「うふふ、レーヴェ。やっとお目覚めかしら?」
少し意地悪な声色で、暗がりの中少女がくすくすと笑いながらこちらに話しかける。
レーヴェは、まだぼんやりとする頭と視界に顔をしかめながら、声のした方へと目を向けようとする。だが、まだ視野は狭く、暗い。
「……一応聴いておこう。何故俺だ?」
「あら。『どうしてこんな事をする?』って聴くのかと思っていたわ」
「どうせ計画に使うんだろう。それくらい、執行者なら誰でも察する」
確かにそうね。そう言って声は残念そうにため息を軽くつく。
「寝覚めはいかが、レーヴェ?」
「不意を突かれたと悔いるばかりだ、レン」
問いかける少女に愚痴るように、レーヴェはそうつぶやいた。その言葉を聞いて少女、レンは嬉しそうに笑った。
「くすくす……剣帝を眠らせた天使。ステータスとしては上の方かしら?」
「そんなもの無くても名は知れているだろう」
「あった方が得する物もあるもの」
「そんなものか?」
「そうよ」
そう言って、レンは横たわっているレーヴェのすぐ傍に腰をかけた。
状況を整理しよう……レーヴェはそう思い、少し考え込んだ。
まず、教授の手助け(コレを『福音計画』と言うらしいが、正直名称などどうでも良いな、と思う)を始めからしていたレーヴェは、やっとその第一段階が終わったと言う事で、一旦身を退いた。
そうしたら、久々に見たレンが、紅茶を入れてくれたのだ。(クッキーも持ってきたが、あいにく甘いものが食べたい気分ではなかった)
その紅茶を飲んで……教授の計画の全貌をもう一度把握して……それで……
「あの紅茶か」
「そうよ♪」
主語もへったくれも無いレーヴェの呟きに、レンが嬉しそうに答えた。
その害意の無い悪意に、レーヴェは人知れずため息をつく。
「ところで、俺の質問の返答がまだなんだが」
満足そうに笑い続けるレンに向かって、レーヴェが不服そうに言う。その雰囲気を察して、レンがレーヴェの脇腹にそっと手を置いた。
「『どうしてレーヴェを選んだか』、だったかしら?」
「察しがよくて感謝する、レン」
察しがよければすぐに返答が来るとはとても思ってはいなかったが。
「……レーヴェ、コレが毒だったらレーヴェは死んでいたわ」
「ああ、そうだろうな」
予想通り、レンは回答を避けて別の話題を挙げる。ただ、その話題……警鐘はレーヴェにとっても無視する事の出来ない事実だったから、むげには出来なかった。
「最近のレーヴェには少し緊張感が無いように見えるわ。それじゃあ計画だって失敗しちゃうかも」
「その点については……そうだな、浅慮だったか」
にべも無く言い、レーヴェは体を動かそうと試みる。
だが、恐らくは薬によって戒められている今の体では、指先を動かすのがやっとであろう。
「あーあ、つまらないわ。これがブルブランなら、もっと面白くレンに合わせた言い訳をしてくれると思うのに」
「悪いが俺は怪盗でもなければ紳士でもない。第一、性格が正反対だ。同じような結果を求めるのは、無意味と言うものだろう」
「そうね」
本当につまらなそうに言い放って、レンはレーヴェの脇から離れ、横たわっているレーヴェの事を見下ろした。
「『剣帝』の不意をつける位でないと誰もレンのプレゼントを受け取ってくれなさそうだったからよ」
「俺でなくても教授辺りに出来れば上々だろう。第一、結果だけ見るならもっと下っ端に睡眠薬を盛っても十分なはずだ」
「普段から『蛇の使徒』よりも強いぞ〜。とか言ってるのは誰だったかしら」
「…………………」
「それとも言葉のあや?」
「いや。だがそう言う事を言ってるんじゃ無くてな」
「あのヨシュアと一緒に行動してクーデターを止めちゃった人たちだもの。紅蓮の兵士みたいなヨワヨワのと一緒にしたら失礼だわ」
これでも礼節をわきまえているレディーなんだから。そう言ってレンは胸を張っていた。レンの通り名と、そして今の自分の状況から、(ほう、レディーはいきなり睡眠薬を盛るらしい)とは、とても言えない。
しばらくは自慢げに胸を張っていたレンも、急にそれをやめて少し考え込む。落差の激しい態度に、レーヴェも興味が沸いた。
「どうした、レン?」
「………ヨシュアのこと?」
レンの言葉に、きっと眉をしかめたのだろう。レンはそこで口をつぐみ、また何かを考え込んでいるようだった。
(何故急に、ヨシュアの名前が……)
問いかけようとも思ったが、その言葉はぐっと喉の奥に押し留められた。それは過去の決別によるものなのか、それともその先の言葉が気になるからか。
「レーヴェがこんなにあっさり、レンの睡眠薬に掛かったのだもの。それくらいしか考えられないわ」
「何がだ?」
「だから、ヨシュアがかくれんぼをしちゃったから、レーヴェがこんなにあっさりとレンの計画に引っかかっちゃった事」
「!」
レンが言った『かくれんぼ』……それは、ヨシュアが5年間ずっと一緒にいた、剣聖の娘エステルから去った事を指していた。
そしてその言葉に、レーヴェは動揺を隠せなかった。