく、後者を選ぶ。  
 欲しいのは外見の良い女性ではなく。眩しくて、いつも光を注いでくれた彼女だけなのだから。すぐ側にエステルがいるのなら、目移りしている余裕なんて無い。  
 彼女が自分以外を視界に入れるなともし言い出すのであれば、躊躇わずそうする。そう出来る自信もある。  
 
 そうヨシュアが口を開く前に、エステルがヨシュアの手を取り、胸の膨らみへと押しつけた。  
 
「エステル?」  
「ヨ、ヨシュアが、そっちのほうが、いいんなら……」  
 
 胸に押しつけたヨシュアの手を、エステルの小さな手がさらに押し込むように握りしめる。  
 手のひらに押し付けられるのは、熱くどこまでも柔らかな感触と、その中央、それとはあまりにも対比している、小さな固く尖った、胸の先端。  
 
「ヨシュアが、……………好きな大きさにして……………いい、よ?」  
 
 
 ようやくまた手に入れることの出来たこの時間を、思い切り堪能しようと。  
 そのために、どうすれば自分も彼女も幸福を感じることが出来るのだろうかとか。もっと笑った顔も、拗ねた顔も、怒った顔も、泣き顔すらもこの時に見たいと思っていたこととか――――そんな考えの、全て。  
 全ての考えを吹き飛ばすには、十分だった。  
 
「シェラ姉みたいに、おっきくなるかどうか……わかんないけど」  
「エステル―――」  
 
 ―――どうして彼女は、わかっていないんだろう?  
 
「そのッ……さっきの話、本当だったら……」  
 
 ―――あれほど言ったのに、まだ、わかってもらえていないのだろうか?  
 
「ま……まだ、間に合うよね?今からだったら十分成長の見込みはあるかと―――」  
「エステル」  
 
 そこで彼女の台詞を遮る。見つめると、頬を朱に染めてエステルはただまっすぐに見つめ返してきた。不安そうに見えるのはきっと気のせいではないはずだ。  
 もうこのまま、何も考えず、何も考えさせずに抱いてしまおうかと誘惑がよぎる。  
(でも、それじゃまるでごまかしているみたいだ―――)  
 身体の繋がりは確かに、心も繋げてくれる。少なくともあの時、ヨシュアは本気でそう思った。言葉に出来ない何もかもを、一つに共有することが出来る。  
 でもきっと、それだけでは駄目なときもある。  
 
 揺れている瞳を見返しながら、ヨシュアはゆっくりと口にした。空いた手でその頬を撫でる。  
 
「僕は、君が好きだよ」  
「これだけは、絶対に変わらない」  
「これから先何があるかわからないけれど―――」  
「それでも、君を好きで居続けられる自信がある」  
「今ここで誓ったっていい」  
 
 息を詰めて見返してくる少女に、「ずっと一緒にいてくれるんだろう?」と微笑みかけて、  
 
「愛してる、エステル」  
「だから―――ずっと、一緒にいてほしい」  
 
 
「ちゃんと言ったじゃないか。君の身体だから、欲しいんだって」  
「あ………」  
「関係ないよ。傍にいてくれるだけで、僕は十分嬉しいんだから」  
 少女の朱色の瞳が大きく揺れた。みるみるうちにその目尻にまた涙が溜まり、こぼれ落ちそうになるのを今度はなんとか堪える。  
「きゅ、急になに言い出すかと思ったら……」  
 ヨシュアの方も、目の奥に熱を感じていた。一番言いたかったことをようやく言えた―――そんな満足感と、安堵感。  
 泣き笑いのようなものを浮かべて、必死に涙を堪える少女のその目尻に唇を寄せた。こぼしたくないと思っているのなら、こぼれ落ちる前に拭ってしまおう。  
 驚く彼女をよそにぺろりと舐めて、反対側も同じように舐める。塩辛さはあるが、どこか甘く感じさせる味。  
「やだ……涙引っ込んじゃったじゃない」  
 エステルの方も同じように笑って、満足そうに言った。ヨシュアの肩に腕を回して、こん、と額を合わせる。  
「うん―――ずっと、ずーっと、一緒ね」  
 
 
   
