すえた臭いが、業火に包まれた館に漂っていた。  
「これは……下種が……―」  
 吐き捨てるように呟き、銀髪の青年は辺りを一瞥してから少女を見下ろした。  
 まだ、息があった。  
 一思いに楽にする事が生きるより救われる者には、剣で出来た花を手向けていた。  
 でも、この少女は違う。  
 生きる事に貪欲で、あらゆる苦しみの中でも『自分』を決して捨ててはいなかった。それを物語る、四肢に残された赫い十字架。  
「これでも、生きていると言えるのか?」  
 不意に隣の少年が彼に尋ねた。  それもそうだろう。ここに横たわる少女は一見、打ち棄てられたボロ人形にも似ている。  
 まるで、かつてのその少年のように。  
「これが、生きている人間―……見てみたいな。生きているところ。結社で引き取れないか?」  
 少年が呟いた。彼はその言葉に少々驚いたが、頷く。  
 彼らは、少女に近付いた。  
「―痛くしないで……痛いのは、いや……」  
 少女を足元に迎えた時、微かに足元から聞こえて来た擦れ声に、青年ははっとした。対する漆黒の髪の少年は、臆する事なく少女に近寄る。  
 何とか青年もそれに続き、少女の傍に膝を付く。  
「痛いこと……そんな事は望まない。僕はただ、君が生きる姿に興味がある。名前は?」  
 語り掛けて来た少年に、少女は『名』を告げる。  
「違う、『君』の名前だ」  
「……ッ!」  
 少年の言葉に、少女は目を見開いた。  
 その琥珀色の瞳……それは青年に彼女のものも、隣の少年のものも思い出させた。  
「……レンじゃない……ここにいるのはレンじゃないわ。レンは何もしてない、しなくていいの! レンは何もしないでぬいぐるみと遊んでいればいいの……だってレンはお姫様だもの。レンじゃない、レンじゃないわっ!」  
 慟哭にも似た少女の叫び。それは狂った中で自分を護り続け、生きて来た事を伝えた。  
 心が、揺れ動いた。もう、嘆かずに持てる全てを捨てた筈だった……  
 弱い心を捨てて修羅にならなければ、きっと獅子は生きる事を放棄してしまっただろうから――  
 
 
 七耀歴1197年―  
 静かな騒がしさを少し漂わせ、漆黒の牙と呼ばれる少年、ヨシュアはその地に立った。  
「クスクス……ヨシュア、お帰りなさい!」  
 帰ったばかりでまだ粘着性が残る血液を拭う間もなく、ヨシュアはレンの出迎えを受けた。  
「今日はまた随分とひどく汚れたのね」  
「処理の反動で捕まれただけだ」  
 その場面を冷たく言葉に表し、ヨシュアは疲れた様子もなくレンに顔を向けた。  
 例え血で汚れていても、ヨシュアが見てくれている、それだけでレンには満足だった。  
「でも今回はヨシュア一人だったんでしょう? クスクス、レーヴェも心配したんじゃないかしら?」  
「それは無いな」  
 不意にレンの後ろから声が掛かり、二人はそちらを見遣った。  
 そこにはレーヴェがいた。  
「随分早かったな」  
 呟くレーヴェの目は、一瞬懐かしさを映したが、すぐに透明な色に戻った。  
(レーヴェもヨシュアには御執心みたいね)  
 例えそれが一瞬であったとしても、レンだけはそれを見逃さなかった。何しろレンを救ってくれた人達の事だから。  
「……あれくらい、何でもない。また出ないと。次が控えているから」  
 答えとも煩わしさとも取れる返答に、レーヴェはしばし押し黙った。  
「……先を急ぐようなものでもないだろう。暫く休んでから出るといい」  
 そう言うと、レーヴェはレンの頭を撫でてやった。レンは嬉しそうに目を閉じながらレーヴェの大きな手をじっと受け入れた。  
 ヨシュアは二人の様子をじっと見詰めていた。  
(……教授に条件付けをされたヨシュアには、よく分からなかったか)  
 答えが返って来ないのを感じ、複雑な顔をして、レーヴェは口をつぐんだ。  
 普通、執行者は蛇の使徒だろうと誰が相手だろうと意思を曲げてまで従わなくてもよい。  
 ただ、ヨシュアは壊れた人形。誰かが糸で引っ張らねば微かにも動く事は出来ないのだ。  
 だから、静かに目を閉じ、こう言った。  
「漆黒の牙、今優先すべきは執行者候補(レン)への技術提供だ」  
 その言葉に、ヨシュアは頷いた。そして「身支度してくる」と言ってその場を去って行った。  
 去り行くヨシュアにレンは「あ……」と呟いてその後ろ姿を見送った。心なしか、つまらなそうである。  
「レンとまたかくれんぼをするのかしら? ヨシュアは上手に隠れるからレンには見付け出せないのよね」  
 それよりはここでお話した方が楽しいわ、と言ってレンは溜め息を吐いた。  
 レーヴェはレンの言葉を聞きながら、ヨシュアの後ろ姿を見送っていた。  
「…ヨシュアは陰形術を教えているのか」  
「うふふ、そんな不細工な名前だかは分からないけど、とにかくかくれんぼをしているのよ」  
 レンが鬼になると中々交代出来ないから困るわ……と、レンは溜め息を吐く。それでも「もう止める」と言わない辺り、まだ十にも満たない少女にしては辛抱強いものがある。  
「……あっ」  
