「えっっ?父さんまだ着かないの?」  
部屋の中にエステルの少し慌てたような声が響く。  
ここは、ロレントの七曜教会礼拝堂の脇の控え室である。  
「どうやら、王都経由の定期船が遅れてるらしいのよ」  
エステルの実父であり、ヨシュアの養父であるカシウス・ブライトは、現在リベール王国軍に籍を置く将校だった。  
しかも、襟には最上位を示す紋章が刻まれているような人物だ。  
よって、王都に詰める事が多い為、現在も自宅のあるロレントには不在なのだった。  
「父さんが来れなきゃ、入場の時誰があたしの手を引くのよ…」  
「うーん…、いざとなったら、武器屋のエルガーさんにお願いするしかないわね。  
 子供の頃から世話になってたんだから、先生の代わりというなら、あの人しかいないわね」  
エステルと対峙して話しているのはシェラザードである。  
「はー、仕方ないかぁ」  
エステルは大仰に溜息をつく。  
「もー、先生も外せない軍議があったからって、ぎりぎりまで予定入れなくてもいいのにねぇ。  
 こんな時くらい日にちを改めてもらう事もできたでしょうに」  
シェラもエステルに続いて溜息をついた。  
そんな2人のその様子を見て、苦笑しながら遊撃士協会ロレント支部受付のアイナが言った。  
「身内の事情で、周りを振り回したくなかったんじゃないかしらね」  
「…え゛?」  
エステルの横でくぐもった様な声を上げたのはクローゼだった。  
一同が彼女の方に視線を移す。  
「何?クローゼ?」  
「…私、今日の為に予定を調整してもらっちゃいました…」  
クローゼはバツが悪そうに苦笑する。  
「あはは…、でもあたしはやっぱりクローゼが来てくれて本当に嬉しいわ。  
 リベールの太女様に出席してもらえるなんて、あたしってば三国一の幸せ者よね」  
そう言ってエステルはクローゼにウィンクを投げて寄越した。  
それを受けてクローゼも柔らかく微笑む。  
すると、エステルを挟んでクローゼの反対側から、2人の女性が身を乗り出して口々に言った。  
「以前エステルと一緒にロレントに来たジェニス学園の制服の女の子が、まさかお姫様だとは思いませんでしたよ〜」  
「クローゼさん、後で一緒に写真撮ってもらえません?」  
「ちょっとぉ〜。今日の主役は私なのよ?エリッサ、ティオ」  
次いでエステルが口を尖らせると、一呼吸の後4人の間で笑いが起こった。  
現在、この部屋にはエステルを中心として、先輩で姉代わりのシェラザード、遊撃士協会ロレント支部受付のアイナ、リベールの皇太女クローゼ、幼馴染のエリッサとティオの6人がいた。  
ティオは薄紅色、エリッサは黄色を基調にしたワンピース、クローゼは薄紫色、アイナはベージュのツーピース、シェラは濃い紫と赤を合わせたサリー、というように全員なんらかの晴れ着を纏っている。  
ティオとエリッサは椅子に腰掛けたエステルの純白のドレスの裾にレースでできた装飾の花を縫い付け、シェラは後ろで彼女の長い髪を結い上げ、クローゼは前に回ってメイクを担当していた。  
「私もいつもしてもらう側で、自信ないんですけど…」とはクローゼの弁だが、エステルは彼女が正式の場に出る時にしている、派手過ぎずそれでいで地味でもないバランスのいいメイクが気に入っていたので、是非にとクローゼに頼んだのだった。  
因みに、アイナは扉の傍で壁に寄りかかりながら、部屋の様子を眺めていた。  
 
今日は、ロレントの七曜教会礼拝堂にてエステルとヨシュアの結婚式が執り行われるのである。  
リベール国内での、結社『身食らう蛇』による『輝く環(オーリオール)』復活事件から、約5年半の月日が流れていた。  
その間2人は、各地の遊撃士協会を足がかりに大陸中を周っていた。  
それは元結社に属していたヨシュアの、罪を贖う為の巡礼のような旅だった。  
辛い事も苦しい事も、試練も困難も2人で乗り越え、互いの想いを育んできたその結果として、今日のこの日を迎えたと言える。  
 