「でも、覚悟してね、エステル」  
「……へ?」  
 額をくっつけたままの至近距離でにっこりと笑ってやる。もう二度と逃げ出さないように、彼女の背に回した腕に力を込めながら。  
「好きな大きさにしていいって、言ったよね?」  
「…………っ!」  
 瞬時に顔を赤く染め上げて、反射的にエステルが身をよじる。けれど先を見越して回していた腕に阻まれて思うように動けなかったようだった。  
 手で胸元を隠そうにも、しっかりと抱きしめてしまえばそれは叶わなくて。  
 
「ヨ、ヨシュアの嘘つきっ。今、大きさとか関係ないって……!」  
「嘘つきだなんて心外な。全部本心だよ」  
「だ、だったら―――」  
「でもそれとこれとはちょっと違うから」  
 
 
「可能性があるなら、試してみるべきだよね?」  
 焦ったような制止の声は無視して、目の前の肌に食いついた。  
 
 頭のすぐ上で彼女のうわずった声を聞きながら、鎖骨に歯を立て、喉に吸い付き。崩れ落ちそうになる彼女の背を左腕一本で支え、右の手で胸を揉みしだいていく。  
 しだいに高くなっていくその声が、前回の記憶を明確に呼び覚ましていった。  
「あッ……は……っ…」  
 記憶の中、彼女が感じた部分に一つずつ口付けを落としていく。あの時付けた痕のほとんどは、軽く吸い付いた瞬間に彼女が声をあげた部分。  
 もう消えてしまったそれらを、記憶を頼りに探し出していく。  
 
 あの日の夜は、初めて触れた肌にただ夢中だった。  
 そして夢中だったからこそ、どうすれば彼女が感じられるか、はっきりと覚えている。覚えているまま、記憶と、そして今新たに見つけていく彼女の反応を確かめながら、心のままに証を付けていく。  
 愛しているという証拠を、自分の物だという証拠を。  
 
「あ……ヨシュ、ア……」  
 
 証を付けられていくことに、エステルが身を震わせる。  
 
「……嫌?」  
 
 またこれで、しばらく触らせてもらえないのだろうか。  
 エステルは先ほどよりももっと熱のこもった目で、ふるふると小さく首を振った。  
 
「ううん―――。大丈夫、付けていいよ。もう、ダメって言わないから……」  
 
 でも、と目を伏せて。  
 
「……見えるところは、ヤだからね」  
「前のときも、ちゃんと服で隠れてたでしょ?」  
「ギリギリのトコとかあったわよっ。油断したら見えちゃうよーな部分につけて……っん、ちょ、ちょっと……」  
「こことか?」  
 
 上着を着ていれば問題はないが、脱ぐと見えてしまいそうなところ―――肩口に唇を寄せると、エステルが耳を引っ張ってきた。  
 
「だからっそーいう危ない部分は禁止だってば!人に見られたらどうするのよ!」  
「痛い痛い―――わかったよ。そういう部分はなるべくやらないようにするから」  
「なるべくじゃない、絶対ダメっ」  
「はいはい。そうだね、よく考えたら、僕もちょっと困るし」  
 
 少女が不思議そうに首を傾げるのが可笑しくて、胸の谷間にまた一つ、印を付ける。  
 それから、まだ残っている白い肌の幾つかの部分にさらに印を広げていって―――答えを待つ少女の耳元で、囁いた。  
 
「見るのは、僕だけでいいしね」  
「!」  
 
 再び音が出そうなほどの勢いで顔を真っ赤にした少女の頬にキスをして、次は唇に。  
 硬直してしまった彼女の口を開かせ、舌を絡めていく。歯茎を舐め、歯裏をなぞり、相手の息を吸い、こちらの息を送り込む。  
 
「んっ…は、ぁ、………ぁあ、」  
 口付けを交わしながら、付けたばかりの痕の上を指でなぞっていき、どんどん柔らかくなっていく乳房に手をかける。揉めば揉むほど、その柔らかさは増していく。  
 唇を離さないことだけを考えて、やや乱暴に両方の胸をいいようにもて遊んでいく。  
 ようやく舌を開放しても、少女の苦しそうな、けれどそれだけではない表情に大きな変化はない。  
 大きく全体を揉むよりも、下から押し上げるように揉みこんだとき、少女は鼻にかかった声を漏らした。支えられている腕が一本だけでは頼りないのか、エステルは座ったヨシュアの膝から落ちてしまわぬように、必死で彼の頭を抱きこんだ。  
「……っつ…んっ」  
 左胸を一際大きく下から持ち上げるように掴むと、少女が苦痛の声をあげ、すぐに嬌声に変わった。掴み上げたそのままで、扇情的な色に染まった先端を舐め、口に含み、強く吸い上げる。  
 指を動かし、舌で硬い先を転がすたびにエステルは熱のある吐息を漏らし、よりいっそうヨシュアの髪に身を押しつけようとしていく。  
 