 不意に声を小さく上げると撫で続けていたレーヴェの手から離れ、レンはヨシュアの去った方へと目を向けた。  
 ヨシュアがやって来たのだ。血もすっかり拭われている。  
「ヨシュア、今日もかくれんぼかしら?」  
「そうだな…」  
 レンの言葉にヨシュアはそう答え、レンの手を取った。  
 そのレンの嬉しそうな顔。レーヴェは「フッ…なるほどな」と呟き、目を閉じた。  
(レンはヨシュアに御執心か…)  
 先程レンに同じ事を思われたとは夢にも思わないレーヴェは、口の端を人知れず上げて、改めて二人を見詰めた。  
 ―初めてここに来た時より、ずっとレンは生きている。ヨシュアのように壊れてはいなかったが、あの館からやって来た頃のレンは、やはり何処か空白な生き方をしていた。  
 生き返った、と言う言葉が一番しっくり来るだろう。  
 そして紛れも無く、彼女が生きるきっかけとなったのはヨシュアである。  
(あのヨシュアが、誰かを生かそうなどと考えるとは、少々複雑な気分ではあるがな……)  
 まだ、後悔にも近い古い感情が残っている。俺もまだまだだなと呟き、人知れずレーヴェは溜め息を吐いた。  
 
 今回は、かなり粘った方であった。ヨシュアを見付ける事も、また自分が隠れる事も。  
 だがどんなに頑張っても大好きなヨシュアには敵わないのだ。  
「どうしてもヨシュアには敵わないわ。レンだって手を抜いている訳じゃないのに」  
「けれど付いて来ている。他の者は僕がいる事すら気付かない」  
 はあ、と溜め息を吐くレンに、ヨシュアはそう言った。事実、レンの情報を吸収する能力は目を見張るものがある。  
 だから、あの「楽園」と言う名の地獄の中で生きる事が出来たとも言える。  
「……レンは強い」  
「えっ?」  
 不意にヨシュアが呟き、その言葉の内容に、レンは目を丸くしてヨシュアを見た。  
 レンは強い…聞き慣れない言葉に、レンは何も言い返せない。  
 ただ、それは楽園で言われ続けたどんな言葉よりも優しく嬉しいもののように感じた。  
「君はとても強い子だ、レン。君の歩いた軌跡を、僕は僕のままで歩けはしないだろう。僕は弱いから」  
「…………」  
 ヨシュアが、弱い? 「楽園」をレーヴェと蹂躙していたと言うのに? 命をその牙で食い荒らす力を持っていると言うのに?  
「……生き抜く事が、レンにとって「強い」のかしら?」  
「…………」  
「ヨシュア、レンはヨシュアみたいになりたいわ。だって、色んなものを殲滅出来るんだもの」  
「…僕みたいにか。まあレンならなれるだろう」  
「生き抜くだけじゃつまらないわ。だってレンには、生も死も関係無いもの」  
 生きるだけなら簡単な事。他の人間が、自分の代わりに苦しめばいい。  
「生も死も、善も悪も無い所を歩き続けたもの。レンは何もしなくていいの…だって、周りがレンを護る存在なのだから」  
 言いながら、レンはヨシュアに頭を預ける。そんなレンの頭を、ヨシュアは先程レーヴェがしていたように撫でてやった。  
 心なしか、レンの顔が赤い気がする。  
「言うなれば、君は世の闇に愛された少女だな」  
 ヨシュアの言葉にレンは怪訝そうな顔をした。先程から「強い」とか「世の闇に愛された」とか、抽象的な例えの真意を計り切れずにいる。  
「…世の闇は決して裏切りはしない。永劫に存在し続ける存在。闇は何があろうとも全てを覆い隠し、護る存在だ」  
 何が、あろうとも…―  
「僕は世の闇にすら愛されなかったけどね」  
 レンの頭を撫でながら、ヨシュアは自嘲じみた声で呟いた。  
 
 世の闇に愛された少女…その独特な響きは、レンの心に深く響き渡った。  
「レン、君は強い。そして君は世の闇に愛された少女…」  
「…………」  
(世の闇に愛された少女……クスクス、悪くないわ…)  
 レンはそんな事を思い、冷たいヨシュアの声をそっと受け入れていた。 冷たい声……けれどもその手は温かい。  
(ヨシュアって、冷たいようだけど実はあったかい……まるで、パパとママみたい……)  
 もう、遠い昔の事のように思える。まだなにも知らない、真っ白で綺麗だった頃の話。  
「……レン?」  
 眠ってしまったのか……ヨシュアは視線の先に目を閉じて穏やかな寝息を立てている姫を見ながら思った。  
 ヨシュアがレンの事を一番強いと感じたのは、彼女が生きた瞬間を見た時である。  
 打ち捨てられていた人形は、実は生きていて……結社と言う心臓を与えたら、その身体には熱き血が流れ出した。  
 それは、有り体に言ってしまえば『生命の神秘』だろうか。一見、生きていなかったように見えたものが生きた。  
 そのレンを、羨ましく思った事もある。  
 世の中に裏切られたのは同じなのに、何故彼女だけ「レン」として生きれたのか。何故自分は「ハーメルのヨシュア」として生きれなかったのか。  
 その答えに行き着くのが、生に対する強欲な執着。彼女が持つ「強さ」。  
 レンは強い。レンは強い、レンは強いレンは強いレンは強いレンはレンはレンは……  
 自分は?  
