僕とエステルは今、ロレント行きの飛行船に乗っている。  
3年ぶりの里帰りになる。  
あの空中都市『リベル=アーク』での戦いから僕とエステルは大陸中を旅してきた。  
僕が今まで犯した罪を償うために。レーヴェを超える強さを得るために。  
そして大切な者を守る強さを得るために。  
この3年間、帝国、共和国をはじめ、大陸中を周っていた。  
自分の過去の罪と出遭うこともあった。辛い現実を見せ付けられたこともあった。  
でも、それは僕の隣の座席で寝ている女の子のおかげもあり乗り越えることが出来た。  
…女の子って言うのは失礼か。エステルはいまや3年前よりぐっと大人になり、より魅力的になっている。  
相変わらず、僕にとって眩しすぎるほどの明るさはそのままに。本当に僕にはもったいなすぎるほどの恋人だ。  
 
そんな彼女だけど、ここ最近様子がおかしい。数日前、共和国のギルドから請け負った魔獣退治。  
エステルに動きにいつものキレがなかった。魔獣の攻撃にあわやという場面も多々あった。  
なんとか魔獣を撃退した。そんな時であった。エステルがこんなことを言い出したのは。  
 
:数日前  
「ねぇ、ヨシュア。一回、ロレントに帰らない?」  
「えっ?」  
思わず間抜けな声を出してしまった。僕は風呂から上がって髪をタオルで拭いている手を止めてしまう。  
「何よ、その反応」  
「い、いや。唐突だったから思わず」  
「そうかしら?」  
別に唐突でもないわよ、とエステルは前置きしてから、彼女は自分のバッグから地図を取り出し、  
テーブルの上に広げた。  
「あたし達が出発したのは、ここ。ハーメル村」  
そういって、地名はないが、エステルはハーメル村地点を指差す。  
「それからギルドの仕事を請け負いながら、グルーッと、こう来て…」  
彼女の指が地図上のエレボニア帝国内を走り、数々の小国、自治州を経て、  
そしてカルバード共和国に入り…。  
「で、今ここ」  
やがて彼女の指は現在僕たちがいる場所、カルバードとリベールの国境沿いにあるこの街を指差す。  
「今の軌跡を見てのとおり、この3年間であたしたちは文字通り大陸を一周したことになるわ」  
「…我ながら、よくこれだけ旅してきたものだね」  
いまさらながら、実はとんでもない旅をしてきたんだと気づき、思わず苦笑する。  
「そうね。大変だったわね。ヨシュアにとっては過去と向き合う旅でもあったんだから」  
「…そうだね」  
「で、ヨシュアとしてはどうだったの? この3年間」  
今まで旅してきたことを逡巡する。結社が残した傷跡。あるいは自分が結社の執行者として残した傷跡とも向かい合った。  
様々なことがあった。辛かった。  
もし一人でこの旅に出ていたら、目の前にいる恋人が励ましてくれなかったら、どうなっていただろうか。  
本当に彼女には感謝してもしきれない。  
「…今までの罪を償えたかどうかも、レーヴェの強さに近づけたかどうかも分からないけど、これだけは自身を持って言えるよ」  
僕はまっすぐ彼女の瞳を見据えながら  
「大切な人を守れるだけの強さは身につけられたと思う」  
……。しばらくの沈黙。そして、エステルはボンッという擬音が出そうなぐらい顔を真っ赤になる。  
「あ、あ、ああんたねぇ。どうしてそういうキザなセリフがさらっと出てくるのよ」  
「キザだなんて心外だな。正直な気持ちを言っているだけなのに」  
「こ、これだから天然クンは…。ヨシュアのキザなセリフには慣れたつもりだけど、やっぱり慣れないわ…」  
まぁ、それはともかく、とエステルはテレを必死に消しながら。  
「そういったヨシュアの成長をさ。父さんやロレントのみんなに報告するのも兼ねて、一回ロレントに帰りましょうよ。  
大陸を一周して切りがいいし」  
確かに。それに、何より今日の魔獣退治でのエステルの動きを見る限り、この3年間の疲れを癒す意味でもここで一区切りつけるのもいいかもしれない。  
「そうだね。そうしようか」  
「よし! 決まりね! んふふー♪ シェラ姉やアイナさんに会うのも久しぶりだなぁ」  
はしゃぐエステル。女性として魅力的になったとは言っても、ここら辺のはしゃぎぶりは相変わらずだ。  
「それと、んふふー♪ みんなびっくりするだろうなー♪」  
…ん?  