「あ〜、あたしほんとにお嫁に行くんだなぁ。自分のこの姿を見てだんだん実感が湧いてきたわ。」  
あらかたの支度が整って鏡に映るドレス姿の自分を眺めながら、まるでそれまでが他人事だったかのように、エステルが呟いた。  
「そういえばエステル、さっき着替えを手伝った時からちょっと気になってるんだけど…」  
「え、な、何?シェラ姉」  
心なしかぎくりとした風情のエステルを横目に見ながら、シェラは確信に近い疑問を口にした。  
「もしかしてあんたのお腹、ちょっと大きくない?遊撃士稼業で太った…なんて事はありえないわよねぇ?」  
「「「「え?」」」」  
シェラの台詞に一同が驚きの声を上げた。  
「あ、うー、そのー…、…やっぱ分かっちゃう?」  
「服を着てたらほとんど気付かないけどね、…なるほど、それが結婚のきっかけって訳ね」  
「さ、さすがシェラ姉」  
「ちょっとエステルッ。黙ってるなんて水臭くない?」  
バツが悪そうに照れ笑いするエステルの横で、ティオが呆れた様に声を上げた。  
「式の後に予定してる、エリッサの店でのパーティーで言おうと思ってたのよー。皆を驚かせたくってさ…」  
頬をかきながら、申し訳なさそうに答えるエステル。  
そんな彼女に向けて、クローゼが祝辞の口火を切った。  
「…あの、おめでとうございます、エステルさん!」  
「そうね、まずはおめでとうを言わせてもらうわ」  
「うん、おめでとう、エステル」  
次いでアイナとエリッサもクローゼに続いた。  
「あ、うん。みんな、どうもありがとう」  
心からの祝いの言葉を受けて、エステルはますます頬を紅潮させながら、一同に向かって満面の笑顔で頭を下げた。  
そんな緩んだ笑顔のエステルを悪戯心を含んだすが目で見ながら、締めにシェラがからかう様に言った。  
「祝・できちゃった結婚おめでとう?」  
「うー、言わないでってば。柄じゃないって分かってるんだから…。」  
もじもじと手元で指を擦り合わせながらバツが悪そうに口を尖らすエステルに、エリッサが至極当然ともいえる質問をしてきた。  
「ねぇねぇ、子供ができたって分かった時、ヨシュアどんな感じだった?」  
一瞬、「え?」という声と共にエステルの動きが止まる。  
 
そして少し視線を彷徨わせてからエリッサに向き直ると、いつもの調子を装って言った。  
「…そうね、ちょっと思うところもあったみたいで、最初は戸惑われてしまったわ」  
「…やりそうね。何て言ったか大体の予想は付くわ」  
肩を竦め、困ったように軽く口の端を吊り上げながらそう相槌を打ったのはシェラだ。  
多分、人殺しの自分に新しい命の保護者になる資格はないとか、そういう類いの当惑を口にしたのだろう。  
ヨシュアの素性について、あまり深く事情を知らないエリッサとティオはきょとんとしていたが、クローゼとアイナは視線を床に落としながら神妙な面持ちで2人の会話を聞いていた。  
少なからず自分の所為で少し重くなってしまった場の空気を払拭しようと、努めて明るい声でエステルが続ける。  
「でも大丈夫。ヨシュアの躊躇いなんて、自分を軽視してるが故みたいなとこあるから、いつものようにあたしがお尻を叩いてやったし。」  
「じゃあ、あんたの方から言い出したの?“結婚しよう”って」  
「違うわよ。そんなのは乙女から言う台詞じゃないものっ。…って言いたいとこだけど、半分当たり。話を持ち出そうとしたのはあたし。でも、最終的に決め台詞を言ってくれたのはヨシュアよ」  
てへへと頭を掻きながら、緩んだ顔を晒すエステルの脇をすかさずシェラが肘で小突く。  
「結局惚気てんじゃないわよ、もう。しかし、まさかエステルに先越されるとは思わなかったわぁ。まぁあんたがヨシュアと付き合い出した時点で、あたしにはイイ人いなかったんだけどね」  
「まぁ、こういうのは縁がないとね」  
シェラに続けて、同世代のアイナも苦笑する。  
「あんたは果報者だわね。なんたってあのコはあんたにぞっこんで、ついでに仕事も家事もその他諸々人並み以上になんでもこなせる男と来てる。女として普通に羨ましいわよ」  
「あ、一つ忘れてるわよ、シェラ姉」  
エステルはにんまりと悪戯っぽい笑みをシェラに向ける。  
「?」  
「顔もおっとこまえでしょ?」  
「…にくっったらしいコね、あんたは。そんな事を言う口はどの口よ!この口かしら?」  
「ごめん!シェラ姉、止めてっ。折角クローゼに素敵メイクしてもらったのに、ぐちゃぐちゃになっちゃう!」  
教会の控え室に、一同の笑いがこだました。  
 