「……別に僕は、生きていないからな」  
 生も死も関係無いのは、実はヨシュアの方だった。  
 あの時、とうに代償を支払ってしまったようだから。その代償の意味を、彼はまだ知らなかったけれども。  
「ヨシュア……レンは寝てしまったのか」  
「……ああ」  
 後ろから聞き慣れた声を聞き、それが敵ではないと前以て理解していたヨシュアは、振り返らずに答えた。  
 レーヴェは寝ているレンを起こさないようにそっと近寄り、ヨシュアの傍に立った。  
「随分レンに執着しているようだね、レーヴェ」  
「……」  
 ヨシュアの言葉に答えず、レーヴェはただレンの事を見詰めていた。  
「……レーヴェも分かっているはずだ、レンはこの先優秀な執行者になる」  
「そうか……」  
 レーヴェは目を閉じ、レンがここに来てからの軌跡を思い出していた。  
 生き続けた彼女が、再び生き返り、レーヴェ達に色々な情報を教わり続けた。  
 情報を読み取り、自分の物にする能力……それは修羅と化す事で、決して人が得る事の無い絶対的な力を得たレーヴェにすら、目を見張るものがあった。  
「レンが、執行者になる……まあ、ありえるだろうな。才能さえあれば執行者に年齢は関係無い」  
 分かっている。心の闇さえあれば、老若男女関わり無く受け入れられる領域…それが結社だ。  
 現に、目の前の壊れた少年が受け入れられている。  
 だが、才能さえあれば、執行者になる中に、レンを含む事が出来ずにいた。  
「僕らの目線に、レンが立つ。もしかしてレーヴェはそれを恐れているのか?」  
 不意に、ヨシュアがレーヴェに尋ねた。その言葉に驚き、目を見開くレーヴェ。何故かレーヴェは動揺を隠せなかった。  
「俺が……恐れている?」  
「気付いていないようだね」  
 呆れている様子は無いが、それでも意外そうな声色でヨシュアが言った。  
「レンが何かを知るたびに、君は目を反らす。レンが僕らに近付くたびに、君は目を閉じる」  
 本当に気付かなかったのか? と、ヨシュアが尋ねてくる。  
「……」  
「何を感じ、恐れている? 《剣帝》と謳われる修羅の君が、そこまで」  
 虚ろな琥珀の瞳が、レーヴェの無意識を苛む。無意識に包まれた、レーヴェの柔らかな心はその問いを避ける事が出来ない。  
(恐れている……か。それが恐らくは一番当て嵌まっているのだろうな)  
 それをまさかヨシュアに指摘されるとは思っていなかったが。  
(そうだ、俺は恐れている……)  
 
「レーヴェは、レンに興味があるんだな?」  
 興味、とは少し違うかもしれない。  
「心配しなくても、レンはレーヴェを怨んでなどいない」  
 ヨシュアは寝ているレンの顔を覗き込みながら言った。  
 どうやら、恐れる訳は自分がレンに寝首を掻かれてしまうのではと言う不安から来る物だと判断したらしい。少し気遣うようにヨシュアに言われ、レーヴェは苦笑した。  
「俺が誰かの引けを取るとでも思っている訳か」  
 レーヴェは自分が思っているよりは強くない認識下にあったであろう事に、少なからず心外に思えたが、それを別段気にする事も無く呟いた。  
 ヨシュアはその姿を黙って見ていたが、やがて口を開いた。  
「いいや。そうは思ってない。《剣帝》相手に牙を剥く存在も、また牙を剥けようとする存在も無いだろうし」  
「自分で認めるのも何だが、その認識は正しいものだと、俺は思うがな」  
 そうだな……と、ヨシュアは頷いたが、それでも何処かピントがズレているような目でレーヴェを見ていた。  
「でも君は自分の手で作り出してしまうのを恐れているんじゃないのか?」  
「……!!」  
 全く検討違いな捉え方をしていたようだ。ヨシュアの抽象的な指摘に、それでもレーヴェはしばし絶句した。  
 レンは、レーヴェによって、いや今の環境によって執行者になる事を怨んでなどいない、そうヨシュアは言ったのだ。  
 壊れているから、心など理解されないと思い、半ばヨシュアの事を見下していた。  
 こんなにも、ヨシュアは理解している。自分の事も、いやありとあらゆる事も。  
 物分かりが良くなければ、この世の汚いものによって自分達が隠された事を理解できず、今頃壊れてなどいなかっただろうに……  
 作り出す……レンと言う名の、執行者を。そしてそれを怨むのではないかと……そう心の何処かで感じていた。それを、ヨシュアは「恐れている」と言った。  
「興味を抱いているレンに、その興味とは相入れない怨みを、君は感じたくない。だから恐れている……そうじゃないのか?」  
「…………」  
 ヨシュアはレーヴェの事を見ていないようで実際はこんなにもレーヴェの事を見ていた。  