「エステル。ビックリするって?」  
「へへん♪ 何でもなーい♪」  
気になったが、とりあえず僕はすっかり冷めてしまった体をもう一度暖めるために風呂場へと向かった。  
 
かくして。あれからヴォルフ砦を通り、エルモ温泉のマオばあさんに茶化されたり、  
ティータに会おうと思ったら、両親と共和国にオーブメント普及の旅についていって不在だったり  
(エステルはティータにアガットとの最近を聞けなくて残念がっていた)、  
ツァイスの中央工房のマードック工房長が相変わらずラッセル博士に苦労させられていたり、  
ツァイス支部のキリカさんの相変わらずの合理的な仕事振りを見たり、  
懐かしい顔と再会しながら、ツァイスで定期船に乗り、現在に至る。  
飛行船の窓の外を見れば、懐かしい風景が広がってきた。  
下に広がるのはミストヴァルトの大森林。もう間もなくロレントだ。そのことを告げるアナウンスも入る。  
『お疲れ様でした。間もなくロレントに到着となります。機体が揺れますので、  
着陸の際、皆様には座席におつきいただきますよう…』  
 
:ロレント発着場  
船から降りると、緑の匂いが鼻をつく。  
この匂いを嗅ぐとロレントに帰ってきたんだと実感する。  
「やぁやぁ。懐かしきかな、我が故郷」  
そう言いながらエステルは大きく伸びをしながら息を吸い込む。  
「ん〜♪ この緑の匂いこそがロレントね。朝方まで雨が降っていたらしいから、  
なおのこと緑の匂いが濃いわね」  
エステルも僕とまったく同じことを感じていたらしい。こういうのをシンクロニシティっていうんだっけ。  
「で、どうする? エリッサやルックに会う?」  
「いーえ。エリッサやルックに会うのはあとあと。さっさとギルドへ行って帰ってきたことを報告しましょ」  
そう言いながらエステルはさっさと発着場を降りていく。  
「アイナさんびっくりするだろうなぁ。あたし達がいきなり帰ってくるんだから」  
「いや。意外とキリカさんがすでにロレント支部に連絡してるかもしれないよ」  
「うっ…。確かに。内緒にしておいてって言ってはおいたけど、キリカさんだったらありえるかも」  
「事務的だからね。あの人は」  
途中、少しは成長したルックに捕まったりはしたが、僕たちはいよいよギルド・ロレント支部の前に立つ。  
「…空の女神(エイドス)よ。どうかキリカさんがアイナさんに連絡していませんように…」  
「何を言ってるんだか…」  
僕は呆れ気味にそう言う。…そういえば、里帰りすることを決めたあの日に、  
エステルが「びっくりするだろうなぁ」と言っていたのはこのことか。  
なんとも子供じみたことだと思うが、エステルらしいといえばらしいか。  
「それでは…。行きます!」  
エステルがそう言うとドアを勢いよく開けた。  
「ちわーっす! 三○屋でーす」  
でーすでーすでーす。そんなエコーが響きそうなほど、ロレント支部は静寂だった。  
つまり、誰もいなかったのだ。受付にいるはずのアイナさんもいなかった。  
ドアノブを持った状態で固まってしまうエステル。きっと今頃彼女の中は気恥ずかしさでいっぱいだろう。  
渾身のギャグが空振りに終わったわけだから。  
「…多分2階かな? 誰かと打ち合わせでもしてるんじゃないかな?」  
そんな彼女を尻目に僕は冷静に現状を分析する。  
エステルの大声に反応したのか二階から人が降りてくる気配がする。  
降りてきたのは、アイナさんと…  
「ご無沙汰してます。アイナさん。シェラさん」  
「ふふふ。久しぶりね。ヨシュアにエステル」  
アイナさんは微笑みながら挨拶を返す。一方のシェラさんはなにやら事情が飲み込めていないようだ。  
「えっ? えっ? アレ? 何で、あんたたち、ロレントに? っていつ帰ってきたのよ」  
どうやら推測するに、アイナさんはキリカさんから連絡を受けてたが、  
シェラさんはアイナさんからまったく事情を説明されていなかった、と言うところか。  
僕の隣では相変わらずエステルがフリーズしている。  
「ごめんね。シェラ。あなたをビックリさせようと思ってね。ビックリしたでしょ」  
「えぇ、えぇ。ビックリしましたとも。ホント久しぶりね。3年ぶりかしら…ってエステル、いつまで固まってるのよ」  
シェラさんの言葉でようやくフリーズ状態から解凍されたエステル。  