 
はっくしょん!  
「何だ?風邪でもひいてるのか?ヨシュア」  
「いや、そんな筈は無いんだけどな…」  
礼拝堂の入り口付近で白の燕尾服を着たヨシュアに声をかけたのは、ルックである。  
彼も今年13歳になる。  
「じゃあ、誰かに噂されてるんだ。町中今日の結婚式の話題で持ちきりだからな」  
ルックは少し意地悪そうにニヤリとした笑いを投げて寄こしてくる。  
そういえば、この子はエステルが気に入っていたらしい事をヨシュアは思い出した。  
もしかしたら、悪気無く軽く当てこすられてるのかもしれない。  
「あはは…そうかもしれないね」  
「ルック、そんな嫌な言い方するのはよしなよ。みっともないよ」  
そうルックを咎める様に声を発したのは、彼の親友のパットだ。  
親友に指摘されてつい言葉の端に自分の本音がこぼれ出していた事に気付き、ルックは少し慌てた。  
「べ、別にそんなつもりで言ったんじゃないんだからなっ」  
「大丈夫、分かってるよ」  
このくらいなら微笑ましいものだとヨシュアは思っていた。  
(エステルはいつだったか僕の事をモテ男だとからかった事があるけど、君だって充分各方面から好かれてるじゃないか)  
エステルは老若男女問わずに慕われる事が多い。それは生まれ持った天性の素質だとヨシュアは思っていたし、彼もそんな彼女に惹かれた一人なのだ。  
そう考えると、自分が彼女の最愛の相手として今日この日を迎えられた事を、空の女神に感謝せずにおられない。  
「あの、ヨシュアさん、改めて今日はおめでとうございます」  
真面目なパットは深々と頭を下げてお祝いの言葉を述べる。  
つられてヨシュアも頭を下げながら「ありがとう」と辞令の言葉を返した。  
「ルック、きちんと挨拶した?」  
「えー?いいじゃん、そんなの」  
 
「よお、久し振りだな、ヨシュア」  
目の前のルックとパットのやり取りを眺めながら、5年前と変わらない風景に郷愁を覚えていたヨシュアの背後から、突然聞き覚えのある声がした。  
「アガットさん!来てくれたんですか?」  
「私もいますっ」  
「わしもいるぞ」  
「ティータ!ラッセル博士!」  
アガットの体の陰から、軽くウェーブのかかった長い金髪を湛えたアンティークドールのように愛らしい少女と、バイタリティ溢れる闊達な目をした眼鏡の老人が現れた。  
アガットは背中に大剣を背負ったいつもと同じ服装のままだったが、ティータは肩の膨らんだ七分袖の薄いピンクのワンピース、ラッセルは普段のところどころ油で汚れた作業着ではなく黒の礼服という正装姿だった。  
「ティータももう17歳か…。とっても綺麗になったね、見違えたよ」  
「そんな…」  
「普段はスパナとドライバー持って走り回っては新しい機構に目を輝かせてる、相変わらずの機械オタクなんだけどな」  
「アガットさんてば!」  
すかさず入ったアガットの合いの手に、ティータは可愛く頬を膨らませながら、拳を振り上げる真似をした。  
こちらも相変わらずの微笑ましい風景だ。  
「あはは、そっか。やっぱティータはそうでなくちゃね」  
「あのあのっ、お兄ちゃん、今日は本当におめでとう!私、私…いつかこんな日が来たらって……ずっと思ってて…ぐすっ」  
「お前が泣いてどうすんだ。17にもなって簡単にめそめそすんなって」  
「だって…」  
「あはは、本当にありがとう。博士もお久し振りです。お元気でしたか?」  
「お前さんも息災そうでなによりじゃな。それに随分立派な風体になっとって、お前さんこそ見違えたぞ」  
「そんな…、まだまだ柄ばかりの若輩者ですよ」  
ヨシュアが肩を竦めて日頃の心構えを口にすると、アガットが何かに気付いたように顔を覗き込んできた。  
「そういや、ヨシュア。なんだかお前との目線に違和感があると思ったら、随分背が伸びたんだな」  
「?…ああそうか、言われてみれば、同じくらいになってますね」  
「そうだ、今度手合わせしてくれよ。どのくらい強くなったのか気になるからな」  
「ええ、僕でよかったら喜んで」  
「もう、アガットさんたらそんな話ばかり。ところでお兄ちゃん、えっと、今お姉ちゃんは控え室の方かな?」  
「ああ、そうだよ」  
「じゃあ、あの…、私、お姉ちゃんのところに行きたいんだけど…、そのぉ…」  
ティータが言い難そうにしているのは、多分ヨシュアを差し置いて先にエステルの花嫁姿を見たいという我侭を気兼ねしての事だろう。  
「いいよ、僕の事は気にしないで行っといで。ティータはエステルの『妹』なんだからね」  
「ごめんね!」  
そう言うやいなやティータは足取り軽く駆けていった。  
 