 細かくて己にすら気付かれなかった仕種も、その原因の根幹が何処のどのような物なのかも理解していた。レーヴェよりも早く。  
「レンは、他の誰でもない、自分でこの道を選んだ。それを僕らはあくまでも導くまで……そうじゃないのか?」  
「……」  
 それは「ここ」を立つ場所として選んだ者にとっては、正しい見解なのだろう。  
 だが、レーヴェには……それを受け入れる事が出来なかった。  
−レーヴェ…………−  
「っ……」  
 首を横に振り、レーヴェはヨシュアから目を逸らした。  
「……」  
しばしヨシュアはそんなレーヴェの事を横目で盗み見ていたが、やがてレンを抱えて立ち上がる。  
「レーヴェ、もうそろそろ僕は次の仕事に行く。だから、レンの事を受け取ってほしい」  
 そう言いながら、既にヨシュアはレーヴェの胸に軽くレンの事を押し当てている。  
 無下にする事も出来ず、レーヴェはレンを受け取った。  
「……忘れないでほしい、レーヴェ。ここにいる者は決して後悔も怨みもしていない。僕もレンも……そして勿論レーヴェ、君もだろう?」  
「……」  
 レーヴェはその言葉に答えられず、またヨシュアもその答えを待たず、二人は別れた。  
 
 去り行く少年の背中に、レーヴェは言いようの無い感情を抱いていた。  
−僕らの目線に、レンが立つ。もしかしてレーヴェはそれを恐れているのか?−  
 その言葉はレーヴェの無意識を揺さぶり、レーヴェも分からなかった感情を認識させた。  
−レンが何かを知るたびに、君は目を反らす。レンが僕らに近付くたびに、君は目を閉じる−  
 恐らく、ヨシュアの目に映る全てが自分と全く関係の無い世界として存在しているのだろう。  
 いや、もしかすると自分すら存在しないのかも知れない……  
−何を感じ、恐れている? 《剣帝》と謳われる修羅の君が、そこまで−  
 感じ、そして恐れるものはただ一つだけ……  
−レーヴェ…………、ヨシュアの事を……お願い、……−  
 あの瞳を持った「彼女」を、もう一度失う事。  
 同じ瞳を持つヨシュアを護る事が、レーヴェには出来なかった。それは、「彼女」を今一度失い、裏切った事になった。  
 レンまで自らの意思無く動く執行者になってしまったら……  
 それは再び「彼女」を失う事のように思えて恐れた。  
 何より、「彼女」の眼を思い出させるレンを、執行者の道に歩ませたくなかった。レンの才能云々では無く、これはレーヴェの私情だった。  
「やあ、幼女に手を出したらさすがに犯罪だよ、《剣帝》♪」  
「ッ!!」  
 いきなり予想だにしない声に、レーヴェは危うくレンを落としかけた。  
「……趣味が悪いぞ、カンパネルラ」  
「ウフフ〜、ごーめんごめん。あんまりにもあの剣帝がマヌケな顔をしているからつい、ね」  
 カンパネルラと呼ばれた少年は、キュルルンと言った効果音が似合いそうな表情をしながら、レーヴェの肩を叩いた。  
「肩を叩くな、レンが起きる」  
「ふーん、僕にはお姫様抱っこをしないのに、レンにはしてあげるんだねぇ。もしかして僕ってば、差別されてる? 差別はよくないよ、レーヴェ」  
「…………」  
「あれれ、反応無し? それはダメだよ、レーヴェ。僕たち執行者はかの難題、「カルトクイズ 軌跡でポン!」で優秀な成績を修めた、選ばれし者なんだから!」  
「そんなものを受けた覚えは無い。やったところで難題でもないしな」  
「難題でもない? さっすが剣帝! 今度[極ムズ]の項目でも作っておくか」  
「何の用だ、カンパネルラ」  
 付き合い切れんと言った感じで、レーヴェは半ば苛立ちを見せながら尋ねた。一方のカンパネルラは「ああ怖い怖い」と、さほど怖がりもせずに言った。  
「べっつにぃ? でも、年端も行かない女の子に、恋愛感情を抱くなーんて事は、僕はともかくレーヴェだったら犯罪だよねぇ?」  
「ぐっ! カ、カンパネルラ、何故それを……」  
「あっあー! やっぱりそうなんだ。レーヴェってばぃやぁ〜らしぃ〜♪」  
 お前でも犯罪だ、と言う余裕はもはやレーヴェには無く、まるで鬼の首でも取ったかのようにカンパネルラははしゃぎ、レーヴェの脇腹を肘で軽く突く。  
「ふむふむな〜るほど、剣帝サマサマの好みはゴシックロリータ、っとぉ。濃いねぇ〜」  
「最近オーブメントで仕事を済ませていたな、たまにはこの剣を使ってやるか」  
「ウフフ。やっだなぁ、冗談を織り交ぜてる事くらい、察してよぉ♪」  
 そう言うと、カンパネルラは首を竦めながらひょいとレーヴェから離れる。  
 ……盛大に疲れた。  
「で、剣帝サマは一体その可愛らしい小さなお姫様にどれくらいまで見越しているのかなぁ?」  