「あっ、うん、久しぶりシェラ姉。う〜、会心のギャグを外した気恥ずかしさがまだ…」  
「なーにが会心のギャグなんだか。そもそも○河屋って何よ?」  
「カルバード共和国の東方街にある居酒屋の名前よ。お酒の配達もしてるの」  
「へぇ〜。お酒の配達ね。それはちょっと興味あるわね――と、それからヨシュア。改めて、久しぶり」  
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」  
 
微笑みながら挨拶するシェラさん。うん。ルッツたちと会ったときも感じたが、  
やっぱり顔見知りの人と話せば、帰ってきたんだなという感じがする。  
「うーん、それにしても、ホントいい男になったわねぇ、ヨシュア♪ 今晩お姉さんにお酌してくれない?」  
シェラさんが身体を摺り寄せながら色気を使ってくる。すいません、シェラさん。ちょっとうれしいんですけど、  
離れてください。僕の隣から、コキュートスよりも冷たい視線と殺気が醸し出されています。  
「シェラ姉。久しぶりの再開で嬉しいのはわかるけどさ、人の恋人に色目を使わないでもらいたいな」  
隣を見ると、怒っているかと思いきや、微笑んでるエステル。…逆に怖いよ。  
「何言ってんの。スキンシップよ。スキンシップ。かわいい妹分の彼氏を略奪するような無粋な真似をあたしがすると思う?」  
「酔ったシェラ姉ならあるいは」  
「何言ってるの。酒は飲んでも飲まれるな。それをモットーにしてるあたしに対してその言い草は失礼よ」  
「それって、新手のギャグ?」  
すいませんシェラさん。僕もエステルの言うことに同意です。  
「んふふー。エステルもいっちょまえにヤキモチを妬くようになったか。お姉さんうれしいよ」  
今度はエステルに抱きつくシェラさん。…酔ってないようだけど、酔ったような行動をしてるのは何故だろうか?  
「ちょ、ちょっとシェラ姉」  
「あぁそれにしても、ホントいい女になったねぇエステル」  
ぎゅーッとエステルを抱きしめたあと、今度はまじまじとエステルを観察するシェラさん。  
「そりゃ3年も経ってるんだもの。少しはあたしも変わってるってもんよ」  
3年前より成長した胸を見せ付けるようにエッヘンと胸を張るエステル。  
「それにしても、シェラ姉に女として褒められるっていうのも、ヨシュアに褒められるのと同じくらい嬉しいわね」  
ちょ…エステル!? 何もそんな発言をシェラさんの前でしなくても…。  
…シェラさんを見れば、新しいおもちゃを見つけた子供みたいな目をしている。  
この場は危険だ。遊撃士としての勘がアラームを打ち鳴らす。どうにか理由をつけてこの場を離れなければ…  
だが、敵の行動はあまりにも早かった。僕が動き出すより早く、シェラさんが僕の肩を掴んで離さなかった。  
「さて、ヨシュアくん。あなたとエステルとの3年間にものっすごーく興味を持ったわ。お酒を肴にデモしてお姉さんに詳しく話してくれないかな?」  
ウソだ。僕たちの話を肴にお酒を飲みたいだけだ。よく見ればアイナさんがすでに何本かお酒を持って2階へと移動していった。  
アイナさん。あなたもですか。  
「さぁ、いざ宴を開かん」  
シェラさん、嬉しそうだなぁ。  
年齢を理由に断ろうにも、その理由はもはや通用しなかった。  
 
ギルドの受付は都合よく――もとい、ちょうどよく帰ってきたリッジさんに任せて、  
僕たち4人はギルドの2階で宴という名の尋問が始められていた。  
すでに尋問が始まって数刻。僕はかなりシェラさんに自白剤という名の酒を飲まされていた。  
それこそいろいろな話を根掘り葉掘り聞かれた。  
某小国で出逢った赤毛の老人の話といった他愛のないものから、  
酒でも飲んで羞恥心をシャットアウトしなければ話せないエステルとのこっぱずかしくて話まで。  
その羞恥にあふれた話が出るたびに、酒をあまり飲んでないエステルが顔を真っ赤にする。  
エステルがなかなか酒を飲んでくれない分、僕がそのあおりを受ける立場となっている。  
それにしても、エステルはどうしたんだろう? シェラさんやアイナさんほどではないが、  
別に飲めないというわけではないのに。旅先でもたびたび僕と飲むことはある。  
が、今日は全然飲んでない。どこか体調が悪いのだろうか?  