 エステルが身体を震わせるたびに少しずつその身体は落ち込んでいき、ヨシュアの両膝に座っていたはずが、今では片方の膝を自分の両腿でしがみつくように挟んでいた。  
 ヨシュアの左太股の上に完全に座り込んだエステルだが、ひときわに甘い声をあげる時だけ、その腰がわずかに浮く。そのたびに彼女が腰を落ち着かせる場所が微妙にずれていくのだが、そのお陰で解ることがある。  
 自分の汗ではないもので、膝の上が少しずつ、確実に濡れていく。  
 そして浮いた腰を再び落ち着かせるたびに、自らの濡れたもので少女の身体は滑り、おそらくは無意識に自ら擦り合わせていく。内股を閉じようにも挟み込んだヨシュアの脚が邪魔をして、たださらに強く挟み込むことしかできない。  
「……んんっ…………」  
 エステルがまた腰を浮かせるのに合わせて、背を支えていた腕を腰に回し、引き寄せる。腰を引き上げられた彼女は膝立ちを強制させられる。  
 柔らかな脚を撫で、次第に内股へと手を伸ばす。ゆっくりと指先が秘部に伸び、触れた。エステルはますます、ヨシュアの頭を掻き抱く腕に力を込めてくる。  
 濡れた感触のあるそこの形を確かめるようになぞり、もっともぬめり気の溢れる場所へ指は進んでいく。抵抗するように―――けれど吸い込むように、指がその中に入り込んでいったとき、片腕で支え続けていたエステルの背中が震えた。  
 一度拓かれた場所といえども、そこはまだ熱く狭く。たった人差し指一本だというのに、動かすのを躊躇うほどに締め付けてくる。そこにもう一本、指を差し入れてみる。  
「えッ……ン………………あ」  
 入るか、入らないのか。少しずつ入り口を広げるように指を動かし、彼女の内から溢れてくるもので指を濡らしながら、中指を押し込む。  
「やぁ…………あ、あぁ、」  
 背と共に震える吐息をエステルが漏らす。根本まで入れ込んだ二本の指がその中で動くと、それだけで少女は膝から力が抜けかかっていた。  
 
「エステル――ここ、すごく熱い……」  
「……やっ、やだ、二本もなんてっそんなの―――」  
 
 どんなに身をよじってもこの状況じゃ逃げられないのに、力無い抵抗らしきものをしようとする彼女の奥を、いじる。  
 
「―――っんぅ」  
「エステル。その……今から、というか前もだったと思うけど、指二本程度じゃないんだよ?」  
「だ、だって―――ぁ、やぁぁっ」  
 
 差し込んだ指をバラバラに動かし内壁を擦るたびにエステルから力が抜けていくのがわかる。座り込んでしまわないよう腕に力を込め、完全に自分にもたれかかせる。こんなことで彼女が感じてくれるのが嬉しい。  
 目の前で揺れたわわんでいる、まだまだきっと小さな果実。その先端を口に含み、緩く歯を立てる。吸い付いて、舐め、唇で、かける息で、ひたすらにそれを味わっていく。彼女が望むままに。自分の望むままに。  
 
 
 泣き声にも近い声をあげながらも、エステルは必死にヨシュアにしがみついていた。  
 力の入らない身体はすぐにでも崩れ落ちてしまいそうで、しかしヨシュアはそれを許してくれない。  
 指を動かされるたび、胸に甘い刺激を感じるたびに、せつなさを感じる。  
 どんどんこみ上げてくるそれをどうして良いのかわからず、ただ傍にあるぬくもりにしがみついた。優しく背中を撫でてくれる、優しい恋人―――。  
「……はぁっ、あ、ヨシュア、やぁっ――――ぁ、あ、あああっ!」  
 意志とは関係なしに得も言われぬうずきが背骨に沿って走り、少女は身を逸らした。支えてくれるヨシュアの腕がなければ、そのまま倒れ込んでいただろう。  
 ヨシュアは愛撫の手を止めないままに、痛いほど髪を掴んでくる少女を支えていた。彼女の中に入り込んだ指は、その瞬間蠢き出した内壁に痛いほど締め付けられ、内に、内にと動かされる。流れに任せて届く限り奥へと突き動かしていく。  
「あ、ぁあ……」  
 少女の膝から完全に力が抜け落ちる。ずり落ちるように座り込んだ彼女の中から指を抜いて、そっとその身体を横たわらせた。  
 余韻に浸るように堅く目を閉じ、息を整える彼女の顔に優しくキスを繰り返し、最後には唇に。数回ついばみ、目を開けると潤んだ朱色の瞳がヨシュアを見ていた。まだ荒い息の中、恋人は何も言わず口付けをねだってくる。  
 だからヨシュアはそれに、安心させるように笑いかける。髪を撫で、頬を撫で、口付けに応え、彼女の身体から、こわばりが消えるまで。  
 