「別に、何も見越していない。と言うより、一体お前は何を見越せと言うんだ」  
「だからさ、レンに望む事だよ♪ キスぅ? それとも」  
「そうか、最近覚えた冥王剣を見てみたいか」  
「あは☆ 冗談の通じない男の人は嫌われるよ?」  
 振り切ったと思えばすぐこれだ。趣味の悪さはある意味で教授を越えている。  
「で、で? 正直なところ、どうなのさ?」  
「どうもこうも無い」  
「ホントにぃ〜?」  
「無い!」  
「ちょっとー、大きな声を出さないでくれないかな。レンが起きちゃうじゃないか」  
「……」  
 明らかにおちょくられている。別にこれが普段通りの精神であったら、カンパネルラのちょっかいくらいたやすく受け流せていたであろう。  
 普段通りの精神ならば。  
 
「僕もさあ、可愛い[執行者と候補(こうはい)]の恋愛の末路を見守ってあげたいんだよねぇ。先輩としてさ♪」  
「……お前が想像しているような事は考えていない」  
 観念して搾り出すように言うレーヴェにカンパネルラはふぅん……と言いながら、レンの寝顔を見る。  
「まあ、ちょっと若いかもしれないけど、恋愛に年齢は関係無いと思うんだけどなあ」  
「…………ちょっとか」  
「あぁりえなぁい、犯罪だよレーヴェ! とでも言ってほしかったの?」  
「…………」  
「でもレーヴェ、ひょっとしてレンに何かを重ねてない?」  
 痛いところを突いてくる。レンに対する恋愛感情は確かにある。だがそれは、どうしても根幹に「彼女」が出て来るのだ。  
 レンの眼は「彼女」と同じ、琥珀色だったから。  
(禁忌、なのだろうな……この感情は)  
 それは、「彼女」とレンを重ねている事に対する背徳感を混ぜた禁忌。  
 この感情がレンにとっての「奴ら」と同じように捉えられるのが恐ろしい。決して「奴ら」とは違うと言うのに。  
「僕なら、君に「愛している、恋仲になろうぜ☆」って言われたら、喜んで受け入れるのに〜」  
「安心しろ、絶対にありえない」  
 ある意味「奴ら」と同一視される事より恐ろしいのは、この道化師の空気の読めなさなのかもしれない。  
 レーヴェはレンをゆっくりと地面に降ろし、今まで散々レーヴェの事をおちょくって来たカンパネルラの方を見る。  
「ん? やっと本当の事を言うつもりになった?」  
「お前の考えている「本当の事」がどのようなものを指しているかは知らんが、暇潰し程度には付き合ってやる」  
 やったぁ☆ とニコニコしながらカンパネルラはレーヴェの回りに纏わり付く。  
「で、で? レーヴェはレンをどう見てるのさ?」  
「ただの教え子だ」  
「はいはいダメダメ〜! もうネタは上がってるんだから、今更ごまかさないの」  
「……最初はそう思っていた」  
 繋げるレーヴェの言葉に、カンパネルラは眼をくりくりとさせ、不敵に微笑んだ。  
「レンはあまりにも純粋なまま、様々なものから引き回され、精神だけが乖離した」  
 あの地獄を覚えている。下種どもが何をしていたのか。その中でレンはどう生きていたのか。  
「始めはそれを哀れに思った。こうする事でしか生きられないレンに、妙な義務感を持ってここまで過ごした」  
「確かに、結社に相応しい闇の持ち主だもんね、レンは。そしてそれにレーヴェは同情した、と」  
「……だが、実際は違った。あの地獄を生き抜いた姿に、俺の心は既に奪われていたのだ」  
「へええ……起源は羨望、か」  
 羨望、とはまた違う。あの姿にレーヴェはただただ神秘性を感じ、そしてその姿に恋をした。  
 何物の絶望も受け付けない、生への渇望を持った少女に。  
「……ま、君が恋すると言う事だけで面白いから、その起源も相手も関係無いけどね」  
 散々興味津々だったと言うのに、いざ正直に話すとカンパネルラの注意力は散漫になっている。  
「で、肝心の[どこまで]はどうしちゃったのかなぁ?」  
「通りで先程から興味無さそうに聞いているかと思っていたら」  
「ウフフ。僕はねぇ、もう分かっているレーヴェの恋心の馴れ初めよりも、もっとその先の面白そうな方に興味があるんだよ」  
「悪趣味だな」  
「全くだよ♪」  
 何故お前が嬉しそうに言う、とツッコミを入れたくなったが、どうせまた振り回されるだけだと言う事は分かっていたので、敢えて無視しておく。  
「これ以上お前の悪趣味に付き合うつもりは無い」  
「えぇ〜? これからがいいところじゃないか。男と女の付き合い♪ ああ、違ったか。突く方の」  
「燃え盛る業火であろうと、……」  
「あはは☆ こっわぁいなあ。二枚目が台無しだよ〜?」  