数日前の戦いでも体のキレがなかったし…  
 
「ちょっとエステル。さっきからのらりくらりとあたしの酒をかわしてないで、少しは飲みなさいよ」  
さすがのシェラさんも痺れを切らしたようだ。据わった目でついにエステルに攻撃し始めた。  
「ほらせっかくだから飲む飲む。別に飲めないってわけじゃないでしょ」  
「あっ、うん。そうなんだけど、今日はそんな気分じゃないかなー、なんて…」  
「なーにー? あたしの酒が飲めないって言うの?」  
「飲めないわけじゃないけど、今は飲んだらまずいかなーとか、そんな感じなのよね」  
本気で申し訳なさそうに断るエステル。しかしそれで許してくれるほどシェラさんは甘くない。  
「飲んだらまずい? あたしの酒がまずいってのかー! えぇい、嫌よ嫌よも好きのうち! 大人しく飲みなさーい」  
エステルのグラスを無理やり彼女の口へと持っていこうとするシェラさん。  
「ちょっと、シェラさん! さすがに無理やり飲ませるのは…」  
まずいでしょ。と言いかけていたところで、エステルが突然、「ウプッ!」と唸るやいなや、洗面所のほうへと駆け込んでいった。  
そして聞こえてくる嘔吐の呻き。  
「シェラさん・・・」  
「シェラザード・・・」  
どこ吹く風で杯を傾けていたアイナさんもシェラさんを非難の目で見る。  
「ちょっと待ってよ、あたしはまだ飲ませてないわよ? あたしだってビックリしたわよ」  
思い返してみると、確かに・・・。じゃあ、いったい・・・。  
「あぁ、ごめんごめん。シェラ姉のせいじゃないわよ。あたしとヨシュアの問題だから」  
えっ?  
「エステル、僕の問題って、それってどういうこと?」  
エステルはうーんと少し考え込む。  
「こういうことって、本当は父さんに先に報告すべきなのよねぇ。でも父さんはまだしばらく軍の仕事で忙しいっていうし・・・。  
通信機で伝えるっていうのもあれだし・・・。事後承諾って形になるけど、まぁいっか」  
独り言が終わったら、よし、と決意に満ちた表情で言った。  
「ヨシュア、シェラ姉、アイナさん。報告すべきことがあります」  
そして次の言葉で僕たち3人は言葉を失った。  
「わたくし、エステル・ブライトは、本日この時をもって遊撃士を引退いたします」  
あまりにも衝撃的な発表。一気に酔いがさめた僕とシェラさんが詰め寄る。  
「エステル! 引退って、どういうことだよ?」  
「そうよ! そんな急に引退だなんていったいどういうことよ」  
「はいはい。落ち着きなさい二人とも。これは私の仕事よ」  
間に入ったのはアイナさんだった。ぐぅっとグラスに残っていた果実酒を飲んでからエステルに向き直る。  
「引退。結構。遊撃士は基本的に自由業ですから、いつどこで引退してもいいもの。  
遊撃士協会を退会するにしても、手続きは書類一枚とバッジを返してもらえば済むことです」  
但し――と、アイナさん  
「こと引退する人が貢献度が高い人となれば話は別。それなりの理由がないと遊撃士協会としても困ります。  
特にエステル。あなたはもう若手期待のホープでは収まりきれないくらいの人間よ。  
閃光ヨシュア・旋風エステルのコンビといえば今や知らぬ者は誰もいない一流の遊撃士。  
いったい何を持って引退を決意したのか。それを教えてくれるかしら」  
「まず、引退したいわけではないの。引退せざるを得なくなったって言うのかな。  
さすがにヨシュアも万全の体調のあたしだけならまだしも、子供を抱えたあたしを守るのもちょっと辛いんじゃないかな、って思って」  
・・・えっ?  