「何だ?オヤジさんがいないんじゃないか?」  
「え?」  
突然、外に面した礼拝堂の扉からぬっと現れた一回り大きな影が、堂内をきょろきょろと見回しながら聞き覚えのある声を発した。  
「ジンさん!」  
「なんとか間に合ったようだな。出先で便りをもらって押っ取り刀で出てきたんで、こんな格好で悪いな」  
ジンは申し訳なさそうに頭を掻きながら、のっしのっしと堂内に入ってきた。  
「いいえ、来て下さっただけで本当に嬉しいですよ」  
「アガット、博士も久し振りですな」  
ジンは、ヨシュアの傍にいた2人とも簡単に挨拶を交わし合う。  
そしてヨシュアの方に向き直ると、右手を差し出して握手を求めながら言った。  
「それから結婚おめでとう、ヨシュア。初めて会った頃はまだ子供だと思っていたのにな、早いもんだ」  
「有難うございます。あの頃を知られているとなんだか恥ずかしいですね」  
そう返しながらヨシュアは、自身も右手を差し出しジンと握手を交わす。  
「そんな急いで首に縄かけなくてもいいと思うがな、俺は。22だっけ?お前ら」  
「僕はそうですけど、エステルはまだ21ですね」  
「まぁ、昔はそんなもんが普通じゃったけどな」  
「そりゃそうとでかくなったな、ヨシュア。腕の方も更に上達したんだろうな?よかったら今度、手合わせと願いたいもんだ」  
「…あ、あははは。ええ、喜んで」  
軽い気持ちで言った自分の台詞で、一瞬目の前の3人の間に不思議な空気が漂った事にジンは首を捻った。  
「…何だ?」  
「俺と同じ事言ってるぜ、ジンさんよ…」  
「武術家は武術家で、考える事が同じなんじゃな。いやさ、自己鍛錬、または互いに切磋琢磨するのはいい事じゃて」  
「何だ、そうだったのか。畑は違えど基本的におつむの作りが同じですからな」  
そう言って、不動のジンは肩を揺らしながら、あっはっはと笑った。  
 
 
一方、ティータは控え室のドアの前に立つと、胸に手を当てて深呼吸を一つしてから扉を2回ノックした。  
「はーい」という声と共にドアがカチャリと開いて、中からティオが顔を出す。  
「あ、あの、こんにちは。私、ティータ・ラッセルといいます。あの、エステルお姉ちゃんは…」  
ティータが緊張した面持ちで挨拶をすると、何かを閃いたようにティオの目が大きく見開かれた。  
「あ!前にエステルと一緒にうち(パーゼル農園)に来た事がある、とっっても可愛かった赤い帽子の娘ね?」  
「え?あ、あの…は、はい」  
ティータは、そのまま返事をすると“可愛い”と言われた事まで肯定する事になってしまいそうになって、思わずどもってしまう。  
「えっ?ティータ?ティータなの?入って入って!」  
“ティータ”の名前を聞きつけたエステルの嬉しそうな声が響き、奥の方がにわかに慌しくなる。  
ティオがティータを部屋へ入るよう促してくれたので、ティータは簡単に会釈しながら室内へ一、二歩足を踏み入れた。  
すると、少女の目の前が突然真っ白の物体で覆いつくされた。一瞬現状が理解できず、目を白黒させてしまう。  
「ん〜、いくつになっても抱き心地のいい娘よね〜、ティータってば」  
頭上から降ってきたその声を聞いて、やっとティータはエステルに問答無用で抱き締められている事に気付いた。  
「お、お姉ちゃん?」  
「おっきくなったわね、ティータ。17歳になっても、桜色のぷにぷにほっぺは健在ね」  
エステルは、がっちり抱き寄せていたティータから上体を離し、正面からまじまじとティータの顔を眺めながら、彼女の頬を指でつついた。  
ティータは、やっと自由になった視界の中に飛び込んできた光景に、頬をつつかれている事などそっちのけで言葉を失う。  
目の前には、長い髪をアップにして結い上げ、純白のヴェールとウェディングドレスに身を包んだエステルがいた。  
ドレスにはところどころにレースがあしらわれ、腰の後ろには床にまで広がる長いリボンが付いている。  
豪奢ではないがシンプルで上品なデザインのドレスだった。  
5年ぶりに会う義姉妹の麗姿に、ティータは目を真ん丸にして感嘆の声を上げた。  
「わぁ…、お姉ちゃんこそお人形さんみたい…。凄く綺麗」  
「ティータったら可愛い事言ってくれるじゃないのよ〜。なんたって素材がいいからね」  
「おーおー、言う言う。あんたのは『馬子にも衣装』っていうのよ」  
すかさずシェラのツッコミが入る。  
「私、お姉ちゃんのヴェールの端を持って歩きたかったなぁ」  
「今のティータにはちょっともう無理ね。5年前のティータとレン辺りならハマリ役だったと思うけど…」  
エステルがレンの名前を出したので、ティータの顔が少し曇る。  
「…レンちゃん…、今頃どうしてるのかな…」  
「そうね…、もう結社なんて抜けて、どこかで普通に暮らしてくれてるといいんだけどね…」  
「さぁ、そろそろ時間よ」  
柱の時計を確認しながら言ったアイナの台詞に、一同がおのおの居住まいを正す。  
「どうやらもう先生の代わりはエルガーさんにお願いするしかなさそうね。それに関しては私が話して一緒に行くから、あんたは先に表に出てなさいな」  
「わかったわ。シェラ姉、よろしく」  
 