 手をひらひらさせながら、愉快そうに笑うカンパネルラ。  
 何故こんな奴と話しているのだろうか……  
「お前にこの件についてどうこう言われるつもりも、されるつもりも無い」  
「じゃあ今のぬるま湯みたいな関係でいいんだー? レンがヨシュアの方に行っちゃうよ?」  
「…………」  
「レンのヨシュアに対する執着心は結構有名だよ? 君も勿論知ってるよね?」  
 当然だ。レンの傍を出来る限り離れずにいたのだから。  
 
 レンがヨシュアを見る眼は、世間一般で言う「恋愛感情」である事は間違いない。あれは慕うと言うレベルを越えている。  
「ヨシュアきゅんは鈍いと言うか、他に感情を持たないから今のような関係だけど、それも時間の問題だと思うんだよねぇ」  
「……」  
「レンと共に行動する事で互いの結社生活に利益が生じるなら、恋愛云々ではないにしても、ヨシュアはレンを選ぶだろうよ?」  
「ヨシュアは単独行動に特化している。レンは足手まといになるだけだろう」  
「……そうかなあ?」  
 カンパネルラは不敵に笑っていた。  
 不敵に笑うカンパネルラに、少々苛立ちを感じながら、レーヴェはカンパネルラを見る。  
「どう言う事だ」  
「そのままの通りだよ。レンは天才じゃないか。あらゆる情報を自分のものにする……だから、ヨシュアの行動情報もすぐに呑み込めるってわけ」  
「……だからレンがヨシュアと共に歩む技術と技量を得られると? 個人個人の適性は少なからずあるものだぞ。ヨシュアの適性に、レンが当て嵌まるとは到底思えんが」  
「ラヴ・パワーなら乗り越えられちゃうんじゃな〜い? 愛は無限大、悲哀も無限大! なーんちゃって♪」  
「カンパネルラ、からかうのも大概にしておけ」  
「からかってなんかいないよ。ただ、そうした見解もあるよって言う事さ」  
 肩を竦めながら飄々としてカンパネルラが言う。  
「勘違いしているようだから言うけど、君が思っているほど事態は不変じゃないからね」  
 分かっている、とレーヴェは言ったが、実際は実感が沸いていなかった。  
(いつまでもこんな当たり障りの無い日々が続くと、そう思っているのか、俺は?)  
 そう思う事こそ実感が無い。  
「レンはヨシュアが好き、君はレンが好き。でもいつまでもその光景は続かない。ウフフ、面白いなあ♪」  
 悪趣味な笑みを浮かべながら、カンパネルラは眠っているレンの顔を覗き込んでいる。  
「優しいお兄さんは、想い人を弟にあげちゃう?」  
「……俺があいつの兄代わりだったのは、今から5年」  
「あ、第三者が掻っ攫うって言う可能性もあるよね〜?」  
「聞け……いや、何でもない」  
 言ったところでまたからかわれるのが目に見えている。  
 カンパネルラはウフウフ笑いながら、レーヴェの事を見る。  
「大切なものを大切にしているだけじゃ、結局それは価値も色褪せて終わりを迎えるものさ」  
「珍しく先程からフォローに回っているな、カンパネルラ」  
 驚いたようにレーヴェが言うと、カンパネルラはニッコリと笑った。  
「外ならぬ愛しいレーヴェの為だからね♪ 少しでも点数稼ぎをしておきたいのさ☆」  
「フッ……心にも無い事を」  
「酷いなあ、想いは本物なのになぁ。こう見えて僕って一途なんだよ?」  
「信憑性が無いな。そう判断を受けていたら、盟主からも《道化師》などと言う二つ名を与えられなかっただろうな」  
 言いながら、それでもレーヴェはカンパネルラに感謝した。  
 ……決して言葉には出したりしないが。  
「何満足したような顔をしているんだか……面白くないなあ」  
 ぶうぶうカンパネルラは唇を尖らせながら言ったが、やがて何かまた変な企みを思い付いたのか、ニヤリと笑った。  
「でもまあ……レーヴェがレンを愛してるのは事実なんだよねえ?」  
「…………」  
 嫌な予感が拭えなかったので、レーヴェは敢えて黙っていた。  
「そして、ヨシュアにもレンをあげるつもりは無いわけだ」  
「レンは物ではない。受け渡し感覚で考えるな」  
 辛うじて当たり障りの無い言葉で反論するレーヴェ。  
「ウフフ、気を悪くしないでよ。僕だってそうは思ってないさ。ただ、レーヴェがどれだけレンを大切に思っているかを、分かりやすく言うとそうなるかな? って思っただけさ」  
「…………」  
「でも大切に想うばかりで、ちっとも君は先に行こうとしない。レンを何か可愛いだけのお人形さんとでも思っているのかな?」  
「そもそも先に行く必然性が無いだろう」  
 いずれレンはヨシュアを選ぶかもしれない。けれどそれまでは……  
「もしかして、「レンがヨシュアを選ぶまでは進退が無いから安心だ」とでも思っているわけ?」  