「エステル、今、なんて・・・」  
言ったの? と言い終わる前にエステルは僕の手を自分のお腹のところへ持っていく。  
「初めまして。いまあなたを触っているのがあなたのパパよ」  
あっ・・・  
「というわけなの。ビックリしたでしょ、パパ」  
あまりのことに僕の頭は真っ白になった  
 
:ブライト家  
あの衝撃の告白から、舞台はギルド二階から居酒屋《アーベント》に移り、  
仕事を終えた鉱山の作業員たち、エリッサにデッセルさん、トルタおばさんらに祝福を受けた。  
その後、市長やうわさを聞きつけた街の人たちも駆けつけ、街をあげての祝宴となった。  
デッセルさんが緊急で作った料理も用意してくれた酒も美味しいはずなのに、味わう余裕なんてなかった。あまりにも衝撃的過ぎたからだ。  
祝宴が終わり、家に帰ってきて寝ようにもまったく寝付けなかった。エステルはさすがに疲れたのか。ベッドに入ったら即眠ってしまった。  
僕はというと・・・前述したように寝付けなかったから、酒でも飲んで無理やり睡魔を誘おうとしたが、全然酔えなかった。  
トントントン  
「なーにを悩んでいるかな? 青年?」  
ノックした方向を見ればシェラさんが酒瓶数本を片手に玄関に立っていた。  
「一人で晩酌っていうのは寂しいでしょ。アーベントで後片付けのお礼にお酒をくれたから、飲みなおしましょ、ヨシュア」  
そう言ってシェラさんは戸棚からグラスを取ると僕の正面に座り、早速酒を波波と注ぐ。  
「改めて。故郷帰還及びエステル懐妊を祝って乾杯」  
チンッ。僕のグラスとシェラさんのグラスの音が居間に響いた。  
「ありがとうございます」  
「それにしても。あんたたちもやることはちゃんとやってたのね。女として成長したと思ったら、いきなり母親か。さすがにあたしも衝撃的だったわ」  
「ハハ、恐れ入ります」  
「それにしても。先生の反応も面白かったわね。しばらくあたしたちとまったく同じ反応だったもんね。通信機でも先生の様子が手に取るようにわかったわ」  
「・・・正直父さんに怒鳴り散らされる覚悟はしてたんですけど、あんなに喜ぶとはちょっと意外でした」  
「何を言ってるの。愛しの娘が苦労して苦労して手に入れた男との間に子供が出来た。  
しかもその男を娘の父親も溺愛しているとなれば、父親としては喜ばないわけはないでしょ。おっと、もう祖父になるのね、先生は」  
フフフ、と笑いながらシェラさんはグラスを傾ける。  
「で、父親になるヨシュア君。なにやら、ずぅっと浮かない顔だけど、父親になって嬉しくないの? まだエステルと二人であれやこれやで楽しみたかったとか」  
「シェラさん、言い方が下品ですよ」  
ジト目でシェラさんを見やる。  
「それと、嬉しくないわけありません。エステルが妊娠したと聞いて、まず嬉しさがこみ上げてきました。  
でも、それと同時に嬉しさ以上の不安が湧き上がってきたんです」  
不安をかき消すのにまったく役に立たなかった酒をぐっとあおる。  
「シェラさんも知っての通り、僕は結社に所属していた時代、様々なことをしてきました。  
僕がこの手で殺めた人間の数は二桁じゃ足りない。その中には非力な老人女子供も・・・。  
そんな僕が幸福になっていいのか? 父親になっていいのか? そんな資格があるのか?」  
シェラさんはグラスを傾けながら黙って聞いている。  
そして僕がひとしきりの不安を吐き出したあと、シェラさんがようやく口を開いた。  
「・・・ねえヨシュア? あなたはカシウス先生を尊敬してる?」  
突然の質問。一瞬狼狽したが、僕は答えた。  
「それはもちろんですよ。父さんがいなかったら僕はどうなっていたことか」  
「それじゃエステルはどう? エステルも先生を尊敬してるかしら?」  
「それはしてるでしょう。エステルは普段は父さんに対して軽い態度は取ったりしてますけど」  
シェラさんは何故そんな当然の質問を・・・  
「そうよね。当たり前よね。そんな先生だけど、先生はヨシュアほど問題にならないほどの人を殺めてるわよ?」  
・・・・・・!  