 
 エステルの呼吸が落ち着いてくるころ、ヨシュアは少女の上に完全に覆いかぶさった。  
 横たわらせるときに、浅く立てさせた彼女の両膝の間にヨシュアは身体を割り込んでいる。後はその脚を抱え込むだけでいい。先の意味がわかって、少女が少し……いやかなり身を固くした。  
「あ、あのね、ヨシュア」  
「…………何?」  
 正直、ここで止められるのは辛いものがある。  
 ふだんの様子から想像も付かないような乱れた様子と声を散々聞いたあとで自分を抑えるのは困難な事で。それでも彼女が落ち着くまでは、とここまで言い聞かせてきたのに。  
 そんな心境を知ってか知らずか―――おそらく知らないのだろうが、エスエルはおずおずと右手を持ち上げてくる。身体に力が入らないらしく、ひどくゆっくりとした動作だった。  
 それが目の前にまで持ち上げられる前に、ヨシュアはその自分に比べれば細すぎる指を取る。包み込み握り締めようとすると、手のひらの中でエステルが五指を広げたので、そのまま指を絡み合わせた。  
 
「―――本当はね、さっきみたいに、ひっついてたいの」  
「でも、それってちょっと……無理、だよね?」  
「ヨシュア、離れちゃうんだもん。あたしは、抱きついていたいのに」  
「だから、ね?出来る限りでいいの。ちょっとくらい離れたっていいから」  
 
「絶対絶対、手、離さないで……―――」  
 
 吸い付くように重なる手のひら。絡み合う指と指。しっかりと握り返してきて、エステルは笑った。  
 
「こうしてたら、恋人同士みたいでしょ?……その、もうとっくに恋人だけど」  
 
 それでも自分たちを取り巻くのは、姉弟であったり、兄妹であったりした時間や、相棒、そして家族だという繋がりは消えてくれなくて。  
 もちろん今でも家族というのは変わりない事実で、その思いはずっとこれからも続くものだけど。  
 
「…………だめ?」  
 
 もっと明確に感じることが出来るように、手を繋いでいてほしい。  
 
 上目遣いで見上げてくる彼女はたまらないほどに可愛いい。上気した頬も、柔らかな唇も、長い睫毛や大きめの瞳、小さな鼻、日の光を浴びる栗色の髪。  
 すべりの良い肌と、細い手足、丸みを帯びた体躯…………それら全てが今、自分の手の内にあって。  
 子供じみたおねだりのように、少し不安そうにしているのはまだ少女で。でも、その中に秘められているどこか艶を持った表情は間違いなく女性のもので。  
 込み上げてくる愛しさに、ヨシュアは微笑んで繋いだ手の甲にキスをした。騎士が姫に誓いを立てるように。  
 
「約束するよ。絶対離さない」  
 
 エステルの顔に安堵が広がっていく。子どもの頃から飽きることもなく見続けてきた、満面の笑みだ。いつまででも一番傍で眺めていたいと、何度も願ってきた笑顔。  
 お日様そのもののような、自分の全てを照らしてくれる笑顔。  
 
(エステル……―――僕のエステル)  
 
 間違えることなく、今も、これからも自分の物。  
 笑顔のまま、催促するようにエステルは瞳を閉じた。  
 だから腕を絡め、指を絡め、身体を絡め、脚を絡め、唇と舌を柔らかく絡めて。  
 
 ――――――甘い甘いこの夜を、そんな長い口付けから始めよう。  
 夜は未だ終わらない。  
 
 
 

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