「ぐ……」  
「ウフフ、それは甘いよレーヴェ♪ さっきもちらっと言ったけど、第三者が掻っ攫うって言う可能性もあるんだよ? 例えば……」  
 言いながら、素早くカンパネルラは眠っているレンに口付ける。その光景に、レーヴェの頭の中は真っ白になった。  
「カ……カカ……カカ」  
 わなわなと体を震わせるレーヴェを余所に、カンパネルラはレンから唇を離して、満足したような顔をした。  
 
 にい……と嫌らしい笑みを浮かべながら、カンパネルラはレンの柔らかな頬をゆっくりと撫でる。  
「何驚いた顔をしているのさ、レーヴェ。さっきも言ったじゃないか。第三者が掻っ攫うって言う可能性もあるってさ」  
「……!」  
「何も君だけがレンを好きな訳じゃないよ? 考えようによっては、皆レンを好いているのさ♪」  
 さっとカンパネルラが身を引くと、そこをレーヴェの剣の切っ先が唸りを上げて通った。  
「大切にしているだけなら、僕が貰って行っちゃうよ☆ ウフフ」  
 恐れる様子も無く、カンパネルラはニコニコ笑いながらレーヴェを見詰めている。  
 いつの間にか剣を振るっていた自分の左腕を、レーヴェは驚いたように見下ろしていた……  
(高々口付けを見ただけで……どうしてしまったんだ、俺は)  
 理解にまで及ぶ事の出来ないレーヴェの姿に、カンパネルラは再び面白そうに唇の端を釣り上げてレーヴェを眺めていた。  
「可愛がるだけじゃそれは愛とは言わないよ。ま、可[愛]いとはあるけどね」  
「……何が言いたい」  
「愚かしいんだよ、君が。《剣帝》と謳われている君が、高々恋と言う人臭い悩みに、それでも振り回されている様がね」  
「俺にレンをどうしろと言うつもりだ」  
「何も〜? だって君は僕じゃないし、僕は君じゃない。君の動きに僕は合わせる必要もないから、君だって僕の事は無関係なんじゃな〜い?」  
「…………」  
 おどけた、でも鋭い言い草に、レーヴェは何も言い返すことが出来ない。  
 カンパネルラは、しばしレーヴェの顔色を伺っていたが、やがて「やれやれ」と言いながら溜め息を吐いた。  
「本気にしちゃった? ウフフ、ごめんね」  
 まるで何事も無かったかのように、カンパネルラはふらふらとその辺りをうろついた。  
「僕は、君達が大好きだよ♪」  
「気色の悪い事を」  
「本心からさ☆ だからいじってみたいんだよ」  
「……いじるな。いじりたいのなら専用の人物を探し出せ」  
「今はそんな人考えられなぁ〜い、あなただけが全てなの♪」  
「カンパネルラ……」  
「あは☆ でも君が大好きなのは本当さ。今アイドルとして持て囃されているような、T.M.Resolutionみたいなビジュアル的な点も、中身的にも」  
「てぃー……れ、ぞ?」  
 怪訝な顔をすると、カンパネルラは「ああ、何でもない何でもない」と言って手をひらひらと振った。  
「君に俗っぽい事を言っても、実は中身がイモの君には分からないんだね」  
「非常に不愉快だ」  
 眉間にシワを寄せながら、レーヴェはカンパネルラを睨むように見詰めた。  
「Resolutionなら分かるぞ、決意だろう」  
「頭がいいのが逆に笑いを誘うね」  
 くっくと笑いながら、カンパネルラがレーヴェの肩をぽんぽんと叩く。  
 そこはかとなく馬鹿にされてる。  
「ま、そんな君の事も、勿論ヨシュアきゅんの事も、そしてレンの事も僕は大好きだから、さ☆ 可愛い後輩達を応援したいって言う、僕の老婆心を快く受け取ってよ♪」  
「確かに老」  
「何か言ったかい? 《剣帝》クン」  
「別に……何も」  
 今までカンパネルラの凶行(?)に対して怒っていたのに、いつのまにやら相手のペースに巻き込まれている。不思議だ。  
「願わくばねー、君達の関係が跡形も無く粉砕されればいいなーって」  
「……」  
 もはやツッコミを入れる気力すら無い。  
「あ、勿論レンをめぐって男二人が争うのを見るのもいいけどね☆」  
「……用件は終わったと、そう判断してよさそうだな?」  
「あっあっ、まだこれから先どうするか聞いてないけど〜?」  
「いつまで同じ話の流れを繰り返させるつもりだ」  
「も・し・か・し・て……言葉に出来ないような、ものすんごい事だったりして〜!?」  
「燃え盛る業火であろうとも砕け散らすのみハアアアア……め」  
「わ、っと……早口言葉で絶技は無しだよレ〜ヴェ〜♪」  
 避けられた。ちっ。  
 微かに舌打ちをしてから、レーヴェは無言で剣をしまう。  
 何よりここで争いを起こしてしまったら、ついでにレンも起きてしまう。そんな上手いんだか上手くないのだかよく分からない事をレーヴェは考えていた。  
 