「13年前の帝国侵攻の際、先生の作戦立案によって王国兵や帝国兵はもちろん、戦争によって巻き込まれた人も含めれば、  
間接的ではあるけれど、先生は三桁どころか、下手をすれば四桁でも足りないほどの人を死なせてしまった。先生の指揮によってね。  
国を守るためという大義名分があったにせよ、ね」  
 
「・・・・・・」  
「さて、ここでまた質問。これを聞いてあなたは先生を軽蔑する? エステルの父親であるという資格がなかったと思う?」  
僕は黙って首を振って否定した。  
「そういうこと。人は誰であれ、あたしもそうだけど、多かれ少なかれの業を背負って生きている。  
先生は結果的にあの戦争によってレナさんを失った。ある意味、一番深い業を背負ってしまった。  
でも、先生はレナさんの死に押し潰されずに、今度は身近な人を守るために遊撃士になって別の方法で弱い人を守ろうとした。  
人は業に押しつぶされてやけっぱちになって人の道を踏み外すか、あるいはその業とうまく付き合いながら人の道を生きているか。  
先生はもちろん後者の人間よ。前者であってたまるものですか」  
シェラさんの言葉が一つ一つ僕の中に響く。  
「ヨシュアももちろん後者の人間よ。あたしが見る限りではね。まだあなたたち二人がどんな3年間を過ごしてきたか詳しくは知らない。  
でも、いい旅をしてきたんだなというのは分かる。エステルを守りながら、あるいは守られながらあんたが過ごした3年間。  
もう一度よくここで思い返してみなさい。そうすれば、自分が幸せになる資格があるのか、父親になれる資格があるのか。  
その答えは簡単に出ると私は思いますけど」  
ここまで言って、シェラさんはふぅ〜と息をついた。  
そして視線を僕から外すや、  
「さて、あたしが言いたいのはこんなところですけど、エステルも何か言いたい事ある?」  
「えっ?」  
シェラさんと同じ方向に視線を向けると、ジト目顔でこちらを見る寝巻き姿のエステルがあった。  
「いいえ。ありません。あたしが言いたい事以上のことをシェラ姉は言ってくださいました」  
「あら、そう? ごめんね。エステルの役割を取っちゃって」  
「ううん。むしろ当事者のあたしよりシェラ姉が言ってくれてがよかったと思う。  
あたしは普段いつもヨシュアのことを立てちゃってるから、説得力なかっただろうし」  
「うん。ならよし! あとは二人で何とかしなさいな。もう大丈夫だとは思うけど。  
あたしはこれでお暇するから」  
「あれ? シェラ姉泊まっていかないの」  
シェラさんは先生が家を留守にしている間、この家を管理してくれていたらしい。  
当然、シェラさんにあてがわれてる部屋があるはずなんだけど。  
「夫婦水入らずを邪魔するほどあたしは神経図太くないわよ。ギルドのベッドでも借りて寝るわ」  
手をヒラヒラさせながら言うシェラ姉。  
夫婦か・・・そう言われればそうなんだよなぁ。いきなりすぎてまだ実感ないけど。  
「あぁ、それから、ヨシュア。夜のお仕事はエステルが安定期に入るまで我慢しなさいよ」  
「ブ・・・!?」  
思わず呻く。  
「それとエステル。男が浮気しやすいのは奥さんが妊娠している時期なんですって。気をつけなさいよ」  
猫のようなからかう表情でシェラさんは忠告する。  
「よ、余計なお世話よ!」  
顔を真っ赤にしてエステルは怒る。シェラさんはくわばらくわばら、とばかりに立ち去っていってしまった。  
「まったくもうシェラ姉ったら・・・」  
「エステル。ごめん」  
僕の言葉にエステルがきょとんとする。  
「僕も一緒に喜ぶべきだったのに、なんだか今考えたら不安に思っていたことがバカらしくて」  