 
ヨシュアがアガット、ラッセル博士、ジンの3人と話していると、突然シェラが控え室からばたばたと出てきて、礼拝堂内の指定の席に着席して隣の細君であるステラと談笑していたエルガーに何か耳打ちしている。  
それに気付いたヨシュアは、3人に会釈をするとその場を離れてシェラの所へ駆け寄った。  
「父さんは?やっぱりまだ来てない?」  
「ええ、そうなのよ。でももういい加減式を始めなきゃいけない時間だし、突然で申し訳ないけどエステルの引率役はエルガーさんにお願いしようと思って…」  
「俺は構わんが…。全くカシウスの奴、こんな時に何してるんだろうな」  
「すみません…、ばたばたしちゃいますがよろしくお願いします」  
ステラが心配そうに見守る中、そんな会話を3人で簡単に交わすと、シェラとエルガーは礼拝堂の外へと出て行った。  
既に、招待客や自主的に集まってくれた町の人たちも、あらかた席に着いている。  
午前10時50分、間もなく式の始まる時間だった。  
ヨシュアも、新郎が抱く当然の緊張と、本来一番この場に出て欲しい人がいない歯痒さを抱えながら、少し重い足取りで祭壇前の定位置に移動した。  
 
 
一方エステルは、控え室の勝手口から外へ出て、礼拝堂の正面扉前にシェラとエルガーと共にスタンバイしていた。(←作中では勝手口なんて無かったですが、あった事にしといて下さい^^;)  
段取りとしては、オルガンの演奏が始まったら中へ入る手筈になっていた。  
「もう〜、父さんのバカ!バカバカ!!娘と息子の晴れ舞台に間に合わないってどういう事よぉ!」  
いよいよ式が始まるという段階になっても未だ現れない、薄情な父への恨み言をエステルが空に向かって叫んだその時である、頭上をゴォーという轟音と共に、一機の小型飛空挺がボース方面へ駆けて行った。  
職業柄、動体視力のいいエステルとシェラは、機体の横腹に軍の紋章が燦然と輝いていた事に気付いて顔を見合わせた。  
「…え??今のって…」  
 
「親に向かってバカとは何だ、バカとは!」  
 
突然、礼拝堂前に集まる人々の背後から、大変聞き覚えのある声が飛んできた。  
「…!…とっ、父さん!?」  
「せっ、先生!?」  
エリーズ街道側の街路から小走りで駆けてきたのは、黒の礼服に身を包んだカシウス・ブライトその人だった。  
「遅くなって悪かったな、エステル」  
「え?何??もしかして、今上を飛んでった軍の飛空挺に乗ってたの?」  
「話は後だ、とっとと行くぞ」  
カシウスは娘の質問には答えず、エステルの右側へつかつかと歩み寄ると、彼女の右腕をむんずと掴んで自分の左腕にそれを回すよう促し腕を組ませた。  
そして、すぐ横にいたエルガーに「すまん」と一言会釈すると、口をパクパクさせるエステルを半ば引きずるようにして扉の前へ移動した。  
「さあ、開けてくれ」  
その声で、呆気にとられていたシェラがはっと我に返り、礼拝堂の扉に駆け寄ると慌てて押し開けた。  
中では既に厳かなオルガンの演奏が始まっていた。  
 
 

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