「……レンを悲しませるような事、レーヴェならしないとは思うけど」  
「えらく微妙な反応だな……」  
 レーヴェがカンパネルラにそう言うと、カンパネルラは考え込むように低く唸ってから黙った。  
「するの?」  
「するかっ」  
 あはは、だよねぇ? と言いながら、カンパネルラはこちらの顔色を伺うような目で見ている。  
「確かに特殊な人間は、レンのような罪も無い少女を対象に、下卑た考え方を押し付けようとするがな」  
「……するの?」  
「しないっ!」  
 そっかーしないかー……何故か意表を突かれたような顔をするカンパネルラ。  
「どんな印象だ、お前の中の俺は……」  
「それはそれは、何者にも容赦をしない、恐るべき剣帝さ。そう、どんな相手も無残にその花を散らせる……言うなれば、目の前に泣いて許しを乞うのが例えいたいけな道化師であろうとも、その道化師を丸ごとぱくっと」  
「燃え盛る業火であろうとも砕け散らすのみハアアアア滅!」  
 一閃。しかし「わあ」と言いながらもカンパネルラは涼しい顔でまた避けた。さすがは執行者である。  
「お・ま・え・は! 下らない言葉で引っ掻き回すな。話がいつまで経っても終わらん」  
「帝国の庶子皇子みたいかな? ウフフフフ」  
「???」  
 な〜んでもないよ、と言ってカンパネルラは肩を竦めた。  
 レーヴェがカンパネルラの今の発言を理解するには、些か帝国の情報が足りなかったようだ。  
「まー何となく邪魔したい気持ちがあるからわざと無限ループさせてるんだけどね、話題を」  
「…………」  
 元よりカンパネルラは話題を解決へと導くつもりは無かった。それを知り、レーヴェは今まで以上に盛大に疲れた。  
「話は終わりだ、さっさと行かないか」  
 半ば蹴り出すような感じで、レーヴェはカンパネルラを追い出した。カンパネルラは「ちょっとー」と不満そうな声を上げた。  
「俺がどう動こうと、よく考えればお前には関係の無い事ではないか」  
「チッよく考えなくていいのに……だから精神年齢老けて」  
「今舌打ちしたな? 本音出かかったな?」  
「やだなあ、気のせいだよレーヴェ♪」  
 扉の向こう側から、愉快そうなカンパネルラの声がくぐもって伝わって来る。  
「ま、今までの流れを見る限り、無責任に時を過ごすわけではなさそうだから許してあげるよ」  
「何故お前に許しをもらわなければならないんだ……」  
 呆れたようにレーヴェはカンパネルラに言う。だがカンパネルラは「ちっちっちぃー」と、明らかに指を降りながら舌を打っているのが想像出来るような運びで反応した。  
「言ったでしょ? 考えようによっては皆がレンを好いてるってさ♪ 僕だって……」  
「…………! カンパネルラ……」  
「僕だって……レンに指パッチン一つで瞬間移動出来る術を教えてあげたい! 人をいじくる能力を植え付けて、実はヨシュアにぞっこんラブなばっかりに離れるとどんどん駄目になって行くレーヴェを一緒に作りたいー!」  
「植え付けるな人を対象にするな作るな」  
 頭痛がして来た気がする……額を押さえながらレーヴェは扉の向こう側にいるカンパネルラに言った。  
(先程の反応……てっきりカンパネルラはアレだと思ったのだが……)  
 思案に暮れるレーヴェ。だがカンパネルラの事だ。それが事実とも虚言とも限らない。  
「とにかく……今はレンをきちんとした寝床に運んでやりたい。以上」  
 一方的に言い放ち、地面に横たわっているレンをレーヴェはゆっくりと抱え上げた。  
 持ち上げた瞬間、レンは少し唸って身じろいだが、その琥珀の眼が開く事は無かった。  
 外から聞こえていたカンパネルラの声は、もう聞こえなくなっていた。これ以上レーヴェが相手にしない事を理解しているのだろう。  
「…………」  
 レンを片手で抱えると、レーヴェは懐からハンカチを器用に取り出し、先程カンパネルラが口付けた箇所に軽く押し当て、その口付けを拭き取るかのように拭った。  
「う……んん……」  
 眉をしかめ、レンが唸ったのは無理も無い事だと思う。だがレーヴェには何故かカンパネルラがレンに口付けた事に納得が行かなかった。  
(……まずい、これはまさか……)  
 一つの単語が頭を過ぎり、レーヴェは軽く冷や汗を流した。  
「……嫉、妬?」  
 呆然としながらぽつりとレーヴェがその単語を呟いた。  
 相変わらずレンは腕の中で寝息に混じり微かに唸っていた。  
 
 

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