「えぇそうよ。そうですとも。あたしも不安だったわ。ヨシュアったら、顔では笑っていても  
どこか嬉しくなさそうなそんな雰囲気だったんだから。ティオやエリッサの手前、あたしも不安な顔をみせるわけにはいかなったし」  
あの祝宴の中、エステルも不安だったのか。僕のせいで。反省・・・  
「あぁ・・・なんて言えばいいのか。ホントごめん」  
「・・・まぁ、でもヨシュアの気持ちも少しは分かるかな。そうするしか選択肢がなかったとは言っても、  
罪になることをしたのは確かなんだし。ヨシュアが『幸せになってもいいのか?』なんて不安になる気持ちも分かる」  
でもね――とエステルは僕の顔をじっと見据えながら言った。  
「あたしはこの3年間、ヨシュアがしてきたことを知っている。偽善と罵る人もいた。報われないこともあった。  
それでもヨシュアは償うことをやめなかった。あたしはもうヨシュアは十分に償いはしたと思う。  
――幸せになろうよ。ヨシュア。せっかく空の女神(エイドス)が私たちにご褒美をくれたんだからさ。  
幸せにならなきゃ、それこそ罰が当たるよ」  
 
――君は、本当に僕にはもったいないほどの太陽だ。  
真っ直ぐで、純で、闇しか知らなかった僕を照らしてくれた光。  
この子とこれから人生を歩んでいける幸福さを、今更ながら再確認した。  
「・・・エステル、ちょっと失礼するよ」  
僕は右手をエステルのお腹に当てる。  
「ヨシュア?」  
「――初めまして。僕たちの赤ちゃん。僕が君のパパです。昼の時はあまりのことでちゃんと挨拶できなかったけど、  
ごめんね。こんな頼りなさそうな父親で。でも、今から僕は君のお母さんと生まれてくる君に誓うよ。  
君が誇ることが出来る父親になるよう努める。何があっても君とお母さんを守る。  
生まれてきたら、お母さんと一緒に末永く共に歩いていこう。  
君に会えるのを楽しみにしているよ」  
「・・・・・・」  
「何ニヤニヤしてるんだい」  
「いやぁ、相変わらずそんな気障なセリフがよくすらすら出てくるなと思って」  
「悪かったね。気障なセリフで。自然とそう出るんだから仕方ないだろ」  
「ふふっ、そうね。じゃあ、その気障なセリフをこれからもたくさん聞かせてね」  
「ハハッ、善処するよ」  
ありがとう、エステル。と、心の中で感謝する。  
「あぁ、そうだ。父さんは緊急で明日帰ってくるから、父さんにはそのときに正式に報告するとして、  
レーヴェたちにはいつ報告する?」  
「そうだね。出来る限り早いほうがいいんじゃないかな・・・って、もしかしてエステル? 君もハーメルに行く気?」  
「当然じゃない。当の本人がいずに報告するって言うのも変じゃないの」  
「でも、君は身重だし・・・」  
「何があってもあたしと子供を守ってくれるんじゃなかったの、パパ?」  
意地悪そうにエステルが言う。・・・先ほど誓いを立てたばかりだった。  
「まったく・・・君って子は」  
「まぁ、不安だったらシェラ姉でもリッジさんに護衛を頼めばいいんだし。そこら辺はおいおい考えましょ」  
「そうだね」  
「とりあえず、今日はもう寝ましょ。まだ眠れないんだったら、子供の名前を何にするかで朝まで起きててもいいし」  
「気が早いよ。まだ半年以上先だろ」  
「いいじゃないの。これは子供が出来たものたちの特権よ」  
そんな会話をしながら、僕たちは2階へと上がっていった。  
正直、まだ不安はある。でもそれはただ、初めて親になるということへの不安だ。  
僕が感じていた『闇』とも言える不安はもはや『光』によって消えうせていた。  
 
 
了  
 

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